味のする料理
「説得は任せたと言ったけどさ、ルノくん」
「これは一体どういう状況?」
グラムの料理をみんなで食べてみないかというルノの提案、突拍子の無いことだったにも関わらず、バラムスはそれに応じた。
まずは屋敷の警護に当たった兵士を呼び付け、グラムは財産を盗んだことを謝罪し、返すことを約束した。そして、料理をみんなで食べることを伝えると、兵士たちは困惑しつつ、『仕事だしな……命令なら食うよ』『美味いもんならいくらでも食うぞ!』などと言って承諾した。
メルトはどうやら何か話をつけたらしく、騎士と共に屋敷へとやってきたのだ。
「みんなで頂点料理人の料理食べるんだよ」
「うん、わかんない」
「それより、どうして二人でここに来たの?」
「それはね――」
時は遡る――
◇
「どわっ! もう! 危ないって言ってるでしょ!」
「そう言いながら全て完璧に避けられると僕も自信をなくしてしまうな」
光の斬撃を連続して放つレクス、メルトは、それを瞬発力とコウモリ化などを駆使して避ける。
時間は稼げているが、かなり危ない状況だと、メルトは内心ドキドキしていた。
「しかし、こんな実力者を仲間にできる人柄を持っているのか? ……となると、余計うちの騎士団にスカウトしたいね」
「……なんて? スカウト?」
「あぁ、そうか、僕が少年を追う目的、それを話していなかったね」
そう言うと、レクスは斬撃を辞めた。
メルトは安心しつつ、どんな変な事を言ってきても隙をつかれないようにと、警戒をやめない。
「屋敷の事件は聞くところによれば、どれも火が大層燃え上がっていたにもかかわらず、けが人も建物の被害も何一つないらしいじゃないか。それで直感したんだ。魔法の秀でた少年だとね」
「もしかして、捕まえたと報告しつつ、騎士団がかっさらおうとしてたってこと?」
「そういうことになるね」
サラッと言っているが、かなりすごいことを言っていないか?メルトは若干引きつつ、彼の夢を正直に言ってしまうことにした。
「あの子は料理人になるからね、騎士にはならないよ」
「それは本当かい? ふむ……なるほど」
レクスは下を向き、なにかを考えているようだ。
「嘘には聞こえないし、せっかくスカウトしようにも、別の夢が決まっているのではしょうがない。僕はここで引こうかな」
「え? ほんと?」
「あぁ、なんとなくだが、貴方を見る限りどうも少年も、貴方自身も悪い人間ではなさそうだ。いずれ傍付きの兵士が何とかするだろうし、僕は王都へ帰ろう」
メルトはひっそり喜びつつ、少しレクスに興味が湧き、ある提案をした。
「じゃあさ、ちょっと見てかない? 実はここの貴族を説得したいのよ、うちら」
「なるほど、そうだね、貴族絡みの事件の顛末を見届ける必要はあるかもしれない。それに、興味がある。僕も同行しよう」
「よしきた!」
こうしてメルトはレクスと共に屋敷へと向かっていった。
◆
「――ってなわけ」
「そうだったんだ」
「いやはや、ついてきてみれば皆で食事するなんて事になっているとは、僕はいい場面に立ち会ったようだ」
レクスはそう言って爽やかに笑った。夜にも関わらず眩しい。
「にしても、前に出会った姉弟とこんな風に再開するとはね」
「ああそうだ、僕はレクス・レオンハート、レクスと呼んでくれ」
「ぼくはルノです。レクスさん」
「うちはメルト、もう攻撃しないでね。あのことは秘密なんだから」
吸血鬼であることはバレているようだが、レクスはそれを理由に討伐する気は無いらしく、ルノはその様子を見て、案外吸血鬼を殺そうとする人は少ないのかもしれないと考えた。
「僕自身にはそのつもりはない。だが、命令さえあれば容赦はしないことは分かってほしい。君の正体はそれ程のものだ」
ルノの考えていることを読むかのようにレクスは言った。
正体は隠し続けた方がよさそうだ。
「出来たぞー! 沢山作ったからな! 残したらぶっ飛ばす!」
料理が完成したらしく、グラムの声が敷地内に響いた。
それを聞くと、ぞろぞろと人が声の元へと集まっていった。
ルノもそれに続いて、グラムの元へと歩いていく。
「来たな! ルノ! 未来の頂点料理人の味、とくと食らえ!」
グラムはルノの目の前に器を差し出した。すると、すぐに美味しそうな匂いがする。器を受け取るとあたたかい。
「なにこれ?」
「これは新鮮野菜とコンソメのスープだ! いい野菜があったからな、いい味が出てるぜ!」
「普通のスープじゃないの?」
「俺の作ったスープってとこは普通じゃねえな!」
いまいち意味が分からなかったルノだが、スープを口に運ぶと、野菜の甘みや、肉のうまみは程よいコクを生み出している。
間違いなく、ルノの人生で一番のスープだった。
「美味しい……!」
「ほんとだ、言うだけあって美味しいよこれ!」
メルトも口角が上がっている。レクスや、兵士たちも口々に美味しいと言っている。
だが、一番気になるのは……
「バラムスさん、美味しい?」
「…………そう、だな」
「相変わらず味は……いや、待て――」
周りが笑顔で美味しいと言うにも関わらず、味が感じられないようで落ち込んでいたバラムスだったが、突然目の色が変わった。何回も何回も、口にスープを運んでいる。
「する……味が、ほんの少しだがするぞ!」
「なんだって! バラムス様の味覚がお戻りに!」
「すげぇ! どんな料理人も無理だったのに!」
兵士が驚き、喜んだ様子で声をあげる。
バラムスは夢中でスープを飲んでいる。肉や、野菜も口に含むと、味がすると言っている。
「ほんの少しだが、感じるぞ……なぜだ」
「そりゃ、食事は一人でするもんじゃなくて、みんなでした方がうめぇからに決まってんだろ。笑顔は自分一人じゃ見えねぇよ」
グラムが当たり前のことだとハッキリと言う。
バラムスはそれを聞くと、器を置き目を閉じた。そして、周りの人々――料理を食べ、笑顔になった人々を見つめる。
「確かに最近は一人で食事していたな……」
「はっ、そんなことで、そんなことこそ必要だったのか……」
バラムスは静かに涙を流した。グラムはその様子を見て、にこりと笑った。
「へっ! やっと気づいたか! まぁ、俺の料理が美味すぎるのもあるけどな!」
「なんなら、俺が料理を教えてやるよ! あんた家の頂点なんだろ! 自由に生きていいだろ!」
「バカ言うな! ワシが貴様なんぞに料理を教わるものか!」
「ワシが教える側だ! お前はこの家で料理人見習いとして働くがいい」
「……それと、すまなかった」
「な! 謝罪なんて別に俺の料理を美味いって言ったからいいんだよ! だけどよ、働くって、マジで……いいのか?」
貴族の家で料理人見習いとして働くこと、特に食事にこだわりがあるバラムスのところでとなると、それはつまり……
「頂点料理人への一歩じゃーん! やるぅ!」
「やったね、グラムさん」
「……おう、おう! すまねぇ、バラムス様、あんたの事情も知らずに盗みなんかやっちまって、俺、頑張るぜ!」
「そうだ、きちんと盗んだ物は返せ。そしたら雇ってやる。ワシも悪かった。料理人と料理への贖罪も果たさねばならん」
「いい料理を作る小僧が頂点料理人とやらになれるように道を開いてやろう」
ルノはそんなやり取りを見て、料理が生きるための目的になるのもおかしくない、素晴らしいものだと感じた。
その大量のスープが空になるまでに時間はかからなかった。
◇
『〇月〇日 きょうハ、みらいのちょうてんりょうりにんのスープをのんだ。おいしくて、みんなえがおで、こころがぽかぽかしタ。りょうりは、ひとのいきるもくてきになるとおもう。 ルノ』