作戦開始だ!
日の落ちた町、ルノたちにとってアーカス二度目の夜である。空に浮かぶ黄金の星が、町を等しく照らしている。
「あちゃー、思ったより雲がないなー、これじゃ見えやすいぞ」
「ま、いっか」
日が落ちる前にグラムの目撃情報はばら撒いたため、あの騎士が釣れるのを待つ。今日作戦が実行できない可能性もあるが、メルトの分身を二人のもとへ置いてきたことで、情報の伝達は容易いので、問題ない。
メルトが目撃情報として出した嘘の場所は、大きめの広場だった。中央には噴水が佇み、木々が周りを囲んでいる。近くには潜伏に適したような家や通りが多い。貴族の屋敷からも遠く、夜中ならば人は滅多に来ないだろう。
メルトは、暗闇に潜み、騎士が来るのを待つ。
金髪の魔法騎士、それが来なければ意味が無い。あのレベルの人材ならば町に一人、それ以上の人数を滞在させる理由もない。その他有象無象ならば、グラムが容易く侵入できたことから、ルノたちの障害にはならないだろうと踏んだのだ。
「来た来た、あたりだ」
歩く度に鎧の金属音が静かな周囲に響く。彼を照らす星の明かりはその黄金の髪をさらに際立たせるための舞台演出のようだ。
暗闇の中、ひときわ騎士が輝いてみえる。
メルトはその姿を確認すると、分身に報告させる。
「……なるほど、嘘を掴まされたようだね。しかし、誰もいないという訳でもないらしい」
「おー、やっぱりすごいね、国に認められた騎士様ってのは」
騎士の堂々たる様子に、メルトも存外気持ちが高ぶっていた。後ろから奇襲してやろうとも考えたが、正面から相対することを選んだ。それほどまでに、騎士から力と自信を感じ、戦ってみたいと思ったのだ。
無論、時間稼ぎの役割を忘れたわけではない。
騎士はメルトを目視すると、その腰にある剣に手をかける。
空気が重くなる。
「貴方はあの盗人の仲間、かな? 僕を引きつけて今夜また屋敷に忍び込む、といったところか」
「さーね! 知らないよっ!」
先に仕掛けたのはメルトだった。指を薄く切り、血を流す。流れる血がどんどん鎌を形成していく。
赤黒く、闇夜と同化した鎌を手に持ち、真正面から騎士へと飛びかかる。
「騎士、レクス・レオンハート、今ここに力を示そう」
レクスと名乗る騎士は、メルトの接近に対し目にも止まらぬ早さで剣を引き抜き、刃を交わした。
そして、鎌を振り払うと、すぐさま剣に眩い光を纏わせる。
「まぶし! そんな陽の光に近い力、滅多に見ないぞ!」
「僕は日輪の騎士と呼ばれていてね。もしかして、日に弱いのかな。これは幸運だ」
吸血鬼は日の光を嫌う。それは、日の光を浴びてしまえば、たちまち力が抜け、普通の人間以下までに力を出せなくなってしまうからだ。
直接浴びなければその影響を大きく減らすことが可能だが、レクスの操る光はその、日の光の特性を完全でないながらも模倣していた。メルトにとっての天敵になりうる力だ。
「よりによって……めんどくさいなー」
メルトは思考する。あの光を纏った剣、少し触れればかなりのダメージを食らうことはわかりきっている。
吸血鬼としての本能がアラームを鳴らしているのだ。しかし、魔法騎士となれば、距離をとったところで魔法を使われ、あまり意味がない可能性もある。
思考していると、レクスは噴水の水を風でまとめあげ、メルトへと放つ。咄嗟にメルトは避けるも、ずぶ濡れになった地面を見て叫んだ。
「ちょっと! 買ったばかりなんだから濡らそうとしないでよ!」
「おやそうだったのか、すまない。しかし、それだけには見えない避け方、まるで、水が弱点だと言っているようだ」
「もしかして、貴方は吸血鬼か、その系譜なのでは?」
メルトはぴくりと肩を震わせた。強者に出会いテンションが上がり、力を抑えられなかった。それであっさりと血の鎌を披露してしまったのだ。
そんなドジのせいで正体がバレてしまったと考え、メルトは必死に嘘をついた。
「ちちち、違うよー(笑)そんなまさか、吸血鬼なんてさ、今どきいないって(汗)勘違いじゃない?」
「そうかい? 血の武器を操り、日の光を恐れ、流水を全力で避けた。それにその尖った歯はそうだとしか思えないな」
「はー? 流水って……あれはただの水でしょ! それに吸血鬼が流水苦手って言うけど、川とかに流れるやつのことだし! あと、うちは格が違うからそんなの効かないし!」
口元を抑え、早口で語るメルトだが、話したあとに気づいた。
頭を触ると、フードで顔は隠れている。ましてや、こんな暗闇で口元は見えない。
「あ……!」
「おや、やはり吸血鬼だったのかな? 少しカマをかけてみたんだが、正解みたいだ」
「こんの爽やか腹黒騎士!」
メルトは騙されたことに腹を立てるも、戦闘中であることを思い出し、冷静さを取り戻した。あの剣は本当に致命傷になる危険があるからだ。
メルトが距離を詰めてこないのを見ると、レクスは剣に手のひらをあて、魔力を高めていく。剣の放つ眩い白光がさらに強まる。
「ハッ!」
そして、その場から剣を振るう。すると、剣に纏っていた光が視覚できる斬撃となって、メルトへと向かってくる。
「うっそ!」
間一髪で跳ね上がり回避する。チラリと斬撃の飛んでいった方向を見ると、なにも起こっていない。
「これは魔の者にのみ効く斬撃でね。それ以外を斬ることはないんだ。使い勝手が良いから重宝している」
「その遠距離攻撃はだめでしょ!」
しかし、光を溜めるための時間が必要なはず、そう考えたメルトが距離を詰めて一気に勝負を決めようとすると、またもや剣に光が宿っている。
「ちなみに、連発できる」
「インチキすんな!」
そんなこんなで、時間稼ぎにしても、苦戦を強いられるメルトだった。
一方その頃、屋敷に侵入する二人はと言うと――
◆
「メルトさんが時間を稼いでるうちに貴族のとこに行かないと……」
メルトの分身体から騎士を確認したとの報告があったため、ルノたちは魔法で軽くボヤ騒ぎを起こし、その隙に屋敷に侵入したのだが……
「おう、前回見た時は確かあっちの方があいつの部屋だったはず――」
「貴ィ様ァ! 懲りずにまた屋敷に忍び込んだかァ!」
「「あ」」
侵入早々、目的の屋敷の主に見つかったのだった。