静かな戦い
「あんた、うちが何なのか気づいてるでしょ」
メルトの言葉に、クラナタールは目を閉じたまま頷いた。
「そうだ。確かに私は君の正体に気づいているよ」
「吸血鬼……だろう」
メルトは手から血を精製し、ナイフとして形成する。
音もなくそれを首元に突きつけても、クラナタールは動揺することなく語った。
「しかし……それにしてもおかしな点もある。君はどこか異質な魔力を纏っているようだからね」
「そのローブで白髪を隠し続けるのは、その魔力と関係があるのかな」
「っ……! 見えてるの」
メルトはフードを強く握り引いた。
ユンデネを去ってから、メルトはフードを屋内でも深く被り、その上である程度色が分からないように魔法で光の屈折を制御していた。
マクマルやノモトにバレてしまっていたことからの反省から始めたことだが、擬態がかなりの精度であるのはルノに聞いてチェックしたため確かだった。
慣れない魔法にしてもそこらの人間にバレるようなものではない。
「さすがに賢者ってことね」
「友人が魔眼の研究をしていたからね。目に関する事は少し詳しくなったんだ。おかげで人の魔力の質から色々と見抜けるようになった」
「君も、古本屋で聞いていただろう?」
クラナタールは未だ目を開かない。ナイフを突きつけられていたというのに、身体も震える様子はなかった。
「……それも気づいてたんだ。じゃあ聞くけど、ルノくんに魔眼の話をしたのはなんで? あの子に悪い影響があったらどうするの」
「あの時言ったままだ。力の自覚と、良い物語のためだ」
「じゃあさ、良い物語って、あんたのは違うってこと?」
クラナタールは先程までと違い、すぐに答えなかった。
「――そうだな。私のは良い物語ではない」
「この老獪の足跡はとても、他者が辿れるようなものではなく、ただ、ぐちゃぐちゃと踏みならし、ふらふらと放浪しただけのどうしようも無いものなのだよ」
「そんなもの、彼に語る意味はない」
クラナタールは小さくか細い声でそう言った。
「……そう」
常にナイフを突きつけていても、クラナタールの態度は変わらない。
それどころか、酷く冷静にも思える。
死を受け入れているためか、もしくはメルトが本当に危害を加えるつもりが無いことを見切っているのか、それは分からないが、このままいても意味は無いようだ。
メルトは血のナイフをクラナタールから離し、ひとまず下げると壁に寄りかかり、フードに手をかけ、部屋の壁にずらりと並ぶ本を見つめた。
クラナタールはそんなメルトに、小さな声で問いかける。
「メルト君、君が聞きたいのはそれだけでは無いのだろう」
「……」
「何故と思っていそうな空気を感じるな。なに、理由なんてものはなんでもいい。私が特別察しやすい、とでも思っておいてもらっていい」
メルトは息を呑み、静かにその言葉に耳を傾ける。
賢者というのは全てこんな鋭いものなのだろうか。
「予測してみようか。例えばそう、吸血鬼について。これは当然思いつくものだ。君が最初に正体について聞いてきたこと、そもそも吸血鬼という希少な種族であること、吸血鬼狩りが活発になった今の時期に危険を冒してまでこの地にやって来たことから推測できる」
「次に白髪について。これは私も驚いた。君のその髪は地毛だね。髪を隠している様子は吸血鬼の弱点である日光を避けるためと思っていたが、室内でもこの様子なら、白髪が関わると推測できる」
メルトは古本屋でルノに詰め寄っていたクラナタールの雰囲気を再び感じ取る。
ルノはこんなものを目の前にしていたのだ。
「はぁ……まー、正解だよ。うちは白髪で吸血鬼。そんな確率、どれだけ低いか分からない。けど、そこに意味があるはず」
「うちは、それを見つけに来た」
肯定。メルトは偽りなく自身の目的の一つを打ち明けた。
心なしか何か重りが外れたようにも感じた。
「そうか……吸血鬼についてはユミア君も調べたがっていたな。恐らく彼女も嘘をついているのだろうが、それは言葉にしない方が良さそうだ」
「それにしても白髪……そちらの言説には詳しくないが、三つの説が主流だな」
クラナタールの言葉に、メルトはユンデネでノモトが語っていたものを思い出す。
「それはうちも知ってるよ。白髪は魔法的才能に溢れた天才である。白髪として生まれるものが少ないだけで魔法との因果関係はない。トリトの子孫ではないか?魔法の才能もそれ故だ。この三つでしょ」
「その通り。だが、私はどれも完全に正しいとは考えていない」
クラナタールは自分はあくまでも専門ではなく、ただの妄想にすぎないと念を押すと、指を一本立てた。
「ただ、せめて言うならば、白髪はシンボルだ。ただの色素異常でも、魔法が特別に得意なものも、ただその白髪に注目されただけの人間だ。白髪でない髪色でも魔法が得意な人間は多く存在する。逆に白髪でも魔法の才に恵まれない者もいる。つまり、白髪はただ数が少ないだけのシンボル……」
「それを英雄トリトという存在から連想し、何かと特別視している。二番目の言説に近いが、ただ白い髪が目を引いただけの存在に関連性を持たせたというのが私の考えだ」
メルトは一連の推測を聞いても、どうにも納得出来なかった。
「じゃあ、たまたまだって言いたいの? うちが普通じゃないのは外れ値なだけだって? 白髪で魔法が得意じゃない奴がいたって言っても、大体は天才だったんでしょ?」
「そう結論を急ぐんじゃない。言っただろう。私の妄想にすぎないと」
「妄想って……それにしてもそう考えたのには理由があるでしょ」
クラナタールはそんなメルトの真剣な声を聞くと笑い始めた。
「……! なに笑ってんの」
「はは、すまない。君もルノ君も、理由や合理性を気にするようだからね」
「私は単に、そうだったら物語的に面白い。そう思っただけだ」
「……は?」
間の抜けた返事に、メルトは思わず頬を引きつかせた。
「私だって完璧ではない。それはこのパンドラという都市……ひいては人間全てに言えることだ。間違い、勘違いはおかしくない」
「メルト君、正解があるかも、それが一つかも、私たちはまだ分からない。可能性はいくらでもあるのだよ」
クラナタールのその言葉は誤魔化すような、しかし本心も滲むようなものだった。
「それさ、おかしくない?」
「……それは、どういうことかな?」
メルトが問うと、クラナタールは間を置いて口を開いた。
「完璧じゃない。間違い、勘違いはおかしくない。正解も分からない。じゃあ、あんたのはなんで良い物語じゃないって言えるわけ?」
「誰がそれを決めたの? 良い物語になる可能性はないの?」
「あんたの言う『物語』って何なわけ?」
「……」
「そうだな。そもそも何が物語なのか……そうだな………………」
クラナタールは答えない。いや、答えられないのか。
メルトはそう考えていたが、答えは返ってきた。
「物語は人生だ。創造物でも、実在するものでも、物語と言えるだろう。そして、それが良いと決めるのは私だ」
「その良さは、解釈されることによって人の物語を良い方向に左右出来ることが基準となっている」
クラナタールが言い切り、メルトは厳しい目つきでそれを睨む。
「結局、あんたは自分勝手に決めつけてるってだけね。分かった」
それでは、メルトが襲われるのは運が悪かっただけと、断定されてしまっているようだった。
メルトはクラナタールに背を向けると、ドアノブに触れて捻る。
「うちはあんたのその傲慢な考え、嫌い」
静かに軋む扉の音と共に、メルトはそのまま部屋を出ていった。
「――やはり、君に語らないで正解だったよ。白髪の吸血鬼…………君には自分で見つけるべき物語がある……」
クラナタールの独り言、それが耳の良いメルトに聞こえたかどうかは本人しか知らない。
◆
朝の街、まだ日が昇ってからあまり時間も経っておらず、少し肌寒さを感じる時間帯。
ルノはパッチリと目を開けて日記のメモを眺めていた。
「メルトさん! 今日だよね!」
「そうだねー! ついに来たって感じだね!」
そう、クラナタールとの出会いから数日、ついにゼーヴェルトの予約日がやってきたのだ。
ここ数日、クラナタールと共に様々な物語を読んでいたルノは、より強い知識欲に体を揺らしていた。
「そういえばルノくん、クラナタールに買ってもらった本、まだ読んでないの?」
「うん、読もうと思ったんだけど、クラナタールさんが読ませてくれる本を先に読もうと思って」
ルノは宿の机に置かれた『瞳の男とお姫様』を見つめる。
クラナタールに買ってもらった本だが、この先いつでも読めると考えると、今読めるものを優先したいと思ってしまい後回しになってしまっている。
今日もゼーヴェルトへ向かうため、読む暇はないだろう。
「確かに、ここじゃ読むものに困らないもんね!」
「よし、今日はとにかく調べまくりの日にしよー!」
「おー!」
こうしてルノたちはパンドラの知恵が眠る大図書館、ゼーヴェルトに向けて出発する準備を始めたのだった。
後編はまたしばらくお待ちください。




