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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
パンドラ編

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魔性の瞳

 古くなった紙の、少しコケたようなにおいのする店内は、外観に対して広い。

 壁の両面には本がびっしりと並び、広さの割に狭い階段はいくつかの階層を繋いでいるようだった。


「じゃあ、わたしは上の階を見てきます」

「うちも上に行こうかな……」


 古本屋に入ってすぐ、クラナタールが教えた本の分布によって、一階にクラナタールとルノ、二階にユミア、メルトは二階以上の様々な本を見てまわることになった。


「ルノくん、何かあったらすぐに呼んで。絶対すぐ行くから」


 メルトはルノの耳元でそっと呟くと、ルノの服に小指程度の小さな分身体を忍ばせると、階段を登っていった。

 ユミアもすぐに登っていくと、ルノはクラナタールと二人、本を巡り始めた。


「ルノ君、君はどんな本が探したいんだい? やはりトリトやサトウについてのものがよいかな? ゼーヴェルトは図書館だから借りることしか出来ないが、ここなら買うことが出来るよ」


 クラナタールは並ぶ本の群れに触れながら、ルノに問いかけた。


 ルノはちょうどよくユミアが居なくなったため、吸血鬼について聞こうかとも考えたが、すぐに決断することは出来なかった。


「あ、えっと……どうしよう」

「ああ、急かしてはいけないね。そうだ、ゆっくりと本を見て、気になる物を見つけたらいい。それは巡りあいであり、時を急いても意味は無い」

「……わかった」


 クラナタールは一冊の本を手に取り、ぱらぱらとめくる。

 ルノは言われた通りに本の並びに目を通す。旅を始めてから学び続けていた文字が、ここに来て一番役に立ったと感じながら、背表紙の文字を読み、表紙を見て、中身を軽く開く。


 やがて、一つの本に目を奪われた。


「『瞳の男とお姫様』……」


 気になったのは何の変哲もない絵本だった。

 なぜ気になったのかは分からない。しかし、どうしても気になって仕方ない。


「クラナタールさん、これは?」

「ん? ああ、それは大陸の東で有名な童話だよ。ルノ君はルズニアから来たんだったか。聞いたことがなくてもおかしくない」

「どんなお話なの?」


 ルノはとにかく話の内容が知りたかった。

 ルノが、のめり込むように本の表紙を見ていると、クラナタールは目を閉じ語り始めた。


「それは魔法の瞳を持つある国の少年が、その力で隣国のお姫様を助ける物語だ。とても良い物語だ。少年の純粋な善意が凍りついたお姫様の心を溶かす過程が素晴らしい。どんな結末を迎えるか、是非読んでもらいたいね」

「魔法の瞳?」


 魔法についてはよく見るが、その瞳と言われてもルノはピンと来なかった。


「いわゆる魔眼の事だと言われているね。ああ、魔眼の説明からかな?」


 クラナタールは、ルノの持っていた本を手に取ると、少し沈黙した。


「そうだね……君がこの本に興味を持ったのが偶然か必然か分からないが、細かく語るべきだろう」

「必然?」


 ルノは真意を理解出来なかったが、それはすぐに語られた。


「なんせ、君も魔眼持ち、なんだからね」

「…………え、ぼくが……?」


 クラナタールの目に嘘は見えない。さらに言えば、その真剣な眼差しの中には、どこか探るような鋭さもあった。


「やはり、自覚なしか。周りが気付きにくいというのもあるが、君本来の性格故に、ここまで隠れてきたのだろうね」


 ルノは少し恐ろしさを感じ、息が詰まった。

 いったい自分には何があるのだろうか。


「ああ、すまない。怖がらせるつもりも、脅すつもりもないんだ。ただ、力というのは持つものを幸せにも不幸にもする。だから、正しく、慎重に知らなくてはならないんだよ」

「うん……わかった」

「いい子だね」


 クラナタールは穏やかな笑顔を作り出すと、ルノの頭を撫で、話し始めた。


「簡単に言えば、文字の通り魔法の瞳だ。瞳そのものに魔法が宿り、様々な現象を引き起こす」

「君のものは……そう、魅惑だ。言うなれば、『魅惑の魔眼』」

「魅惑って……それじゃ、ぼくは、みんなを……」


 無理やり引き付けている?


「ふむ、少し誤解しているような顔だ。そう結論を急いではいけない。君は賢さも人一倍のようだからね。すぐに答えを求めてしまうのだろう」

「まず、その瞳は人を引き付けるが、洗脳する程の力はない。先ほども言ったが、君本来の性格とこの魔眼は相性がいいようだから、余計に作用しているようだ」


 クラナタールの声は優しく、重かった。


「私自身、昔出会ったことがあったから気が付けたんだ。魔力の感覚的に君のものも比較的弱いものだね。君の系統は、なぜか無意識に目が惹かれてしまう、といったものだ」

「でも、それでも……ぼくがいままで会った人たちは……」


 カヴァロ、アーカス、トレビオ、フラレス、ユンデネ……それだけでは無い。ここまでの道中で出会った人間は優しい人が多かった。


 でも、それは魔眼とやらのせいなのではないか?そんな、想像もできなかった疑念がルノの脳裏に浮かぶ。


 もしかしたら、メルトでさえ……


「ふむ、賢いと言っても、話すのが早かったかな。いや、言葉や行動の節々から感じた年齢との不相応さに比べたら、どこか思考に幼さを感じるこの反応の方が自然か」


 怖い。自分が、クラナタールが。ルノの脳内はそれだけでパンクしそうになる。床に跳ねる足音が、紙の擦れる音が大きく聞こえる。

 でも、手に持った本の感触は分からない。


「改めてすまないね。やはり早かったみたいだ。どうしても、君には知っておいてほしかったんだが」

「……な、なんで、ですか」


 ルノが声を絞り出すと、クラナタールは髭を撫で、笑顔で言う。


「自分を知ってほしいからだ。この街には何かを()()ために来たのだろう。ならば、私は良い物語のために手助けするだけだ。まぁ、語るのは良い物語だけ、だがね」

「怖がらせてしまったが、君の瞳が魔眼であろうと、それは些細なきっかけにすぎない。ルノ君、君はその瞳で操ってやろう、言うことを聞かせてやろうなどとしたことはないだろう?」


 ルノは頷く。そうだ。自分の目を疑っても、心は、人々は疑えない。


「ぼくは、みんなが生きる意味が、目的が知りたかった。ただ、話が聞きたかった。一緒に考えたかった」

「それは、ぼくにその目がなくても、関係ない」


 ルノは前を向く。震えは止まらない。それでも、その瞳はまっすぐ先を見つめていた。


「それならいい。やはり話して正解だった」


 クラナタールはそれだけ言うと、ルノの手にあった本をとる。


「これは買ってあげよう。やはり読んだほうがいい」

「あ……ありがとう、ございます」


 クラナタールは微笑むと、店員の元へと歩いていった。

 その時、ルノの服の中から影が飛び出した。


 メルトの小さな分身体だ。


「ルノくん……! 大丈夫!? あの老賢者、ルノくんを不安にさせやがったな……!」


 分身体は小さい声ながらも強く心配した声をしている。怒りも含んだその声を聴くと、ルノは少し安心した。


「メルトさん、ぼくに魔眼があるって、ほんとう?」

「……たしかに、あいつが言ってたことは本当。うちには効かないしすごく弱いから気にしたことなかったけど……ごめんね。隠してて……」

「うちは、ルノくんがルノくんだから、一緒にいたいの、だから……」


 メルトの分身体はルノの指を掴み、俯いた。


「ううん、いいよ。だいじょうぶだから」

「……ぼくのは、弱いんでしょ。だったらみんなに悪いこと、してない」


 ルノは深呼吸する。本の匂いが鼻を満たすと同時に、思考が冴えてきた。


 予想すらしなかった自身の目の真実に動揺していた。しかし、同時に分かったこともある。


 メルトが他人に比べてルノを気にする理由、それが魔眼ではない。可能性のひとつが無くなっただけでも収穫といえるだろう。

 ゼーヴェルトで調べることとは別の疑問が一つ前進したのだ。


「あ、戻ってきた。とにかくルノくん、うちは魔眼なんか効かないし、ルノくんのは人間にもほとんど意味ないから気にしないで!」


 メルトはそう言うと、また服の中へと戻っていった。


「ほら、買ってきたよ。じっくり、ゆっくり読むといい……ごほっ、すまない咳が……げほっ」


 本を手に持ったまま、クラナタールは深く咳き込む。


「だいじょうぶ……!?」

「大丈夫だ。ほら」


 クラナタールは本をルノに手渡すと杖によりかかり、少ししゃがみ込んだ。

 そしてゆっくりと息を吐くと、立ち上がる。


「私ももう歳だからね。体のあちこちがだめになってるんだ」

「そう、なんだ」


 二人が立ち尽くしていると、店の扉が勢いよく開かれた。


「……やっぱりここにいたか」

「……アルベール」


 それはクラナタールと口論して後を去った男だった。


「いい加減こんなところを漁って回るのをやめろ! あんたは賢者なんだろ! 学会だって……!」

「何度も言っているだろうアルベール。私は賢者とは呼べない。このローブだって飾りだ。取り上げられないだけで、他の連中は私なんぞ――」

「――父さん! それ以上はやめろ!」


 父さん、アルベールはクラナタールにそう叫び、言葉を断った。


「あ、あれ、えっと、喧嘩!? どうしよう!」

「……またか」


 ちょうど、ユミアとメルトが階段を下りてくる。


「お、お二人とも、とりあえず、お店から出ませんか……!」


 異様な空気に包まれた店は、ユミアの精一杯の一声で振動したのだった。

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