三人の隠し事
「メルトにユミア、ルノ……うん、いい名前だ。お礼はどんなものがいいかな?」
大魔法図書館ゼーヴェルト、その予約待ち中にルノたちは観光をしていた。そんなルノたちの前に現れた老人クラナタールは、その柔らかな瞳で各々を見つめながら、微笑んだ。
「お礼……うちは別にそういうのはいいよ。自分で何とかするし」
「わたしも、人として当然のことをしたまでですし……お礼をされるほどの事では……」
メルトとユミアは礼がしたいというクラナタールの言葉を断った。
「ルノくん、気になることとか聞いてみたらどう? なんか詳しそうだし」
メルトはルノを見ると、軽く言った。
クラナタールは穏やかな笑顔でメルトを見る。
「勘の鋭いお嬢さんだ。確かに私は無駄に知識だけを蓄えている。この街に関することなら、知っている事は多いだろう」
「勘って……あんたのその紫のローブ、賢者のやつでしょ。うちでも知ってるよ」
メルトは腰に手を当て、呆れたように言った。
クラナタールは自身のローブを見ると髭を触りながら笑う。
「おや……確かにそうだ。すっかりただの風避けにしか使っていなかったから忘れていた」
ルノはそんなクラナタールの振る舞いにどこか哀愁のようなものを感じた。
クラナタールは本当に忘れていたのだろうか?
賢者……賢き者とまで言われ、印を持ちながらそれを忘れるのだろうか?
「じゃあ、クラナタールさん、聞いてもいい?」
「なんだい?」
そんな不思議な人に聞きたいことは、図書館で調べられるような、誰もが同じように答えられるようなものでは無かった。
「あなたはなんのために生きているの?」
ルノの真っ直ぐな目がクラナタールを貫く。
旅を始めてから続けてきた人が生きる目的の収集は、その舞台がパンドラであろうが関係ない。
その向けられた瞳にクラナタールは目を細め、食い入るように観察した。
「……なるほど、君は……ふむ………………」
クラナタールは額を手で押さえると、座り込んだまま、杖を前に突き、体重をかけた。
「……なぜ生きるのか。それは物語を読むためだ。人は物語を作ることができる。それは人を感動させ、その世界へと引き込むものだ。言葉を持つものは語ることができるという最大の長所をもっているのだ」
「無論、この解釈は私のものであり、人々がすべてそうあるべきという訳では無い。分かっているとは思うがね……特に賢者が全て私の様な人間では無い事も理解しておいてほしい」
遠くあるバベルの塔、その雲の上を見ながらクラナタールは言った。
「物語を読むため……」
これまでで一番難解な目的を聞いたルノは、首を傾げ、宙を仰いだ。
「なんだか難しいですね……」
その横ではユミアも腕を組み唸る。
そんな中、メルトだけは少し違った顔をしていた。
「…………」
何も声には出さない。普段なら少なくとも軽口は叩くメルトが、何かに納得したような言葉も何も無く、ただクラナタールの言葉に耳を傾けていた。
「はは、何も難しいことではないよ。要するに良いお話を読んで楽しむことが好きなんだ」
「良いお話って?」
「……楽しいお話のことさ。最後には誰もが笑えるハッピーエンド、とびっきりのね」
クラナタールはルノの質問に笑顔を返すと、ゆっくり立ち上がった。
「さて、お礼は良いと言っていたが、そろそろ昼食の時間だ。どうかね。食事を振る舞いたいと思ってね。時間に余裕があれば、だがね」
「ちょうど、このお店に世話になったことだしね。売り上げに貢献しようと考えていたんだ」
クラナタールは座っていた椅子の背もたれを触りながら、ガラスの内側で忙しなく働く店員を見つめた。
「あ、このお店! パスタが美味しいって聞いてたところだ!」
店の看板を見たユミアが目を輝かせ、両手をブンブンと振った。
しかし、ハッと口を塞ぐと、ゆらりと半歩下がった。
「……ふふっ、いいんじゃない? まだお昼には早いけど、時間はあるし、お礼したいって言うなら遠慮しなくても」
「ルノくんはどう? うちはルノくんがしたい方についてくよ」
メルトは太陽の位置を確認すると、ルノに目を向けた。
「うん、ぼくもお腹すいたし、パスタ食べたい。ユミアさんも食べたいみたいだし」
「メルトさん、ルノ君……!」
ユミアが二人の手をとると、その様子を見ていたクラナタールが歩き出す。
「では、入ろうか……すまない、四人だが空いているかな?」
「はい! こちらへどうぞ!」
そのまま店員の後に続き、四人は店に入っていった。
◆
「――ごちそうさまでした。ありがとうクラナタールさん」
「いやー、パスタ美味しかったです! ありがとうございました!」
「うん、うちも美味しかった。ありがと」
昼食を食べ終わり、店を出ると、ルノ、メルト、ユミアはそれぞれクラナタールに向かって礼を言った。
「いいんだよ。私が助けて貰ったお礼なんだから」
クラナタールは髭を撫でると、ゆっくりと歩き出し、その後をルノたちが着いていく。
いわく、この後は古本屋を軽く巡ってから帰るというので、ルノたちはその古本巡りに同行しようということになったのだ。
「そういえば、君たちはゼーヴェルトに向かうのだったかな?」
「うん、調べたいことがあるんだ」
ルノが答えると、クラナタールは杖をつきながら、なるほどと呟いた。
「ゼーヴェルトに目的があるのは、大抵は学生、学者や国の要人だ。正直珍しいと思ってね。何を調べたいのかな? 少し気になるな」
「あ、えっと……」
ルノはその言葉に答えるかどうか迷ってしまい、言葉に詰まる。
それは、ユミアの前でここで吸血鬼については話すのはあまり良くないと考えたからだった。
「そう、トリト様とか、大魔法使いサトウについて知りたい」
「ふむ……英雄トリトか……彼女の物語はいくつも存在するが、面白いものがある。サトウのものも、このパンドラならば残っている文献もあるだろう。私も話せることはいくつかある」
クラナタールはまた髭を撫でると、すぐに答えた。
「ほんとう?」
「ああ、滞在は長くなるのだろう? 分からない事があれば、聞きに来るといいよ」
ルノがクラナタールの横顔を覗くと、クラナタールは優しくルノの頭を撫でる。
「へぇ、ルノ君は難しそうな事を調べようとしてるんだ」
ルノの後ろ側、メルトの横で話を聞いていたユミアは、感心したように口を開く。桃色のツインテールがぴょんと跳ねた。
「ユミア君はどうなんだい?」
クラナタールは歩きながら少し振り返る。
ユミアはピクリと震えると、ほんの少し道路を見つめた。
「…………吸血鬼について、です」
「ほう……吸血鬼」
メルトが小さく手を強張らせ、横目でユミアを見る。
「えっと……ほら、最近吸血鬼狩りがよく噂になるじゃないですか。それで気になって……」
ルノとメルトはそれが嘘であることを分かっている。
ユミアは吸血鬼狩りだ。おそらくこれも組織のための調べ物なのだろう。
「確かに、最近大陸では吸血鬼狩りがまた動き出したと聞いた気がするな。しばらく動いていなかったというのに、何故今なんだと思っていた」
「しかし、吸血鬼か……彼らについての文献は多い。面白い物語も世界各地に残っている。魔の者の中でもあそこまで文献が残る種族は少ない」
クラナタールは饒舌に語る。ルノはこの人にも話を聞きたいと思い、ユミアの居ないタイミングで聞くことを決めた。
「――メルト君はどうなんだい?」
最後に聞かれたのはメルトだった。
メルトは遠くにあるバベルの塔を見つめると、こう言った。
「……秘密かなー、大したことじゃないから、二人に比べると恥ずかしいや」
「……ふむ、そうか……まぁ無理に聞くことでも無かった。すまないね」
「いいよー、別に」
これも嘘だ。メルトが探す何かが大したことない訳がない。
ユンデネでのメルトのおかしな態度、そこから覚えた違和感の正体が軽いものであるならば、なぜルノに話してくれないのだろうか。
ルノは胸に手を当てると、早くなった鼓動が止まるように必死に押さえつけた。
「ともかく、聞きたい事があれば遠慮なく聞いてくれ。私に答えられる事ならば全力で答えよう」
「ということで、この店だ。ここの店主は様々な国の本を仕入れてくるんだ。ゼーヴェルトにもない面白い物が見つかることがある」
そう言ってクラナタールは扉を開く。
木製の扉の、軋む金具の音が耳に強く響いた。




