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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
パンドラ編

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唐突な再会

 薄暗い空の下、船の揺れも身体が忘れないまま、潮風が吹く船着き場にルノとメルトは足を踏み入れた。

 石で出来た波止場は湿り、周囲には灯りがともっている。乗船中ずっと嗅いでいた潮風とは違った湿った匂いが鼻を通り抜ける。


 他の乗客がぞろぞろと降りていく中、ルノたちもその後を追う。


「大きいのは街だけじゃないんだ……」

「そうだねー……おっと、滑るから気をつけてね」


 ルノはメルトに手を引かれながら、目の前の建物に目を向ける。

 島の入口となる門。ルノはそれを見ていると、どこかこの世界のものには見えない冷たさを感じた。


 門の方へと進むと、ルノはある違和感を覚えた。

 周囲を見渡すも門にいるはずの人間がいないのだ。


「メルトさん、門番さんは?」


 ユンデネにはいた門番が、ここにはいない。


「ん、確かにいないねー? あ、待って、なんか聞いたことあるかも……そうだあれ!」


 メルトはパッと指を指す。

 ルノがその先を見ると、何やら模様が地面に描かれているのが見えた。


「なんの絵だろう……? それとも文字?」

「うちもよく知らないけど、あれがこの街にヤバい奴が入るのを防ぐらしいよ」

「すごい門番みたいってことだね」


 ルノがそう言うと、メルトが先に行くよう模様を指さす。

 ルノは頷くと、模様を踏み、通り抜けようとした。


 靴底が模様に触れた瞬間、模様が紫色の光を発し、どこか暖かいような空気を感じた。

 ユンデネで出会った神仕者に近くも遠いような空気感で、胸の奥まで優しく撫でられたような感覚だった。


「わっ」


 ルノが思わず前に飛び退くと、その光も空気もすぐに薄れていった。


 門の先には大きな空間が広がっており、大理石で出来た壁にランプが灯り、外とは違ってかなり温和な雰囲気だった。


 右にも左にも道があるが、真っ直ぐ進んだ先に受付のようなものが見える。

 人々はまず、そちらへ向かっているが、門を過ぎてから手続きをするのだろうか。

 とにかく広く、受付に辿り着くにもかなりの距離がある。


「当然だけど、ルノくんは大丈夫だね!」


 メルトはそう言うと、自身も一歩を踏み出そうとした。

 メルトの履いているブーツが少し地面を擦る。


 踏み入れたその模様は、ルノと同じく紫色の光と共に暖かな空気でメルトを包み込んだ。


「……よかった」


 メルトは小さく呟くと、後ろに振り向く。その目線の先には人々が歩く姿があるようだ。


「――メルトさん?」

「……あー! ごめんねルノくん、ちょっとぼーっとしてた! さぁ行こう!」


 メルトは、ルノの手を取ると正面へと歩き出す。


 ルノはその足取りが重いことを感じ取り、手を普段より少し強く握った。


「次はあそこに行くの?」

「そうそう、まずは行きたいエリアとかを申請するんだって」

「三つあるって言ってたやつだよね」


 ルノは道中でメルトから聞いたことを思い出しながら、キョロキョロと周りを見渡す。

 すると、看板に白夜エリア、史跡エリア、学園エリアといった文字が見えた。


「本があるのって学園エリア、だよね?」

「そうそう、そのエリアにゼーヴェルトがあるんだよ」


 メルトは学園エリアの看板をチラリと見ると、それ以外の看板には少しも目もくれず、すぐにルノに笑いかけた。


「他のとこには行くの?」

「うーん……ルノくんは行きたい?」


 ルノが尋ねると、メルトは口元は笑っているが、目線は下に向いている。


「ぼくは……いいや、他のとこってお金かかるでしょ?」

「まぁねー、船代も高かったし……ん?」


 メルトは腕を組むと、目を細めて前方をじっと見た。

 ルノが並んで前を見ると、受付に並ぶ人々の中にぴょこぴょこと跳ねる桃色のツインテールが見えた。


「あれ、ユミアちゃんじゃない?」

「……ほんとうだ!」


 ルノは目を輝かせ、同時に不安に駆られる。

 そう、あの特徴的な桃色のツインテール、厚底のブーツ、黒い装束をまとう少女――あれは吸血鬼狩りユミアだ。


「……話しかける?」

「あー、うーん」


 トレビオで出会った際、メルトは彼女と意気投合していた。

 しかし、それはあくまで吸血鬼と、吸血鬼狩りという正体を互いに知らなかったためだ。


 近くで接していては、いつ正体が露見するか分からない。

 ルノたちが遠くで見守っていると、突然ユミアの声が響いた。


「お願いします! 一番安い宿がどこにあるのか教えてはいただけませんか!」

「え、えーっとですね。そういった案内は特定の宿の優遇になってしまうので、我々ではお答えできなくて……我々は受付業務にのみ対応しておりまして……」


 受付の女性は、必死の剣幕のユミアに気圧されつつも、丁寧に答えた。


「お願いします! 生活が、人生がかかってるんです……! えっと、じゃあそう、魔物討伐とか、得意です……! そういった仕事とかはないですか! 出来れば今日報酬が出るような!」

「……申し訳ないのですが、この島には魔物は生息してないんです。それと、仕事に関してでしたら白夜エリアがよいかと……」

「そ、そんな……! 白夜エリアって人が多くてうぇーいって感じの人が多そうじゃないですか! わたし死んじゃいます!」


 カウンターを乗り越え、受付の女性に抱きつこうとまだするユミアを見て、ルノは唖然としながらも、メルトの方を見た。


「……メルトさん」

「……うん、なんか、ね」


 二人は目を合わせると、駆け足でカウンターに向かった。


「はいはーい、ごめんねー! この子の宿はこっちでなんとかするから!」

「え……! あれ、メルトさん!?」

「ごめんなさいお姉さん、ぼくたちも並ぶから、後でお願いします」

「ルノ君!?」


 ルノたちがそう言うと、受付の女性は軽くお辞儀をした。

 そのままメルトがユミアを連れて、三人で列の最後尾に並ぶ。


「えっと、あのぉ……すごい恥ずかしいところを見られたような……」

「そうだね、なんというか、ファイト」

「め、メルトさん……! う、うぅ……なんでこんなところを見られちゃったんだぁわたしぃ……」


 ユミアは肩を落とし、今にも泣きだしそうな震える声で言った。桃色のツインテールも萎れている。


 トレビオで出会った少女との再開はこんな唐突なものだった。





 ルノとメルトは、ユミアに続いて手続きを終えると、ユミアに行先を聞いていた。

 すると、同じく学園エリアに用があるというので、ついでに宿代を出してあげることにした。


「あのぉ、本当にいいんですか……? わたしの宿代まで……」

「いーのいーの、うちら友達でしょ?」

「……! ありがとうございます……! 泣いてもいいですか?」


 受付を終え、三人は学園エリアへと移動していた。

 パンドラは円形の島をエリアで三分割した形となっており、受付のあるターミナルから、まずひとつのエリアに入る必要がある。


 円形のエリアを囲む巨大通路、その中を歩いているのだ。


「ここで泣くのはやめてよー! でも、こんなとこで会うとは思わなかった!」

「はい! わたしもここで会うなんて……」


 二人は笑いながら歩く。ルノはメルトの正体がバレることがないよう祈りながら、ユミアにひとつ尋ねた。


「それでユミアさん、なんで今そんなにお金が無いの?」

「あー、うんとね……」


 ユミアはルノの言葉に身振り手振りをしながら、ここに至るまでの経緯を語り始めた。


「わたし、元々金欠だったの。でもまぁそれは置いといて、ここまでの船代ってすごい高いでしょう? それで魔物討伐とかして一生懸命稼いでたんだけど……」

「うん」

「ちょっと色々あってお金を使っちゃって……でも急ぎの調べ物だから、行くしかないー! って……」


 ユミアは握りしめた拳の力を緩めると、またツインテールを萎ませた。


「それで辿り着いたはいいものの、近くにいた人に宿代の相場を聞いたら予算オーバーで……その、あのようなことに……」

「うーん、うちが言うのもなんだけど、行き当たりばったりだね」


 メルトも金欠でユンデネ行きが遅れたため、苦笑いで返す。


「それはごもっともです……」

「そう落ち込まない! 言った通りうちだって行き当たりばったりだってー!」


 メルトが軽く肩を叩くと、ユミアはメルトの顔を見て少し固まった。


「ユミア?」

「……あ、いや……わたしたち、似た者同士、ですね」

「うん、服の趣味とかねー!」


 二人の話を聞いていると、ルノは前方に看板を見つけた。


「二人とも、あそこ入口って」

「お、あれかー!」

「確か、いくつかあるんですよね? 一番近いところなのに遠かったですね……」


 三人は看板の指す門の前に立つ。

 巨大な扉、島に入る時の門とは違う小さなそれは、平凡な部屋にあるようなただの扉で仕掛けのようなものも一切ない。


「よし、じゃあ開けるよ――」


 ――ついにパンドラの扉は開かれた。この先ルノは何を知ることになるのか。

 知ったことで何が起こるのか、熱はまだ、冷めていない。

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