桃色少女と日輪の騎士(2)
日の暮れたある町の屋根の上、そんな奇妙な場所に、桃色髪の少女と、金髪の騎士がいた。
金髪の騎士――レクスは、目の前の少女の相談に耳を傾けるために雑念を払った。
雑念、それはこの町に来た目的だった。
息抜きのためというのも本音だが、亜麻色の髪の少女パトレから聞いた情報の確認のためにやってきたのだ。
『副団長ー、団長がこの報告書をレクスにって言ってたっすー!』
そう言って渡された報告書には、この町に吸血鬼狩りと見られる少女が長く滞在しているとあった。
特徴的にトレビオで確認されたのと同じであったため、レクスはルノたちと同時期にトレビオにいたであろう吸血鬼狩りを見に来たのだ。
しかし、実際に町に来るとあっさり見つかったことは予想外だった。
ユミアは服装の違いや武装がない状態でも、その体の鍛え方やオーラが隠しきれていない。
そんな吸血鬼狩りにしても不用心、どこか救いを求めるような縋るような目をした少女は、レクスにとっては救うに値するか弱い女の子だったのだ。
「……じゃあ、少し、話してもいいですか」
レクスの前で座りこんだ桃色髪の少女が俯きながら言った。
レクスはいつも通り笑顔で応える。
「ああ、もちろん。その前にお名前を聞いてもいいかな? 何て呼べばいいのか分からないんだ」
「あ……えっと、ミアです」
報告にあった吸血鬼狩りの名前は分かっていない。コードネームのようなものでも分かれば吉と考えていたが、その名前が完全な正解でないことは間のとり方や唇の震えからおおよそ分かった。
それでも目線などは俯いており確認できなかったため、情報としてはあまり強度が高くないと少し気を落とした。
外面的には笑顔を一切崩さないままだった。
「そうか、ミアちゃんだね。僕は君がなんであろうと深くは探らない」
「ただ、悩みだけを教えてくれれば、僕なりに応えよう」
レクスの言葉にユミアの肩がわずかに揺れた。普通の人間では気が付けないほどの筋肉のほんの僅かな強張り、それをレクスは見抜いたのだ。
すでに確信していた吸血鬼狩りという真実がはっきりと輪郭を持ち出す。
レクスが脅しにとれる言葉を吐いたことで、ユミアは少し震えていたが、思い立ったように顔を上げてレクスの目を見た。
「ありがとうございます。ほんの少し、今だけでもありがとう……」
「……実は、家族のように思っていた人と突然離れ離れになってしまって、置いて、いかれてしまったんです」
「それに、今の私の状況はおかしいんじゃないかって、思ってしまって……」
「間違ったまま、戻れなくなってしまったら嫌なんです。置いていくのも置いていかれるのもだめなんです。わたしは、みんなの横にいないと……!」
ユミアは言い切ったあと口に手を当て、目線を落とした。
「そうか……それはなんとも、難しい悩みだね」
レクスは立ち上がり、日の落ちた空とは真逆――日の昇る方角に顔を向けた。
その髪が揺れ、金色がほんの少しの町明かりを反射する。
「君は変化を恐れている。前進も後退もしない。しかし、実際には無意識な変化のなかで都合の良いものだけを受け入れているんだ」
「……どういうことですか?」
レクスはユミアの言葉に振り返ると、自身の胸を拳でポンとたたいた。
ガチャリという音がやけに大きく聞こえる。
「これもそうだ、理解できるのに、しない。君はそういう慎重さを持っているんだ」
「だが、それは悪いことじゃない。自覚の一歩をもうミアちゃんは踏み出した」
レクスはまだ、笑顔でいる。迷いなど一切ないかのような、まっすぐに明るい太陽のような笑顔がユミアの心を照らした。
「……なんだか、答えになってないと思います」
「その通りだ。相談してくれとは言ったけど、僕はそれを解決するとは言っていないからね」
レクスが一切顔を変えずに言い放ったのを見ると、ユミアは口を開け、徐々に眉を曲げる。
「すいません、ちょっと性格悪いというか、腹黒じゃないですか?」
「ははっ、友人にも言われたよ」
レクスは軽やかに笑うと、剣を拾い上げ、腰に戻した。
ユミアが少し反応したのを見ると両手を上にあげた。
「そう警戒しなくてもいい。さっきも言った通り、今の僕は、深く探ることはしないよ」
「分かってて、来たんですね」
ユミアはそう言うと、じりじりと屋根の端にすり足で移動する。
レクスはその拒否反応よりも別の何かを見つめ、より爽やかに笑った。
「どうだろうね。でも、少なくともミアちゃんの気が楽になったようでよかった」
「……あなたのおかしさに悩んでる場合じゃなくなっただけです」
風が吹き、桃色の長い髪が流れる。
ユミアはポケットに入っていたヘアゴムで、それを左右で素早くとめた。
「わたしが少しダメダメすぎました。感謝はしています。ありがとうございました」
「それでは寒いので失礼します」
「うん、それじゃあ、また会おう。ミアちゃん」
ユミアはレクスの方に振り返る事なく町へと溶けていった。
「うん、大体の人となりも知れたし、王都に帰ろう」
「ノモト団長の無茶ぶりにも応えないとね……」
屋根上に残された太陽は、照らすべきものを失い、空へと帰る。
言葉の後、その場に残ったものは、ため息と冷たい空気が混じったもののみだった。




