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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
断章4

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桃色少女と日輪の騎士(1)

 夕方のとある町、宿の一室にて、ベッドに座り光るブローチを耳にあてている少女がいた。

 隣の部屋や下の階の酔っ払いが騒ぐ中、窓を閉め切り扉をふさぎ、目を閉じて集中した様子だ。


 彼女の名前はユミア、吸血鬼狩りだ。


『――フラレスに吸血鬼はいねェ。それと、俺はここをやめる。ボスと、あとユミアとか、じゃあなァ』

「え? アーヴァンス……?」


 手元のブローチに密着させていた頭が勢いよく揺れ、桃色のツインテールが跳ねる。

 丸めていた背の痛みよりも、記録されていた同僚の声、そして強い衝撃で踏みつけられたような音がした後は保存されていなかった。


「やめるってどういうこと?」


 ユミアはアーヴァンスを問い詰める、あるいは呼びつけてやろうと考えたが、おそらく音的に魔道具が破壊されている。そして個人間で連絡を取れる手段がない。

 ユミアら吸血鬼狩りの持つ通信魔道具には、ボスの持つ特製のもの以外に個人連絡するような機能は存在しない。

 量産するうえで全体通信と、音声の保存が限界だったのだとユミアは聞いている。


 トレビオで話した際、フラレスに向かうと言ってはいたが、彼の性格的にいつまで滞在しているのかも、次にどこを目指すのかも予測できない。


 ユミアはブローチをそばにかけていた黒い装束にしまうと、ベッドに横になり、首からかけていた十字のペンダントをぎゅっと握りしめた。ひんやりとしていて気持ちいい。


「なんで、いっつも急なんですか、あの人は」


 組織の荒くれ者のなかで、なぜかユミアにちょっかいをかけてきた男。

 誤用している「刹那的」という言葉も、ボスが言っていたのを聞いて、響きがかっこいいからと使うようになったのだと言っていたあの男。


 ――帰るところも家族もなく、引っ込み思案気味なユミアにとって兄のように遠慮なく言い合えた男が、こうあっさりと姿を消した。

 ほんの少し、心の奥では仲良しだと思っていたというのに、あっさりとした挨拶だけを残して消えたのだ。


「また、置いて、いかれちゃった……」


 ユミアの握ったペンダントはとっくに体温を吸収し、冷たさを失った。だというのに、ユミアの心にはぽっかりと穴が開き、固く締めた窓の外から冷たい風が体を包み込むようだった。

 祈りをこめたペンダントのみが、ユミアの熱を残しているようだ。


「……」


 ユミアは握りしめたペンダントをそっとベッド横の棚の上に置き、髪をほどいた。

 何も考えず、習慣に従い、体だけが動いている。


「頑張らないと、せめて、ボスには置いてかれちゃだめ……恩も返さないと……わたしは大丈夫、大丈夫」


 丸く小さく毛布に包まると、小さくつぶやきながら、腕で体をぎゅっと強く抱きしめる。

 その自己暗示が効いたかどうかが明日のユミアに影響を与えようが、組織のためボスのために吸血鬼を探すのだ。


「お水……」


 のどの渇きか気晴らしかも認識しないながらも、ユミアは階下でまだ営業している酒場のにぎやかさのなかに混ざって水でも飲もうと考えた。

 とにかく人の気配を身近に感じたかったのだ。


 扉を開き、階段を下りていく。あたたかな人の気配にほっと息をつくと、ユミアは水をもらって酒場の端の椅子にちょこんと座った。


 聞こえてくる酔っ払いの会話に耳をたて、静かに水を飲む。


「――そんでよぉ、パンドラの白夜エリアってのは世界の名酒やら美食がそろってるってんだよ!」

「いやあ、でも行くまでが面倒だしなぁ、移動費だけで安酒がたんまり買えるだろ。あと、あそこは酒目的て行くとこじゃねぇよ」

「そりゃそうだな! それに行ったとこで俺みてぇなバカには他のエリアに価値もねぇ!」


 両手で持ったコップを見つめ、水面が揺れるのをぼーっと見つめると、ユミアは次に向かう先を変更することにした。


「パンドラでもっと吸血鬼に関して調べれば、ボスの役に立つかも……」


 膨大な知識の眠る都市パンドラ、これまでにも吸血鬼狩りがその英知を頼りにしようとしたが、あまりに膨大な本の数に挫折したという。

 ボスに関しては出入りを禁止されているらしい。本人曰く、偉い人と揉めたそうだが、冗談かどうかは判別できなかった。


 うすうす感じているボスの不透明な部分。ユミアがそこに引っ掛かりを覚えるのはよくあることだったが、今回も目をそらすことにした。


 それはそうと、さすがに賑やかというよりもうるさいので、ユミアはだんだん居心地が悪くなり、水を飲み干してコップを置くと外へ出ることにした。





 外へ出てから、ユミアは銀の武器を部屋に置いてきたことに気づいた。

 しかし、この町に吸血鬼がいないことは確認済みであったため、軽い散歩には不要だとそのまま町を歩いて行った。


 普段の黒い装束も置いてきたため少し肌寒いが、耐えられないほどではなく、ユミアはコツコツと厚底のブーツで石畳に音を奏でる。


 やがて、人通りの少ないところにやってくると、周囲を確認してからぴょんぴょんと飛び跳ね、軽く屋根に上り軽くすわった。

 日が落ちるいいタイミングだったらしく、橙色の光が地平線に吸い込まれて、溶け出している様子をユミアは見た。


 それを見ていると、宿でのナイーブな気持ちがぶり返してきてしまった。気持ちに合わせるように暗く、世界が黒に包まれていく。

 家族のように思った人を突然失った悲しみが染みだしてくる。そして寒さにも敏感になっていった。


「やっぱ着てくればよかった……」


 なぜ装束を置いてきてしまったのかと後悔しながら、トレビオでのアーヴァンスとの会話を思い出していると、連鎖して思い出したことがあった。


「そういえば、ルノ君とメルトさん、いい人たちだったな……」


 賢い弟と明るい姉、姉弟として仲が良いのは雰囲気で感じ取れた。

 見た目こそメルトの顔をじっくり見たわけではないが、似ているようではなかった。それでも姉弟と言われて疑いは一切ないほどにどこか奥底で繋がっていた。


 ユミアとは違って。


「……」


 また丸くなってしまいたくなり、ユミアが膝を抱えると、後ろから金属音がした。

 ここの建物は屋根へと上れるようになっていないため、普通の人はこんなところには来ない。


「誰!」

「おっと、驚かせてしまって申し訳ない。遠くから淋しそうな背中が見えてつい」


 振り返ったユミアの先には、金色の髪をサラッと流し、爽やかな空気をまとった青年がいた。

 鎧を着て腰に長剣を携えていることから騎士であることは容易に分かった。


「騎士が突然なんですか。屋根に上るなっていうのならすみません。すぐに下ります」

「いや、それはいいんだ。言っただろう? 淋しそうな背中が見えたから来たんだ」


 青年は両手を上げ、眩しい笑顔でそう言った。暗い周囲を勝手に照らす太陽のような笑顔だ。


「僕はレクス。レクス・レオンハートと言う。察しの通り騎士だ。急だけど、悩みがあるなら僕に相談してみないかい?」


 日の落ちた町、沈んだユミアの目の前に、こうして太陽は現れた。





「……騎士がお悩み相談ですか? 神官にでもなりたいんですか?」

「いや、僕は騎士だ。民を守る騎士。民を守るということは心も守ることだ」

「おせっかいな人ですね」


 若干気圧されつつも、ユミアは警戒を解かなかった。

 騎士団と言えば、漆黒の風ノモトが率いる国の要である。


 世間一般から嫌われ、国の騎士団にも目をつけられている吸血鬼狩りだ。バレてしまえば何があるか分からない。


 銀の武器とペンダントを置いてきたことが幸運だったと内心思いつつ、ユミアは正体がバレないように細心の注意を払う。


「それにしても、やっぱり変です。この時間の見回りって貴方のように上の立場の人が行う訳ではないでしょう」

「おや、僕の剣の紋章を見たのかな? 体幹もしっかりしてるし、よく観察している。なかなかな実力者のようだね」


 レクスは剣の柄をトントンと指で叩きながら、そこに見える意匠をユミアに向けた。


 団の中でも団長、副団長など上の立場の者のみが許される紋章、騎士団の徽章とは違う王家の紋章だ。

 冠と宝玉、神話のドラゴンを模したもので、大変貴重なものである。


「それも最初に見ましたが、名乗りを上げたでしょう。レクス・レオンハート、それは日輪の騎士と称されるこの国の魔法騎士団副団長の名前です」


 ユミアは心臓がバクバクと鼓動していることに気づかれないよう、声が震えないように息を吸う。


 漆黒の風と呼ばれる団長ノモトは規格外と呼ばれ、その実力は戦争に参加していれば歴史が違ったと言われる程だ。


 では、副団長レクスはどうか、日輪の騎士と呼ばれる彼もまた規格外に片足を突っ込んだ存在だと言われている。


 なんでも、本気を出せばルズニア最大の湖を一瞬で干上がらせる事が出来るとか……これは誇張された噂のようだが、耳にする噂はどれも恐ろしいもので、ユミアもボスから警戒するように言われていた。


「そうだね……僕自身まだまだ一人前とは言えないうちに名が知られてしまっているのは恥ずかしいんだけどね」


 清涼感のある風がレクスの方から吹いてくる。

 しかし、ユミアは得体の知れない爽やかさの裏に隠したものがあることを予感し、拳を強く握った。


「ともかく、僕の身分が明らかになったところで話を戻したいんだ。いいかな?」

「……本気でお悩み相談しようとしてるんですか?」


 何故この町にいるのかと問う前に話を戻すと言われてしまい、ユミアはそれに従うしかなかった。


 完全に空気を掌握されていることを肌で感じ取るも、レクス程の実力者がユミアを騙し討ちする必要性も感じなかったため、話に応じようかと考え始めたのだ。


「ああ、実のところ僕も息抜きでこの辺りの町を走って見て回っていたんだけどね。町の外を走っていたら君を見つけたから、息抜き仲間として巻き込むつもりだったんだ」


 レクスはガチャガチャと音を鳴らしながら胡座をかき、剣を横に置いた。

 その言葉を聞くと、ユミアは少し引き気味に眉間に皺を寄せるも座り込んだ。


「この辺りの町って……結構距離がありますよね。息抜きでランニングする距離じゃないですし、なんで鎧を着て剣を持ってるんですか……」

「確かにそうだね。いや、一応の備えのようなものなんだけど、やっぱり変かな」


 レクスはユミアの目を見ると軽快に笑った。


「ここ数日で仕事が大量に入ってね。ノモト団長がさっさと逃げたから僕も今だけサボっているんだ」

「え、ツートップが……? この国大丈夫なんですか」

「みんな大変だろうね。後で必ず遅れは取り返すつもりだよ」


 真面目……という触れ込みとは別にかなり自由な副団長、ユミアはその規律の緩さにすっかり警戒を解かれてしまっていた。

 あるいは、レクスの持っている爽やかな好青年といった雰囲気と笑顔のせいかもしれない。


 ユミアは口を開き、声を出そうとする。

 何回か躊躇ってようやく、言葉が出た。


「……じゃあ、少し、話してもいいですか」


 警戒すべき敵に、自分の悩みを相談しようなんて、おかしい。

 ユミアの脳裏にチラつくその考えが言葉にするのを躊躇わせていたものだ。


 刹那の安息のために、ボスの言いつけを破ることとなる。

 しかし、一度決めてしまえばあとは楽なものだ。


 今だけ、刹那的でありたい。


 ユミアはそうして救いを求めたのだった。

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