破壊と再生
戦闘が終わり、ユンデネの町は再生の時を迎えていた。
ルノはメルトとともに宿へと戻ると、すぐにベッドに横倒れになった。
朝の気配を感じ、ルノは目を覚ます。メルトはまだ眠っているようだ。完全に回復したわけではないため、休息が必要なのだろう。
起きている時とは似ても似つかない静かな寝顔は、どこか小さな子供のようにも見える。
「起きたら血、飲んでいいからね」
ルノは静かにカーテンに身をくるめると、窓を開け遠くの町並みを見つめていた。
この宿含む周辺は火災も免れたようだが、町の入り口の方を見ると、崩れた建物が日に照らされてよく見える。白く統一されていた壁の残骸は土に汚れ、火に焼かれ黒ずんでいる。冷たい空気に乗って何かが焦げたようなにおいが流れてきた。
白い服装の兵士たちが忙しなく動いている様子も、ここから見えずとも想像に難くなかった。
混在した町の白と黒は、つい先日みた清潔さを失い、まるで混乱したルノの心を表すようでもあった。
「吸血鬼が、吸血鬼狩り……」
数ある疑問の中で、ルノはどうしてもその一つだけ納得いかなかった。
昨日ノモトがメルトに語った中でも、もちろんその話は挙がった。
その時のメルトの反応がなんともいえないものだったのだ。
『なるほどねー……まー、今結論が出るわけじゃないし、保留で!』
その時の瞳は明らかに動揺したものだった。しかし、保留にすると言い出したのだ。
この町でメルトが求めるもの、その先にある何か、吸血鬼という情報は重要なのではないか。ルノは心の中にその疑問を抑え込んでいたのだ。
それに、マクマルがメルトを治療した際に言っていた言葉もある。
『ただ、見た感じ外傷というよりも内部のダメージが大きそうに思えるので、心配ですね』
内部、とは文脈的に内臓のことを指していたようにも思えるが、この町でのメルトの不安定さから心の傷を指摘しているようにも感じたのだ。
考えすぎではと、意識してもルノの脳内で二つの考えが対立し、うるさくなっていく。
ルノは頭がもやもやしてきたのを感じ、窓から離れると、部屋にある小さな円形の机に日記を広げ、ページの空いた隙間に覚えている限りのユンデネの町の風景を描きだした。
何かを描いていれば、その間は気にならない。
それだけではなく、壊されてしまった町の様子を絵に残しておきたかったという思いもある。
綺麗に整った町に、杖の紋章、静かながら奥底に活気を感じる人々、遠くに見えた山々、拙いながらもはっきりと覚えているその風景をルノは描き続けた。
◆
真上から日が照らしている道を、ルノとメルト、そしてノモトは歩いている。
教会へと向かう道のりは被害に遭っていなかったため、ルノの記憶にあるままの状態だった。
先ほどルノたちの宿にやってきたノモトが、神父がある儀式をするため、それと同時に話ができると言ったのだ。
「二人とも、よく眠れたかな?」
ノモトは特に繕う様子もなく、出会ったときと変わらない食えない大人モードのようだ。
「うん、寝れたよ」
「うちもー」
ルノは小さく頷き、返事をする。メルトはそれに続いて適当に返事をした。
まだメルトは多少ふらついていたが、起きてからルノが少し血を与えたことでかなり回復していた。
道を歩いていると、ルノはあることに気が付いた。住民の視線だ。
ノモトとメルト、特にメルトの方にその目を向けている。
その奥にはまるで畏怖するような、尊敬するようななにかが見えた。
「すっかり噂になってるみたいだね」
ノモトがさらりと言うと、メルトはフードの端を握りしめ、さらにぐっと深く下げた。
「……昨日の戦闘だよねー」
メルトもその原因には気づいていた。
あれだけ派手にやりあったのだ。注目されないわけがない。
ましてや上下黒い異質な学者とフードの下に白髪を隠した黒いフードという装いだ。忘れる方が難しいだろう。
「ノモトさん……町の人はメルトさんが吸血鬼だってわかってるの?」
ルノはこれまでとはくらべものにならない規模の吸血鬼バレになってしまったのではないかと、胸のあたりを抑えながら言った。
ノモトはルノを見ると、包み隠さず答える。
「そうだね、あの吸血鬼狩りもうるさかったし、バレてるかな。でも、どうやら悪い想像のようにはなっていないみたいだよ」
「おそらく、町を救った英雄、あるいは救世主、そう思われてるんじゃない?」
ノモトの言葉に、メルトはフードの下で眉をゆがめ、少し歯を食いしばった。
「全部吸血鬼のせいなのに? ……バカみたい」
メルトはそう言うと、その後は背を丸めるようにして歩き続けた。
ルノはその横を静かに並んで歩いた。
しばらく歩くと、教会の高い屋根が見えてきた。
そしてルノたちが森を抜けると、神父が教会の扉の前に立っていた。そろそろ来る頃かと待っていたらしい。
「ノモト様、メルト様、それにルノ様ですね。ようこそいらっしゃいました。到着して早々申し訳ないのですが、もう儀式が始まるので森の方へ向かいましょうか」
ノモトは神父の言葉で自身の中の何かが確信に至ったらしく、鋭い目つきで森を見た。
「森ってことは、もしかして」
「ええ、神仕者による儀式――」
「件の吸血鬼狩りの浄化を行います」
◆
神父の言うままに、ルノたちは森を進んでいた。
吸血鬼狩りの浄化と聞き、ルノはユンデネに着く前にマクマルが見せた魔法を思い出した。
あのように心に関する何かなのだろうか。
ただ、昨日ノモトがメルトに事の顛末を話した際にルノも知ったのだが、吸血鬼狩りは眷属化していた。
神仕者が何故、どうやって現れるのかは分からなかったが、その眷属化による影響もあったようなのはなんとなく分かっていた。
ルノはそんな謎が解かれることに少し嬉しいような気がした。怖いもの見たさと言ってもいいが、とにかく謎が明らかになることを求めていた。
しかし、横を見ると、メルトもノモトも険しい表情だった。ノモトは考え事をするように腕を組み、ひたすら歩いており、メルトは足取りが重く、どこか躊躇うようにも見えた。
二人のその態度を見て、この先にあるのは恐ろしく、目を背けたくなる程の真実なのではないかと思い、ルノは服の裾を強く握りしめた。
神父以外の三人がそんな重い空気に包まれたその瞬間だった。
「あれ、ルノ様にメルト様じゃないですか!」
飛び抜けて明るく、大きな声が聞こえた。
その先には熱心なトリト教信者の少年がいた。
「マクマルさん?」
その穢れなき笑顔は、森の中の静かで重い空気の上に、ただ浮いている。
「どうなさったんですか! あ、もしかして浄化を見に来たのでしょうか! そうでしょう!」
マクマルが一人納得いったようにうんうんと頷くと、神父が眉間を押えた。
「マクマル、貴方の予想通りですが、神聖な儀式なのですから、もっと落ち着いてください」
「神職見習いとしての立ち振る舞いはこれまでに習ってきたのでしょう」
神父に諭されると、マクマルは大きな声で返事を返した。
神父はため息をつきつつ、マクマルの背後を見て言った。
そこには縛られた状態で地面に正座した吸血鬼狩りの男がいた。腹にあった機構もなく、銀色の肌についた傷が残っており、その目の赤みは未だ残っていた。
不思議なほどに静かで、ただ地面を見つめている。
「では、儀式に入ります。マクマル」
「はい! 『彼方より願いを届けたる光』」
マクマルが呪文を唱えると、手に持った教典のが開き、勢いよくそのページをめくり始めた。
そして、風も、音も、においも発する余地なくそれは現れた。
白い楕円の頭、四本の腕、脛より先がない足を持ち、神父のような白い修道服に近い姿。
異形でありながらどこか安心させるオーラをまとった巨体、神仕者が吸血鬼狩りの背後に出現した。
「……!」
ルノはその姿を見て生唾を飲み込んだ。あの夜に見たなにかがまた現れた。白いロングコートの吸血鬼からの攻撃を防いでくれたものの、その実態が全く分からなかったなにか。
メルトとノモトは警戒するようにピクリと体が動いたが、その一瞬以降静かに様子を伺った。
神仕者は呼び出されたものの、全く動かず、ただ浮いていた。
誰もが言葉を発さず、凍り付いたような状況の中、マクマルがその静寂を破壊した。
「では、神仕者よ! この男の内なる善を白日のもとへ!」
「……」
マクマルに反応するように、神仕者が動き出す。その四本の腕で男をつかむと、神仕者の背後に白く光る模様が表れる。
そしてその光は男を包み込むように輝く。
「あ……!」
反応がなかった男が光を浴び、顔中に血管を浮かべた。
だが、抵抗することなく、光を浴び続け、やがて神仕者は光を発するのをやめると男を離す。
そして、また音もなく消えていった。
男の赤く染まっていた目は茶色く、いたって普通の目になっていた。そして冷静に警戒するように周りのルノたちを見た。
ルノたちは呆然と立ち尽くし、その様子を見ていた。
「眷属から戻ってる……?」
メルトが小さくつぶやく。それにも気づかない様子で男は自身の縛られた腕をぐいっと動かし、頭をかいた。
「どういうことだ。何が起こってんだ?」
男がぽろっと言葉をこぼすと、マクマルが満面の笑みのまま男に近づく。
「どうやら狂気から醒めたようですね! よかった! あの破壊行為も本意ではなかったのでしょう!」
やたら顔が近いマクマルに男は一歩後ずさると、だんだんと目を見開いていく。
「は、はぁ? ……破壊…………ああ、思い出した! 吸血鬼がいたんだ! そんで殺そうとして……」
「それで……あ……?」
男はそこまで言って頭を抱えた。
「おぼえてないの?」
大人が静かに見守っていたが、ルノは口を開き、純粋な瞳で男を見つめた。
「お前は前に会った……なんでこんなとこに」
男はルノとメルトを見ると、少し言いよどむ。
「……全部覚えてないわけじゃねえ。俺は吸血鬼を殺すために暴れたんだ」
「だが、一つだけ、なにがなんだか分からんが、そこの白いのにこれだけは言っておく」
その目はマクマルに向いていた。
「俺は確かに何かおかしかったが、吸血鬼を殺すためなら建物だって壊す。根本は変わんねえぞ」
それ以降、男は一切口を開かなかった。
◆
儀式を見届けたルノたちは、教会から離れたところにある宿舎へと案内され、客間のソファに座っていた。
マクマルは吸血鬼狩りを別室に連れて行き、神父は少し離れた位置に立っている。
座ってすぐに、すぐにでも聞かなくてはならないとでも言うようにノモトが手を挙げた。
「質問、いい?」
「なんなりと」
神父はその言葉に深く頷くと、後ろに腕を組んだ。
「じゃあ遠慮なく、儀式を見せるとは言ったけど、あれは呪文で神仕者を呼び出して命令したってことでいいよね」
「はい、正確には命令ではなく、『願い』ですが」
神父は低く言い放つ。
「神仕者とは善の執行者なのです。人の願いに呼応し、その善を執行する。それが神仕者であり、戦闘に反応するだけのシステムではないのです」
「先程の儀式は魔法による善の表出化を求めた儀式なのです。先程の方はさらに何か憑き物を落としたようですね」
「……処遇に関してはまだ判断に早いようでしたので、この後我々で対応を続けます」
願いに呼応する。それを聞いた時、ルノは一つ引っかかることがあった。
善悪は人によって違うというルノの結論からしたら曖昧な条件であったこともそうだが、それ以上に感じたもの。
「願いって、トリト様の話みたい……」
伝承について聞いて回った時、「願い」という言葉が何度も出てきた。トリトとは願いを叶える象徴でもあるという話からだ。
白髪のトリトと白い神仕者、関係があるのではないか。
神父はルノの言葉に答えるように、ゆっくりと語り始めた。
「そう、トリト様の象徴のひとつである『願い』それこそ、神仕者の本質に近いものなのです」
「今から30年ほど前、この国は戦火にありました。人々は妬み、悲しみ、絶望した。そんな時奇跡が起こった」
「平和を願う人々の声を聞き届けたかのように神仕者が現れたのです。我々の元に突然現れたそれは、戦争地帯の一部を魔法と武力により無血平定しました」
ノモトが言っていた発生時期と戦争時期が被っていたというのはそういう事だったのかと、ルノが自身の日記に書いたメモを見ながら聞き入っていると、ノモトが腕を組んで背もたれに深く座り直した。
「出現した詳しい原因は分からないってこと? じゃあ動き出す条件は実験でもしたの?」
「いえ、現在でも分からないことは多いですが、出現した原因と、条件の正確さについては確証があります」
「トリト様に似た力を持つものによる具現化、そのものによる条件の説明があったそうです」
神父がそう言うと、ノモトは納得いかない様子で口を開いた。
「……記録にはそうあるけど、それが何者かは分からないってこと?」
「ええ、ですが、悪意を持った者ではないでしょう」
「そうか……」
ノモトは聞いても無駄だと思ったのか、追求を止めた。
情報を重んじるノモトと、真実がどうあれ伝わってきた真相を重んじる神父ではこのまま続けても平行線になっていただろう。
「それでさ、神仕者が現れた経緯は分かったけど、結局あれはなんなの? 善の執行者とか悪意に反応とか言われてもぼやかされてる気がするんだけど」
メルトは二人の話が終わると、ばっさりとそう言った。
すると、マクマルが戻ってきたようで、後ろから足音を鳴らして入ってきた。
「それは分かりません! ですが、本人がその行為の正当性を感じぬままに他者の害になる行動を意識的に行う事だと思います!」
「ですが、それよりも奥にまだ善なる心がある。それを導くのが神仕者なのでしょう! 先程の吸血鬼狩りの方も、きっとまだ混乱しているのです!」
メルトは下を向き、ため息をつくと、そういう事でいいと言って話を切り上げた。
どれもこれも真実が明らかになったようで、完全に分かった訳ではない。ルノはそこにもどかしさを感じ、手をうずうずとさせる。
「……まぁ、分からないことだらけってのはいいけどさ、神仕者の出現条件を正確に教えないのはなんでなの? 兵士ですら戸惑ってたけど」
ノモトがそう切り出すと、神父は首を横に振りながら答える。
「それは出来ないですね。もしその条件を明かした結果、条件の穴をつくものが現れては困ります」
「だよねぇ」
ノモトは答えが分かっていたらしく、さほど驚く様子もなかった。
「呼び立てておいて申し訳ないのですが、神仕者に関してはこれくらいしか明かすことは出来ません。それと、分かっているとは思いますが、このことは他言無用でお願いします」
「了解、じゃあメルト、ルノ行こうか」
ノモトが立ち上がり、背筋を伸ばす。ルノたちもそれに続いて立ち上がると、神父がマクマルを見た。
「では、マクマル。皆さんを町まで頼みます」
「はい!」
建物から出ると、四人は教会の敷地から出ていくのだった。




