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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
ユンデネ編

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分かったのに分からない

 ノモトが門にたどり着き、吸血鬼の対峙する少し前、メルトに抱えられたルノは、遠回りで本体の元へと走る分身体の背中で頭を必死に回していた。


「あれが、神仕者?」


 町を守る善のシステム、それにしては歪で恐ろしい見た目をしたものを見て、ルノはこの町の異様さをこれまでで一番感じていた。


 分身体の服の裾をぎゅっと握りしめ、未だ機械のように走り続ける分身体を見る。

 町の方で何かあったのだろうか。自分の元に現れた吸血鬼と神仕者によって向こうに何かトラブルが起こっていないか。


 不安は尽きない。それでも、考えることをやめたくなかった。

 考えることは賢くなるために必要、賢くなれば、力の無いルノでも少しはメルトの負担を減らせるかもしれない。

 今回のような不測の事態も、もしかしたら未然に防げるかもしれない、ルノは、その思いから思考を止めなかった。


「悪意……」


 吸血鬼が言っていたそのワード、おそらく神仕者が現れる条件だ。

 では、悪意とはなにか?善悪を決めるのは誰か?


 マクマルの善性は本当に善なのか?

 アーヴァンスの悪意は必ずしもルノに害であるのか?


「違う……」

「全部、みんなが信じてるもの……?」


 マクマルは宗教を信じる。トリトという神という存在に恥じぬためにだ。

 ルノは神を人々の願い、安心するための共通概念と考えた。


 つまり神を信じることは安心を求める行為、宗教とは心の安らぎなのだ。


「アーヴァンスさんにも、何かあるはず……」


 アーヴァンスはヒトの殺害こそ生きる意味と語っていた。

 だが、ルノが彼と初めて出会った時、絵画についてこう答えたのだ。


『おおう、むっかしに見た絵がよォ、忘れらんねぇんだァ』

『それをもっと思い出したい、そう思って形にする、俺はァ絵は描かねぇが、描くとしたらそうなるなァ』


 その時のアーヴァンスの声には含みがあった。どこか感傷的だったのだ。

 それは絵画の力を信じているからこそ出てくる言葉だった。


 もしかしたら、そこに彼の求める安心が、信じるものがあったのではないか。

 悪意だけで人は出来ていない。外と内、表と裏だけではない核があるのではないか。


 ルノ自身も自覚していない、信じるものや、その逆があるのではないか。


 では、神仕者の現れる条件としての悪意とはなんなのか……


 その答えを出す前に、突然分身体の動きが止まった。


「メルトさん?」

「ご、め……ルノ、くん……」


 分身体はそう言い残すと、ルノを地面にそっと立たせた。

 その体は蝙蝠のような状態へと変化していき、やがて血のように液体化するとそのまま崩れていった。


「……! メルトさん!」


 ルノは分身体の消えた地面をくまなく探すも、その後は無くなっていた。


「なにか、危ないかもしれない!」


 ルノは明るく光る方面を見つめる。

 遠回りではあったが、既にメルトが戦闘していたあたりに近い所にいた。


「行かなきゃ!」


 ぐっと足に力を込め、ルノは明かりへ向かって走り出していった。





 町へと全力疾走したルノは、息を切らしながら倒壊した建物の瓦礫の間を歩いていた。

 離れた位置では魔法などを用いた消火活動が行われているようで、火が消えるシューという音と白い水蒸気が見える。


 ルノが未だ消火の行われていない町の大通りへと出ると、うつ伏せに倒れたメルトを見つけた。

 遠くには気絶し拘束された吸血鬼狩りの姿もある。


「メルトさん! だいじょうぶ!?」


 ルノがすぐに駆け寄ると、メルトは寝息を立てている。

 力の使い過ぎで強制的に休眠状態に入ったのだろうか。


 ルノは、メルトがひとまず息をしており、大けがをしたような様子がないことに安堵しつつ、乾いた血や汚れた格好を見てメルトの手を握る。


「……後でまた、血がいるかな」


 回復など、後のことを考えると、このままにしてはおけない。そう考えメルトを運ぼうにもルノ一人で動かすのは難しい。


「ノモトさんがいない」


 ルノは周囲を見渡したが、ノモトの姿が見えない。どこへ行ったのか。

 仕方なく、ルノは遠くの兵士を呼ぼうとした。


 立ち上がろうとした時、背後から声がした。


「おや、ルノ様! それにメルト様! もしや、暴れ者と戦闘している者とはメルト様のことだったのですか!」


 そこには教典を手に白い修道服を身にまとったマクマルがいた。






 倒壊した建物から離れた地面にマクマルは布をしいてメルトを寝かせると、魔法をかけていた。


「『包み込み導きたる光(フューレント)』浄化の魔法です。体の再生の手助けもするのですが……」


 ぼんやりとした光がマクマルの手から滲む。

 それは、メルトの体を包み込むと服についた汚れを取り除いていく。

 暖かく、優しい感じの光だった。


 光に充てられたメルトは穏やかな表情で寝息を立てている。


「なんとも効き目が良すぎるように見えますね。メルト様は随分再生力が高いようだ」

「あ、やっぱり白髪だからじゃない? なんかすごい魔法使いも白髪なんでしょ」


 頭に疑問符を浮かべるマクマルに対し、咄嗟にルノはごまかすように白髪のことを口にした。


「なるほど、ありえますね! メルト様が只者じゃないのは確かですし!」


 マクマルは笑顔で手をたたき、納得したようだ。


「ただ、見た感じ外傷というよりも内部のダメージが大きそうに思えるので、心配ですね。どっちにしろ安静にしたほうが良いとは思いますが」

「うん、わかった。ありがとうマクマルさん」


 ルノが礼を言うと、マクマルは町から連れてきたもう一人、吸血鬼狩りの方へと向き直る。


「さて、次はあちらですね。治療しなくては」


 ルノはこの時、マクマルを止めるか少し迷ってしまった。

 善悪が何なのかの答えについて、ルノはその核にまだたどり着いていない。

 それでも、メルトがこんなになるまで戦った相手をすぐに治療することがいいことなのか分からなくなったのだ。


 アーヴァンスの時はメルトの血による安全の確保や、生きる目的を聞きたいという理由などがあった。

 それに、一緒に過ごした時間だってある。迷い森や魔物の攻略は間違いなく協力して行ったのだ。


 比べて今回はどうか、アーヴァンスはメルトとの闘いのうえで、町を破壊したり、周りに被害をもたらしていない。

 この吸血鬼狩りは明らかにこの町にとっては悪なのではないか。


「マクマルさんは、なんでその人を助けるの?」

「マクマルにとっての正しいことって、善ってなに?」


 マクマルはルノが困惑した顔をしているのを見ると、笑顔で言った。


「善とは、誰であろうとなんであろうと、手を差し伸べることです」

「この方にも、事情があるはずです。だって――」


「人は生まれながらにして善なる心を持つのですから」


 ルノはマクマルの言葉に、顔に、すぐに光を放ち始めた手のひらに、彼の善を感じた。


 マクマルは、すべてを信じているのだ。人の心というもののまっさらな純粋さを疑わないのだ。

 そして、心という思考と感情の集まりこそが、今のルノの今にも繋がっている。


 それを理解したとき、ルノはひとつの答えを出した。


「全部、心があるからだ」

「心があるから、何かを考えるんだ」


 信じることも、伝えることも、心があるからできる。

 信仰も伝承も、そこが重要な核なのだと、以前ルノはそう考えた。


 そして、心というものは内面に宿る。

 では、神仕者の見た目から、その善悪は判断出来ないのだ。


 ノモトの怒りと過去から、生きる目的という確固たるものが常に傍になくても人は生きていけることを知った。

 町に染み付いた信仰と伝承から、心というものが人々の根底にあることを強く意識した。


 人をひとつの考えでくくることはできるのかというルノの問いの答えは出た。


「みんな心がある。ぼくと同じように考える心がある」

「でも、それはみんな違う。善いも悪いも、生きる目的みたいに、みんなにとっては違うんだ」


 心という共通点がありつつ、その内面をひとつの考えでくくるのは不可能。

 なぜならば生きる目的に大小があり、それが遠くとも、人は目の前に向かって全力で走っていける。

 フラレスからユンデネを通して、ルノはそのことを思い知った。


 マクマルはルノの呟きを聞くと、にこりと柔らかな笑みを浮かべた。


「そうですね。私の信じるものが他の人の信じるものと同じではないことは分かりますし、その考えは素晴らしいです」

「ですが、私が言うのもなんですが、その考えには欠点があります」


 マクマルは眉を下げ、珍しくその目に悲しみのような何かを浮かべた。

 笑う口元は変わっていない。


「みなさんがすべて、ルノ様のように余裕を持っているわけではないということです」


 吸血鬼狩りを治療しながら、マクマルは教典をじっと見つめていた。


「それって、どういうこと……?」


 ノモトもそんなことを言っていた気がしたが、ルノは自分に余裕があるとは思えなかった。

 マクマルは首を横に振ると、それ以上は何も語らなかった。





 マクマルは吸血鬼狩りの治療を終えると、『ほかにも負傷者がいるかもしれないので行ってきます!』と言って走り去ってしまった。


 ルノはまだ眠るメルトの傍らで、膝を抱えて座っていた。


 明かりがあっても、周囲は暗い。冷たい風に吹かれるたびに、時間がどれほどたったのかと考えている。

 実際には、マクマルが去ってからそう時間はたっていないが、ルノにとって長い時間だった。


 ルノの髪が強く揺れた。今度は強い風が吹いたと思ったその時、足音がした。


「ごめんルノ……待たせた」


 そこには息を切らしたノモトがいた。


「ノモトさん、どこ行ってたの?」

「君が出会った吸血鬼、それを追いかけてた。けど、逃げられた」

「あの、白い服の……」


 ノモトはしゃがみこむと、空を見上げ、星を見る。

 そして、十秒ほどすると、ルノの目を見た。


「これは後でメルトにも話すことだけど、一つ、伝えなきゃいけないことがある」


 真剣に、しかしルノに言うのを少しためらっているようにも見えたが、ノモトは言った。


「あの吸血鬼はおそらく、吸血鬼狩りのボスだ」


 ルノはそれを理解するのを拒んだ。


「え、吸血鬼、なのに……?」


 矛盾、吸血鬼であるにもかかわらず、同族を狩るという構造的に矛盾した存在。

 もちろん彼にも心があるはずだ。そのうえで何か目的や信念があるのかもしれない。


 それでも、どれだけ考えても、吸血鬼が吸血鬼狩りのボスであることに納得はできなかった。

 同時にノモトから聞いた戦争のことを思い出した。人が人を殺すということも同じだと気がついた。


 心あるものだというのに、その行動は明らかにおかしい。

 分かったはずなのに、分からなくなってしまった。


「何故そのようになっているのかは分からなかったけど、二人がこの先どうするかを考えるのに重要だと思ったから、伝えたんだ」

「……ひとまず、メルトを連れて向こうに行こう。幸い二人の宿は燃えていなかったようだけど、今は臨時の避難所に行った方がいいでしょ」


 ノモトはメルトを抱えると、ルノの手を引き歩き出すのだった。

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