交差する視線
メルトとノモトが吸血鬼狩りと対面する最中、ルノは白いロングコートの吸血鬼の男と対面していた。
『伝承を消すには新たな伝承が必要だと思うんだよ』
そう語った男はルノが理解できない内容を羅列すると、最後の実験として、神仕者を呼び出すのだった。
男は、その手を広げ、神仕者に赤い目を向ける。
その瞳は好奇心に満ちているようで、夢中に輝いていた。
「さあ、見せてくれ! 私にその力を!」
男は興奮した様子で、ルノに人差し指を向ける。
しかし、その時すでに、メルトの分身体がルノを抱え、町からも神仕者からも離れるように走っていた。
「……!」
メルトの分身体が走るなか、その腕に抱えられたルノは男をじっと見ていた。
向けられた人差し指に、赤い光が見えた。
そして即座にその光は一筋の細い線となり、ルノに向かう。
ルノはその速さを認識できず、その代わりに神仕者がその手を伸ばして線を遮った結果のみを見た。
白く細長い腕は、細い線を受け止めただけにもかかわらず、大きな衝撃を受けたように黒ずみひしゃげていた。
神仕者はその手にある長剣を構える。それだけで重い音が鳴り、周囲の音の何よりも響いたようだった。
そして、それを振ると空気は振動し、吸血鬼のいた辺りの地面が割れたと思えば、煌めく光の粒子が飛び交った。
吸血鬼はそれを避けていた。そして地面の跡を見ると、満足したように笑った。
「スタートの合図はした! さあ行こう神仕者! 彼もそろそろ負ける頃だ!」
そのまま男は町の入口方面へと跳躍すると、一瞬にして目をくらました。
神仕者もその場から音もなく消え去り、後には何も残らなかった。
ルノは瞬きのうちに起こった出来事に自分の目を疑った。
分身体もそれを認知したようだが、言葉を発さずに遠回りで町へと戻っていくように走り続けた。
◆
ルノがメルトに抱えられ、吸血鬼と神仕者のいる現場から走り出す直前、メルトは分身体の視界に映った神仕者と吸血鬼を確認した後、分身体に逃げるように指示していた。
そして、最終的に維持出来る距離の限界を回って町の方面に戻るようにしたのだった。
しかし、分身体の意識を保ちながら戦闘することが想定以上に脳に負荷をかけていたうえに、ルノの身に危険が及んだことで一気に意識の糸が切れかけていた。
ガンガンと内側から叩かれるように痛む頭を抑えながら、メルトはそれでも戦わなくてはと、意識を保つ。
このままルノを失ってはいけないという恐怖がメルトを奮い立たせるのだ。
「ルノ、くん……」
「メルト! 限界か……!」
一気にしゃがみこんでしまったメルトの代わりに、ノモトは吸血鬼狩りの猛攻を一人で捌いていた。
「殺す! 吸血鬼ぃ!」
「……うるさい、な!」
ノモトは吸血鬼狩りの男が振り回すバットに黒いモヤをまとわせると、地面にも黒いモヤを接着させる。
「ッがあ!」
そして、二つのモヤを繋げると、男はバットを振り切れずに反動で吹き飛びそうになった。
男はその衝撃を足元の爆発で相殺すると、その場に立ち止まった。
ノモトはメルトに駆け寄ると軽く息をつく。
「メルト、神仕者がいたって本当だよね」
メルトは小さく首を縦に振る。
ノモトはそれを見ると、ルノのいた方面を見て目を細めた。
「なら力を温存しなくても良さそうだ」
「……ノモト?」
「神仕者は悪意に反応する」
ノモトはメルトを見てそう呟くと、手元の黒円を複製し、手足に合わせるように装備した。
まとわりつき、四肢に染み込むように装着されると、黒円は回転を始める。
メルトはノモトの言葉を咀嚼すると、その目を見た。
それは一切の温度がない、修羅場を乗り越えた人の目をしていた。
「それが、秘密にしてたこと?」
「そう、詳しくは後にしてほしいんだけど、神仕者は戦闘そのものじゃなくて、その人間の悪意に反応するらしいんだ」
「吸血鬼狩りに反応していないのは、眷属化による自己の意識以外による行動の結果、もしくは彼が本当に破壊行為を善と信じていたかのどちらかってこと」
ノモトは早口で説明すると、バットを地面から外せたらしい吸血鬼狩りの方に向けてしゃがみこみ、地面に五指を立て、腰を高く上げた。
その前傾姿勢はどうやら走り出す予備動作のようだった。
「まあ、後は言わなくても分かるよね。無差別な被害を防ぐために私は全力出せなかったんだ!」
そう叫ぶと、その体が前方に跳ね、音を置き去りにした。
土煙を出し、風を切ると、ノモトは一気に吸血鬼狩りの眼前へと迫った。
「あ……!?」
「じゃあ、おやすみ」
そして、目にも止まらぬ速さで吸血鬼狩りの体に拳を打ち込む。
手にまとった黒円は回転し、吸血鬼狩りの銀の体に無数の傷をつける。
銀を切りつける高い音、舞い散る火花は人の繰り出す攻撃から生まれたものとは思えない密度だった。
メルトの血の鎌では歯が立たなかったその銀製の体はみるみるうちに切り傷だらけになり、吸血鬼狩りはそのうち立っていられなくなった。
「嘘でしょ、うちの攻撃は全然通ってなかったのに……」
銀製だとは言え、メルトの攻撃では切り傷がつかなかった。電気を武器にまとわせ生身にダメージを与える作戦も上手くいかなかった。
ノモトは、そんな敵をここまで一方的に叩きのめすと、黒いモヤで縛り付け、乱れた髪を結び直した。
「こっちは制圧完了。あとは……」
ノモトはすぐに町の外――教会やサトウの墓のあった方向に目を向けた。
メルトもつられて目を向けると、風が吹いた。
あまりに強い風だった。メルトもノモトも、その一瞬を見逃さなかった。
だが、ノモトが手を出す前にそれは通り過ぎ、風の音と、からからと飛び散った小石のみがその場に残った。
――メルトはそれを見た。それもまたメルトを見つめていた。
時間がゆったりと感じる。ノモトに背を向けたその白いロングコートの男は、フードの下の素顔を認識できず、ただ二つの赤い瞳が顔であることを認識させた。
その赤い瞳は歪んでいた。それだけで笑っていることが分かった。
メルトの紅い瞳はその奥に宿るなにかを捉え、怒りと恐れを抱いた。
心臓の音が早い。血が沸き立ち、何かを訴えている。
「また今度、会おうじゃないか」
まるでそう語るかのように、その目は風と共に流れて行った。
たった一瞬、ひと目の邂逅で、メルトは強い倦怠感に襲われ、同時に懐かしさをも覚えた。
すぐにメルトの感じる時間の流れは正常に戻り、男の後を神仕者が追っていることに気がついた。
ノモトはそれを追おうとはせずに、メルトの元へと歩いてきた。
「ノモト……あれ、ほっといていいわけ」
「よくない。だからちょっと行ってくる。吸血鬼狩りは大丈夫だ。それじゃ後で」
ノモトは即座に走り抜けていく。舞った煙が小さく渦を巻いている。
メルトは吸血鬼、神仕者、ノモトの三者が向かった先――町の入口方面を見て深く深呼吸した。
「ルノくん、ひとまず、なんとか……なったよー」
そのままメルトは力が抜けてしまい、その場に倒れこんだ。
◆
「くそ、私結構この世界で早い方だと思うんだけどな」
町を通り抜ける風となりながら、ノモトは愚痴をこぼす。
その前方には大きな白い異形の影があるが、一向に追いつけない。
幸い町の兵士たちが住人の避難は済ませていたようで、高速移動の度に起こる大きな衝撃による被害は建物のみですみそうだった。
「……」
ノモトは前方を駆ける吸血鬼について考える。
神仕者からも逃げるその強大な能力、それは、ただの吸血鬼では説明がつかない。
それこそ、吸血鬼の祖でもない限りは。
「吸血鬼狩りすら利用して、何が目的なんだ?」
同じ吸血鬼でも人間味溢れるメルトとは大違いだ。
――メルトをノモトが最初に見たのは正真正銘あの喫茶店だった。
しかし、ひと目見て分かる強者のオーラ、それと共に抱えた逃亡者としての警戒心は全力でこの世界を生きてきたノモトだからこそ分かるものだった。
そんな吸血鬼がなぜこのユンデネに来たのか。やはり、吸血鬼狩りと関係があるのか。
それを推測するには情報が必要だった。
結果、接近して分かったのは、どこか欠陥を抱えたような仮面の振る舞い、ルノという少年への強い依存に基づいている行動原理と、白髪という特別性、そして……どこからか滲み出た生存本能だった。
その正体がなんであれ、ただ必死に生きようとする者にノモトはどこか自分を重ねていた。
好都合だったのはルノの食い付きだった。子供の純粋な好奇心を利用することには心を痛めたが、おかげで神仕者という脅威ともとれるシステムの事を説明することができた。
さらに言えばノモト個人が調べる伝承の中にメルトの探す物が重なるところがあったのも幸運だった。
どこか自分に似た存在に貢献できたと思うと、ノモトは自分も救われたように感じたのだ。
ノモトがメルトの体を心配しつつ、吸血鬼狩りに繋がる何かがあるかもしれないと、追跡にまた意識を戻すと、ユンデネの門が見えてきた。
それと共に見えたのは、神仕者が門の内側にて、目の前にいる白いロングコートの男を襲うことなくただ浮いている姿だった。
門番は少し離れたところに倒れている。どうやら吹き飛ばされたようだったが、気絶しているだけのようだ。
「おや、鬼は二人、だったかな?」
男はコートのポケットに入れた手を出すと、ノモトを挑発するようにくいくいと振ってみせた。
ノモトは無言でそれを見ながら門へと向かう。
「……神仕者はユンデネを出られないのか」
ノモトは動きを停止した神仕者の横まで歩いていくと、その巨体の様子を観察した。
目の前に標的がいるにもかかわらず、剣先も、身につけた布すらも門を越えそうにない。
「なるほどね。君は神仕者についてそこまで深く知らないようだ」
「こちらも実際に見たのは初めてなんだが、どうもまともにやり合うのはおすすめ出来ないよ」
男のどこか含んだような言葉、そこに滲む余裕の態度に、ノモトもまたいつものように振る舞う。
「そっちは何か知ってるみたいだね。これが一体なんなのか」
ノモトはまだ逃げようとしない吸血鬼の目的を探るべく、会話をしようと考えた。
ノモトが応じたことに満足したのか、男の赤い瞳は横に歪み、笑っているようだった。
だが、すぐに失望に沈んだように暗く低い声を出す。
「ああ、知っているとも、願いの結晶、神に仕える者などと言われているこの造物について」
「だが、もう私には必要ないことだ。これ以上の有用性もなく、情報も持たない。後回しにしただけの大したことない収穫だった」
「教えるつもりはないんだね」
ノモトは今この男から情報を引き出すのは困難に思え、町を荒らした件を追求するという名目で拘束するべきかと考える。
しかし、さっきまでの逃走でノモトが追いつけないことは目に見えていた。
「(不意をつけば……いや、隙だらけのようでそうじゃない……常に全方位を上から見下ろしてるみたいな……)」
ノモトが黙っていると、男がまた話しはじめた。
「これ以上聞きたいことは無いのかい」
「では、私は家に帰らせてもらおうかな」
男はゆらりと背を向けて歩き始めた。
ノモトは少しでも何かを得るべく、ひとつの質問を投げかける。
「……吸血鬼狩りを眷属化させたのは貴方。それで合ってる?」
男は立ち止まることなく、ただ楽しむように、跳ねた声で言った。
「ああ、私の駒をどう使おうと私の勝手だ」
「私の組織なんだからね」
そのまま男は飛び去って行った。
「待て……! まさか、吸血鬼狩りを利用しただけじゃない、あの男は、あの吸血鬼こそが……!」
「吸血鬼狩りの……!」
ノモトはその場に立ち尽くし、その横にいた神仕者は男が見えなくなると光の粒子を散らして消えたのだった。




