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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
ユンデネ編

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43/51

神仕者

 町で暴れる吸血鬼狩りは、吸血鬼を探すために町を壊して暴れ回っていた。

 メルトとノモトはそんな吸血鬼狩りの男を無力化すべく戦闘するも、神仕者が現れないことに疑問を抱くのだった。


「人間があ! 邪魔すんな!」

「くそ、くそ!」


 男が罵声を撒き散らしながら、ノモトへと飛びかかった。

 男の持つバットが重い音で空気を揺らし、ノモトは手に持つ黒円でそれを防ぐ。

 ノモトの体は一撃一撃の衝撃に腕が軋み悲鳴を上げている。


「重い一撃、明らかにおかしな体……吸血鬼狩りっていうのはいつから改造人間の集団になったのかな?」

「うるせぇ! とっとと消えろ!」


 男は石畳をめくりあげる勢いで強く蹴る。その足元からは爆発音とともに火花が散った。

 その勢いのままに振られたバットは、一軒家に押しつぶされると勘違いするほどの威力を持つ凶器となる。


 ノモトはそれを察知し素早く後退し、手元のモヤを薄く広げ布状にすると、男の視界をふさぐように目の前に勢いよく放つ。

 そして後方で待機していたメルトに目で合図を送る。


「手品のつもりかあ!」

「マジシャンは私じゃない。私はただの助手だよ」


 男がノモトのモヤによる目くらましを投げナイフで爆破させると、ノモトの背後から鋭い槍のようなものが雷を纏う一線となっているのを目視した。

 キーンと高い音を鳴らしたそれは、とっさに身を逸らした男の横腹を貫通した。


「血、血、血ぃ! 吸血鬼なんかの血が俺の体にぃ!」

「これで投擲はなんとかなるでしょ!」


 男は腹を抑え、叫び続ける。穴からは血ではない別の液体があふれており、男に直接ダメージが入ったわけではなさそうだった。

 無差別にバットを振り回しつづけ、周囲はぼこぼこと穴だらけになる。


「あれは魔力か……あの中で魔力を液体化して何らかの方法で銀と組み合わせてナイフにしていた? 解剖でもしないと分からないな」


 ノモトは手元にモヤを生成しつつ、男の腹から考えられる機構を推測するも、結局技術力という課題に当たり確信には至らなかった。


 メルトはノモトとは別に、男の雰囲気そのものを観察していた。

 男の狂気に染まった目を観察すると、周囲の明るさに照らされた()()()は、だんだんとメルトの脳裏にひとつの可能性をくみ上げていく。


「赤い……あれって、眷属化じゃ」


 メルトがボソッとつぶやくと、ノモトが横に軽く飛んでくる。


「なんだって? じゃああれは本人の意思じゃないってこと?」


「たぶん。さっきまで目が赤いのは炎の反射だと思ってたけど、どの角度から見ても変わんないし、あってると思う。やたらタフだし」

「もしかして、神仕者が出ないのって本人の意思じゃないからじゃない?」


 二人が考察していると、男は何やら腹のあたりを抱えて止まった。

 メルトは男が再び動き出しそうになるのを警戒しながら、ノモトに問いかける。


「どうなの? なんとなくだけど、あんたほんとは神仕者の秘密知ってんじゃないの?」

「……そうだね。君と同じく私も秘密主義なんだ……」


 ノモトは、メルトを見ることなく飛び出していった。横から一瞬見えた目元は笑っていなかった。

 メルトはノモトの掴めなさに悶々としつつ、仮説の通りだった場合の重要な問題にも気を回す必要があった。


「追われてるヤツ、だよね」


 吸血鬼狩りを眷属化したのは追われている吸血鬼、その場合今戦闘しているだけでかなりの実力者に感じるあの男を一人で倒したことになる。


 そんな力を持つ吸血鬼が追われている事を演出した理由はなんだ。


 サトウの墓場にいた白いロングコートの吸血鬼、あれは何者なのか。目的は?


「……! ルノくんは大丈夫!?」


 メルトは分割していた意識の比率を分身体に多く割くと、これまで以上にルノの周囲を観察しようとする。

 なぜ、そうしたのかはほとんど勘で、ロングコートの吸血鬼がメルトの正体に気づいていたのではという可能性が頭をよぎったからだった。


 万が一にも大切なルノに危険があってはならないのだ。


 脳の負荷からかはわからないが、鼻から血が垂れてくる。分身と本体で脳のリソースを割くことはかなり厳しい。


「メルト!」


 直後、ノモトの張りつめた声が聞こえた。

 急いで振り返ると、吸血鬼狩りの男は変化を遂げ、腹にあったナイフ生成の機構が外れたようだった。


「さっきより数段速いよ!」


 男は先ほどよりも素早い動きをしており、ノモトを無視してメルトに突撃してきていた。

 ナイフを作り出す大きな腹はこのスピードを縛る枷でもあったのか。


「こんの!」


 メルトは男の突撃を避けるべく、自身の体を一斉に大量の蝙蝠へと変化させる。男は勢いのままにメルトの背後にあった壁に激突した。


「どうしよう、このままルノくんが危ない目にあったら……!」


 男のスピードは増している。ルノの方に意識を割いていてはメルト自身が致命傷を負いかねない。

 ノモトは深いダメージを追っているような様子はないが、男の素早さに手を焼いているようだった。


「殺す……殺す!」


 男は崩れる壁からゆっくりと抜けて振り返るとあふれる狂気のままにバットを構え、足元に力をこめる。その赤い目はさらに輝きを増していた。


 メルトが血の鎌を構えると、後ろではノモトが黒い靄を縄状に整えていた。


 ノモトは、男が突進するのに合わせて黒縄をひっかけると、男の突進の勢いを利用してまた建物の壁に叩きつけた。


「彼、かなりしぶといよ。正直ここまでとは思わなかった」

「それどころじゃない! ……って、うそ」


 メルトはノモトに悪態をつくと、分身の方でありえない光景を見た。


「ちょっと、メルト、また攻撃来るよ!」

「神仕者だ! それに、吸血鬼も! ルノくんのとこにいきなり!」

「なんだって?」


 ノモトも動揺に目を見開く。しかし、男の攻撃に集中しなければ、ノモトもメルトも無事では済まない。


「とにかく離れて、ルノくん……!」


 メルトは分割した意識に全力の退避だけを命じると唇を嚙み、口の端から血をこぼした。





「メルトさん……?」


 戦闘が始まってからすぐに、メルトは分身体の意識を最低限にしていた。

 ルノの目は、前に見た分身よりも単純化されたような様子を映し出していた。


「だいじょうぶ、だよね」


 それはメルトがこれまで以上に戦闘に全力に近い力を出していることを表す。

 分割した意識の両方で余裕を保つことが困難な状況、それを考えるとルノはほんの少しの不安を感じる。


 メルトの強さを信じてはいる。しかしそれはメルトだけでの実力だ。

 ルノという足手まといに分身で意識を割かれることがどれ程の負担となっているのか、それを測ることができなくとも、ルノはその責任を感じていた。


 時折肌を撫でる風が遠くの戦闘音を運んでくる。

 特に爆発音がルノの不安を掻き立てていた。


 メルトの分身体はそんなルノを抱きしめ、周囲をしきりに観察している。


 ――しかし、分身が気づけなかったものがあったようだ。


「やあ、また会ったね。さっきぶりだ」


 ルノは声に驚き振り返る。遠くの光に照らされ、明るくなっていたこの場所においても、暗いオーラが周囲の光を奪っているようだった。

 音もなく現れたその声の主は、白いロングコートの男だった。


「こんばんは。少し、話をしないか?」


 深く被ったフードの下は、赤く輝く目以外、暗くて何も見えなかった。


「あなたは、お墓にいた人?」


 ルノは、メルトがこの男に危険なサインを出していたことから警戒を強める。

 だが、向こうで戦う本体が苦戦しているためか、分身体は男に気が付かない。


 いや、明らかにおかしい。男は目の前にいるのだ。いくらなんでも見えていないのは異常だ。


「警戒している。当然だ。しかしね、安心してほしい。今日は本当に話をしに来ただけなんだ」


 男はロングコートのポケットに手を入れた状態で、ゆっくりと低い声で言った。

 しかし、離れた位置にたっているのみで、動く様子がない。


「話って、なに」


 ルノは攻撃の意思が本当にないような雰囲気を感じる。

 異様だったが、話とやらをしただけの可能性を信じて応える。


「ああ、いい子だ。無闇矢鱈に反抗しない、いい子だね。話といっても、質問をしに来たんだよ」

「質問?」


 ルノが首を傾げると、男はポケットから左手を取りだし、人差し指を立てた。


「そうだ。私の質問は、()()()()()()()()()()()()()?」

「……え?」


 ルノはなぜ突然伝承の話が出てきたのか分からず、混乱した。

 しかし、男が墓場で伝承は素晴らしいと言っていたのを思い出し、何か男の根幹に関わることなのかと思った。


「ぼくは、記憶とか心を伝えるものだと思う」


 ルノはユンデネで得た答えをなるべく簡潔に答えた。

 男は目を閉じ、上を向くと、その左手で口元を覆い、ルノの言葉を噛み締めるように小さく繰り返した。


「ああ、そうか、なるほど。ありがとう、いい答えだね」


 男はそう言うと、目を開き、ルノを見つめながらまたポケットに手を入れた。


「やはり伝承とは素晴らしいものだね。君もそう思っているようで嬉しいよ」


 考えが読めない。こんなにも異質で、何かを企んでいるような振る舞いだというのに、ルノはその底のしれなさに気持ち悪さを感じ、背筋が冷える。


 ルノが震えているのを見ると、男はそのままルノを見つめながら、さらに低く、冷たく、無機質に言った。


「だからこそ、伝承を消すには新たな伝承が必要だと思うんだよ」

「……え? 伝承を消す……?」


 男はただ立ち尽くしたまま、そう語る。


「神仕者の邪魔さえなければ、全て上手くいったというのに、君のお姉さんは運がいいようだね」

「なに、いってるの」


 ルノは言葉の意味が読み込めず、ただ震える。夜風は余計冷たく、爆発音は耳に入らない。物が焼ける匂いも感じられない。


「あの願いの結晶さえなければ良かったというのに、弱点のような伝承もない新しい概念とはなんとも厄介だ」

「善のシステムというのに、私の行いは善ではないというのか」


 男がそう言うと、突如空気が変わった。

 ルノは心臓を掴まれたように感じ、動悸が激しくなる。

 浅く息を吸うなか、突然の変化に理解がついてこない。


 伝承を消す?善のシステム?語る言葉は抽象的で、会話しているはずなのに、どこかズレている。

 ルノは分からないことの中でひとつ、確実にしておきたいことがあった。


「は……あなた、は、吸血鬼、なの」


 絞り出した声は細く、ほとんど聞こえない程に小さかった。


 しかし、聞こえていたらしく男は返答する。


「……その通りだよ。私は吸血鬼だ」


 男の目が鋭くなる。言葉はそのまま続いた。


「あれと共に旅をする人間がどんなものか、なんとなく分かったよ」

「話しておきたかったことももうないし、この町最後の実験をしようか」


 男の目がニヤリと笑った。ルノは、その見えない口角も上がっているように感じた。


 次の瞬間、おぞましい空気が周囲を囲む。

 ルノはなんなのか分からず、吐き気に襲われる。


「これほどの悪意があれば……やはり来た」


 男がその空気を放ったのとほぼ同時に、メルトの分身体が少し意識を取り戻し、()()もまた現れた。


「……!」


 ルノはそれを見て言葉を失った。


 そこにいたのは、白い楕円の頭、四本の腕、脛より先のない足、浮遊した異質ななにか。

 その手のうちの一本に3メートルはある長剣が握られている。


「やぁ、いと尊き神仕者さん、鬼ごっこでもしないかい?」


 男は手を広げそれと対面したのだった。

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