開戦の音
ノモトの告白を聞き、彼女の生きることへの必死さを知ったルノ。
ノモトにより神仕者とかつての戦争時期が一致していることが分かったその瞬間、ノモトとメルトは町の方から戦闘音を聞いたのだった。
暗い道を三人は駆ける。ルノはメルトの背中に乗りながら、町の方面に異質な気配が強まっていくのを感じた。
「おおきな音が聞こえる!」
「金属音、建物が崩れる音もするね。音だけじゃわからないけど、どうも戦っているというよりか、一方的みたい……!」
メルトは集中して音を聞くと、切り詰めた様子で叫んだ。
「メルト、これは君が言ってた吸血鬼狩りの可能性が高いんじゃないか。私が滞在していた限り戦闘しそうなのなんてそのくらいだ」
ノモトもメルトの横を走ると、息を少しも切らさずに尋ねた。
いつの間にそんな話をしていたのかと、ルノが困惑している最中も、町からは様々な音が聞こえる。まだ距離があるというのに大きな音だった。
「だろうね! でも、相手がわかんない! ……あ」
メルトは前方から目をそらさない。そして気づいた。
ルノも同じことに気が付いたようで、だんだんと明るくなっていく周りを見渡しながら、口を開いた。
「メルトさん! お墓で会った男の人って吸血鬼なんでしょ!」
「え、初耳だな。メルト」
「そりゃそうでしょ! なんでもかんでも話すと思う!?」
ノモトはどこかしょんぼりしたようだが、それどころではないとすぐに気を引き締め、町を見る。
「戦闘の要因は分かったとして、今の戦闘に神仕者は出ているのかが分からないな」
「出てなかった場合でも、出ていた場合でも、音の規模感から考えるに大問題だ」
「それに、私たちが急いで向かったところでどうするんだ。まさか自分が止めるって?」
ノモトの声には厳しい現実を突きつける重さがあった。
戦闘音にひとまず状況を確認しなくてはと駆け出したものの、その後どうするかを考えていたわけではない。
「メルトさん」
「ルノくん……?」
「ぼくは、吸血鬼の人が危ないなら助けてあげたい」
ルノは悩むメルトの後ろから迷うことなく言った。
これまで出会うことのなかった吸血鬼という存在は、メルトにとっても、ルノにとっても貴重な情報になると考えたのだ。
メルトがユンデネで知りたかったことは、まだ分からない。
しかし、白髪について知りたがった様子や、サトウの墓での出来事などから、明らかに重要なものがあったのは確かだった。
ルノは、そんな町でメルトの同族と出会うことが偶然には思えなかったのだ。
「危ないってわかってる。でも、襲われてるかもしれない吸血鬼の人が、何か大切なことを知ってるかもしれない」
「だから、助けたい」
ルノは、ノモトがメルトの正体に気づいていることを知らない。
その戦闘によるメルトの正体露見のリスクも考えていた。
それでも、ここで逃してはいけないと、心の奥で感じたのだ。
――メルトはルノの言葉を聞きながら、次第に覚悟を決めていった。
自分の目的も、ルノの目的も追いかける。そのために旅を続けると、ノモトの誘いを断ったのだ。
二人で旅をするために、ここで立ち止まってはいけないのではないか。
「……わかったよ。ルノくん」
「うちに、天才吸血鬼のうちに任せて!」
「吸血鬼狩りなんて全員ぼっこぼこだー!」
メルトは手を振り上げ、ルノに、自分に言い聞かせるように声を張り上げた。
「え、メルトさん! 吸血鬼だって言っちゃ……!」
「あー、大丈夫だよルノ、私とっくに知ってるから」
「え!」
ルノは二人がどこまで踏み込んだ話をしたのかと思ったが、二人の間には他と違う遠慮のなさを感じていたため、違和感はそこまでなかった。
とはいえ、レクスといい、騎士団には正体がバレがちなことには危機感も抱いた。
「まー、うん、ノモトは一応敵じゃないから安心していいよ。ルノくんのことだから疑ってないかもだけど」
「うん、わかった」
メルトはルノにノモトが敵じゃないとだけ伝えると、今度はノモトに問いかける。
「それで、うちはやるけど、あんたはどうすんの」
ノモトはメルトの真剣な目をみることなく、にやけた顔で返答した。
まるで頼ってもらえて嬉しいといったようだった。
「私も戦うよ。メルト」
「任せてよ。神仕者がいたら、私がなんとかする」
ノモトは鋭い目に、口元には笑みを浮かべながら、その手に力を込める。
いつの間にか町もだいぶ近づき、人々の悲鳴や、轟音が混ざり合う混沌の音がルノたちの耳に入り込み、大きく響く。
夜だが町は明るく、赤い光が白い壁に反射している。
三人は轟音のする大通り近く建物の陰で止まった。
「メルトは吸血鬼狩りに対応、神仕者がいたら私が対応、神仕者がいなかったり別勢力だったら応相談だ」
「音も近いし、一度様子をみるよ」
「分かった。ルノくんはうちの分身と一緒にいて」
「うん」
ルノはメルトが分身を作りだすと、その傍につく。
「あと、ちょっとだけ、血飲ませてもらっていい?」
「うん、いいよ」
ルノが首元をさらけだすと、メルトはその肌に牙を立て、その血を飲む。
「ありがとう!」
一方ノモトは影から身を出すと、右手の人差し指と親指を合わせて輪を作り、それを通して遠くを見つめた。
その目には叫びながら暴れる男が見えた。
「吸血鬼! いるのは分かってんだよ! 町の全部を壊してでも、俺は日の下に引きずりだす! 諦めて出てこいや!」
「町から出ようったって無駄だぞ! お前は逃げられない!」
人々は何とか逃げられたらしく、続々と通りから走り去っていく。
吸血鬼狩りもただの人間を故意的に襲っているようではないが、暴れる規模が大きい事で誰にとっても危険な存在であった。
男の手には無数のナイフが握られており、それを投擲しているようだった。
それだけではなく、男は大きなバットのようなものも振り回している。
そのバットの柄の部分に十字を象るクロスがついていた。
「やっぱり吸血鬼狩りみたいだよ……でも、神仕者がいないな」
あたりにあの異形の姿はなく、吸血鬼たち以外に確認できたのは、どこか戦いなれていないような白い鎧の兵士のみだった。
兵士によって倒壊する建物などからも人々が避難できているのだろうが、瓦礫に足をとられおぼついている。
「どういうこと? 戦闘行為の禁止って、それに反応するってことじゃないの?」
「でもさ、メルト、私たちは戦っているところを見たわけじゃないでしょ」
メルトも戦闘の様子を見ると、想像とは異なる光景に語気が強くなるが、ノモトの言うことに黙りこむ。
神仕者が存在するのは確かだ。しかし、たしかにメルトが見たのは戦闘しているところではない。
「吸血鬼の方はなんとか隠れているようだ。けど、口ぶりから察するに何か町に閉じ込める術があるのかもしれない」
「その吸血鬼を保護するにしても、あの暴れん坊をなんとかしないといけないね」
ノモトはそう言うと、背広を脱ぎ、シャツのネクタイを緩めると、背広をルノに手渡した。
「ごめんルノ、ちょっと持っててくれる?」
「うん、汚さないようにしっかり持つね」
「あ、うちの服も持っといて!」
ルノは大切にそれらを抱きかかえた。
「逃げた吸血鬼より、今はあれを無力化するべきだね。メルト、二人で戦って、もし神仕者が現れたら私がなんとかする。それでいい?」
メルトはゆっくり頷くも、完全に納得したわけではないようだ。
「あんた、本当に神仕者を止める自信があるわけ?」
「何だ、心配してくれてるの? 嬉しいな」
「してない! うち、やっぱあんた嫌い!」
二人はそんなやり取りをしつつ、吸血鬼狩りの元へと駆け出した。
「頑張って、二人とも……!」
ルノはメルトの分身体の横で全てが上手くいくことを願うのだった。
◆
「どこだ! 吸血鬼! 早く出てこい!」
メルトとノモトが接近する間も、吸血鬼狩りの男は暴れ続けていた。
暴れ回る男により、周囲の建物はがらがらと音をたて、土煙を出しながら崩れ落ちる。
「くそ、なんで神仕者は現れない!」
「とにかく住人の避難を優先させろ!」
兵士たちは混乱しつつ、人命優先で動いている。メルトとノモトはその横を駆け抜けて行く。
「お、おい! 何をしてるんだ!」
「やあやあ、兵士さん、私はノモト。ここは任せてね」
ノモトは通り過ぎる一瞬で建物の倒壊しているあたりに、手のひらから出した黒いモヤで支えを作ると、雑に兵士をあしらいそのまま走る。
吸血鬼狩りはそんなノモトに気がついたようで、その血走った目を向けて、声を荒らげた。
「なんだお前! 人間に興味はねぇ! どっかいけ!」
「そうは言ってもね、君暴れすぎ、この町のルール知らない訳ないでしょ、もうやめな」
ノモトは手元に黒いモヤを発生させながら、男に語りかけた。
その横で建物が爆発し、赤い炎が立ち上る。
煙の匂いと熱にも、ノモトは一切動じなかった。
「吸血鬼がいるんだよ! ここに! それにこれは戦闘じゃない、当然の報いだ! 吸血鬼は害虫、人間のために駆除して当然だろ!」
メルトはノモトの半歩後ろで血が滲みそうな程に拳を握りしめていた。
フードの下で紅い瞳に静かな熱がこもる。
「人のためだからって町を破壊? バカなの? あー、よく見たらすごい頭悪そうな顔してるわー道理でこんな単細胞な行動しちゃったんだー!」
「神仕者が今に出てくるぞー!」
メルトは嘲笑うように言う。
男は、それを聞くと、激怒するのではなくバットをメルトに向けて突きつけた。
「あーそうだ。俺はバカだ! でもな、吸血鬼は悪! これは絶対だ! それに神仕者は善のシステム、俺の偽りなき正義を認めてるんだよ!」
男が銀のナイフを腹のあたりから取り出し、ばらまいた。
壁にぶつかるとそれは、手当り次第に爆発し建物を破壊した。
「とにかく邪魔するな! 吸血鬼を殺して、この町を救うんだよ!」
「うっわ、話通じない」
「なんとなく分かってただろう。ほら、行くよメルト」
ノモトはドン引きするメルトを横目に男に飛びかかった。
その手元にある黒いモヤは平たい円に変形していく。
「なんだお前! 吸血鬼の仲間か!」
男はノモトに向けてバットを振る。
びゅんという重い音と共に空間が揺らいだように見えた。
ノモトが直感で黒円を自身の前に構えると、どすんと重い衝撃に体がよろけた。
男はすかさずバットを振る腕と逆の手で銀のナイフを投げつける。
ノモトがそれを避けるべく後退すると、ナイフもその後を追うように軌道を曲げる。
ノモトは黒円でそれを防ぐも、爆発で倒壊した建物の方へと弾き飛ばされた。
ノモトは腕が衝撃で痺れ、押し殺せなかった爆発の熱を感じると、腕からさらにモヤを出し、体を覆った。
そして瓦礫に叩きつけられると、内蔵が衝撃で震えた感覚を覚えて咳き込む。
ノモトの考えていた以上に衝撃が強く、立ち上がるのには苦労しそうだ。
「……へぇ……結構痛いな!」
「人間を殺すつもりはない! だが、邪魔するなら動けないようにしてやる!」
男が叫ぶ。
メルトはと言うと、ノモトが飛ばされる前に動き出していた。
「なーにが殺すつもりがないだ。あんな爆発ばっかさせて」
建物の陰に走り込み、瓦礫に血を潜ませると、服の隙間に常に維持していた血を鎌の形に整え男の背後に回り込み、そのまま足に力を込め、全力で地を蹴る。
風を切り、かまいたちのような音を出しながらその背中向けて鎌を振り下ろす。
甲高い音が鳴り、メルトは攻撃が通らなかったことを理解すると、すぐさま後ろに飛び退いた。
メルトは額に流れる汗を拭い、目を細めると、男を注意深く観察した。相手は吸血鬼狩りだ。昔みたいに戦闘を楽しむのではない。アーヴァンスと戦った時のように冷静に相手の得物を観察するのだと息を吸う。
「……!」
鎌は直接通らなかったが、男の身につけた服を破いた。その中には銀色の肌が見えた。
男はメルトの方に振り向くと、その血走った目をさらに見開き、バットで地面を叩きつけた。
炎に照らされたからか、男の目は赤い。怒りに染まっているようにも見えた。
「てめぇ! それは血の武器だな! 吸血鬼、吸血鬼だ! 二匹もいたのか! 殺してやる!」
「なんであんな頭おかしいヤツが町に入れたんだよ!」
メルトは苛立ちながらも血の鎌に触れ、手のひらから雷を生み出すとそれを纏わせた。
その周囲では氷の礫を漂わせる。
男は上着を脱ぎ捨て、その上半身を剥き出しにした。
その体のほとんどは銀で出来ており、膨れた腹と思っていたところには銀のナイフを生み出す機構があるようだ。
男は足元で爆発音を鳴らしながら、重そうな上半身とは思えない程の速度でメルトに接近する。
どうやら足にも何か仕掛けがあるようだ。地面に足が着く度に鈍い男が響く。
男はメルトに近づくと、完全な間合いに入る前にナイフを投げつつ、バットを横に振る。
メルトは氷の礫でナイフを相殺させる。それによる爆発を受けても男は勢いを止めない。
それどころか間合いに入りこみ、左右上下に素早くバットを振り回す。
「デブ、の、癖に、はやい……な!」
メルトは鎌の刃や持ち手をくるくると回転させて受け流すと、後退しながら瓦礫の中に潜ませた血を弾丸のように男に浴びせる。
しかし、銀の体はそれを防御し、顔に飛んだ弾丸も男は片手で持ったナイフで相殺した。
「小賢しい……! これだから吸血鬼は!」
「なんで、そんな器用なんだよ!」
メルトの血の弾丸が尽き、男のバットの猛攻がより強くなった時、男の背後から黒い円盤が音もなく飛んでくる。
「ッ! 音がねえ!」
男は体に当たる直前、バットでそれを防ぐと、メルトから距離を取り倒壊した建物のひとつに逃げ込んだ。
「どうやって反応したんだ。思ったより強いぞ、彼」
ノモトは飛び上がりメルトの近くに軽く着地すると、弧を描いて戻ってきた黒円を軽々キャッチした。
「ほんとだよ! なんであんな無駄にはやいんだか!」
メルトが頭を振り、手で乱れた髪を整えていると、ノモトは男の隠れた方角を見つめながら顎に手をあてる。
「それに、神仕者も出てこないな。おかしいぞ」
「もー! どこであんなイカれた体になったのこの銀デブカサカサ野郎!」
メルトは血の弾丸の素をまた生み出すとあたりに散らばらせる。
「あんま意味ないかもだけど、顔に集中させたらいい感じになるかな」
「私の攻撃はまだあの体に効くか分かんないな……私が前に出ようか」
「じゃーうちは、離れてバンバン撃つけど、当たんないように頑張ってね」
二人が話していると、建物内から男がゆっくりと出てきた。
当然のようにダメージを食らっていないようで、その銀の体は光を反射している。
「クソ吸血鬼……! 人間の仲間もいやがる……! 殺す、殺してやる……!」
男は額に青筋を浮かべ、バットを振り回している。
ノモトは冷めた目で男を見ると、黒円を前方に構える。
「殺すとか言ってるのにまだ出てこないな。やはり条件が何かあるのか、あの夜の少年のような使い手がいるとか」
「……そもそも、どうやって神仕者が見れることを知ったの?」
「それは神父に聞いたんだよ。あ、来るよ」
「は? どういうこと? もともと観察してたとかじゃなくて?」
ノモトが重要な情報を隠していたことを知るも、それに怒る暇もなく男がまた急接近してきた。
空気が揺れる。
「……! ノモト!」
「分かってるよ」
熱と轟音の中、戦闘は第二段階へと移行する――。




