未来の頂点料理人
少年ルノと吸血鬼メルト、奇妙な二人組の旅の最初の目的地はアーカス。ルノのいたカヴァロの町から、アーカスまではこの世界でも特に安全なために戦闘はなかった。
この町には目立った名産品こそないが、様々な町との距離も近く、輸送などの中間地点として栄える町だ。
町に入ると、沢山の人が賑わう露天市がすぐさま出迎えた。
「ルノくーん! ちょっと早いよー!」
道中で目立った事件もなく、順調にアーカスにたどり着いたルノたち。急ごしらえの布で身体を覆ったメルトは、さながら不審者だ。
「メルトさん、はやくいい服見つけないと、みっともないし」
「みっともないまで言う!? ちょっとー、うち、これでも女の子なんですけどー!」
布を被っただけという見た目だけで、既に人々の目を引くというのに、この吸血鬼はやたらうるさい。ことある事に不満を漏らしている姿を見て、ルノはこれまでどうやって旅してきたのかと、疑問に思った。
「いいからはやく、って、あ、ごめんなさい」
後ろのメルトの方を向いて歩いていたせいで、目の前に立っていた男にぶつかってしまう。
鎧を着た男の腰では長い剣が存在感を放っており、男はしきりに指でトントンと柄の部分に触れていた。
ルノの方を向き、目線を合わせるように騎士はかがむ。
「大丈夫だよ。少年、君こそ怪我は無いかい?」
「はい」
「ならいい、そちらの方はお姉さんかな?」
遅れてやってきたメルトを見ると、男はそう言った。金色の短い髪がサラッと揺れた。笑顔が眩しい。
「そうです。姉です。爽やかな騎士様」
「ははっ、何やら面白いお姉さんだね」
メルトは姉と言われたのが嬉しかったのか、妙に声が上擦っている。
男はメルトの変な様子を軽く流すと立ちあがり、先程見ていた露店の店主の方へ向き直す。
「では、先程の件、よろしくお願いします」
「あいよ、見つけたら近くの騎士だかなんだかに言えばいいんだな」
「はい。それでは、少年とそのお姉さん、さようなら。君たちも気をつけて」
あの騎士はなにを探していたのか、話していた店主の手には紙が握られていた。少し見てみると、なにか数字が書かれた似顔絵だった。
「むむむ、店主さん、それは手配書かな?」
「ん? あぁ、旅人か。そうだよ手配書だ。何でもこの町の貴族の屋敷で盗みがあったらしい」
「それはおっかないね!」
「あんたらも気をつけろよ。盗人じゃなくても、いつ変な奴が襲いかかるかわかんねぇからな」
盗み……か、ルノもどこか道が違えば盗みで生計を立てていたかもしれない。
そう考えると、どこか他人事のように思えなかった。
露店を離れ大通りを歩いていると、ルノが口を開く。
「メルトさん」
「ん? どうしたルノくん」
「さっきの盗みをしたとかいう人の話を聞けないかな」
「……それはどうして?」
どうして……と聞かれ、すぐに言葉は出なかったが、少し考えると、納得のいく答えが見つかった。
「もしかしたら、ぼくみたいに困っているのかもしれない。ぼくを連れていってくれたメルトさんみたいに、誰かが助けてあげられるんじゃないかって」
ルノが考え抜いた言葉を聞くと、メルトは満面の笑みを見せた。
「おお! それは面白い! いいよ、じゃあうちらで犯人探しやっちゃおう!」
「あ、でも、その前に服だけ買わせてね」
◆
いい感じのフード服を見つけ購入したメルトは上機嫌だ。
宿を見つけると、部屋を借りて部屋の中で取り出した。
「うひゃー! いいねぇー、いい黒色だー!」
「そんな真っ黒なの着るの?」
「え、いいじゃん黒、かっこいいじゃん」
メルトは部屋の中で服を着ると、クルクルと回っている。
「いやー、いい買い物でした! ルノくんもいい感じの服あって良かったね!」
ルノも、メルトが持っていた布で隠していたが、ボロボロの服を着ていた。旅に出る際ろくな準備をしなかったからである。
そんなルノを見て、メルトがこれが似合う!と、買ったのはこれまた黒い服だった。
「メルトさんのとサイズが違うだけじゃん」
「いいじゃん! おそろー!」
全身黒の二人組は凄い怪しいのではないかとルノは考えたが、メルトが嬉しそうなため、言い出すことはなかった。
「そ、れ、で! 手配書の人をどう探すのか! 作戦を立てよう!」
探して話をしたい……とは言ったものの、ルノがもし相手の立場なら、そんな怪しいやつの元に顔は出さないし、逃げるだろう。
ましては全身真っ黒だ。
「どうしよう、わかんない」
「うーん、そうだね、ルノくん。普通の人間ならばそうでしょう」
何やら策があるらしく、メルトが早く聞いて欲しいと言わんばかりにうずうずしている。
「吸血鬼ならどうなの?」
「よくぞ聞いてくれました! ずばり!」
「ずばり?」
「数打ちゃ当たる! 作戦です!」
作戦名を聞いてもピンと来ない。ルノは首を傾げると、メルトをじっと見つめた。
「なにそれ」
「目! 目が死んでるよルノくん! 説明ならするから!」
「うちってば吸血鬼でしょ? つまり、色んな動物に変身できるわけ、そこで、コウモリになって町中を見ます!」
想像以上にゴリ押しな作戦がでてきたことにルノは驚いた。
しかし、現状他にできることも無さそうなので、その作戦でいくことに決まった。
◆
「よーし……盗人が動き出すのは夜の町、そして! うちが動くのも夜の町! 行ってくるぞー、ルノくん!」
「うん、いってらっしゃい」
宿屋の窓を開けると、メルトは人の形が崩れていく。やがて多数のコウモリへと姿を変え、暗い町へと溶け込んでいく。
そして、なにやら小さな影が見える。
「でも、ルノくん一人にするの怖いし、ちっちゃいうちがついてるからね!」
「どうなってるのこれ」
小さいメルトはルノを見つめると、胸を張る。
「うちは吸血鬼だよ! 意識を分割することくらい容易いって!」
「そうなんだ」
「なんか反応淡白じゃない! もっとこうさ、褒めてよ!」
小さくなってもメルトはメルトであり、うるさい。むしろこんなふうに小さく分裂してそれぞれが話始めたら……想像して、ルノはため息をつく。
「なんのため息だよ!」
「って、すごい! もう見つかったかも!」
「ほんと?」
小さいメルトはコウモリとなった自分と聴覚を共有している。耳に手を当て、静かに耳をすませると、やがて、手をおろし、ベッドに座り込んだ。
「捕まえたよ。また、屋敷に忍び込もうとしてたみたい。今連れてきてる」
「そんなあっさり……」
しばらくすると、窓の外から一人の少年が大勢のコウモリに捕まった状態で運び込まれた。
「なんだよこれ! はなせ!」
「んー、じゃあはなしまーす」
「ぐぇっ」
浮いていたところをパッと話され、少年は尻もちをつく。メルトは分裂していた身体を元に戻している。
短い赤髪の少年はじっとルノたちを見つめると、敵意むき出しに歯を見せた。
「なんだお前ら、まさか! あの貴族に雇われたのか!」
「ちがうよーん、旅人でーす、話があって連れてきただけでーす」
「意味わかんねぇよ! なんの話をすんだよ!」
大きな声を出す少年だったが、すぐにルノが指を口元にあて、静かにするようにジェスチャーしたことで、ひとまず落ち着いた。
「ちっ、んで、何が知りてぇ?」
「あなたはなんのために生きているの?」
「……は?」
ルノの質問を聞くと、腑に落ちない様子だったが、少年は一瞬考えたあと素直に答えてくれた。
「そりゃひとつだろ」
「美味いもん食うためだ!」
「うまいもん?」
少年は語り始める。その様子からは既に熱意が感じられる。
「俺は料理人になりてぇ。美味いもんを作って、みんなが食べて、笑顔になる。俺も美味いもんを自分で作って自分で食えりゃめっちゃ幸せだろ?」
「ふーん、きみみたいなやんちゃボーイがなれるものなの? 貴族の家から物を盗んじゃう子供が?」
「それは! あいつが食べ物を無駄にしてるから……!」
「料理人をめっちゃ呼んでるくせに、ほとんどは食べねぇで捨ててんだよ! 俺は、屋敷の裏で捨ててんのを見たんだ!」
話が見えてきた。つまり彼は全て食べ物のために動いていたのだ。生きる目的といえるまでの食べ物への愛情が、彼を彼たらしめている。
「美味しい料理ってどんなの?」
「あ? お前美味いもん食ったことねぇのか? 後で食わせてやるよ。俺を解放したらな!」
「悪い奴らではねぇと思うからな、未来の頂点料理人の腕をふるってやる」
「大した自信だなー」
少年は拳を突き上げ、その細腕の筋肉に精一杯力をこめた。
その様子を見て、ルノは口を開いた。
「じゃあ、美味しい料理食べさせて、その貴族たおすから」
「マジか!?」
「ルノくん!? 何言ってるの………………楽しそうだね!」
「美味しい料理、それが生きる目的になるか、試してみたい」
こうして、奇妙な三人組による、貴族ぶっ倒そう同盟が発足した。