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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
ユンデネ編

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みんなの心

 大魔法使いサトウの墓を去り、ノモトと合流したルノたち。

 ルノが町で聞いた様々な伝承を彼女に語っていると、そのうち「伝承」とは何かという考えが頭に浮かび、ノモトへと問いかけるのだった。


「よし、じゃあ先にいただこうか」


 ルノと、メルトのラーメンもテーブルに運ばれると、ノモトは手を合わせる。

 ルノとメルトも普段同じようにしているため、それに続いた。


「いただきます」「いただきます……!」「いただきまーす」


 それぞれが異なるトーンで「いただきます」と食への感謝を伝えると、全員が箸を手に取る。

 その様子にノモトは少し驚いたようだった。


「珍しいね。いただきますなんて。箸はまだ色んなとこで見るけど」

「そうなの? グラムさんも言ってたし、ふつうじゃないの?」


 ルノは箸を手に取り、ラーメンのしょうゆの匂いや、上に乗った薄切りの肉に目を輝かせながら言った。白い湯気が顔にあたって少し仰け反った。

 するとメルトが麺をすすってから答えた。


「うちもなんかそーいうもんだと思ってたけど、割と珍しいみたいだよ」


 メルトがそう言うと、ノモトもスープを飲んでから答える。


「……ぷはぁ、そうだね。いただきますは内界の文化だよ。内界では『いただきます』って発音するんだ」

「やっぱりノモトさん、詳しいね。学者さんってすごい」


 ルノが麺に息を吹き熱を冷ましながら言うと、ノモトは静かに目を閉じた。


「うん、たくさん、調べたから」

「ルノくんの言う通りだね。学者サマはすごいなー」


 いつもより少し優し気な声音で皮肉を言うメルトもまた、何か考えているようだが、食べる手を止めなかった。


「そうだぞーメルト、私は割とすごいんだから」

「はいはい、それで伝承って何なのかって話でしょ」


 メルトが話を戻すように催促すると、ノモトも言われた通りに話を始めた。


「分かってるよ。伝承ね、私にとっての伝承は過去の記録」

「私にとって必要なもの、でも、ただの記録でそれ以上でもそれ以下でもない」


 ルノはノモトの言うことからさらに伝承について考えようとした。

 しかし、彼女にとっては記憶の、心の継承という面はどうでもよいのだ。


 彼女はその記録にある情報そのものにしか興味がない。


「そっか、ノモトさんは、信仰とかはどう思うの?」


 伝承の深堀りができないと分かると、ルノは直接信仰というものについて考えることにした。


 前に伝承と似ていると思った理由を知るためだ。


「これまた難しい。信仰ね……あんま、大きい声で言えないけど、分からないこととかを神様に押しつけるものじゃないかな」


 ノモトはルノに近づき小さく囁いた。


「神様に押し付ける?」


「そう、例えばさ、ユンデネってモール山脈に囲まれてるでしょ。そんで、あの山々って昔から神として崇められてたからトンネルが作れない」

「でもさ、本当にそうなのかな。山のどこかにすごい魔物の住まう洞窟があるから近づいたら危ない。もしくは、崩れやすい箇所が多くて滑落事故も頻繁に起こるような所に穴を開けたら何が起こるか知ったこっちゃない、とかさ」


「そういうのを知らなかった人、あるいは知らない人が理解しやすいように、神様の仕業だとか、あれ自体が神様だとか、そういう理由で片づけるんだよ」


 ノモトの語ることは少し難しかったが、ルノは理解し、そして自分の定義を見つけた。

 ルノにとっての信仰、いや、神とはなにか。


「ぼくは、神様って怖いこととか、不安なことがなくなりますようにって、みんながお願いしたものだと思う」

「みんなの心の中に神様がいて、でもみんなが一生けん命に信じてるんじゃなくて……」


「でも、神様がいればみんな安心できる」


 ルノが神や、それを崇める宗教を知を知ろうとしたのは、白髪であるトリトを知ることで、メルトの探すもの、目的に近づけると考えた結果の行動だった。


 だが、その行動はルノに信仰と伝承の似たところを気づかせ、神が人に共通する願いの概念であると思い至らせた。


「……本当に君は子供なんだよね。ルノ」

「ふふふ、ルノくんは賢い子だからねー! うちもたまについてけないくらい」


 ノモトもメルトも驚いている。ノモトは鋭い目でルノを見つめ、メルトは少し自慢気に鼻を鳴らしつつルノの頭を撫で、微笑む。


 前にルノは伝承を言葉や動きで受け継ぎ、人々はその心を繋いでいったものと考えた。

 ルノが信仰と伝承に似ていると感じたのは、神を信じる「心」と曖昧でも言葉や動きが「心」として語り継がれたきたものであり、形のないものを軸にしていたからだった。

 フラレスでアーヴァンスの悪意に触れたルノは、善という面でなく人の弱さこそが共通項だと考えたのだ。


 これは人を純粋な心で見てきたルノだからこそたどり着いた答えだった。


「本当賢いよ、ルノに、メルトもだ。たった一日で色んな情報を集めてきたもんだ」

「そういえばこのミッションは英雄伝承を聞かせるのが条件だったよね」


「ルノ、君は何が聞きたい? やはりトリトについてかな?」


 ノモトは麺をすすりつつ、語り部になるべく背を正すと、伝説を話す意味深な老人のような含みのある演技をした。


 ルノは当初の目的を思い出すと、どんな話が聞きたいのか悩む。

 そしてスープを飲むと、一つ質問した。


「英雄伝承も気になるんだけど、ひとつ、ノモトさんに聞きたいことがあって」

「なんだい?」


 ノモトはもうラーメンを食べ終わったようで、どんぶりに箸を置くと、体を前に乗り出した。


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 ルノは英雄伝承よりも、合理的でどこか冷静すぎる、それでいて何か感情を隠しているノモトという人間が、生きることにどんな意味や目的を持っているのかが気になっていた。


 それでいつものように問いかけた。


「……」


 しかし、ノモトの反応はこれまでとは違った。

 アーヴァンスでさえ答えを出したというのに、答えが返ってこない。


 そして、その目にはかすかな憤りの炎が宿っていた。


 ルノは何があったのかと瞬くと、ノモトはゆっくりと口を開き、低く言い放つ。


「あーそれってさ、哲学? 今に必死じゃだめなの? 目の前のことに、家に帰るために頑張ることじゃだめ? 高尚な理由がいる?」

「昔からこれといって考えることはなかったから、なんなのって感じだけどさ。人が全員立派なわけじゃないよ」


 少しだけとは言えない感情の発露。怒涛の言葉の連続にルノが放心していると、メルトがノモトの首元に掴みかかった。


「いきなりなに? その言い方。学者っていうのはそうやって子供に詰めてかかるのが仕事なワケ?」

「ルノくんに悪いとこ、あった?」


 ルノはメルトが激怒している様子で我に帰ると、掴みかかっている腕に手を添えた。


「メルトさん、だいじょうぶだよ。びっくりしたけど、だいじょうぶ」

「ごめんなさい、ノモトさん、なにかいやだった?」


 ノモトは二人のやりとりを見ると、やっちゃったと呟き、だんだんと顔が青ざめていく。

 メルトはその顔を見ると手を放す。


「あ……ご、ごめんよルノ、君は悪くないんだ」

「私が大人げなかった……申し訳ない」


 ノモトは口を引き締め頭を下げた。

 ルノは、ノモトの心の奥に何があるのか分からなかったが、しおれた様子を見ると微笑み手を差し出す。


「だいじょうぶ。ぼくもなにか、ノモトさんの聞かれたくないことを聞いちゃったんでしょ」

「君は本当に……賢い子だ」

「それに、甥っ子に似ていい子だよ」


 ノモトはルノの差し出した手をとると、どこか悲しそうに笑うのだった。





 ルノたちはラーメンを食べ終わると、会計を済ませ外へと出た。

 外は重たくなった空気から解放されたように涼しい。


「あのさ、ちょっといい、かな」


 ノモトは少し遠慮がちに言った。


「どうしたの、ノモトさん」

「いやね、申し訳ないことしちゃったし、少し話しながら歩くのってどうかなって」

「さっき突然キレちゃったから、そのさ、私の昔話って感じで」


 ルノはそんなノモトの提案を聞くと、笑顔で答える。


「いいよ。メルトさんもいいよね?」

「……ルノくんが言うんなら」

「ありがとう、ルノ、メルト」


 ノモトはメルトに深く頭を下げると、完全にとはいかないがよく見るそこの知れない笑顔に戻った。

 それを確認すると、ルノが手を挙げた。


「あの、その前にトイレ行ってくる」

「お店出る前に行っときなよルノくん! いってらっしゃい!」

「ごめんなさい、メルトさん! いってきます!」


 ルノはそう言うと店に戻っていった。


 ルノが店に入ったのを確認すると、メルトはノモトに冷たい目を向ける。


「ルノくんが許してるみたいだからいいけど、うちは許してないからね。どんな過去があろうとルノくんに強く当たったんだから」

「……本当に申し訳ないことをしたよ。完全に私が悪いのは分かってる」


 ノモトは引き目を認めつつ、どこかメルトを牽制するようにも思える様子だった。


「こんな状況で言うのもなんだけど、ルノがいない間に話したいことがあるんだけど、いいかな」

「なに? 言っとくけど、うちはあんたのこと嫌いだから、それ踏まえて話しなよ」


 メルトが睨みつけると、ノモトは臆さぬ様子で両手を上げた。


「それも分かってるよ。私が話すのは君についてと、これからの話だ」


 メルトの目がさらに険しくノモトを睨みつける。


「そんな目しないでよ。さっきのことがあった矢先、耳にすんなり入らないかもだけどさ」


「メルト、君は吸血鬼だよね」


 メルトは目を見開くと、一瞬臨戦態勢に入ろうとする。

 しかし、神仕者がいる以上、ここではノモトも動けないはずと考える。


 実際、以前神仕者を見せると言いメルトを連れて行った際も襲われていない。


 では、いつ気づいたのか。なぜそれを伝えてきたのか。


「安心してよ。私は吸血鬼狩りじゃないし、吸血鬼に悪い印象があるわけでもない」

「じゃあ、なんでうちに話したの」


 このやり取りから、メルトはレクスを思いだした。

 そして薄々感づいていた推測を明かした。


「――もしかして吸血鬼狩りの方を追いかけてる?」

「おー、正解。そして私も学者ではない」


 ノモトはスーツの襟を正すと、右手を差し出した。


「私はルズニア国魔法騎士団団長、野本紗雪(のもとさゆき)


「現在は吸血鬼狩りに繋がる情報収集がてら、私個人としての目的もあってここにいるんだ」


 すっかり暗くなった周囲を月の明かりが照らす中、その黒いスーツは闇に紛れ姿をぼやかしていた。

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