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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
ユンデネ編

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38/51

何を聞いて知ったのか

 大魔法使いサトウの墓へ到着したルノたちは謎の男と出会った。どこか芝居がかった様子の男に、メルトと似た奇妙な感覚を覚えると、メルトにより男が吸血鬼だと知るのだった。


 男が去った後に現れたのはノモトだった。

 ノモトは石碑を解読し動揺するも、食事しながらルノたちの集めた伝承の話を聞きたいと言ってその場を去っていった。


 ルノはノモトの見えなくなった道を見つめながら、この町で見たものによって積み重なる謎に頭を悩ませた。


 マクマルの信仰、ノモトの伝承、これらが共存するこのユンデネでは、人々はどんな目的を持って生きているのか。この町で一体何があったのか。

 この後のノモトとの会話で何か答えが見つかることを期待すると、ルノは磨かれた長方形の石墓に近寄る。


「メルトさん、これには『眠るかも』って書いてあるって、ノモトさん言ってたよね」


 ルノがメルトに顔を向けると、メルトはまだノモトの去った方角を凝視していた。


 また何か思いつめているような顔をしている。


 しかし、ルノが声をかけたことで、またいつもの様子に戻り、ルノの横へと駆け寄ってきた。


「言ってたねー! 多分ここが『眠る』って言葉じゃない? これが『サトウ』でしょ。あっちの石碑にも出てくる回数多いし!」


 メルトは墓の文字を指さす。ルノも不思議とそれが正しいと思ったが、なぜ確信できるかは思い至らなかった。


「メルトさんも読めるの?」

「え? いやー、勘だよ勘! ノモトの指の動きを見てそう思っただけ!」

「すごいね」


 最近よく感じる嘘、だが今はそれを深く探ることよりも大切なことがある。


「それよりメルトさん、お墓になにかしてあげられないかな」

「あー、そうだねー……あそこの道具で水をかけようか」

「水?」


 そう言ってメルトは道具を持ってくると、小屋近くにあった構造物へと近づく。屋根の下にあるそれは、石で囲まれた大きな正方形の器だった。

 中央にある何かからは水がとめどなく溢れている。


「昔聞いたんだ。この石を亡くなった人として身を清めるんだって!」

「身を清める……」


 ルノはこのやり方に覚えがあった。思い出した。

 それは、たった一度の記憶だった。


 ルノの両親が魔物により亡くなった時、家から出て放浪する前に一度だけ見た両親の墓、その二つの小さな石は、一家に近しい親族がいなかったことを見かねた誰かが作ったものだ。


 なぜ両親の墓があったのかは分からなかった。当時のルノは4歳、年数にして5年前の話だったためだ。


 家で飼っていた魚が亡くなり、ちいさな墓を作った時、母から教わった方法で、今目の前にある墓と同じく、花を添え小さなバケツで水をかけた。

 ルノがその中で覚えていた朧気な記憶、それがこの方法だった。


 ルノは懐かしさと、両親の死を思い出しその墓の意味を理解したことで暗い感情が心に渦巻いた。


 それでも奔放さを保っているように見えるメルトのことを考えると、自分も頑張らなくてはと気を引き締める。


「山水かなー? この水すごいきれいだよ、ルノくん!」

「ほんとだ。すごい透明だね」


 ルノの言葉に頷くと、メルトは水を汲み上げ、桶に貯めて持ってきた。

 そして墓石の上から丁寧に水をかけた。


「はい、ルノくんもこんな感じに」

「うん」


 ルノもメルトのしたように水をかける。

 墓石は遠い昔のものとは思えないほどに綺麗で、苔ひとつ生えていない。細長い花瓶には花が供えられており、現在も手入れが行き届いていることは明らかだった。


「……メルトさん、これは?」


 ルノはそう言ってなにやら紙で束ねられた棒のまとまりを指さす。

 最初にここに来た時に感じた香ばしい匂いの元のようで、煙を出していた。


「うーん、なんだろーね?」


 こればっかりはメルトも分かっていないようで首を傾げている。


「内界ってところのなにかだとは思うけどねー」

「ぼくもそう思う」


 ルノは一連の動作からその文化を肌に感じると、また思考を深める。


 マクマルは、サトウが内界の英雄トリトの仲間だと言っていた。

 これまでユンデネで見たおそらく見慣れない文化などは全て内界のものなのだろう。


 では、それに覚えがあるのはどういうことなのだろうか?


 ルノは少し考えると、ひとつの考えに至った。

 伝承というものがあるためだ。


 伝承は曖昧ながらも人々に伝わっている。それがどんな形であれ、記憶に継承されているのだ。


 おそらく墓での所作をルノが知っていたもその一部なのだろう。

 伝承を言葉や動きで受け継ぎ、人々はその心を繋いでいったのだ。芸術が記憶を残す力を持つように、人々の「語り」が今でも流れ続いているのだ。


「カヴァロではどうするんだろう」


 いつかカヴァロに戻った時、リーダーの墓にも必ず行くことを決意し、前を向く。

 人に伝わるものがこの疑問の答えも指し示してくれる光となるのだろう。


 いつの間にか日も落ち始め、あたりがオレンジ色の空に染められていく。


「ちょっとわかった、かも?」

「んー? なんだか分からないけど、よくやったルノくん!」


 メルトが笑顔でルノの頭をなでると、ルノは自分がまた少し賢くなれたと思い嬉しくなるのだった。





 ルノたちが日が落ちる前に町へと戻ると、その雰囲気は昼間の人が作り出した空気感とはまた違った静けさで、あまり人の気配を感じなかった。


 とはいえ、どうやら家や店の中には人がいるようで、無人の町に急変してしまったわけではないようだ。


「お、来たね。じゃあ美味しいお店知ってるから、そっち行こうか」


 ルノたちが喫茶店の前に着くと、ノモトが壁によりかかっていた。

 黒い上下は明かりのある町の中でも変わらぬ異質さを醸し出している。


「なんのお店?」

「よく聞いてくれたよルノ、今日行くのはね――」


 ノモトはこれまでからは想像できないほどに高いテンションで道を歩く。

 そして、ルノの肩に手を置くと、もう片方の手で人差し指と中指を立て、何かをすするような動作をした。


「ラーメン屋です!」





 ノモトの後をついて歩いていくと、主な通りからはどんどんそれていき、やがてそこにたどり着いた。


 町外れの寂れた建物、入口にかかるのれんを越えると、ノモトはその横引きの扉を勢いよく開けた。


「大将! 三人でー!」

「だから、大将ってなんだ……三人? 知り合いか」


 中へ入ると、店主と思われる茶髪の男が呆れたように乾いた笑いを浮かべながら、鍋をかき混ぜていた。


 壁にはメニューが書かれた紙がかかっており、カウンターからは鍋で煮込まれたスープや、大きな肉などが見える。そして動物を煮込んだ匂いが充満していた。


 客があまりおらず、トレビオのこかげを思い出したが、木漏れ日に照らされた静かなイメージのこかげとは違い、その店内はユンデネとは思えないほどに活気で溢れていた。


「おお、ノモト! また来たのか!」

「タンザ、今日は味噌? なかなかやるねぇ」

「おうよ、この前お前さんが言った通りだ。こりゃうめぇ!」


 別の席に座った男に話しかけられるノモト。

 知り合いらしく軽く会話を交わすと、ノモトはルノたちにテーブル席へ座るよう促す。


 ルノとメルトが並んで座ると、ノモトは反対側に座り席に置いてある紙を広げた。


「これメニューね。初めてならしょうゆがオススメだよ」

「ラーメン……どんな料理だろ」


 ルノは想像できないため、ノモトの言った通りしょうゆラーメンを頼むと、メルトも同じものを頼んだ。


「ノモト、ここってもしかしてだけど、内界に関係ある? 絶対普通じゃない」


 メルトは辺りを見渡し、ノモトの目をじっと見つめる。


「そう、内界由来の料理を扱ってる。遠い昔サトウが持ち込んだんだってさ。ユンデネに来て見つけてからは毎日来てる」

「……すごい美味しいんだよ」


 ノモトはそう言うとすぐに店主を呼び、しょうゆラーメンを三つ頼んだ。


 ルノは、ノモトの異様なテンションの高さと少し見せた寂しげな目から、先程の墓にて感じた本質の端を、捉えつつも純粋に料理を楽しもうという気持ちでいた。


「じゃあただ待ってるのもなんだし、早速伝承調査の結果を聞こうかな」


 ノモトは座っている席の背もたれに深く腰掛け、懐からメモ帳を取りだした。


「わかった」


 ルノもまた自身の日記を取りだすと、ページの端に書き留めたメモを読み上げた。


「『トリト様は内界の英雄。六人の従者がいた。ねがいを叶える。悪の魔法使いを封じた――』」

「トリト様って神様って言うけど、ほんとうに生きてた人なんだよね?」


 トリト。内界と呼ばれる異界の英雄。とにかく善人で後世の人々に語り継がれる少女。

 ルノはとてもすごい人であると同時に、本当に存在していたのかは懐疑的だった。


「この町で一番重要な話だね。町の人が話したのは多分ほとんど彼女の話だったんじゃない?」

「彼女については伝承も多くてね、彼女の残した物とかも多いし、かつてを生きていた少女なのは本当だと思うよ」


 ノモトはメモ帳になにかを書きながら答える。

 ところどころには赤い字があるが読めない。ルノはサトウの墓のものと同じような字だと思った。

 ルノはノモトのペンが止まったのを見ると話すのを再開した。


「次は『大魔法使いサトウはトリトの仲間。バーロンドという国を助けた。異界の穴をふさいだ』」

「『異界の穴は、この世界につながるほかの世界とつながってるもの。交差人っていう迷子がいる』」


 サトウ。マクマルが言うには大魔法使いと呼ばれたトリトの従者の一人で、国を救ったり、内界と呼ばれる異界の穴を塞いだ英雄。

 ルノの印象としては、先ほどノモトが読んだ石碑の内容などからも考えると、すごい人というより普通の人のようだった。


「それも大事だね。この町にも墓があるし……まああの墓石に書いてある通りなら下には誰も眠ってないんだけど」

「内界への関与の具合でいえばトリト以上だと思う。私にとっては重要な人物だね」


 ノモトはかなり興味深々に聞いていたようだったが、少し残念そうにメモ帳を閉じた。


「墓で手に入れたやつ以外新しい情報は特にないかなあ……ああ、そうそう、サトウはトリト一行の中でもトリトの次に有名だとは思うよ」

「まあ、トリトの知名度との差は月とすっぽんくらいだね、あの墓とかも教会が手入れしてるっぽいけど、なんなのか理解してるか微妙だし」


 ノモトは話している間に店主が持ってきた水を飲みほした。

 ルノが、ノモトの求めた新情報がなかったことに若干の不甲斐なさを感じる中で、メルトは別のことが気になっていた。


「月とすっぽんってなんなの?」


 メルトがぱっと口に出すと、ノモトはかすかに肩を震わせた。


「内界のことわざだよ。すっぽんっていう動物と天高くのお月様には埋まらない差があるってこと」

「ふーん、さすが学者サマだね。詳しい」


 全くそう思っているようには聞こえない態度だったが、ノモトはそんなメルトを見て笑っている。

 ルノは二人には目もくれず日記帳にあるメモのうち、まだ話してないことがあったのを見つけた。


「ノモトさん、まだ話してないことがあった」

「なんだい?」


()()()()()()()()()いるんだって」


 瞬間、ノモトは一気に真剣な目でルノを見つめた。


「……始めて聞く話だね。吸血鬼の祖といえば()()()()()()()家が有名なのは聞いたことがあるけど、その他有力だった家でも全て共通の祖から分かれたと言われている」

「真偽はともかくその祖が二通りあるというのは面白い話だ」


 ルノはノルムヴァンデという単語にメルトがぴくりと反応したのに気づいた。


「ただ、私の調べる分野には関わらないんだよね。もし気になるならどこか大きな歴史資料の保管施設……そうだね、パンドラにでも行ってみたらどう?」


 ノモトが頬杖をついて言う。その目線は主にメルトに向けられているようだった。


「……たしかにねー、ルノくんも気になるっていうならパンドラに行ってみるのはありかも」

「気になるけど、大丈夫なの?」


 ルノはメルトがユンデネに来た理由を思い出すと、不安に駆られる。

 戦闘を禁止された安全域へ行きたかったこと、そしてメルトの探し物があるということ、これらの目的を完全に達成できているのかが分からなかったからだ。


「だいじょーぶ、お金ならなんとかなるって」


 ノモトの手前、本当の目的は明かせない。

 メルトは金銭的な理由からルノが不安がっているようにみせることにしたようだ。


 ノモトは二人の様子を見ると、さらににっこりと笑った。


「あそこは大きいし、珍しいものも多いから単純な観光でも面白いかもね。あっちも神仕者とは違うけど防衛機構があるし安全だ」


 ルノはここでさらに、一つ思い出した。


「そういえば神仕者はなんで伝承がないんだろう」


 ルノはトリト教に関係があるのではないかと考えたが、神仕者については町で全く話をきかなかったため、確信はできなかった。

 ノモトは首を傾げるルノを見ると、人差し指を指す。


「それね、実は神仕者って思ったより最近現れたみたいでね。伝承と呼べるほどに蓄積された話がないんだと思うよ」


 ノモトが答えるも、ルノはさらに首を傾げた。


「ノモトさん、そもそも伝承ってなんなの」

「ぼくは、伝承はみんなの記憶が繋がってきたものだって思ったけど、それだけじゃない気がする」


 伝承とは形がぼやけたもので、信仰とどこか似ている。ルノはマクマルや町の様子からそう考えてはいたが、決定的な定義を見つけたわけではなかった。


 サトウの墓でルノが得た答えは「芸術が記憶を残す力を持つように、人々の『語り』が今でも流れ続いている」ということだった。


 だが、信仰に関して、まだルノの中ではなんなのかハッキリしていない。

 信仰と伝承、この二つが似ていると感じた答えを見つけることはまだ出来ていなかったが、人の考えはひとつではくくれないのかもしれない。そう仮定したとしたら、何か軸があるのではないか。


 ルノは、信仰について考える前に、ノモトから伝承の定義を聞くことで更に考えを深めようとしていた。


「なんだか君は恐ろしい程に頭が回るね」


 ノモトは驚いたように少し声が高ぶった。


「伝承とはなにか……そうだな――」


 ノモトが口を開く前に、その目の前に大きな器がどんと置かれた。


「話もいいが、ほらできたぞ。しょうゆラーメンだ。麺が伸びるから先に食っときな」

「……だね、食べてからにしようか」


 ノモトは少し照れ臭そうに笑った。

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