伝わるもの
喫茶店で出会った学者ノモト。彼女は町の伝承を調べており、その話を聞きたがるルノに自分でも町の人に聞くという条件を出した。
すぐに承諾するルノだったが、ノモトはその裏でメルトと秘密の会話を交わしていたのだった。
暗い空の下、通りを外れ、少し木の生えた通りをノモトは進む。
メルトも少し離れた位置でその後ろを歩いていた。
「ねー、どこに行ってんの。こっちって教会のあった方じゃない?」
「その通りだよメルト」
「はー? 教会そのもので血なまぐさいかもしれないことしてるってこと?」
「そう」
ぱっと思ったことを口に出したところそれが正解だと言われ、メルトはますます分からなくなっていた。
確かに教会の管轄にあり、神に仕える者である神仕者がそこにいるのはおかしくはない。
しかし、様々な言葉で遠回しになっているが、実際のところ神仕者は武力そのものである。
そんなものをマクマルの言うような「善」の宗教、その総本山の教会にそのまま置くのだろうか。
「処刑人みたいではあるけどね。あ、このくらいの発言なら大丈夫だけど、もっと攻撃的なこと言ったら反応するから、言葉には気をつけな」
「は? そーいうことは前もって言ってよ……!」
ノモトは大丈夫だといって笑っている。
メルトは怪しさを隠すことすらない様子に苛立ちつつも、言葉選びに気を付けようと考える。
するとノモトが急に立ち止まる。教会にはまだ遠く、分身の限界にもまだ達していない距離だったが、森の中になにやら広く、白い地面が広がる空間があった。
「いた」
ノモトは低く一言だけ呟き、メルトにしゃがむように手を振る。
メルトがおとなしく指示に従い、草陰に潜むノモトの横にしゃがみこむと、ノモトが指をさす。
そこには立ち尽くす一人の少年と、地面に手をつき、ある一点を見つめる男がいた。
男の目線の先にそれはいた。
――それはヒトの形をしていた。しかし、決定的におかしなところがいくつもある。
「あれが神仕者だよ。メルト」
「なにあれ、頭が……いやそれだけじゃない……」
その頭は卵のような楕円の球体だった。毛は生えておらず、その横顔と思われる部分だけ見ても、のっぺりとした表面に目、鼻、口そのどれもなかった。代わりに頭を横断する黒い線と、ばらばらに黒い穴のような円が見える。
体のそのほとんどもヒトといって差し支えない。
だが、腕は左右二本ずつ、細長く生えており、その左右一本ずつが手首より先を無くしている。
足は二本だが、脛あたりで何かの輪に縛られ、そこより先はない。足で立つのではなく、宙に浮いているのだ。
神父のような服をまとっているが、全体的に大きく、成人男性など優に越した白い巨体だった。
「でも、不思議と怖くないでしょ?」
「確かに」
その異質な見た目とは裏腹に、その姿からおぞましさのようなものは感じなかった。
どこか透明感のある空気に悪の概念は感じない。
メルトは少し息をのむと、神仕者に気を取られよく観察していなかった人間側を観察する。
「え?」
そして立ち尽くす少年側の顔を凝視して気づいた。
「マクマルじゃん」
そこには昼間に別れた、トリト教の熱心な信者マクマルがいた。
マクマルは地面に手をついた男に何かを言っている。さすがのメルトでも聞き取れず、口の動きを読んだところでその内容が分かるような技術もなかった。
ふと、マクマルが男から離れ、神仕者へと語りかけた。
神仕者はマクマルの言葉を聞くと、ゆっくりと動き出す。
地面に平行に動き、ゆっくりと近づくと、震える男を四本の腕で抑え込む。
神仕者の背後には何やら白く光る模様が表れた。男は抑えられながら、祈るように手を重ねると、模様からあふれ出す光に全身を飲み込まれる。
やがて光が消えると、そこにはどこかすっきりしたような顔の男がいた。
それを見るとマクマルはメルトにも見せていた笑顔で男の手を取る。
神仕者は上空に浮かんでいくと、その姿は突如現れた白い円のようなものに吸い込まれ消えた。
「あれは、マクマルの魔法みたいなのか……?」
「おや、見たことあるっていうか、あの少年が知り合いかな?」
「まー、ね」
ノモトははっきり答えずに考え込むメルトの肩をたたくと、その場を離れ距離をとってから背伸びした。
「いやあ、やっぱすごいな。あれ」
「神仕者の力って、あの魔法だけじゃないよね」
「お、やっぱり勘づいた? あれは純粋な戦闘能力だって桁違いだ。溢れ出る魔力が語ってる」
神仕者はその異質な見た目と並んで、体から魔力を垂れ流していた。膨大で、どこか嘘のような狂気じみた感覚を覚える魔力だった。
「それで、あれを見せた本当の理由は? なんで、何を、あんたは知ってんの?」
「理由は紙に書いたでしょ。旅人なら、変な気を起こす前に見といたほうがいい。特に力のあるやつはね」
メルトはノモトが怪しさを隠すことなくこちらの実力を分かっているようなことを言ったので、さらにうさん臭さを感じ眉をゆがめる。
「まあまあ、そんな睨まないでよ。それに、あれについて知ってることは私も少ないんだ」
「ただ、あれの正体も伝承に関わるかもしれないし、調べないとでしょ」
「ルノくんとうちを利用してるってことでしょ。しかも、その理由も嘘じゃないにしても、本心を隠してる」
メルトがあからさまに嫌そうに低い声で言うと、ノモトは肩をすくめて町の通りのほうへと歩き出す。
「人聞きの悪い。私はただの学者だよ。それに君たちの敵じゃない」
「ふーん、どうだか」
メルトも距離をとりながら後を追う。
その後二人が会話を交わすことはなかった。
◆
鳥の鳴き声にルノは目を覚ました。
締め出されたカーテンの隙間からは微かに光が見える。
メルトに日光が当たらぬようにカーテンを少し直すと、寝息をたてるメルトの肩を揺らす。
「メルトさん、朝だよ」
「うーん、おはよールノくーん、でも眠いー」
ルノはシーツで丸まったメルトを見てため息をつくと、カーテンの中に入り込み、窓の外を見た。
明るい景色に、白い建物に反射した日の光で眩しい。
少し窓を開け、涼しい風を感じると、今日の目的を口に出して確認する。
「今日は町の人に伝承を聞く……!」
ノモトの研究する伝承が一体なにか、そしてノモトには後で生きる目的も聞こうと決めると、ルノは再び部屋の中を見る。
「メルトさん、起きないとぼく一人でお話聞きに行っちゃうよ」
「一人はだめだよ!」
メルトは、ばっと飛び起きると、ルノの方へと振り向いた。
ルノはそれを見ると笑う。
「だいじょうぶ。ぼく、一人で行かないよ」
「……むう、もしかして眠いふりバレてたか。ベッドの中に引きずり込んでわしゃわしゃしたかったのにー! ……にしてもルノくん、そんな意地悪どこで覚えてきたの!」
「ハンスさんが、押してダメなら引いてみろって」
「それなんか違うよー!」
メルトは立ち上がりルノを捕まえると、笑いながらベッドに座り込んだ。
ルノも慣れたように笑うと、日記を取り出し、日付と天気を書き出す。
「じゃーそれ書いたらごはん食べてー、伝承調査いこっか!」
「うん!」
二人は軽くハイタッチすると、一日の始まりを改めて意識したのだった。
◆
朝食を食べ終えたルノたちは、早速町に繰り出し伝承の調査を始めていた。
「――英雄伝承なぁ、やっぱトリト様じゃねぇかな。あの方は確かどっかの英雄なんだろう? 俺が知ってんのは六人の従者がいたとか……でもその六人についても全員知ってる訳じゃねぇなぁ」
トリト教には属しているものの、そこまで信心深いようには見えない男は頬をかきながらそう答えた。
「――英雄ですか。私はあまり伝承に詳しくないですが、この町の縁となると……やはりトリト様ではないですか? 子供の時からよく、『いい子にしていたらトリト様が願いを叶えてくれる』などと言われて育ったものですよ」
トリト教にそこまで固執していないが、最低限の素養はあると語った男は、眼鏡の位置を何度も直しながらそう答えた。
「――伝承? そりゃあんた、モール山脈のどこかには異界に繋がる穴があるから、夜に出歩くなってのはあたしが子供ん時から、嫌という程言われてきたもんさ! あたし的には単に魔物が危ないって話だとは思うけどねぇ!」
教典を鍋敷きに使っているというおばさんは、大きな声でメルトの背中をバンバン叩きながら笑った。
「――英雄と言えば偉大なるトリト様でしょう。あの御方は異界を救っただけではなく、その従者の一人は私達の世界にいた悪の魔法使いをも封じたと存じています。その志は到底人では到達できない善性。私達の目指すべき指標であり、見守ってくださる師とも呼ぶべき方だ」
白い服にトリト教のシンボルである杖の刺繍が入っているのを心底大事そうに撫でながら、優しい顔つきのおじいさんは答えた。
様々な人々に聞いて今のところ集まった情報は多岐にわたる。
やはり多かったのはトリトに関する話だった。
異界の英雄、六人の従者、願いを叶える、とびぬけた善性といった内容が多い。
トリトとは、どんなものを聞いても欠点がなく、まさに神とも呼べる人だ。いや、神そのものなのかもしれない。
神仕者についてはほとんど話を聞かなかった。実際に今存在しているものだからだろうか。
そしてどれも、曖昧で確実なものがないという共通点がある。
伝承とは形がぼやけたもので、信仰とどこか似ている。
ルノはそんな感想を抱いた。
ある程度の情報を日記に記しつつ、聞き込みを続けていると、ルノたちと同じく旅人だという男に出会った。
ルノは、不自然に膨れ上がった腹と、どこか生気を感じない瞳に違和感を覚えた。
メルトもまた警戒を強めたようで、ルノの手を二回ぎゅっと握った。
これはメルトが今朝ルノと決めたルールだった。
戦闘が困難な時、怪しい人物に出会った時にこのように二回ぎゅっと力を込めるのだ。
ルノはそんなメルトの合図に少しドキドキしつつ、男に質問した。
「おじさん、何かこの町の伝承知ってる?」
「伝承……? 旅行計画立てた時にゃそこまで調べなかったなぁ」
「そっか」
ルノが少し残念そうに下を向くと、男は膝に手を置く。ポケットの端からクロスが見えた。
ルノに目線を合わせると、男は言った。
「俺が知ってんのは吸血鬼とかについてだなぁ、そっちは興味ねぇか?」
ルノは、一瞬心臓が飛び跳ねた。しかし、なんとかその動揺を隠しきれたのか、はたまた男が鈍かったのか、バレはしなかった。
同時にメルトに繋がる情報の可能性だと、踏み込むことにすると、ルノは男の目をじっと見つめる。
「吸血鬼……! 知りたい!」
「おー、そうかそうか! まぁ珍しいからなぁ」
「実はな、吸血鬼の祖ってのは二種類あるんだと!」
男はどこか遠くを見るように、しかし確かに掴むという情熱を感じるように語る。
メルトは深く被ったフードの中で眉をひそめ、紅い瞳を揺らした。どこか驚いたようだが、詳細を読み取れるほどではなかった。
ルノは下からその様子を見ると、男の話の続きを待った。
だが、その一言のみを発するとその先がない。
「え、それだけ?」
思わずメルトがツッコミを入れると、男は大笑いした。
「がはは! まぁそうだな! 俺ももっと調べなきゃなんだが、これも人から聞いた話でなぁ」
盛大に笑いながら、男はルノを手招く。
「これは内緒なんだが、俺は吸血鬼を追ってるんだよ」
ルノが招かれたままに耳元を寄せると、耳元で男がそう囁く。
何度目か分からない心臓の嫌な急動作に気分が悪いが、男はその吸血鬼がすぐそこにいることには気づいていないようだ。
「おもしろい話がなくてすまんなぁ! 悪いが俺は歩き回る予定があるんだ! じゃあな!」
男はそう言うと、そのふくよかな腹からは想像のつかないほど軽やかな足取りで去っていった。
「……メルトさん」
「言いたいことは分かるよ、ルノくん。クロス持ってたし、あれは吸血鬼狩りだね。腹の中に武器でも隠してんじゃない?」
「……うちが吸血鬼だって気づいてなかったけど」
メルトは隠しながらも高めた警戒心がすっかり霧散してしまうほどに呆れていた。
「うちが戦ってきたのは結構勘のいいやつばっかだったけど、まー、あーいうやつもいるよ。アーヴァンスとかも強い部類だね」
「どきどきした……」
「ごめんね。なんも出来なくて」
メルトがまるで自分の責任かのようにしょぼくれるのを見て、ルノは疑問符をうかべた。
「なんでメルトさんがあやまるの? ここじゃ戦っちゃいけないんでしょ」
「そうだけど……うちが守らないとなのに怖い思いさせるなんて」
「だいじょうぶだよ。いざという時はメルトさんが絶対やっつけてくれるでしょ」
ルノの真っ直ぐな言葉にメルトは微笑むと、手を繋ぎ直した。
「ありがとね。ルノくん」
「うん。あとね、メルトさん、次に行きたいとこがあって」
「んー? どこかな?」
ルノは少し照れるように、前髪を撫でると、ある方向を向いた。
教会のある方向だ。
「ノモトさんの話が聞きたくて忘れちゃってたけど、マクマルさんにもお話聞きに行ったほうがいいなって」
「あー……そうだね。あいつ、来たらお礼するって言ってたし、ちょうどいいかもね!」
「うん!」
メルトは明るく大きな一歩を踏み出した。ルノもマクマルの明るさを思い出し空を見る。
二人はこうして教会に向かうこととなったのだった。




