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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
ユンデネ編

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34/51

ある学者

 山を越え、ユンデネへと足を踏み入れ、マクマルと別れたルノたちは、ついに念願の喫茶店を見つけた。

 そして今、その扉が開かれた。


「こんにちはー! あいてますー?」


 扉を開くと、メルトが周囲を見渡す。ちらほらと客が入っているようだが、入ってきたメルトに過度に反応する者はおらず、チラチラと様子を見るものが少しいる程度だった。

 フードを深く被っていることで白髪がすぐにはバレないからだろう。

 この様子ならば、髪色でトラブルを起こすことは無いだろうとルノは安堵した。


 内装は静かさというよりも清潔さが優先されているようで、白い壁や、トリトと思われる白髪の少女が描かれた絵画は特に大きく見える。

 店の中にまで宗教が浸透しているのかとルノは驚嘆したが、その中身と外面が伴っているのかは分からない。


 さらに、トレビオでの「喫茶こかげ」が初めての喫茶店であったうえ、以降喫茶店を訪れていなかったため静かながらも人がいるという店が物珍しく感じた。


「ええ、空いております。カウンターかテーブル、お好きな方へどうぞ」


 ウェイターが反応し、ルノたちはカウンターへと腰掛けることにした。

 座ると、ルノはちらほら座っていた客を観察した。

 いたって普通の人、少しおしゃれな人、マクマルのような白いフードを持つ人など様々だ。


 その中で一人、異彩を放つ女を見つけた。

 上下黒く、角ばった異質な服だ。あまり見ない素材で高級感があり、胸元にあるポケットには見慣れないペンが入っている。

 それはルノがエルネから貰ったものに少し似ている。


 女はルノたちの座ったカウンターを一瞬見つめる。黒髪の隙間からその黒い瞳が細かく動き、ルノは慌てて目を逸らした。


 ルノはどこか次元の違う女の様子にレクスのような強さを想像しつつ、コーヒーを注文した。


 少ししてコーヒーが目の前に差し出されると、息で冷ましつつそれを飲む。


「おいしい……!」


 トレビオのものに比べ風味が強く、酸味のある味に同じコーヒーでもここまで違いが出るのかと、目を丸くした。

 メルトはその横でこのあたりで取れるというフルーツを絞ったジュースを飲んでいた。


「よく飲めるよねー。うちはお酒もだけど、やっぱ苦手だなー」

「トレビオで飲んでたお酒は大丈夫だったの?」

「あれね! あっさりしてて飲みやすいの! 危ないよねー。まー、うちはすぐに酔いが回るから関係ないけど……」


 メルトは語りながら徐々に顔が赤くなっていった。

 そしてジュースを一口飲むと、話を戻す。


「ともかく! やっぱりうちはコーヒーは苦手だなー。おいしそうに飲むルノくんを見ると子供に見えないよー」

「メルトさんは逆だね」

「辛辣な! うちは童心を忘れず生きてるだけだよ!」


 口をとがらせるメルトを見てルノが笑っていると、ふと横に人の座る気配がした。

 振り向くと、先ほど見た女だった。


「やあやあ、歓談中すまない。もしかして旅人かな? 楽しそうな声が聞こえてつい話しかけたくなってしまった」


 女は頬杖をつき、ルノたちをじっと見つめる。


「実は私もここの人間じゃなくてね。研究のために来たんだけど……って、怪しいか。まず名乗るべきだった」


 女は背を伸ばすとどこかオーラを感じる様子へと変貌した。

 ルノはその様子にまたレクスのような感覚を覚えた。


「私はノモト。学者ね。この町には英雄伝承を調べにきたんだ」

「ぼくはルノ」

「うちはメルトねー。伝承を調べるっていうけど、ノモトは民族学者?」


 ルノたちの名を聞くと、ノモトはまた砕けた様子に戻った。

 そしてメルトの質問に答えた。


「うん。文化を調べるのもあるけど、それともう一つ、歴史の方も研究しててね。そっちも得意かな」

「ふーん」


 メルトはそれだけ聞くとジュースを飲み干し、追加の注文をした。


「ノモトさん。英雄伝承ってなに? トリト様のこと?」


 この町に調査に来るということはトリト教に関するものだと思い、ルノは質問する。


「そうだよ。この町で特に重要視される内界の英雄トリト、その伝承を調べてるんだ」

「すごいね」


 ルノはノモトの全身を見て、学者のオーラはこんな感じなのかと目を丸くした。


「あ、この格好気になる?」

「うん、見たことない」


 ルノが服装を見ていると、ノモトは手を広げその服装をルノに見やすいようにする。


「これはスーツって言ってね。私の国の正装。家族に買ってもらったんだ」


 ルノはそう語るノモトの声に懐かしむような、遠いどこかを思うような暖かみを感じた。


「大切な一張羅なんだ」

「かっこいい服だね。スーツ」


 ルノがそう言うと、ノモトはルノの頭を撫でた。


「ありがとう、ルノ。君は私の甥っ子によく似てかわいいな」


 ノモトが頭を撫でていると、横でジュースを飲みながらメルトがその様子をじっと見つめていた。


「それで、ノモトは町に疎外感を感じてたから話しかけたって言うの? この辺りなら観光客もほどほどにいるんじゃない?」


 メルトは顔色を変えず、ジュースをまた飲み干し、弾くようにコップをカウンターに置いた。

 ノモトもまた頬杖をついたままメルトの目を見る。


「やっぱ怪しかったか。大丈夫、変人かもだけど、悪人じゃないから。本当に楽しそうで話しかけたかっただけ」

「あっそ、じゃーそういうことにしとくよ」


 メルトは今度はフルーツケーキを頼むと、壁にかかっている絵画を見始めた。

 ルノは二人の会話が途切れたのが分かると、ノモトに一つ問いかける。


「ノモトさん、伝承って、どういうのがあるの?」


 いつものように単純な興味から出たものだが、今回は少し別の考えもあった。

 神と崇められたトリト、その実態を知ることがマクマルの言う神への信仰や、もしかしたら同じ白髪であるメルトに繋がると考えたのだ。


「うーん、そうだなぁ、教えてあげたくはあるけれど、タダで教えるのはねぇ」

「話を聞きたいなら条件がある」


 ルノはノモトを見つめ首を傾げる。


「条件?」

「そう、条件はずばり、この町のいろんな伝承を住民から聞いてみる事」


 ノモトは人差し指を立てると、ずいっとルノに近づきその黒い瞳で濃紺の瞳を見つめ返す。


「私も一人で聞き取りしようと思ったんだけど、資料集めと一緒にやるには割ときついんだよね。手伝ってくれたら教えてあげるよ」

「わかった」


 ルノは迷わず返事をした。ノモトはルノの食いつきを見ると笑い出した。


「早いな! うん、その意気やよし!」


 そして、ルノに右手の小指を差し出す。

 ルノが戸惑いつつも同じようにすると、ノモトは指を交差させる。


「指切りげんまん。嘘ついたら……そうだな、教えてあげない」

「これは?」

「これは約束のおまじない。本当は嘘ついたら針を千本飲ませるぞってやつ」


 ルノが衝撃を受けたように目を見開き、口をぽかんと開けると、ノモトはまたもや笑った。


「ごめんごめん、そんな大したもんじゃないから。ルノは町の人から話を聞くだけでいいよ」

「うん、約束する」

「よし、じゃあ私はもう行こうかな」


 ノモトは代金を机に置くと、紙を一切れ取り出しペンで何かを書きだした。

 そして、それをメルトの手に潜り込ませる。


「じゃあ、ある程度情報が集まったと思ったらこの紙のところに来てね」

「渡したよ。メルト」


 紙を渡したと思えば、ノモトは笑ったままメルトの肩に手をかけ、耳元に近づくと何かを囁いた。

 その言葉を聞くと、メルトは目を細め、ノモトの手を払う。


「……今からケーキ食べるから邪魔しないで」

「はいはい、ルノ、メルトまたね」

「うん、またね」


 ルノは二人の間になんの会話があったのか気になったが、詮索すべきではないと日記を書くのだった。





 夜中、暗い空の下、メルトは町を歩いている。

 ルノが寝静まったのを見計らい、分身を置いてきたものの、心配がなくならない。


 高山地帯特有の冷たい空気の中、目的地にたどり着く。

 分身の限界を超えた距離だったらおそらく無視していたかもしれない言葉、だが、もしもを考えれば避けられない事だった。


『今日、ちょうど神仕者の様子を見られる。旅人なら直接見ておくべきだ。この時間にここに来るといいよ』


 神仕者、この町の治安を保つ者――善のシステム。


 メルト自身の知る情報は少ない。

 なぜなら、罰された人が詳細を語ることはなく、その異質さから最近は動くこと自体が少ないと聞き及んでいたからだ。


 そんな謎の多い神仕者を見る事ができる。ノモトがなぜそんなことを知っているかは分からない。罠の可能性だって考えた。

 しかし、実際ユンデネは平和そのものであることから、神仕者は詳細が分からないだけで存在することが分かる。


 もし、ノモトが襲い掛かろうと、それを神仕者が罰するはずと考えたため、メルトはその言葉を信じる事にした。


 もっとも、ノモトが言葉通りの学者でないことはその姿を見たときに直感で分かっていたのだが。


「あんな戦い慣れてそうに常に周囲をみてるやつが学者なわけあるかってーの」

「吸血鬼狩り……いや、それにしてはどこか格みたいなのがあったし、ハンスみたいな冒険家……だと正体を偽る意味が分かんないな……」


 メルトはその正体を予測しつつ、夜道を歩く。

 先ほどから独り言が止まらないが、一切人に出会わない、いる雰囲気すら感じないので、気にすることはなかった。


「おや? 夜道に女の子が一人は危ないぞ」


 メルトの背後から突如声が聞こえる。

 メルトは驚くも、反射で武器をだすことはなく、ため息をつく。

 そして腰に手を当てゆっくりと振り返った。


「ノモト、あんたが呼んだんでしょうが」

「ああ、そうだったね。メルト」


 そこには昼間と変わらず、上下黒いスーツのノモトがいた。

 わざとらしく手を広げ驚いたふりをすると、にやけた顔で通りを外れた方面を指さす。


「私に関して気になることは多いだろうけど、ひとまず見に行こう」

「怪しさが主成分だけど、仕方なく来たんだからねー」

「そんな怪しいかな?」


 ノモトはメルトの前を歩き始めると、襟を正した。

 メルトは最悪の場合を想定しつつ、ノモトと分身、両方に意識を割くのだった。

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