信じるもの達
ユンデネへの道中、ルノたちは行き倒れの神父見習いマクマルと出会った。ユンデネへと向かうと言う彼に、ルノは一緒に行こうと提案する。
こうして、ルノたち三人でユンデネを目指すことになった。
現在は夜。少し開けた土地を見つけたので、焚火を囲みつつ、メルトが見張りをしていた。
ルノはというと、焚火の光に照らされながら、今日の日記を書いていた。
「『今日はマクマルさんに出会った――山の中でも、赤くもえる火はいつもあたたかい――』」
「おや、ルノ様、それは日記と、こちらの焚火でしょうか?」
ルノが日記のページの隅に焚火の絵を描いていると、マクマルが横からのぞき込む。
日記には、これまでと同じ文章と、隅に小さな絵を描くようになっていた。
「うん。もともとメルトさんにもらって日記を書いてた。絵は友達に教えてもらった。あといらないからって、このいろんな色のペン? も貰った」
「珍しい筆だとは思いましたが、そういった友人がいるのですね。なるほど、納得しました! それに絵画というものはいいですね! 私もトリト様の御姿をそういった形で見るので好きです!」
マクマルはそう言って、懐を探り始めた。前はキーホルダーが出てきたが、今回は本が出てきた。
「これはトリト教の教典なのですが、このページに……あった! これがトリト様の御姿です! 美しいですよね! その御姿は再生、願い、希望の象徴ともされるんですよ」
描かれていたのは少女だった。見開きの片側に人物画、横には見た目の詳細が書いてある。ここまで細かく書くものなのかと、ルノは食い入るように読んだ。
「すごいね。それに白い髪の毛ってメルトさんみたい」
「ですよね! いやー白髪って珍しいので驚きました! 初めて見たときは息をのんじゃいましたよ!」
ルノはメルトの髪色が珍しいことは知っていたが、これまで意識することがなかった。
しかし、マクマルの教典を見て、改めてメルトという存在の外側を見つめなおしたような気がした。
「ここに書いてある、内界の英雄って?」
ルノはトリトについての詳細のうち、「内界」という単語に意識を向ける。
「内界ですか? 内界とは、この世界とつながっているとされる異界のことですよ」
「いかい?」
「そうです。詳しいことは学者ではないのでわかりませんが、トリト様は内界の英雄なのです。トリト教の始まりはその内界からやってきた内界人だといわれています」
そう語るマクマルは絵を熱心に見つめ、虜になっているようだった。
ルノはその目に、宗教というものの一部を見た気がした。
「マクマルさんは、宗教が生きる目的?」
ルノは、今回はある程度の予想を立ててから生きる目的を尋ねる。
マクマルはその質問を聞くと目を閉じた。
「そうですね……私は確かにトリト様に恥じぬように生きていると言えます。それはつまり、トリト様を目標にして生きている。あまり考えたことがないですが、仰る通りですね!」
「そうなんだ」
自分では深く意識することなく、それでも確固たる自分の軸を持った人間、ルノはマクマルがそういう人間なのだと印象づけた。
「ともかく、メルト様はユンデネでも歓迎されると思いますよ! ルノ様も付き人とされるかも!」
「うーん、ぼくはそれはいいや……」
ルノはトレビオで散髪後に女の人に大量に話しかけられたことを思い出してげんなりとした。
◆
翌朝、山道を歩くルノ一行は早速鳥型の魔物との戦闘に巻き込まれていた。
メルトはマクマルがいることで血を使わずに氷の鎌や礫などを用いて対処していた。
メルトは上空から急降下する魔物からルノを守るべく傍を離れない。マクマルは少し離れた位置でなにやら詠唱をしていた。
「マクマル! そっち行った!」
「任せてくださいメルト様!」
「『小さくも闇を照らす光』」
メルトが叫ぶと、鳥型の魔物が旋回した。
マクマルは手に持った教典を媒介に魔法の光を放つ。その光は収束し魔物に照射されるとその肉体を瞬く間に包み込む。
光が消えると、どこか毒気を抜かれたようにぼやーっと飛ぶだけの魔物がそこにはいた。
魔物はルノたちから顔を背けると、遠くへと飛び去って行った。
「うわ、すごいなーそれ」
メルトはその様子を見ながら氷の鎌から手を放し溶かした。全体が水となり、手から零れて地面に吸われていく。
「マクマルさん、それはどんな魔法なの?」
ルノもまた魔物の様子を見ると、目を輝かせながらマクマルへと駆け寄った。
「これはですね、簡単に言えば善の光なのです! トリト様への信仰によりその高潔な御心を表すように、触れた相手の善なる意識を引きずり出すのです!」
「先ほどの魔物はおそらく腹を空かせ気がたっていたのでしょう。そこに慈悲でもあるこの光を浴びせる事で争いの心を消し去ったのです!」
教典を大事そうに両手で抱えると、マクマルはまた祈りを捧げた。
「えー、なんかそれって押し付けがましくない? 本当に魔物がそう思ったって言うわけ?」
メルトは腰に手を当て、目を細めている。
「はい、もちろんです! 生きるものはなんであれ、善の心を持っているのです!」
マクマルは満面の笑みで答える。まるで一切の悪を排除した思考である。
ルノはマクマルのその考えを頭でぐるぐると巡らせていた。
少し前までのルノだったら、マクマルの善性への考えに頷いていただろう。
しかし、フラレスでの経験が、その純粋な気持ちに変化をもたらしていた。
人は、ひとつの考えで括る事が出来るのだろうか?
「マクマルさんの信じてる神様はそう言ったの?」
ルノはその考えの根底にある宗教、特に崇められるものに要因があるのかもしれないと考え、その濃紺の瞳をマクマルに向けた。
「そう言った……? そうですね。教典によれば、トリト様は生命への尊重を忘れない、大変慈悲深い方であったとの記述があります。無意味に奪われていい命があってはならないとも仰ったそうです」
「魔物であろうとその命は無意味に奪われるべきではない。それを踏まえれば、やはり善性の心があると考えてもおかしくは無いでしょう」
少し飛躍した考えのようでもあるが、ルノはその考えに概ね納得した。
ルノ自身、そう信じたかったのかもしれない。
「まー、うちはその考えがどうとか、否定も肯定もしないよ」
メルトは前を歩きながら振り返ることなく言った。
そして、なにかに気づいたようで、一点を見ると、ルノたちに振り返る。
「ユンデネ、見えるよ!」
「ほんと!」
「おお! ついに!」
ルノはメルトの手に招かれ、その方向を見る。
ルノたちがいるのは、町よりも少し高い位置だった。
見下ろして見えたのは建物の多い町の入口。
そして入口から遠くに行くに連れて家が点々と、バラけた配置になっている様だった。
そして何よりも、大きな教会が強く存在感を放っていた。
どこか家同士に距離感も感じるが、なにか共通点はあるのだろうか。ルノはそう考えると、深く息を吸い込み、その目に景色を焼き付けた。
「マクマル、割と町に近い位置で倒れてたじゃん」
「いやー、お恥ずかしい」
メルトはと言うとマクマルを軽くからかうと、町の方――特に教会の方を見つめている。その目は鋭くも、奥に不安が見えるようで紅色が揺れている。
ルノはその様子に不安も感じつつ、マクマルがまた神に祈り始めるのを見て気持ちを切り替えるのだった。




