実感したもの
「――まさか、主レベルのものがいたなんて、もっと報酬をだそうか。そのもう一人にも」
「いやいや、いいよ! サインもらっちゃったし。あいつはどっかいっちゃったし」
エルネからの依頼を達成し報酬を手に入れたルノたちは、どんな風に戦ったのかの詳細を問われていた。
アーヴァンスについて深く話すことはできないが、協力者がいたことについては話した。エルネはかなり巨大な個体がいたことに驚いた様子だった。
「それに、ルノくんの学びになるものがあったみたいだし、うちも強くなったからね!」
「うん、いろいろ考えて頭がよくなった」
「そうか」
エルネはそれを聞くと、飲み終わったカップを片付け、ルノたちに振り向く。
「じゃあ、私のアトリエでも見ていくかい? 報酬と言える程のものではないが」
それを聞いたメルトが即座に食いついた。
「いいの!? うち、有名人の仕事場ってみてみたかったんだよね!」
「ぼくも気になる……!」
二人の返事を聞くと、エルネはすぐに手を洗う。
「よし、じゃあ着替えたらすぐ行こう。ちょっと待ってて」
そう言ってエルネは自室へと駆け上がっていった。
◆
「ここが私のアトリエ、あまり片付けてないのは……ごめん」
そう言ったエルネによって開かれた扉の向こうへと足を踏み入れると、描き終えたらしい絵の数々に、真っ白なキャンバス、その他にも彫刻など、様々な芸術品が至るところに置かれていた。
中は少し暗めだったが、エルネが魔導灯をつけると、壁自体にもカラフルな装飾がされているのがわかった。
「すごい……!」
「うっわ、これ全部エルネが作ったんだよね。めっちゃあるじゃーん!」
メルトはしゃがみこんで作品をじっと見つめている。
ルノはそんな多くの作品の中で、一つの作品に目を奪われていた。
「エルネさん、これは?」
「これか、これこそ今回の依頼に至った要因だ。光り輝く黒……それと多くの色を掛け合せたかった」
それは、フラレスの風景画だった。しかし、ただの風景画にしては色合いが暗く、手付かずの空の白さも浮いた様子だった。
まわりには、黒色に塗られたキャンバスが多く散乱している。
ルノがこの未完成の絵に心を奪われたのは、町の一つ一つ、細部まで人の生きる様子が見えたからだ。
この絵は夜景を描いたもの。夜景といっても深夜ではなく、日の落ちた直後だろう。人々が明かりを灯し、町が生きているように見える。さらに、町自体がひとつの生き物として、海の先を見つめているかのような、そんな印象だった。
「何となくわかったかもしれないけど、これは夜景なんだ。でも、空の色に苦労してね、だから、あの黒を使うことにした。本当は黒をあまり使いたくはないのだけど」
エルネは画材を取りだした。中にはルノ達が持ってきた墨からもう作り出したらしい黒色の液体もある。
そして、ルノの前で空を描き始めた。
「黒が全てを塗りつぶさないように、様々な色と調和するように……こうやって塗ろうと思って」
それは圧巻だった。絵筆を取りだしたエルネは、ひたすらに黒や青、赤、黄……多くの色を重ね、空を描く。
塗るごとに色は形をなし、夜空の光を映し出す。やがて、黒と言うには明らかに言葉が足りないような、そんな空が出来上がった。
星が輝いている。この空を見たことがある。ルノがよく見上げ、物思いにふけるあの空だ。メルトと出会った夜、昨晩彼女の弱さを受け入れたあの夜、変わらず上で広がっていた空だった。
「黒はそのままじゃ他を潰してしまうけど、ものは使いよう、私ならこんなに綺麗に扱えるのさ」
「すごい……本当の空みたい」
「うわ、これうちらが取ってきたやつ使ったの? すご!」
いつの間にかメルトも夜景に目を奪われている。
そして、この絵を見ながら、ルノは考えていた。
なにも、この世界はいい事ばかりではなく、黒が多ければ他を塗りつぶしてしまうように、ひとつの色で出来たものではないのだ。
フラレスに来た時、メルトが地図を読めた時におぼえた痛み、それは、メルトの成長による自身の存在価値の揺らぎや、嘘をつかれたことを感じとったことによる悲しみだった。
アーヴァンスの悪意、その黒ですら、ルノにとって欠かせない経験の一部となるのだ。
それらを受けいれ、この絵のように混ぜ合わせることが、成長することであり、成長することで、世界が広く見える。
ルノはそれが自身の生きる目的探しに繋がると感じたのだ。
「ぼくも……文字でこういうことできるかな」
ルノが絵を見ながら言う。
メルトとエルネはそれを聞いて微笑んだ。
「いいねー、日記で景色を書くときに色に注目するとかいいんじゃない!」
「そうだな。文字も芸術となる。君が見た世界を言葉で追体験させることが出来れば、それは君の言う記憶の継承に繋がるだろう」
ルノはそんな二人の言葉に、日記を書くことへの意欲を強く大きく高めたのだった。
◇
『△月△日 今日はエルネさんの絵を見た。いろんなこともあったけど、人にはたくさんの考えがあって、ぼくのまだ知らないことがたくさんあると思った。エルネさんの絵は、黒があるとわかんないくらいきれいで光ってた。いつかアーヴァンスさんのこともわかりたい。そういえば、ハンスさんが話してくれた話とここの魔物のお話が似てる。それも今度会ったら聞いてみたい。次はユンデネに行くから、マスターの言ってたコーヒーと、メルトさんの探してるなにかを見つけたい。 ルノ』
◆
時はルノたちがフラレスへの旅路を進んでいる頃、日輪の騎士レクス・レオンハートはトレビオへと到着していた。
「――そうですか。ありがとうございます」
「吸血鬼狩りの女の子がいたのは確かだが、特に吸血鬼が討伐された様子もないか」
町での聞き込みによれば、吸血鬼狩りと思われる格好の少女がいたこと、町から離れた廃墟にて何者かに暴行された不良がいたことなどが分かった。
吸血鬼が殺されたと言った情報はなかった。
「二人は大丈夫だったようだね」
吸血鬼がもし狩られていたとすれば、彼ら吸血鬼狩りはそれを大々的に公表する。
吸血鬼の排除による人間社会の平穏、一応それを掲げた組織であるためだ。
しかし、おかしな点もある。吸血鬼狩りが組織的に動き出したとして、メルトが標的なのは確かだが、大々的に動く程の事だろうか。これまでは数人組で行動する吸血鬼狩りしかいなかったというのに。
レクスは剣の柄をトントンと指でたたいている。これは、彼が考え事をする際の癖だった。
やがて思い立ったように、後ろに振り向き王都へと帰還しようとした時だった。
「お? まさか魔法騎士か? 珍しいもんだな」
声に振り向くと、そこには何やらエプロンをつけ、大きな紙袋を持った男がいた。
「そうですね。こちらには驚異的な魔物も現れないので、あまり騎士が派遣されないですし」
レクスがさわやかな笑顔で返すと、男は軽く笑った。
「まぁそうだな。ここには俺もちょっと休憩するつもりで来たからな。なんの縁か、喫茶店で働くことになっちまったが」
「そうなんですか。普段は何をなさっているのですか?」
「冒険だな。いろんなやつから依頼を受けて稼いでどっかへ行くってのを繰り返してんだ」
それを聞くとレクスは目を見開く。そして男の肩をがっしりとつかんだ。
「もしかして、冒険話とかあります?」
男は急変したレクスを怪訝そうに見つめるも、すぐに息をついた。
「あるぞ。なんだお前さん冒険譚でも好きなんかい?」
「ええ! 少し聞かせてもらえないでしょうか!」
「まぁ、店の売り上げになれば話してやらんこともないな……俺はハンス。あんたは」
ハンスがそういって右手を差し出すと、レクスは子供のように目を輝かせながら、いつにも増した笑みを浮かべ、手を握り返す。
「レクスです。ここではただのレクスとして呼んでいただければ」
レクスはこうして、喫茶こかげへと赴くこととなった。
◆
トレビオにてハンスと出会ったレクスは、その冒険譚への興味から、喫茶こかげでの注文と引替えに話を聞こうとしていた。
「――ほい、コーヒーだ」
「いただきます。ん、美味しいですね」
「だってよマスター」
レクスはコーヒーとシチューを頼んだ。急いで何日も走ってきたため、お腹が空いていたのだ。
マスターはレクスの感想を聞くとカウンターで足元を踊らせている。
「じゃあ……約束通りなんか話してやるか」
「お願いします」
「そうだな……最近ほかの奴にも話したんだが、フラレスでの湖の主退治の話なんてどうだ?」
ハンスはカウンター越しにレクスに提案する。
「いいですね。あのあたりの魔物といえば、オクトライトでしょうか」
「お、さすがに詳しいな。湖の主、生息地帯の魔力濃度が高いことで生まれた異常個体。そいつが沖の魚をがんがん食っちまうもんで、俺と仲間で討伐したんだよ――」
「――そんで、エリオットが魔法で特大の串を作ったのをゴードンがぶん投げた。そしてあらかじめ魔力を練ってたクライムが雲を利用して雷を落としたんだ。それでいい感じに焼けたから、足を食ったんだが、それが美味くてな……みんながまだ戦えればまたどっかの魔物と戦いてえな。一番最初の仲間たちだからな」
ハンスがどこからか取り出した酒を飲みながら語るのを、レクスはシチューを食べながら真剣に聞いていた。
「すごいですね。魔法の秀でた方がそろっている」
「まだ戦えれば、というのは……失礼ですが、どなたか亡くなったのでしょうか」
レクスが申し訳なさそうに眉を下げながら言うと、ハンスはそれは違うと言って笑った。
「単純にエリオットが腰をやっちまってな。フラレスの方に家族がいるってんで、定住したんだよ」
「俺らは別の町を拠点にしてたんだが、エリオットだけはフラレス出身で、家があったんだ。もともと絵を描くのが好きだったからな。絵のために冒険してたようなもんなんだ。腰やっちまって絵を全然描けなくなっちまったが、娘さんが絵を描くようになってそれを見るのが楽しいんから冒険はやめたんだとよ」
「なるほど」
そんなこんなで料理を食べ終えた後もいくつかの冒険について語ったハンスと、それに夢中になるレクスなのだった。
◆
「それで、内界とこっちを行き来できるやつってのはいないの?」
「そうですね。われらが教祖は内界の英雄ではありますが、二つを行き来する能力を持つものが現れたのはさらに後の出来事だと伝承では伝わっているので……」
「そう……」
ここはユンデネのとある教会。そんな教会の椅子を借り、神父に話を聞いていたのは、ルズニア国魔法騎士団団長ノモトだ。
吸血鬼狩りの持つ魔道具について手がかりがないかと話を聞いたものの、どうやら何もつかめなかったようだ。
ノモトは、ため息をつき、シャツの第一ボタンをはずした。
「ところで、ノモト様は英雄伝承を研究なさっている学者様とのことですが、やはりフィールドワーク、とでも言いますか、町をめぐることが多いのでしょうか」
「え? あー……そうそう。いろんな町に行ってー話聞くの」
「なるほど、我々からは特にこれといった話を伝えられず申し訳ない」
神父が頭を下げるのをみて、ノモトは手をひらひらと振る。
「あーあー、いいって、新しいことがないってことも情報だから」
ノモトはそう言いつつ、少しほっとしていた。国の魔法騎士、それも団長が国からの要請もなしに嘘をついて町に来ていることがバレてはまずいからだ。
だが、何も嘘ばかりではない。実際にノモトは過去の伝承などを個人的に調べていた。
それはある目的のためだった。
「まあ、まだ町には滞在するんで、聞きたいことができたらお邪魔するかも」
「ええ、いつでもいらしてください。あ、礼拝中は対応できないのでご容赦を」
「わかってるよ。それじゃ」
ノモトはまた神父に軽く手を振り教会を出る。そして自身の泊まる宿までの帰り道、歩きながら教会へ振り返るとぽつりとつぶやいた。
「いつになったら帰れるのかね」
そのつぶやきは誰にも届かなかった。




