諦念・噴出・一転
エルネの依頼達成のため、離島へとやってきたルノたち。
アーヴァンスと出会いつつ、迷い森を攻略し、ついに魔物と対面した一行だったが、森の魔力により、全く攻撃が意味をなさない。
ルノはそんな魔物を攻略できないか、なにかヒントがないかを、これまでのフラレスでの会話から考え続けていた。
「どうやってあれを倒せばいいんだろう……」
アーヴァンスの銃弾に炎、メルトがダメ元で放った雷の針もまるで通らない――正確には通っているが、ダメージとしては小さく、すぐに再生されてしまっていた。
メルトも全力を出せる状態になく、氷の鎌により、魔物の足を振り払うのに精一杯だった。
「うちの血が使えたらボーンってやってドカーンって出来たかもなんだけどなー!」
ルノの横でメルト二号(分身体)が小さく吠える。
現在の状態では、メルトはその力をほとんど発揮できておらず、簡単な魔法しか使えていない。
アーヴァンスは足の薙ぎ払いを回避しつつ、弾を撃ち、そこに炎を撒き散らす。
「弾が通らねェ!」
しかし、これもすぐに再生されてしまった。
「どうやってこんな魔物を倒したんだろう……」
数年前に湖の主を倒したという冒険家。雷がまるで効かないというのに、天の雷で倒したと伝わるのには、意味があるはず。
ルノは店員との会話や、町を見た記憶を思い出し続ける。
町に入って景色に驚き、町並みを見た。
詳しく思い出す。
段が連なり、家が立ち並ぶ町……そして、ところどころには謎の棒があった。
「棒……?」
あれは一体なんだったのだろう。ルノは、今疑問に思うところではないのではとも思ったが、少しでも現状を打破するものにならないかと考え、口に出す。
「メルトさん、町にあったおおきい棒ってなに?」
「い、今聞く? えっと、ごめん普通にうちもわかんない」
メルトは分身体と本体で思考を分割しているため、かなり脳に負荷がかかっている。ルノは、これ以上メルトの考え事を増やしてはならないと、次はアーヴァンスに大声で問いかけた。
「アーヴァンスさーん! 町にあるおおきい棒ってなにー!?」
「おおう!? なんで今なんだァ! あれは避雷し……あァ!」
アーヴァンスがなにか思いついたかのように叫ぶ。そのまま魔物の攻撃を避けると、後ろに下がる。
「ありゃ避雷針だァ! 雷をあそこに集めて他に落ちるのを防ぐんだよォ!」
「避雷針……!」
ルノとアーヴァンスは全く同じことを思いついたようで、目を合わせて頷いた。
「おいメルトォ! 雷を呼び込めるかァ!?」
「はー!?」
「向こうの空にある雷雲だよォ! お前、魔法の練度を見る限りできるだろォ!」
そう言ってアーヴァンスが銃口を向けた方向には、確かに黒い雲が見える。ゆっくりと進んでいたが、あれは雷を内包した雲だ。
「風の流れを作って雲を持ってきたりはできるけど、雷が落ちるかは運だよ!」
「それは俺が何とかするからやれェ!」
「なんか癪に障るけどわかった!」
メルトはそう言って手のひらの上に魔力を溜める。
アーヴァンスも、手に持った拳銃に魔力を込めている。
「俺を上に飛ばせェ!」
「ッ! 指示多す、ぎ!」
メルトは、片手で魔力を溜めつつ、もう片方の手でアーヴァンスの足元から上に強風を起こす。
一気に巻き上がる風でアーヴァンスが上空へと投げ出される。
「おおう! 刹那的にいい仕事だぜェ! メルトォ!」
「意味わかんない! 早くして!」
「黙ってみてなァ! 『杭撃ち!』」
アーヴァンスがそう叫び、銃弾を放つ。
放たれた弾丸から現れた恐ろしい長さの杭が真上から魔物に直撃、足などをひとまとめにして突き刺さる。
「再生しちまうってことは、簡単には抜けねぇなァ!」
アーヴァンスの言った通り、魔物に貫通した杭はすぐに再生する体に巻き込まれ抜けなくなる。
身じろぐ魔物は、絡まれた足が瞬く間に再生し、暴れている。
「あー、棒って避雷針かー! なるほど!」
メルトは魔力を溜めきったようで、アーヴァンスの撃ち込んだ杭を見て考えに至ったようだ。
そして、溜めた魔力を使い、上空に強風を巻き起こす。
風が吹く。冷たい空気がルノの頬を撫で、上空は黒く濁っていた。
「――雲よー! こーい!」
メルトがそう叫ぶと、雲が光り始めた。ゴロゴロと音をたてている。
それを聞くと、アーヴァンスは杭の上に立ち、真上に銃口を向ける。
「雷サマが落ちるには魔力の導線が必要だよなァ!」
アーヴァンスが銃弾を上空に撃ち込む。その弾の後ろには、細い魔力の線が通っている。
撃ち込むと同時に、アーヴァンスが急いでそこから離れた。メルト一号がルノの元に駆け寄る。二号は分身がバレぬように離れていった。
そのまま一号がルノの耳を塞ぐと、雲が光り、轟音と共に杭へと雷が勢いよく降り立つ。
一瞬にして魔物の体内部に電気が流れ、やがて焦げたような美味しそうな匂いと共に、焼けた魔物が残った。
「やった!」
メルトが小さく喜ぶ。しかし、ルノはハッとした。
「これ、墨は大丈夫なの?」
「あー! た、たしかに……!」
メルトが慌てていると、アーヴァンスが魔物を睨んだ。
「まだだなァ」
「え?」
ルノが声を漏らすと、魔物が動き出す。
「まだ生きて……!」
「いや、もう死ぬ。核は死んでるからなァ。まだってのは、まだ最後の足掻きがあるってことだァ」
魔物はあたりに足を振り回し、存分に暴れる。しかし、やがて動きが鈍くなり、最終的に動かなくなった。
アーヴァンスはそれに近づくと、脆くなった皮膚に銃弾で穴をあけ、大きな内蔵を取り出した。
「うぇー」
メルトはそれを見て気持ち悪そうに顔を歪める。ルノも少し目を逸らした。
「お前らは墨が欲しいのかァ? よかったなァ。もう少し強い雷だったら内蔵がやられてたかもしれねェ」
「あ、ありがとうアーヴァンス」
メルトは、予めエルネから受け取っていた袋にそれを受け取ると、素早く口を閉めた。
「よし! なんとかなったー! みんなナイスだー!」
「やったー!」
「おおう!」
こうして、魔物も討伐し、墨を手に入れたルノたちは無事にエルネの元へと素材を届けに行く。
「――なんて、終わりなわけねぇだろォ?」
「ッ!」
瞬時、アーヴァンスの早撃ちがメルトを襲う。
間一髪で避けた様に思えたが、メルトの本体の左肩に弾が掠った。
アーヴァンスの射撃速度がメルトの反射を上回ったのだ。
「いった……!」
慌てて分身体はルノを庇うように立ち塞がる。
本体の方は掠っただけにもかかわらず明らかに大きすぎるダメージを受けていた。
「銀の弾丸! 避けたと思ったのに……!」
「あぁ、ずっともう一人いると思ってたが、隙がなくて困ってたんだァ。本当、ここで初めて背中を見してくれて助かったぜェ」
メルトは肩から血をこぼしながら、その血で鎌を作り出す。
「おいおい、やめとけよォ。そんなの刹那的にしか意味がねぇだろォ?」
「うるさいな……黙れよバカロン毛……!」
ルノはその光景を見ながら体を震わせていた。なんで、どうしていきなり?そんな思考の中、アーヴァンスはまとめていた灰色の髪をほどき、風に揺らした。耳には十字に象られたピアスがついている。
――吸血鬼狩りだ。
「あー、まさか町の方で見た奴らが同じ宿でよォ、俺がやりてぇ魔物を倒そうとしてるなんてよォ! ついてるなぁおいィ!」
「あの時の……! 最悪だ!」
メルトが警戒を怠ったわけではない。
ただ、アーヴァンスの切り替えが、魔物を一緒に倒した親近感が、たった一瞬、刹那の隙を生んでしまったのだ。
「まぁ、ルノの坊主は殺さねぇから安心しろォ。俺は人間は殺さねェ」
そう言ってアーヴァンスはメルトに銃口を向ける。分身体がやられても、本体の方が生きていれば時間はかかるが、なんとか再生できる。
しかし、傷を受け、今銃口を向けられているのは本体である。分身体を元に戻そうにもそんな隙はない。
メルトはアーヴァンスの目を見つめる。
「…………本当にルノくんには何もしない?」
「当たり前だァ。俺が人を殺したのはオヤジで終わりだからなァ」
「その約束、守ってよ」
メルトは力なく項垂れた。分身体も動こうとしない。血の鎌は崩れ、液体へと戻っていく。まるで抵抗する気はもうどこにもないと言わんばかりに、自分はもう死んでもいいとでも思っているかのように。
ルノの体が震える。動悸がする。メルトを見つめこわばる口を必死に動かす。
「え、なんで、待ってよメルトさん」
「ごめんね、ルノくん。ほんとはもっと遠くまで連れていきたかったけど、ダメみたい」
「楽しかったなぁ……」
メルトは目を合わせず、下を向いている。
ルノはそれを見ているだけ。
それでいいのか?
否、いいわけがない。メルトはルノを旅に連れ出した。その行く末を見る義務があるのではないか。
この時、ルノ自身も知らなかったもの――奥底からふつふつと、マグマのように沸いて出た未曾有の怒りが噴出した。
「……待ってよ! そんな、そんなの! ずるいよ! ぼくを殺さなかったくせに! 自分はもういいや、なんて!」
「ルノくん……?」
「おおう、なんだ? 気になる話だなァ?」
ルノはメルトが見たことないほどに激昂し、声を荒らげていた。アーヴァンスは余裕の笑みを浮かべその様子を見ている。
ルノの喉は慣れない酷使により、張り裂けそうだ。
「殺す価値もないって、生きる目的を見つけろって言ったのはメルトさんだ! 旅に連れ出して、ぼくが急に言い出したことにもついてきてくれたのはメルトさんだ!」
「それに、まだメルトさんが旅をしている理由も、生きる目的も、それをなんで隠すのかもわかんない! 嘘をついて僕を遠ざけて!」
「ぼくを連れ出したんだから、責任を取ってよ! まだ全然旅してないよ! ぼくに絶対切り傷ひとつつけないんでしょ!」
「勝手に一人で諦めないでよ!」
ルノは瞳からボロボロと大粒の涙をとめどなく零している。声を張り上げ、痛めた喉は唾を飲み込むのにも痛みを伴っていた。
メルトもまた、涙していた。口を開き、呼吸は浅く、震えた体を止めることは出来なかった。その震えはまるで、孤独の悲しみと成長の実感が入り混じったような、歓喜にも程遠くないものであった。
隠れていたのか、隠していたのかは分からない。しかし、この叫びが吸血鬼の心に響くのは至極当然であった。今まで見せなかった、想像も出来なかった心の内なのだから。
肩の痛みなど、もう薄れるくらいに、それはメルトを奮い立たせる。
「……ぅらぁ!」
「あァ!?」
メルトが思い切りアーヴァンスを殴りつけた。
負傷した左肩のほうでだ。
アーヴァンスは、銀の弾丸で傷をつけた側はまともに動かせないと踏んで右腕のみを警戒していた。
そんな状態で左ストレート。まともに防御できず、アーヴァンスはもろにその一撃を食らった。
「ごめん、ごめんよルノくん! うち、絶対負けない……!」
そう言って痛む腕を抱えながら、メルトは分身体を自身へと戻す。そして、銀の弾丸によって負傷した部位のみを自ら切り離した。
メルトは、甘く苦い笑顔で、ルノへと近づく。
「ごめんね。少し血、ちょうだい。ちょっと力足りなくて」
「……うん!」
ルノの首筋へと近づき、その柔肌へ牙を立てる。チクッとした痛みは最初のみで、あとは不思議と痛くない。
血を吸うと、みるみる左肩の傷が治っていった。
吸血鬼は血を取り込むことにより、血の操作精度や再生力などの能力が上がるのだ。
「ありがとう! とりあえず……ゴミロン毛、ぶっ飛ばしてくる!」
口元を拭い、フードをルノに渡すと、メルトは血の鎌を作り出す。先程雷を呼んだ雲がまだ残っていることで、日中ながらある程度動きやすくなっていた。
「おおう、いい! いいぞォ! 俺は! こんな強敵を! ぶち殺してぇんだァ!」
吹き飛ばされた先でアーヴァンスは生き生きと、目を輝かせながら、メルトに銃口を向けた。
「絶対勝って! メルトさん……!」
白と灰が交差する――!




