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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
フラレス編

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23/30

前夜

 ハンスの紹介した依頼主エルネ。彼女の依頼内容は、画材のための魔物の墨をとってくることであった。

 魔物討伐は後日昼間に行うため、現在はひとまず宿へと向かっていた。


「ルノくん、ちょっといい?」


 町への道を歩きながら、メルトがほんの少し低いトーンで言った。


「なに? メルトさん」

「さっき地図を見たんだけどさ、きみを宿に置いておくことができなさそうなんだよね……」

「もしもの時になっちゃった?」


 ルノが上を見上げると、メルトは普段よりもキツく口を結んでいる。その真紅の瞳はいつもよりも赤い。


「うん、町の宿じゃうちの分身が距離の制限を超えて消えちゃう。だから、当日は現地の方で分身を出して戦う」

「危ないし、うちが思いついてないだけで、もっといい方法があるのかもしれないけど……それでもいい? 怖く、ない?」


 今日、ルノが見るメルトは本当に珍しく、少し弱気に見えた。

 揺れない瞳とは対象に、少し手が震えているのだ。


「大丈夫、メルトさん強いんでしょ。すごい吸血鬼なんだもんね」


 ルノは素直な気持ちを言葉にした。実際、遠い昔、お話で聞いたような吸血鬼はとても強かったものだ。


「……うん! そうだよ! うちは強い! 絶対に切り傷ひとつつけないもんね!」


 自分を鼓舞するかのように大きく宣言すると、メルトは笑みを浮かべた。





 エルネの家から歩き、ようやく町人がちらほら見えるところまでルノたちは戻ってきた。


「地味に遠いなー、エルネの家。なんであそこに住んでるんだろ?」

「森が好きなんじゃない?」

「静かな場所を好むってことね!」


 ルノは会話しながら、エルネの家に向かうまでに見た看板を思い出す。見つけた宿をいくつも通り過ぎながら、ハンスの冒険話の中に出てきた宿屋を探していた。


『あそこは値段の割に魚が美味い、ベッドはふかふか、そして窓から見える海が美しい! かなりオススメだな。フラレスに行くことがあったら一回はここに泊まるべきだな!』


 ハンスは酒を飲みながらそう言っていた。横ではフレンも、フラレスの宿なら景色がいい所がいいだろうと言っていた。

 メルトは料理に夢中で詳しい宿名まで覚えていなかったようだが、フレンと同じくきれいな景色が見えたらいいと言っていた。


 ルノはその記憶を頼りに道を進む。運良く行きで見つけていた宿だ。


「ここだ! メルトさん!」

「お、ここがハンスが言ってたとかいう宿?」

「うん」


 それは、雰囲気からして静かな宿だった。海の近くであることからフラレスではあまり見られない建材、木材を用いた宿は、どんな加工がなされているのか分からない。

 ひとつ言えるのは、開放的な雰囲気のフラレスでは浮いているため、非常に入りづらいということだ。


「……まぁ、こういうとこがいい宿だもんね! いこう!」


 そういってメルトはルノの手を引く。

 中へ入ると、外で感じた雰囲気通り、閑散としていた。入ってすぐに靴を脱ぎ、ふわふわとした床を歩き人のいない受付へと向かう。

 静かではあるが「こかげ」とは違い、立地的に浮いた場所ではないので異様だった。


「すいませーん……」


 さすがのメルトも少し控えめな風に語尾が下がっていく。

 少しすると、奥からおばあさんがやってきた。年相応に色彩の抜け落ちた髪だが、接客の精神が残っているのかしっかりとまとめられている。


「ごめんなさいね、ちょっと作業してて……宿泊ですか?」

「うん。一部屋で、景色がいい部屋がいいな!」


 メルトが受付の台に両手を置きながら言う。

 おばあさんは穏やかな笑顔を浮かべる。顔のしわがくしゃっとした。


「そうね、うちの宿は景色がいいから、どこの部屋もいいと思うけど……特に海が見やすい部屋があるからそこにするかい?」

「はい!」

「じゃあ201の番号の部屋ね。ごはんのサービスもあるし、もしよかったら部屋まで持っていけるよ」


 後ろにかかった部屋の鍵をとりながら、メルトの書いた紙をまとめると、おばあさんはそう提案した。


「ごはんはいいけど……うちが自分で持っていくよ?」

「これでも仕事だからね。そういうわけにはいかないよ」

「じゃあ、こっちで食べようかな。いいよねルノくん」

「うん」


 メルトは宿に入ってすぐ右に見えた部屋を見て言った。おそらく食堂のようなもので、夕方である現在は灰色の長髪がきれいな男のみがじっくりと何かを飲みながら壁にかかった絵画をまじまじと見ていた。


「わかったよ」


 そう言って宿内の主要な場所や注意事項などを軽く説明すると、おばあさんは深く腰を曲げ、お辞儀した。





「おお! ほんとにいい景色だー!」


 部屋に着くなりメルトは窓へと直進した。ちょうど夕焼けの時間と重なり、海に溶け込んで青と橙がにじんでいる。

 海面は光できらきらと輝き、港の船は小さな生き物のようだ。

 ルノはそれを見て、角度や構図こそ違えど、似たような絵画があったことを思い出し、エルネの言葉を思い出す。


「『芸術』に関すること……」

「あー、エルネの言ってたやつね。うちにもよくわかんないなー」

「きれいな絵をかくことが生きる目的?」


 それが結論だったとして、なぜかくことに意味があるのか、他に何かないのか。

 ルノはアーカスやトレビオでの経験に紐づけようとするも、やはり答えが出なかった。


「わかんない」


 ルノはベッドに倒れこみ、ベッドにうつ伏せになる。

 その様子を見たメルトは、窓のカーテンを閉めると、ベッドの横にかがんだ。


「へいへいルノくんやい、頭をぐりんぐりん回すのもいいけどさ、ごはんにしない? 荷物おいて食堂いこうよ」

「……うん」


 メルトはそう言って自身のフード服とルノに着せた外套を置くと、少しむすっとした顔のルノを連れ部屋を出たのだった。





 ルノたちが食堂へ入ると、相変わらず人はほとんどおらず、灰色頭の男しかいなかった。

 男はまだ絵画をじっと見つめている。


「ご飯食べたいんですけど、いいですかー?」

「ああ、さっき来てた人らか、まってな。すぐに用意できるから」


 そう言って対応したのは、ぶっきらぼうな男だった。おばあさんと同じくらいの歳だろうか、頭には円柱型の帽子を被り、黙々と料理を用意している。


「ルノくんは座ってていいよ。うちがご飯もってくから」

「わかった」


 ルノは言われた通りに席に座る。あまり机の量がないため、灰色の男と少し近い。耳元は長髪で隠れている。

 それにしても、ずっと男が絵を見ているので、ルノは少し不思議に思い男に問いかけていた。


「すいません」

「……おおう? どうした坊主ゥ」

「なんでずっと絵を見てるんですか?」


 男は急な質問にルノを見つめながらカップを傾けた。

 ゆっくりとそれを飲むと、右の頬が上がる。


「なんでってよォ、見るためだろォ? 見るために描かれたものをみてやらねぇでどうすんだァ?」

「なんで見るために描かれたの?」

「んなこと、作者しか知らねえなァ」


 男はにやけながらも答える。しかし、ルノにはまだ疑問に思うところがあった。


「じゃああなたが描くとしたらなんで描くの?」


 男は不意を突かれたように、目を見開くと後ろにのけぞった。


「あー、そうくるか、なるほどなァ……頭ん中にこびりついてるからだなァ」

「頭の中?」

「おおう、むっかしに見た絵がよォ、忘れらんねぇんだァ」


 ルノの目を見て語る男の瞳は、少し感傷的に聞こえる低い声音とは違って、虚ろだった。


「それをもっと思い出したい、そう思って形にする、俺はァ絵は描かねぇが、描くとしたらそうなるなァ」

「思い出したい……」


 ルノは自身の少ない思い出を頭から引きずり出す。


 絵本を読む母、どんな物語かを思い出せないが、その絵がぼやけて目に映る。

 子供にもわかりやすい。軽いタッチのよくある絵本、しかし、それはこの記憶の核を担う重要な要素だった。


「ちょっとわかったかも。ありがとうお兄さん」

「おおう、いいんだよォ坊主ゥ。あと、俺はアーヴァンスだ。こんな穴場の宿に来るなんて、わかってるなァ」

「ぼくはルノ。友達に教えてもらったんだ」

「そりゃいいダチだなァ、そういう人間は大事にしろォ」


 アーヴァンスはそう言うと、飲み干したカップを片手に立ち上がる。


「お前は頭がよさそうだなァ。そのままいい感じにでかくなれよォ」


 そして、カップを片付けると、ゆっくりと部屋へと帰っていった。


「おまたせー! うちがかわいいからってサービスしてもらっちゃったー! あれ、さっきの人帰っちゃった?」

「うん。いい人だったよ」

「ふーん、どんな人か見てみたかったけど、まあいいや! 食べよ!」


 この後は何事もなく、魚を使った様々な料理に頬を落としそうになりながら、ルノたちは会話を楽しんだ。

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