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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
フラレス編

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22/30

違い

 深い森の奥、ルノたちが依頼主の家へと向かうのをじっと見つめている者がいる。


「おおう、ユミアみてぇな黒だるまだったなァ!」

「俺の勘が外れたかァ? こっちに吸血鬼がいるって思ったのによォ」


 遠い木の上で、男は灰色の長髪をなびかせ、目を閉じて考えた。考えたと言っても、彼の場合行動原理は「勘」であるため、そこに合理性といったものはない。

 何も思いつかなかったのか、再度ルノたちの方へと視線をやる。

 その瞬間、メルトの視線に気づいた。少し身震いして木から落ちそうになった。


「おおう!? ははーん、やっぱりアタリかァ!?」

「少なくとも腕の立つ奴だなァ! 人だとしても殺さなきゃいい! ああ、戦いてェ(やりてぇ)!」


 男は両腕で自身を抱きしめながら、真上を見つめ狂気的な笑顔を浮かべる。


「だってのによォ、もし人とやっちまったらユミアが刹那的にうるせェ!」


 笑顔は歪み、眉尻が上がっていく。

 しかし、だんだんと真顔になっていった。


「まぁいいぜェ、この辺りには強ぇ魔物がいるらしいしなァ。それで勘弁してやるかァ」


 こうして男――アーヴァンスは、ルノたちとは逆方向、町の方へも歩いていった。





 少し早歩きになったメルトに手を引かれていると、ルノは依頼主の家にたどり着いた。


 森の中で住居とみられる一軒の家ともう一つ、大きめな納屋のような建物がある。


「ごめんくださーい! ハンス、さんから依頼を紹介してもらったんですけどー!」


 家の方のドアをどんどんと叩くも返事は無い。鳥の鳴き声のみが周囲の森から聞こえてくる。


「あれー、ほんとに留守だった感じ……?」


 メルトはしきりに来た方向を確認しながら、考えるように俯いた。


「気配は消えたか…………姿が見えれば良かったけど……」

「メルトさんなにか言った?」

「いーや、なーんにも」


 メルトの小さな呟きはルノには聞こえていなかった。

 次第にメルトは単純に困ったように眉をひそめる。


「でもどうしよっか、ハンスの話じゃほとんど家に引きこもってるって聞いてたのに……」

「あっちの方かな?」


 ルノがもうひとつの建物を指さす。メルトは、それを見て確かにと頷いてから向かおうとする。

 そのとき、その建物の方のドアが勢いよく開いた。


「やっぱり、そこらの黒じゃこの作品には相応しくない……! 」


 中から叫び声とともに現れたのは、金色の長い髪先が青く染まった女性だった。

 上下一体の格好には、いたるところにカラフルなシミがついている。


「ん……? 誰だい君たちは」

「あ、ハンスさんからの依頼で来ました……」

「そうそう、魔物の素材調達でしょー! うちがなんとかしましょう!」


 ルノは女性の勢いに押されていたが、メルトは腕に力を込め、女性に強さのアピールを始めた。

 それを見た女性は真顔でルノたちを交互に見ると、やがてハッと口を開いた。


「あーあー、依頼! 半ば諦めていたんだが、それで来てくれたのか! それにハンスのおじさんからか!」


 女性はすぐに家へと駆け寄り鍵を開けると、中へと案内する。


「すまないね、誰も受けてくれないと諦めていたから忘れていたよ。ひとまず上がってくれ」

「いいよー、報酬さえあれば! じゃあおじゃましまーす!」

「おじゃまします」





 女性に案内され家の中へと入ると、中は広く、吹き抜けによる開放感が特にルノを驚かせた。大きな窓から入り込む日差しは暖かく、メルトはフードを外しながらそれに当たらない位置になんとか調整して座った。

 ルノたちがリビングのテーブルの元へ座ると、反対側に、後から普通の服に着替えてきた女性が座った。手元に何か持っているようだ。


「じゃあ私の名前からかな。私はエルネ。絵や彫刻を作っている」


 そう語る女性はかなり若いようで、15、6歳に見える。


「うちはメルト! 旅する強い姉だよ!」

「ぼくはルノです。メルトさんは強い姉です」

「なんとも個性的な姉弟だね」


 エルネはルノたちを見つめながら少し口角を上げた。


「それじゃ、早速だけど依頼の詳しい内容について話してもいいかな?」

「いいよー」


 メルトが承諾すると、エルネは手元から何かを取り出す。

 それは、カラフルな液体を込めた大量のガラス瓶だった。そして、その中からひとつ、ほとんど中身が残っていないものを机に置く。


「これの原材料になる魔物の墨が欲しい。加工とかはこっちでできるから、私が渡す特殊な袋に墨が入ってる内蔵だけ入れてきてくれればいい」

「それって、湖の主みたいなやつ?」


 メルトが鞄についたぬいぐるみを見せると、エルネは首を縦に振った。


「そう、主レベルのものはもう居ないと思うけど、小さな個体は沢山いる」

「なんで、この魔物の墨なんですか?」


 ルノがぬいぐるみと空のガラス瓶を見ながら質問した。


「これが一番、今欲しい黒なんだ。この魔物の墨から取れる黒色は光沢がいい。それに上手く魔力をあてると光り出すんだよ」

「あそこに飾っている絵の黒はそうだね」

「えー! すご! 確かにいい黒だ!」


 メルトが黒に反応する。エルネはそれを見ると、眉が上がる。


「君の服もいい発色じゃないか。ブラックシープの黒に近い、良く練られた素材のようだし」

「でしょ! 分かる人には分かるよねやっぱ!」


 ユミアと出会った時のように黒を熱弁するメルトを見て、ルノは前回と違った考えを持っていた。

 実際にエルネが見せてくれた黒と、ここに来て様々な色を見てきたことで、ほんの少し、直感的に違うものなんだろうと感じていたからだ。


 目に見えるものにも細かな違いがあることに、ルノは無意識にこの世界の姿の美しさを感じ、感動したのだ。

 しかし、まだそれを自覚するには至っていなかった。


「それじゃあ、ともかくこのうにょうにょ足の墨を取ってくればいいんだね!」

「ああ、頼めるか?」

「まっかせてよ! うちは結構強いからね!」


 堂々と言い放つメルトに、エルネはまた口角を上げる。


「ハンスのおじさんからの紹介だからね。強いのは分かっているよ。そういえば君たちはおじさんの冒険仲間なのかい?」

「冒険というかー、トレビオでちょっと知り合ったんだ」

「メルトさん、ハンスさんと強さ比べしようとしてたよね」


 トレビオ滞在時、一度メルトとハンスが会話の流れでどちらが強いから勝負しようとしたが、ルノが慌てて止めるという出来事があった。

 ハンスはその時の会話でメルトの強さを推し量ったのだろう。


「逆にさ、エルネはハンスとどういう関係なの?」

「おじさんは、父さんの昔の冒険仲間なんだ。たまに家に遊びに来てた。前にしばらくトレビオで滞在するって言ってたから手紙屋で依頼を送ったんだ」

「だからあいつあそこに住んでる訳じゃないのに手紙きたんだー」


 ルノは、それを聞きながら頭の中の情報を引き出す。


「手紙屋さんって、魔法の力でお手紙を届けるところだよね」

「そうそう、結構高いんだよー」

「ああ、確かに高かったな。あの金でいい画材がどれだけ買えたか」


 ルノは、画材基準で金額を考えるエルネに並々ならぬ情熱を感じると、質問を繰り出した。


「エルネさん、聞きたいことがあるんだけど」

「なんだい?」

「あなたはなんのために生きているの?」


 芸術に人生を捧げているということは見てわかる。しかし、ルノはそこに至るまでの考えが知りたかった。


「うん唐突だな。いや……そうだね、それは言語化すべきなのかもしれない」

「でも、タダで教えるのは何か違う気もするな」

「そうだ。それを教えることを報酬に加えるとしよう。もちろんお金も弾むが、どうだい?」


 ルノは考える。そして、自分が聞いて答えてもらうだけでは、自分の生きる目的を見つけるには何かが足りないかもしれないと考えた。


「いいんじゃない、うちがいれば成功は確実だしね!」

「……うん、ぼくも何か考えてみたい」

「よし、ではヒントをあげよう。察していると思うが、『芸術』に関するものだ。まぁ、大層なことでもないが、報酬として、必ず答えるよ。これは生息地帯の地図だ」

「ありがとう! よーし、じゃあ今日は遅いから……明日以降、やってみせましょう! じゃあ宿に向かいます!」


 メルトはそう言って勢いよく立ち上がる。

 その言葉を後に、ルノたちは家を出ていくのだった。





 ルノくんと町への道を歩きながら、エルネに貰った地図を見る。

 町から離れた離島の方にその魔物は生息しているらしい。移動する必要性や町自体の緊急事態ではないために依頼を受ける人がいなかったのだろう。


「(この位置だと町の宿に分身を置いとくのは無理かな……)」


 分身の能力の制限には、一定以上の量を出せないことや、距離の制限、弱体化など様々なものがつきまとう。


 もちろん負けるつもりなどさらさらないが、ルノくんを戦いの場に置いた状態で分身するとなると、ルノくんを守る分身体の強さもある程度に調整しないといけない。

 

 宿にルノくんと置いておくだけなら、何かあった時に逃げることが出来ればいいし、そこまで強い分身じゃなくて良かったんだけどな……。

 知らない人には預けらんないし、野党お金もないし。


 それに離島へ向かうには昼間しかない。潮の満ち干きの関係で夜になると道が無くなってしまうようなのだ。

 夜だと魔物も活発になるだろうし……やりづらいなぁもう!


「(でも、絶対ルノくんは守り抜く!)」


 あの子に覚えた懐かしい何か、最初はその何かを持つことへの興味だったけど、今はもう違う。あの子の成長を見守りたい。


 何度でも、うちは決意するのだ。

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