裏側
時はルノたちがフラレスへ出発したころ、トレビオの南に位置するルズニア王都で、騎士団庁舎、稽古用の庭で、日輪の騎士レクス・レオンハートは腕を組み、風に髪を揺らしていた。
晴れ渡る空の下、長年踏み込まれ硬くなった土には草も生えていない。
騎士見習いが木剣を振り、汗を流すのを視界の端に収めながら、その目線の先にはただの北空が広がっている。
ちらりと、見習いのいるのとは反対側の視界端に人影を収めた。
「副団長ーちょっといいっすかー?」
庁舎外から、肩まで伸びた亜麻色の髪の少女が小走りでやってくる。フワフワとした髪は日の光に当てられ、きらめいている。
「パトレか、構わないけど、一応訓練の監督中だからね。手短にお願いできるかな? あと、『ちょっといいっすか』では他の人だと怒られてしまうし、『お仕事中に失礼します』と初めに行ってみたり、もう少し言葉遣いを正すこと」
レクスは晴れ渡る今日の空と同じくらい爽やかに笑う。
パトレと呼ばれた少女はすぐに姿勢を正すと、腰にぶら下げた鞄から手紙を取り出す。
「はいっす。じゃあこれ、ユンデネから団長の言伝っす! そんじゃ!」
「うん、あまり話を聞いていないみたいだね」
パトレがあんなふうなのはいつものことであるため、レクスは特に気にすることなく手紙を広げる。なにせ団長が自由すぎるのだ。上が規則にだらしないというのに団員には厳しく言うことはできない。
ノモトという団長はかなりアクティブに動く人で、よく一人でふらっとなにかの仕事をしに出掛けてしまう。今回も書類の山から逃げるように、ある件についての現地調査へと向かったのだ。
ユンデネは宗教的理由から国としての調査を出し渋られていたが、団長がどのように調査の約束を取り付けたのかは謎である。
ちなみに残った書類は団長の直筆が必要でない限りレクスが終わらせている。
ユンデネは王都の南東方面、トレビオと王都の距離と比べ、山脈を超える必要があるためかなり時間がかかる。
手紙がもう届いているということは、レクスですら不可能な速度でもう現地にいるということだ。素行がどうだろうと、実力ではかなわないことを痛感させられ、レクスは手紙を開く手が少し止まる。
すぐに気を取り直して手紙を読むと、あの雑さとは正反対にきれいな字が綴られている。
「――なに? 長期滞在になる?」
手紙の冒頭からそんなことが書いてある。
『レクスへ、ちょっとユンデネから離れらんないわ。ごめんなんだけど、しばらくよろしく――』
読み進めるとほとんどがコーヒーがおいしいだの、動物がかわいいだのといった内容で、レクスの笑顔にほんの少しひびが入る。
だが、最後の一文、おそらくこの手紙の必要性のほとんどを担う情報がそこに込められていた。
『――あそこの宗教自体が吸血鬼狩りに関連しているわけではなかった。焼けた森にあった十字のタリスマンは私の思った通り内界の宗教のものだと考えられる』
『君の報告にあった吸血鬼狩りの死体から回収された通信魔道具の件といい、明らかに何かが動き出している』
レクスからは珍しく笑顔が消え、手紙の最後の一文をじっと見つめながら固まっている。
レクスがアーカスにいた理由、それはカヴァロ近くにある森が不自然に焼け落ちたことの調査だった。結果、吸血鬼狩りと思われる死体とその所有物と思われる魔道具を発見した。
森にしかけられた罠から十中八九吸血鬼を追っていたと考えられること、同時期に吸血鬼に友好的な街であるトワイライトでの活動が報告されたことで、ここ十年なりを潜めていた吸血鬼狩りが組織として動いていることが分かった。
なかでも、国の魔法騎士ですら使用に制約のある通信魔道具を、吸血鬼狩りでも名前の知られたものではないメンバーが持っていたことは騎士団を震撼させた。
個人主義が吸血鬼を狩るという目的のみで集まった吸血鬼狩りという集団、それが一応組織としてのまとまりをもっていることは以前から知られていたが、通信魔道具が見られたのは初めてだった。
今回のように森を焼き払うといったものもいるために、騎士団は吸血鬼狩りを追う立場にあるのだ。
「国のどこから様々な力や魔道具を……内界へ干渉するなんて、伝説の大魔法使いにしか不可能だろうに……」
この世界の内側にあるとされる異界、通称内界、そこに干渉している時点で、吸血鬼を狩るなどといった話では済まされない状況にある。
「……よし、みんな! よく頑張った! 今日は僕に急用ができてしまったから自主鍛錬にする。各自励んでくれ!」
レクスはそう言うと、庁舎で準備をしてトレビオへと駆け出していた。
フラレス編、全然進んでません……まだお待たせすることになりそうですが、気長にお待ちください。




