酒と記憶と吸血鬼
ハンスとフレンの間にあった溝は、二人のフーラへの愛が引き起こしたものだった。その勘違いを解き、自責の念が強まった二人だった。しかし、ルノの言葉がそうでは無いと確信させる後押しとなり、前向きになることが出来たのだ。
現在は夜、ルノたち三人は店に残るというマスターは置いて、フレンを連れて、泊まっている宿に併設された酒場へとやってきていた。
「――ふーん? それで巨人の目を潰した後どうしたんだい?」
「そりゃあな、巨人が暴れ回るもんだからクライムが足を地面と一緒に凍らせちまったんだよ! そんで俺は右足の同じとこに傷をバンバンつけた。巨人の皮膚ってのは固くて傷をつけるのにも苦労したんだが、最後はゴードンがそこに一撃ズバーン! って入れてなぁ――」
フレンは、エール片手にハンスの冒険話を聞いている。彼女も冒険の話が好きだというのだから、ハンスも気合いを入れてこれまでの自分の冒険を惜しげも無く披露していく。
ルノはジュースを飲みながらその様子を見ていた。
メルトはというと……
「ルノく〜ん! これ美味し〜い!」
またベロベロに酔っていた。ルノを膝に乗せて上機嫌なメルト。
ルノはそれ以上酒を飲まないようにグラスを遠ざけると、楽しい雰囲気の中、少し考え事をしていた。
ルノの旅は「人々の生きるための目的を聞く」ことをメルトが提案したことから始まっている。ハンスの話を聞き、人との出会いによってその考えを知る事に、大きな価値を感じることになった。
ただ自分が共感していただけのものに、聞く事の意義を見つけたのだ。
では、メルトの「生きるための目的」はなんなのだろう。彼女は一体何に生きていることの意味を見出したのだろう。それは、彼女のこれまでと、これからの旅に共通した何かがあるのだろうか?
ルノはどうしても気になり、少し悪いと思いつつ、酔っ払ったメルトに質問した。
「ねぇメルトさん」
「ん〜? なんれーすか〜?」
「メルトさんって、なんで旅をしてるの?」
ルノはメルトの顔の方を向いて質問してみる。メルトは口を開け、少し固まった。
「そりゃあ俺も気になるなぁ? メルトちゃんくらいの子が旅にこだわる理由が」
「アタシは別に話したくないならいいけど、ちょっと興味があるな」
いつの間にか二人もメルトの方を向き興味津々なようだ。メルトは、動き出すと目を伏せる。そして、上を向くと微笑んでいた。
「うーん……うちは、秘密」
「目的地とかもないのか?」
ハンスは続けて問う。
「それは特になーい」
ルノはなんとなくその答えを分かっていた。でももしかしたら教えてくれるのではないかという期待も持っていた。
前に聞いた時もはぐらかされたが、一体何を隠しているのか、ルノはかなり気になったが、『そっか』とだけ言ってジュースを飲み干した。
「秘密ねぇ、教えてくれたっていいよなぁ! ルノ!」
「あのね、乙女には秘密がつきものなの。ハンスはそんなだからナンパ成功率ゼロなんだよ」
「んだと!」
ハンスとフレンはまたやいやいと言いあっている。二人は相性が良いらしく、楽しそうに笑ってエールを飲んでいる。
ルノはそれを見て笑った。
◇
騒がしい店内で、メルトはまどろんだ視界の中、ぐるぐるとあちこちに飛ぶ思考回路をフルに回転させる。隠し事を話さないように、感情を出さないように……
隠していたくはない。いっそ全て打ち明けたい秘密、しかし、それを打ち明ける事は彼女にとっての最大の試練であり、枷だった。
ルノに生きる目的を問いかけておきながら、自分の旅の目的が言えないことに己の弱さを感じてもいた。
『嘘をつくのは出来ても、どこかで溢れちゃうと思うんだ』
自分への言葉だった。
確かにハンスの話を聞いて感じたものを、素直にそのまま伝えた。
しかし、あの男の作り出した顔は、世渡りのための術、愛する人を見守るための術であった。メルト自身の根本的な問題とは全く異なるものだ。
この前のことだ。ハンスがメルトへと質問した。
『お前さん、本当にルノと姉弟なのか? 別にそこはどうでもいいんだが、ちと気になってな』
まぁ、バレて当然だろう。なにせ見た目から全く違う。日中外で会っただけならば、フードで頭を隠しているが、メルトは白、ルノは黒の髪、瞳の色だって赤と紺である。
ハンスはルノと同じく、単純に二人旅をしている理由が知りたかったようだが、その時も軽くごまかした。嘘をついていることはバレただろうが、ハンスはまあいいさと笑うのみだった。
今回もまた隠し事があることはバレているのだろう。
メルトは、膝の上に乗るルノを見ながら、フラフラと頭を揺らしていた。
そして、少し思い出したことがあった。その記憶では、メルトは男の人を質問攻めにして困らせていたような気がする。
男は困ったように笑うも、それに全て答えてくれた。上から声がするので見てみると、女が笑っていた。
『――――――』
何を言っていたのかは覚えていないが、それはメルトにとって大切な記憶だろう。
何をきっかけにこんなことを思い出したのかは分からなかったが、もっと、ちゃんと、思い出したい。そう思っていたのだった。
◆
今日はルノたちがトレビオに来て一週間と少し、宵祭りはもう終わっていた。タイミングよく町についたことで祭りを全力で楽しんだルノたちだったが、メルトが新たな町に行こうというので、旅支度をしていた。
「もう行っちまうんだなルノ、メルトちゃん」
「そうだね、ハンスさん……」
現在は荷物をまとめ終わり、次の町へ向かうための足をメルトが探している最中である。
ルノはその間「こかげ」にてコーヒーを飲んでいた。
「ルノもすっかりコーヒー好きになったねー、大人っぽいよー」
そういいながらフレンがカウンターに寄り掛かる。
「フレン、カウンターに寄り掛かるな」
「はーい、マスター」
「ハンスお前も何サボってる。在庫整理してこい」
マスターにどやされ、ハンスは店裏へと入っていく。
現在、ハンスはこかげで働いている。また冒険に行くための資金集めとして雇ってもらったのだ。ここ一週間でルノたちと遊んで金がなくなったと言っていた。
ウェイター姿に、髭をそられた姿を見たとき、ルノとメルトは思わず吹き出してしまったものだ。
「ルノ、これからどこの町にいくんだい」
「うーん、メルトさんは『うーんじゃあなんとなくユンデネ!』って言ってたけど、どんな町なの?」
「ユンデネか……山に囲まれた小さな町だな。美味しいコーヒーがあるぞ」
ルノはそれを聞くと目を輝かせる。
「気になる!」
「そうか、じゃあ本場で飲んでくるといい」
マスターが言うんだから間違いない。ルノはそう考えて、次の町の楽しみが増えたと横に揺れリズムを
とっていた。
その時だった。ばたんと、喫茶店のドアが勢いよく開く。
ルノが驚いて振り返ると、息を切らしたメルトがいた。
「大変だ! ルノくん!」
「どうしたのメルトさん」
「ルノくん、落ち着いて聞いて」
メルトは深呼吸する。ルノは何の話かと身構える。
「お金が……お金がない!」
「……え?」
◆
「あはは! そりゃそうだぜメルトちゃん! あんだけ食って飲んだらそうなるわ!」
「ぐぬぬ、髭無しに笑われた……屈辱!」
「意地でも髭いじりすんのな!」
金がないと言って入ってきたときは、みんなが盗まれたのかと心配になっていたが、メルトの話を聞くと単に散財しただけだという。
「そういえば、メルトさんずっと何か食べてたね……」
「うち、これまでハンスみたいに町で依頼探してたんだけどさ。この町ってあんまりそういうの無いんだよね」
力なく机に横になるメルト、マスターはそれを見て申し訳なさそうに眉を寄せる。
「すまないな、うちに余裕があれば雇ってやれることもないんだが、なにせそこの男がな」
「マスター、あんたまで俺をいじるのか」
ハンスは大袈裟にリアクションをとりながら、なにやら紙をとりだした。
「メルトちゃん、依頼受ける気あるか?」
「依頼!?」
メルトはすぐに起き上がり、ハンスの方を向く。
「ああ、知り合いんとこから手紙が届いてな。フラレスにいるんだが、腕の利く冒険家が欲しいって言ってんだよ。報酬は多めにくれるらしい」
「俺はもうここで働いてるからな、しばらく行けそうにないしどうだ?」
メルトは紙を受けとると中身を読み始める。
そして、読み終わると立ち上がった。
「やる! 戦えればいいんでしょ! よゆー!」
「そうか! あとは移動手段だが……」
「フラレスならば知り合いが明日荷物を載せていくらしい。頼めば乗せてもらえるだろう」
マスターが移動手段も手配してくれると言う。メルトは二人を見てありがとうと笑う。ルノもそれに続いてお礼を言った。
「じゃあぼくたちが次に行くのは」
「港町フラレスだー!」
ルノとメルトは見つめあって目的地を確認しあったのだった。
◇
『×月×日 きょうは、こかげでまたコーヒーをのんでおいしかった。 町を出るのはさびしいけど、人と出あうことが大切で、人の生きる目的になるってハンスさんがおしえてくれたから、これからは人と今よりもっとはなしてみたい。 ルノ』
◆
時刻は昼、ルノたちは残り少ない祭り期間を楽しんでいる最中である。そんな町からは離れた場所で、コツコツと厚底のブーツは音を鳴らす。苔の生えた石畳はボロボロで、長く人の手が入っていないことを示していた。
「うーん、おかしいなぁ……トレビオにもいないのかな」
トレビオから少し離れたところにある廃墟地帯、事故によって人が住まなくなったその土地は、ちょっとした不良のたまり場となっており、現在町が抱える問題の一つであった。
そんな危ない場所に少女が一人、誰が見ても場違いな黒い装い、銀の剣、十字を象るペンダント、知るものぞ知る吸血鬼狩りである。
ユミアが廃墟を歩いていると、見慣れた顔の男がいた。ユミアの存在に気づくと、目を細めながら話しかけてくる。
「おうおう、どうしたァ? ユミアァ」
「……アーヴァンス、殺してないよね?」
アーヴァンスと呼ばれた男は、灰色の長髪をなびかせ、耳元の十字に象ったピアスを揺らすと、足元に転がる不良を強く踏みつける。
「おおう、刹那的に寝てるだけだァ。吸血鬼じゃねぇからなァ、殺さねぇよォ」
「じゃあ踏みつけるのをやめてください。不愉快です」
ユミアがそう言うと、アーヴァンスは両手を大きく広げ、とぼけたフリをしてから不良を蹴飛ばした。
不良は廃墟の壁に叩きつけられ、ごほごほと苦しそうに咳き込み、またすぐに気絶した。周りには同じく気絶した不良が転がっている。
「わぁったよォユミアァ。でもなァしかたなくだぜェ? 吸血鬼の場所吐けって言ってもよォ、なんも話さねぇからァ……」
「こんな所にいる不良が知っている訳ないでしょう。バカ」
「バカだとォ? 刹那的にキレちまったぜェ!」
アーヴァンスが懐からリボルバーを取り出す。
それに合わせるようにユミアは剣を構えた。
「大体その『刹那的』ってなんですか! 意味わかんない!」
「アア? わかんねぇかァ、ちびのガキにはよォ!」
「誰がちびだって!」
二人はすぐにでも攻撃に出るかと思いきや、その動作をピタリと止めた。
「よく止めたぞ。二人とも、偉いな」
「ボス……」
「ボスゥ! なんで昼間っから外にいるんだァ!?」
ボスと呼ばれた男は廃墟に突如現れたようにしか見えない。廃墟の影でその姿はハッキリと見えなかった。
「今回の吸血鬼は随分とかくれんぼが上手みたいだね」
「おおう、そうなんだよォ! アーカスにもいなかったしなァ」
「トレビオでも見つけられませんでした」
それを聞くと男は眉間を抑え、息をついた。
「やれやれ、生き残りは随分しぶといみたいだね。いや、しぶといから生き残ったのか。当たり前だね」
男は納得したように手を叩き、その赤い瞳で二人を見つめる。
「他の子達も情報を得られてないみたいだから、引き続き頼むよ」
「はい、ボス」「わかったぜェ」
こうして、吸血鬼狩りは廃墟から立ち去った……。
トレビオ編終了です。次は港町フラレスとなります。また、次いつ投稿できるかは未定ですが、気長にお待ちください。
あと、恐らく(ほとんど確実に)断章が出ます。