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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
トレビオ編
17/20

「今日は一体どんな話が聞きたいんだい?」

 俺は、小さい頃からとにかく人と話すのが苦手、人と関わりたくない、その考えが頭にこびり付いたガキだった。

 価値観を変えるような経験がなかったのもあるが、当時は無駄に我が強かったんだな。大人の言うことには何くそーなんて言って反抗して、叱られた後はこれだから人間は嫌いだなんて思ってたよ。


 そんな考えのガキの夢は世界中を冒険することだった。文明が栄えてきている今ですら、未踏破の土地が多いが、当時は特に国々が成長しているタイミングだったからな、国による探索部隊なんかもよく出てたし、好奇心の強い人間ってのは今と同じく冒険に出て、未知なるものを求めてた。


 俺が冒険したかったのはなぜか。まぁ未知なるものに憧れたのもあるが、何よりも人間から離れたかった。冒険を一人で何とかしようとしてたバカだな。

 毎日そんなことを考えてたんだが、ある時急に思い立って家を出た。親はろくでもねぇ奴らだったし、特に葛藤もなかったな。もしかしたら日々の鬱憤が溢れたのかもな。


 無計画に出てきちまったもんだから、最初は苦労した。少し離れた町に行こうとすれば、野宿するための道具、戦闘技術、移動手段……あらゆるものが必要になる。

 町を出て、森を抜けようとしたが、魔物を見てあっさり町へ逃げ帰ったよ。

 それで、どうしようもなくて焦って、あんだけ人が嫌いとか言いながら結局人を頼ることにしたんだ。


 俺の住んでた町には冒険家の溜まる酒場があってな。そこで別の町を拠点にしてるとかいう冒険家たちに助けて貰ったんだ。勇気を出して話しかけたら連れてってくれることになってな。そこでサバイバルで使える知識やら、戦闘やらを教えてもらいながら、色んなところを一緒に冒険したんだ。


 数年くらい経って、仲間の一人が冒険を辞めるってんで、ついでに俺もみんなから離れることにした。まぁ、単純におんぶにだっこになってたから、申し訳なかったんだな。

 世話になったからって、高い装備をプレゼントしたな。前から貯めてた金が全部吹っ飛んだよ。


 仲間と色んなとこに行くうちに、俺は人が苦手だってのは割り切って、人と付き合った方が得だと気づいた。それで、各地で仲間を集めて、冒険して、別れて、仲間を探す。それを繰り返すようになった。

 今も俺はこのやり方で冒険してるんだ。


 それで、冒険にも慣れた頃……家を出てからは五、六年くらいだな、ある女に出会った。

 それが、フーラ、俺の恋人でフレンの双子の姉だった。


 フーラは病弱でな、街の病院に入院してたんだが、その病院からの依頼で持ってきた薬草を渡す時に目が合ったんだ。

 一目惚れだった。フレンと同じ、茶色の髪でな、長く伸びた髪の毛がやたら綺麗で、優しい目をしてた。笑う時に見えるえくぼが好きだった。


 話を聞けば両親は治療代のために、他の町で働いてる、妹はばあちゃんの所にいるって言っててな。すぐ会える所に居ないからいつも寂しいってんで、俺は毎日そこに通った。


『今日は一体どんな話が聞きたいんだい?』


 なんて、言ってな。


 フーラは冒険の話をしてやると嬉しそうに笑って話を聞いてくれたよ。自分が外に出れない代わりに、そんな冒険の話を聞くのが好きだって言ってた。これまでの旅の話をし終えるまで、街の何でも屋をやって食いつないでた。


 毎日通ってたからな、ある時、俺の五、六年分の話のストックがなくなったんだ。その頃には俺たちは恋人になって、結婚しようと話していた。フーラもこの頃はかなり体調が回復して、普通に暮らすことは出来る程度になっていた。

 病弱な自分とは恋人になるな、結婚なんてするなって言ってたのを無理やり説得したんだ。正直、あいつが根負けしただけな気もするが、俺たちは愛し合っていたと思う。


 結婚するために定職につこうと思ってた頃、フーラが、冒険はもうしないのかと聞いてきた。俺が冒険に行きたいって思ってたのを見抜いてたんだろうな。

 お前がいるのに冒険なんて行ってられるかって言うとあいつは、


『私が冒険の話を聞きたいの』


 なんて言って聞かないから、少し遠い町に命がかからない程度の冒険……っつうか観光に近いものをしてくるから、その話と土産で勘弁しろって言った。

 納得してくれたみたいで、俺はすぐに行ってすぐに帰るつもりで町を出た。


 そして、旅先の名産やそこで出会った奴らの話を持って急いで帰ったら、フーラは死んでいた。急に持病が悪化したらしい。家の近くでの買い物中に倒れてそのままだったと、後で聞いた。帰ってから、軽い結婚式を挙げようと言っていた。

 あいつの両親には怒鳴られることはなかった。手紙でよく話を聞いていたらしくて、俺があいつに言われて旅に出たことも知っていた。


 責めずに慰めてくる義両親はすげぇ人だと思う。でも違うんだよ、慰めてほしくはなかった。少し病気が良くなったからって、婚約者を、フーラを置いていったんだぞ。

 俺はな、責めてほしかったんだよ。


 それで自暴自棄になった。人から責められなかった時、俺は自分で自分を責めたんだ。どうしようもなく、日々をだらしなく過ごしてた時、いつかのフーラの言葉をふと思い出した。


『ハンスって、なんというか、その場その場で、仲間とすぐに別れるよね』


 その時の俺はびっくりして、なんも言えなかったんだが、フーラは、すぐに言い方が悪かったと訂正して、意味を教えてくれた。


『別れが多いってことは、出会いが多いってことだから! 私は人と人の出会いこそが人生で一番価値があると思うから、出会いが多いって凄いなーって』


 正直、何言ってんだと思ったよ。俺は結局、人と話すことが苦手で、それを隠して人と接している。その方が得だからだ。

 苦手だから、その場限りの仲間を探してるんだよ。俺はずっと、長く他人と接したくないからそうしてるのに、そんなのお構いなく「出会い」が重要だって言うんだよ。

 それと同時にフーラはこうも言った。


『人ってさ、人といないとダメになっちゃうんだよ。ハンスが私の病室に毎日来てくれたみたいに、二人いればダメになるなんてことはないけどね!』


 つまり何が言いたいかってーと、「一人じゃだめになる」ってことだ。

 そう思ってからは、外に出て人に話しかけに行くようになった。

 冒険も再開した。


 そんで、出会いと別れを何度も繰り返して、今があるんだ。


 ……フレンに会った時は驚いた。フーラそっくりだったからな。生き写しかと思ったよ。

 それで、俺は……逃げた。フーラの葬式の時、フレンは熱が出たみたいで来れなかった。それで、遠くの町に住んでいるフレンとは会ったことがなかったんだ。


 責められたかったのに、結局逃げたんだ。俺はまたダメになっちまった。


 メルトちゃんが、もの凄い形相でルノが居なくなったって、酒場の俺のところに走ってきた時、もしやと思ったよ。そしたら、予想は当たってた。

 好奇心の強い、その上頭がいい子供だと思ってたからな、フレンを追いかけたんじゃないかって思ったんだ。


 行きたくはなかったが、ルノ、お前さんが心配だったからついていった。そして、メルトちゃんと路地をしらみ潰しに探して見つけたんだ。


 その後は見ての通りだ。俺はまともな対応が出来なかったし、殴られて当然だとも思っていたから殴られるのも避けなかった――





「――てな訳だ。おもしれぇ話じゃなくてごめんな」


 ハンスは一通りを話し終わると、身体を起こし、町を見る。

 そして、ルノとメルトの方に向くと、ルノはその瞳からぼろぼろと涙の粒をこぼしていた。


「ルノ!? あー、すまねぇ、重かったよな!」


 ルノは目を擦ると、ハンスを見つめる。


「大丈夫」

「ぼく、ハンスさんの言ってたこと、わかった気がする」


 ハンスはその様子から、なんて強い子なんだと驚愕した。

 ルノは赤くなった目に力強い光を宿している。


「人の出会いって、その人の考えを知れるんだね」


 出会いが大切であるという考えの中にある「人と人が共にいることがいい」という思い、それを知ることはルノにとって、生きる目的になると思えたのだ。


 人の生きる目的を聞くことというのは、今はメルトが言い出した旅の目的――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしかなく、()()()()()()()()()()()()()そのものではない。

 だが、ルノはアーカスで自身が受けた影響は、ハンスの目的である「人との出会い」がもたらしたものだと、意識的に理解した。


 漠然とただ共感していたものを、人は出会うことで、その人の思い、生きる目的や意味を知ることができると、そう意義づけることができたのだ。


「ハンスはさ、結構頑張ってるんじゃない?」


 ハンスは、ルノの言葉に耳を傾けていた。

 すると、横でルノの頭を撫でながら、メルトが唐突に言った。


 メルトからそんな事を言われると思わなかったのか、ハンスは驚いたようにメルトの方へ向く。


「うち的にはさ、その方が得だからーって、割り切るとか出来ないし、嘘をつくのは出来ても、どこかで溢れちゃうと思うんだ」

「でも、ずっとやってこれたんでしょ? なんなら、フリをすることで得るものの価値を十二分に知ってる。それってすごい事じゃん」


 メルトは一切のからかいも、皮肉もなく、純粋な気持ちを言葉にした。

 ルノはこの、メルトの真面目なトーンを見るのは数回目だった。


 出会った時、ルノの殺して欲しいという言葉に対しての返事、トレビオまでの旅路、星空の下で旅をして良かったかと聞いてきた時などで感じたものだ。


 このメルトの状態は、どこか内側に向けた言葉――メルト自身にも向けられた言葉のようだと、ルノは感じている。

 なぜそう思うのかという具体的な理由はなく、ただの直感だが、ルノは、そんなメルトが冷静でなんだかかっこいいと思う反面、壊れやすいヒビの入ったガラスのようだとも思っていた。


「ありがとな、ルノ、メルトちゃん」


 ハンスは何か吹っ切れたように爽やかな笑顔になった。

 ルノとメルトもそれを見て笑顔になるのだった。


「おかげさまで覚悟が決まった。フレンと話してみるよ」


 ハンスはそう言って、立ち上がる。

 ルノも続いて立ち上がり、メルトもさらに続いた。


「じゃあ、仲直り作戦、だね」

「クソ髭がダサ髭に進化するための重要イベントだー!」

「ダサ髭ってなんだよ! いいだろこの髭は!」


 三人は顔を見合せ、盛大に笑いあった。

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