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ルノと旅する吸血鬼  作者: 立木ヌエ
トレビオ編
14/21

謎の美女

 意気投合したメルトとユミア、二人の白熱する会話についていけなくなったルノだったが、ハンスの到着でひとまず混乱を解除した。


「……ハンスさん、おはよう」

「おはようさん、んで、なんだこれは」

「なんか、服がいいねって、ほめてる」


 未だガールズトークが尽きないようで、すっかり元来の大親友のような雰囲気を醸し出す二人だったが、楽しい時間の終わりは唐突だった。

 なにやらユミアの服から光が漏れ出ている。彼女はそれに気づくとなにかブローチのような道具を取り出す。それが光っていたようだ。


 ユミアはブローチを耳に当てる。少し経つと、ユミアは口を大きく開け、その場で踵をコツコツと鳴らし、足踏みし始めた。


「あー! そうだ、私仕事中でした! すいませんメルトさん、私はこれで!」

「そうだったの? ごめんねー、引き止めて! でも趣味が合うねー!」


 メルトはそう言って笑った。ユミアも笑いつつ、名残惜しそうに背中で手を合わせ下を向くも、すぐに前を向く。


「もっとお話していたかったです……」

「それでは、次また会う機会がありますように。またね、ルノ君、メルトさん」


 そう言って彼女は素早く人混みへとまぎれて行ってしまった。

 人混みといっても、見えなくなるまでが一瞬すぎたため、ルノは困惑し、道行く人をきょろきょろと見つめて、ユミアがまだ近くにいないかと探す。

 しかし、どうやらもう遠くに行ってしまったようで見つけることは叶わなかった。


「ほー、彼女やるねー、すごいスピードだ」

「俺も少ししか目で追えなかったな。あの速さは冒険家の強い奴らにもなかなかいねぇぞ」


 ルノにはユミアが一瞬で消えたように見えたが、二人には見えていたようだ。

 吸血鬼のメルトはともかく、ハンスも見えていたことにルノは感心した。


「まるで吸血鬼狩りみてぇな装備だったなぁ、銀の武具に十字のペンダントってな」


 ハンスが軽く言った吸血鬼狩りという言葉は、ルノの耳にしっかりと届いていた。メルトはというと、そんなこと気づかなかったとでも言いたそうに驚いている。

 ルノは、メルトの雑さ由来の油断によって、その装備とやらに全く気づかなかったんだろうと思った。


「吸血鬼狩りってなに? 吸血鬼は知ってるけど」

「ん? なんだ、ルノ知らねぇのか。吸血鬼狩りってのは、その名の通り吸血鬼を狩ってる連中だな。俺も何回か見たことがあるが、なんというか、銀の武具やらペンダントを除いたら全く統一感のないやつらなのに、吸血鬼を狩るって目的だけは全員同じ、変なやつらだよ」

「人によっちゃ手段も選ばねぇから、お国からは嫌われてんな」


 ルノはハンスの説明を聞くと、強い不安に襲われる。

 吸血鬼狩りというメルトを狙う存在、そしてユミアがそうかもしれないということは、知り合ったばかりの少女とはいえ、いやだと感じたのだ。


「でもさ! 吸血鬼狩りかもーっていうけど違うかもよ! たまたま似てるだけだったのかも! それに、情報訂正! 吸血鬼だってやられてばっかじゃないでしょ、たぶん!」


 メルトが少し左に目線をそらしながら言うと、ハンスは右眉を上にあげた。


「おうおうやけに早口だな。普段外じゃ真っ黒な服だし、メシんときは口元隠すし……まさか吸血鬼なのかってな! はは!」

「違いますー!」


 食い気味に答えてしまったメルトを見ると、本当に隠し事が下手だなと思いつつ、ルノはトレビオ到着前にこっそりレクスに教わった言葉があったのを思い出した。


「メルトさんってトワイライト出身なんでしょ」

「そうなのか? あぁそういうことか、お前さん吸血鬼肯定派か。あの街出身は知り合いにいなくてな、思いつかなかった」

「そ、そうそう! うち如きが、いと尊き吸血鬼様なわけないじゃん!」


 メルトは、ルノをちらりとみて目力で全力の感謝を言うとすぐに嘘に乗っかった。


「それでそんな服なんか。全身黒ずくめは変だとは思ってたけど、吸血鬼リスペクトで真似っ子してるってなら納得だな」

「は? かわいいでしょ! 訂正しろクソ髭!」

「だれがクソ髭だまっくろくろすけが!」


 話題が切り替わったのを確認すると、ルノは胸をなでおろした。レクスが念のためと教えてくれたごまかし方、それは吸血鬼に友好的な街であるトワイライトの名前を出すことだった。


 遠い昔から吸血鬼が治めるその街は吸血鬼と人間が共存した珍しい街だったという。現在は吸血鬼狩りにより吸血鬼が減ってしまい、人間が治める街となったが、その友好的な思想はいまだ継承され続けていた。

 そんな彼らの多くは良き隣人を殺戮する吸血鬼狩りを嫌っているらしい。


 言い合う二人をよそに、ルノは不安と安心で考えがいっぱいになるのだった。





 しばらく、言い争ったメルトとハンスだが、やがて冷静になっていった。


 そして、現在、三人は祭りの観光中である。トレビオに入ってすぐの大通りを真っ直ぐいくと大きな広場がある。華美な衣装に身を包んだ女性の踊りや、芸者による曲芸などの見世物が多く、祭り期間外でも旅芸人がちらほら見えることから特に賑やかな場所であり、観光名所でもある。


「すごーい! 火だるまー!」


 メルトは大きな水槽内で燃えた人間が自由自在に動き回るのをみてぴょんぴょん跳ねている。


「なんで、水の中で燃えてるの! 大丈夫なの!」

「大丈夫だってルノ、あれも魔法だ。ほれ、それよりあっちのお姉さん、どえれぇ美人だぞ。踊りもうまい」


 初めて見る曲芸に驚くルノをよそに、ハンスは相変わらず女性にしか目がないようだ。


「ルノくん! あっちは目を閉じながら魔法の煙で絵描いてる!」

「ほんとだ、すごい! うかんでる!」


 芸を極めたものたちの技は素晴らしく、人を惹きつけるだけの魅力があった。ルノも目を輝かせながら、あっちこっちに意識を向ける。


「おー、あっちも美人、っておっと大丈夫かい?」


 人混みの中、紙袋を持った女性がハンスにぶつかってしまった。なにやら香ばしい、いい匂いがする。

 女性がよろけて転びそうになったところをハンスが腰に手をやり支えた。


「ごめんなさい! ちょっと急いでて」

「いいんだよ、美人にならいくらぶつかられて……も……え?」


 ハンスはセリフの途中で固まってしまう。女性の顔をじっと見つめたままだ。


「……えっと、なにか?」

「あ……いやぁ、危ねぇからな、気をつけるんだぞ」


 ハンスはそう言って女性をしっかりと立たせると、少し後ずさる。


「そうね、ほんとごめんなさい! それじゃあ!」


 そう言って女性は広場を抜け、人通りの少ない路地を抜けていってしまった。

 ルノはこれまで女性にところ構わず話しかけていたハンスが、あそこまであっさりと女性を離したのを見て、首を傾げる。


「ハンスさん、なんでもっとお話しなかったの? いっつもめんどくさいくらいなのに」

「……ん? あー、いや別になんでもないぞ。お、あそこに美人発見! ちょっくら行ってくる! 後で宿のとこのメシ屋集合だぞ!」


 そう言ってハンスは足早にその場を去っていく。向かった先を見ても、女性に話しかける様子は見られなかった。


「メルトさん、ハンスさんが後でお店集合だって」

「ふーん、そう、ルノくんあっちの方にもまだ人いるみたいだし、行く?」


 メルトがそう言うも、ルノは申し訳なさそうにメルトを見上げた。


「ごめんなさい、ぼく、さっきの女の人を追いかける!」


 ハンスの妙な反応、あれは女性の顔を見てすぐだった。なにか信じられないものを見るように見開いた目、少し開いた口は唇が震えていた。

 彼のごまかし具合から考えて、その理由を教えてはくれないだろう。そうなった場合謎を解き明かすにはあの女性に聞くしかないと思ったのだ。


 ルノはメルトの返事を聞く前に路地の方へと駆けていってしまった。


「ちょちょ、ルノくん!」


 慌ててメルトも後を追いかける。小さいルノは人混みをするりと抜けていくが、メルトはそう簡単には行かなかった。進もうとするも、人の波に押し込まれ、あっという間に姿を見失ってしまう。


「ルノくーん! 迷子になっちゃうよー! 待ってー!」


 口をいっぱいに開いたメルトの叫びは喧騒にかき消され、ルノに届くことはなかった。





 ハンスの謎を暴くため、紙袋を持った女性を追って路地へ入り込んだルノだったが、現在迷子である。


「どうしよう……」


 ルノはあまり考えずに飛び出し、メルトも置いてきてしまったことを後悔していた。走り出した時は興味が脳内を埋めつくしていたため、一人で行動してしまったのだった。

 メルトさえいれば何か能力を使って手がかりが掴めたかもしれないとも考えつつ、来た道自体は覚えているため、戻っていくか悩んで下を向いていると、なにやら茶色の粒が地面に落ちているのを見つけた。


「なにこれ、あれ? この匂いって」


 しゃがみこんでその粒を拾うと、なにかの豆のようだった。そこから香る匂いには覚えがある。


「あ、さっきのお姉さんの匂い……!」


 そう、ルノの追っている女性からした匂い――正確には持っていた紙袋から漂っていた匂いである。

 注意深くまわりの地面を見回すと、一定間隔でその豆が落ちている。


「お姉さんの方にいけるかも」


 地面に落ちた豆を拾いながらその跡を辿っていくと、そのうち祭りの喧騒が嘘のように静かな場所に着いた。

 建物が周囲にそびえ立つが、少し開けており、陽の光が程よく差し込んで、知る人ぞ知る隠れ家的な、静かで落ち着いた雰囲気をしている。そして、何よりそんな中で存在感を放っているのは、一軒の喫茶店だった。


「……きっさ、こかげ? お店だ」


 ルノは入り組んだ場所にある店なんだなと思いつつ、どうしようかと店前で立ち尽くしている。

 すると、中から声が近づいてきた。


「――でもマスター、こんな変なとこに客なんて滅多に来ないでしょ……ことある事に良さそうだって言って取り寄せないでくださいよ!」

「はぁ、まったく、いっつもアタシが持ってこないといけないってのに」


 店のドアが開き、鈴がなる。中からは忙しない足取りの女性が立て看板を持って出てきた。軽く文句を言いつつ、開店準備をしている。

 そして、看板を置こうとして、入口横にいたルノに気づいた。


「ん? あれ、どうした、迷子?」

「ううん、これ……」


 ルノはそう言って両手に握られた豆を差し出した。

 すると女性はあーっと声を出しながら顔を手でおおう。


「袋に穴開けてきちゃったー……いつから? あ、人にぶつかっちゃった時かー」

「ありがとうね、でも、こんなとこまで着いてきちゃって、家族とかは? 置いてきちゃったの?」


 女性はコーヒー豆を受けとり、手から零れないように持つと、ルノに語りかけた。


「うん、お姉さんに聞きたいことがあって、ぼくが走っちゃったから……すぐに見つけてくれると思うけど……」

「そうか……じゃあさ、このお礼も兼ねて店で待ってる? その聞きたいことって言うのも聞いてあげるよ」

「じゃあ待ってる」


 女性がドアを開いたまま、ルノを手招く。そのままルノは店へと入っていくのだった。


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