危ないすれ違い
コツコツと、厚底のブーツを鳴らし、桃色のツインテールをぴょこぴょこと上下させながら、その少女は歩いている。
黒い装束に身を包み、銀の剣を背中に携えた姿は、周りから好奇な目で見られるに十分な装いだった。
胸元に下げるペンダントは十字を象っている。ある宗教を信仰するシンボルである。
「……本当にこんな人混みにいるのかなぁ、うぅ、人が多いよぉ」
弱音を吐く少女だが、そうしたところで、自分の役目から逃げることは無い。ペンダントをぎゅっと握りしめると、先程よりも軽やかな足取りで通りを歩いていく。
「そこの嬢ちゃん」
ふと、屋台の店主が少女に声をかけた。
「え、あ、わたしですか」
「そうだ。その装備……あんた、吸血鬼狩りか?」
空気がひりつく。少女は先程までのおどおどした様子から一変、キリッとした目つきで話しかけてきた店主を見つめる。
「なんですか、何か文句でも……?」
その様子を見ると、店主は誤解だと手を振っている。
「いや、世間的には吸血鬼狩りがちょーっと嫌われているのは知ってるけどよ。俺はそんなことねぇから。単純にあんたがいるってことは、ここに吸血鬼がいるのかって気になったんだよ」
店主の言葉を聞くと、鬼気迫る様子だった少女はすっかり元に戻り、毒気を抜かれたどころか自信をも抜け落ちた様子になる。
「あ、誤解……すみません! えっと、吸血鬼についてなんですけど、いるかもしれないってだけなので! ただ夜は気をつけていただければ」
「そうかい、忠告は聞いとくよ。吸血鬼なんてもうほとんどいないだろうに、ご苦労なこったな」
「は、はい……」
「これは迷惑かけたから詫びだ」
そう言って、店主は店先から串焼きを取ると、少女へと手渡す。
少女はそれを受け取ると、深々と頭を下げた。
「あ、ありがとうございます! 美味しく頂きます!」
「是非そうしてくれ、じゃあな」
串焼きを頬張りながら、少女はまた歩き出す。
吸血鬼狩り、バラバラな目的を持ちながら、吸血鬼を殺すというその一点のみで結成された、組織というにも統率感のない者たち。
しかし意外にも、情報共有などを律儀に行っている者が多い。
少女がトレビオに訪れたのも、吸血鬼狩りのうちの一人が得た情報をもとにしたものだ。
アーカスにて不自然なコウモリを見かけた――その情報が吸血鬼狩り内部で共有されたのだ。それに伴い、アーカス近辺にいた者がアーカス、そして周辺の町へと向かっていったのだ。
「美味しい……! それにしてもやっぱり人が多いなぁ、こんな所で変身能力なんて使うわけないだろうしなぁ、うぅ、他の町にいるのかなぁ。夜になんないとやっぱり動かないよね……どうしよう……」
少女としては、アーカスには吸血鬼はもういないと踏んでいた。吸血鬼が能力を使うこと、それは自分たちに見つかるリスクをおかすことである。そんな事をしておいてまだ町にいるような吸血鬼だとして、それが今の今まで生き残っているわけがないからである。
そして、滞在していた町から近い、トレビオへとやってきたのだった。
「うーん……って、わぁっ!」
考え事をしながら歩いていると、誰か人にぶつかってしまった。
どうやら少女よりもさらに子供なようだ。濃紺の瞳が少女を見つめている。
「ごめんなさい、大丈夫?」
「あ、私の方こそ! ごめんね、怪我とかない?」
「うん」
少女は少年の周りを一周して怪我がないのを確認するとほっと息をついた。
「なにか考え事……?」
「え、あー、うん、そうだよ……はっ、もしかして声にでてた……?」
「何を言ってるかは分からなかったけど、小さい声がしたよ」
少女はそれを聞くと顔を紅潮させ、しゃがみこんでしまった。
少年はその様子をみて慌て出す。
「うー、やっちゃったー……また一人でぶつぶつってぇ」
「あ、あのお姉さん、とりあえず端っこ行こう。踏まれちゃうよ」
少年は優しく手を差し伸べる。なんてできた少年だと少女は関心すると同時に、自分が通りの真ん中でしゃがみこんでいることを確認した。
そのまま少年の手を握り人通りの少ない方へと移動する。
「ありがとう……なんか私頼りないよね。たぶん年上なのに……」
「大丈夫、もっとだらしない人はたくさんいるよ」
「ぼくはルノ、お姉さんは?」
「私? 私は……ユミア」
吸血鬼と旅をする少年と、吸血鬼を狩る少女の出会いはこんなあっさりしたものだった。
◇
「メルトさん、いいかげん動いてよー……」
「やだ! うちぜっっっったい昨日ヤバかった! うわーーー! ルノくんにダメなとこ見られた! 酒なんて飲まなきゃ良かったー!!!!!」
ルノは普段から割とだらしないのではと思いつつ、どうしたものかと椅子に座った。
昨日ありえない速度で酔っ払ったメルト、酔いつぶれ眠りについたところをハンスが担いで宿に送り届けたのだが……
朝パッと目が覚めたメルトはどうやら記憶が残っているらしく、布団に顔を埋めて悶絶していた。
「あー! しばらく顔見れないよー!」
「うーん……じゃあハンスさんと祭り見てきてもいい?」
「………………置いてかれるのは嫌、だからちょっと待ってて、頑張って気持ち切り替えるから」
「じゃあぼくは外にいるね。ハンスさんもちょっとしたら来るはずだし」
「うん……」
どちらが保護者か分からないようなやり取りをしつつ、ルノは宿の外へと出る。
大通りに近い位置に宿をとったルノたちだったが、壁が厚く防音性の高い宿でぐっすり眠ることが出来たので、寝覚めは大変良い。
寝覚めといえば、メルトは吸血鬼にも関わらずルノと同じ生活スタイルである。朝に起きて夜に眠る。本来夜行性の吸血鬼がなぜ昼型の生活をしているのかは分からない。ルノも気にしたことがなく、レクス以外に正体はバレていないため、出会った人々に疑問を持たれたことは無い。
「人がたくさんだな……」
宿を出ると人々の声が早朝とまではいかないが、朝早くにも関わらず通りは大勢の人で溢れていた。宵祭りは昼夜問わず開催し続けるためである。
祭りが始まってから約一週間もの間、この町は眠ることを知らないのだ。実はルノたちがトレビオについた時というのは、そんな祭りが始まった初日であった。
「メルトさんもハンスさんもまだかな……」
「――どうしよう……うーん……って、わぁ!」
ルノが少し通りへ出て、ハンスが居ないか見渡していると、黒い装束に身を包んだ少女がぶつかってきた――
◆
「それで、ユミアさんは何を考えてたの?」
「あ、うーん、えーっと……」
通りの端へと移動したルノは、先程のユミアが何を考えていたのか、それがとても気になっていた。ルノが目を輝かせる様子にユミアは押され気味に目を右へ左へ逸らす。
「あー、仕事……そう、お仕事についてね、ちょっと悩みというか、自分の考えがあってるのかなーって……」
目を逸らしながら出た答えは、普通の人から見れば嘘だとすぐにバレるものだった。
しかし、ルノはそれを真剣に受け止め、瞬きする。
「うーん、むずかしいね」
「そうなんだよね……」
「でも大丈夫だと思うよ」
不思議と自信ありげなルノに、ユミアは眉が傾く。
「……なんで?」
「たぶん考えたら考えた分だけ頭が良くなるよ」
最近のルノはよく、生きる意味、目的について考える。それが実際に答えに辿り着いているかは別として、人生が変わっていることを実感しているルノにとって、考えることはとてもいい事であり、悩みすらそのひとつなのだ。
ルノの根拠のない言葉を聞くと、ユミアは少し吹っ切れたようで、顔が晴れやかになった。
「ふふ、そうかも、いいね、その考え方、私好きだよ」
「いいでしょ」
ルノはそう言って胸を張る。以前までのルノでは考えられなかったが、グラムやメルトの謎の自信を見て影響を受けたようだ。
「ルノくーん髭はきたー?」
メルトの大きな声が聞こえる。いつものようにフードのついた黒い服を身にまとった姿だ。
ルノがメルトのほうへ向くと、つられてユミアもメルトのほうへと目線が移る。そしてメルトの姿を見ると目を見開いた。
「ルノ君、あの黒いひとがお姉さん?」
「そうだよ」
ユミアの目線はメルトに一直線に伸びている。メルトがルノのもとへと歩いてきた。
「ん? ……そちらの女の子は?」
「ユミアさん。ちょっとお話してたんだ」
「どうも……」
メルトもユミアの方を凝視している。
二人は互いの姿を見つめると、どんどん距離が近づいていく。
「二人とも……?」
ルノは何が起こっているのかわからず、二人を交互に見ている。
やがて二人はぴたりと止まった。騒がしいはずの町の音の一切が聞こえず、静寂に包まれたようだった。
先に口を開いたのはメルトだった。
「きみは……」
「いいセンスしてるじゃーん! その漆黒! すっごいいいよ!」
「お姉さんも、かわいい黒です!」
ルノは混乱した!
「おーい、すまんすまん、人混みで遅れた、ってなんだなんだ?」
遅れて登場したハンスだが、お互いの服を褒めあうメルトとユミア、そして混乱してぽけーっと口を開いたままのルノを見て、すぐには状況を理解できなかった。