モテモテルノくん
似合わない髭を生やした男、ハンスの案内でトレビオを観光することになったルノたち、飲食店から出て大通りへと向かう道中だが、現在三人はある店にやって来ていた。
「すっごい……」
「すっごい、いいよ! ルノくん! 目元が見えるときみの良さも倍増するね! いや、元々の前髪によって神秘的に隠された瞳というのも捨て難いけどー!」
大きな声をだすメルトは様々な方向からルノを観察している。
特に瞳をじーっと見つめている。
「やっぱりな……ひと目見た時から俺はルノなら化けると思ってたんだよ」
「ぼく、久しぶりにかみの毛切ったよ……」
三人が来ていたのは散髪屋だった。この町がそういった店で特に有名だという訳では無いが、ハンスがルノの前髪が長いのは目に悪いと言って連れてきたのだ。
長い前髪をはじめ、全体的にさっぱりとした短髪となったルノ。
濃紺の瞳をぱちくりさせて、姿見に写る自分の顔を見つめている。
「ルノは顔立ちが整ってるからな、髪はシンプルにして顔をよく見せた方がいいぞ」
「似合わない髭を生やしてる割にまともだねー」
「なんだって! 渋くてかっこいいだろ!」
ドヤ顔で語るハンスに厳しい言葉を浴びせるメルトだったが、ルノの散髪を提案したことは素晴らしいと評価した。
「うし、気になってたことも解決したし、祭り行くか!」
「うん」
「うちはお肉食べたいなー」
「メルトさん、さっき食べたでしょ?」
ルノのちょっとしたイメチェンを経て、今度こそ祭りへと向かう三人だった。
◆
「そこの姉ちゃん! どうだい俺とこの喧騒から抜け出して静かなところへ――」
「お、なんとよく見りゃあんた相当な美人だな! いい感じに祭りを見ながら酒が飲める店を知ってるんだが、興味ないか?」
「あー、そこの人! あんたどこかで会ったことないか……って、足速! ちょ、待ってくれよ!」
ルノの散髪後、祭りをまわる予定だった三人だが、大通りに出てからハンスの悪癖が最大限発揮されていた。
道行く女性に片っ端からナンパしにいっては全て撃沈する様子は見ていられないほどに無様だった。
「ねぇ、あんたさぁ、仮にもうちとルノくんの案内役になったんでしょ? なんでナンパしにいくわけ?」
「……ここは出会いの町だ。それを求めてなんぼだろう。それに、遠い国の言葉で一期一会というものがある。お前たちとの出会いと同じく、いい女とも一生に一度しか会えないかもしれないんだぞ!」
「いちごいちえ……」
「ルノくん、こんなクズの言うこと聞かなくていいよ」
メルトはハンスに軽蔑の眼差しを向けた。
その目を見ると、ハンスは『すまん!』と言ってしばらくナンパするのを辞めた。
だが、代わりにルノに声をかけさせ始めた。メルトが軽くキレているが、ルノが人に話しかけるための経験だと押し切られてしまった。
「ほれルノ、お姉さんこの町でオススメの場所はありますか、だ! 行ってこい!」
「う、うん」
ルノはハンスの言うセリフを頭の中で反芻し、道端で会話していた女性二人組に話しかける。
「あ、あの」
「ん、なーに……ってかわいい! なになに!?」
「なにかききたいのー?」
二人組はルノの姿を見ると、すぐさましゃがみこんで話を聞く体制となる。
ハンスは自分が女性に話しかけた時との対応の差にショックを受けたようで、目を見開いている。
「えっと、お姉さんたちのこの町でオススメの場所ってありますか」
「この町は初めてかしら? そうね……甘いものが好きなら、あっちの広場にスイーツ屋さんがたくさんあるわよ」
「君、今一人なの? よかったらお姉さんたちが一緒に――」
「はいはーい! ルノくん! 聞きたかったことは知れた? お二人ともありがとうございます! 弟がお世話になりました!」
会話中にもかかわらずメルトが介入し、ルノの手を引いてその場を離れていく。呆然としていたハンスもその後を追った。
「ちょ、ちょっと、メルトさん?」
「ルノくん、やっぱりきみは話しかけないでいいよ。うちが全部聞いたげるから!」
「まて、ルノには潜在能力を感じる……! こいつが成長すれば俺もおこぼれに預かれるかも!」
「うるさいクソ髭!」
「クソ髭!? そんな似合わねえかな……」
その後もことある事にルノは女性人気を存分に発揮した。道行く人、屋台の売り子や、踊り子すら、ルノを見るとすぐに甘やかそうとするのだ。
彼の魔性の瞳から放たれる上目遣い、そして、周りを漂う純粋無垢なオーラは、ことごとく女性に猛威をふるった。
「ぐぬぬ、ルノくんの魅力が外に溢れ出てしまったことにこんな大問題があるなんて……!」
「俺なんかより、こんなちっこいルノの方が、女には魅力的なんだな……若返りたい……」
なにやら歯ぎしりしているメルトと意気消沈して気持ち髭もしょんぼりしたハンス、二人の様子を見てルノは少し心配になるのだった。
◆
祭りの大通りでの屋台めぐりを終え、ルノたちは休憩のために大通りから離れ、落ち着いた雰囲気のバーへと入った。
「つかれた……」
ルノの異常なモテ具合による会話の応酬は、ルノにとってこれまでにないほどの人との触れ合いだった。歩き疲れたのと同時に精神的にもだいぶ疲れていた。ルノ的にはかなりの人がグイグイ話しかけてきたことが少し怖かったり、疑問的だったのだ。
「うちもつかれた……なんか食べたーい」
「お前さんだいぶ屋台でも買い食いしてただろう。まだ食うのか」
ハンスはなんとか調子を取り戻したようだが、メルトの胃袋の大きさに若干引いていた。
ルノはつかれつつも、この祭りの賑わいというものが何故ここまでになっているのか、疑問に思った。
「ハンスさん、なんでここのお祭りはこんなににぎやかなの?」
「ん、あれ、宵祭りについて話してなかったか」
ハンスが身を乗り出してルノへと語る体制に入る。
「まずはこの祭りの歴史から教えてやろう」
「宵祭りってのはな、本来祭りの前夜祭って意味なんだよ。本当はこの祭りには別の名前があったんだ」
「だが、ある時トレビオで大規模な火災があってな。宵祭りだけやって、その後の本来の祭りが無くなっちまったんだよ。だが、そん時の町長が、『宵祭りは、続いてる! 酔い祭りじゃあ!』なんつって町中の酒蔵を解放してみんなでワイワイ楽しんだのさ」
「その結果それが楽しすぎたんだか、宵祭りって名前でワイワイするのが通例になってったんだよ。有名になるにつれて、だんだん人も増えてって今に至るってこったな」
「失敗しても祭りをやめなかったんだ」
「町長ってば、太っ腹ー」
ルノは以前メルトが言っていたことを思い出す。成功も失敗も前進、少し形は違えどそれを体現したような祭りだと思った。
メルトもこの話は知らなかったのか、ハンスの話に耳を傾けていたようだ。続けてハンスも町長みたく色々振舞っていいんだぞなんてからかっている。
「まあ町長がすごいやつだったって話なんだけどな! 町の財産をタダで解放しちまったわけだし」
「……お酒の町だしうちも少しくらい飲んどこうかな……」
「お、メルトちゃん飲む気になったか! なら奢ってやろう! だいぶ屋台で金を使ってたしな!」
そう言って二人はエールを頼んだ。『酔エール』という名前の町の特産である。
名前はともかく、この町の麦を使ったこのエールは外からやってきた人が一度は飲むと言われるほどの名産である。
「じゃあ、ルノはジュースだが……この出会いに乾杯!」
「乾杯ー」
「かんぱい」
ハンスはグイッと一気にエールを飲み干した。メルトは少しずつ飲んでいくようだが、一口飲んだところで顔が既に赤い。
「メルトちゃん、顔赤いな……まさかすごい弱いのか?」
ハンスがそう言うと、メルトはジョッキを机にダンっと音を鳴らして置いた。そして、ルノの方を見つめるとはにかむ。
「そんらことない! いつも通りの完璧美少女のうちれす! ね、ルノくん〜」
「え、メルトさん……?」
「酔うのはやいなおい!」
メルトはもう頭がフラフラとしている。呂律もまわっていない。
ルノはメルトの新しい面に驚きつつ、心配にもなってきた。
「これ大丈夫なの?」
「いざとなったら店主が解毒できるから大丈夫ではあるが……にしても弱いな。こりゃ心配になる弱さだ……」
「んふー、ルノく〜ん」
メルトはそう言ってルノに抱きつく。酒の匂いにルノはくらくらするが、力が強く離れられない。
「メルトさんお酒くさい……」
「うえー? そんなことないらろー! てゆーかー、ルノくん他の女の子見すぎらってー、うちがいるじゃーん!」
「しかも絡み酒か。難儀だな、ルノ」
こうして、メルトが寝るまでしばらくの間、ルノはダル絡みしてくるメルトの世話を焼くのだった。
◇
「はい、申し訳ございません。報告が遅れてしまったことは僕に一切の非があります」
「分かったんならいいよ……まぁ、私的には別に怒る程の事でもないし……王様がうるさいから仕方なーく怒ってるってことは理解してね……」
「はい」
現在は、ルノたちがトレビオで観光して数日経った頃である。
馬車を探すと言っていたレクスだが、ちょうどいいものが見つからず、走って王都へと帰還したのだった。
なぜか馬車で行くよりも速かったことは一旦置いておく。
騎士団庁舎の団長室、団長室と言う割にこじんまりとしたその部屋で、女性が気だるそうにレクスの目の前で椅子に座っている。
黒い髪に黒い瞳、滅多に見ない色彩の女性はその長い髪の毛を後ろで緩く結んでいる。目の下には多少のクマが見える。
その髪色と同じくらいに上下黒く、角張り、シュッとした装いは、騎士団内部のみならず、一般の人々の間ですら異質の存在感を放っている。
胸元の細長い帯を緩く解いた様子は、その異質感の中でも、砕けた着こなしだということが分かる。
「それよりもノモト団長、また騎士団の正装ではなく、その服装……王に叱られますよ」
「だからー、私にとっての正装はこのスーツなの。それがにほ……どこであろうが関係ない」
「いざとなったら無理やりにでも認めさせる」
「それはやめてください」
レクスは笑顔を絶やさないが、内心ではこの掴みどころのない女性にどっと精神を削られていた。
こんな忠誠心の欠片も無さそうな人がなぜ国の魔法騎士団長となれたのか不思議である。
「あー……それよりさ、レクス」
「なんでしょう」
「この前の吸血鬼狩りの話だけど、数日前トレビオで目撃されたらしいよ。あんたトレビオ経由してきたんでしょ? なんか聞かなかった?」
レクスの顔が僅かに強ばる。メルトに忠告した矢先に新たな吸血鬼狩りの目撃情報……しかも、よりによってトレビオだと言う。
吸血鬼狩りにも様々な人間がいる。目撃された吸血鬼狩りによっては、吸血鬼と同行しているルノも危険な目に会うかもしれないと考えたのだ。
「……どうした、また隠し事?」
「……いえ、なんでも」
レクスは笑顔を絶やさない。傍から見ればいつも通りの日輪の騎士レクス・レオンハートだろう。
「……まぁいいよ、その隠し事も、国への反抗ではない、個人的ななにかなんだろう……でも、くれぐれも気をつけなよ。私じゃ庇いきれない事だってある」
「肝に銘じておきます」
トレビオの吸血鬼狩り……レクスはすぐにでも様子を見に行きたかったが、自分の立場では何も出来ない。それを憂うと、ルノとメルトの無事を願うのだった。