酒と祭りと髭男
身寄りのない少年ルノと、旅する吸血鬼メルト。
ルノの生きる目的を探す旅は、アーカスでの出来事を超えて、酒と祭りの町トレビオへと到着したのだった。
アーカスを出て数日、ルノたちはついにトレビオの門前へと辿り着いた。
「ついにトレビオだね! ルノくん!」
「うん……!」
酒と祭りの町トレビオ、ここでも新たな生きる目的を見つけることができるだろうか。
そして、ルノ自身の生きる目的に繋がるだろうか。
難なく検閲をクリアし、門をくぐり抜けると、そこには人が溢れかえっていた。
アーカスなど比にならない。そのうえ、騒がしい。
至る所に酒に酔った人々がおり、果実酒からだろうか、果物の匂いもする。大通りの先には踊っている女性も見える。
「じゃあ、私はこれで」
「僕も次の馬車を探しに行こう」
御者とレクスとはここでお別れである。ルノは二人を見上げると、手を差し出す。
「ありがとうございました。またどこかで」
二人は手を握り返すと、笑顔でその場を去っていった。
メルトは、二人に軽く手を振ると、すぐさま町の方へと視線を向けた。
「ルノくん! みてごらん!」
「すごい……」
「人だらけだ! ルノくん手、繋ご!」
ルノはすっと差し出された手を掴み、道を歩く。手がひんやりしてて気持ちいい。
道行く人々は皆笑顔だ。楽しく生きているのが目に見える。これなら、そこら辺の人に沢山話を聞けるかもしれない。
「へいへい、そこの少年連れた姉ちゃん!」
ふと、後ろから声を掛けられる。ルノたちが振り返ると、そこには皮の鎧を身にまとった、茶色の前髪をかきあげた、30代前半くらいの男がいた。似合わない髭が特徴だ。
「なに? 見ての通り暇じゃないんだけど」
「おー! 声からもう可愛い! 何となくそんな気がしたんだよなぁ……どうだい? 俺と一杯飲んでかない?」
「あっそ、他あたって。ルノくーん、どこ見に行くー?」
一瞬にしてメルトに断られた男は、しばらく思考停止した後、二人に諦めず着いてきた。
「ちょちょちょ、少しくらい話を」
「うるさい、ぶっ飛ばすよ」
「ぶっ飛ばすだとぅ!?」
さらに強い言葉に動揺した男だが、ルノはなんとなく、この男が少し気になっていた。
そして、生きる目的を聞いてみようと、メルトに少し止まるよう言おうとした時だった。
「じゃあ、俺がこの町を案内する! 実は結構この町には詳しいんだよ! な!」
「……メルトさん、ぼくも案内して欲しいな」
ちょうどいいと考え、ルノも男に助け舟をだす。男の方に振り向くと、親指を上に向け、ルノへの感謝を顔や体全体で表現している。
「ルノくんが言うなら……考えてもいいけど」
メルトは足を止め、男を見て言った。
何とかなりそうだとルノは胸を撫で下ろす。
「本当か! 任せてくれよ! 俺はハンス、冒険をしている。この町には何回も来てるから、いい店とかも沢山知ってるぞ!」
こうして、ハンスがトレビオの案内役として加わることとなった。
◆
ハンスを案内役として、まず初めに向かったのは飲食店だった。
机を囲むように三人で座ると、ハンスは肉料理を頼んだ。
「ここは、肉が美味いんだ。酒にも良くあうんだが……今回はやめとくか、そんで、姉ちゃんと弟ちゃんの名前、なんてーの?」
名前を問われ、メルトは少し面倒そうだった。
仕方ないのでルノがあわせて紹介することにした。
「ぼくはルノ、こっちはメルトさん」
「ルノに、メルト……いい名前だ! そんで、あんたら旅人だよな? なんで旅してんだ? ルノなんか結構ちびっ子じゃねぇか」
確かに、ルノは幼いうえに、同年代と比べても比較的身長が小さい。
本来の歳にしても旅をしている子供は珍しい。そのうえさらに幼く見えるのだから、余計疑問に思うのも当然だった。
「うちは旅がしたかったから、それだけ」
「ぼくは……生きる目的を見つけるため」
二人の答えを聞き、少し何かを考えていたハンスだったが、すぐにもとのおちゃらけた風に戻った。
「ま、よくわかんねぇが、それは別にいいさ! それより、なんかこの町についてとか、俺について聞きたいことはねぇか? 特に俺について!」
俺について、と強調するハンスだったが、メルトは肉がまだ来ないかと厨房の方を向いている。
ルノは可哀想に思い、とりあえず質問してあげることにした。
「じゃあ、ハンスさん、冒険って何してるの?」
ハンスはルノの質問を聞くと、大袈裟にルノを指で指した。
「いい質問だぁ! ルノ! 俺は、お前さんたちと同じく旅をしてるんだがな、前人未到の地を目指したり、危険地帯の魔物に挑んだりしてるんだよ!」
「色んな場所に行っては現地で仲間を集めてな、町の困り事があったら手助けしてやったりすることもあるんだぞぉ」
ルノはそんなこんなで、今まで行った危険地帯の話などを一切飽きることなく聞き届けた。
料理が途中で届くも、あまりに二人が話に夢中だったため、メルトは一人で料理を平らげたのだった。
◆
「――そんで、俺と仲間達は湖の主を退治し、焼いて食っちまったんだ。……まぁ、こんなもんだな!」
「すごいね、ハンスさん」
「だろー? お前も、俺みたいないい男になるぜ」
ハンスの長い自語りも終わり、メルトは頬杖をついていた手を下ろすと、ルノに語り掛けた。
「ルノくん、あれは聞かなくていいの?」
「…………あ」
「随分と夢中だったね、うちだけ置いてけぼりって感じだったなー」
メルトは口をとがらせ、分かりやすく拗ねている。
ルノはどうしたものかとあたふたしている。
「すまねぇなメルトちゃん、俺もあまりにルノが楽しそうに聞くもんで、つい話しすぎちまった」
「ごめんね、メルトさん」
「……まぁいいよ、お肉美味しかったし」
いいよという感じの顔ではないが、ひとまず大丈夫そうだと思うルノだった。
そして、自分の最も知りたいことを思い出す。
「ハンスさん」
「おう、なんだぁ?」
「あなたはなんのために生きているの?」
ハンスは最初の発言を忘れて頼んだ酒のグラスを片手に、ゆらゆらと揺らしている。
コトン、とグラスが机に置かれた。
「そうだな、やっぱり綺麗な女と出会うためだな! それこそが俺の人生だ!」
「……女の人と出会うため?」
ルノは少し驚いた。確かに人との出会いの大きさ、記憶に残る出会いはアーカスで経験した。別れの時、永遠に会えない訳ではないのに。ちょっぴり悲しい気持ちになるのも、カヴァロの町を出た時から知っている。
だが、女の人に限定して言ったことの意味を理解するには幼すぎたのだ。
「あんた、そんな事しか考えてないのー?」
「メルトちゃん、そんな事では無いぞ……いや、女と限定したのが悪かったなこりゃ」
「いいかルノ、人と人の出会いこそが人生で一番価値があるんだ。ま、この言葉は受け売りだけどな」
自分の言葉ではないと強調するハンスの様子にルノは、何かひっかかった。
しかし、何が引っかかるのか分からず、言葉の意味の方に思考を切りかえた。
「人と人が出会うことの価値って?」
「それはルノ、お前が見つけんだよ。なんで出会いなんてものがあるのかってな」
よく分からず、疑問符を浮かべたルノだったが、ハンスはそれを見て微笑むと、グラスの酒を飲み干して席を立った。
「んじゃ、この話は終わりだ! 祭りとか、面白いもんが沢山あるからな! 早速見に行くぞぉ、二人とも」
メルトは真顔でハンスを見つめた後、ルノの手を引き立ち上がる。
「そうねー、うちはあんまお酒飲めないからそれ以外にしてね」
「了解ーっと、勘定ここに置いとくぞー」
代金を机に置くと、三人は祭りが一番盛り上がる場所――大通りまで向かうのだった。
執筆中のものはエピローグのみとなったので、トレビオ編投稿開始します。