激烈!お料理対決!
時はルノたちがアーカスを出発する前へと戻る。
この日は、グラムの料理している姿を見たいというルノに対して、流れでメルトとバラムスも料理をすることになった。
流れ……と言うのも、メルトが『ルノくんにうちの手料理を食べさせてあげよう!』などと言ったのに対し、その場に居合わせたバラムスが『貴様についてあまり知るところはないが、何となく嫌な予感がする。やめておけ』と言ったことが発端となり口論が激化したのだ。
そのうちグラムの料理を見るという目的に、メルト対バラムスの料理対決が追加されたのだった。
勝負するためにバラムスの屋敷の厨房に集まったルノたちだが、肝心の勝負内容は未定である。
「そういえばルノくんって何か好きな食べ物ないの? アーカスに来るまでも干し肉くらいしか無かったけど、大丈夫だった?」
「うん、あんまり食べるものを考えたこと無かったから平気」
「うう、ごめんよルノくん、もっと早く気づいていれば……」
吸血鬼であるメルトだが、何も普通の人の食事をしない訳ではない。血を吸うことによる栄養摂取が最も効率的であること、吸血鬼の本能的に血を求めることを除けば、並の人間と同じ食事でも生きていくことは可能なのである。
そんな性質を持っていたため、メルトがルノと出会うまでの食事はかなり雑であった。むしろ、ルノと出会った際に干し肉を持っていたことは奇跡である。なにか違えばそこら辺で捕まえた虫を食べる程度で済ませていただろう。
「メルトさんはお肉のほかに好きなものとかないの?」
「そうだねー、甘いものは好きかなぁって、違う違う、今はルノくんの食べたい料理が知りたいの!」
メルトはびしっとルノを指さして言った。
だが、好きな食べ物と言われても、ルノは全く思いつかなかった。ただ、好きかどうかを別として、引っかかる思い出があった。
「……なんか、まるくて、焼いたお肉ってなんだっけ……そうだ、ハンバーグ」
「ハンバーグ? どうして?」
「お母さんが作ってくれた……気がする」
今では顔すら思い出せない母、そんな母が遠い昔に作ってくれたものがあった気がするのだ。
それを思い出した時期というのは、少し前に遡る。カヴァロの町を歩いていた時に感じた匂い、それは店先をふと覗いた先にあった。
このときは鉱山夫のリーダーに拾われた直後で、体の小さいルノでも使える道具を特注すべく、工房へと足を運んでいた。そんな時に見たのがハンバーグだった。リーダーが名前を教えてくれた、ルノが覚えている数少ない料理である。
「それに、リーダーが、今度家族と一緒に食べに行こうって……言ってた……」
そのリーダーはもう居ない。ルノはそのことを思い出して涙が込み上げてくるが、ぐっと抑え込んだ。いつかまたカヴァロに帰って、テンタと共に墓参りに行くのだ。それまでは自分が楽しかった思い出を増やしておきたい。
「……そう、じゃあ! ハンバーグ対決といこうか! バラムス!」
「呼び捨てはやめろ! ふん、まぁいいだろう。このワシに勝負を挑んだことを後悔させてやるわ!」
「ふーん! うちの圧勝で終わりだよ!」
◆
「なんで、俺の料理してるとこが見たいって話からこうなったんだ?」
「わかんない」
グラムの料理はメルトたちの料理対決の後に行われることになった。バラムスが口直しの保険があった方がいいと言い出したのだ。
グラムはというと、呆れたようにも見えたが、そのうちに目を輝かせていき、ルノの方へと顔を向ける。
「でもよ、バラムス様って昔は料理してたんだよな。めっちゃ美味いもんが出てくるんじゃねえか!?」
「たしかに……!」
かつては料理の道を志していたバラムス、そうなれば相当な実力を持っていてもおかしくない。
対するメルトは、なんとなく料理が出来ないオーラのようなものが見えるくらいには普段が雑である。味勝負となると分が悪いのではないかとグラムは考えた。
「でも、メルトさん、さっきハンバーグは食べたことあるし、昔ちょっと教わったって言ってたよ」
「ふーん、教わった、なぁ、どっかの旅先で誰かと仲良くなったんかな?」
グラムから見ればメルトはかなり変人で、あまり人と付き合うイメージがわかなかった。知り合ったばかりの盗人の子供が貴族の屋敷に侵入しようとしているのを、「面白い」から手伝うと言った女だ。
この純粋無垢なルノを何故、旅に連れているのかも正直分からないくらいである。
「わからないけど、メルトさんが言ってたし……」
「まぁ、見栄っ張りにしても、見た感じ変なことはしてねぇし、嘘じゃないんじゃね?」
グラムはそう言ってメルトが料理している方を見つめた。現在は肉のタネから空気を抜いているようだ。
時折落としそうになるも、運動能力の高さから全てをカバーしている。
「ほんとうだ……バラムスさんはなんかいろいろ作ってるね」
「そうだな……ありゃ手の込んだソースだな、あー、確かに美味いもんにはなるだろうけど、香辛料とか強めだし、ルノの口に合うかなぁ」
バラムスの方は、洗練された手つきでハンバーグのソースや他の付け合せまで作っている。ルノは彼が最近まで料理をしていなかったとはとても思えなかった。
「どっちもハンバーグだけど、違うんだね」
「地域差とかも出るしな……多分メルトの方は用意した材料的に、この辺りではないなー。ルフトラとか、その辺じゃねぇか?」
ルフトラはこのアーカスから見るとかなり遠方に位置する町だ。移動するだけでかなりの日数が必要のため、旅をしてきたというメルトの言葉の信ぴょう性が高まった。
「ずっと旅して……メルトさんはなんで旅をしてるんだろう」
思えばルノは、メルトの旅の目的を知らなかった。否、実際には聞いたがはぐらかされたのだ。
カヴァロを出てすぐ、アーカスへと向かう道中、ルノはメルトになぜ旅をしているのか聞いた。その時メルトは『うーん、なんとなくかなぁ、ごめんね。そこまで深く考えたことないかも!』と言っていた。笑っていたが、何かを隠しているような様子であることは、その時のルノでも分かるほどだった。
彼女がなぜ、「旅する吸血鬼」となったのか、ルノの知りたいことがひとつ増えた。
「お、出来上がりそうだな。楽しみだな! ルノ!」
「うん!」
あれこれ考えている間に、どうやら両者とも料理を終えたようだ。盛り付けを終えた料理が、ルノとグラムの元へ運ばれてくる。
「ひとつ聞きたいんだが、俺も審査に加わるとして、俺とルノで意見が割れたらどうなんだ?」
「ルノくんの方が100点、グラムは1点だから関係ないよ」
「なんだ、そのクソ配点は!」
グラムがツッコむも、決定事項らしく、結局グラムは審査しているというより、ただ食べるだけの役割となった。
「とりあえず食べてよ! ほらほら!」
「待て、どちらが先かは決めていないぞ。ワシとしてはどちらにしても圧倒的な味で勝ちを得ることは目に見えておるからな。好きな方を選べ」
「なにそれ! うっざ!」
また口論が始まりそうになる。埒が明かない自体になる前にルノが提案した。
「じゃあ、グラムさんが決めます」
「え、俺!? うーん……見た感じ、バラムス様の方が味が濃そうだし、あとの方がいいんじゃねえか?」
急に振られたにもかかわらず、グラムはかなり真っ当な理由で順番を決めた。両者それで納得したらしく、先にメルト作のハンバーグを食べることとなった。
「じゃあ、ルノくん召し上がれ! ついでにグラム」
「いただきます」
「イラッとくるないちいち! ……まぁいいや、いただきます!」
まずはメルトのハンバーグを食べる二人。
見た目に特徴はなく、よくあるデミグラスハンバーグであった。心配とは裏腹に、しっかりとハンバーグとして出来上がっており、肉のうまみも感じられた。
「おいしい……」
「しっかりうめぇな! 火の通りもバッチリだぜ」
「ふふーんだ」
ただ、ルノには引っかかったことがある。この味は初めて感じるものではないような気がする。
「なんか、懐かしい気がする。お母さんのハンバーグもこんなだったかもしれない」
「ほんと?」
「なんかソースが懐かしい感じするけど、何か普通と違うの?」
「違うとこか……ルフトラはソースにチョコレートを入れるってとこかな。あっちはチョコレートの名産なんだよ」
「ハンバーグって言ってんのに、ルフトラ産のチョコレートを選んだ時から何となく察してたけど、うめぇよな」
グラムはそう言いながらハンバーグを味わっている。
メルトは、ルノの方へと顔を向けると、問いかける。
「ルノくんってルフトラ出身だったりする?」
ルノは自分の出身を覚えていない。両親を亡くしてからのルノは、宛もなく様々な町を転々としていたためだ。当時のルノには分からなかったが、様々な人がルノを助け、カヴァロの町まで繋げていったのだ。
「わかんないけど……そうなのかも」
「じゃあいつかルフトラに行こう! そしたらなにか分かるかもよ!」
ルフトラ、ルノの故郷であるかもしれない町。そこにいつかたどり着いた時ルノは何を考えているのだろうか……
「おい、感傷に浸るのもよいが、ワシのスパイスバーグがまだだろう。冷める前に食べろ!」
静かに話を聞いていたバラムス。話すタイミングを測って勝負続行を求めたようだ。
「おう! そうだな! じゃあいただきます!」
「いただきます」
二人がバラムスのハンバーグを口にする。スパイスが程よく、ルノでも食べれる程の辛さである。ルノは珍しい味に驚きつつ、どんどん食べていく。
「バラムス様、味覚はまだ戻りきってねぇんだよな?」
「あぁ、だが料理していたら色々と思い出してな……昔の感覚でなんとかなったのだ。それに、辛味自体はまだ感じやすいからな」
「おいしい!」
グラムもルノも見事に二つのハンバーグを平らげると、腹をさすり余韻に浸る。
「美味かったなぁ……」
「うん……」
「それで! どっちが勝ちなの! ルノくん!」
「ワシの方が食いついておった。ワシに決まっておる」
食い気味に結果を求める二人。グラムはそんな様子を見てフッと笑った。
「まぁ、俺的には俺のが一番美味いからな。二人は同じくらいだ」
「「はあ!?」」
なぜか火に油を注ぐグラム、ルノはどうしようか戸惑いながらも、真剣にどちらが良いか考えた。
しかし、答えはでない。
「どっちも美味しかったよ……メルトさんのは懐かしいし、たまにすごく食べたくなる感じで、バラムスさんのはすごいお腹が減っててもそうじゃなくても、目の前にあったら絶対完食したくなる感じだし」
「二人とも勝ちじゃだめかな」
ルノがそう言って首を傾げる。メルトもバラムスもそれを見ると笑った。
「ルノくんがそう言うならそれでいーよ」
「そうだな、美味しいものに順序など必要ない」
こうして、二人の勝負は引き分け……もとい、両方が勝者として幕を下ろした。
すると、待ってましたと言わんばかりにグラムが立ち上がる。
「うし、じゃあ俺の料理だな! ……まだ腹は空いてるか? ルノ」
「うん、二人とも少なめにしてくれたから、ぜんぜん食べられるよ」
「おっけー! じゃあ見てろよ!」
この後のグラムの料理というのはとても鮮やかで手際よく、炎の魔法を的確に使う様は、未来の頂点料理人という彼の夢が遠くないと、確かに感じさせるものだった。
この後、調子に乗ったグラムは、ステーキなどを始めとして料理を作りすぎたのだった。
次回はトレビオと言いましたが、嘘です、すみません。
あと、トレビオ編ですが、まだ投稿できません、すみません!