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第9話 祝勝パフェと、呪いの請求書

 翌日、教室の空気は、まるで嵐が去った後の静けさ……というか、気の抜けたサイダーみたいだった。

 クラスの女王様・ミキが、学校を休んだのだ。

 ピリピリとした緊張感はなくなり、代わりに、どこか間の抜けた、穏やかな時間が流れている。


「やった……やったね、カスミちゃん!」

「うん! 私たちの、完全勝利だー!」


 私とサキは、休み時間にこっそりハイタッチを交わした。あのミキを泣かせてやったのだ。これはもう、歴史的な快挙と言ってもいい。

「ねえ、今日の放課後、駅前のファミレス行かない? 祝勝会だよ! 山盛りのチョコレートパフェで乾杯しよう!」

「さんせーい!」

「ユウも、もちろん来るでしょ?」

 私たちが、教室の隅で静かに本を読んでいるユウを誘うと、彼女はゆっくりと顔を上げた。


「パフェ……。主成分は、乳脂肪と果糖ブドウ糖液糖。そして、カカオポリフェノール」

 ユウは、真顔で分析を始めた。

「呪術師の身体は、純粋なエネルギーで構成されるべき。不純物は、思考と呪力の流れを鈍らせる」

「つまり?」

「行かない」

「そういうとこだぞ、ユウ!」

 もう少し、こう、キャッキャウフフとした女子小学生らしいところはないものか!


 だけど、その日の午後。私たちは、自分たちの勝利が、とんだ勘違いだったことを思い知らされる。

 なんだか、教室の空気がおかしいのだ。

 ミキがいないはずなのに、まるで彼女の視線が、教室のあちこちから突き刺さってくるような、嫌な感じ。

 私やサキ、それに親友のマイが話していると、周りの子たちが、遠巻きにヒソヒソと囁き合っている。


「天野さんたち、ミキちゃんのこと、集団でいじめて休ませたらしいよ」

「夕映さんって子が呪い屋で、なんか変なことしたんだって」

「こわーい……」


 ――え?

 話が、全然違う方向にねじ曲がっている。

 悪役は、私たちの方にされていた。ミキは、学校に来ないことで、自分を「悲劇のヒロイン」に仕立て上げていたのだ。

 そして、その嘘の噂を広めているのは、ミキの取り巻きだった子たち。彼女たちは、泣き真似をしながら、クラスのみんなにこう吹聴して回っていた。

「ミキちゃん、ひどく傷ついてるの。『みんなの前で恥をかかされた、もう学校なんて行けない』って……。私たち、心配で……」


 なんてことだ。あの女王様、ただ泣いて逃げただけじゃなかった。より狡猾で、陰湿な、高度な情報戦を仕掛けてきていたのだ!


「ひどい……! ユウに相談しなきゃ!」

 私とサキは、放課後、急いでユウのいる図書室へ向かった。

 ユウは、いつものように、一番奥の郷土史コーナーの隅っこにいた。でも、その様子は、明らかにいつもと違っていた。


 本を読んでいるわけじゃない。額に片手を当て、ぐっと目を閉じている。その顔は、紙みたいに真っ白だった。

「ユウ? 大丈夫?」

 私が肩にそっと触れると、ユウは、びくりと体を震わせた。

 そして、ゆっくりと顔を上げた彼女の瞳は、ほんの一瞬、焦点が合っていなかった。まるで、私のことが誰だか、わからないような……。


「……ごめん、誰だっけ?」


 その言葉に、私の心臓が、ドクン、と嫌な音を立てて跳ねた。

「え……?」

「……冗談」

 ユウは、すぐにそう言って、ふっと笑おうとした。でも、その笑顔は、ひどくぎこちなく、痛々しかった。

「強い呪いを使ったから。その『代償』が来てるだけ。……請求書みたいなものかな」

 そう言って、ユウは自分のこめかみを強く押さえた。

「少し、記憶が混線してるだけ。頭の中で、大事な写真が、バラバラに散らばってる感じ……。すぐに、元に戻る」


 冗談なんかじゃなかった。

 彼女は、ただのクールで不思議な呪い屋じゃない。誰にも見えない場所で、たった一人、こんなにも大きなリスクを背負って、私たちのために戦ってくれていたんだ。

 それなのに、私たちは、祝勝パフェで浮かれて……。

 胸の奥が、チリチリと痛んだ。


「……ごめん、ユウ。私……!」

「謝らないで」

 ユウは、私の言葉を遮った。

「これは、私が選んだことだから」


 その夜、私は、サキと、事情を知ったマイを自分の部屋に集めた。

「もう、ユウだけに頼ってちゃダメだ。今度は、私たちが戦う番だよ!」

 私の言葉に、二人も強く頷いてくれた。


 ユウは、まだ少し辛そうだったけれど、私たちに一つだけ、アドバイスをくれた。

「嘘と戦うための武器は、世界に一つしかない」

 彼女は、まっすぐに私たちを見て言った。

「『本当のこと』――真実だけだよ」


 私たちの次の目標は決まった。

 ミキがクラス中に広めた真っ赤な嘘を、ひっくり返すための「真実」を集めること。

 でも、教室の空気は、もうすっかりミキの嘘の色に染め上げられている。

 司令塔のユウは、満身創痍。私たちは、たった三人。

 絶体絶命の状況で、私たちの、本当の戦いが始まろうとしていた。

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