第4話 呪い屋は手紙がお好き?
「……え、手紙?」
私の口から、間の抜けた声が出た。
ウサギ小屋の前。夕暮れの空。無表情の美少女と、もふもふのウサギたち。そして私の手には、一枚のファンシーな花柄の便箋。
この状況、どう考えたってシュールすぎる。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってユウ! 私たちは今、悪のいじめっ子を懲らしめる話をしてたんじゃなかったの!? なんでそこでラブレターみたいなのが出てくるわけ!?」
「ラブレターじゃない。ただの、言葉の入れ物」
ユウはこともなげに言って、ウサギの頭を撫でている。その指使い、やけに手慣れているな、おい。
「言葉の入れ物って……何それポエム!? いいから早く呪ってよ! サキがマイにしたことを考えたら、便箋なんかじゃなくて藁人形が妥当でしょ、藁人形が!」
私が一人で熱くなっていると、ユウはすっとウサギから顔を上げた。
その黒い瞳が、まっすぐに私を射抜く。夕日のせいで、いつもより少しだけ、寂しそうな色に見えた。
「カスミ。一番強力な呪いはね、人の口から生まれる『悪口』や『嘘』なんだよ」
「……え?」
「たくさんの人が、目に見えないその呪いで傷ついてる。でもね」
ユウは続けた。
「一番強力な『癒し』だって、同じ場所から生まれる。使い方を間違えなければ、言葉は薬にもなる」
呪い屋なのに、呪い以外の方法を信じている?
そのまっすぐな目に、私は何も言い返せなくなった。なんだか、ユウがすごく年上の、賢者か何かに見えてくる。いやいや、相手は同い年の転校生だ。しっかりしろ私!
「……呪いは、いつでも使える最終手段。だから、その前に試したいの」
そう呟くユウの横顔は、やっぱり少しだけ悲しそうで、私は「わかった」としか言えなかった。
まったく、この呪い屋には敵わない。
その日の夜。私は自分の部屋で、例の花柄便箋とにらめっこしていた。
(書くって言ったって、何を書けばいいのよ……)
ペンを握りしめる。
『佐伯サキさんへ。いじめは最低です。今すぐマイに謝りなさい!』
……だめだ。これじゃただの説教だ。ユウの言う「薬」どころか、ただの「毒」だ。
『あなたの気持ち、わかるよ。嫉妬しちゃうこと、あるよね』
……これも違う! なんで私が犯人に寄り添わなきゃいけないんだ!
「ああもう、わかんない!」
頭をかきむしったその時、ふと、ユウの言葉が頭をよぎった。
――『言葉は、相手の心に「隙間」を作ることができる。その隙間に、光が差すこともある』
光……。サキの「光」の部分か。
私は、昼間に見た光景を思い出した。コンクールのポスターを、悔しそうに、でもどこか憧れるように見つめていたサキの横顔。
そうだ。サキだって、ただのいじめっ子じゃない。絵が好きで、一生懸命で、でも、うまくいかなくて……。
私はペンを握り直し、一文字ずつ、丁寧に書き始めた。
翌朝。
誰もいない教室で、私は心臓をバクバクさせながら、そっとサキの机の引き出しに手紙を入れた。まるで時限爆弾でも仕掛けるテロリストの気分だ。
自分の席に戻り、本を読むフリをしながら横目でサキをうかがう。
サキが教室に入ってきた。自分の机に手紙があるのに気づき、怪訝そうな顔をする。
周りをキョロキョロと見回してから、こわごわと封を開けた。
私の心臓が、ドクン、と大きく跳ねる。
手紙を読んだサキの顔が、みるみる変わっていった。
驚き、困惑、そして――ほんの一瞬だけど、固く閉ざされていた表情が、ふっと和らいだように見えた。
サキは、その手紙を、大事そうにカバンにしまった。
放課後。ウサギ小屋(最近ここが拠点になりつつある)でユウに報告する。
「手紙、渡したよ。一応、読んでくれたみたいだけど……。正直、これで何かが変わるとは思えないな」
「種は、蒔かれた」
ユウは、ウサギ用のキャベツをちぎりながら、ポツリと言った。
「あとは、その種が芽を出すのを待つか、それとも……」
そこで言葉を切ると、ユウは真顔で私に向き直った。
「念のため、呪いの準備は進めておく」
「やっぱり呪う気満々なんじゃん!」
思わずツッコんでしまった。まったく、この子の考えてることは、さっぱりわからない。
その時だった。
ユウがふと、校舎の方を見て、ぴくりと眉をひそめた。
「……嫌な『気』がする」
ユウの視線の先には、サキがいた。でも、一人じゃない。クラスのリーダー格のミキちゃんたちに、囲まれている。ミキたちは笑っているけど、なんだかその笑い方が、意地悪く見えた。
「佐伯さん、なんか手紙もらってたよね? 誰からー?」
「べ、別に……」
「ふーん? カスミとかと最近仲良いみたいじゃん。あんな地味な子と?」
ミキたちの言葉が、チクチクとサキに突き刺さっているのが、遠くからでもわかった。
サキは、俯いて何も言えない。
私は気づいた。
サキは、ただマイに嫉妬していただけじゃない。もしかしたら、ミキたちに逆らえなくて、いじめに加わっていた……?
ユウが、静かに呟いた。
「影の裏には、もっと大きな影が隠れていることがある。……どうやら、本当の呪いの相手は、一人じゃないみたいだね」
その言葉に、私はゴクリと息をのんだ。
事件は、まだ始まったばかりだったのだ。