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第3話 探偵カスミ、ときどき忍者

 さて、みなさん。探偵のお時間です。

 今日の私のコードネームは「探偵カスミ」。指令を下すのは、もちろん我らがボス、呪い屋ユウちゃんである。


「いい? 今日のミッションは、ターゲット……佐伯サキを一日『観察』すること。目的は、犯行の『動機』を突き止めることよ」

「よ、じゃなくて……」


 翌日の始業前、呼び出されたのはなぜか体育倉庫の裏だった。朝の爽やかな空気の中で、ユウはボスに成りきって説明している。その手には、なぜか木の枝。地面に雑な見取り図まで描いていた。バツ印が描いてあるのは、たぶんサキの席だ。


「ただし、絶対に気づかれてはダメ。これは諜報活動。つまりスパイよ」

「スパイって……」

「これを持って行って」


 ユウがすっと差し出したのは、一枚のミントの葉っぱだった。爽やかな香りが鼻をくすぐる。

「え、ミント? ガム?」

「違う。『隠形のおんぎょうのじゅ』。これを口に含んでいる間は、あなたの気配は霧のように薄くなる……はず」

「はずって言った!? 今ちょっと不安そうな『はず』って聞こえたよ!?」


 私の抗議を無視して、ユウは「健闘を祈る」とだけ言って、ひらりと身を翻し、校舎に消えていった。残されたのは、私と一枚のミントの葉っぱと、地面に描かれた雑な地図だけ。


 こうして、私のドタバタな一日が幕を開けた。


 一時間目の国語。

 私はミントの葉をそっと口に含んだ。スースーして、なんだか眠くなってくる。

(これが隠形の呪……効いてるのか?)

 ちらり、とサキの背中を見る。彼女は真面目に黒板を……って、こっち見た!

 うわっ! 私は慌てて教科書で顔を隠す。心臓バクバク。いや待て、教科書の向きが逆だ! これじゃただの不審者だ!


 休み時間。

 廊下で友達と話しているサキを、柱の陰から観察する。これぞ探偵の基本。

 サキは、クラスのリーダー格の女子、ミキちゃんたちと一緒にいた。ミキちゃんが何か面白いことを言ったのか、みんながドッと笑う。サキも、口元では笑っている。でも、目が笑ってない。なんだか、無理して合わせているみたいに見える。

「……ん?」

 と、その時。ミキちゃんがふと、こちらを指さした。

「あ、カスミじゃん! 何してんの、柱の陰で。忍者ごっこ?」

「ち、ちがっ、これはその、柱のヒンヤリ感を確かめてたというか!」

 ぜんっぜん隠形できてないじゃん! ユウのうそつきー!


 給食の時間。

 今日のメニューはみんな大好きカレーライス。サキは、親友のマイと同じ班だ。

 私は遠くの席から、獲物を狙う鷹のごとく二人を監視する。

 マイが「サキの福神漬け、キラキラしてて綺麗だね!」と無邪気に言った。するとサキは「そうかな?」と笑って、マイのお皿に自分の福神漬けを全部あげていた。

 優しいじゃん。本当にこの子が犯人なの? 私の見間違いじゃ……。

 そう思った瞬間だった。

 マイが他の子と話し始めた一瞬、サキがマイのお皿をじっと見ていた。その顔から、すっと表情が消えていた。まるで能面みたいに、何も映さない顔。それは、ユウの無表情とは違う、もっと冷たくて暗い感じがした。


 そして、放課後。

 ついに決定的な瞬間が訪れた。

 私は、教室に忘れ物をしたフリをして、こっそりサキの後をつけた。サキは一人、自分の席で何かしている。

(な、何をする気だ……!? またマイの机に何か……!)

 私は掃除用具入れの扉をミリ単位で開け、中の様子をうかがう。まるで本物のスパイになった気分だ。

 サキが見つめていたのは、マイの机じゃなかった。教室の後ろの壁に貼られた、一枚のポスター。それは、マイが市の絵画コンクールで金賞を取った時の絵だった。綺麗な青空と、ひまわり畑の絵。


 サキは、その絵を、ずーっと見ていた。

 憧れているような、でも、すごく悔しそうな、今にも泣き出しそうな、ぐちゃぐちゃの顔で。

 やがて、誰にも聞こえないような小さな声で、ポツリと呟いた。


「……私のほうが、先に、ひまわりの絵、描いてたのに」


 ――ビンゴだ。

 これだ。これがあの子の『心の闇』なんだ。


 私は急いでユウのもとへ報告に戻った。場所はなぜか、ウサギ小屋の前。ユウは無表情で人参をウサギにあげていた。シュールすぎる。


「ユウ! わかったよ! サキの動機は『嫉妬』だ! マイの絵の才能に嫉妬してたんだよ!」

 私が息巻いて報告すると、ユウは最後の人参をウサギにあげてから、ゆっくりとこちらを向いた。

「なるほどね。一番ありふれていて、一番厄介な感情だ」

「でしょ!? これで呪いの準備、万端だよね! さあ、どんなお仕置きにしちゃう? 一週間、絵の具が全部灰色になっちゃう呪いとかどう!?」

「呪いの準備はする」

 ユウは私の提案をあっさり流し、ポケットから何かを取り出した。呪いの藁人形か!? それとも不気味なお札か!?


 ドキドキしながら見つめる私の目の前に差し出されたのは――。


「え……?」


 一枚の、可愛らしい花柄の便箋だった。


「呪いは、いつでも使える最終手段。その前に、一つだけ試してほしいことがある」

 ユウは、ウサギを撫でながら、静かに言った。

「言葉で伝えられる想いも、あるかもしれないから」


 ……え?

 ええええええええ!?

 呪い屋さんが、言うセリフ、それ!?

 手紙って……ラブレターでも書けってこと!?


 私の頭の上には、特大の「?」が、100個くらい浮かんでいた。

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