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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第二卷 第一章 帰還-7

兎人族うさひとぞく侍者じしゃみちびかれ、私は長廊ちょうろうすすんだ。

かべには詩句しくしるされた掛軸かけじく水墨画すいぼくがけられ、ゆか研磨けんまされた黒漆くろうるし松木まつぎで、私たちの倒影とうえいしずかにうつしている。

廊間ろうかんには沈香じんこうがほのかにかれ、かおりはくはないものの、持続的じぞくてき鼻腔びこうへとみ、精神せいしん次第しだいしずめていった。

おくすすむほど、雰囲気ふんいきはいっそう幽静ゆうせいさをしていく。

鳴靜之間めいせいのま」とまれた銀灰色ぎんかいしょく月木つきぎ屏風びょうぶこうには、両開りょうびらきの彫花門ちょうかもんがあり、とびらには六島之國ろくとうのくに象徴しょうちょうする「六方結界圖ろっぽうけっかいず」がほどこされていた。

中央ちゅうおうには金色きんいろ日輪紋章にちりんもんしょうはいされ、その周囲しゅういには六輪ろくりん蓮花れんげそとかってほこっている。


もんはまだひらいていない。

それでも、すでに高貴こうき雰囲気ふんいきちていた。




此処ここ会客間かいきゃくまです。」

侍者じしゃ低声ていせいげ、すぐに門板もんばんかるたたき、とびらしてうちはいった。

門扉もんぴ静寂せいじゃくなかひらき、かすかな銅環どうかんおととともに、内部ないぶからやわらかな光線こうせんされ、わたしたちのまえ空間くうかんらしした。

此処ここ天方鳴てんほうめい最深部さいしんぶにある会客廳かいきゃくちょうであり、一歩いっぽあしれた瞬間しゅんかん、まるでべつ世界せかいいたかのようであった。

最初さいしょはいるのは、部屋へや一面いちめんめられた鳳尾織地ほうびおりじたたみである。

この織物おりもの伝統的でんとうてき龍鳳りゅうほう図騰ずとう基調きちょうとし、金銀きんぎんいと天然てんねん藍靛らんてん染料せんりょう交互こうごげており、質感しつかんあつく、なおかつ光沢こうたくみ、その一寸いっすん一寸いっすんあたたかくうるおいのある光華こうかはなっていた。

そのうえかるあしせると、あゆみはやわらかくめられ、まるで柔軟じゅうなん寝台しんだいみしめているかのようであった。


天花板てんじょうは、六島之國ろくとうのくに北方ほっぽう寒地かんち特有とくゆうな「青桑木せいそうぼく」によって彫刻ちょうこくされており、その色澤しきたく天然てんねん淡青色たんせいしょくである。

表面ひょうめんには精細せいさい浮雕ふちょう図騰ずとうきざまれ――くもかわつるまつ、その一筆一筆いっぴついっぴつが、まるで数百年すうひゃくねん歳月さいげつによってみがげられたかのようであり、中央ちゅうおうげられた月耀琉璃燈げつようるりとう相互そうご輝映きえいしていた。

その琉璃燈るりとう外縁がいえんには幾重いくえにもかさなる細糸さいし縁取ふちどられ、中央ちゅうおう吊飾つりかざりには、神明かみ共治きょうち象徴しょうちょうする「日月交映にちげつこうえい」の宝飾ほうしょくはいされている。

燭火しょっかひかりけて、それはかすかにまたたき、まるで星海せいかいさかさにかっているかのようであった。

会客室かいきゃくしつ壁面へきめん紫檀木したんぼくによってつくられ、表面ひょうめん漆絵師うるしえしによる描金びょうきんほどこされている。

細部さいぶ随所ずいしょには精巧せいこう意匠いしょうひそみ――銀鶴ぎんかくはすくわえ、きん螺紋らもんかどへとり、さらには門框もんきょう隅角ぐうかくいたるまで、玉石ぎょくせき圧条あつじょうまれ、いずれもすきなくととのえられていた。

壁際かべぎわには、たかさが二人分ふたりぶんちか琉璃るり花屏風はなびょうぶ二基にきてられており、粉藍ふんらん水緑すいりょく漸層ぜんそうガラスによって天池てんち山景さんけい嵌込はめこまれている。

光線こうせんとおると、それはまるで朝霧あさぎり流転るてんするかのようで、一目ひとめこころうばわれるけいであった。


室内しつない中心ちゅうしんには、神木しんぼくによって彫琢ちょうたくされた巨大きょだい円卓えんたくかれている。

それは全体ぜんたいが「天櫻木てんおうぼく」によってせいされており、この木材もくざい至高天原島しこうあまはらじま高地こうちにのみ生育せいいくし、一本いっぽんごとに成材せいざいまで百年ひゃくねん以上いじょうようする。

その木目もくめかすみのようであり、みずながれにもて、流動りゅうどうする櫻雲おううんのごときおもむきをびている。

卓上たくじょうには、黄昏之國たそがれのくにから輸入ゆにゅうされた「赤黒絲綢せきこくしちゅう」の卓布たくふかれており、その図騰ずとうには赤鳳せきほう黒亀こっき双環そうかんとなって交錯こうさくする意匠いしょうえがかれている。

それは陰陽いんよう均衡きんこう象徴しょうちょうし、紗面しゃめん光沢こうたくはほのかにまたたき、星河せいがのきらめきをおもわせた。

かく座墊ざだん雲絨うんじゅうおおわれ、金糸きんしによる「神主蓮印しんしゅれんいん」が刺繍ししゅうされている。

さらに、椅脚いきゃくしたには吸音毯きゅうおんたん敷設ふせつされ、着座ちゃくざさいにもおおきなおとたぬよう配慮はいりょされていた。

室内しつないにはまた、高級こうきゅう茶器ちゃき展示架てんじかそなえられており、そのうえには多様たよう陶器とうき陳列ちんれつされている。

水雲釉瓷すいうんゆうじ」、「鏡雪漆器きょうせつしっき」、「炎晶壼えんしょうこ」、「夜紋黒陶やもんこくとう」……いずれも当代とうだい代表だいひょうする名匠めいしょうさくであった。


しつらえられた香炉こうろでさえ、その由来ゆらいみではなかった。

中央ちゅうおうかれているのは、神社じんじゃ等級とうきゅうの「靈沉青銅爐れいちんせいどうろ」であり、内部ないぶかれているのは、限定げんてい使用しようの「風蘭香ふうらんこう」と「魂歸木こんきぼく」である。

その香気こうき馥郁ふくいくとして安定あんていしており、こころしずめ、頭脳ずのう覚醒かくせいさせ、雑念ざつねんはら効果こうかつ。

そしていまたくこうがわには、すでに五人ごにんさき着座ちゃくざしていた。

かれらは一列いちれつならび、服飾ふくしょくはそれぞれことなり、表情ひょうじょうおごそかでありながらしずかであった。

明言めいげんこそされていないものの、その強大きょうだい気場きじょう稲天寺いなてんじいから、わたしたちが推測すいそくするのはむずかしくなかった。

——このものたちこそが、六島之國ろくとうのくに現任げんにん神明かみである。

神明大人かみさま客人きゃくじん到着とうちゃくいたしました。」

稲天寺いなてんじただし、うやうやしくれいおこない、その語調ごちょうには従軍者じゅうぐんしゃらしい簡潔かんけつさと敬意けいいめられていた。

中央ちゅうおうすわ神明かみは、わずかにうなずき、重厚じゅうこう清朗せいろうこえげた。

かれらを着座ちゃくざさせよ。」



わたし緹雅ティア視線しせんわし、一緒いっしょまえすすみ、中央ちゅうおうちか位置いちえらんで着座ちゃくざした。

椅背いはいやわらかく、とど範囲はんいいたところ上等じょうとう絹織きぬおりの布地ぬのじなめらかさがあり、こしろした瞬間しゅんかん自然しぜん安定あんていきがしょうじた。

妲己ダッキはいつもどお雅妮ヤニーふところいだき、わたしたちの背後はいごち、三姉妹さんしまい左右さゆうかれて位置いちり、警戒けいかいたもっている。

桃花晏矢とうかえんしわたし右手側みぎてがわ一席いっせきけた位置いちえらび、外交がいこう使者ししゃとして相応ふさわしい距離きょりたもった。

此処ここではれいこだわ必要ひつようはない。みなさまは貴客ききゃくである。随従ずいじゅうものたちも、入座にゅうざされよ。」

中央ちゅうおう神明かみふたたくちひらき、その語調ごちょうじつやわらかであった。

妲己ダッキ三姉妹さんしまいたがいに視線しせんわし、やがてわたしたちのほうやる。

そのには、わずかな逡巡しゅんじゅん宿やどっていた。

かれらがそううのなら、あなたたちもすわりなさい。」

緹雅ティアしずかにげ、そのこえおだやかであった。

「……承知しょうちしました。」

妲己ダッキちいさくうなずき、三姉妹さんしまいにも合図あいずして、ともせきへといた。


一同いっせいみな着座ちゃくざすると、数名すうめい兎人族うさひとぞく侍者じしゃ会客間かいきゃくまへとあゆり、にそれぞれ托盤たくばんち、ちゃささげていた。

そのうごきはかろやかで、おとひとつてることなく、茶盞ちゃさん一杯いっぱいずつ稲天寺いなてんじそばへとはこんでいく。

いずれのはい銀縁ぎんぶち白磁はくじそそがれ、茶水ちゃすい色澤しきたく淡黄たんこうにしてかすかにあおみをび、水面すいめんにはうす香霧こうむがほのかにただよっていた。

侍者じしゃじかちゃきょうするものとおもっていたが、意外いがいにも稲天寺いなてんじみずかがり、托盤たくばんると、きわめて自然しぜん所作しょさこしり、わたしたちのために一杯いっぱいずつちゃそそいだ。



わたしはその光景こうけいにした瞬間しゅんかん反射的はんしゃてき背筋せすじばしてすわなおし、心臓しんぞう鼓動こどう一気いっきはやまった。

「あ……こ、これは、やはりわたしたちが自分じぶんでいたします!」

わたしあわててこえげて制止せいしし、てのひらには、すでにわずかなあせさえにじんでいた。

六島之國ろくとうのくに第一だいいち大将軍だいしょうぐんが、わたしたちのためにちゃそそぐなど、どうかんがえてもわない。

つぎ瞬間しゅんかんには、軍法ぐんぽうしょ一筆いっぴつしるされるのではないか――そんな予感よかんすらおぼえてしまう。

だが、わたしえるまえに、となりすわり、鮮紅せんこう和服わふくまとった神明かみが、くすりとわらごえらした。

ほのおのようなかみ肩後かたうしろまでれ、ととのった顔立かおだちは端正たんせいで、その語調ごちょうほがらかにみをふくみ、たわむれるようでありながら、どこかしたしみをびている。

布雷克ブレイク殿どの、どうかお気遣きづかいなく。

稲天寺いなてんじは、こうしたことがきなのです。だれかれにはかないませんよ。」

稲天寺いなてんじ表情ひょうじょうえることなく、あたかも千百回せんひゃっかい演練えんれんかさねてきたかのような安定あんていしたうごきで、茶盞ちゃさん一杯いっぱいずつしていく。

その所作しょさには、一切いっさいよどみもなく、じつはらっていた。


「このちゃ天方鳴てんほうめいでもっとも貴重きちょう蔵葉ぞうようではありませんが、われらがとくこのんでいるしなひとつです。」

紅衣こうい神明かみは、すぐにそう補足ほそくした。

わたし視線しせんとし、まえ茶杯ちゃはいた。

茶湯ちゃとうわたり、あわみのなかにほのかなみどりしている。

水面すいめんにはやわらかな花香かこう果香かこうのぼり、桃李とうり春菊しゅんぎくちか清新せいしんざっていた。

まだくちふくまえから、そのかおりが鼻間びかんめぐり、心神しんしん自然しぜんゆるんでいく。

かれらはわたしたちにちゃそそいでくれたが、神明かみたち自身じしん白湯さゆだけをんでいる。

それにづき、わたし胸中きょうちゅうには、わずかな警戒けいかいしょうじた。

「……とはいえ、ねんのため、だな。」

わたしはひそかに鑑定之眼かんていのめ起動きどうし、視線しせん茶湯ちゃとうへとけた。

鑑定結果かんていけっか無毒むどく状態じょうたい安定あんてい

成分せいぶん山桃葉さんとうよう花梨果かりか雲絲草うんしそう清明春芽せいめいしゅんが

よし――無毒むどく無害むがいだ。

わたしはわずかに安堵あんどし、ようやく茶杯ちゃはいげ、そっと一口ひとくちふくんだ。

ぬくもりはおだやかであつすぎず、口当くちあたりはあまうるおい、後韻こういんはやさしくかえってくる。

まるで林間りんかん朝霧あさぎりが、しずかにむねでるかのようであった。

わたしとは対照的たいしょうてきに、緹雅ティア最初さいしょからじついている様子ようすだった。

彼女かのじょ指先ゆびさきかる茶盞ちゃさんささえ、じたまましずかに一飲ひとのみする。

その口元くちもとには、ほのかな満足まんぞく微笑びしょうかび、まるでこの一杯いっぱいちゃが、すでに彼女かのじょ内側うちがわ律動りつどうっているかのようであった。



「お二人ふたり冒険者ぼうけんしゃ、まずはわれらから自己紹介じこしょうかいをいたしましょう――われらこそが、六島之國ろくとうのくに最高神さいこうしんです。」

その言葉ことばちた瞬間しゅんかんわたしあやうくちゃ一息ひといきしそうになった。

「ま、って……いま、ったのは……“あなたたち”?」

その人物じんぶつ泰然たいぜんとした様子ようすちいさくうなずいた。

「そのとおりです。厳密げんみつえば、わたしはその一人ひとりぎません。五人ごにんなかおも決定権けっていけんになものとして、わたし月見里夙つきみさと・はや

われつかさど神位しんいは――天之神あまのかみです。

わたし左手側ひだりてがわにいるこの二人ふたりは、それぞれ生命之神せいめいのかみ天羽澪あまはね・みおと、大地之神だいちのかみ九十九宗真つくも・そうま

そして右側みぎがわ二人ふたりが、活力之神かつりょくのかみ霧生由良きりう・ゆらと、時間之神じかんのかみ夜久千景やく・ちかげです。」

「なるほど……最高神さいこうしんって、五人ごにん一組ひとくみだったんだ……」

わたしすこおどろいた様子ようすで、そうくちにした。


天之神あまのかみわずかにみ、いた調子ちょうしかたった。

「そのとおりです。おそらく、あなたがたわれらのちからみなもとをご存知ぞんじでしょう。

最初さいしょ九位きゅうい大人おとなたちが前代ぜんだい神明大人かみさま能力のうりょくさずけ、そののち前代ぜんだい神明大人かみさまはその力を五等分ごとうぶんけられました。

われらは、前代ぜんだい神明大人かみさまによる篩選しせんて、それぞれこの五種ごしゅの力を継承けいしょうしたのです。」

わたしおどろいたのは、ちから分割ぶんかつされているにもかかわらず、この五人ごにん能力のうりょくが、聖王国せいおうこく神明かみよりもなおつよえたことだった。

では、もとちからは、一体いったいどれほど強大きょうだいだったのだろうか。


「しかし……なぜつにけたのですか?

そのようにする意味いみなんなのでしょうか。」

このとき緹雅ティアくちはさんでいかけた。

天之神あまのかみは淡々(たんたん)とこたえる。

「それは、そのちからがあまりにも強大きょうだいだったからです。

前代ぜんだい神明大人かみさまでさえ、完全かんぜん制御せいぎょすることはできませんでした。

継承者けいしょうしゃつからない事態じたいけるため、ちから五等分ごとうぶん分割ぶんかつするという方法ほうほうえらばれたのです。

そうすれば、継承けいしょう保証ほしょうできるだけでなく、それぞれのちからてきした人材じんざい選抜せんばつすることも可能かのうになります。」

「だが、もしまた先程さきほどのような強敵きょうてき相対あいたいした場合ばあい……

けられたちからで、たしてえられるのですか?」

わたしまゆせてうた。

「それこそが、われらの背負せお使命しめいです。」

天之神あまのかみこえひくく、そしてるぎなくひびく。

「――つぎ継承者けいしょうしゃ、すなわち五神ごしんちから一身いっしん統合とうごうできるまこと存在そんざいつけすこと。」

「しかし、初代しょだい神明大人かみさま二千五百年にせんごひゃくねんにわたってさがつづけ……」

活力之神かつりょくのかみつづけてかたり、その口調くちょうには無力感むりょくかんにじんでいた。

結局けっきょく相応ふさわしい人選じんせんつけることはできなかったのです。」


わたしたちはふたた茶杯ちゃはいげ、かる一口ひとくちすすった。

その余韻よいんは、まるで山間さんかんわた微風びふうのように清雅せいがであった。

あるいは雰囲気ふんいきのせいか、ときながれさえも、ひときわゆるやかにかんじられる。

ちょうどそのとき青灰色せいかいしょく長袍ちょうほうまとった一人ひとり侍者じしゃが、精緻せいち銀輪ぎんりん餐車さんしゃしてはいってきた。

車上しゃじょうには雪白せっぱく亜麻布あまぬのけられ、そのしたからは、かすかに蒸気じょうき幾筋いくすじのぼっている。

あわ酢香すこう海味かいみじりい、まるで一場いちじょう味覚みかく儀式ぎしきが、これからはじまろうとしているかのようであった。

正午しょうごです。」

天之神あまのかみわずかにみ、った。

「あなたがた旅路たびじは、さぞおつかれだったことでしょう。

くりやめいじ、六島之國ろくとうのくに名物めいぶつとなる前菜ぜんさいをご用意よういいたしました。

ささやかではありますが、たびつかれをいや一助いちじょとなればさいわいです。」



最初さいしょ登場とうじょうしたのは、いろかおり・あじともにととのった漬物つけもの三品さんぴん一組ひとくみだった。

いずれも半月形はんげつがた青磁せいじうつわられ、器身きしんには六島ろくとう各地かくち象徴しょうちょうする図紋ずもんえがかれている。

まるで歴史れきし味覚みかく同時どうじ卓上たくじょうはこんできたかのようであった。

第一だいいち一品いっぴんは、現地げんちで「赤露珠せきろじゅ」としたしみをめてばれている、塩漬しおづけの蕃茄ばんかである。

ちいさくりのある紅蕃茄べにばんかは、長時間ちょうじかん低温ていおん熟成じゅくせいによってかわがわずかにまり、表面ひょうめんには宝石ほうせきのようなとお光沢こうたく宿やどっていた。

三粒みつぶあか小蕃茄こばんか整然せいぜんならび、よくると、それぞれの表面ひょうめんには雪白せっぱく海塩かいえんと、こまかくきざまれた氷薄荷葉ひょうはっかようかるらされている。

淡緑たんりょく鮮紅せんこうたがいにえ、にもたのしいおもむきであった。

緹雅ティア慎重しんちょう一粒ひとつぶはしり、そっとくちはこぶ。

「カチッ」とかすかなおとち、果実かじつ唇歯しんしあいだはじけたかのようにかんじられた。

果肉かにくからは即座そくざに、清冽せいれつ酸味さんみ甘味あまみびた汁液じゅうえきあふす。

しおかおりはあじ支配しはいすることなく、むしろ薄衣うすごろものように全体ぜんたいつつみ込み、風味ふうみ一段いちだんたか次元じげんへとみちびいていた。

さらに、果皮かひ由来ゆらいするほのかな苦韻くいんあとからあらわれ、もともと素直すなお鮮味せんみに、おもいがけない奥行おくゆきをえていた。


第二だいに一品いっぴんは、芥末からし小章魚こだこである。

この料理りょうりは、まえ一品いっぴんくらべ、かおりがはるかにつよい。

青黄せいおうきりのような芥末醬からしだれが、小章魚こだこ全体ぜんたい均等きんとうからめられ、こまかくんだ触手しょくしゅは、まるで海草かいそうのように、磁器じきさらうえかがめている。

章魚たこそのものは、軽度けいど燻製くんせい酢浸すづけをほどこされており、表面ひょうめんにはわずかな粘性ねんせいがあり、自然しぜん油光ゆこうがほのかにかんでいた。

淡紅色たんこうしょく小章魚こだこ触手しょくしゅは、はなのようにくるりとかれ、そのうえ青黄せいおう芥末醬汁からしだれおおっている。


緹雅ティア一瞬いっしゅんためらったが、わたしさきちいさな一切ひときれをはしり、くちはこんだ。

その瞬間しゅんかん辛辣しんらつ刺激しげき鼻腔びこうけ、一直線いっちょくせん頭頂とうちょうまでがり、おもわず目尻めじりあつくなる。

芥末からし刺激しげきは、電流でんりゅうのように舌先したさきはしけ、そこからそとかって、じわりとしびれる感覚かんかくへとひろがっていった。

つぎ瞬間しゅんかん章魚たこ弾力だんりょくのある肉質にくしつこたえるようにがり、うみ塩味しおあじ燻製くんせい木香もくこうじりう。

それはまるで、舌上ぜつじょう海底かいていあらしこるかのようで、荒々(あらあら)しさのなかに、いくつもの転調てんちょうめられていた。


最後さいご一品いっぴんは、燻製くんせいした黒海鮭くろうみさけ鯷魚醬ちょうぎょしょうえた料理りょうりである。

この一皿ひとさらは、それまでとはおもむきをことにし、まるでしずかな深海しんかいうたのようなたたずまいをせていた。

うすられた鮭魚けいぎょは、幾重いくえにもかさねられて花弁かべんかたちととのえられ、氷石板ひょうせきばんうえられている。

橘紅色きつこうしょく魚肉ぎょにくと、亮白りょうはく洋蔥たまねぎりなす紋理もんりは、まるで海面かいめん霞光かこうながうごくかのようで、繊細せんさい漸層ぜんそうえがいていた。

この料理りょうりうつくしさは、その節奏感せっそうかんにある。

燻香くんこう魚油ぎょゆい、かおりは温度おんどとともに、わずかにひろがっていく。

さら底部ていぶには、銀灰色ぎんかいしょく鯷魚醬ちょうぎょしょうがひとすじえられ、その気配けはい濃厚のうこうでありながら、けっしてはなくものではなかった。


鮭魚さけ口中こうちゅうはいり、鯷魚醬ちょうぎょしょうがゆっくりとひろがれる。

鮭魚さけやわらかくうるおい、奶油バターのような脂肪感しぼうかんび、したうえでほどけるようにけていく。

だが、完全かんぜんまえに、鯷魚醬ちょうぎょしょう塩香えんこうしずかに入りみ、暗湧あんゆうのように舌根ぜっこんはじけ、全体ぜんたい鮮味せんみ極限きょくげんまでげる。

その余韻よいんながつづけ、まるでうみたましい一瞬いっしゅん凝縮ぎょうしゅくしたかのようであった。

まえ二品にひんくらべると、この一皿ひとさらおどろきをつよもとめるものではない。

それはしおながれのようにしずかにせ、段階的だんかいてきかさなりい、最終的さいしゅうてき味覚みかく深部しんぶへと余響よきょうのこす。

緹雅ティアは、この三品さんぴん前菜ぜんさいすべてに、じつ満足まんぞくしている様子ようすであった。


つづいて、侍者じしゃ両手りょうてうやうやしく、古雅こが意匠いしょう土瓶蒸どびんむ一壺ひとつぼはこんできた。

茶壺ちゃつぼ外壁がいへきには、うっすらと霧気むきただよい、瓶身びんしんには雲海うんかい仙鶴せんかく図紋ずもんまれている。

まるで、この一壺ひとつぼ宿やどるものが、天地てんち霊気れいきから抽出ちゅうしゅつされたせいであるかのような暗示あんじであった。

とりわけ見事みごとだったのは、その陶製とうせい瓶蓋びんがいである。

たくみにちいさなわんとしても使つかえるかたち設計せっけいされており、趣味性しゅみせい実用性じつようせいそなえ、おもわずってながめたくなる。

わたし瓶蓋びんがいけた瞬間しゅんかん清雅せいが湯気ゆげのぼり、蒸気じょうきとともにひろがった。

それはやわらかくほおで、朝霧あさぎりのようにからみつく。

同時どうじに、鼻間びかんへと、鮮明せんめいでありながらすことのない、海潮かいちょう塩香えんこう一気いっきながんできた。


わたしはゆっくりと蓋碗がいわんそそいだ。

その色澤しきたくって透明とうめいで、かすかに淡金色たんきんしょく光沢こうたくし、まるで初曦しょき湖面こめんそそぐかのようであった。

くちふくむと、まずひろがったのは、おもわずいきむほどのきよらかなあまみである。

春日はるび山泉さんせん竹林ちくりんけてさかずきそそがれたかのように、最初さいしょ椎茸しいたけ出汁だしった、素朴そぼく淡雅たんが旨味うまみしたひろがる。

その直後ちょくご――いきめるほど濃密のうみつ海味かいみが、突如とつじょとしてせた。

それは荒波あらなみきしつように、一瞬いっしゅん味蕾みらいおおくす。

干貝かんばいはまぐり蝦肉えびにく魚骨ぎょこつ昆布こんぶを、弱火よわび丹念たんねん煮出にだした精華せいかあじ

その一滴一滴いってきいってきが、まるで大海たいかいたましい凝縮ぎょうしゅくしたかのようであった。

「……これほどの湯底ゆそこ仕上しあげるには、相当そうとう時間じかんがかかるのでしょうね。」

わたしは、おもわず小声こごえでそう感嘆かんたんした。



たとえ一盅いっちゅうぎなくとも、そこには主厨しゅちゅう層次そうじ時序じじょ掌握しょうあくしていることが、はっきりとしめされていた。

いそぐことも、あせることもなく、それでいて一歩いっぽ一歩いっぽが、ことごとく驚嘆きょうたんあたいする。

土瓶蒸どびんむしの余韻よいんが、まだ完全かんぜんらぬうちに、視覚しかくかおりをそなえた一皿ひとさらつづいて登場とうじょうした――五味鮮魚盛合ごみせんぎょもりあわせである。

それは精巧せいこう彫琢ちょうたくされた黒曜こくよう長盤ながばんられ、盤面ばんめんには銀線ぎんせんえがかれた海浪かいろう潮紋ちょうもんまれている。

まるで、この五品ごひん料理りょうりが、海底かいていからかれてげられた珍宝ちんぽうであることを、しずかにかたっているかのようであった。

かく魚肉ぎょにく整然せいぜんならべられ、たがいのあいだには、枯山水かれさんすいおもわせるかたちられた蓮根片れんこんへんと、海藻かいそう晶凍しょうとうはいされている。

それは風味ふうみへだてるためであると同時どうじに、視覚しかくうえでも、なみつらなるような曲線きょくせんえがしていた。

これは、たんなる五片ごへんさかなではない。

むしろ、綿密めんみつ設計せっけいされた一場いちじょう儀式ぎしきのようであり、それぞれのさかなが、一つの風土ふうど歴史れきし背負せおい、独立どくりつした一編いっぺん物語ものがたりかたっているかのようであった。



最左ひだりかれていたのは、初雪はつゆきのように潔白けっぱく塩焗えんきょく青面魚あおめざかなで、「白石之靜はくせきのしずけさ」ともばれている。

原塩げんえんつつんだのちにあぶきにされ、焼成しょうせい過程かてい魚体ぎょたい水分すいぶんはしっかりとめられる。

塩殻しおがらによりもろ結晶化けっしょうかし、こまかな晶壁しょうへきとなり、たたるとんだおとてる。

それは、しずかなみずうみ氷面ひょうめんやぶるかのようであった。

魚肉ぎょにく自然しぜん乳白色にゅうはくしょくていし、繊維せんい緻密ちみつで、脂肪しぼう過不足かふそくなくふくまれている。

くちれた瞬間しゅんかん塩焗えんきょく技法ぎほうがもたらす簡素かんそ奥行おくゆきのあるあじひろがる。

過度かど調味ちょうみはなく、あるのはさかなそのものが鮮甜せんてんと、わずかにげた魚皮ぎょひかおりのみである。

それは、きよらかなゆき舌先したさきをかすめるような味覚みかくで、澄明ちょうめいでありながらきをそなえ、後味あとあじにはあわ石地せきち鉱物こうぶつこうのこる。

まるで、北島ほくとう雪原せつげんわたかぜおもこさせるかのようであった。

このさかなは、つき海平線かいへいせんもっとちかづくときにのみあらわれるとつたえられている。

その時分じぶん魚体ぎょたい脂肪しぼうもっと均衡きんこうし、「静謐せいひつ純浄じゅんじょう」の象徴しょうちょうなされているという。



第二だいに一品いっぴんである醬烤しょうやきの鱸松魚ろしょうぎょは、さき料理りょうりとはおもむきを一変いっぺんさせ、火色ひいろあざやかで、気配けはい濃烈のうれつであり、「焰影之舞えんえいのまい」という別称べっしょうつ。

魚肉ぎょにく特製とくせい焦糖醬しょうとうだれ何度なんどかさねてげられ、表皮ひょうひうわぐすりのようになめらかな琥珀色こはくしょくびている。

ふちはわずかにかえり、随所ずいしょ焦香こげか焼痕やきあとが、つよ物語ものがたっていた。

醬汁しょうじゅうには甘蔗かんしょ黒糖こくとう柚子皮ゆずかわ、そして淡酒たんしゅわされ、一口ひとくちごとに酸味さんみ甘味あまみ交錯こうさくする層次そうじしている。

魚肉ぎょにくのどとおすと、やわらかさのなかりをのこした繊維せんいが、ゆっくりと濃厚のうこうあぶらかすかなげの風味ふうみほどはなつ。

それは、味蕾みらいうえ火焔かえんうかのようで、くことなく、しかしたしかに、一本いっぽん一本いっぽん感覚かんかくやしていく。

その余韻よいんには、さらに一縷いちる燻製くんせいされた茶香ちゃこうひそみ、全体ぜんたいあじわいを、甘美かんびから内省的ないせいてききへとみちびいていた。

この料理りょうり大陸たいりく南岸なんがんつたわる伝統でんとう宴席魚えんせきぎょであり、もとは一人ひとり流亡りゅうぼうした王子おうじによって考案こうあんされたと伝承でんしょうされている。

過去かこ痛楚つうそちからへとえる」という寓意ぐういち、そのため、この一皿ひとさらには、ほとんど物語ものがたりのような熱度ねつど記憶感きおくかん宿やどっていた。



正中央せいちゅうかれていたのは、外観がいかんもっと素朴そぼくでありながら、気質きしつもっと静謐せいひつ清蒸せいじょう石頭魚せきとうぎょである。

魚体ぎょたい竹葉ちくようつつまれ、高湯こうとう淡塩たんえん蘭花酒らんかしゅえて低温ていおんげられ、仕上しあげにきわめてほそ葱絲そうし黄柚皮末こうゆひまつらされている。

魚皮ぎょひ本来ほんらいいろたもち、透明感とうめいかんのある一層いっそう膠質こうしつびている。

皿底さらそこには、かがみのようにんだ清湯せいとうにじており、あわいながらも、たしかな奥行おくゆきをめていた。

このさかなは、きわめて柔滑じゅうかつで、れればすぐにほぐれ、まるで口中こうちゅう雲絮うんじょふくむかのようである。

風味ふうみ淡雅たんがで、ほとんどさかなそのものの清甜せいてんと、みず清涼感せいりょうかんだけをのこす。

後味あとあじには、柚皮ゆひ由来ゆらいする、かすかな果香かこうとらえることができた。

それは、「ゆう」と「」の狭間はざまにあるあじであり、皓月こうげつ深潭しんたんらすおりおとなきものがおとまさる――そんなしずけさをおもわせる。

ゆえに、この一品いっぴんは「幽潭之月ゆうたんのつき」ともしょうされている。

石頭魚せきとうぎょは、葦原島あしはらじま林間りんかんながれる小溪しょうけいさかなで、潮間帯ちょうかんたい礁岩しょうがん生育せいいくするため、肉質にくしつはとりわけ繊細せんさいである。

当地とうちの人々(ひとびと)は、この料理りょうり祖霊それい月神つきがみささげ、「ことばあじとどめ、こころしずけさにとどめる」という象徴しょうちょうたくしてきた。



第四だいよん一品いっぴんである味噌みそ鳳仙魚ほうせんぎょは、大地だいちぬくもりと、人文じんぶんかさねられた醞釀感じょうじょうかんをはっきりとしめしていた。

魚肉ぎょにく事前じぜんに、三年さんねん熟成じゅくせいさせた赤味噌あかみそ蜂蜜はちみつ米麴こめこうじにより一昼夜いっちゅうやまれ、そののち直火じかでゆっくりとげられている。

魚皮ぎょひは、朝曦ちょうぎもとひかりまった石壁せきへきのような、温潤おんじゅん金紅色きんこうしょくびていた。

くちれた瞬間しゅんかん味噌みそ塩香えんこう即座そくざ舌根ぜっこんへとひろがり、つづいて発酵はっこう由来ゆらい甘味あまみふか香気こうきのぼる。

それらは魚肉ぎょにく本来ほんらい鮮美せんびと、わずかに焦糖化しょうとうかした外層がいそうい、あじわいは重厚じゅうこうでありながらけっしておもたくはない。

それは、なが冬夜とうやてにおとずれるあさひかり記憶きおくが、時間じかんによってふうめられたかのようであった。

このさかなは、黄泉之島よみのしま東陸とうりく山脈さんみゃく付近ふきんにある湖泊こはくみなもととし、冬祭ふゆまつりおりささげられる献魚けんぎょであるとつたえられている。

当地とうち長老ちょうろうたちは、味噌みそには陽光ようこう温度おんどたくわえるちからがあるとかんがえ、それを生命せいめい希望きぼうをつなぐ象徴しょうちょうとしてきた。

そのため、この料理りょうりは「曦光之憶ぎこうのおもいで」ともばれている。



最後さいご一品いっぴんである酥炸そさ白身魚しろみざかなは、盛合もりあわせ全体ぜんたいなかでもっともかるやかで、同時どうじにもっともひとこころきつけるあじであった。

この料理りょうりは「波光之舞はこうのまい」ともばれ、魚身ぎょしん米粉こめこ栗粉くりこわせたうすころもつつまれ、高温こうおん瞬時しゅんじげられている。

その色澤しきたく金黄きんこうにして清亮せいりょう表皮ひょうひきぬのようにこまやかで、まるで陽光ようこう海面かいめんらした金屑きんくずのようであった。

ひとみした瞬間しゅんかん、「カリ」とみじかほそおとち、酥脆そすい感触かんしょく波紋はもんのようにひろがっていく。

一方いっぽうで、魚肉ぎょにく内側うちがわ潔白けっぱくで、きわめて繊細せんさい鮮甜せんてんにしてったあじたもち、ころもとの対比たいひ鮮明せんめいであった。

皿底さらそこには紫蘇葉しそようかれ、そのかおりはあわはなをくすぐる。

ざかなわさることで、わずかに辛甘からあまさをび、全体ぜんたい東方とうほう草本そうほんおもわせる後韻こういんえ、余韻よいんきることがなかった。

この一品いっぴんは、諸島しょとう漁民ぎょみんたちによってされた料理りょうりであり、「簡素かんそなかにこそ極致きょくちがある」という意味いみ宿やどす。

それはまた、自然しぜん食材しょくざいそのものにたいする敬意けいいあらわした一皿ひとさらでもあった。



前菜ぜんさいだけでも、すでに琳瑯りんろうならび、風味ふうみ交錯こうさくしており、わたしおもわず一抹いちまつ逡巡しゅんじゅん好奇こうきおぼえた。

このような待遇たいぐうは、素性すじょうれぬ外地がいち冒険者ぼうけんしゃ二人ふたりけられるものとは、どうにもおもえない。

そればかりか、これらの料理りょうりあじわっているのはわたしたちだけであり、神明かみたちの卓上たくじょうには、簡素かんそ漬物つけものかれているのみであった。

わたしはしき、主位しゅいたかすわ天之神あまのかみへと視線しせんけた。

失礼しつれいですが……」

わたし言葉ことばえらびながらくちひらいた。

ひとつ、おうかがいしたいことがあります。」

「どうぞ。」

天之神あまのかみおだやかな調子ちょうしおうじ、わずかにうなずいた。

本日ほんじつは、わたしたちが六島之國ろくとうのくにあしれた最初さいしょです。

この土地とち風土ふうど制度せいどについても、正直しょうじきなところ、なにりません……

それにもかかわらず、なぜわたしたちに、これほどの礼遇れいぐうあたえてくださるのでしょうか。」

わたしは、胸中きょうちゅういだいていた疑問ぎもんを、ようやくくちにした。

この饗宴きょうえん背後はいごには、料理りょうりそのものよりも、さらに複雑ふくざつ意図いとひそんでいるようにおもえた。



天之神あまのかみはその言葉ことばくと、視線しせんかたわらの稻天寺いなてんじへとうつし、わらうでもめるでもない調子ちょうしった。

「なるほど……どうやら稻天寺いなてんじは、まだきみたちに来龍去脈らいりゅうきょまく説明せつめいしていなかったようだ。」

「まことにもうわけありません、神明大人かみさま部下ぶか不手際ふてぎわです。」

稻天寺いなてんじあわててこうべれ、謝罪しゃざいした。

にする必要ひつようはない。」

天之神あまのかみかるり、その態度たいど終始しゅうしいたままだった。

「それならば――われらが直接ちょくせつ説明せつめいしよう。」



このとき左側ひだりがわすわ生命之神せいめいのかみが、かるのどととのえ、はなしいだ。

われらは聖王国せいおうこく貿易ぼうえき往来おうらい比較的ひかくてき密接みっせつくにです。

ゆえに、聖王国せいおうこく動向どうこうについても、ある程度ていど把握はあくしています。」

かれ一拍いっぱくき、さらにつづけた。

「そして、より詳細しょうさい情報じょうほうについては、ここにおられる晏矢閣下えんし・かっか本人ほんにんより、密件みっけんとして直接ちょくせつ届けられた文書ぶんしょによってることとなりました。

その内容ないよう重要じゅうよう機密きみつかかわるため、ここでくわしくべることはひかえさせていただきます……」

そこまでかたられたところで、かたわらにすわ桃花晏矢とうかえんし表情ひょうじょうが、わずかにわった。

どうやらかれ自身じしんも、わたしたちのおこなってきた事績じせきたいし、すこなからずおどろきをおぼえているようだった。

聖王国せいおうこく滞在たいざいした期間きかんは、わずかげつぎない。

それでも、そのあいだに、わたしたちはすでにすこなからぬ成果せいかげていたのである。


これらの情報じょうほう厳重げんじゅうふうじられていなければ、新進しんしん冒険者ぼうけんしゃにとっては、間違まちがいなくおおきな騒動そうどうこしていたはずである。

それにもかかわらず、わたしたちがいまなおこれほど低調ていちょうでいられるのは、当初とうしょからつよく、聖王国せいおうこく神明かみたいし、事績じせき一部いちぶ秘匿ひとくするようもとめていたからにほかならない。

「ゆえに、われらは二人ふたり最高級さいこうきゅう形式けいしきでおむかえすることをえらんだのです。」

天之神あまのかみ温和おんわ口調くちょうくわえた。

聖王国せいおうこく神明かみうやま貴客ききゃくであれば、われらとしても、無礼ぶれいはたらくわけにはいきませんから。」

わたしはゆっくりとうなずいた。

胸中きょうちゅうのわだかまりが完全かんぜんけたわけではないが、それでもこの厚意こういには感謝かんしゃせざるをない。

「なるほど……。

どこまで把握はあくされているのかはかりませんが……

どうか六島之國ろくとうのくににおいても、わたしたちのことはおおやけにしないでいただけますよう、おねがいします。」

「それは当然とうぜんです。」

天之神あまのかみしずかに、そうこたえた。


そのときわたしはふと、もうひとつの未解決みかいけつ疑問ぎもんおもし、口調くちょうめた。

「もう一件いっけん……さきほどの、あの巨大きょだいへびについてですが、あれはいったいなんなのですか。」

空気くうきに、ただちにかすかな緊張きんちょうはしった。

天之神あまのかみはしばらく沈黙ちんもくし、それからしずかにくちひらいた。

今回こんかい、お二人ふたりをおまねきした本来ほんらい目的もくてきは、べつ要務ようむ協議きょうぎするためでした……。

しかし、ことがここまでおよんだ以上いじょう、よりせまった問題もんだいを、さき対処たいしょせねばなりません。」

「では……もともと、べつ予定よていがあった、ということですか。」

わたしたしかめるようにうた。

「そのとおりです。」

大地之神だいちのかみ言葉ことばいだ。

「しかしいま情勢じょうせいわりました。

よりおおきな災禍さいかまねかぬためにも、あの巨大蛇きょだいへび来歴らいれき異動いどうについては、最優先さいゆうせん対処たいしょする必要ひつようがあります。

詳細しょうさいについては――」

かれ外側そとがわ一角いっかく窓欞そうれんこうにひろがる遠山えんざん天際てんさいしめした。

「――われらが『六玄閣ろくげんかく』へもど次第しだい、より相応ふさわしい場所ばしょで、お二人ふたりにご説明せつめいいたします。」

「お二人ふたりがご協力きょうりょくくださるのであれば、相応そうおう報酬ほうしゅうをお支払しはらいします。」

時間之神じかんのかみもまた、ほか神明かみつづいてそうべた。



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