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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第一巻 第三章 誓約と襲撃-2

わたし緹雅ティア宿屋やどや部屋へやもどった。

せま空間くうかんには、薄暗うすぐら油灯あぶらとう一盞いっさんだけともされている。

おとこおんなおな部屋へやにいる——やむをない事情じじょうとはいえ、やはりどこかかおあつくなり、むね高鳴たかなってしまう。

おもえばすべては、わたしがついくちすべらせたせいだ。

身分みぶんかくすためとはいえ、咄嗟とっさに「兄妹きょうだい」だとってしまったのだから。

「バタン!」

背後はいご戸板といたおもざされ、みみつんざくようなにぶおとひびいた。

その瞬間しゅんかん空気くうき一気いっきかたまり、黒雲こくうんせるような重圧じゅうあつせまってきた。


緹雅ティア口元くちもとがわずかにがり、つめたいみがかんだ。

その笑顔えがおには微塵みじんぬくもりもなく、ぎゃくわたし背筋せすじ寒気さむけはしらせた。

——まずい、本当ほんとうにまずい。

(ティ)……緹雅ティア?」

だまりなさい!」

彼女かのじょこえ甲高かんだかするどく、まるで細長ほそなが匕首あいくちわたし心臓しんぞうすかのようだった。

わたしあわててひざをつき、両手りょうてゆかにつき、あたま何度なんどげた。

「ごめんなさい! わたしわるかった! 本当ほんとうにわざとじゃないんです! 一時いっときあせりで……兄妹きょうだいなんてっちゃって……」

凝里ギョウリ、」

緹雅ティアひたいて、ふかいきんだ。

まるでなに衝動しょうどう必死ひっしおさもうとしているかのように。

「いい? よくきなさい。いつわたしがあなたのいもうとになったの? え? かおてる? はなしかたてる? それとも、わたしがあなたのいもうとえるっていたいの?」

私はビクリとふるえ、まったく返事へんじができなかった。


「それに、身分みぶんかくすにしても、もっと普通ふつうかたがあるでしょう? 旅仲間たびなかま同伴者どうはんしゃ雇主こしゅ雇員こいんたび途中とちゅうひろった流浪者るろうしゃ……兄妹きょうだいよりは全部ぜんぶマシじゃない!」

彼女かのじょ口調くちょう次第しだいはやまり、語気ごきはげしくなっていった。

「もし見破みやぶられたら、あなたはどう弁明べんめいするつもり? 最初さいしょからいっそ、わたしたちは……ふ……ふ……ふう、ふうふ……だって……」

彼女かのじょ言葉ことば途切とぎらせ、ほおめ、語尾ごび曖昧あいまいにごした。

語尾ごび曖昧あいまいになり、先程さきほど酒館しゅかんすこさけんでいたせいか、こえもわずかにふるえ、ひかりさだまらなかった。

わたしかおげ、いかりと羞恥しゅうち同時どうじかべた緹雅ティア表情ひょうじょうつめ、こころなかおもわず溜息ためいきをついた。

——もう身分みぶん問題もんだいどころではない。いままえにある、さらに重大じゅうだい問題もんだい対処たいしょせねばならない。


緹雅ティアさけよわさ——これこそが、もしかするといままででもっと重要じゅうよう情報じょうほうかもしれない。


け、私はいそいで緹雅ティア寝台しんだいよこたえやすませた。

自分じぶんはバルコニーのはしにもたれ、今日きょう会話かいわ反芻はんすうしながらかんがえをめぐらせる。

まず、この世界せかいろく大國だいこくによって支配しはいされており、各國かっこく均衡きんこうつことができているのは、どうやら各國かっこく神明かみちからによるところがおおきいらしい。

神明かみちからもさることながら、私はその「神位しんい」の由来ゆらいにもつよ好奇心こうきしんいだいている。

いずれ時間じかんつけ、きちんと調査ちょうさする必要ひつようがありそうだ。


神位しんいたんなる称号しょうごうにすぎないとはいえ、そのには中国古神話ちゅうごくこしんわかみたちの名前なまえわされている。

もしかすると、ほかの国々(くにぐに)でもおなじような事情じじょうがあるのかもしれない。

つぎ冒険者協会ぼうけんしゃきょうかいについて。

各國かっこくまたがって活動かつどうできる組織そしきである以上いじょう混沌級こんとんきゅう冒険者ぼうけんしゃたよるだけの存在そんざいではないはずだ。

かならべつ理由りゆうがあるだろう。


いまわたし力量りきりょうで、この経路けいろ利用りようして神明かみうことができるだろうか?

世界せかいひろく、だれかるんじてはならない。

とはいえ、内密ないみつうごくのはまだむずかしい。

できれば、支援しえんしてくれるもの必要ひつようだ。

なによりも重要じゅうようなのは、わたしたちがいまいる拠点きょてんが、じつ禁止きんし場所ばしょだということだ。

安心感あんしんかんがあるとうべきか……だがおおくの怪物かいぶつがいるとくと、やはりすこ不安ふあんになる。

さきほどまでディ路嘉ディルジャがそんなはなしをしていた記憶きおくはないし、弗瑟勒斯フセレスまえ緹雅ティア周囲しゅうい感知かんちしたときも危険きけん怪物かいぶつつけられなかった。

たんうんよくかくれていたのだろうか?

まあ、なにかあればディ路嘉ディルジャかならず知らせてくれるはずだ。

もどったらもう一度いちどいてみよう。


そして、わたしにはずっと疑問ぎもんのこっている。

なぜろく大國だいこく建国けんこく当初とうしょにあのような誓約せいやくてたのか?

やぶれば滅亡めつぼうまねくような誓約せいやく普通ふつうならだれ同意どういしないはずだ。

唯一ゆいいつかんがえられる理由りゆうは……。


わたしがまだ思考しこう渦中うずちゅうしずんでいたそのとき突如とつじょとしてするど咆哮ほうこうよる静寂せいじゃくき、村落そんらく全体ぜんたいひびわたった。

火事かじだ!」

それは守衛しゅえいさけびであった。

つづいてとどろいたのは、みみつんざくようなけもの咆哮ほうこう

ひくあらぶるそのこえは、ひとならざるなにかの怒号どごうのようであった。

空気くうきさえもふるわせるその咆哮ほうこうは、夜色やしょく全体ぜんたい圧倒的あっとうてき威圧感いあつかんおおくしていく。

やがて、夜空よぞらからいくつもの火球かきゅうそそいだ。

なが火尾かびき、流星りゅうせいのごとく村落そんらくめがけて墜落ついらくする。

そのひとつは頭上ずじょうすれすれをかすめ、灼熱しゃくねつ気流きりゅうはだくようにけ、いきまらせた。

幸運こううんにも直撃ちょくげきまぬがれたが、落下点らっかてんちかくにあった家屋かおくまたたほのおつつまれ、烈火れっか夜空よぞらがすようにのぼり、やみを赤々(あかあか)とらしした。


突如とつじょとしておそ災厄さいやくは、またた現場げんば混乱こんらんへとおとしいれた。

まどもの悲鳴ひめいげるもの、そのくしうごけなくなるもの……。

——まさか、これが第二十八代だいにじゅうはちだいおうくちにしていた「襲撃しゅうげき」なのか?

村落そんらく全体ぜんたい火光かこう恐慌きょうこうつつまれるなか、ただひとつ、わたし緹雅ティア宿泊しゅくはくしていた旅館りょかんだけは無傷むきずのままだった。

火球かきゅう周囲しゅういそそいでいるのに、まるで意図的いとてきにこの一角いっかくだけをけているかのように。

さいわいにも、私はあらかじめ準備じゅんびをしていた。

部屋へや周囲しゅういひそかにめぐらせておいた結界魔法けっかいまほうが、いままさに効力こうりょく発揮はっきし、外界がいかいほのおへだてていたのだ。


緹雅ティア熟睡じゅくすいしており、どうしても彼女かのじょをこのさわがしいときこしたくはなかった。

そこでわたしいそいで屋外おくがいし、状況じょうきょうたしかめることにした。

ちょうどそのときおなじように屋外おくがいした凡米勒ファンミラー鉢合はちあわせた。

ぼうや、たのむ! 屋内おくないの人々(ひとびと)をたすけてくれないか? わたしはすぐに事態じたい真相しんそうたしかめにかねばならん!」

凡米勒ファンミラーあわてふためきながらそうった。

かった。すぐって!」

かれが「ありがとう!」と一言ひとことのこしてっていくのを届けると、私はいそ近隣きんりんの人々(ひとびと)を救助きゅうじょはじめた。


そのあいだにも、正体不明しょうたいふめい咆哮ほうこう惨叫さんきょう遠方えんぽうから途切とぎれなくひびいてくる。

ってたすけるべきか……?」

わたしこころなか自問じもんした。

「だが、いまうごけば、自分じぶん正体しょうたいあらわになってしまうのではないか?」


本来ほんらいなら他国たこくのことにくちすつもりはなかったが、見殺みごろしにするもなかった。

いわゆる「一飯いっぱん千金せんきん」のおんという言葉ことばもあるし、それ以上いじょうに——ひょっとすればかれらをとおじて仲間なかまたちの行方ゆくえつかめるかもしれない。

わたし部屋へやもどった。

もともと防音結界ぼうおんけっかい効果こうかがあるはずだから、そとがどんなにさわがしくても緹雅ティアきることはないだろうとおもっていた。

だが、一歩いっぽ部屋へやあしれた途端とたん緹雅ティア自分じぶん寝台しんだいうえ胡座あぐらをかいてすわり、ほそめたでこちらをえているのにづいた。

緹雅ティア、どうしてきているんだ?」

「ふん~、そとさわがしさがおおきすぎるからよ。あなたの防音結界ぼうおんけっかい防御結界ぼうぎょけっかいがあっても、そとにうごめく鬱陶うっとうしいハエどもはかんれるわ。」

緹雅ティア感知能力かんちのうりょくわたしたちのなかでもぐんいている。

どうやら九階きゅうかい魔法まほうだけでは、緹雅ティア周囲しゅういへの感知かんち完全かんぜんさえぎることはできなかったようだ。


「それじゃ、いまからどうするつもり?」

緹雅ティアはあくびをひとつしていた。

てきたいしたことはないが、ほうっておくわけにもいかない。それに、貴女あなたねむりを邪魔じゃまするとはゆるせない!」

「ふん〜、それなら合格ごうかくね。」

緹雅ティアはようやく笑顔えがおせた。今日はずっとねていたから、なおさらだ。

「ちょうど練習れんしゅうにもなる。いまだにこの世界せかい自分じぶんがどれほどのちからっているかからないからな。」

そのときわたしまとうっていた変身へんしん魔法まほうき、普段着ふだんぎ魔法袍まほうほう着替きがえた。水晶球すいしょうきゅう魔導書まどうしょ同時どうじにぎった。

緹雅ティア、ここで観戦かんせんしていなさい〜わたしはあのおろかな連中れんちゅうたたきのめしてくる。」

たのむわよ〜でも、あんな相手あいてなら全力ぜんりょくらないでしょ?」

「もちろんだ。鑑定かんてい結果けっかから見るにしちきゅう程度ていどだろう。うんければなに情報じょうほうつかめるかもしれない。」

そうえると、わたし転移てんい魔法まほう発動はつどうした。

傳送でんそう。」


そのとき村落そんらく上空じょうくうには幾匹いくひきもの深紅しんく巨龍きょりゅう旋回せんかいしていた。

きばき、つめるいながら、夜空よぞら縦横無尽じゅうおうむじんかすぶ。

巨龍きょりゅう羽根はねるうたびに烈風れっぷうこり、その直後ちょくご口腔こうくうから灼熱しゃくねつほのお奔流ほんりゅうのごとくされる。

それはまるで地獄じごくもんひらかれたかのように、村落そんらく業火ごうかんでいった。


それぞれのりゅうには二人ふたりから三人さんにん小柄こがら龍族りゅうぞく戦士せんしまたがっている。

かれらは漆黒しっこく重鎧じゅうがいまとい、武器ぶきかまえて、圧倒的あっとうてき威圧感いあつかんはなっていた。

数名すうめい龍族りゅうぞく兵士へいし不意ふい龍背りゅうはいからり、地面じめん衝突しょうとつする金属音きんぞくおんとどろく。

着地ちゃくちするやいなや、かれらはまようことなく武器ぶきろし、聖王國せいおうこく兵士へいしへと容赦ようしゃなき屠殺とさつ開始かいしした。


上空じょうくう飛龍ひりゅうたちはなく火球かきゅう投下とうかし、火光かこうひらめくたびに爆音ばくおん悲鳴ひめいが入りじる。

そして龍背りゅうはいのこった龍族りゅうぞく魔導師まどうしたちはつえるい、雷撃らいげき氷矢ひょうし岩槍がんそうといった多様たよう属性ぞくせい攻撃こうげき魔法まほうす。

それらはてんからそそぎ、村落そんらく混沌こんとん戦場せんじょうへと変貌へんぼうさせていった。

夜陰やいんなか聖王國せいおうこく兵士へいしたちはてきうごきを視認しにんすることすらできず、ただ一方的いっぽうてきおそかる猛攻もうこうえるしかなかった。



凡米勒ファンミラー局勢きょくせい危機ききさっすると、即座そくざ陣形じんけいととのえ、兵士へいしたちにすみやかに後方こうほう退しりぞくようめいじた。

かれ自身じしん前線ぜんせんとどまり、にした重厚じゅうこう紅光盾牌こうこうじゅんぱいたかかかげ、おそ烈火れっか魔法まほう奔流ほんりゅうふせった。

盾牌じゅんぱい表面ひょうめんには光輝こうきはな魔紋まもんかびがり、そこからほとばし堅牢無比けんろうむひ障壁しょうへき戦線せんせんかろうじてまもいていた。


だが龍族りゅうぞく攻勢こうせいおとろえるどころか、ますます激烈げきれつさをしていく。

凡米勒ファンミラー強靭きょうじん肉体にくたい魔力まりょくものわせて必死ひっしとどまるも、そのには次第しだい疲労ひろう圧迫感あっぱくかんおもくのしかかっていた。——ただ防御ぼうぎょするだけでも、かれ精力せいりょく容赦ようしゃなくけずられていった。

さらに地上ちじょうでは、複数ふくすう龍族りゅうぞく戦士せんしかれめがけて突進とっしんしてくる。

鉄蹄てってい地面じめんたたらし、そのいきおいはにじのごとくするどい。

聖王國せいおうこく兵士へいしたちはその光景こうけいて、次々(つぎつぎ)と援護えんごった。

だが、実力じつりょく歴然れきぜんであり、かれらが相手あいてにするてきけっして凡百ぼんぴゃく兵卒へいそつなどではなかった。

防衛線ぼうえいせん刻一刻こくいっこくくずれ、かれらはただ必死ひっしささえるしかなく、いずれ総崩そうくずれになるのは時間じかん問題もんだいであった。


混乱こんらん火光かこう村落そんらく全体ぜんたいおおうそのとき天空てんくう突如とつじょはげしくふるえた。

くろ濃霧のうむそらひろがり、夜空よぞら星明ほしあかりをおおかくしていく。

その霧気きりけもののようにうごめき、じれ、うずえがいた。

やがてそのなかから、一条いっちょうおおきな黒龍こくりゅう降臨こうりんした。


ひろこうだいつばさ空気くうきはげしくみだし、すさ烈風れっぷうこす。

その巨体きょたい地上ちじょうつと、大地だいち震動しんどうし、まるで山崩やまくずれや地裂ちれつきたかのようであった。

この黒龍こくりゅうは、さき深紅しんく飛龍ひりゅうたちよりもはるかに巨大きょだいで、そのはな気配けはい一層いっそう陰鬱いんうつかつ邪悪じゃあくであった。


そのには、異様いよう大柄おおがら龍族りゅうぞく戦士せんしっていた。

全身ぜんしん暗銀あんぎん深鉄しんてつまじ重甲冑じゅうかっちゅうおおくし、鎧甲がいこううえには生物せいぶつのようにうごめ魔紋まもんかび、紫黒しこくひかりあやしくまたたかせていた。

言葉ことば不要ふようだった。

ただそのからはなたれる威圧感いあつかんだけで、周囲しゅうい兵士へいしたちをしばけ、うごきをふうじるに十分じゅうぶんだった。


その龍族りゅうぞく戦士せんし下方かほう凡米勒ファンミラー見下みおろし、口元くちもと軽蔑けいべつみをかべた。

こえ鉄石てっせきがぶつかりうようにひくおもく、空気くうきなか反響はんきょうしてひろがっていった。

おどろいたぞ……まだ我々(われわれ)にあらがおうとするものがいるとはな。

だが——所詮しょせんほどらぬありぎん。」

そううやいなや、かれなか漆黒しっこくちか深青しんせい長槍ちょうそう虚空こくうからあらわれた。

槍身そうしん不気味ぶきみ冷光れいこうび、その瞬間しゅんかん雷霆らいていのごときいきおいで一直線いっちょくせん凡米勒ファンミラーめがけはなたれた。

——六階ろっかい戦技せんぎ雷殛穿影らいげきせんえい


凡米勒ファンミラー紅色こうしょく盾牌じゅんぱいかか迎撃げいげきした。

だが衝突しょうとつ刹那せつな盾牌じゅんぱいもろ瑠璃るりのごとく粉砕ふんさいし、無数むすう破片はへんとなって四散しさんした。

その衝撃しょうげきされ、かれ身体からだ数歩すうほ後退こうたいし、肩口かたぐちからは鮮血せんけつあふ甲冑かっちゅうあかめていった。

黒龍こくりゅう戦士せんしは、冷酷れいこくさと嘲笑ちょうしょうびたこえわらった。

しいな! せめて先程さきほど一撃いちげきんでいればかったものを……」


かれ片腕かたうでたかげる。

指節しせつけ、そのうえ漆黒しっこく鱗片りんぺんおおい、鋭利えいり龍爪りゅうそうへと変貌へんぼうした。

つぎ瞬間しゅんかんかれかろうではらう。

爪影そうえい空気くうきき、周囲しゅうい気圧きあつふるわせる。

堅牢けんろうであったはずの家屋かおくは、その一撃いちげき紙細工かみざいくのように崩壊ほうかいした。

その光景こうけいもくにした凡米勒ファンミラーは、しばり、必死ひっしがる。

蒼白そうはく顔色かおいろのまま、かすれたこえつぶやいた。

「……まずいな。」


かれ呼吸こきゅうととのえるもなく、その龍族りゅうぞく戦士せんし巨爪きょそうてんへとたかかかげた。

周囲しゅういには雷電らいでん渦巻うずまき、気配けはいせる。

——六階ろっかい戦技せんぎ雷獄破らいごくは

凡米勒ファンミラーにはもはやあらがちからのこされていなかった。

かれじ、まるで運命うんめい裁決さいけつれるかのようにたたずんだ——。


だが、いくらてども、その致命ちめい一撃いちげきはついにくだってこなかった。

凡米勒ファンミラーかたじていたまぶたかすかにふるわせ、周囲しゅういからあたたかく、そしてたしかなちからつたわってくるのをかんった。

ゆっくりとひらくと、視界しかいうつったのは柔和にゅうわひかりはな光球こうきゅうだった。

その光球こうきゅうかれ全身ぜんしんつつみ込み、結界けっかいのように先程さきほど殺意さついちた攻撃こうげき完全かんぜん遮断しゃだんしていた。

そして、そのまばゆ光幕こうまく前方ぜんぽうには、一条いっちょう見慣みなれた人影ひとかげ真直まっすぐっていた。

長身ちょうしんけ、堂々(どうどう)とたたずむその姿すがたは——まるで神祇しんぎ現世げんせ降臨こうりんしたかのようであった。


布雷克ブレイクさん……!」

凡米勒ファンミラー一瞬いっしゅん呆然ぼうぜんとしたのちひく驚嘆きょうたんこえらした。

「おじさん、もしんじゃったらおれこまるんだよ。」

わたしかえり、いつもとわらぬみをかおかべてこたえた。

その様子ようすもくにした龍族りゅうぞく戦士せんしは、表情ひょうじょう一変いっぺんさせた。

みずからの一撃いちげきふせがれるとはおもってもいなかったのだ。

ゆえに、かれ否応いやおうなく警戒けいかいつよめざるをなかった。

貴様きさま……何者なにものだ? おれ一撃いちげきふせぐとは! まさか……混沌級こんとんきゅう冒険者ぼうけんしゃなのか?」


私はあわてずに返答へんとうせず、ななめにかれにらみつけるようにやり、いた口調くちょうった。

「……さっき、きみなにかしたか?」

その何気なにげない反問はんもんは、無音むおん平手打ひらてうちのようにその龍族りゅうぞく戦士せんし一瞬いっしゅん言葉ことばうしなわせた。

ひとたずねるまえに、まずおのれ名乗なのるのが最低限さいていげん常識じょうしきではないのか?」

空気くうき途端とたんめ、かぜさえも一瞬いっしゅんまったかのようだった。

龍族りゅうぞく戦士せんしかる鼻息はないきらし、不安ふあん苛立いらだちを必死ひっしおさもうとするように、いんったこえつづけた。

にゆくものうてもなんの意味いみがある……だが、どうやらおまえ只者ただものではないようだな。

われらの意志いしさからうとはおろかなるいだ。おまえはその相応ふさわしい代償だいしょうはらわせられるだろう!」


そううと同時どうじかれ全身ぜんしんからは山岳さんがくのごとくおもく、深淵しんえんのごとくつめたい、恐怖きょうふちた気配けはいがった。

両腕りょううでおおきくひろげ、傲然ごうぜん宣告せんこくする。

「よくけ! われ偉大いだいなる黒棺神こくかんしん麾下きかつらなる特種部隊とくしゅぶたいなな大龍使だいりゅうし一人ひとり第二席だいにせき烈風龍れっぷうりゅうさま直属ちょくぞく忠僕ちゅうぼく——風龍僕ふうりゅうぼく德蒙デモン

このを、貴様きさま黄泉よみへのみちとき伴手土産はなむけとするがいい!」

その言葉ことばちるのと同時どうじ德蒙デモン背後はいご黒霧こくむうずきながら翻騰ほんとうはじめた。

それはまるで深淵しんえん巨口きょこうひらき、ふたた戦場せんじょうそのものをもうとしているかのようであった。


德蒙デモン眼差まなざしがえ、右腕みぎうでたかげた瞬間しゅんかんかれするどこえめいじる。

ころせ!」

その号令ごうれい同時どうじ数名すうめい龍族りゅうぞく兵士へいし四方しほうから一斉いっせいすすみ、猛然もうぜんわたしおそかった。

かれらのにぎられた長槍ちょうそうつめたい金属光沢きんぞくこうたくはなち、まよいなくわたしむね目掛めがけてされた。

同時どうじに、德蒙デモンふたた深青しんせい長槍ちょうそうした。

そのうごきにしたがい、槍尖そうせん稲妻いなずまのように空気くうきき、致命ちめいかがやきをはなちながら、ぐにわたし胸元むなもとつらぬかんとせまった。


布雷克(ブレイク)さん!」

凡米勒ファンミラーおもわずこえげ、双眼そうがんおおきく見開みひらいた。

かれには、到底とうていがた光景こうけいうつされていた。

幾本いくほんもの長槍ちょうそうがほとんど同時どうじわたし身体からだつらぬいた。

その光景こうけい凄惨せいさんにして壮絶そうぜつ、まるで一瞬いっしゅんおこなわれた屠殺とさつのようであった。

だが——不気味ぶきみなほどしずまりかえっていた。

血飛沫ちしぶきうこともなく、悲鳴ひめいひびくこともない。

世界せかいそのものが、この瞬間しゅんかんだけこおいたかのようであった。

德蒙デモン口元くちもとには勝利しょうりみがかぶ。

かれ冷笑れいしょうしながらった。

「ふん……先程さきほど威勢いせいは、ただの虚張声勢きょちょうせいせいぎなかったというわけか。」



だが、そのみは半秒はんびょうつづかず、瞬時しゅんじこおいた。

――ドンッ!

ひくにぶ衝撃音しょうげきおん幾度いくど連続れんぞくしてひびわたる。

突撃とつげきしてきた龍族りゅうぞく兵士へいしたちは、次々(つぎつぎ)とき、身体からだげながら地面じめんくずちた。

かれらがるった長槍ちょうそうは、わたしつらぬくことなく、れた瞬間しゅんかん制御せいぎょうしなったかのようにぎゃくへとかえり、まるで毒蛇どくへびのごとくかれ自身じしん身体しんたいしたのだ。

そして、德蒙デモンみずからがはなった深青しんせい長槍ちょうそうも、わたしれる寸前すんぜん突如とつじょとして寸々(すんずん)にくだり、灰燼かいじんしてかぜった。

その瞳孔どうこうはわずかに収縮しゅうしゅくし、德蒙デモンかおにはしんがた驚愕きょうがくはしった。


私はゆっくりとあたまげ、いつもとわらぬ淡然たんぜんとした表情ひょうじょうのまま、肩口かたぐちにかすりもしなかった槍塵そうじんかるはらとした。

そしてひくつぶやく。

八階はっかい魔法まほう――物理攻撃反転ぶつりこうげきはんてん。この程度ていど攻撃こうげき使つかうのは、すこ贅沢ぜいたくだなぁ~。」

その声色こわいろには、動揺どうよう欠片かけらすらなく、むしろ一抹いちまつしささえにじんでいた。


わたし指先ゆびさきかるらすと、淡金色たんきんいろ魔法まほう符文ふもん周囲しゅういかびがった。

それはまるで神聖しんせい庇護ひごそのもののようにかがやき、精緻せいちかつ複雑ふくざつ呪陣じゅじんはゆるやかに回転かいてんつづけながら、絶対ぜったいてき威圧感いあつかんはなっていた。

「まあいい、ちょうど実験じっけんになる。攻撃こうげき程度ていどちがえば、反映はんえい効果こうかにも微妙びみょう差異さいじる……ふむ、このデータは記録きろくしておくべきだな。」

私は心中しんちゅうでそうおもめぐらせ、先程さきほど攻撃こうげきちいさな試験しけんとしてめていた。


德蒙デモン瞳孔どうこうはげしく収縮しゅうしゅくし、先程さきほど兵士へいしたちの無惨むざん最期さいごと、みずからの長槍ちょうそうくだった光景こうけい脳裏のうり鮮明せんめいいていた。

こころ奥底おくそこかんだのは、かつておぼえたことのないふるえ――不安ふあん恐怖きょうふの入りじった感情かんじょうだった。

だが、かれはすぐにくびり、その感情かんじょうはらうようにして無理むりやり冷静れいせいよそおい、口元くちもと嘲笑ちょうしょうかべた。

「ふん……ただの奇術きじゅつだ。貴様きさまとてすべてをふせげるわけがなかろう!」


かれそらなおり、左手ひだりてたかかかげて命令めいれいはなった。

魔法部隊まほうぶたいかまえ! 全力ぜんりょくとせ!」

つぎ瞬間しゅんかん夜空よぞら旋回せんかいしていた飛龍ひりゅうたちが一斉いっせい大口おおぐちひらき、龍息りゅうそく高温こうおんほのお烈焔球れつえんきゅうとなってくだそそいだ。

さらに、そのまたがる龍族りゅうぞく魔法師まほうしたちも同時どうじつえるい、みずかぜかみなりと、さまざまな属性ぞくせい魔法まほうはなった。


無数むすう魔力光弾まりょくこうだん夜空よぞら花火はなびのようにいろどり、まるで世界せかい終末しゅうまつげる天災てんさいのごとく、轟然ごうぜんわたしのもとへとくだちてきた。

それでも私はしずかにそのつづけた。

両手りょうてげることもなく、ただの一度いちど呪文じゅもんとなえることもなかった。

わたし双眸そうぼうにはあわ銀光ぎんこう宿やどり、鑑定かんていはすでにはなたれたすべての魔法まほう属性ぞくせい構造こうぞう、そして致命的ちめいてき破綻はたんまでも見抜みぬいていた。

……とはいえ、実際じっさいのところ、そこまでの必要ひつようはなかったのだが。


――ドンッ!

すべての魔法まほうは、わたしれようとした瞬間しゅんかんなに前触まえぶれもなくはげしく反射はんしゃし、さらには速度そくどしてかえった。

高空こうくう陣取じんどっていた魔法師まほうしたちのかお一変いっぺんし、反応はんのうするもなく、みずからのはなった攻撃こうげき直撃ちょくげきする光景こうけいたりにするしかなかった。

爆音ばくおん悲鳴ひめい龍族りゅうぞく哀号あいごうが入りみだれ、夜空よぞら木霊こだまする。

そら展開てんかいしていた部隊ぶたい瞬時しゅんじ崩壊ほうかいし、統制とうせいうしなった。

私は口元くちもとをわずかにゆがめ、ひくつぶやいた。

おれ魔法まほう使つかえばてるとでもおもったのか……その発想はっそうは、本当ほんとうに――天真爛漫てんしんらんまん可愛かわいいな。」

その声音こわねいたって平淡へいたんで、ひとみ宿やどひかり冷徹れいてつだった。


德蒙デモン双眼そうがん見開みひらき、顔色かおいろ蒼白そうはくまり、先程さきほどまで雷鳴らいめいのごとくとどろいていた気迫きはく跡形あとかたもなくくずった。

かれ両手りょうてはわずかにふるえ、あら呼吸こきゅうむねさぶる。

ひたいには冷汗ひやあせかび、ついにさとった。

――まえのこのおとこは、自分じぶん理解りかい対処たいしょおよ存在そんざいではない。

物理ぶつりであれ魔法まほうであれ、かれまえでは児戯じぎひとしく、反撃はんげきことわりすら一片いっぺん見抜みぬくことができないのだ。

実際じっさいには……七階ななかい以下いか魔法攻撃まほうこうげきは、すべておれにとって反射はんしゃされる対象たいしょうにすぎない。」

私は心中しんちゅうしずかにそうおもった。

これはおのれ宿やどちから七階ななかい未満みまん魔法まほう必然ひつぜんてきはんされる。

「まだおれなにもしていない。それだけでここまでおびえさせられるとは……この世界せかい本当ほんとうにこの程度ていど水準すいじゅんしかないのか?」


「どうやら……ふだときだな。」

德蒙デモンひくささやき、語調ごちょうからはたわけためんえ、これまでにないほど重苦おもくるしい気配けはいまとっていた。

そのこといた瞬間しゅんかん、私は即座そくざ警戒けいかい最大限さいだいげんたかめた。表面ひょうめんでは平静へいせいたもっているが、心中しんちゅうではすで警報けいほうひびいていた——先程さきほどの、まった威力いりょくのなかった攻撃こうげき自分じぶんすこ油断ゆだんさせてしまったことをいたかんしているのだ。

もしこのことを姆姆魯ムムルに知ら(し)れでもしたら、わたしは間違まちがいなくひとしきりの罵倒ばとうびることになるだろう。


德蒙デモン両手りょうてたかかかげた。

周囲しゅうい空気くうき突如とつじょとしてはげしくゆがみ、てのひらからは漆黒しっこく濃霧のうむのぼる。

それは頭上ずじょううずき、翻騰ほんとうしながら凝縮ぎょうしゅくしていった。

つぎ瞬間しゅんかん黒霧こくむ紅黒こうこく入りじる結晶体けっしょうたいへと変貌へんぼうし、半空はんくうかんだ。

その晶体しょうたいおくからは、無数むすう咆哮ほうこうかすかにひびわたり、まるでねむれる悪魔あくまふうじられているかのようであった。

「こいつは……おれちからすら凌駕りょうがする代物しろものだ。」

德蒙デモン双眼そうがん狂気きょうきひかりらめき、つづけてした。

「これは一切いっさい魔力まりょく必要ひつようとしない。いったん解放かいほうすれば――おれ自身じしんですら、そのしん行方ゆくえ制御せいぎょできんのだ。」


言葉ことばわるやいなや、德蒙デモン背後はいごから一条いっちょうむちいた。

それは毒蛇どくへびのごとくよじらせ、全身ぜんしんには深紅しんくあやしき光紋こうもん脈動みゃくどうしていた。

かれ口元くちもとには凶悪きょうあくみがかび、そのこえ狂熱きょうねつちていた。

「このふたつがあれば……貴様きさまといえど、きて此処ここれるとおもうな!

偉大いだいなる黒棺神こくかんしんへの冒涜ぼうとく悔恨かいこんたずさえ、ほのおかれる深淵しんえんしずめ!

――八階はっかい龍族召喚りゅうぞくしょうかん燃燼龍えんばーどらごん!」


むちはげしく結晶体けっしょうたいえると、水晶すいしょうはその粉砕ふんさいし、無数むすう光粒ひかりつぶとなって四方しほうった。

大地だいち突如とつじょとして震動しんどうし、巨獣きょじゅう目覚めざめるかのように轟音ごうおんげた。

つぎ瞬間しゅんかん暗紅色あんこうしょくのエネルギーちゅうてんより落下らっかし、德蒙デモン目前もくぜん空地くうちへと轟然ごうぜんった。


轟音ごうおんともに、深淵しんえん悪霊あくりょうのごとき黒霧こくむてんへとのぼった。

それはまたた凝縮ぎょうしゅくし、やがて紅黒こうこく入りじる巨龍きょりゅうとなって姿すがたあらわした。

そのりゅうは、これまであらわれたどの飛龍ひりゅうよりも巨大きょだいであった。

全身ぜんしんおおうろこ水晶すいしょうのようにきらめきながらも、けっしてくだけぬ堅牢けんろうさをほこっている。

山岳さんがくのごとき巨体きょたい爪牙そうがするど金属光沢きんぞくこうたくはなち、全身ぜんしんまとうはくろ業火ごうか

ほのおなくそとひろがり、空気くうきすらがしゆがめていた。


その圧倒的あっとうてき威圧感いあつかん瞬時しゅんじ戦場せんじょう全域ぜんいきおおくし、周囲しゅうい兵士へいしたちはがることすら困難こんなんとなった。

おおくは畏怖いふれず昏倒こんとうし、衝撃波しょうげきはれただけですうメートルはじばされ、ものすらあらわれた。

それでも私は、微動びどうだにせずそのつづけ、ただしずかにその双眸そうぼう見据みすえていた。


私は一切いっさい表情ひょうじょうかべず、まゆひとつうごかすこともなかった。

しかし、德蒙デモンはますます興奮こうふんし、すべての勝機しょうき掌握しょうあくしたかのように得意とくいげに高声こうせいさけんだ。

「どうだ? 恐怖きょうふかんじているだろう! わかっているぞ、いまやおまえこころ完全かんぜんくずり、絶望ぜつぼうなかふるえているはずだ!」

たしかに、このあつさらされた聖王国せいおうこく兵士へいしたちは、すでに稲穂いなほのように次々(つぎつぎ)とたおれ、呼吸こきゅうすら困難こんなんとなり、れをして昏倒こんとうしていった。

ただ一人ひとり凡米勒ファンミラーだけが非凡ひぼん精神力せいしんりょく必死ひっしつづけていたが、そのかおにはすでに冷汗ひやあせ幾筋いくすじつたっていた。


可笑おかしい。」

それは、わたし心底しんそこからしたひょうであった。

この程度ていど威圧いあつたいして、わたしいだいたのは恐怖きょうふではなく、ただいやわしさをともな失望しつぼうだった。

私は退屈たいくつそうに地面じめん泥土でいど靴先くつさきかるはじめるほどである。

たしかに、私はすでに完全かんぜん警戒態勢けいかいたいせいはいり、未知みち強敵きょうてきそなえるつもりでいた。

だが、鑑定かんていまなこはじしたこたえは――わたし身構みがまえていた相手あいて実力じつりょくは、所詮しょせん夢魘級むえんきゅうのボス程度ていどぎなかったというものだった。

七階ななかい召喚師しょうかんしにとっては、たしかに戦局せんきょくくつがえふだとなりるのだろう。

だが、わたしにとっては――せいぜい雑魚ざこよりすこしばかり手強てごわ程度ていど存在そんざいにすぎなかった。


わたしのその一言ひとことは、まぎれもなく重錘じゅうすいのごとき衝撃しょうげきとなって德蒙デモン胸奥きょうおうえた。

かれしんじられぬものを見るかのように双眼そうがん見開みひらき、かつてあじわったことのない恐怖きょうふこころ支配しはいされていた。

――七大龍使しちだいりゅうしですら長鞭ちょうべんもちいてようやく制御せいぎょする召喚獣しょうかんじゅうが、このおとこに「可笑おかしい」とてられるとは?

「やつは絶対ぜったい虚張声勢きょちょうせいせいだ!」

德蒙デモン心中しんちゅう必死ひっし怒鳴どなてた。

だが、その不安ふあん荊棘けいきょくのように足元あしもとからのぼり、全身ぜんしんけていった。


燃燼龍えんばーどらごんひくうなると、空気くうき瞬時しゅんじ震動しんどうし、大地だいちけ、耳膜じまくかれるかのようにきしんだ。

龍息りゅうそく雷鳴らいめいのごとくひびき、呼吸こきゅうさえ困難こんなんにする。

漆黒しっこく業火ごうかがそのよりひろがり、もののようにうごめきながら万物ばんぶつむしばんでいく。

かすめただけで岩石がんせき瞬時しゅんじちていった。

「なあ、そんな大袈裟おおげさ魔法まほう攻撃こうげきはやめてくれないか? ここ一帯いったいたいらにされてしまったら、おれとしては本気ほんきこまるんだよ……」

私はちいさく嘆息たんそくし、まるでえぬ子供こどもとがめるかのような声音こわねでそうげた。


その言葉ことばは、德蒙デモン理性りせいつなめていた最後さいごいとった。

かれ完全かんぜん激昂げきこうし、怒声どせいとどろかせた。

いまつよがれるのもつかだ!

燃燼龍えんばーどらごん――燃燼地獄ねんじんじごくはなて!」

その号令ごうれいともに、燃燼龍えんばーどらごん全身ぜんしんうろこあやしくかがやきをび、月光げっこうびて紅黒こうこく入りじる閃光せんこうはなった。

直後ちょくご、その体内たいないからは異様いようにして膨大ぼうだい魔力まりょくばくし、黒焔こくえん制御せいぎょされた歯車はぐるまのように高速こうそく回転かいてんはじめた。

やがてほのお中心ちゅうしんには、無数むすう鋭利えいりやいば凝縮ぎょうしゅくし、あらゆるものを粉砕ふんさいする気配けはいまといながら、わたしへと猛然もうぜんおそかってきた。


今回こんかい攻撃こうげき反射はんしゃされることなく直撃ちょくげきし、着弾ちゃくだん瞬間しゅんかん大地だいちはげしく震動しんどうした。

黒炎こくえん巨浪きょろうのごとく逆巻さかまき、濃煙のうえん四方しほう拡散かくさんして戦場せんじょうおおう。

轟音ごうおんひびき、空気くうきには灼熱しゃくねつ渦巻うずまき、呼吸こきゅうすらゆるさず、現場げんば光景こうけい一切いっさい視認しにんできなくなった。

その区域くいきはまるで煉獄れんごく一角いっかくし、ほのおやいば悪魔あくま爪牙そうがのように空気くうき大地だいちくるおしくいていた。

「この地獄じごくほのおやいばともに、深淵しんえんちてゆけ! ハハハハハッ!」

德蒙デモンてんあおぎ、狂気きょうき得意とくいちた笑声しょうせいとどろかせた。

かれ確信かくしんしていた――この攻撃こうげきこそが相手あいて完全かんぜん消滅しょうめつさせる、と。

烈焔れつえんなかのこれるものなど、だれ一人ひとりとして存在そんざいしないと。


だが、その笑声しょうせいはすぐさま一つの突兀とっこつ反響音はんきょうおんによってさえぎられた――

「ハハハハハハハハ~」

それは濃煙のうえん火海かかいおくからひびいてきた嘲笑ちょうしょうであった。

軽蔑けいべつ余裕よゆうふくみながらも、背筋せすじこおらせるような威圧感いあつかんびていた。

つぎ瞬間しゅんかん濃煙のうえんえざるちからかれ、そこにあらわれたのは――

毫髪ごうはつきずつかず、その悠然ゆうぜんつづけるわたし姿すがたであった。

ころもすそすらげることなく、まるで烈焔れつえん王者おうじゃのごとく傲然ごうぜんそびっていた。

くるほのおわたしかたわらを翻涌ほんようしながらとおぎるばかりで、いかなる損傷そんしょうあたえることはできなかった。


「こ、これは……ありえない!」

德蒙デモン瞳孔どうこうはげしくふるえ、かおかんでいた傲慢ごうまん瞬間しゅんかんくずり、その身体からだちいさくふるはじめた。

「こんな、超量ちょうりょう兵器へいき匹敵ひってきするちからおれいどむつもりか? あたま大丈夫だいじょうぶか?」

わたしは淡々(たんたん)とした口調くちょうげ、そこにはわずかに憐憫れんびんびたつめたいいろじっていた。

「ありえん! こんなことがこるはずがない!」

德蒙デモンはほとんど崩壊ほうかいしかけたようにさけんだ。



わたしはゆっくりと一本いっぽんゆびげ、てんしめした。

「では――そろそろこの拙劣せつれつ茶番劇ちゃばんげきまくろそう。《原初水牢げんしょすいろう》。」

大地だいち突如とつじょとしてくずけ、純粋無垢じゅんすいむく水元素すいげんそによって凝縮ぎょうしゅくされた蒼藍そうらん光柱こうちゅう地底ちていからばくぜんとがり、天地てんちすらもつらぬいたかのようにとどろいた。

それは単純たんじゅん水元素すいげんそ魔法まほうではない。元素げんそ深層しんそうねむ原始げんしちから――《原初げんしょみず》。その純粋じゅんすいさは、ほのお本質ほんしつすら侵蝕しんしょくくすほどであった。

奔流ほんりゅうはまるでもののようにうずき、またた燃燼龍えんばーどらごんつつんだ。

水牢すいろう完成かんせいした刹那せつな内部ないぶでは無数むすうみずうで魔力まりょくによってかたちづくられ、燃燼龍えんばーどらごん四肢しし咽喉いんこう容赦ようしゃなくげた。それは、まるで深淵しんえんからくだされる審判しんぱんのようであった。


「ありえん! この世界せかいに、燃燼龍えんばーどらごんほのおめられる水元素すいげんそなど存在そんざいするはずがない!」

德蒙デモン恐怖きょうふちたさけびをげ、かお恐怖きょうふゆがませた。

德蒙デモン驚愕きょうがくするのも無理むりはなかった。燃燼龍えんばーどらごん本来ほんらい、いかなる水元素すいげんそ魔法まほうにも耐性たいせいつはずだった――ただし、それは八階級はっかいきゅう以下いか水元素すいげんそ魔法まほうかぎられていたのだ。

水牢すいろうなか燃燼龍えんばーどらごんはげしくをよじり、断末魔だんまつまのようないななきをひびかせた。しかし、その咆哮ほうこうも、原初げんしょ水元素すいげんそからまれた禁錮きんこちからによって、すこしずつ息吹いぶきちからうばわれていった。

数秒後すうびょうご、このらしくした巨獣きょじゅうはついにくびれ、そのこえはかぼそく、もはや抵抗ていこううごきもんでしまった。


転送てんそう。」

ひくささやかれた呪文じゅもんともに、くろひかりはな転送陣てんそうじんしずかに展開てんかいした。

わたしは、すでに抵抗ていこうちからうしなった燃燼龍えんばーどらごんを、ためらうことなくそのなかへとれた。おおきな躯体くたい瞬間しゅんかん姿すがたり、のこされたのは呆然ぼうぜんくす德蒙デモンだけであった。まるでたましいうばわれたかのように、その身体からだうごかなかった。

「おまえ……いったい何者なにものだ?」

そのこえ極限きょくげんまでふるえ、かつての傲慢ごうまん気焔きえんかげかたちのこっていなかった。

おれ布雷克ブレイクだ。だが、おれ何者なにものかなんて、どうでもいい。」


言葉ことばちたその瞬間しゅんかんわたし右手みぎてかぶ水晶球すいしょうきゅうあやつり、指先ゆびさきかるはじいた。すると、深紫色しんししょく魔法陣まほうじんまたた顕現けんげんした。

ひくうなりがひびわたり、空気くうきはげしく震動しんどうはじめる。天空てんくうには黒雲こくうんめ、突如とつじょとして巨大きょだい竜巻たつまき形成けいせいされた。その風眼ふうがん中心ちゅうしんには、わずかにゆがんだ異空間いくうかんひそみ、あらゆる存在そんざいむかのようであった。

――八階はっかい魔法まほう・《千羽颶風陣せんばぐふうじん》。

狂風きょうふう一気いっきれ、地上ちじょう建築物けんちくぶつきしおとつづけ、家屋かおくかわらは次々(つぎつぎ)とばされた。村落そんらくはまるで終末しゅうまつ光景こうけいなかまれたかのようであった。

あの燃燼龍えんばーどらごんですら、ここまでの破壊はかいをもたらしたことはなかった。

魔法まほうはなってはじめて、私はそれがむらすくなからぬ損害そんがいあたえることにづいた。だが、すでに術式じゅつしき発動はつどうしており、もはやめることはできない。

――ならば、一気いっきけっめる!


「ま、ってくれ……布雷克(ブレイク)閣下かっか……い、いや、布雷克(ブレイク)さま! どうか寛大かんだいなおこころで、わたしをおゆるしください!」

德蒙デモン完全かんぜんくずち、地面じめんひざをつき、両手りょうてあたまかかえた。かおには先程さきほどおごりも傲慢ごうまん微塵みじんのこっておらず、そこにあったのはびようとする原始的げんしてき本能ほんのうだけだった。

わたしかれ見下みくだろし、平静へいせいにしてるぎないこえった。

残念ざんねんだが、おれにはそれほどの慈悲じひはない。」


つぎ瞬間しゅんかん、私はゆびかるはじいた。龍巻たつまき風眼ふうがんかすかに収縮しゅうしゅくし、德蒙デモン身体からだえざるちからげられ、絶叫ぜっきょうしながら異空間いくうかんへとまれた。つぎ瞬間しゅんかん、その姿すがた跡形あとかたもなくせた。

すべての過程かてい十秒じゅうびょうにもたなかったが、それはまさしく地獄じごくからくだされた審判しんぱんのようであった。


すべてがしずまりかえったあと、私はてたむら光景こうけい見渡みわたし、おもわずまゆをひそめた。

「ふう……あとでひとんで再建さいけんさせるしかないな。」

そうちいさくつぶやいた。

伝達でんたつ。」

衣服いふく襟元えりもと付与ふよされた通信つうしん聖甲蟲せいこうちゅう起動きどうし、意念いねんとおじてとおはなれた弗瑟勒斯フセレス守護者しゅごしゃたちへと迅速じんそくつたえた。

芙洛可フロッコ、あの德蒙デモンけんはおまえにまかせる。できるかぎくちから情報じょうほうせ。もしどうしてもくちらぬようなら……そのときは永遠えいえんだまらせろ。」

燃燼龍えんばーどらごんほう德斯デス、ひとまずおまえにあずける。第三層だいさんそうれてき、馴服じゅんぷく訓練くんれんほどこせ。おれがこっちの用事ようじ片付かたづけたら、直接ちょくせつ様子ようすこう。」

命令めいれいはっしたのち、聖甲蟲せいこうちゅうしずかにえり内側うちがわへともどっていった。


私はかぜなかち、遠方えんぽう天際てんさいひろがるかがやかしい星空ほしぞら見上みあげ、口元くちもとをわずかにげた。

これが、この世界せかいはじめて本当ほんとうてきやいばまじえたたたかいだった。

想像そうぞうしていたような危機きき幾重いくえにもせまることもなく、いきまるような絶境ぜっきょうでもなかった。

ただ――一場いちじょうの、かる勝利しょうりぎなかった。


それだけではない。たたかいのなかで、おおくの有益ゆうえき情報じょうほうをもることができた。ただ、そのりょうがあまりに膨大ぼうだいで、あたま一度いちど処理しょりしきれないほどだった。

いまふかかんがえるのはやめよう。」

私はちいさくつぶやき、そのすべてをこころおくめた。


わたしかえり、すこはなれた場所ばしょたお凡米勒ファンミラー姿すがたけた。

かれ身体からだにはまだかすかないきのこっていたが、先程さきほど燃燼龍えんばーどらごん余波よは攻撃こうげきによって深手ふかでい、昏睡こんすいしていた。わたし結界けっかい衝撃しょうげき一部いちぶふせいではいたものの、その規模きぼ威力いりょくいまかれにはあまりにおもすぎた。


凡米勒ファンミラーきずはあまりにも深刻しんこくで、このままでは危険きけんだった。私はすぐに治療ちりょうほどこさねばならなかった。

回帰如初かいきじょしょ。」

私は治癒ちゆ魔法まほう――《生命いのち息吹いぶき》を発動はつどうした。てのひらやわらかなひかりひろがり、そのひかり凡米勒ファンミラー身体からだつつんだ。

まった傷口きずぐちおのずとじ、けたほねしずかにつながっていく。

わずか数秒すうびょうのうちに、かれすべてのきず痕跡こんせきすらのこさずり、その呼吸こきゅう次第しだい安定あんていしていった。


しばしののち凡米勒ファンミラーまぶたがわずかにふるえ、ゆっくりとひらかれた。

かれわたしたとき、そのひとみにはまず茫然ぼうぜんとしたいろかび、つぎ安堵あんどへとわっていった。

「……布雷克(ブレイク)さん……おれは、まだきているのですか?」

わたし微笑ほほえみ、かれかたかるたたいた。

「もちろんだ。安心あんしんしろ。おれがいるかぎり、おまえがぬことはない。」


一方いっぽう緹雅ティアもまたやすむことなくうごいていた。

彼女かのじょきずった兵士へいし村人むらびとたちのなかち、治療薬水ちりょうやくすいもちいて負傷者ふしょうしゃいやしていた。それは重傷じゅうしょういやすにはいたらなかったが、かるきずなおすには十分じゅうぶんであった。

彼女かのじょ真剣しんけん表情ひょうじょうは人々(ひとびと)に安堵あんどあたえ、みなこころかせた。

わたし凡米勒ファンミラー治療ちりょうえて彼女かのじょのもとへもどったとき、緹雅ティアはようやく、先程さきほどっていた防御結界ぼうぎょけっかい解除かいじょした。


たすかったよ。こんなこまかいことまでまかせてしまってわるかったな。」

そううと、緹雅ティアくちとがらせ、不満ふまんげにかえした。

なによ、それ? たすうのはたりまえでしょ?」

そのことかたおもわずわらみがれたが、返事へんじをするもなく、彼女かのじょはふいにわたしめた。

それは予兆よちょうもなく、ためらいもない抱擁ほうようだった。


彼女かのじょかおわたし胸元むなもとせ、まるでわたし存在そんざいたしかめるかのように、指先ゆびさきかみきながら、やさしくもどこか執拗しつよう仕草しぐさせた。

それはあまえでも弱音よわねでもなく、ただ確認かくにんであり、おさえてきた感情かんじょうがようやく解放かいほうされたあかしだった。

私はどうこたえていいかからず、そのくすしかなかった。

こんな彼女かのじょを見るのは、はじめてだった。


ほんのすこはなれていただけで、彼女かのじょをこんなにも不安ふあんにさせてしまったのか?

緹雅ティアこたえず、たださらにつよわたしめた。

ティ……緹雅ティア?」

だまれ!」

「……はい。」

私はすぐに大人おとなしくくちじ、いきをするのさえつかい、彼女かのじょ機嫌きげんそこねないように、いきまで慎重しんちょうになった。



ようやく第二段の翻訳が完成しました。

前の部分を再度修正するのに少し時間がかかり、その上、中文から日本語に翻訳するために原稿を再度読み直さなければならなかったため、もともと火曜日にこの部分を公開する予定でしたが、結局今になってしまい、申し訳ありませんでした。


今後は毎週更新を予定しています。

中国語版は毎週火曜日に中国のプラットフォームに更新され、日本語版は毎週土曜日に更新されます...多分。


気に入っていただけた方はぜひシェアしていただき、またアドバイスもいただければと思います。

改善に向けて努力していきます。

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