表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/37

第二卷 第一章 帰還-2

さん月前げつまえ未知みち気息きそくしず かに 六島之國ろくとうのくに の「萬界結界ばんかいけっかい」を 通過つうか した。

それは 六島之國ろくとうのくにほこ探知結界たんちけっかい であり、六島之國ろくとうのくに初代神明しょだいかみ たちが ちから わせて 構築こうちく したものだった。

幾重いくえ にも かさ なり 屏障びょうしょうたが いに 連動れんどう し、天災てんさい異象いしょう でさえ、その 安定あんてい るがすことは むずか しいと つた えられていた。

しかし、その 気息きそく結界けっかい えた のちおと もなく 六島之國ろくとうのくにうち けるように 消失しょうしつ した。

その 気息きそくきわ めて 異質いしつ であり、

その 圧迫感あっぱくかん は、まるで 遥遠ようえん星空ほしぞら から ちてきた 災厄さいやくたね のように、

諸神しょしんこころ戦慄せんりつはし らせた。


その さかい に、六島之國ろくとうのくに神明かみ たちは 探知機制たんちきせい運転うんてん一層いっそう 強化きょうか し、各地かくち兵部へいぶ人員じんいん招集しょうしゅう して、地毯式じたんしき捜索そうさく開始かいし した。

各島国かくとうこく最高層級さいこうそうきゅう神器感知儀しんきかんちぎ結界監測陣けっかいかんそくじん起動きどう し、莫大ばくだい魔力まりょく消費しょうひ することも いと わなかった。

しかし、その 気息きそく は、まるで 幻影げんえい のように つか むことすらできず──

なに ひとつ、発見はっけん されることはなかった。


この 神明かみ たちが かま える「六玄閣ろくげんかく」の 中央会議廳ちゅうおうかいぎちょう──「穹雲殿きゅううんでん」には、やや 緊張きんちょう した 空気くうきただよ っていた。

ここは 六島之國ろくとうのくに神明かみ たちが 重大じゅうだい事象じしょう協議きょうぎ する であり、九柱きゅうちゅう神明かみ がそれぞれの いていた。

その 背後はいごかか げられた 白旗はっき紋様もんよう は、各自かくじ神権しんけん象徴しょうちょう している。

なに だと……?

これほどの とき ても、なお 侵入者しんにゅうしゃ痕跡こんせき すら つか めていないというのか?」

こえ げたのは 天照大神あまてらすおおみかみであった。

その 双眸そうぼう には 金焔きんえんさか り、周囲しゅうい には 熔岩ようがん のような 霊気れいき らめいている。

だが、いま 彼女かのじょうち にある 怒火どか暴走ぼうそう ではなかった。

それは 体内たいない凝縮ぎょうしゅく され、 えることなく つづ ける 圧力あつりょく──

かみ としての 威圧いあつ そのものだった。


非常ひじょうもうわけございません。」

黒鉄くろがねよろいまとい、今回こんかい行動こうどう指揮しきしている人物じんぶつこそ、神々(かみがみ)直属ちょくぞく護衛隊ごえいたいべる統領とうりょう大将軍だいしょうぐん――稲天寺いなてんじであった。

かれはそのったままこうべれ、ながかみ肩甲けんこう沿ってながちている。そのこえてついしつかのようにひくく、おもかった。

口調くちょうそのものにあわては一切いっさいられなかったが、それでもなお、言葉ことばおくにはあらわせぬほどの重圧じゅうあつにじんでいた。

「我々(われわれ)は、あなたさまの『赤霊之焔せきれいのほむら』、月読つくよみさまの『陰鑑宝盤いんかんほうばん』、そして伊邪那岐いざなぎさま伊美那岐いざなみさまの『天目鏡あまのめかがみ』――みっつの神器しんき動員どういんいたしました。

六旗部隊ろっきぶたいをそれぞれの担当たんとう区域くいき派遣はけんし、異常いじょう気配けはい存在そんざいする可能性かのうせいのあるすべての領域りょういきたいして、徹底的てっていてき探索たんさくおこないましたが……それでも、いかなる異変いへん感知かんちすることは出来できませんでした。」


赤霊之焔せきれいのほむら――それは、黄泉之島よみのしま奥深おくぶかくにおいて、千年せんねん火山かざんいだ岩漿がんしょう心臓しんぞうによってきたげられ、まれたほのお結晶けっしょうである。

その外形がいけいは、まるでさかりにほこ紅色こうしょく蓮華れんげのようで、純粋じゅんすいなる元素げんそちからによって凝縮ぎょうしゅくされた焔弁えんべんが、幾重いくえにもそうしてひらいている。

その温度おんど空気くうきすらあかげるかのようで、周囲しゅういもの感覚かんかくにまで強烈きょうれつ存在感そんざいかんきざむ。

天照大神あまてらすおおみかみは、この赤霊之焔せきれいのほむらを、鎏金りゅうきんほどこしたいにしえ灯炉とうろなかふうめていた。

灯炉とうろ外壁がいへきには、特殊とくしゅ魔法まほう術式じゅつしきりにきざまれており、指先ゆびさきかるれるだけで、火山かざん心臓しんぞう脈打みゃくうつかのようなひくうなりが、かすかにひびわたる。

そしてこのあかりは、天照大神あまてらすおおみかみみずからの特異とくい元素げんそちからをもって、こすことでがる。

赤霊之焔せきれいのほむら特性とくせいは、邪気じゃきくし、けがれをだっることにとどまらない。

それは同時どうじに、空間くうかん残留ざんりゅうする「敵意てきい波動はどう」を感知かんちするちからそなえている。

悪意あくいびた存在そんざいが、数歩すうほでもちかづこうものなら、焔光えんこう即座そくざふるえ、はげしくがり、みみすような燃焼音ねんしょうおんぜさせる。それはまるで、怒号どごうをもって敵意てきいあばてるかのようであった。

だが、今回こんかいかぎっては――

そのほのお終始しゅうしわらぬまましずかにつづけ、いかなるらぎもしめさなかった。

まるで、その気配けはいなど最初さいしょから存在そんざいしなかったかのように。


陰鑑宝盤いんかんほうばんは、月読つくよみ所持しょじする神器しんきひとつであり、全体ぜんたい精緻せいち円盤えんばん形状けいじょうしている。外枠そとわくは「月輝銀げっきぎん」によってきたえられており、その銀光ぎんこう金属きんぞく反射はんしゃではなく、まるで本物ほんもの月色つきいろ宿やどっているかのように、呼吸こきゅうわせてかすかに脈動みゃくどうしていた。

盤面ばんめんには細密さいみつ星砂ほしすなりばめられており、一粒ひとつぶ一粒ひとつぶ凝結ぎょうけつした夜空よぞらのようなかがやきをびている。それらは月輝銀げっきぎん嵌合かんごうすることで、自然しぜん流動りゅうどうする星図せいずえがし、あたかもこの円盤えんばんそのものが、縮小しゅくしょうされた天穹てんきゅうであるかのような錯覚さっかくあたえる。

なかでももっとくのは、中央ちゅうおうえられた深遠しんえんなる黒曜石こくようせきかくであった。

それはたんなる黒曜石こくようせきではなく、ひかりみ込み、心念しんねん屈折くっせつさせる「影曜核えいようかく」である。

月光げっこうがそのかくそそがれると、光線こうせん反射はんしゃされることなく、うずまれるように深淵しんえんへとしずむ。時折ときおりあわ銀色ぎんいろ一筋ひとすじだけがいし内側うちがわゆるやかにながれ、まるで意識いしきつかのように、周囲しゅうい凝視ぎょうししているかのようであった。

陰鑑宝盤いんかんほうばんは、「陰影いんえいなかにある真実しんじつさぐす」神器しんきとしてられており、やみひそむあらゆる波動はどう捕捉ほそくするちからつ。

魔力まりょくによって気配けはい隠匿いんとくする潜行者せんこうしゃ光影こうえいあやつって欺瞞ぎまんおこな幻術師げんじゅつし、あるいは精神せいしんそのものを偽装ぎそうする存在そんざいであっても、この宝盤ほうばんちかづいた瞬間しゅんかん――

盤面ばんめんあわひかりび、星砂ほしすなふたた配置はいちえ、黒曜こくようかくからはかみほどにほそ影線えいせんび、まこと所在しょざいしずかにしめす。

だが、今回こんかい調査ちょうさにおいても――

陰鑑宝盤いんかんほうばんは、一切いっさい反応はんのうしめすことはなかった。

この結果けっかは、むしろぎゃくに、てきつねなる潜伏者せんぷくしゃではないことを、よりつよ裏付うらづけるものとなった。


天目鏡あまのめかがみは、伊邪那歧いざなぎ伊美那歧いざなみが、前代ぜんだい神明かみより継承けいしょうした神器しんきである。

その本体ほんたい実体じったい器具きぐではなく、「無形むけいかがみ」とばれる存在そんざいであり、外界がいかいからはその輪郭りんかくとらえることがきわめて困難こんなんである――

わくもなく、鏡面きょうめんもなく、おもさもかげすらたない。

ただし、強大きょうだい魔力まりょくそそがれたときかぎり、そのかがみはごく短時間たんじかんかたちあらわす。

その刹那せつな空間くうかん水面すいめんのようにらぎ、波紋はもんにもさざなみはしる。

やがて、朝霧あさぎりのごとくうす光膜こうまくかびがり、かすかに鏡面きょうめん輪郭りんかくえがす。

その鏡面きょうめん一見いっけんすると透明とうめいでありながら、底知そこしれぬふかさをたたえている。

それは、空間くうかんそのものの構造こうぞううつしているかのようで――

かぜ軌跡きせき魔力まりょく流線りゅうせん物質ぶっしつ虚空きょくうとの境界きょうかいまでもが、かがみなか紋理もんりのように流動りゅうどうし、あわまたたいていた。

本来ほんらい、このかがみ空間くうかんしょうじる異象いしょう探知たんちするための神器しんきであるとつたえられている。

しかし今回こんかい天目鏡あまのめかがみ気配けはい発生はっせいしたとされる方角ほうがくけたさいしめされた反応はんのうは、干渉かんしょうでもなく、雑音ざつおんでもなかった。

そこにうつされたのは、ただの空白くうはく

まるで、その気配けはいなど最初さいしょから、この世界せかい存在そんざいしなかったかのように。


不合理ふごうりだ。」

月読つくよみまゆをひそめ、ひくつぶやいた。

彼女かのじょ身形みなりほそく、夜色やしょくのごとくふか長袍ちょうほうまとい、銀白ぎんぱく紋様もんよう月痕げっこんのようにかびがっている。

その容貌ようぼう清冷せいれいかつ端正たんせいで、表情ひょうじょうしずまりかえり、銀白ぎんぱく長髪ちょうはつ月輝げっきうつしてかたちていた。

暗元素あんげんそ彼女かのじょ周囲しゅういひくし、まるで夜空よぞらしたおともなくめぐ月輪げつりんのように、しずかに運行うんこうしているかのようであった。

「つまり、相手あいて神器しんきによる探査たんさ抵抗ていこうする能力のうりょくゆうしている可能性かのうせいが、きわめてたかいということ?」


かならずしも、そうとはかぎらぬ。」

いにしえびた沈着ちんちゃくこえひびわたり、殿内でんない居並いなら諸神しょしん同時どうじき、至高しこうなる五神ごしんしゅ――天之神あまのかみあおた。


天之神あまのかみ身形みなりたか端正たんせいで、線条せんじょうととのった長衣ちょうい神袍しんぽうまとっている。

その色調しきちょう蒼白そうはく深藍しんらん狭間はざまにあり、布地ぬのじうえには星痕せいこんのごとき微細びさい光紋こうもんが、かすかに流動りゅうどうしていた。

くろ長髪ちょうはつ背後はいご整然せいぜんたばねられ、五官ごかん輪郭りんかくふかきざまれ、ひくちた眉骨びこつしたからそそがれる眼差まなざしは、しずかでありながら鋭利えいりであった。

正面しょうめんからけられるその視線しせんは、おもわずらしてしまうほどのあつ宿やどしている。

「この三件さんけん神器しんき、そして前代ぜんだい神明かみたちがつらなって構築こうちくした結界けっかいは、たしかに、肉体にくたいかたちをもって通過つうかし、なん痕跡こんせきのこさずにえられるものなど、存在そんざいしない。だが……」

そうかたりつつ、かれゆるやかにげた。

すると虚空こくうに、きわめて微妙びみょう空間くうかんゆがみが、一層ひとそうかびがる。

相手あいてかりに、『現界之躯げんかいのからだ』として此処ここ侵入しんにゅうしたのではなかったとしても――

そのてんじて『残影空間ざんえいくうかん』へのがんだのであれば、あらゆる探測たんそくは、最初さいしょから無意味むいみとなる。」


殿中でんちゅうは、しばしの静寂せいじゃくつつまれた。

「『残影空間ざんえいくうかん』?」

空間くうかんちからつかさど伊邪那歧いざなぎ伊美那歧いざなみもまた、そのみみにして、おもわず困惑こんわくいろかべた。

深灰色しんかいしょく暗銀色あんぎんしょく長袍ちょうほうまともの伊邪那歧いざなぎである。

そのかみ自然しぜんかたうしろまでれ、特別とくべつ髪飾かみかざりはもちいられていない。

神情しんじょうには、どこかぬぐいきれぬ疲労ひろう気配けはいが、つねあわただよっていた。

一方いっぽう、もう一柱ひとはしらりんとした姿勢しせいつのが伊美那歧いざなみである。

彼女かのじょ神袍しんぽう象牙白ぞうげはくやわらかな金色きんいろ基調きちょうとし、その色合いろあいはおだやかでありながらも威厳いげんたたえていた。

眼差まなざしは温和おんわで、神情しんじょうはひどく集中しゅうちゅうしており。


「それこそが、問題もんだいなのだ。」

五神ごしん一柱ひとはしらである生命之神せいめいのかみもまた、しずかな口調くちょうでそうべた。

かれ淡紅色たんこうしょく乳白色にゅうはくしょくざった神袍しんぽうまとい、身形みなり修長しゅうちょうで、五官ごかんせんはややまるみをびている。

髪色かみいろ浅褐色あさかっしょくちかく、その末端まったんには朱紅色しゅこうしょく光沢こうたくがほのかにしていた。

結界けっかい神器しんきによる探知たんちは、六島之國ろくとうのくにの『主層域しゅそういき』にたいしてのみ有効ゆうこうだ。

もし相手あいてが、みずか生成せいせいした『残影空間ざんえいくうかん』、あるいはさらに深層しんそう位置いちする『黒界こっかい』に潜伏せんぷくしているのだとすれば――

神器しんきであれ、道具どうぐであれ、あるいは感知かんち結界けっかいであれ、その姿すがた見出みいだすべ存在そんざいしない。」

ちゅう):

主層域しゅそういき地表上ちひょうじょう

残影空間ざんえいくうかん異空間いくうかん

黒界こっかい海面下方かいめんかほう位置いちし、結界けっかいによる探知たんちおよばない範囲はんいそと



「……つまり、てきは我々(われわれ)のれることのできない空間くうかんうちひそめ、ひそかに我々(われわれ)の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくうかがっている可能性かのうせいがある、ということだ。」

おなじく五神ごしん一柱ひとはしらである大地之神だいちのかみが、ひくこえ補足ほそくするようにかたった。

大地之神だいちのかみ体躯たいくあつく、るぎのない安定感あんていかんたたえ、まるでうごかぬ山岳さんがくそのもののようである。

その衣袍いほう質感しつかんがやや粗野そやで、色調しきちょう土黄色つちきいろから深赭色しんしゃしょくちかい。

ころもすそ肩部けんぶには、歳月さいげつ磨耗まもうされたかのような不規則ふきそく紋様もんようきざまれていた。

深黒色しんこくしょく短髪たんぱつ後方こうほうととのえられ、かぜれることはほとんどない。

ひろった五官ごかんには明確めいかく稜角りょうかくがあり、たかとおった鼻梁びりょうあいまって、威圧感いあつかんはなっている。

その眼差まなざしがせられるとき周囲しゅうい空気くうき一層いっそう沈重ちんちょう気配けはいつつまれた。


五神ごしん一柱ひとはしらである時間之神じかんのかみ神杖しんじょうにぎり、しずかに問いいかけた。

「もうひと確認かくにんしておきたい。もし相手あいて空間くうかん時間じかん次元じげん此処ここことなるならば、それは我々(われわれ)にとって不利ふりとなる可能性かのうせいがある。かり相手あいて目的もくてきが『あの封印ふういん』を解除かいじょすることだとしたなら――我々(われわれ)は、いかに対処たいしょすべきだろうか?」

時間之神じかんのかみ体躯たいくたかく、ぐにびた姿勢しせい端正たんせいそのものである。

その神袍しんぽう銀灰色ぎんかいしょく淡藍色たんらんしょく狭間はざま位置いちし、衣料いりょう表面ひょうめんにはこまやかで規則的きそくてき線紋せんもんかびがっていた。

五官ごかん輪郭りんかく明確めいかくでありながら、感情かんじょう起伏きふをほとんどうつさず、双眸そうぼう深遠しんえんで。


心配しんぱいにはおよばぬ。」

五神ごしん一柱ひとはしらである活力之神かつりょくのかみが、わずかにくちひらいてげた。

彼の体躯は引き締まっている、には裁断さいだんいた短袍たんぽう護肩ごけんけている。

配色はいしょく赤金色しゃっきんしょく橙紅色とうこうしょく交錯こうさくする明快めいかい色調しきちょうで、深色しんしょく短髪たんぱつはややみだ気味ぎみであった。

五官ごかんせんするどく、口元くちもとにはつね笑意しょういかび、双眸そうぼう炯炯けいけいとして生気せいきちている。

宮司ぐうじさま魔法まほう持続的じぞくてき稼働かどうしているかぎり、あの封印ふういんやぶられることはない。」



聖王国せいおうこくみなと

わたしたちは港口こうこう停泊ていはくし、六島之國ろくとうのくにかう準備じゅんびととのえた商船しょうせんかたわらへと辿たどいた。

わたし実際じっさいにその商船しょうせんにした瞬間しゅんかん眼前がんぜんひろがる光景こうけいに、おもわず驚愕きょうがくした――いな、それはおどろきというより、むしろ震撼しんかんぶほうが相応ふさわしい。

その商船しょうせん豪奢ごうしゃさは、わたし想像そうぞうはるかに凌駕りょうがしていた。

船体せんたいふか棕紅色そうこうしょく木材もくざいつくられ、船首せんしゅにはつばさおおきくひろげてける金色きんいろ双尾鷲そうびじゅ彫刻ちょうこくされている。

それは王権おうけん交易こうえき栄誉えいよ象徴しょうちょうする紋章もんしょうであり、その威容いように、海風うみかぜさえも気圧けおされているかのようであった。

甲板かんぱんは隅々(すみずみ)まで清潔せいけつたもたれ、一本いっぽん一本いっぽんなわ整然せいぜんけられている。

船帆せんぱんいたっては、聖王国せいおうこく紋章もんしょうかたど銀白色ぎんぱくしょく刺繍ししゅうほどこされ、朝陽あさひけてきらめくようにかがやいていた。


「こ、これは……商船しょうせんなのか? どちらかとえば、豪華ごうか客船きゃくせんちかいのではないか?」

わたしおもわず、そんな言葉ことばくちにしていた。

一般的いっぱんてき交易こうえきよう商船しょうせんくらべても、このふね規模きぼおおきく、船体せんたいはより安定あんていしており、その内装ないそういたっては、まるで貴族きぞくたびもちいる専用艦せんようかんのようであった。

わたし胸中きょうちゅうひそかに思案しあんする。

この待遇たいぐうは、もはや通常つうじょうの「貴客ききゃく」にたいする基準きじゅんを、ゆうえているのではないか――と。


くところによれば、聖王国せいおうこくにおける航海こうかい貿易ぼうえきは、国家こっか総収益そうしゅうえきやく三割さんわりめており、国力こくりょく維持いじ資源しげん流通りゅうつう両面りょうめんにおいて、きわめて重要じゅうよう役割やくわりたしているという。

眼前がんぜんのこの商船しょうせん規模きぼ配置はいちかぎり、かれらが海路かいろをいかに重視じゅうししているかは、もはやうまでもなかった。

たとえ純粋じゅんすい貨物かもつ輸送ゆそうであったとしても、その威容いようけっしてほかけをるものではない。

しかし、わたし本当ほんとうおどろかせたのは、このふねそのものだけではなかった。

わたしたちが乗船じょうせん準備じゅんびすすめていたそのとき浅藍色せんらんしょく銀紋ぎんもんほどこした鎧甲よろいけ、雲兎騎士団うんとかいしだん象徴しょうちょうする肩章けんしょうびたわか騎士きしが、検札けんさつ最中さいちゅう、ふとまゆをひそめた。

かれわたしたちの船票せんぴょう入念にゅうねんたしかめるようにつめ、その表情ひょうじょう次第しだいかたくしていく。

やがてまゆふかせたまま、げ、わたしたちに一時いちじ停止ていしするよう合図あいずおくった。

「この船票せんぴょう印章いんしょうは……もうわけありません、すこしおちください。」

こえひくおさえながらも、その口調くちょうには、かくしきれない警戒けいかいと、どこか敬意けいいにじんでいた。

そうのこすと、かれ小走こばしりでそのはなれていった。

わたし胸中きょうちゅうくびかしげる。

――わたしたちの身分みぶんが、すでに露見ろけんしてしまったのだろうか。

それとも、この特別とくべつ船票せんぴょうそのものに、なにめられたしるしほどこされているというのだろうか。


ほどなくして、反対側はんたいがわから足音あしおとちかづき、一行いっこう整然せいぜん姿すがたあらわした。

先頭せんとうっていたのは、剛毅ごうき面差おもざしをち、茶褐色ちゃかっしょくかみ一束ひとたばむすった中年ちゅうねんおとこである。

かれ銀白色ぎんぱくしょく外套がいとう羽織はおり、左肩ひだりかたには雲兎騎士団うんとかいしだん指揮しき徽紋きもん刺繍ししゅうされ、その姿すがたりんとして背筋せすじびていた。

かれわたしまえあしめると、右手みぎて左胸ひだりむねて、ふか一礼いちれいする。

「ご挨拶あいさつもうげます。わたし雲兎騎士団うんとかいしだん第七小隊だいななしょうたい隊長たいちょう托德トッド

でございます。

上官じょうかんよりのめいにより、六島之國ろくとうのくにまで、皆様みなさま全行程ぜんこうていにわたって護送ごそういたします。」


周囲しゅうい見渡みわたすと、数名すうめい騎士きしたちが、おとてずに位置いち調整ちょうせいし、整然せいぜん一列いちれつならなおしているのがかった。

わたし一瞬いっしゅん言葉ことばまり、気恥きはずかしさをかくすように、ぎこちなくわらってくちひらいた。

「そ……それほど手間てまけなくてもよいのでは? わたしたちは、ただの一般いっぱん旅客りょかくですし、ここまで高規格こうきかく護衛ごえいは……」

「いいえ。」

托德トッドしずかにくびり、そのこえには慎重しんちょうさがにじんでいた。

「これは団長だんちょうがたから直々(じきじき)にわたされた任務にんむです。どうか、けっして辞退じたいなさらぬようおねがいいたします。」

皆様みなさまは、聖王国せいおうこくにとってきわめて重要じゅうよう貴客ききゃくです。万一ばんいちにも、うしなうわけにはまいりません。」

そうかたかれ眼差まなざしはるぎなく、口調くちょうにも一切いっさい妥協だきょうかんじられなかった。

右手みぎて依然いぜんとして胸口きょうこうてられ、もっと正式せいしきれい姿勢しせいたもっている。

おもわず敬意けいいいだかせるものがあった。

そこまでつよ主張しゅちょうされては、わたしもこれ以上いじょうつのにはなれない。



「そういえば、なぜ六島之國ろくとうのくにかうふねは、かなら護衛ごえいくのですか?」

わたし埠頭ふとうふちち、遠方えんぽうひろがる海面かいめんつめていた。

一方いっぽう緹雅ティア木柱きばしらそばかりながら、自身じしん風帽ふうぼうととのえている。

かぜがゆるやかにけ、ほのかな塩気しおけ湿しめふくんだ空気くうきはこんでくる。

人々(ひとびと)は貨物かもつ水手すいしゅあいだなくい、馬車ばしゃ酒樽さかだる補給箱ほきゅうばこんでは往復おうふくかえしていた。

港口こうこうちる喧騒けんそうなかには、海鳥うみどりごえじりい、まるであらゆるおとが、これからはじまる海上かいじょう旅路たびじけた序曲じょきょくかなでているかのようであった。


かたわらに托德トッドは、その問いいをみみにすると、わずかにかおよこけ、わたし一瞥いちべつした。

神情しんじょうおおきな変化へんかはなく、ただ淡々(たんたん)とした口調くちょうで、つぎのようにこたえた。

「それは、この航路こうろが、天候てんこう不安定ふあんていさにくわえ、魔物まもの出没しゅつぼつすることがすくなくないからです。

護衛ごえいけなければ、ふね無事ぶじ目的地もくてきち到達とうたつするのは、おそらく困難こんなんでしょう。」


魔物まもの? どのような魔物まものなのですか?」

わたしひるがえしてかれやり、好奇心こうきしんからそうたずねた。

陸地りくちにおいては、わたしたちはすでに様々(さまざま)な魔物まものれきっていたとはいえ、てしなくひろがる大海たいかいひそ脅威きょういについては、いまだよしもない。

その事実じじつおもいたり、胸中きょうちゅうおもわずきゅっとまるのをかんじた。

大半たいはんは、ありふれた海洋かいよう魔物まものぎません。」

托德トッド平坦へいたん口調くちょうこたえ、すでに見慣みなれた出来事できごとであるかのようにかたすくめる。

「たとえば裂嘴魚れつしぎょです。ああいった連中れんちゅうれをして船底せんていおそかり、木板もくはんつくられた船殻せんかくやぶります。

それから食鳥蟒しょくちょうもう帆架はんかうえにとぐろをき、そらから奇襲きしゅう仕掛しかけて、はこ水手すいしゅねら厄介やっかい存在そんざいです。

さらに礁岩蟹しょうがんがにもいます。かず非常ひじょうおおく、ひとたびふねかれれば、たてですらやつらのはさみかれてしまいます。」

かたわらにいた騎士きしたちも話題わだいくわわり、そのうちの一人ひとりわらいながらった。

「このまえわたし巡航じゅんこうしていたときは、甲板かんぱん一面いちめん礁岩蟹しょうがんがにがってきて、あやうくふねまるごと解体かいたいされるところでしたよ。」


「だが――」

托德トッド一瞬いっしゅん言葉ことばり、眼差まなざしをわずかにらした。

「それらについては、我々(われわれ)も対処たいしょできる。まこと警戒けいかいすべきなのは、天候てんこう異変いへんだ。」

天候異変てんこういへん?」

わたしは、托德トッド

言葉ことば反芻はんすうするようにかえした。

海上かいじょう気候きこう変転へんてんきわまりなく、想像そうぞうしている以上いじょうはずれている。

晴天せいてんひろがっていたかとおもえば、つぎ瞬間しゅんかんには暴風雨ぼうふううとなることもめずらしくない。

だが――雷電らいでんてんき、なみかべのようにそびえ、さらにはそらそのものがかれるかのようなうずしょうじるとき、それはもはや通常つうじょう自然災害しぜんさいがいではない。」

「それは……魔力まりょく異変いへんですか?」

緹雅ティア何気なにげなく問いいかける。

托德トッドちいさくうなずき、こえとした。

「我々(われわれ)は、それを『魔潮まちょう』とんでいます。

そして――『魔潮まちょう』が発生はっせいするとき、『海之王うみのおう』が姿すがたあらわ可能性かのうせいがあるのです。」


海之王うみのおう』――その三文字さんもじは、海風うみかぜさらされた冷鉄れいてつのように、わたしみみへとまれ、胸中きょうちゅう不安ふあん波紋はもんひろげた。

海之王うみのおう……?」

わたしおもわず、つぶやくようにそのかえした。理由りゆうからないが、背筋せすじにひやりとした寒気さむけはしる。

すると、一人ひとりわか騎士きしこえひそめ、まるで禁忌きんき伝承でんしょうかたるかのようにくちひらいた。

「あるものは、あれには海蛇うみへびのような無数むすう触手しょくしゅがあるとい、またあるものは、そのそのものが移動いどうするしまだとかたります。

ですが、唯一ゆいいつ共通きょうつうしている描写びょうしゃがあります――

それは、巨大きょだい一対いっついっているということ。まるで、深海しんかいそのものがうずしたかのようなだと。」

かれ一瞬いっしゅん言葉ことばり、さらにこえひくめた。

「そのものみなくちそろえています。

あれは、たんなる視線しせんではない――たましい最奥さいおうひそ恐怖きょうふを、直接ちょくせつのぞまれる感覚かんかくだと……。

記録きろくによれば、五十年ごじゅうねんまえ一度いちど姿すがたあらわし、そのよる一晩ひとばん一個いっこ艦隊かんたいせました。

ただよ船骸せんがいすら、一片いっぺんつからなかったそうです。」


れはたんなる伝説でんせつではありません。」と、もう一人ひとりのやや年長ねんちょう騎士きし補足ほそくした。

「我々(われわれ)はあらしをくぐりけ、数多かずおおくの海底かいてい魔物まものともたたかってきました。ですが、ただこのことだけは――風勢ふうせい急変きゅうへんし、波濤はとうかべのようにせるなら、我々(われわれ)はふねて、海上かいじょうただよわせることをえらびます。それでも、あの未知みち凝視ぎょうしうことだけは、けっしてしません。」

言葉ことば途切とぎれた瞬間しゅんかん空気くうき一瞬いっしゅんこおいたかのようで、さきほどまで自由じゆういていた海風うみかぜさえ、このときばかりはいきひそめたかのようだった。

桟橋さんばし全体ぜんたいは、えぬ薄霧うすぎりつつまれたかのように、異様いよう静寂せいじゃくしずみ込み、胸奥きょうおう得体えたいれぬ寒気さむけはしらせた。

わたしはそっとくびめぐらせ、緹雅ティアほうた。

彼女かのじょ眉先まゆさきをわずかにせ、口元くちもと不自然ふしぜんみをかべている。

なにおうとして、しかしおもとどまった。

その表情ひょうじょうは、緊張きんちょうというよりも、どこか諦観ていかんちかい……

海之王うみのおうか……。

できれば、面倒なことを起こしに来ないでほしいな。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ