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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第一卷 第七章 未来に灯りをともす-3

弗瑟勒斯フセレス 第八だいはち神殿しんでん 機関草原きかんそうげん

守護者しゅごしゃ神殿しんでんからはなすということは、すなわち神殿しんでん防御ぼうぎょうすくなることを意味いみしていた。

そのため、わたしはティアととも第八だいはち神殿しんでんかった。

この神殿しんでんはもともとムムルとナガベルの二人ふたり共同きょうどう管理かんりしていたが、いまわたしがその役目やくめぐしかない。

神殿しんでん見渡みわたかぎりの草原そうげんであるが、ひとたびその内部ないぶあしれれば、すべての機関きかん自動じどうてき作動さどうはじめる。

草原そうげん中央ちゅうおうにある神殿しんでん辿たどくには、機関きかん突破とっぱする以外いがいみちはない。


ただし、管理者かんりしゃであるわたしは、秘術魔法ひじゅつまほう使つかえばすべての機関きかん停止ていしさせることができる。

神殿しんでんはいると機関きかん自動じどう作動さどうするため、私は緹雅ティアつめた。

「これらの機関きかんはやっぱりかなり危険きけんだ。はやめておいたほうがいいよ。」

「ちょっとって、ひさしぶりにここにたから、すこためしてみたいの。」

「でも、ティア、万一まんいちなにかこったら……」

大丈夫だいじょうぶ〜あなたがわたしまもってくれるでしょ?」

私はここの機関きかんわなについてはじつ熟知じゅくちしているが、緹雅ティアはたぶんはじめてるのだ。

「でもティア、きみはじめてだし、ここは危険きけんだよ。」

大丈夫だいじょうぶ食前しょくぜん運動うんどうだとおもえばいいし、凝里ギョウリ、あなたはここでってて!」

緹雅ティア背後はいごから短剣たんけんを取りとりだすと、そのまま前方ぜんぽうへとすすんだ。

私は心中しんちゅうかんがえた──どうせ万一まんいちのことがあれば、私は機関きかん強制きょうせいてき停止ていしすればいいだけだ、と。


緹雅ティアまえ二歩にほすすんだところで、突如とつじょあらわれた透明とうめいかべおもいきりぶつかった。

だが、どう対処たいしょすべきかかんがえるひまもなく、突如とつじょとして危機ききおそいかかってきた——草原そうげん地面じめんから二枚にまい円形えんけいギアブレードがいきおいよくがり、稲妻いなずまのようなはやさで彼女かのじょほうへとんできたのだ。

二枚にまいやいばすさまじい速度そくど回転かいてんし、そのするどふち刃物はもののようにひかり、まるで空気くうきさえもそのはやさにゆがめられるかのようだった。

緹雅ティア瞬時しゅんじにその軌跡きせきとらえ、まようことなく反応はんのうした。両脚りょうきゃくをしなやかにげ、まるでけもののようにしなやかにがる——そのうごきはまさに獲物えものねらひょうのごとく。

彼女かのじょ完璧かんぺきなタイミングで跳躍ちょうやくし、その致命的ちめいてき攻撃こうげきあざやかに回避かいひしたのだった。


しかし、彼女かのじょ空中くうちゅうでまだ体勢たいせいととのえるまえに、さらなる攻撃こうげきなみおそいかかってきた。

今度こんどは、どこからともなくはなたれたすうほん毒矢どくやが、かぜいて緹雅ティアめがけて一直線いっちょくせんんでくる。

そらきながらするどひかり軌跡きせきえがき、その矢尻やじりひとつひとつに気配けはい宿やどっているかのようだった。

通常つうじょうであれば、この状況じょうきょうではもなくけてしまうだろう。

だが、緹雅ティア反応はんのう常人じょうじんをはるかにえていた。彼女かのじょかおには一片いっぺん動揺どうようもなく、両手りょうて素早すばや武器ぶきにぎなおすと、そのままうようにからだをひねり、しなやかにけんるった。

そのうごきはまるで舞踏家ぶとうか演舞えんぶのように流麗りゅうれいで、剣先けんさき軌道きどう正確せいかくに読みよみきってははらっていく。

はなたれたすべてのは、彼女かのじょやいばはじかれて空中くうちゅう粉砕ふんさいし、毒液どくえきる。

しかし、そのいずれも緹雅ティアれることはなかった。


ちょうど緹雅ティア着地ちゃくちしようとした瞬間しゅんかん突如とつじょとして大地だいちはげしくはじめた。

その足元あしもとには、深淵しんえんのようにくろくちひらいたあなあらわれ、まるでけものきばのようにひろがり、すべてをもうとしていた。


この機関きかん設計せっけいみょうはまさにそこにある。

上空じょうくうからの連続れんぞく攻撃こうげきをかわした直後ちょくご人間にんげん警戒心けいかいしんはわずかにゆるむ——その一瞬いっしゅんすきねらい、地面じめんわな容赦ようしゃなく発動はつどうし、無防備むぼうび標的ひょうてき奈落ならくへときずりむのだ。


これまでおおくのもの不運ふうんにもこのわなちた。

そのあなそこ灼熱しゃくねつ地獄じごくであり、ながれる溶岩ようがんがる熱風ねっぷう瞬時しゅんじ肉体にくたいくす。のがれるすべはなく、そこにちればほねすらのこらぬ。


だが、緹雅ティア一切いっさい油断ゆだんもなかった。

彼女かのじょ双眸そうぼうするど周囲しゅうい見渡みわたし、わな視認しにんした瞬間しゅんかんに、冷静れいせい判断はんだんくだす。


思考しこうするよりもはやく、彼女かのじょ八階はっかい魔法まほう──〈泥纏でいたん〉を発動はつどうした。

足元あしもとかびがる魔法陣まほうじんから、無形むけいどろがり、彼女かのじょ足首あしくび起点きてん瞬時しゅんじひろがっていく。

そのどろからい、かさなって泥網でいもう形成けいせいし、彼女かのじょ安全あんぜん着地点ちゃくちてんした。


緹雅ティアはそのままかるやかに深淵しんえんくちえ、くずちる地面じめんからした。

彼女かのじょからだちゅうかび、まるで優雅ゆうが白鳩しろばとのようにう。

わずかなかぜとらえて姿勢しせいととのえ、完璧かんぺきなバランスで空中くうちゅうたもち、底知そこしれぬへの転落てんらく完全かんぜん回避かいひした。


この程度ていど機関きかんわななど、緹雅ティアにとっては牛刀ぎゅうとうもっにわとりくようなものにぎなかった。

はじめておとずれた場所ばしょでありながら、これほど容易ようい第一段階だいいちだんかいわな突破とっぱしてしまうとは、到底とうてい想像そうぞうできないことである。

入口いりぐちから神殿しんでんまではおよそ三百さんびゃくメートルの距離きょりがある。

しかし、第一段階だいいちだんかいわなけたとはいえ、緹雅ティアすすんだのはまだ五十ごじゅうメートルほどにすぎなかった。


緹雅ティアがさらに前進ぜんしんつづけると、突如とつじょそらからするど風切かぜきおとみみいた。

いで、無数むすう長槍ちょうそうてんよりそそぎ、矛先ほこさきはすべて彼女かのじょ身体からだねらっていた。

一本いっぽん一本いっぽん長槍ちょうそう空中くうちゅうはしりながら、不気味ぶきみうなごえひびかせ、まるでおになげきのようにひくうなって落下らっかしてくる。

その速度そくど常軌じょうきいっしており、空気くうきくたびに周囲しゅうい圧力あつりょくゆがみ、全身ぜんしんせるような圧迫感あっぱくかんはなつ。

そしてほこ地面じめんさると、その瞬間しゅんかん大地だいち悲鳴ひめいげる。

着弾点ちゃくだんてんからはふか亀裂きれつはしり、つちいしはげしくがった。


緹雅ティア一瞬いっしゅんまよいもせず、即座そくざ進行方向しんこうほうこうえ、前方ぜんぽうへと疾走しっそうした。

しかし、長槍ちょうそう攻撃こうげきむことを知らない。

それどころか、それらはまるで感知装置かんちそうちそなえた兵器へいきのように、緹雅ティア位置いち正確せいかく追尾ついびつづけ、なく落下らっかしてくる。

さらに、長槍ちょうそうさった地面じめんからは、無数むすう亀裂きれつ蜘蛛くものようにひろがり、足場あしばまたたくずはじめた。

このまま回避かいひつづけていれば、いずれ場所ばしょさえうしない、安全圏あんぜんけんなどなくなるだろう。

そのとき、緹雅ティアを、またしても“えざるかべ”がはばんだ。

それは物理的ぶつりてき障壁しょうへきではなく、まるで空気くうきそうかたまったような透明とうめい結界けっかいで、進行しんこう完全かんぜんふうじていた。

だが緹雅ティアひるむことなく、むしろ即座そくざ判断はんだんくだした。

彼女かのじょはその透明とうめい壁面へきめんかってのぼはじめたのだ。

そのうごきはかるやかで、はやく、まるでかべ自在じざい蜥蜴とかげのよう。

あし壁面へきめんるたびに、彼女かのじょ身体からだはまるで重力じゅうりょく無視むしするかのようにすべらかに上昇じょうしょうしていく。

——まさか、緹雅ティアはこのかべをそのままえるつもりなのか?


このかべは、けっして単純たんじゅんなものではなかった。

それは特殊とくしゅ設計せっけいによってつくられており、侵入者しんにゅうしゃ歩調ほちょうおうじてえず移動いどうする仕組しくみになっている。

どれほどはしっても、どれほどのぼっても、そのかべわりをることはけっしてできない。

これはたんなる障害物しょうがいぶつではなく、侵入者しんにゅうしゃ行動こうどうそのものに反応はんのうして変化へんかする「きた防壁ぼうへき」だった。

うえすすつづければつづけるほど、わりのえないかべ翻弄ほんろうされる──

だが、このさきっていた光景こうけいは、わたし予想よそうおおきくくつがえすものだった。

長槍ちょうそうふたた緹雅ティアねらい、矛先ほこさき閃光せんこうのようにせまる。

しかし彼女かのじょ一切いっさい動揺どうようせず、えぬはやさでひるがえし、ほこ突進とっしん紙一重かみひとえ回避かいひした。

刃先やいば風圧ふうあつ彼女かのじょほおかすめ、残像ざんぞうだけをのこしてすりける。

──その瞬間しゅんかん予想外よそうがいのことがきた。

彼女かのじょれた一本いっぽん長槍ちょうそうが、そのままいきおいをたもったまま透明とうめいかべ貫通かんつうしたのだ。

金属きんぞくけるようなするどおととともに、風圧ふうあつ砂塵さじんげ、かべ一部いちぶふか穿孔せんこうしょうじさせる。

緹雅ティアはその一瞬いっしゅんすき見逃みのがさなかった。

おどろくほどの俊敏しゅんびんさで体勢たいせいえ、そのひらいたあなへとむ。

まるでかぜけるようなかるやかさで、彼女かのじょ防壁ぼうへきこうがわした。

こうして緹雅ティアは、見事みごとにこの段階だんかいわな突破とっぱし、つぎ試練区画しれんくかくへとあしれたのであった。


これは──想定そうていがいみちなのだろうか?

わたしむねおくに、かすかな疑念ぎねんかんだ。

この突破とっぱ仕方しかたは、わたし記憶きおくしている構造こうぞうとはあきらかにことなっている。

本来ほんらい設計せっけいでは、このかべけっして容易よういやぶれるものではなく、侵入者しんにゅうしゃはすべて〈漂浮ひょうふ〉の装置そうち使つかって長槍ちょうそう攻撃こうげきけなければならなかった。

その過程かていで、落下らっかする長槍ちょうそう一本いっぽん確保かくほし、それをかぎとしてつぎ段階だんかいすすむ──それが本来ほんらい手順てじゅんであり、試練しれん核心かくしんでもあったはずだ。

規則きそくしたがえば、これは精密せいみつ設計せっけいされた複雑ふくざつきわまりない試練しれんであり、長槍ちょうそうたぬものつぎわな突破とっぱすることなどけっしてできない。


長槍ちょうそう攻撃こうげきわると、つぎにはさらに致命的ちめいてき火砲台かほうだい出現しゅつげんする。

これらの火砲台かほうだい装置そうち強力きょうりょくで、強烈きょうれつ撃退げきたい能力のうりょくゆうしており、命中めいちゅうすれば即座そくざ底部ていぶへと墜落ついらくする。

だが、それだけでわるわけではない。火砲台かほうだい攻撃こうげきおさまったあと空間くうかん突如とつじょとして封鎖ふうさされ、出入しゅつにゅう不可能ふかのうになる。

空間くうかん密封みっぷうされると同時どうじに、濃烈のうれつどくガスが瞬時しゅんじ充満じゅうまんし、その濃度のうどきわめてたかく、数分すうふん以内いない致命的ちめいてきとなりうる。迅速じんそく対処たいしょしなければ、生存せいぞんのぞみすらのこらない。

さき入手にゅうしゅした長槍ちょうそうもちいてこの封鎖ふうさされた空間くうかん破壊はかいしなければ、つぎ関門かんもんつうじる出口でぐちひらくことはできない。


第三だいさん段階だんかい突入とつにゅうした瞬間しゅんかん草原そうげん突如とつじょとして激変げきへんした。

とどろかぜ一瞬いっしゅんにしてれ、天地てんちそのものが試練しれんはじまりをげるかのようにふるはじめる。

その烈風れっぷう容赦ようしゃなく緹雅ティアほおち、周囲しゅうい草叢くさむらこそぎばした。

かぜじる砂粒すなつぶするどやいばのようにはだき、いたみが神経しんけいす。

これはたんなる肉体にくたいてき試練しれんではなく、精神せいしんをもけず鍛錬たんれんだった。

かぜ咆哮ほうこうみみあっし、わずかな前進ぜんしんすらくるつうえる。

だが、この暴風ぼうふう背後はいごには、さらにおそるべき仕掛しかけがひそんでいた。

それは──魔法無効まほうむこう法陣ほうじん

えぬ力場りきば全域ぜんいきおおい、術者じゅつしゃ魔力まりょく瞬時しゅんじふうじる。

この領域りょういきでは、いかなる魔法まほう発動はつどうできない。

攻撃こうげき強化きょうかする咒文じゅもんも、防御ぼうぎょ結界けっかいも、すべてが無効化むこうかされる。

ただおのれ肉体にくたいわざだけがたよりとなる──しん意味いみでの極限きょくげん試練しれんが、ここからはじまったのだった。


さらに、この第三だいさん段階だんかいでは、ときつにつれて風勢ふうせいはますます凶暴きょうぼうさをし、やがてそれはすべてを竜巻たつまきへと変貌へんぼうしていく。

うず暴風ぼうふう天空てんくう巨大きょだいえがき、その咆哮ほうこう天地てんちふるわせながら、眼前がんぜんのすべてをもうとしていた。

かぜには砂塵さじんじり、視界しかいかすみ、すさおと鼓膜こまくいためるほど。

そして──竜巻たつまき頂上ちょうじょうには、異次元いじげんへの転送口てんそうこうあらわれる。

それはまるですべてをせる巨大きょだいうずそのものであり、一度いちどでもまれればあらがすべはない。

とらえられたもの強制的きょうせいてきにフセレスの領域りょういきから排除はいじょされ、同時どうじに〈呪詛印じゅそいん〉をきざまれる。

このしるし強力きょうりょく封印ふういんとして作用さようし、きざまれたもの以後いご二十四にじゅうよん時間じかんのあいだ、ふたたびフセレスのあしれることができなくなるのだ。


竜巻たつまきだけではない――この草原そうげんには、さらに無数むすう強力きょうりょく手裏剣しゅりけんりばめられていた。

それらは暴風ぼうふう加護かごけ、にもまらぬはやさでくうく。

その速度そくどはあまりにもすさまじく、人間にんげん反射はんしゃでは到底とうていいつけぬほどであった。

しかも、そのやいば魔法まほう防壁ぼうへきすら貫通かんつうするほどのするどさをち、ぶごとに予兆よちょうえがくかのように軌跡きせきのこしていく。

まさにそれは、死神しにがみ使者ししゃはなくろ羽根はねのようだった。

さらにおそろしいことに、手裏剣しゅりけんには強烈きょうれつどくられており、かすりきずひとつでさえいのちうばう。

たとえづいてもけるいとまはなく、一瞬いっしゅん油断ゆだんそくまねく。

この攻撃こうげきはやく、予測よそく困難こんなんで、まさにふせすべなど存在そんざいしない地獄じごくわなであった。


もっと厄介やっかいなのは、この草地そうち無数むすうつる蔓延はびこっていることだ。これらのつる強風きょうふうるままにうねり、がり、まるで毒蛇どくじゃのように容赦ようしゃなく侵入者しんにゅうしゃへとびていく。

つるうごきは機敏きびんかつ迅速じんそくで、どれほど回避かいひしても、意想外いそうがい場所ばしょから一本いっぽんつるしてきて、行動こうどう方向ほうこうしばってしまう。

もしつるつかまれれば、三秒さんびょうのあいだ身動みうごきがれなくなり、その三秒さんびょう致命的ちめいてき手裏剣しゅりけんじか命中めいちゅうするにりる。


こころおくに、わずかな不安ふあんがよぎった。

緹雅ティア実力じつりょくうたがいの余地よちはない。だが、この領域りょういきはあまりにも危険きけんおおく、彼女かのじょほどの戦闘せんとう達人たつじんでさえ、完全かんぜんには予測よそくできないほどだった。

もし、彼女かのじょきずえば──その結果けっか想像そうぞうするのもおそろしい。

……しかし、結果けっかわたし杞憂きゆうにすぎなかった。


只見ただみ緹雅ティア快速かいそく藤蔓つる突襲とつしゅう閃避せんぴしており、各々(おのおの)の回避かいひはまさに的確てきかくであった。

手裏剣しゅりけん攻撃こうげき雨点うてんごとみだんでいたが、緹雅ティアにとってそれらの危険きけんるにらないものだった。

彼女かのじょ手中しゅちゅう武器ぶきだけで容易ようい攻撃こうげきはじかえすことができた。

じつは、この段階だんかい最大さいだい挑戦ちょうせんは、暴風ぼうふうでも手裏剣しゅりけんでもつる拘束こうそくでもなかった。しん試練しれんは、人間にんげん内心ないしんからているのだ。

第三段階だいさんだんかい設計せっけいはまさにそのてんいている。

強風きょうふうおおくの挑戦者ちょうせんしゃ行動こうどう不能ふのういやりがちだが、緹雅ティアはその迅速じんそく思考しこう冷静れいせい判断はんだんによ(よ)り、暴風ぼうふう只中ただなかにあってもすべてのわな見事みごと回避かいひした。

彼女かのじょははっきりと理解りかいしていた──もしこの区域くいきを、竜巻たつまきへとわるまえすみやかに通過つうかしなければ、とおつづけるほど最終的さいしゅうてき頂上ちょうじょう転送口てんそうこうへとまれてしまう、と。

おおくのもの機関きかんわなとらわれ、あらゆる細部さいぶ致命ちめいてき危険きけんひそませていると誤認ごにんしてしまうために、ただしい判断はんだんくだせなくなる。

だが反対はんたいに、その機関きかん仕組しくみを掌握しょうあくすれば、ここはむしろもっと通過つうかしやすい区間くかんになるのだ。


前三さんぜん段階だんかい連続れんぞくしたわなをすべて突破とっぱしたのち神殿しんでんまでの距離きょりのこりわずか五十ごじゅうメートルとなった。

だが、まさにこのときこそがもっと油断ゆだんまねきやすい瞬間しゅんかんである。

最後さいご五十ごじゅうメートルには、無数むすう魔法陣まほうじんりばめられており、それぞれがことなる効果こうか発動はつどうする。

しかも、この領域りょういきでは超重力ちょうじゅうりょく魔法まほう強制きょうせいてき発動はつどうしており、身軽みがる跳躍ちょうやくしてけることは不可能ふかのうだった。

うんわるければ〈回帰かいき〉の魔法陣まほうじんみ、強制きょうせいてきそと排出はいしゅつされてしまう。

魔法陣まほうじん同士どうしはどれもおなじで、肉眼にくがんでは区別くべつできない。

さらに厄介やっかいなのは、ここでは悠長ゆうちょうかんがえているひまがないということだ。

足元あしもと地面じめんは徐々(じょじょ)にくずちていくため、まることはそく意味いみする。

つまり、この最後さいご区間くかんは、瞬時しゅんじ判断はんだん勇気ゆうきだけがためされるしん極限きょくげん試練しれんなのだ。


この場所ばしょのこ唯一ゆいいつ方法ほうほうは、〈鑑定之眼かんていのめ〉を使つかって、自身じしんもっと攻略こうりゃくしやすい魔法陣まほうじん見極みきわめることだった。

緹雅ティアおな魔法陣まほうじん紋様もんようにした瞬間しゅんかん即座そくざ判断はんだんくだし、まようことなくそのじんえらんだ。

あしれた刹那せつな重力じゅうりょく魔法まほうせ、魔法陣まほうじんはげしくかがやす。

そこからあらわれたのは、つち元素げんそ構成こうせいされた巨人きょじん——〈土元素巨人どげんそきょじん〉だった。

だが、巨人きょじん完全かんぜん姿すがたあらわすよりもはやく、緹雅ティア七階ななかい戦技せんぎ──〈灼刀しゃくとう〉を発動はつどうする。

またたほのおやいばはしり、つち巨体きょたい一撃いちげきくだいた。

しかし、魔法陣まほうじんはそれでわりではなかった。

たおされた土元素巨人どげんそきょじん残骸ざんがいはそのくずち、じんひかりによってさいまれていく。

それは〈献祭けんさい〉の儀式ぎしきだった。つちちから再構成さいこうせいされ、やがてその中心ちゅうしんから〈土龍どりゅう〉が召喚しょうかんされる。

だが、そんな程度ていど相手あいて緹雅ティアひるむはずもない。

彼女かのじょはすでに九階きゅうかい魔法まほう──〈漩絲断界せんしだんかい裂水嵐れっすいらん〉を詠唱えいしょうしていた。

かぜみずからい、うずのごとき斬撃ざんげき奔流ほんりゅうとなって土龍どりゅうく。

いでおとずれたのは静寂せいじゃく——土龍どりゅう抵抗ていこうするもなく霧散むさんし、魔法陣まほうじん完全かんぜん崩壊ほうかいした。


土龍どりゅう消滅しょうめつした直後ちょくごこそが、しん試練しれんはじまりであった。

たおされた土龍どりゅうふたたび〈献祭けんさい〉の儀式ぎしきささげられ、その肉体にくたいどろとなってかたちえる。

やがてそのどろはうねり、かたまり、緹雅ティア姿すがた完全かんぜん模写もしゃした——もうひとりの〈緹雅ティア〉がそこにっていた。


同時どうじに、この区域くいき地層ちそう崩壊ほうかいはじめており、場所ばしょ刻一刻こくいっこくうしなわれていく。

この状況じょうきょう分身ぶんしんとの戦闘せんとうになれば、長期戦ちょうきせんけられない——普通ふつうであれば、そうおもうだろう。


だが、分身ぶんしん達人たつじんである緹雅ティアまえ分身ぶんしん使つかうとは、あまりにもあさはかだった。

この泥土でいど分身ぶんしんは、たしかに緹雅ティア姿すがたうごき、戦技せんぎまでも完璧かんぺき模倣もほうしていた。

しかし、それはあくまで“かたち”だけ。思考しこう判断力はんだんりょく戦場せんじょうを読む感覚かんかくまでは複製ふくせいできていなかった。

さくなきちからは、ただのむなしい偶像ぐうぞうぎない。


緹雅ティアほほみをかべ、八階はっかい戦技せんぎ——〈極流之舞ごくりゅうのまい〉を発動はつどうした。

水流すいりゅうちからあしまとい、その身体しんたい一瞬いっしゅん疾風しっぷうす。

速度そくど極限きょくげんまでたかめるこの戦技せんぎは、まさに決定打けっていだとなった。

なぜなら、この泥土でいど分身ぶんしん自身じしん属性ぞくせいゆえに、水流すいりゅうとの相性あいしょう最悪さいあくだったのだ。

おな加速かそくわざ使つかえば自壊じかいし、使つかわねば速度そくど圧倒あっとうされる——どちらにしてもはない。


められた泥土でいど分身ぶんしんは、最後さいごの悪あがきとばかりに九階きゅうかい魔法まほう夜龍幻息やりゅうげんそく〉を発動はつどうした。

広域こういきひろがるほのおしょうじ、空間くうかんそのものをもうとする。


だが、そのどうきはすでに緹雅ティアまれていた。

火炎かえんはしるその刹那せつな彼女かのじょって跳躍ちょうやくし、ほのおがる。

いで、地上ちじょう草原そうげん瞬時しゅんじ業火ごうかつつまれた。


空中くうちゅう緹雅ティアは〈極流之舞ごくりゅうのまい〉の滑走かっそう特性とくせい使つかい、かぜきながら泥土でいど分身ぶんしんへと一直線いっちょくせんすすむ。

その一撃いちげきけっするはずだった——

だが、やいばとど寸前すんぜん分身ぶんしん突如とつじょとしてかたちうしない、泥水でいすいとなってくずちた。


「なっ……!?」

おもわずこえれた。

まさか――あれほどまでに単純たんじゅん泥土でいど分身ぶんしんが、みず元素げんそあやつるとはおもってもみなかった。

だが、真相しんそうはすべてわなだったのだ。さきほどまでの挙動きょどうは、泥土でいど分身ぶんしん巧妙こうみょう仕掛しかけた欺瞞ぎまんだった。


分身ぶんしんみずか泥水でいすいし、その流動性りゅうどうせい利用りようして地面じめん自在じざい移動いどうする。

そのうごきは緹雅ティアよりもはやく、さらに地形ちけいとの親和性しんわせいにより、戦場せんじょうのどこへでも瞬時しゅんじ姿すがたあらわすことができた。


「こいつ……こころたぬはずなのに、なぜこんな精密せいみつ反応はんのうができる?」

私はおもわずいきみ、その理由りゆうさぐはじめた。

これでは、緹雅ティアにとっても容易よういならぬたたかいになる。

相手あいて行動こうどう予測よそく不能ふのうで、地面じめんからの奇襲きしゅうなくつづく。

たとえ緹雅ティアでも、この戦場せんじょうでは苦戦くせんまぬがれないだろう。

――そうおもっていた、が。


やはり今回こんかいも、わたし懸念けねん杞憂きゆうわった。


その瞬間しゅんかん緹雅ティアり、かるやかにちゅうへとがった。

飛行魔法ひこうまほう展開てんかいし、半空はんくう静止せいしすることで、泥土分身でいどぶんしん選択せんたくせまる。

──遠距離えんきょり魔法まほう応戦おうせんするか、あるいは近接戦きんせつせんむか。

どちらをえらんでも、もはや不意打ふいうちの余地よちはない。

とはいえ、緹雅ティア得意とくいとするのは近接きんせつせんであり、遠距離えんきょり魔法まほうすくない。

そらかんでいるいま彼女かのじょ位置いちまととしても明確めいかくだ。

私はおもわず心中しんちゅうつぶやいた——「これではぎゃくねらわれやすいのではないか」と。

だが、緹雅ティアたなかった。

泥土分身でいどぶんしん行動こうどうこすよりもはやく、彼女かのじょ十階じゅっかい魔法まほう――〈夜光重砲やこうじゅうほう〉を詠唱えいしょうした。

蒼白そうはく魔力まりょく空間くうかんおおい、瞬間しゅんかんひかり奔流ほんりゅう地上ちじょうはらう。

地面じめん爆裂ばくれつし、土煙つちけむりがるなか泥土分身でいどぶんしん即座そくざ反応はんのうした。

防御ぼうぎょ魔法まほう白耀壁壘はくようへきるい〉を発動はつどうし、巨大きょだい光壁こうへき生成せいせいして攻撃こうげきめようとする。

だが、それこそが緹雅ティアねらいだった。

白耀壁壘はくようへきるい〉が発動はつどうした瞬間しゅんかん緹雅ティア姿すがたはふっとえる。

彼女かのじょ一瞬いっしゅん泥土分身でいどぶんしん背後はいご転移てんいし、つづけざまに九階きゅうかい魔法まほう夜龍幻息やりゅうげんそく〉をはなった。

黒紫こくしほのおえがき、轟音ごうおんとともに炸裂さくれつする。

泥土分身でいどぶんしん抵抗ていこうするもなく、ほのおつつまれ、跡形あとかたもなく消滅しょうめつした。


緹雅ティアが〈夜光重砲やこうじゅうほう〉をはなった瞬間しゅんかん泥土分身でいどぶんしんのこされた選択肢せんたくしはわずかふたつだった。

ひとつは〈白耀壁壘はくようへきるい〉を展開てんかいして防御ぼうぎょすること。

もうひとつは、おなじく〈夜光重砲やこうじゅうほう〉をかえして反撃はんげきること。

しかし、もし後者こうしゃえらべば、結果けっか明白めいはくだ。

緹雅ティア武器ぶきたずさえ、詠唱えいしょうよりもはや一撃いちげきはなつことができる。

たがいにおな魔法まほう使つかっても、主導権しゅどうけん確実かくじつ彼女かのじょにある。

一方いっぽうで、防御ぼうぎょえらんだ場合ばあいはどうだろう。

白耀壁壘はくようへきるい〉は絶大ぜつだい防御力ぼうぎょりょくほこるが、その発動中はつどうちゅう使用者しようしゃからだ固定こていされ、うごけなくなるという致命的ちめいてき欠点けってんがある。

その瞬間しゅんかん緹雅ティア完全かんぜん勝機しょうきいだした。

……おそらく、これはあの蚩尤シユウとのたたかいで教訓きょうくんからまれた戦術せんじゅつなのだろう。


神殿しんでんもんしずかにひらいたのは、泥土分身でいどぶんしん完全かんぜん消滅しょうめつした直後ちょくごだった。

しかし、安堵あんどするひまはない。

重力魔法じゅうりょくまほう三秒さんびょう再起動さいきどうするため、そのまえ神殿しんでんまねばならなかった。


緹雅ティア一瞬いっしゅんまよいもなく跳躍ちょうやくし、かるやかに神殿しんでん内部ないぶすべむ。

はじめてこのいどものなら、入口いりぐち仕掛しかけだけでもあたまかかえていたはずだ。

緹雅ティアきみ……本当ほんとうにここへるのははじめてなのか? あまりにも手際てぎわすぎる。」

わたし神殿しんでんすべての機関きかん解除かいじょしながら、ゆっくりと彼女かのじょあとつづいた。


「ふふん、伊達だて鍛錬たんれんんでるわけじゃないんだからね!」

緹雅ティア得意とくいげにむねり、その笑顔えがおはまぶしいほどに自信じしんちていた。

おもわず私は彼女かのじょあたまばし、やさしくでた。


「ちょ、ちょっと……な、なにするのよ!」

だれもいない神殿しんでんなか緹雅ティアほおはほんのりとあかまり、視線しせんらした。

その仕草しぐさは、先程さきほどまでの戦闘せんとうの凛々(りり)しさとはまるで別人べつじんのように、可愛かわいらしかった。



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