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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第一巻 第三章 誓約と襲撃-1

神暦しんれき2975ねん

あさひかりがまだまぬ時刻じこく聖王国せいおうこく王都おうとはすでに濃厚のうこう煙霧えんむ焦土しょうどにおいにおおわれていた。

灰色はいしょくくもったそら呼吸こきゅうすらくるしくさせ、数羽すうわからす王城おうじょう上空じょうくう旋回せんかいし、時折ときおり耳障みみざわりなごえはっしては、この焦黒しょうこく大地だいちねむ亡魂ぼうこんささやきかけているかのようであった。

城壁じょうへきなかくずれ、屋根瓦やねがわらくだり、見るかげもないてた姿すがた

かつて栄華えいがほこった聖王国せいおうこく王都おうとは、いまやほとんど廃墟はいきょしていた。

煙塵えんじんいまれず、しかし周囲しゅうい異様いよう静寂せいじゃくつつまれていた。

喧騒けんそうてにのこされたのは、のような沈黙ちんもくのみである。

地上ちじょうには無数むすう屍体したいよこたわっていた。騎士きしであるものも、平民へいみんであるものも、その姿すがた灰燼かいじんまみれ、惨烈さんれつなる戦場せんじょうけいえがしていた。

かつて栄光えいこう秩序ちつじょ象徴しょうちょうであった王城おうじょうも、すでに往時おうじ繁栄はんえいうしなてていた。


唯一ゆいいつ王城おうじょう中央ちゅうおう神殿しんでんのみが巍然ぎぜんとしてうごかず、混乱こんらんほのおなかにあってもるぎなくそびっていた。

たかそびえる神殿しんでん外壁がいへきあわ金色きんいろかがやきをはなっていた。それはかみ庇護ひご結界けっかいであった。

城壁じょうへきくずちようとも、神殿しんでん磐石ばんじゃくのごとく王城おうじょう核心かくしんまもつづけ、その威容いよう無言むごんのまま、この災厄さいやく異常いじょうさをうったえていた。

くずちた塔楼とうろうした一人ひとり兵士へいし満身創痍まんしんそうい姿すがた瓦礫がれきやまから必死ひっしてきた。

かおには灰塵はいじん鮮血せんけつがこびりつき、右脚みぎあしれているようで、をずりずりときずりながらまえへとすすむしかなかった。

がろうとこころみてもちからはいらず、結局けっきょくなかくずれた石壁いしかべせかけ、あらいきつづけた。

兵士へいし視線しせん四方しほう彷徨さまよえば、うつるのはくだけた街道かいどう崩壊ほうかいした建築けんちく、そしてまみれた屍体したいやま

込みこみあがる必死ひっしこらえていたが、壁際かべぎわにて幼子おさなご母親ははおや亡骸なきがらきしめ、ちいさくふるえている姿すがたたりにした瞬間しゅんかん兵士へいしこられず、ってはげしく嘔吐おうともよおした。


かれいまにも力尽ちからつきそうになったそのとき背後はいごからさけごえひびいた。

「ここにまだ生存者せいぞんしゃがいる!」

かれ必死ひっしくびめぐらせ、そこに白銀はくぎん軽鎧けいがいまとった騎士団きしだん後備救援部隊こうびきゅうえんぶたいってくるのをた。

先頭せんとうつのは一人ひとり女性士官じょせいしかんで、そのかおにはあせりと決意けついかんでいた。

彼女かのじょはすぐにひざをつき、兵士へいしきずたしかめる。

失血しっけつがひどい……意識いしきがもうろうとしている!」

いそげ、担架たんかせろ!」

べつ救援員きゅうえんいんり、二人ふたり慎重しんちょうかれからだよこたえ、固定こていしてからかつげた。

かれらは最前線さいぜんせん戦闘員せんとういんではない。

だが、この救援隊員きゅうえんたいいん医療班いりょうはんもまた戦場せんじょうかげなかいている。

屍体したいえてすすむ足取り(あしどり)は恐怖きょうふ無力感むりょくかんふるえていたが、それでも一歩いっぽまることはなかった。

「……悪鬼あっきだ。これは間違まちがいなく悪鬼あっき仕業しわざだ……。」

わか医療兵いりょうへいつぶやいた。

ふるえる両手りょうてまらず、こえにはおびえがにじんでいた。

かれにとって戦場せんじょうはじめてではない。

しかし、人間性にんげんせいのかけらも感じられぬ虐殺ぎゃくさつ痕跡こんせきたりにするのは、これがはじめてであった。


そのとき後方こうほうから重々(おもおも)しい足音あしおとひびき、くだけた石片せきへんみしめるごとににぶ力強ちからづよおとてた。

医療班員いりょうはんいんたちはおもわずかえる。そこには全身ぜんしん黒曜こくよう鎧甲がいこうつつまれた長身ちょうしんおとこが、ゆっくりとあるってきていた。

そのものきんあか羽冠うかんかざられた兜帽式とぼうしき仮面かめんいただき、胸甲きょうこう中央ちゅうおうには**聖王国せいおうこく**からさずけられた紋章もんしょう――光龍之剣こうりゅうのけんきざまれていた。それは王国おうこくちから象徴しょうちょうであった。

二人ふたり医療班員いりょうはんいんあわてて姿勢しせいただし、こえそろえてさけぶ。

「おお……騎士団きしだん団長だんちょうさま!」

鎧甲がいこうおとこあゆみをめ、遠方えんぽうにそびえる神殿しんでん方角ほうがくへと視線しせんげる。

そしてひくひびこえった。

「どうやら……すべては、周到しゅうとう策謀さくぼうだったようだな。」

その口調くちょうつめたくするどかったが、おさめられたいかりのいろにじんでいた。

仮面かめんがその素顔すがおかくしていたにもかかわらず、そのものすべてが、かれ体内たいないからがる戦意せんい悲憤ひふんをはっきりと感じかんじとることができた。


(25年後ねんご

まえひろがる村落そんらくは、尤加爾村ユガールむらである。

名目上めいもくじょう聖王国せいおうこく支配しはいぞくしているが、実際じっさい地図ちず片隅かたすみしるされるにぎない目立めだたぬちいさなむらであった。

村人むらびとたちのおおくは農業のうぎょう従事じゅうじし、自給自足じきゅうじそくらしをおくっていた。

時折ときおりとおりがかる商隊しょうたい魔物まものけるためにり、一時いちじ休息きゅうそくをとる。

それが、このむら外界がいかいとをむす唯一ゆいいつ交流こうりゅう手段しゅだんであった。

聖王国せいおうこく現在げんざい世界せかいにおける六大強国ろくだいきょうこくひとつであり、それとならとなされる国々(くにぐに)は以下いかとおりである。

――群島ぐんとう位置いちし、強大きょうだい航海技術こうかいぎじゅつ魔法知識まほうちしきほこ六島之國ろくとうのくに

――聖山せいざん流光瀑布りゅうこうばくふえいじ、輪廻りんね俗世ぞくせめぐり、宝石ほうせき魔法鉱物まほうこうぶつ燦然さんぜんかがや荒漠之國こうばくのくに

――烈日れつじつかれる砂漠さばく古代遺跡こだいいせき点在てんざいする遺跡之國いせきのくに

――光影こうえい神殿しんでんつらぬき、強烈きょうれつ信仰しんこう荘厳そうごん儀式ぎしきいろどられる神話之國しんわのくに

――火山かざん氷河ひょうが交錯こうさくし、永夜えいや霜雪そうせつ大地だいちおおい、雷鳴らいめい氷結峡谷ひょうけつきょうこくとどろ黄昏之國たそがれのくに


しかし、この六大国ろくだいこくあいだは、表面上ひょうめんじょうのようにたがいにたすっているわけでもなく、また伝説でんせつかたられるようにけんまじえる寸前すんぜん緊張きんちょう状態じょうたいにあるわけでもなかった。

実際じっさいのところ、各国かっこくあいだには微妙びみょう均衡きんこう平和へいわたもたれていた。

三千年前さんぜんねんまえ世人せじんくわしくかたられることのない大災厄だいさいやく大陸たいりくおそった。

そののち六大国ろくだいこくは《誓約せいやく》をむすぶにいたった。

この誓約せいやく強制力きょうせいりょくつものではなかったが、各国かっこく容易ようい戦端せんたんひらけぬ底線ていせんとなった。

以来いらい国境こっきょうめぐ小規模しょうきぼ衝突しょうとつ交易こうえきじょう摩擦まさつ幾度いくどきたが、全面戦争ぜんめんせんそう発展はってんすることは一度いちどもなかった。

だれもがっていた――あの底線ていせんやぶられれば、歴史れきし深淵しんえんねむ災厄さいやくまされることを。

これらの情報じょうほうは、すべて一人ひとり商人しょうにんからいたものである。

かれ六島之國ろくとうのくに出身しゅっしんで、深作ふかさくい、長年ながねんにわたり諸国しょこくわたあるき、その見聞けんぶんひろかった。


そして、さらに重要じゅうよう情報じょうほうは、我々(われわれ)が弗瑟勒斯フセレスはなれて以来いらい道中どうちゅう見聞けんぶんしたすべてが、この世界せかい人間にんげん領域りょういきだけにかぎられていないことを証明しょうめいしていたという事実じじつである。

旅路たびじなかで我々(われわれ)は多種多様たしゅたよう種族しゅぞく出会であった。

傲慢ごうまんにしてほこたか獣人族じゅうじんぞく天空てんくうける龍人族りゅうじんぞく、そして魔法まほうけた精霊族せいれいぞくにも遭遇そうぐうした。

この世界せかいにおいて人口じんこうもっとおお五大種族ごだいしゅぞくは、人族じんぞく天使族てんしぞく悪魔族あくまぞく精霊族せいれいぞく、そして龍族りゅうぞくである。

それぞれの種族しゅぞく独自どくじ魔力構造まりょくこうぞう文化体系ぶんかたいけいちながらも、この世界せかいではたがいに協力きょうりょくし、種族間しゅぞくかんかべによる分裂ぶんれつられない。

そして我々(われわれ)にこの情報じょうほうつたえてくれた深作ふかさくは、悪魔族あくまぞく人族じんぞく混血こんけつであった。


わたしにとって、このすべてはけっして見知みしらぬものではなかった。

というのも、もと世界せかい――あの《DARKNESSFLOWダークネスフロー》とばれる仮想現実かそうげんじつゲームにおいて、このような世界観せかいかんはすでにふか記憶きおくなかきざまれていたからだ。

さらには、この世界せかい時間体系じかんたいけいでさえ、かつてわたしきていた世界せかいのものとおどろくほどかよっていた。


今年ことし神暦しんれき3000ねん

それは六大国ろくだいこく建国けんこくしてから、ちょうど三千年さんぜんねん節目ふしめたり、おおくの都市とし記念儀式きねんぎしき典礼てんれいおこなわれていた。

だがおどろくべきは、三千年さんぜんねんときたにもかかわらず、この世界せかい依然いぜんとしてわたし中世ちゅうせいちか文明段階ぶんめいだんかいとどまっていたことである。

高層建築こうそうけんちくはなく、飛空艇ひくうてい存在そんざいせず、火器かきでさえきわめて稀少きしょうだった。

わりに、この世界せかいささえているのは魔法まほう魔力結晶まりょくけっしょうもちいた機構施設きこうしせつ転送陣てんそうじんであった。

これは技術的後退ぎじゅつてきこうたいではなく、文明ぶんめい発展方向はってんほうこうが、わたし認識にんしきするものとは根本的こんぽんてきことなっていたにすぎない。

そして、この相違そうい否応いやおうなくわたし疑念ぎねんいだかせた。

――わたしいまくこの世界せかいは、《DARKNESSFLOWダークネスフロー》と、わたし想像そうぞうする以上いじょうふかつながりをっているのではないか、と。


わたし緹雅ティアは、ゆるやかに蛇行だこうする山道さんどう辿たどりながらむらへとかっていた。

ただのしずかで人里離ひとざとはなれた小村しょうそんぎないとおもっていたが、村口むらぐちちかくにしかかった瞬間しゅんかんまえひろがる光景こうけいに、わたしたちはおもわずあしめた。

数十名すうじゅうめい聖王国せいおうこく兵士へいしたちが武装ぶそうととのえ、むらへの出入でいりの主要しゅようみちというみち配置はいちされていた。

かく交差点こうさてんには簡易かんい防御施設ぼうぎょしせつ臨時検問所りんじけんもんじょきずかれ、あるもの警戒けいかいおこたらず周囲しゅうい巡回じゅんかいし、またあるもの通行人つうこうにんきびしくしらべていた。

兵士へいしたちの眼差まなざしはするどく、空気くうきめていた。まるでなに重大じゅうだい標的ひょうてきさがしているかのようだった。

おもかえせば、さきみちたずねた商人しょうにんがこうっていた。

――尤加爾村ユガールむら辺鄙へんぴにあり、普段ふだん村人むらびと時折ときおりする旅人たびびとくらいしかおとずれず、ましてや王城おうじょう兵士へいし駐屯ちゅうとんすることなどありない、と。

にもかかわらず、この異常いじょう厳戒態勢げんかいたいせいは、あきらかに常識じょうしき範疇はんちゅういっしていた。

さらにわるいことに、この世界せかいでは種族しゅぞくじりってらすのはたりまえであっても、いまわたし緹雅ティアには身分みぶん証明しょうめいできる手形てがたなにもなかった。

この状況じょうきょう不用意ふようい近寄ちかよれば、無用むよう疑念ぎねん厄介やっかいまねくのは必至ひっしだった。


緹雅ティアわたしひじをそっとき、小声こごえささやいた。

「どうする? 迂回うかいする? それとも……まぎれてとおってみる?」

わたし一瞬いっしゅんかんがえ、村口むらぐち巡回じゅんかいする兵士へいしたちを視線しせんったあと、かたすくめてこたえた。

ためしてみよう。もしかしたら上手うままぎめるかもしれない。」

そうって村口むらぐちみちあしけたが、数歩すうほすすまぬうちに、すぐさま二人ふたり衛兵えいへいつかり、さえぎられた。

二人ふたり左右さゆうからふさがり、わたしたちのまえちはだかる。

そのうちの一人ひとり体格たいかくおおきくたくましく、よろいうごくたびにひくにぶ金属音きんぞくおんひびかせていた。かおにはふかしわきざまれ、歴戦れきせん老兵ろうへいであることが一目ひとめでわかる。

もう一人ひとりはずっとわかく、がたからだするど眼差まなざしを宿やどしていたが、その声色こわいろにはきがなく、どこか苛立いらだちをびていた。


「おいおいおい! おまえら、どこからたんだ?」

せた兵士へいしがいきなりこえあらげ、不機嫌ふきげんさをかくそうともしなかった。

わたし即座そくざに、事前じぜん商人しょうにんからしておいた情報じょうほうどおりにこたえた。

南方なんぽう戈斯堤村ゴスティむらからました。ですが……わたしたちのむら先日せんじつ竜巻たつまきおそわれて壊滅かいめつしてしまったんです。だからきたげるしかなくて……」

大柄おおがら兵士へいしはそれをくと、わずかにうなずき、眼差まなざしをすこやわらげてひくった。

戈斯堤村ゴスティむら……あそこは荒漠之國こうばくのくにとの国境こっきょうちかくだな。たしかにどこのくに管理下かんりかにもない地域ちいきだ……なるほど、おまえたちはあのあたりの難民なんみんか……」

しかしせた兵士へいしまゆをひそめ、ってはなった。

「おい、いまそと人間にんげんれてる場合ばあいじゃない。このむら閉鎖中へいさちゅうだ。さっさとれ、邪魔じゃまだ!」

緹雅ティアまたたかせ、小声こごえつぶやいた。

なにきてるの……? どうしてこんなに兵士へいし警戒けいかいしてるの?」

せた兵士へいしは「余計よけいなことをくな」とかえそうとしたが、となり老兵ろうへいがそっとかたいた。

老兵ろうへいなにわず、前方ぜんぽう哨所しょうしょからつたわった緊急きんきゅう合図あいず処理しょりするようにと、しずかにうなずいてしめした。


その大柄おおがらおとこはわずかにまゆをひそめ、かえってひくくもいたこえわたしたちにげた。

「おまえたちがらなくても無理むりはない。これは数日前すうじつまえ第二十八代だいにじゅうはちだい国王陛下こくおうへいかから直々(じきじき)にくだされた命令めいれいだ。王国おうこく全土ぜんど通路つうろ大小だいしょうわず全面封鎖ぜんめんふうさし、同時どうじ外来勢力がいらいせいりょく排査はいさ駆逐くちく展開てんかいせよ、と。」

その言葉ことばは、まるで足下あしもとおもいしまれたかのようにひびいた。

わたし緹雅ティアおもわずわせ、こころなか一気いっき警戒けいかいつよめた。だが表情ひょうじょうだけは絶妙ぜつみょう驚愕きょうがくよそおい、無知むちえんじるしかなかった。


「な、なに……?」

わたしはわざとこえにためらいをにじませた。

わたしたちのむら世間せけんから隔絶かくぜつされていて、そと情報じょうほうなんてなにとどかないんです……いったいなにきたんですか?」

わたし緹雅ティア戸惑とまどいをかくせない様子ようすつめかえすと、その大柄おおがらおとこ一瞬いっしゅん意外いがいそうな表情ひょうじょうかべた。だが同時どうじに、わたしたちの言葉ことばすこ警戒心けいかいしんいたようでもあった。

うたが素振そぶりをせるどころか、かれこえはわずかにやわらぎ――

「おまえたち、本当にそれも知らないのか……。まあ、それは随分ずいぶんむかしはなしになるんだ。」

そうってかれあたまき、こまったように苦笑くしょうした。

「でもな、はなせばながいし……おれはもうすぐ交代こうたい時間じかんなんだ。」

かれげ、とおくのほうしめす。

「とりあえず、あそこのちいさな小屋こやのそばでやすんでいろ。仕事しごと一段落いちだんらくしたら、あとでちゃんとはなしてやる。」


まえ凡米勒ファンミラーはふとおもしたようにことばえた。

「そうだ、おれ凡米勒ファンミラーってう。さっきのやつ阿迪斯アディスだ。くちわるいがわるくない。あまりにしないでやってくれ。」

わたし微笑ほほえみ、してうなずいた。

わたし布雷克(ブレイク)、こちらはいもうと狄蓮娜ディリエナです。」

簡単かんたん挨拶あいさつのあと、凡米勒ファンミラーこしけんつかかるたたき、きびすかえして阿迪斯アディスのいる村口むらぐち反対側はんたいがわってった。


――その瞬間しゅんかん背後はいごからあらわせない圧迫感あっぱくかんせまってきた。

まるで何者なにものかの視線しせん空気くうきけ、つめたくわたし見据みすえているかのようだった。


この世界せかいについてなにらないわたし緹雅ティアは、まず弗瑟勒斯フセレスもっとちか村落そんらくからけ、地方ちほう情勢じょうせい観察かんさつしてから方針ほうしんてることにした。

ところが、むら到着とうちゃくした途端とたん、すぐに異変いへんいた。本来ほんらいならかえりみられることのないちいさな村落そんらくに、おもいのほかおおくの聖王國せいおうこく兵士へいし駐在ちゅうざいしていたのだ。

わたしたちは天災てんさいによってむらわれた流民りゅうみんのふりをし、南部なんぶむらからげてたといつわり、この村落そんらくまぎもうとした。幸運こううんなことに、村口むらぐち守衛しゅえいうたがいをいだかず、おそらくかれ自身じしんも「こんな場所ばしょ兵士へいし必要ひつようはない」とおもっていたのだろう。

こうしてわたしたちは、村内そんない一軒いっけんふるびてはいるがあたたかみのあるちいさな宿屋やどや臨時りんじせることになった。


遠慮えんりょするなって! せっかくここまで辿たどいたんだ、ほかのことはいまにせずやすめばいいさ。」

凡米勒ファンミラーほがらかにわらい、その声音こわねにはあたたかさがにじんでいた。

かれ厚意こういに、わたしむねおくにはれぬ罪悪感ざいあくかんひろがった。実際じっさいわたしたちは本当ほんとう災害難民さいがいなんみんではないのに、かれこころからわたしたちのために奔走ほんそうしてくれている。

「まったく……おまえってやつは……」

かいにすわってさけをあおっていた阿迪斯アディスまゆをひそめ、不満ふまんげにつぶやいた。

うえ連中れんちゅうに、おまえ勝手かって部外者ぶがいしゃかくまってるってバレたらどうするんだ? そのときはおれ責任せきにんらんぞ。」

わたし緹雅ティア視線しせんわしい、かれらの好意こういたいしては、ただまずそうに苦笑にがわらいをかえすしかなかった。

そして、どこかうしろめたさをいだえながら、だまって卓上たくじょう料理りょうりくちはこんだ。


「わあっ!これ……めちゃくちゃ美味おいしい!」

緹雅ティアはしいたかとおもうと、おもわずこえげ、ひとみかがやかせた。

「へへっ~。これはな、おれみたいな常連じょうれんしか知らないうらメニューなんだぜ。」

凡米勒ファンミラーむねり、得意満面とくいまんめん紹介しょうかいした。

岩菊花いわぎくばなかおりに深海しんかい石斑魚いしはんぎょを合わせて、店主てんしゅ特製とくせい秘伝ひでんダレをり、火山石かざんせきかまでじっくりげた一品いっぴんを『あぶ岩菊魚腹いわぎくぎょふく』っていうんだ。外側そとがわはカリッとこうばしく、なかはとろけるほどやわらかい。くちなかかおりが数分間すうふんかんのこるぞ!」

わたしたち四人よにん素朴そぼくたくかこみ、らめく灯火ともしびもとただよかおりにつつまれていた。

そのひとときだけは、旅路たびじつかれも、むねおくひそ危険きけんさえも、すべてわすれてしまうようだった。

凡米勒ファンミラー阿迪斯アディスは、王国おうこくからここに駐屯ちゅうとんめいじられた兵士へいし偶然ぐうぜんめぐわせから、かれらはわたしたちがこの世界せかい最初さいしょ出会であった人々(ひとびと)となった。


じつはな……おれは元々(もともと)このむらなんだ。十五年前じゅうごねんまえ召集しょうしゅうされて、王国軍おうこくぐんはいったんだよ。」

凡米勒ファンミラーさかずきかかげて一口ひとくちみ、どこかなつかしげで、同時どうじ滄桑そうそうとしたひびきをびてかたった。

「おじさん、やっぱりこのむらひとだったんだ! だからむら路地裏ろじうらとか、どのみせ料理りょうり一番いちばん美味おいしいかとか、なんでもってるんだね!」

緹雅ティアさら魚肉ぎょにくをほぐしながら、にこにことわらってった。


凡米勒ファンミラーあわみをかべ、酒杯しゅはいしずかにくと、こえ調子ちょうしあらためてかたした。

「だが……このはなしは、二十五年前にじゅうごねんまえのあの大災厄だいさいやくからはじめなければならないな。当時とうじ聖王國せいおうこくめていたのは第二十七代だいにじゅうななだいおうだった。くに安定あんていしていた時期じきだったが――ある深夜しんや王都城おうとじょう突如とつじょ襲撃しゅうげきされ、一夜いちやにして焦土しょうどしたんだ。」

わたしまゆをひそめ、かれ言葉ことばみみかたむけた。

「その王城おうじょうは、まるで煉獄れんごくだったとつたえられている。城内じょうない生存者せいぞんしゃはおらず、第二十七代だいにじゅうななだいおうはそのたおされた。残骸ざんがい報告ほうこくから判断はんだんするに、げるすきさえなかったらしい。」

「そ、そんな馬鹿ばかな……一体いったいだれがそんなことを?」

私はけわしいかおで問いといかえした。

凡米勒ファンミラーくびよこり、こえおもくした。

だれにもからん。このけんは、おそらく王国おうこく最上層部さいじょうそうぶのみが機密きみつだ。」

当時とうじ王国おうこく十二支騎士団じゅうにしきしだんのうち、十一じゅういちだん任務にんむそとていて、しろのこっていたのは炎虎騎士団えんここしだんだけだった。だが……かれらは全滅ぜんめつし、ほとんど遺体いたいすらのこらなかったという。」


遺体いたいつからなかった……それなら、まだきている可能性かのうせいもあるんじゃない?」

緹雅ティアはわずかな希望きぼうめてった。

凡米勒ファンミラーしずかにくびり、こえとした。

「……あたまだけで、きられるとおもうか?」

その瞬間しゅんかん部屋へや空気くうきはぴんとりつめ、わたし緹雅ティアいきんだ。

つたえられるところによれば、つかったのは数個すうこ黒焦くろこげの首級しゅきゅうだけだった……身体からだ魔焔まえんかれ、跡形あとかたのこっていなかったそうだ。」

凡米勒ファンミラー記憶きおくかげにじませながら補足ほそくした。

「その外出がいしゅつしていた騎士団きしだん団長だんちょうたちがいそいで王城おうじょうもどり、まえしかばねやまいかくるった。だが幸運こううんにも、そのには第二十八代だいにじゅうはちだいおう同行どうこうしていて、前王ぜんおうおな運命うんめい辿たどらずにんだんだ。」

「じゃあ……その犯人はんにん一体いったいだれなんです?」

わたしおさえきれず問いといつめた。

凡米勒ファンミラーふかいきい込み、複雑ふくざつ表情ひょうじょうこたえた。

いまでもだれにもからない。あの厳重げんじゅう王城おうじょう警備けいびなかで、あの虐殺ぎゃくさつげた存在そんざい……常識じょうしきではかんがえられん。」

「しかし――」

凡米勒ファンミラーこえはさらにひくくなり、その調子ちょうしには重苦おもくるしさがにじんでいた。

最近さいきん王都おうとからのしらせによれば……あの犯人はんにんが、ふたた姿すがたあらわすかもしれん、というのだ。そのために、第二十八代だいにじゅうはちだいおう王国おうこく全土ぜんど出入口でいりぐち徹底的てっていてき封鎖ふうさし、悲劇ひげき再来さいらいふせごうとしている。」

その言葉ことばはなたれた瞬間しゅんかん空気くうき数秒間すうびょうかんこおりついたように沈黙ちんもくした。

わたしむねおくには得体えたいれぬ寒気さむけはしり、脳裏のうりにはあの王城おうじょう大虐殺だいぎゃくさつ光景こうけいかびがった。

実際じっさいたわけではないのに、それは悪夢あくむのような圧迫感あっぱくかんとしてたしかにせまってきた。

一方いっぽう緹雅ティア終始しゅうし表情ひょうじょうくずさず、平然へいぜんとしていた。


「おいおい、凡米勒ファンミラー! そんな深刻しんこくそうにうなって。ほら、この兄妹きょうだい、もうおびえてるじゃないか……ははは!」

阿迪ス(アディス)はおおげさにももたたき、かるわらばした。そのかお一見いっけんあかるく余裕よゆうそうにえたが、わたしにはかれ無理むり平静へいせいよそおい、内心ないしん不安ふあん冗談じょうだんおおかくしているようにおもえた。

一方いっぽう凡米勒ファンミラーちいさくくびり、ふかいためいきらした。

いまじゃ王都おうと規則きそくわってしまった。王国おうこく居留証きょりゅうしょう市民しみんか、審査しんさ特別とくべつもの以外いがい立入たちいりは一切いっさい禁止きんしだ。本来ほんらいなら冒険者ぼうけんしゃギルドにたよることもできるんだが……非常時ひじょうじゆえに、それもむずかしい。本当ほんとうまないが、おれたちにできることはかぎられている。」


冒険者ぼうけんしゃギルド?」

わたし見開みひらき、おもわずしてたずねた。

「それは……なんですか?」

わたし反応はんのうに、凡米勒ファンミラーすこおどろいた表情ひょうじょうせたが、すぐに穏和おんわみをかべた。

「おまえたちのむらは、本当ほんとう世間せけんからはなれすぎてるんだな。冒険者ぼうけんしゃギルドってのは、各国かっこく拠点きょてん中立組織ちゅうりつそしきで、様々(さまざま)な依頼いらいけて、冒険者ぼうけんしゃ仲介ちゅうかいしているんだ。魔物退治まものたいじ財宝探索ざいほうたんさく護衛ごえい調査ちょうさときには王国おうこくへの協力きょうりょくまでな。」

「つまり、つよければつよいほど、依頼いらいをこなして報酬ほうしゅうられるし、各国かっこくからの通行許可つうこうきょか信用しんようられるってわけだ。ただし最初さいしょだれもが下級かきゅうからはじまって、名声めいせい功績こうせきかさねることで、より高位こういのランクに昇格しょうかくできる。そして最終的さいしゅうてきには――混沌級こんとんきゅう冒険者ぼうけんしゃにまでいたものもいるんだ。」


「じゃあ、その混沌級こんとんきゅう冒険者ぼうけんしゃって?」

緹雅ティア口元くちもとをつりげ、興味津々(きょうみしんしん)にたずねた。

今度こんど阿迪斯アディスくちひらいた。この話題わだいには関心かんしんがあるらしく、つきもいくらか真剣しんけんなものになる。

混沌級こんとんきゅう冒険者ぼうけんしゃってのは、簡単かんたんえば冒険者ぼうけんしゃなか最強さいきょうだ。実力じつりょく十二大じゅうにだい騎士団長きしだんちょうすら凌駕りょうがし、一人ひとり数個すうこ軍隊ぐんたい匹敵ひってきするともわれている。もちろん、かならずしも単独たんどくたたかうわけじゃねえ。大半たいはん混沌級こんとんきゅう冒険者ぼうけんしゃ仲間なかまみ、それぞれの長所ちょうしょ戦術せんじゅつかすことで、あの領域りょういき到達とうたつしてるんだ。」

「だがな、維持いじするのはそう簡単かんたんじゃない。」

凡米勒ファンミラー補足ほそくする。

混沌級こんとんきゅう冒険者ぼうけんしゃは、一定期間いっていきかんごとに特別とくべつ審査しんさけなきゃならん。それを通過つうかできなければ、資格しかく剥奪はくだつすなわ降格こうかくだ。実力じつりょくちたものがいつまでもたか権限けんげんつづけるのをふせぐためにな。」

けばくほど……簡単かんたんじゃなさそうだな。」

わたしつぶやいたが、こころなかではすでに思考しこうめぐっていた。

――もっと自由じゆううごき、情報じょうほう通行権限つうこうけんげんるためには……もしかすると、このみちこそが突破口とっぱこうになるのかもしれない。


「もしおまえたちに十分じゅうぶん実力じつりょくがあるなら、ためしてみるのもわるくないぞ。」

凡米勒ファンミラーわらみをかべながらった。

「そんなはなしおれたちのむらじゃいたこともなかったけど……」

わたしさぐるようにかえした。

「それも無理むりはねえ。」

阿迪斯アディスかたをすくめてう。

王国おうこく辺境へんきょうむらってのは大抵たいてい情報じょうほうおくれてる。おおくの連中れんちゅう一生いっしょうむらることもなくえるんだ。だから、こんなことをらなくても不思議ふしぎじゃない。ましてや、もっと辺鄙へんぴむらならなおさらだろう。」

ここまでで、わたしはすでにすくなからぬ情報じょうほうていた。

だが――まだ、このさきどのみちすすむべきかはさだめきれずにいた。


「ところで、なぜ聖王國せいおうこくおうは、こんなにながときってから、このような命令めいれいくだしたのだろうか?」

わたしはわざとうたがわしげにたずね、ほかになに手掛てがかりがないかさぐろうとした。

「こんなにながあいだ、まさか犯人はんにん行方ゆくえ手掛てがかりさえつかめなかったのか?」

凡米勒ファンミラーはこの言葉ことばいてすこ沈黙ちんもくし、そののち、ゆっくりとくびった。


「このけんすこ複雑ふくざつでして……名目上めいもくじょう第二十八代だいにじゅうはちだいおう命令めいれいですが、実際じっさいには、この封鎖命令ふうさくめいれい本当ほんとうくだしたのは、我々(われわれ)聖王國せいおうこく神明かみさまなのです。」


神明かみさま?」

わたしがわずかにかがやき、すぐさま問いといつめた。

「いわゆる神明かみとはなになのだ? 聖王國せいおうこくかみとは、一体いったいどのような存在そんざいなのだ?」

この話題わだいわたしたちが興味きょうみしめすと、凡米勒ファンミラーすこおどろいたような表情ひょうじょうせたが、それでもこころよ説明せつめいした。

「おや? 知らなくても無理むりはありません。王都おうと平民へいみんでさえ、この部分ぶぶんはよくかっていませんからね。聖王國せいおうこくおう国政こくせい統治とうちしているものの、実際じっさいもっとたか権力けんりょくっているのは、神位しんいゆうする神明かみさまなのです。」

かれ一旦いったん言葉ことばり、その態度たいど敬意けいい慎重しんちょうさをびていった。

聖王國せいおうこくもっとたかかみ盤古バンコウ、そのほかに三柱みはしらかみかれ輔佐ほさしています。伏羲フクキ女媧ジョカ、そして神農氏しんのうしつたえによれば、かれらはそれぞれことなる権能けんのうつかさどり、この王國おうこくしん守護者しゅごしゃであるのです。」


わたし緹雅ティアは、そっと視線しせんわした。

そのみみにした瞬間しゅんかんむねおく言葉ことばではあらわせないなつかしさががってきたのだ。

「では、おう体制たいせいはどうなの? さっき、一人ひとりだけではないとっていたわよね?」

緹雅ティアつづけてたずねる。

「そのとおりです。」

凡米勒ファンミラーはうなずいた。

歴代れきだいもっとたかおうは『皇帝こうてい』ととうとばれています。

さらににんおうがこれを輔佐ほさし、それぞれ顓頊センキョクギョウコクシュンばれ、軍事ぐんじ法令ほうれい経済けいざい民生みんせいといった大事たいじ分担ぶんたんしています。

しかし、どのおうであろうとも、結局けっきょく神明かみ旨意しいしたがって行動こうどうせねばなりません。

皇帝こうてい俗世ぞくせ頂点ちょうてんとうと存在そんざいではありますが、実際じっさいのところは、神明かみ意志いし執行しっこうするものにすぎないのです。」


そううと、かれさかずきかかげてさけをひとくちふくみ、さらにさかな腹身はらみはしつまんでくちはこび、しばし咀嚼そしゃくしてからつづけた。

普段ふだん神明かみさまが政事せいじ直接ちょくせつ干渉かんしょうされることはありません。せいぜい神使しんしとおじて言葉ことばつたえる程度ていどです。

ですが、もし災厄さいやくせまるとなれば、神明かみ姿すがたあらわし、直々(じきじき)に指令しれいくだされるのです。今回こんかい王國おうこく封鎖令ふうさくれいも、神明かみさまが直接ちょくせつくだされたものだとつたえられています。」

「さっき、神明かみ神位しんいものになうとっていたよな……つまり、神明かみもかつては凡人ぼんじんだったということか?」

わたしおもわず問いといかけた。

「そうえなくもありませんが、それは普通ふつう人間にんげん到達とうたつできる領域りょういきではありません。」

凡米勒ファンミラー厳粛げんしゅく口調くちょうこたえた。

つたえによれば、かずおおくの試練しれんえ、おのれ意志いし智慧ちえ、そしてちから証明しょうめいしたもののみが、神霊しんれいえらばれ、神位しんい資格しかくるのだそうです。」


「では、その神位しんいはどのようにまるの? また、どうやって交替こうたいするの?」

緹雅ティア核心かくしんくように問いといかけた。

凡米勒ファンミラーくびよこり、どこか無念むねんそうにった。

「それは、我々(われわれ)王國おうこく兵士へいしですらからないのです。神位しんい交替こうたいは、外界がいかい干渉かんしょうできるものではありません。

くところによれば、ごくかぎられた特別とくべつすぐれた人物じんぶつのみが、神明かみさまに拝謁はいえつする資格しかくつとされます。たとえば、十二じゅうに大騎士團だいきしたん団長だんちょう一部いちぶ高位祭司こういさいし、あるいは冒険者ぼうけんしゃギルドにぞくする——混沌級こんとんきゅう冒険者ぼうけんしゃです。」

「わあ……本当ほんとうにすごいんだね!」

緹雅ティアおもわず感嘆かんたんこえらした。

混沌級こんとんきゅう冒険者ぼうけんしゃは、ときに『神殿しんでん』へまねかれることもあります。——そこは皇宮こうきゅうでさえれることのできない場所ばしょなのです。」

阿迪斯アディス突然とつぜんくちはさみ、そのこえには羨望せんぼう崇敬すうけいがにじんでいた。

わたし表情ひょうじょう平静へいせいたもちながらも、こころなかひそかにこれらの細部さいぶ記憶きおくしていた。

この世界せかい頂点ちょうてんつもの——それは軍権ぐんけん王権おうけんではなく、神秘しんぴなる「神位しんい」であるらしい。


「ははは、ぼうや、まさか神明かみさまに直接ちょくせつたのもうとしてるんじゃないだろうな?」

凡米勒ファンミラーわらいながら茶化ちゃかし、わたしむねうち見抜みぬいたかのようだった。

わたし気楽きらくそうにくびり、よそおってこたえる。

「とんでもない、とんでもない。ただ、いままでいたこともないはなしだったから、一瞬いっしゅん新鮮しんせんおもっただけですよ。」

だが、実際じっさいのところ、これらの情報じょうほうかれらの想像そうぞうをはるかにえて重要じゅうよう意味いみっていた。


これ以上いじょう神明かみについてたずつづければ、うたがわれかねない——そうおもった私は、すこ思案しあんしたのち、用心深ようじんぶか話題わだいえ、より安全あんぜん方向ほうこうへとみちびくことにした。

「ところでさ、西南せいなん方角ほうがくそびつ、あのくもくような山脈さんみゃく、あれはなんというなのだろう? ここへ途中とちゅう、いろいろなみみにしたけれど、みなあの場所ばしょれるときはとく慎重しんちょうで、危険きけんだともっていた。」

凡米勒ファンミラーはその言葉ことばいて、わずかにまゆをひそめた。

たしかに地域ちいきによってことなりますが、剩王國せいおうこくものたちはみな、あの山脈さんみゃくを『龍霧山りゅうむさん』とんでいます。」

かれひくこえでそうった。

「あそこは山勢さんせいけわしく、年中ねんじゅうゆきおおわれています。それにあつ濃霧のうむえずめており、天候てんこうかわりやすく、鳥獣ちょうじゅうすら滅多めった姿すがたせないのです。」


阿迪斯アディスくわえた。

もっと奇妙きみょうなのは、あそこにはどうやら……なに尋常じんじょうならざる存在そんざいんでいるらしいということです。」

わたしするどほそまり、さぐるようにたずねた。

「……怪物かいぶつということか?」

「うむ……わたし自身じしんたことがありません。ですがむら年寄としよりたちはよくいます。かつて忠告ちゅうこく無視むしして龍霧山りゅうむさんったものが、そのまま二度にどもどらなかったと。なかには屍体したいすら発見はっけんされなかったものもいるのです。」

凡米勒ファンミラーこえ一層いっそう慎重しんちょうさをびていた。

「それは普通ふつう人間にんげんかぎったはなしではありません。有名ゆうめい冒険者ぼうけんしゃでさえ、あの山域さんいき消息しょうそくったことがあるのです。」

その言葉ことばき、わたしこころにはかすかな不安ふあん波紋はもんひろがっていった。

「さらに重要じゅうようなのは——」

凡米勒ファンミラー突然とつぜんこえひそめた。

三千年前さんぜんねんまえろく大國だいこく建国けんこくされたさいむすばれた誓約せいやくなかで、龍霧山りゅうむさん明確めいかくに『絶対ぜったい侵犯しんぱんしてはならぬ領域りょういき』のひとつとしてしるされているのです。」


三千年前さんぜんねんまえ誓約せいやく……?」

わたしはその言葉ことばひくかえした。

「そのとおりです。」

阿迪斯アディスがうなずいた。

「それはろく大國だいこくてられた当初とうしょ当時とうじ神明かみたちがとも署名しょめいした神聖しんせいなる条約じょうやくなのです。」

「もっとも、その誓約せいやくいまでも各國かっこく法典ほうてんしるされていますが……ごぞんじのとおり、普通ふつう平民へいみんがあのこまかくびっしりかれた条文じょうぶんむことはまずありません。」

凡米勒ファンミラー苦笑くしょうしながらくびった。

条文じょうぶんながふるく、いまとなってはおおくの人々(ひとびと)が禁忌きんき大枠おおわくしからず、くわしい内容ないようおぼえているものはいません。」

「しかし、わすれたからといって、やぶってよいという意味いみではありません。」

阿迪斯アディス厳粛げんしゅくこえった。

誓約せいやくやぶったさきなにこるのか、だれためそうとはしません。われらの王國おうこくですら、あの山脈さんみゃくふもと前哨ぜんしょう拠点きょてんもうけたことは一度いちどもないのです。」


「おじさん、その誓約せいやく内容ないようって、おもにどんなことがふくまれているんですか?」

私はわざと好奇心こうきしんよそおってたずねた。

内心ないしんでは、すでにこの『誓約せいやく』とばれるふる契約けいやくを、なに潜在的せんざいてきかぎなしていたのだが。

凡米勒ファンミラー酒杯しゅはいき、椅子いすにもたれてすこ思案しあんした。

正直しょうじきなところ……誓約せいやく条文じょうぶんはあまりにもおおく、しかも難解なんかいで、我々(われわれ)のような普通ふつう兵士へいしには到底とうていおぼえきれません。

わたし記憶きおくしているのは、ほんの数条すうじょう最重要さいじゅうようなものだけです。

たとえば、ろく大國だいこくたがいにさきんじて戦争せんそう仕掛しかけてはならないこと、しん災厄さいやく直面ちょくめんしたときはかならたずさえて協力きょうりょくすること、そしていくつかの明確めいかく禁忌きんきさだめられた地域ちいきってはならないこと……龍霧山りゅうむさんもそのひとつにかぞえられます。」

「では——もし誓約せいやくやぶったら? なにこるのでしょうか?」

緹雅ティア今度こんどみずから問いといかけた。

淡々(たんたん)とした声色こわいろなかに、わずかなさぐりをふくませながら。

凡米勒ファンミラー一瞬いっしゅんきょとんとしたが、やがてちいさくわらった。

「ふふふ……じつえば、誓約せいやく違反いはんがまったくなかったわけではありません。

たとえば国境こっきょう小競こぜいや、貿易ぼうえき封鎖ふうさ、あるいは禁地きんち探査たんさといった行動こうどうなど……。

ですが、正面しょうめんからの衝突しょうとつこさないかぎり、いわゆる『神罰しんばつ』や破滅的はめつてき災厄さいやくくだったというはなしいたことがありません。

そのため、いまではおおくのものが、この誓約せいやくたんなる象徴的しょうちょうてき条項じょうこうにすぎず、実際じっさい効力こうりょくはほとんどないとかんがえているのです。」


「だが、もし……本当ほんとうにどこかのくに公然こうぜん戦争せんそう仕掛しかけてきたら?」

私はさらにうた。

今度こんど凡米勒ファンミラー表情ひょうじょうきびしくなり、こえ一段いちだんひくくなった。

「それはべつです。伝説でんせつによれば、もし誓約せいやくまことやぶられれば、天界てんかい冥土めいど狭間はざまねむ審判者しんぱんしゃまされるといいます。それはかみすら凌駕りょうがするちからであり、災厄さいやくこしたくに徹底的てっていてきほろぼすのです。大地だいちから文明ぶんめいいたるまで、その記憶きおくすらも抹消まっしょうし、てたつち静寂せいじゃくだけをのこし、あらたな秩序ちつじょ再建さいけんつのだと。」

けばくほど……本当ほんとうおそろしいですね。」

緹雅ティアなにおもうように、ちいさなこえでつぶやいた。

「ですから、たとえ各國かっこくあいだ多少たしょう摩擦まさつがあったとしても、表立おもてだってはみなあの絶対ぜったいやぶってはならぬ核心かくしん誓約せいやくまもるのです。

それが底線ていせんであり、この世界せかい均衡きんこうたもっていられる根源こんげんなのです。」


そうえるやいなや、凡米勒ファンミラーかたわらから突如とつじょみみをつんざくようなおおいびきがひびいた。

わたしたちが一斉いっせい視線しせんけると、阿迪斯アディスはすでにつぶれて意識いしきもなく、椅子いすうえにぐったりとしていた。くちなかひらき、には酒杯しゅはいにぎったまま、いまにもちそうにれていた。

凡米勒ファンミラーはその様子ようすて、おもわずこえげてわらった。

「まったく、このおとこときたら……またぎて、やっぱりたなかったか。」

そううと、かれがり、阿迪斯アディスなかかたかつげた。

「さて、そろそろやすむとしよう。けたし、きみたちもはやめにやすむんだ。明日あす巡邏じゅんら任務にんむ引継ひきつぎがあるからな。」

本日ほんじつはご招待しょうたいありがとうございました。それに、これほどおおくのことをおしえていただいて……感謝かんしゃします。」

私は誠実せいじつあたまげた。

にするな。」

凡米勒ファンミラーわらってうなずいた。

きみたちには、どこかあらわせぬ感覚かんかくがある……。まあ、この時代じだいみょうなことなどめずらしくもないさ。——おやすみ、ぼうや、じょうちゃん。」

わたしたちは、けのこえけながら、凡米勒ファンミラーがぐっすりねむ阿迪斯アディスささえて宿やどとびらていく姿すがたを、しずかに見送みおくった。



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