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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第一卷 第七章 未来に灯りをともす-1

王家おうけ神殿しんでん会議かいぎちょう

聖王国せいおうこくはいってから、わたし緹雅ティアは次々(つぎつぎ)と様々(さまざま)な出来事できごとまれていった。

ほんの二月ふたつきほどのあいだだったが、もりもった疲労ひろうは、まるで自分じぶんしぼられたぬの人形にんぎょうになったかのようで、心身しんしんともに消耗しょうもうしきっていた。

たとえフセレスのようなおだやかな環境かんきょういても、そのつかれから完全かんぜん解放かいほうされることはなかった。

一方いっぽうで、緹雅ティアはというと、どこか余裕よゆうそうな表情ひょうじょうかべていた。――

いや、かんがえてみれば、彼女かのじょはこの世界せかいてからずっと、そんなふうかるやかだった。

彼女かのじょはいつだって、どんな状況じょうきょうでもきをうしなわず、まるですべての困難こんなんちいさな遊戯ゆうぎぎないかのように微笑ほほえんでいた。


「ふう~、本当ほんとうつかれた……。」

わたしちからなく椅子いすし、疲労ひろうしきったひたいをそっとみながら、全身ぜんしん細胞さいぼうひとつひとつが「やすませてくれ」とうったえているのをかんじていた。

こそこんな有様ありさまだが、実際じっさい戦闘せんとうおもうごいていたのは緹雅ティアで、そのそのたこまかいことからおおきなことまで、全部ぜんぶわたしけていたのだ。


「そんなことわないでよ! すこなくとも、わるくない成果せいかられたじゃない? まったくの無駄むだってわけでもないでしょ?」

緹雅ティアは、まるで重圧じゅうあつなどなにかんじていないかのように、かるやかなこえった。

彼女かのじょはくるりとき、あの無邪気むじゃき笑顔えがおわたしける。まるで「こんなこと、ただのとおあめみたいなものよ」とでもいたげだった。

わたしかおげ、そのあかるいひとみつめると、不意ふいわらみがこぼれた。

やっぱり――緹雅ティア笑顔えがおは、どんなつかれたときでも、わたしこころちいさなやすらぎをもたらしてくれる。

どんなに困難こんなんときでも、彼女かのじょそばにいる――それだけで、私はまたまえけるのだ。



「そうだね、たしかにそのとおりだ。」

わたしふかいきい込み、気持きもちをえた。

この期間きかんわたしたちはたしかにおおくの成果せいかた。とく聖王国せいおうこくでのたたかいでは、最終的さいしゅうてきかずおおくの宝物ほうもつれた。

それによって、フセレスの戦力せんりょくえて向上こうじょうしたのだ。

「それに、あの装備そうびたち……本当ほんとうおどろかされたよ。」

わたしつづけてった。そのこえには、まだすこしのおどろきとしんじられなさがじっていた。

「やっぱり、この世界せかいにもつよだい武器ぶき装備そうびがたくさん存在そんざいするんだね。」

私はげ、ゆびあいだでそっと艾拉卡(エラカ)越位水晶えついすいしょうまわした。

それは、扶桑ふそうとのたたかいのすえれた神具しんぐ――まさしく、わたしたちの努力どりょくあかしだった。


「まさか……この世界せかいせたのは、あのゲームなのか?」

私はおもわず口走くちばしってしまった。

自分じぶんでもなにっているのかからなかったが、この状況じょうきょうでは、あの不思議ふしぎ転移てんい瞬間しゅんかんおもさずにはいられなかった。

「ふふふふふ……」

緹雅ティアすようにわらい、どこかまずそうにかたをすくめた。

そのには、すこしばかりのあきれとやさしさがにじんでいた。

彼女かのじょかるびをすると、かたわらの茶卓ちゃたくばし、そそいだちゃわたしまえした。

「ほら、おちゃでもんで、すこいて。」

緹雅ティア声音こわねおだやかで、わたし思考しこうをそっとなだめるようだった。

彼女かのじょにとっては、こうした日々(ひび)こそがすでに日常にちじょうなのだろう。

だが、わたしはまだ――この世界せかい変化へんか翻弄ほんろうされながらも、必死ひっし順応じゅんのうしようとしていた。


私はされた茶杯ちゃわんり、そっと一口ひとくちふくんだ。

あたたかなながれがのどとおけ、むねおくまでしずかにわたっていく。

そのかおあつちゃは、ぼんやりとした意識いしきすこしだけまさせ、わずかではあるがあせりと疲労ひろうやわらげてくれた。

すくなくとも、この世界せかいではわたしたちはけっしてよわくない。

現段階げんだんかいでは、とく心配しんぱいする必要ひつようはなさそうだ。」

私は茶杯ちゃわんしずかにたくもどし、すこいたこえでそうった。

冷静れいせい状況じょうきょう見極みきわめる余裕よゆうが、ようやくもどってきたがした。

これまでのいくつかの戦闘せんとうかえかぎり、すくなくとも――わたしたちのちからは、この世界せかい十分じゅうぶん通用つうようするとえるだろう。


「うん、たしかに。」

緹雅ティアかるくうなずいた。

だが、そのこえにはきゅう慎重しんちょうひびきがじる。

「でもわすれないで。

わたしたちは、いつまでも順風満帆じゅんぷうまんぱんでいられるわけじゃない。

危険きけんは――いつだって、どこからでもかおすものよ。」

彼女かのじょすこ視線しせんとし、ひくこえつづけた。

「それに……あなた、まえ油断ゆだんしすぎて――」

緹雅ティア一瞬いっしゅん言葉ことばった。

なにおもしたように、くちびるをかすかにむ。

「そうだな。

もし、この世界せかいにも“あれ”が存在そんざいするなら……だれひとり、安全あんぜんではいられない。」

わたし言葉ことばに、緹雅ティアちいさくいきき、そしてまたおだやかにわらった。

かってるなら、それでいいの。」

そううと、彼女かのじょふたた茶器ちゃきばし、そそはじめた。

湯気ゆげがふわりとちのぼり、彼女かのじょ横顔よこがおあわつつむ。


私はしばらくだまみ、むねおくすこおもくなった。

いまわたしたちは表面上ひょうめんじょうこそおだやかにえるが、どこかこころおくでは、えずちいさな不安ふあんれている。

それに――なんよりも、わたしたちはまだ仲間なかま一人ひとりつけられていない。

そのとき緹雅ティアにしていた茶壺ちゃこしずかにき、ふとやわらかくわらった。

かんがえすぎないで、凝里ギョウリ

未来みらいがどんなかたちおとずれても――わたしたちは一緒いっしょかえばいいの。」

その言葉ことばは、不思議ふしぎなほどこころにすっとんできた。

そうだ、彼女かのじょとおりだ。

未来みらいがどうころぼうとも、すくなくともいまこの瞬間しゅんかん――わたしたちは、ともる。


そのとき芙莉夏フリシャもまた会議廳かいぎちょうへと姿すがたあらわした。

石板せきばんゆかみしめるかるやかな足音あしおとが、しずかな空間くうかんやわらかくひびく。

くろ長袍ちょうほう燭光しょっこうけてかすかにれ、

そのたびにどこか神聖しんせい気配けはいただよった。

彼女かのじょわたしかお一目ひとめるなり、

すぐに、わたしがいまださきたたかいの疲労ひろうからせていないことをさっしたようだった。

一連いちれん経過けいかは、すでに老身ろうしん承知しょうちしておる。

なんじら、よう頑張がんばったのう。」

芙莉夏フリシャ声音こわねは、まるではは気遣きづかうようにやわらかく、

どこかなつかしいぬくもりをふくんでいた。

「い、いえ……芙莉夏フリシャくらべたら、こんなのたいしたことありませんよ。」

私はおもわず苦笑くしょうらした。

今回こんかいてきは、これまでこの世界せかい遭遇そうぐうしたなかもっとつよだいだったが、

それでもえないほどではなかった。

むしろ――芙莉夏フリシャおさめる王家神殿おうけしんでんにおいては、

その“扶桑ふそう”とばれた存在そんざいすら、彼女かのじょまえでは数百倍すうひゃくばいはるかに凌駕りょうがするちからものばかりだ。

それでもなお、彼女かのじょ微笑ほほえみながらすべてをぎょし、

まるでかぜのように自在じざいまわってみせる――

その姿すがたに、私はただふか敬意けいいおぼえるばかりだった。


「おねえちゃんもおつかれさま~! ほら、凝里ギョウリつくったクッキー、べてみて!」

そのとき緹雅ティアいきおいよくしてきた。

いつもどおり、なやみなどひとつもなさそうな、あの天真爛漫てんしんらんまん笑顔えがおで。

わたしがフセレスにもどってきたばかりのときから、彼女かのじょはもう「おなかすいた~」とさわいでいたのだ。

緹雅ティアはいつだって率直そっちょくで、ものたいしてはあらがいがたい誘惑ゆうわくかんじているらしい。

夕食ゆうしょくべたばかりなのに、もう「おなかすいた~」とうったえることもすくなくない。

「おなかなんていてないよ」といながら、実際じっさいだれよりもたくさんべている――その様子ようすに、私はついわらってしまう。

さすがにいまからあらたに料理りょうりつく気力きりょくはなかったが、

緹雅ティア期待きたいちたると、どうしても無視むしできなかった。

仕方しかたなく、私はつくえのそばにいてあるはこから、数日前すうじつまえいたクッキーをした。

クッキーを瞬間しゅんかん緹雅ティアかがやかせ、子供こどものようにうれしそうにわらった。

芙莉夏フリシャ一枚いちまいり、しずかに一口ひとくちかじる。

その口元くちもとがほんのわずかにゆるんだ――普段ふだんほとんど表情ひょうじょうくずさない彼女かのじょには、めずらしい微笑ほほえみだった。

「ふむ……っぱあまあじがするな……こいにおいでもじってるのかしら?」


芙莉夏フリシャにそんなふうにわれて、私はおもわずかおあからめた。

むねおくがくすぐったくなるような、みょう気恥きはずかしさがひろがっていく。

凝里ギョウリ!」

突然とつぜん芙莉夏フリシャこえするどひびいた。

その声音こわねには、わずかに威圧感いあつかんじっている。

「は、はいっ!」

私は反射的はんしゃてきがり、あわてて彼女かのじょた。

芙莉夏フリシャ眼差まなざしはするどく、まるで氷刃ひょうじんのようにわたしむねおくさる。

その瞬間しゅんかん背筋せすじあせつたい、心臓しんぞうねる。

「――なんじ緹雅ティアというむすめあまやかしすぎるでないぞ。

あの、また以前いぜんのようにもどってしまうからな。」

その口調くちょうたしかにきびしかったが、

そのおくにはどこか、あたたかいからかいとやさしさがにじんでいた。

「……以前いぜんのように?」

私はちいさくつぶやき、どう反応はんのうしていいのかからずに彼女かのじょつめた。


「もぉ~! なんで凝里ギョウリをいじめるのさ!

凝里ギョウリわたしあまやかしてくれたって、べつにいいじゃない!」

その瞬間しゅんかん緹雅ティアわたしのそばへとり、

まるで子供こどものように無邪気むじゃき笑顔えがおかべながら、

わたし袖口そでぐちをちょこんとつかんだ。

その仕草しぐさ無意識むいしきなのか、それとも計算けいさんなのか――

どちらにせよ、わたしほおからおもわずわらみがこぼれそうになる。

緹雅ティアのいたずらっぽいこえと、あまえるようなひとみつつまれて、

むねおくがじんわりとあたたかくなっていく。

その無邪気むじゃき笑顔えがおていると、

さっきまでのつかれも、どこかへけてえてしまいそうだった。

「……ごめんね、芙莉夏フリシャ。」

こころなかでそっとあやまう。

だって――私は、このあま上手じょうず少女しょうじょにどうしてもかなわない。

彼女かのじょがそっとってくるたびに、

そのぬくもりと無邪気むじゃき微笑ほほえみが、

どんな困難こんなんさえもえられるがしてしまうのだ。


しかし、その光景こうけいたりにして、

私はふと、むかしゲームであそんでいたころのことをおもしてしまった。

あのころわたし緹雅ティアは、

まだ仮想世界かそうせかい出会であったばかりのプレイヤー同士どうしだった。

それでも、何気なにげないやり取り(とり)が、いつもこころあたためてくれた。

ただの冗談じょうだんや、他愛たわいもないさわがしさにぎなかったはずなのに、

なぜかむねおくなつかしい感覚かんかくのこっている。

あのころも――

緹雅ティア太陽たいようのような笑顔えがおを見るだけで、

不思議ふしぎ安心あんしんできたのだ。

そしていま

世界せかいはもう単純たんじゅんではなくなったけれど、

それでも、彼女かのじょたちとかたならべてたたかえるこの瞬間しゅんかんが、

わたしこころたしかなちからともしてくれる。


そのとき芙莉夏フリシャちいさくくびり、

口元くちもとにわずかなみをかべた。

「ふん……まったく、すくいようがないわね。

そんなにあまやかしていたら、緹雅ティア我儘わがままがますますひどくなるわよ。」

そうってなげ彼女かのじょこえには、

どこかやわらかい冗談じょうだんいろじっていた。

かった、かったよ。」

わたしわらいながらこたえる。

こうして、ちいさなさわがしさは、わらごえともしずかにまくろした。

やがて、やわらいだ空気くうきなか

わたしたち三人さんにんたくかこみ、

おだやかな時間じかんともごした。

たとえそれがなんでもない日常にちじょうであっても、

この世界せかいでの生活せいかつにおいては、なによりもとうとく感じられる。

見慣みなれない異国いこくで、

彼女かのじょたちがそばにいる――

それだけで、どんなやみちかづこうとも、

この一瞬いっしゅんしずけさとぬくもりが、わたしこころささえてくれるのだ。


「こほんっ……ところで、汝等なんじら

すこなくとも聖王国せいおうこくでは、仲間なかま消息しょうそくつかんだのであろう?」

芙莉夏フリシャかるき込みながら、先程さきほどまでのおだやかな声色こわいろ一転いってんさせ、真剣しんけん口調くちょうへとえた。

「うん。もし神農氏しんのうし情報じょうほう本当ほんとうなら、

ほかものたちはいま、それぞれのくにっているかもしれない。」

「ならば、フルセレス全体ぜんたいへいうごかし、各国かっこく調査ちょうささせるべきでは?」

緹雅ティア提案ていあんする。

しかし私は即座そくざくびった。

「いや、それは危険きけんすぎる。」

緹雅ティア言葉ことば一理いちりあるが、同時どうじおおきなリスクをはらんでいる。

大規模だいきぼ行動こうどうは、かならてきく。

無闇むやみへいうごかせば、

おもわぬ報復ほうふく不測ふそく事態じたいまねおそれがある。

私は視線しせん緹雅ティアけ、

むねおくちいさくいきいた。

――彼女かのじょまもりたい。

同時どうじに、わたしたち全員ぜんいん危険きけんさらすわけにはいかない。

いまは、慎重しんちょううごこう。」

私はふたたくちひらき、しずかにつづけた。

「まずは六島ろくとうくにじゅん調しらべ、

情報じょうほう真偽しんぎたしかめよう。

もし本当ほんとう仲間なかまつけられたなら、

そのとき探索範囲たんさくはんいひろげればいい。」


緹雅ティアはその言葉ことばいた瞬間しゅんかん

わずかにまゆをひそめた。

「でも……やっぱり心配しんぱいだよ。」

ちいさなこえつぶやいたそのひびきには、

かすかな不安ふあんにじんでいた。

彼女かのじょ仲間なかまたちの安否あんぴあんじているのだ。

なが分断ぶんだんてに、

十分じゅうぶん食糧しょくりょうも、まも手段しゅだんたないまま、

かれらがどんな苦境くきょうかれているのか――

それをおもうと、

緹雅ティアむねしずかにいたんでいるようだった。

普段ふだんはどんな状況じょうきょうでもあかるくわらっていられる彼女かのじょだが、

本当ほんとうはいつだってだれかを気遣きづかっている。

たとえ自分じぶんがどれほどつかれていようと、

他人たにん安否あんぴおもうそのこころは、けっしてるがない。


緹雅ティア不安ふあんけっして的外まとれではなかった。

わたしはそっといきき、彼女かのじょ気持きもちをなだめるようにった。

かっているよ。きみ心配しんぱいしていることは。」

私は一瞬いっしゅん言葉ことばり、つづけた。

「だが、いまはこういう方針ほうしんるのがもっと安全あんぜんだ。まずはひとつの拠点きょてんからはじめて、着実ちゃくじつすすめていくべきだろう。」

その言葉ことばいた緹雅ティアは、ふとかがやかせ、がるといきおいよくたくひとたたきした。

「だったらこうしよう! 守護者しゅごしゃたちを活用かつようして、各国かっこく地下ちか情報網じょうほうもうってもらえば、わたしたちの捜索そうさく範囲はんいをぐっとしぼれるよ!」

その発案はつあんに、私はうなずいた。

たしかに、大規模だいきぼ展開てんかいむずかしいならば、範囲はんいちぢめ、しかもやみ収集しゅうしゅうされた情報じょうほうかすのがもっとかしこ選択せんたくだろう。


「それはわるくないあんだが――なんじはどう実行じっこうするつもりだ?」

芙莉夏フリシャひくいたこえが、わたし思考しこうった。

その視線しせん緹雅ティアへとけられる。

どうやら、彼女かのじょもこの提案ていあんわるくはおもっていないようだ。

だが、それでも計画けいかく具体的ぐたいでなければならない。

「う、うーん……ちょっとかんがえさせて……」

緹雅ティアほおゆびささえ、こまったようにまゆせた。

その姿すがた瞬間しゅんかん、私はおもわず溜息ためいきらす。

「だから、まだなにかんがえてないんじゃないか!」

ついこえげてしまい、苦笑くしょうしかける。

「ご、ごめんってば! ちゃんとかんがえるから!」

緹雅ティアあたまをかきながら、いたずらっぽくわらった。

その表情ひょうじょうはどこか子供こどもじみていて、しかにもなれない。

緹雅ティア、ふざけすぎるな。」

芙莉夏フリシャこえ一瞬いっしゅん空気くうきりつめさせる。

その声音こわねしずかだが、たしかに威圧感いあつかんがあった。

「……はい。」

緹雅ティア姿勢しせいただし、ぺこりとあたまげた。

しかし、芙莉夏フリシャひとみおくには、わずかなみが宿やどっていた。

それは叱責しっせきというよりも、

――「たのむから本気ほんきかんがえなさい」

というあねのようなやさしい眼差まなざしだった。


話題わだいもともどそう。

じつ最初さいしょころ、私は守護者しゅごしゃたちを直接ちょくせつ出動しゅつどうさせるのが最善さいぜんさくだとかんがえていた。

そのときの私は、つよだいちからかれらをうごかせば、

仲間なかまさがしの効率こうりつ飛躍的ひやくてきたかまる――そうしんじていたのだ。

けれども、この世界せかいればるほど、

そのかんがえは現実的げんじつてきではなくなっていった。

不確定ふかくてい要素ようそがあまりにもおおすぎる。

軽々(かるがる)しく冒険ぼうけんするには、あまりに危険きけんすぎた。

それに――かれらはわたしたちの戦力せんりょくであると同時どうじに、家族かぞくでもある。

忠実ちゅうじつなNPCたちも、仲間なかまも、みなわたしにとってかけがえのない存在そんざいだ。

私は、だれ一人ひとりとしてうしないたくはない。

無駄むだ危険きけんさらしたくもない。

かれ一人ひとり一人ひとり安否あんぴが、わたしにとってなによりもおも意味いみっているのだ。


仲間なかまさがすことはたしかに重要じゅうようだ。

だが、その情報じょうほう本当ほんとうかどうか、わたしたちはまだ確信かくしんできていない。

それに――全戦力ぜんせんりょくうごかして各国かっこくおもむけば、

各国かっこく未知みち勢力せいりょくをつけられる危険きけんもある。

戦力せんりょく分散ぶんさんすれば、それだけで致命的ちめいてきすきむことにもなりかねない。」

私は冷静れいせい状況じょうきょう分析ぶんせきしながら、

むねなか渦巻うずままよいと不安ふあん言葉ことばにしていった。

こころつね矛盾むじゅんしている。

一刻いっこくはやうごきたい気持きもちと、

あやまった決断けつだんくだすことへのおそれ――そのふたつが、えずわたしいていた。

自分じぶん判断はんだんひとつで、仲間なかま公会こうかい全体ぜんたい危険きけんさらしてしまうかもしれない。

その責任せきにんおもさが、いきまらせるほどにむねした。

だからこそ、いま軽率けいそつうごくべきではない――そう自分じぶんかせる。

だが同時どうじに、刻々(こっこく)とぎていく時間じかん焦燥しょうそうあおり、

「このままでいいのか」とささやこえが、こころおくひびいていた。

かんがえればかんがえるほど、こたえはとおのいていく。

かんではえる無数むすう可能性かのうせいが、わたし思考しこうからり、

まるで出口でぐちのない迷路めいろまよんだようだった。


芙莉夏フリシャあなたかっているはずだろう。

これは軽々(かるがる)しくめていいことじゃないんだ。」

私はそういながらかおげ、彼女かのじょつめた。

そのこえには、疲労ひろう焦燥しょうそうにじんでいた。

芙莉夏フリシャだまってわたしつめ、

両手りょうて茶碗ちゃわんつつむようにっていた。

そのひとみしずかで、感情かんじょういろせない。

まるでなにかをふかおもめぐらせているように、

彼女かのじょはしばらく言葉ことばはっさなかった。

やがて、ちゃ一口ひとくちふくみ、しずかにいきく。

その瞬間しゅんかん湯気ゆげともあわかおりが部屋へやひろがった。

そして、ようやく彼女かのじょかおげ、

おだやかながらもどこかなつかしげなこえくちひらいた。

「……なんじ本当ほんとう成長せいちょうしたな。

だが――わらぬところも、まだのこっておるようじゃな。」

その言葉ことばは、ひとごとのようにしずかで、

どこかやさしいみがじっていた。

それは叱責しっせきでも賛辞さんじでもない。

ただ、過去かこものとしての、ぬくもりをふくんだ言葉ことばだった。


そのとき会議廳かいぎちょう空気くうき異様いようなほどおもしずんでいた。

石造いしづくりのかべは、まるでおとむかのように沈黙ちんもくし、

空気くうきながれさえもまってしまったかのようだった。

沈黙ちんもくなかで、ときこおりついたようにおそく、

むねおくおもくのしかかる緊張きんちょうが、呼吸こきゅうさえくるしくする。

そのあつかるような静寂せいじゃくに、

緹雅ティアはどうやらえきれなくなったようだった。

彼女かのじょしずかにがり、

わたしたち二人ふたりをちらりとやったあと

茶卓ちゃたくほうあるり、

そこにかれた紅茶壺こうちゃつぼった。

そして、なにわず、黙々(もくもく)とあらたにちゃはじめた。

そのちいさな動作どうさが、

こごえた空気くうきをほんのすこしだけらし、

部屋へやなかにかすかなおとかおりをもどした。

燭光しょっこうらされた彼女かのじょ背中せなかは、どこかさびしげで、

その横顔よこがおには、だれにもせない葛藤かっとうかげとしていた。

まるで彼女かのじょもまた、自分じぶんなかおもいとしずかにたたかっているかのようだった。


凝里ギョウリ、これはあくまで老身ろうしんかんがえにすぎぬ。

だが――決定けっていするのは、あくまでなんじだ。」

芙莉夏フリシャはそういながら、

紅茶こうちゃれている緹雅ティアひとたび視線しせんけた。

だが、緹雅ティアなにわず、

ただしずかに湯気ゆげこうでちゃそそつづけている。

その沈黙ちんもく確認かくにんすると、

芙莉夏フリシャふたたわたしもどした。

ふかとおるようなそのひとみは、

まるでわたしこころそこまでかしているかのようだった。

そして――彼女かのじょは、ためらうことなく言葉ことばつむいだ。

老身ろうしんはの、なんじおそれる必要ひつようはないとおもうておる。」

その声音こわねおだやかでありながら、どこかつよく、

なが年月ねんげつおもみを宿やどしていた。

予想外よそうがい言葉ことばに、私はおもわず見開みひらく。

けれど、反射的はんしゃてきくちはさむことはせず、

ただ、彼女かのじょつぎ言葉ことばつようにしずかにみみかたむけた。

――なぜなら、私はっていた。

芙莉夏フリシャはいちばんたのれる存在そんざいだと。


芙莉夏(フリシャ)は深く息を吸い込み、少しの間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。

老身(ろうしん)は、この件がどれほど難しい決断であるか、よくわかっておる。

実を言えば、老身(ろうしん)の最初の考えも緹雅(ティア)と同じで、皆で追跡すべきだと思っておった。

だが、老身(ろうしん)も恐れておるのだ。ある決断が、取り返しのつかぬ失敗を招くかもしれぬとな。」

(なんじ)が案じていること、老身(ろうしん)もかつて考えたことがある。」

そう言って芙莉夏(フリシャ)は一度言葉を切り、そして再び穏やかに続けた。

「しかし、それは(なんじ)の肩に背負わせるにはあまりにも重すぎる。

だからこそ、吾等(われら)はすでに決めておるのだ。――(なんじ)と共に、その重荷を担うと。」

その言葉には、揺るぎない信頼と誓いが込められていた。

その瞬間、私の心はまるで目に見えぬ温かな力に包まれたようだった。

すべての不安が、芙莉夏(フリシャ)の言葉によって静かに溶けていくのを感じた。

芙莉夏(フリシャ)の言葉を聞いた瞬間、気づけば私は、頬を伝う涙を止められなかった。


芙莉夏(フリシャ)、いつ気づいたの?」

思わず、私はその言葉を口にしてしまった。

彼女は――私の心の奥にあるものを、とっくに見抜いていたのだ。

誰にも言えぬ痛みや葛藤を、すでに知っていたのだ。

芙莉夏(フリシャ)はすぐには答えなかった。

彼女は相変わらず静かに茶杯(ちゃはい)を手にし、その視線を私からそっと外した。

その瞬間、私はすべてを悟った。


私はそっと顔を横に向け、緹雅(ティア)の背中に目をやった。

彼女はまだこちらに背を向けたまま、何も言わず、ただ静かに茶を淹れていた。

だが――その肩がかすかに震えているのに気づいた瞬間、私は確信した。

今、緹雅(ティア)は静かに涙を流しているのだ。

その涙は、彼女自身が必死に隠そうとしていた。

私に心配をかけまいとする、その優しさゆえに。

けれど、その小さな震えは、もはや彼女の心の痛みを覆い隠すことはできなかった。


「なるほど……。」

私は小さく息を吐いた。

(なんじ)計画(けいかく)は、緹雅(ティア)のあの(むすめ)がすでに見抜いておる。

(なんじ)がすべてを一人で背負う必要(ひつよう)はない。――そう言えば、(なんじ)にもわかるであろう?」

そうか……。

彼女たちは、すでに知っていたのだ。

私がどれほどの努力を重ね、どれほどの不安最初(さいしょ)から、私は自分の力だけで仲間(なかま)を救おうと決めていた。

(だれ)危険(きけん)に巻き込みたくなかった。

だからこそ、守護者(しゅごしゃ)たちや他の(もの)には、重大(じゅうだい)任務(にんむ)をほとんど任せてこなかったのだ。

心の奥には、深い恐れがあった。

――もし失敗(しっぱい)すれば、(みんな)に背負わせるべきではない(つみ)を背負わせてしまうのではないか。

だから私は、彼らを守るために、あえて一人で挑み続けてきた。

これまでの行動(こうどう)のすべては、万一失敗(しっぱい)したときに、誰かが良心(りょうしん)呵責(かしゃく)に苦しむことのないようにするためだった。

――もちろん、その中には私自身の小さな打算(ださん)もあった。

私は、失敗(しっぱい)が怖かった。

そして、取り返しのつかない結果(けっか)を恐れていた。

そうした思いが、私をますます閉ざしていった。

周囲(しゅうい)に対して、いつも警戒(けいかい)(から)をまとっていたのだ。

とくに弗瑟勒斯(フセレス)(みな)には――

彼らがどうして、あれほどまでに無私(むし)に尽くし、私を信じてくれるのか、正直(しょうじき)わからなかった。

そのまっすぐな信頼(しんらい)が、かえって私を怖がらせた。

彼らに、これ以上の危険(きけん)を背負わせることなど、どうしてできようか――そう思った。

を胸に秘めてきたのかを――すべて。


私は――(だれ)かを失うことが、何よりも怖かった。

それが、私の最も深い恐れであり、自らを限界(げんかい)まで追い込む理由(りゆう)でもあった。

たとえどんな重荷(おもに)であっても、自分ひとりで背負えばいい。

(みんな)を同じ危険(きけん)(さら)すくらいなら、孤独(こどく)の方がましだと、そう思っていた。

けれど――その考えは、いつしか私を狭くしていた。

自分を追い込みながら、彼らの気持ちを見失っていた。

彼らが、私の痛みを共に背負いたいと願っていることさえも、見えていなかったのだ。

そして、それを最初に気づいたのが緹雅(ティア)だった。

彼女の鋭い感性(かんせい)は、私の心の揺らぎを一瞬で見抜いていた。

だからこそ、彼女はいつもそうだったのだ。

私が助けを必要としているとき――何も言わずに、そっと(そば)に現れ、力をくれた。

緹雅(ティア)はすべてをわかっていた。

私がどんな決断を下すか、その結果どんな苦しみを背負うかを――

そして、彼女はその覚悟(かくご)の上で、私の痛みを分かち合う準備(じゅんび)をしていたのだ。


凝里(ギョウリ)のばか……ばか。」

緹雅(ティア)は茶を()れながら、目尻(めじり)(なみだ)(ぬぐ)い、かすれた声でそう(つぶや)いた。

――そうか。

彼女にとっても、私の痛みや葛藤(かっとう)は決して他人事(ひとごと)ではなかったのだ。

彼女はただの傍観者(ぼうかんしゃ)ではなく、同じ重さでその苦しみを感じていた。

「どうして……」

私は心の奥で問いかけた。

なぜ彼女たちは、わざわざ私と同じ痛みを分かち合おうとするのか。

そのとき、芙莉夏(フリシャ)の声が再び(ひび)いた。

(なんじ)は忘れておるのか? (なんじ)もこの公会(こうかい)一員(いちいん)だ。

命を()してまで、吾等(われら)罪悪感(ざいあくかん)を背負わせるつもりか?」

その言葉を聞いた瞬間、私はようやく悟った。

――芙莉夏(フリシャ)緹雅(ティア)が何を案じていたのかを。

もし私が孤独(こどく)に戦い続けるなら、それは私一人の痛みで終わらない。

私を想うすべての人々に、重く苦しい十字架(じゅうじか)を背負わせてしまうのだ。


その言葉に、私は言葉を失った。

沈黙(ちんもく)が、胸の奥に静かに降りていく。

そしてようやく、このときになって気づいたのだ。

私が恐れていたこと――それは、彼女たちが同じように恐れていたことでもあった。

自分の信念(しんねん)(つらぬ)くことが、いつの間にか他の(もの)を遠ざける「わがまま」になっていたのだと。

私が彼らを失うことを恐れていたように、

芙莉夏(フリシャ)も、緹雅(ティア)も――同じように、私を失うことを恐れていた。

その不安(ふあん)は、決して理不尽(りふじん)なものではなかったのだ。


私は深く息を吸い込み、胸の奥に小さな罪悪感(ざいあくかん)が広がっていくのを感じた。

私の固い意志(いし)――それは、彼らの痛みを少しでも減らしたいという想いから生まれたものだった。

けれどその過程(かてい)で、私は大切なことを見落としていた。

彼らの想いを、そして私への(あい)気遣(きづか)いを。


「本当に……大丈夫なのか?

もし多くの人を動員(どういん)しすぎたら、弗瑟勒斯(フセレス)防衛(ぼうえい)システムが(よわ)まってしまう。

そうなれば、むしろ君にとって大きな負担(ふたん)になるんじゃないか。」

心の恐れは少しずつ薄れていたが、それでも私はこの決断(けつだん)完全(かんぜん)には信じ切れなかった。

芙莉夏(フリシャ)はその言葉を聞くと、突然(とつぜん)朗らかに笑い出した。

「はははっ! 凝里(ギョウリ)(なんじ)老身(ろうしん)(あま)く見ておるのか?」

その笑いには、不思議(ふしぎ)なほどの軽やかさと安らぎがあった。

その瞬間(しゅんかん)()空気(くうき)が一気に明るくなる。

彼女はきっと、私がこう言い出すことをあらかじめ分かっていたのだろう。

そのことに気づいて、私は思わず小さく笑みをこぼした。

「い、いや……そんなつもりはまったくない。」

私は(あわ)てて首を横に振った。

芙莉夏(フリシャ)の穏やかな笑顔(えがお)が、まるでこう(かた)りかけてくるようだった。

――心配(しんぱい)するな、すべてはうまくいく。

「ならば、(なんじ)安心(あんしん)しておれ。」

芙莉夏(フリシャ)自信(じしん)に満ちた声でそう告げた。

その確かな信頼(しんらい)(ひび)きに、私は心の底から力が抜けていくのを感じた。

「……ありがとう。

本当に、ありがとう。」

そう(つぶや)いた瞬間(しゅんかん)(ほお)(あたた)かい(なみだ)(つた)った。

それは感謝(かんしゃ)であり、感動(かんどう)だった。

この瞬間(しゅんかん)、私は心から理解(りかい)したのだ――

彼女たちが私に(そそ)いでくれた、無償(むしょう)(あい)支援(しえん)の深さを。


私は両目(りょうめ)(かる)くこすり、(ふたた)び前を見据(みす)えた。

視界(しかい)は、これまでになく()み渡っていた。

芙莉夏(フリシャ)の言葉があったからこそ、私は(なが)背負(せお)ってきた重圧(じゅうあつ)から()き放たれ、心が一気(いっき)()れた。

彼女の言葉はまるで一筋(ひとすじ)(ひかり)のように、私の進むべき道を()らしてくれた。

「――そうか。ならば、思い切ってやってみよう!」


ちょうどこのとき、妲己(ダッキ)から通信(つうしん)が入った。

凝里(ギョウリ)(さま)聖王国(せいおうこく)の神々(かみがみ)が、人を(つか)わせて何かをお届けになりました。』








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