扶桑の言葉を聞いた盤古は、その意味を誰よりも理解していた。
このまま全力を出さなければ、この戦いが自分たちの最期になることを——。
盤古は深く息を吸い込み、目に決意の光を宿す。
次の瞬間、体内から魔力が溢れ出し、まるで火山の噴火のように周囲へと広がっていった。
強大な魔力の波動が空気を圧縮し、盤古の周囲は異様なほど重くなる。
その圧迫感は誰もが感じ取れるほどで、水気さえ粘り気を帯び、息を吸うことさえ困難になっていった。
盤古の全身の細胞ひとつひとつが、その力に共鳴して震える。
やがて、その力に包まれた彼の姿は、さらに巨大な存在へと変貌していった。
「おや? ついに本当の実力を見せる気になったのか?」
扶桑はそう言って唇の端を歪め、冷たい笑みを浮かべた。
「それだけか?」と嘲るように続けると、その表情には依然として余裕があった。
彼は盤古が攻撃を仕掛けてくるのを、まるで遊びを楽しむかのように待ち構えていた。
その時、女媧は盤古から溢れ出す圧倒的な力を見て、彼の決意を悟った。
——もう迷う時ではない。
女媧は心の奥でそう告げ、盤古の真の力を解放する時が来たのだと理解した。
女媧は静かに手を持ち上げ、その動作に呼応するように、目の前に魔法陣が瞬時に展開された。
彼女が詠唱を始めると同時に、九階の儀式魔法——「祈福念鐘」——が発動する。
女媧の杖の先が空を指すと、古びた鐘が現れ、その表面には古代の符文が刻まれていた。
彼女の魔力の導きに応えるように、鐘は低くも澄んだ、神秘的で荘厳な音を鳴り響かせる。
その音は重厚でありながら規則正しく、空気の中に漂う魔力を完全に共鳴させ、戦場全体に響き渡った。
鐘声が広がるにつれ、周囲の空気には清すがしい力が生まれ、その波動が音と共に凝り固まっていく。
だが、扶桑にとってそれはただの鐘の音に過ぎなかった。
その旋律が彼に直接な影響を及ぼすことはなかったのである。
「まさか、また何か小賢しい手を使っているのではないだろうな?」
扶桑は冷たく笑いながら言った。
彼はこの鐘の音に潜む異変に、まだ気づいていなかった。
この魔法は、彼にとってただの無害な術に過ぎず、何の脅威にもならない——そう信じていた。
だがその瞬間、神殿の中央にある鐘が鳴り始めた。
それに続いて、王城の十二の区画からも次々(つぎつぎ)に鐘の音が響き渡る。
その無数の鐘声は、まるで波濤のように王都全体へと広がっていき、
やがて、それらの音が共鳴し合うように、奇妙な力場が空気の中に広がり始めた。
扶桑は依然として戸惑いを隠せず、その力に対してほとんど警戒していなかった。
「……これは、いったい何だ?」
彼は体の隅々(すみずみ)まで震動が染み込んでいくのを感じていた。
しかし、それに気づいた時には、すでに遅かった——。
その力は肉体に直接的な損傷を与えるものではなかったが、
代わりに扶桑の感覚を徐々(じょじょ)に麻痺させ、
体の動き一つ一つが信じられないほど鈍くなっていく。
何が起こっているのか理解する間もなく、
神殿の中央にある鐘が、再び重く沈んだ音を響かせた。
その響きは、まるで空間そのものを引き裂くかのように、激しく戦場全体を震わせた。
この一つの鐘の響きが生み出す共鳴の力は、まるで強大な波動のように扶桑を包み込んだ。
その天を突くほどの轟音が、扶桑の体を完全に固定し、言葉では言い表せないほどの圧迫感が一気に彼へと襲いかかる。
鐘が一つ鳴るたびに、扶桑は自分の体が少しずつ動かなくなっていくのを感じ取った。
気がつけば、彼の全身は強大なエネルギーによって完全に拘束され、
いかに力を込めても、一歩も身動きが取れなかった。
鳴り響く鐘声の一つ一つが鎖となり、扶桑の存在を縛り上げていったのだった。
「ありえぬ! これは……いったい何の力だ!?」
扶桑の声には動揺が滲み、体は小さく震え始めた。
彼は必死にその力へ抗おうとするが、
全ての動作が見えない鎖で縛られたかのように制限され、
どれほど力を込めても、この強大な鐘声の震動から逃れることはできなかった。
「次は――真なる神の裁きを受ける番だ!」
盤古の低い咆哮と共に、
彼の全身から眩い光が再び爆発する。
その光は盤古の心の奥底から溢れ出るものであり、
彼の体内の細胞一つひと)つが共鳴しながら力を解き放っていた。
盤古の気配は一層高まり、
その光はまるで雷霆が体の中を奔るかのように激しく脈動していた。
「祈福念鐘」の響きが戦場を包む中、
青龍もまたその鐘声の影響を受けていた。
本来なら風のように俊敏だったその動きが、次第に鈍くなり、
まるで泥沼に囚われた巨獣のように、身動きが取れなくなっていった。
その強大な力自体は依然として消えてはいなかったが、
行動は著しく制限され、動くたびに空気が重く絡みつくようだった。
青龍の双眸には戸惑いの色が浮かび、
自らの体を縛るこの不可思議な力の正体を理解できずにいた。
一方、聖王国の騎士団は女媧の祝福を受けており、
その身体は鐘声の影響を受けることがなかった。
彼らの動きは依然として軽快で、
この貴重な機会を逃すまいと、一斉に攻勢を仕掛けた。
魔法の結界に阻まれ、動きを封じられた青龍に対し、
聖王国の騎士たちは迷うことなく突撃を開始したのである。
騎士団の団長たちは、狙いを一点、青龍の頭部へと定めた。
全員の攻撃が怒涛のように集中し、
その一撃一撃が、まるで鉄槌の如く青龍の頭部を打ち砕いた。
激痛が青龍の全身を駆け巡り、
その巨体が一瞬のうちに制御を失う。
怒りと苦痛が交じり合った咆哮が空を裂き、
青龍の攻撃の軌跡は天へと跳ね上がった。
次の瞬間、戦場全体の空気が激しく震え、
耳をつんざくような轟音が大地を揺るがす。
そして、青龍が放った最後の怒号と共に、
その攻撃は空中で炸裂した。
閃光が弾け、火花が四方に散り、
濃い煙が戦場を覆い尽くす。
その瞬間、全てが爆音と炎に呑み込まれ、
戦場はまさに地獄絵図と化した。
「なるほど……だから彼らは聖王国から離れられないと言っていたのか。」
私は小さく呟いた。
神明たちが自らの得た力を完全に掌握する前は、
その能力が神殿によって制限されており、
ゆえに聖王国を離れれば、神明としての力を十全に発揮することはできないのだ。
「その九人は、彼らに権能を授けるだけでなく、
さらに制約条件を伴うもう一つの特別な権能を与えた。
だが、神明にとってもそれを完全に使いこなすことは容易ではない。」
私は鐘声の影響範囲の中にいながらも、
高位の魔法に対して本来一定の耐性を持っていたため、
その影響をまったく受けなかった。
さらに、妲己の領域内では、
この種の魔法はまるで意味を成さなかった。
鐘声が止むと同時に、盤古の体内では魔力が急速に凝縮し始めた。
その身から放たれる光は金と紅が混じり合い、
まるで命そのものが燃え上がるかのように眩く輝いた。
彼の髪は、もとの銀灰色から暗紅へと変わり、
まるで炎が揺らめくように戦場の光と交り合っていた。
盤古の眼差し)は一層鋭くなり、
その瞳はあらゆるものを貫くかのような光を宿していた。
「これこそが——俺の真の力だ!」
盤古の声は大地を震わせるように響き渡り、
その放たれる気迫は、場にいるすべての者を圧倒した。
彼の全身からは眩いばかりの光が放射され、
それは彼が「最高神」としての権能を解放した証だった。
それは長らく封印されていた力——『原始格闘』。
今から二十五年前、
盤古が神位を継いだ当初、
彼はこの権能を使うことができなかった。
理由は単純で、
当時の彼にはこの力を耐えうる器がなかったからだ。
『原始格闘』は、盤古の肉体的耐性と魔法的耐性を著しく高め、
その一撃一つひと)つが、あらゆる防御を容易に打ち破る力を持っていた。
盤古の眼差し)には、わずかに苦痛の色が浮かんでいた。
それは、強大な力には常に大きな危険が伴うからだった。
盤古が最初に放った膨大な魔力は、
この力による灼けつくような痛みに耐えるためのものだった。
最高神である彼は、この二十五年の修練の中で、
何度も試み、何度も失敗を重ねてきた。
だが今回は、これまでとは少し違っていた。
権能による灼熱感は、次第に馴染んでいくようだった。
この強大な力に支えられ、盤古の能力値は九級に達した。
彼の気勢は高まり、自身の力を完全に解放したことを示していた。
しかし、扶桑を前にして、彼はなおも油断することはなかった。
しかし、盤古の全力の解放を目の当たりにしても、扶桑の表情には一切の恐怖が浮かばなかった。
むしろその唇の端がわずかに吊り上がり、邪な笑みを浮かべる。
「いいぞ……そうでなくては。こうでなければ、勝つ快感が味わえない。」
扶桑の瞳には妖しい光が宿り、
盤古の放つ圧倒的な力にも微動だにしなかった。
むしろ、その強大な力が彼の奥深くに眠る闘争の本能を呼び覚ましたのだ。
言葉が落ちた瞬間、扶桑の全身が黒い炎に包まれる。
その炎は先程よりもはるかに激しく燃え上がり、
その魔力の圧は盤古と互角、
いや、それ以上に増していった。
盤古は扶桑の言葉に動揺することなく、
瞬時に紅い光となって彼へと突進した。
その拳には強大なエネルギーが渦を巻き、
振り下ろされる一撃には想像を絶する破壊力が宿っていた。
それこそが、彼の九階戦技——「裂山拳」。
その名の通り、この拳の威力は山すら打ち砕くほどであった。
しかし、盤古の攻勢がこれほどまでに強烈であっても、
扶桑は一歩も退くことはなかった。
彼もまた、真正面から戦技を繰り出し、
盤古との激しい打ち合いを展開する。
——九階戦技・「七星連歩拳」。
それは連続した拳の型から成る技であり、
まずは『斗宿起勢・一星歩』。
扶桑は左脚を軽く踏み出しながら手を上げ、
右拳に力を溜める——
まるで雲の中に隠れた星が光を放つ瞬間を待つように。
盤古の攻撃が正面から迫ると、
扶桑は即座に『天樞一撃・二星突』を放つ。
相手の攻撃よりも一歩早く踏み込み、
右拳を弾き出して正面から撃ち抜く——
その拳勢は沈み、揺るぎない。
拳と拳がぶつかり合うたび、
空気が震え、轟音が大地を揺らす。
その衝突の余波は、常人では到底耐えられぬほどのものだった。
盤古は、自らの拳を受け止めた扶桑に間髪を入れず、
もう一方の手で次の重い一撃を放った。
しかし、扶桑は突如として加速し、
その拳を紙一重でかわす。
——『連環雙拳・三星舞』。
扶桑は体をわずかに回転させ、
右拳を連続して二度突き出す。
わずか二撃にすぎないが、その速さは凄まじく、
拳の軌跡すら視認できないほどだった。
しかし、盤古はすぐに反応し、拳の軌道を変えて扶桑の攻撃を受け止めようとした。
だが、それこそが扶桑の仕掛けた罠だった。
——真の攻撃は、ここから始まる。
『横掃四方・四星裂』。
扶桑は連続して数度の足さばきと回転を繰り返し、
その拳は四方八方から襲い掛かるかのように見えた。
だが実際には、彼は拳の動きに合わせて気流を操り、
盤古の感覚を撹乱していたのだ。
盤古がその拳法の癖を見抜く前に、次の一撃が迫る。
——『暗蔵虚実・五星錯』。
盤古が前方へ拳を放った瞬間、
扶桑は三歩後退し、攻撃を空振りさせる。
その反動で盤古の体勢が崩れると、
扶桑は即座に一歩踏み込み、右拳を突き出した。
盤古が防御の構えを取るよりも早く、
扶桑の左肘が正面から打ち抜いた。
その動きはまさに光のようで、
盤古に一撃を加えたかと思えば、
次の瞬間にはすでに視界の外へと消えていた。
彼の周囲を纏う黒い炎が軌跡を描き、
その動きに妖しくも美しい残光を残していった。
続いて——『追星踏月・六星追』。
扶桑は軽やかに足を刻み、風のような速さで踏み込む。
瞬時に三つの拳を繰り出し、
その攻撃は盤古の上・中・下の三つの軌道を正確に狙った。
その立て続く攻勢に、盤古は防御の隙を見出せず、
次第に押し込まれていく。
盤古の拳が空しく空気を切ったその瞬間、
扶桑の姿はすでに彼の背後に回り込んでいた。
彼の動きはまるで稲妻のように鋭く、
その手にはいつの間にか指虎が装着され、
そこから眩い光が凝り集まる。
次の瞬間、その輝きは流星のごとく走り、
盤古の左腕を正確に撃ち抜いた。
——これが、扶桑の戦技の最終奥義、
『落斗終式・七星崩』。
その締めの一撃は、腰を沈め全身に力を溜め、
一歩の踏み出しが雷鳴のように響く。
本来ならばその拳は盤古の胸部を貫くはずだったが、
盤古は咄嗟に左手を差し出し、
間一髪のところでそれを受け止めた。
「ッ——!」
盤古はその一撃の激痛に思わず息を呑んだ。
左腕に拳が命中した瞬間、
耳をつんざくような骨の裂ける音が響き渡る。
その拳の威力は凄絶で、
盤古の左腕は完全に骨折してしまった。
もしもその一撃が胸を直撃していたなら、
命はなかっただろう。
全身を走る痛みが制御を奪い、
体勢を保つことができない。
眩い光の衝突と共に、
盤古の体は吹き飛ばされ、
遠くの地面へと叩きつけられた。
地面は瞬間に崩壊し、
岩片が四方に飛び散る。
盤古は重く地に落ち、
息を荒げながら動けずにいた。
この一撃——
盤古には反応する暇さえなかった。
盤古が地に叩きつけられたその瞬間、
扶桑は神明たちに一瞬の猶予も与えなかった。
彼の姿は疾風のように駆け抜け、
幾筋もの残光を描きながら、
次の瞬間には伏羲の眼前に現れた。
伏羲はその突進を目の当たりにしながらも、
手にした雷光牙を強く握りしめ、
迎撃のために振るおうとした。
だが——扶桑の一撃の威力は、
彼の想像を遥かに超えていた。
雷光牙が扶桑の力に触れた瞬間、
澄んだ音を立てて亀裂が走る。
「な……っ!」伏羲は驚愕に目を見開いた。
次の瞬間、彼の手にある神器——雷光牙が、
扶桑の拳圧に耐えきれず粉々(こなごな)に砕け散ったのだ。
その衝撃で神器が裂かれ、破片は夜空に飛び散る星のように四方へと舞い上がる。
伏羲はその光景を呆然と見つめ、
自らの目の前で起こった出来事を理解することができなかった。
それだけでは終わらなかった。
扶桑の拳には再び光が凝り集まり、
息を詰まらせるほどの圧倒的な力が脈動していた。
次の瞬間、彼は渾身の一撃を伏羲の腹部めがけて叩き込む。
その光は伏羲の防御を容易に貫き、
強烈な衝撃波と共に彼の体を吹き飛ばした。
伏羲の身体は宙を舞い、
遠くの岩壁へと叩きつけられる。
轟音が響き渡り、
彼の体は石壁に深くめり込んだ。
そのまま意識は途切れ、
伏羲は苦しみの声すら発することができなかった。
「まさか——もう手が尽きたなどと思っているのではないだろうな?」
扶桑の冷たい声が静寂を切り裂くように響いた。
その眼差し)には嘲笑の光が宿り、
口元にはわずかに侮蔑の笑みが浮かぶ。
彼の攻撃は一撃一撃が容赦なく、
まるで見えざる羅針盤が敵を正確に捕捉しているかのようだった。
その拳が放たれるたび、
狙われた者は逃れる術もなく、確実に命中する。
扶桑の身を包む黒炎は、
彼の気迫と共に激しさを増し、
燃え上がるその様はまるで闇に咲く灼ける花のようであった。
彼は戦場を見渡し、
崩れ落ちた盤古と伏羲の姿に満足げな笑みを浮かべる。
この一連の予想外の攻撃に、
その場にいたすべての者が息を呑んだ。
盤古と伏羲という二柱の神が、
まさか一瞬のうちに打ち倒されるとは誰も思っていなかったのだ。
その光景を見つめる女媧の胸に、
冷たい戦慄が走る。
戦局は一気に逆転し、
この予測不能の力の前では、
誰であろうともあまりに脆く、無力だった。
「まさか……神器を粉砕するとは!」
私でさえ、その光景には言葉を失った。
「まさか……あれは……」
傍らにいた妲己が眉をわずかにひそめ、
すでに異変の核心に気づいたようだった。
「お伺いします、大人。あれはいったい何なのでしょう?」
三姉妹も同時に声を上げ、
その瞳には疑念と好奇の光が宿っていた。
「伝説によれば、『DARKNESSFLOW』には
すべての神器を凌駕する十の神器が存在すると言われている。
そのことは知っているだろう?」
私は静かに彼女たちへ説明を始めた。
「はい。」
三人はうなずき、声を揃えて答えた。
「だが実は、その十の神器に匹敵するとされる
もう十の神器が存在する。
それらは使い方次第で十大神器にも並び得るとされ、
『無冕神器』と呼ばれているのだ。」
「つまり——あの男の手にある武器も『無冕神器』の一つというわけね。」
緹雅が答えた。
「その通りだ。」
私はうなずき、説明を続けた。
「あれは『無冕神器』第九位、
“守望者– 艾拉卡”。
この神器は、武器や使用者に対して攻撃力を低下させる効果を持っている。
もし武器や本人が一定の物理耐性を持っていれば、
攻撃の威力だけが減少する。
しかし、使用者が十分な物理耐性を持たない場合には、即座に防御が崩れ、武器は粉々(こなごな)に砕けてしまう。
……まさか、神器までもが砕けるとは思ってもみなかった。」
「それなら知ってるわ。」
緹雅は手にした『不破の武器大全』をめくりながら言った。
「伏羲の手にあった雷光牙は、雷属性の戦技や魔法を発動する際に非常に高い威力を発揮するの。
ただし、元素耐性は高いけれど、物理耐性が低いから、
最上級の物理攻撃を受けると砕けやすいのよ。」
彼女はさらにページをめくりながら続けた。
「この大全にも書かれているわ。
雷光牙を最も打ち破るのが、エラカ(艾拉卡)だって。」
緹雅は補足するように言葉を重ねた。
「艾拉卡の力はまさにそういうもの。
相手の攻撃威力を効果的に低下させることができるの。
特に物理耐性の低い武器に対しては、その効果が顕著に現れる。」
「なるほどな……さすが武器の専門家だな。
そんな細かいところまで記録しているとは。」
私は緹雅の分析を聞きながら、思わず感嘆の息を漏らした。
「それでは、どうすればいいの?」と、米奧娜 が最初に問いかけた。
「艾拉卡 の威力低下効果は永久的なものではない。それに、物理耐性が相手の物理攻撃力より高ければ、あまり心配する必要はない。これがこの武器を使う際に唯一注意すべき点だ。」
少し考え込んだ後、私は続けて分析した。
「もし自分の物理攻撃力が十分でない場合や、相手が高い物理耐性を持っている時には、この武器の効果は大きく減少し、場合によっては無用になってしまう。だが、神々(かみがみ)の物理耐性は、どうやらそれほど強くはないようだな。」
神農氏は、依然として酸性元素と毒元素による侵蝕を深く受けていた。
彼はあらゆる方法を尽くして自分の身体を治そうとしたが、治癒魔法はまったく効かなかった。
傷口にかかる負担は、彼が想像していた以上に大きかった。
体内に残る毒素は彼の精力をあまりにも消耗させ、今の彼には何ひとつ成すことができなかった。
伏羲の状況もまた非常に惨烈だった。
先程の扶桑の強烈な一撃によって、彼の身体はすでに崩壊寸前にまで追い込まれていた。
彼の手にはまだ砕けた雷光牙が握られていたが、力を失った彼にはもはや戦う術がなかった。
全身の傷口からは絶え間なく血が滴り落ち、激痛のあまり彼は意識を失って倒れてしまった。
この時の女媧には、その責任がいっそう重くのしかかっていた。
このような状況の中で、彼女は自分を守るだけでなく、負傷した仲間たちをも守り、さらに盤古を助けながら扶桑の連続攻撃を止めなければならなかった。
彼女の防御能力は確かに強大であったが、艾拉卡の力を前にすると、その防御も明らかに限界に達していた。
盤古は扶桑の攻撃で倒された後、残る力を振り絞ってようやく立ち上がったが、もはや体はふらつき、立っているのがやっとだった。
権能の加持があったおかげで、攻撃を受けてもかろうじて意識を保つことはできたが、それでも彼はすでに窮地に追い詰められていた。
扶桑は、盤古が再び立ち上がるのを見ると、再び嘲笑うように言った。
「無駄なあがきはやめろ。あの力を完全に継承していないお前たちが、私の相手になれるはずがない。」
だが盤古は、扶桑の言葉を耳に入れてはいなかった。
その時の彼は、すでに無意識の状態に入り、何を考えているのかさえ分からなかった。
その瞬間、盤古は突如として扶桑の眼前に閃くように現れた。
その速さに、扶桑は衝撃を受けた。
それは明らかに自分を凌駕する速度であり、なぜ瀕死の状態にある盤古が、なおもこのような力を発揮できるのか、彼には理解できなかった。
盤古の周囲には、ほのかに赤い光が揺らめいていた。
その様子から、今の攻撃は彼自身の意識によるものではなく、権能そのものが導いているのだと分かった。
盤古の拳は、そのまま扶桑へと振るわれた。
――十階戦技・六合震罡。
それは権能の導きによって、盤古の肉体を通して放たれる拳法であった。
その動作は身心に合い、気勢、天地の理と一体となり、まるで自然そのものと融け合ったかのようであった。
突如として放たれた攻撃に、扶桑は思わず驚愕した。
しかし、彼はすぐに態勢を立て直し、戦技による反撃に転じた。
――十階戦技・焚燒金剛拳・二式・烈焰碎山。
それは、扶桑が艾拉卡を使う時にのみ発動できる戦技であった。
黒い炎が扶桑の拳に集まり、灼熱の熱波のように空間を呑み込んでいった。
一方、今の盤古は「六合震罡」の本来の力を完全に引き出すことができなかった。
権能の導きによって全力で攻撃を繰り出しても、扶桑に致命的な損傷を与えることはできなかった。
扶桑の猛るような攻勢が続く中、時間の経過とともに盤古の力は次第に衰え始めた。
最終的に、艾拉卡の力がもたらす圧倒的な破壊の前に、彼はついにその攻撃を完全には防ぎ切れなかった。
ついに、乱れ打ちの拳を受けた盤古は、もはや支えきれず、艾拉卡の力によって再び地に倒れた。
扶桑の一撃一撃は、すべて盤古を遥かに上回る威力を持っていた。
重心を失った盤古の身体は宙を激しく翻り、最後には轟音とともに地面へと叩きつけられた。
その瞬間、肉体が打たれる音、筋肉が裂ける音、骨が折れる音が、まるで空気の中に響き渡るかのようだった。
戦場の空気は一瞬にして重苦しいものへと変わり、盤古はもはや立ち上がることができなかった。
今、扶桑に立ち向かえるのは、女媧ただ一人となっていた。
彼女は即座に全ての防御の力を集中させ、扶桑の攻撃に対抗しようと試みた。
彼女の身体の周囲には、瞬時に眩い光が覆い包み、それは彼女が全力で防御魔法を発動している証だった。
『防禦鱗片』の加護を受け、女媧は九階防御魔法――蛇血障壁を展開した。
それは自らの血液を注ぎ込むことで強化される障壁であり、その表面は鱗のような光を放ち、まるで血肉のように蠢いていた。
しかし、扶桑は彼女に一瞬の隙さえ与えなかった。
彼は瞬く間に空中へと飛び上がり、手の中に再び弓が現れる。
その弓から放たれるエネルギーは、これまで以上に強烈で、弓弦が放つ光は天空を裂くかのように眩く輝いた。
扶桑の口元には、侮蔑を含んだ笑みが浮かんでいた。
その表情には、すでに次に訪れる勝利を確信しているかのような余裕があった。
「お前たちには、もう機会など残されていない。」
扶桑の冷たい声が、空中から響き渡った。
彼は再び視線を女媧に向け、まるでこの戦いを一気に終わらせようとしているかのようだった。
指先がわずかに動いた瞬間、弓弦が激しく震え、矢は強烈な酸性と毒性の元素を帯びて女媧へと一直線に飛んでいった。
「くっ……!」女媧は低く呪うように声を漏らした。
彼女は、自らの防御がこの連続攻撃に耐えられることを理解していた。
だが、今の扶桑の攻撃は、彼女ひとりを狙ったものではなかった。
その矢の軌道には、すでに倒れ伏している他の神々(かみがみ)も含まれていたのだ。
そのため、女媧は自分を守るだけでなく、他の者たちをも同時に守る方法を見つけなければならなかった。
戦況の天秤は、明らかに扶桑の側へと傾いていた。
そして何より絶望的なのは――このすべてが、すでに扶桑の計算の内にあったということだった。
女媧が障壁を延長し、仲間たちを守ろうとしたその刹那、扶桑はすでに音もなく彼女の背後へと回り込んでいた。
正面からの矢の攻撃は防がれたものの、背面には一切の防御が存在しなかった。
実のところ、扶桑は最初から女媧の防御の癖を見抜いていた。
彼女は魔力の消耗を抑えるため、常に全方位の防御を展開することはなかったのだ。
そのわずかな隙を、扶桑は見逃さなかった。
――十階戦技・焚燒金剛拳・三式・怒拳焚心。
それは炎の車輪のように連続して繰り出される三つの拳――
一撃ごとに速度が増し、さらに「内焚灼傷」の効果が重なっていく恐るべき連撃であった。
その拳は正確に女媧の背を打ち抜き、轟く爆音と共に、たとえ『防禦鱗片』の加護があったとしても、彼女の身体は激しく吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられた瞬間、防御魔法は崩壊し、無数の亀裂が走る。
彼女の顔色は蒼白に変わり、激痛に息を詰め、もはやその身を支えることさえ難しくなっていた。
「はははは!」
扶桑の笑い声が再び響き渡った。
彼は半空へと舞い上がり、その目には満足の光が宿っていた。
「これが――世界が私に与えた力というものか。まさか、これほどまでに有用だとはな。まったく、驚くほど容易にお前たちを倒せるとは。」
高みから見下ろす扶桑の言葉には、傲慢と自信が満ちていた。
そして彼はその勝利を、まるで当然の報酬であるかのように、心から愉悦していた。
嘲弄を終えた扶桑は、ついに最後の勝利の果実を手に入れようと決意した。
彼はこれまでにないほど巨大な矢を凝縮させ、その矢に宿るエネルギーは、空全体の色をも暗く染め上げた。
放たれようとするその矢が放出する力は、周囲の空気さえも切り裂き、空間を二つに分かつかのようだった。
扶桑は、この破滅の力をもって――この地に残された最後の希望を、完全に消し去ろうとしていた。