「な、なんだって……あいつ、まさか……!」
私は思わず目を見開いた。
緹雅も同じように瞳を大きく見開き、信じられないといった表情で叫んだ。
「これは……珍しいわね!」
私たちは、扶桑が放った攻擊に思わず驚きを隠せなかった。
「さっきの攻擊って、もしかして……?」
三人の姉妹も次々(つぎつぎ)に口を開き、その聲には明らかな困惑が滲んでいた。
彼女たちには、扶桑の攻擊がどんな術式によるものなのか理解できなかった。
だが、あの一擊は確かに――神農氏の「混沌元素屏障」を易々(やすやす)と貫いた。
それだけに、三人の胸中には、言葉にできぬ不安と疑念が渦を巻いていた。
「おおっ! あなたたち、これを見るのは初めてでしょ?」
その時、緹雅が軽く笑いながら說明した。
「今のは、全ての元素攻擊の中でもっとも厄介なもの――酸元素と毒元素よ。まさか、あいつがそれを使うなんてね。」
その聲にはどこか嘲るような響きがあり、緹雅は扶桑が酸性や毒性の元素を操ることに興味を覺えたようだった。
酸元素と毒元素は確かに元素に分類されるが、その性質は主要な八大元素の系統とは根本的に異なっており、ゆえに「混沌元素屏障」の效果はこれらには通用しない。
「もし低階の酸や毒だったら、たいした損傷はなかったはず。でも、あの攻擊が混沌元素を貫通したってことは、相當な威力を持っているってこと。――厄介ね。」
緹雅は表情を引き締め、冷靜に分析を續けた。
「この攻擊パターン、使い方次第では、防ぐのはほとんど不可能よ。」
「確かに……おそらく、あの弓自體に原因があるんだろう。」
私はうなずきながら答えた。
「あるいは技能の效果かもしれない。あんなに容易に防禦を破れるなら、俺たちに勝てる見込み(みこみ)は薄いかもしれないな。」
さきほどの烏鴉たちの無秩序な攻擊は、實は神明たちの防禦のリズムを崩し、扶桑の一撃を成功させるための策略だった。
それこそが扶桑の八階戰技――「腐毒之矢」である。
この技は命中した相手に持續的な損傷を與える特性を持つ。
神農氏が地に倒れ、戰鬥力を失ったことで、戰場の情勢は一氣に傾いた。
神農氏はもはや他の神明たちを支援することができず、治癒の手段も失われた。
その結果、神明側の防禦力と持久戰能力は著しく低下してしまう。
この狀況の中で、伏羲と盤古は背水の陣を敷く決意を固め、迷うことなく新たな攻勢に轉じた。
伏羲は、いまの戰況が一瞬の猶豫すら許さないことを誰よりも理解していた。
彼は迷うことなく地を蹴り、再び高空へと跳躍し、七つの太陽から放たれる攻擊へと真正面から突き進む。
その手に握られた雷光牙は、激しい雷電波動を放ち、まるで天を裂く雷鳴のごとく閃光を走らせた。
瞬間、彼は八階戰技――「雷霆飛燕」を發動する。
斬撃の瞬間、雷の奔流が空氣を震わせ、光の奔りが天を裂いた。
その雷電の閃光は、襲い來る太陽の攻擊をまっ二つに斬り裂き、激しい風浪と共に掻き消していった。
衝擊は凄まじく、空氣さえも震動し、周圍の空間が波紋のように歪む。
伏羲の身體は衝撃波を受けて震えながらも、その足は決して崩れなかった。
彼の瞳には、確固たる意志と不屈の光が宿っている。
そして、その雷電の斬擊はただ防禦するだけに留まらず、流れるような軌跡で三つの太陽を貫き、轟音と共に撃ち落としたのである。
同時に、盤古もまた伏羲の攻勢を巧みに利用し、他の太陽たちの防禦死角を見抜いた。
彼の步法は驚くほど正確で、無駄な動作は一切なかった。
盤古は全力で自身の力を解放し、驚異的な速度で敵の視線をかわすと、音もなくその背後へと迫った。
そして、鋼鐵のように鍛え上げられた巨腕を振り上げ、殘る四つの太陽へと拳を叩き込む。
八階戰技―「崩炎拳」。
それは灼熱の氣息を纏った一擊であり、放たれた瞬間、爆ぜるような衝擊波が空中に炸裂した。
その烈風は周圍の敵を容赦なく吹き飛ばし、空間そのものが軋み、震動を發した。
打ち砕かれた太陽たちは、まるで粉碎された玻璃のように四散し、その殘滓は奔流のように四方へと波及していった。
空氣は裂かれ、四顆の太陽の能量は煙霧となって空に溶け、彼らの肉體は崩れ落ちるように地面へと墜ちていった。
だが、扶桑はその一連の攻擊にも微動だにせず、むしろ冷たく笑みを浮かべ、素早く自身の位置を調整した。
彼はさらに高速な動きを見せ、盤古と伏羲の防禦の死角を突くようにして迂回し、ふたりがまったく警戒していない位置に立った。
その刹那、盤古と伏羲は異變に氣づくことすらできなかった。
扶桑の手に握られた弓はすでに極限まで弦が引き絞られており、放たれる瞬間には空氣すら震えるほどの殺氣を孕んでいた。
次いの瞬間、矢は稲妻のように閃き、轟音を伴って盤古と伏羲へと襲い掛かった。
その矢速は先程を遥かに上回り、威力も桁違いで、ふたりには避ける暇すらなかった。
「どうだ?」
扶桑の聲は冷たく、情を感じさせなかった。
それは、扶桑の八階戰技――「破空箭」であった。
その矢は稲妻のごとき速度で放たれ、盤古と伏羲は反應する間もなく、ただその閃光が自分たちの體を貫くのを見るしかなかった。
次いの瞬間、二人の身に激烈な痛みが奔る。
矢は容赦なく彼らの肉體を貫通し、その衝撃の力は凄まじく、ふたりの體を容易に吹き飛ばした。
彼らは力なく地面へと墜ち、重い音と共に土煙が舞い上がる。
その光景は、まるで天地さえも悲鳴を上げるかのようだった。
幸運なことに、女媧は一瞬の遲れもなく反應した。
盤古と伏羲が地面へと叩きつけられようとしたその刹那、彼女は素早く手を翳し、水球術を詠唱する。
次いの瞬間、巨大な水球が地面に出現し、落下する二人の身體をやわらかく包み込んだ。
水球はその內部で衝撃を吸收し、衝突の力を拡散させることで、ふたりを安全に受け止めた。
とはいえ、盤古と伏羲は扶桑の矢によって受けた激痛から、すぐには立ち上がることができなかった。
呼吸は荒く、胸が大きく上下し、體はなおも震え続けていた。
「ふん! この程度の攻擊にも耐えられないとは……失望したぞ。」
扶桑の聲は冷たく、しかしその奥には露骨な優越感と嘲笑が滲んでいた。
盤古と伏羲が苦痛に喘ぎながら地に倒れるのを見下ろし、彼はすでにこの戰いの結末が見えたかのように、勝利を確信していた。
――だが、その瞬間。
扶桑の表情が突如として歪んだ。
口元からは鮮血が勢いよく溢れ出し、彼は思わずその口を押さえた。
次いで、全身を走るような激痛が襲い掛かり、その身體は大きく震え始めた。
「なっ……なにが、起きている……?」
彼の全身は制御を失ったかのように痙攣し、まるで何か未知の力に侵蝕されているようだった。
「俺たちが――どうやって神明の座に至ったと思う?」
盤古は苦痛に歪む顔を上げ、血に濡れた唇から低く、しかし確かな聲を搾り出した。
重傷を負いながらも、彼はゆっくりと立ち上がり、その拳には再び力が宿る。
微笑みを浮かべる彼の表情には、苦痛よりも強き氣迫が漂っていた。
盤古は、自身の權能を發動―「傷害反擊」。
その效果は極めて單純――盤古が攻擊を受けた際、その損傷の二倍を攻擊者へと反射する。
つまり、扶桑が放つた一擊ごとに、彼自身が倍の痛みを味わうことになるのだ。
この不意の反擊は、確かに扶桑に深刻な損傷を與えた。
だが、その代償として盤古と伏羲も無傷では済まなかった。
二人の身體は依然として重傷を負い、呼吸も荒く、步みは鈍く、血が地面に滴り落ちていた。
それでも、彼らの瞳には――まだ戦意の光が宿っていた。
扶桑は口元の血を拭いながら、僅かに驚いたような笑みを浮かべた。
「ほう……驚いたぞ。まさか、そんな隠し玉を持っていたとはな。」
そう言いながらも、彼の聲には余裕が滲み、次いで低く冷笑を漏らす。
「だが――所詮、その程度だ。」
その眼差しは鋭く、冷酷な光が宿っていた。
どうやら先程の反擊も、扶桑にとって致命傷には至っていないようだった。
次いの瞬間、扶桑は兩手を大きく振り上げる。
それに呼應するように、撃ち落とされたはずの太陽たちが、黒煙を纏いながら再び浮かび上がり、眩い光の尾を引いて扶桑の身體へと吸い込まれていった。
やがて、太陽すべてがその身に融け込むと、扶桑の周圍に燃え上がる炎は瞬く間に勢いを増し、その色は赤から深い黒へと變化していった。
黒炎は大氣を歪め、戰場一面を灼熱の地獄と化した。
光は歪み、空氣は揺らめき、まるで世界そのものが熔岩の海へと變わっていくかのようだった。
「隠し玉を持っているのは――お前たちだけじゃない。」
扶桑の聲は冷たく、どこか底知れぬ威圧感を帯びていた。
「どうだ? これが俺の最終形態――“真實太陽”だ。」
その言葉が落ちると同時に、天地を覆うような火焰が立ち昇り、天空は瞬く間に灼熱の海と化した。
その頃、扶桑は遠方、亞拉斯の戦線を見やった。
四神獸のうち三體はすでに撃破されたものの、あの「大人」たちから授かった秘密兵器は見事にその力を発揮していた。
そのおかげで、最強の神獸である青龍は、常識を超える力を解放していた。
「ははっ、さすがは“あの方々(かたがた)”だ! こいつは最高だな!」
扶桑は興奮したように笑い、その目は狂気にも似た光を宿していた。
一方、亞拉斯は強化された青龍を前にして明らかに押されていた。
彼がどんな魔法や戦技を繰り出しても、青龍はそのすべてを容易く躱し、まるで戦場そのものを支配しているかのようだった。
その時、青龍は再び天を裂くような咆哮を上げ、口腔に先程を遥かに上回る魔力を凝縮させていく。
――九階魔法・幽光漩渦。
黒く渦巻く魔力球が青龍の口から放たれた瞬間、大氣は震動し、空そのものが歪む。
その一撃の威力は凄絶で、たとえ亞拉斯が避け切ったとしても――
聖王国全土が壊滅的な被害を受けることは避けられなかった。
扶桑が振り返ると、神々(かみがみ)も次の行動に移る準備を整えていた。
「なるほど、つまり今は君を倒せばいいということか。」
「言うのは簡単だが……本当にできるのか?」
その言葉が終わるや否や、扶桑は驚くほどの速さで伏羲へと突っ込んだ。女媧が展開した領域の中であっても、その威力も速さも、まるで衰えを見せなかった。
この姿となった扶桑の力は、伝説級のBOSSに匹敵するほどであった。神々(かみがみ)の実力は少なくとも八級以上に達していたが、能力を封じられた状態では、まるで歯が立たず、一方的に圧倒されるしかなかった。
扶桑の真の攻撃は、自身の拳から繰り出されていた。彼は力を溜め込むと、連続して止まることなくドリルのような拳を叩き込み、その勢いは刻が経つごとに凄まじさを増していった。彼の一撃一撃が、まさに破壊的な力を宿していた。
それに比べれば、先程までの攻撃は強そうに見えても、ただの準備運動に過ぎなかった。
扶桑があらゆる太陽を自らの体内に吸収したその瞬間、彼の力は完全に解放された。
彼の周囲に燃え上がる黒い炎はますます激しさを増し、体から溢れ出したエネルギーが圧倒的な気流となって戦場を駆け抜けた。それは、まるで超新星が爆発したかのように、灼熱の嵐を巻き起こし、四方を薙ぎ払っていった。
「こ、この力は……!」
伏羲は、扶桑の身から溢れ出す膨大なエネルギーを肌で感じ、思わず胸の奥がざわめいた。彼の目は見開かれ、信じがたい光景を前にして息を呑む。
攻撃を仕掛けようとするたびに、扶桑の拳が逆に襲いかかり、伏羲はその圧力に押し返されてしまう。もはや反撃する隙間すら、どこにも存在しなかった。
盤古もまた、その前代未聞の脅威を全身で感じ取っていた。彼の肉体は、押し寄せる強烈な圧力に耐えきれず、次第に異常を訴え始める。扶桑の攻撃は、彼の体の隅々(すみずみ)まで激しい痙攣を引き起こし、筋肉一筋一筋が悲鳴を上げていた。
盤古の持つ権能は、本来、受けた傷を相手へ反射するものであった。しかし、この瞬間、彼は痛感する――たとえその反撃の力を放とうとも、扶桑には一切通じない。
その反撃は、まるで砕けぬ壁に拳を叩きつけるようで、衝撃は虚しく消えていくだけだった。
その現実は、盤古の心に焦燥と不安を満たし、彼は初めて自らの力を疑い始めた。
「なぜだ……?」盤古の心は疑念に満たされ、脳裏には絶望の影が差していた。
彼の内側は、見えない鎖に縛られたかのようで、どれほどもがこうとも、眼前の窮地から抜け出せない。
その様子を見た扶桑は、冷酷で挑発的な笑い声を上げた。その笑いには、勝者の余裕と侮蔑が混じっていた。
彼はゆっくりと歩み寄り、その瞳には嘲りと軽蔑が宿る。
「ハハハハハッ! お前、なぜ自分の権能が私に通じないのか、不思議でたまらないんだろう? ならば、死ぬ前に教えてやろう!」
扶桑の表情はますます狂気を帯び、彼の周囲で燃え盛る炎は一段と高く燃え上がった。
「これこそが、この世界が私に与えた力だ。『真実太陽』の形態においてのみ発動するこの権能――反傷無効! つまり、いくら反撃しても、傷が通らなければ何の意味もないのだ!」
その言葉に、盤古は拳を固く握りしめ、指の関節が乾いた音を立てた。
彼はまだ自分に力が残されていると信じていた。だが、その力をどうしても引き出すことができない。
自らの能力が完全に封じられている現実の中で、盤古は初めて――真の意味で自分の無力を思い知った。
幸いにも、盤古と伏羲が懸命に牽制していたおかげで、扶桑はまだ女媧へ攻撃を加えることができなかった。もし彼が女媧を狙っていれば、その防御を失った彼女は一撃で倒されていたに違いない。
扶桑は女媧を攻めることなく、盤古と伏羲を相手に戦うことを楽し(たの)んでいるようであった。
彼の全身から溢れ出る強大なエネルギーは、依然として二人にとって圧倒的な脅威であり、抗うことすら難しかった。
たとえ女媧の防御力を授かっていたとしても、盤古と伏羲の体は扶桑の炎に焼かれ続け、まるで地獄の業火に身を置いているようだった。受ける損傷は大幅に軽減されてはいたが、それでも二人は耐えがたい激痛に顔を歪めざるを得なかった。
女媧の防御の加成も、二人の崩壊をほんのわずかに遅らせるだけだった。
やがて伏羲と盤古の体には、至るところに焼け焦げた痕が浮かび上がり、皮膚は黒く炭のように焦がれ、血肉は見るも無残に爛れていた。
一条一条の傷口は深く筋肉まで達し、痛みと熱が全身を蝕んでいく。
「全力を出さなければ――黄泉に落ちるのはお前たちのほうだぞ!」
扶桑は嗤いながら攻勢を強め、その一撃一撃がまるで死の宣告のように響いた。