(私たちは聖王国の居住小屋にいる)
私と緹雅は小屋の中で並んで座り、「衛星視野」を通して聖王国の戦闘の様子を静かに観察していた。
外は緊張の気配に満ちていたが、私たちはこの静かな小屋の中で、特別な道具を使い、遠隔から神明たちと扶桑との戦いを見守っていた。
「衛星視野」というこの道具は、遠距離の偵察や映像共有を可能にするが、その使用範囲は無限ではない。
距離には限界があり、自由に移動することもできず、固定された視点でしか観察できなかった。
そのため、私たちは戦場の奥に踏み込み、直接戦いの空気を感じ取ることはできなかった。
「わあ! 思ってたよりあの男、けっこう強そうじゃない!」
緹雅の瞳は輝き、声には興奮が満ちていた。
戦いの血がすでに彼女の体内で騒ぎ始めているようだった。
なぜだか分からないが、彼女はこうした戦闘の光景に特に強い興味を抱く。
激しい戦いを見るたびに、彼女はいつも自分もその中に飛び込みたくなるのだった。
「職業の特性から見ると、扶桑は奧斯蒙と似ているな。」
私は「鑑定の眼」を通して扶桑を詳しく観察し、その力と技能を分析していた。
「だが、防御の面では奧斯蒙よりも上かもしれない。」
私がそう言うと、他の者たちは思わず息を呑んだ。
扶桑の能力は奧斯蒙と似ている部分もあったが、防御力はそれを上回るほどに強大だった。
「衛星視野」による遠隔観察でさえ、その力の一端をはっきりと捉えることができた。
私の扶桑の能力に対する評価を聞いた妲己は、明らかに驚きを隠せない表情を見せた。
「なっ……何ですって? 奧斯蒙さまよりも強いのですか?」
彼女は目を大きく見開き、思わず声を上げた。
妲己たちにとって、奧斯蒙は十人の中でも最強に数えられる存在である。
もしそれと並び立つ者が現れたとすれば、それは間違いなく大きな脅威となる。
私は軽く首を振り、少しの沈黙のあと、静かに口を開いた。
「いや……私はただ、同じ職業の特性という観点から防御力を比べたにすぎない。
他の能力においては、やはり奧斯蒙のほうがはるかに上だ。」
奧斯蒙の防御力は私たちの中では最も低い部類に入るが、実際に彼へ傷を与えることはほとんど不可能だった。
奧斯蒙はゲーム内で負傷した経験がわずか五度しかなく、私たちの中では二番目に少ない。
そのうち一度は私によるもので、一度は姆姆魯、一度は亞米、そして残る二度は緹雅によるものだった。
最も少ないのは亞米で、彼は三度しか傷を負ったことがない。
その三度は、私、緹雅、そして芙莉夏によるものだった。
ゆえに、奧斯蒙の強さは実際に彼と相対してみなければ理解できない。
彼の攻撃力、速度、そして戦略の運用はいずれも卓越していた。
扶桑も優れた防御能力を持つが、他の面では奧斯蒙のような総合的な強さを示してはいなかった。
妲己は私の言葉を聞いて安心したようだった。
しかし、その直後に彼女はわずかに眉をひそめ、顔を私のほうへ向けた。
「凝里さま、出撃つおつもりはないのですか?」
彼女の声には、聖王国の神明たちがこの格の敵に対抗できるのかという不安がにじんでいた。
私は小さく息を吐き、現状を静かに思案した。
このような戦いに軽々(かるがる)しく介入すれば、我々(われわれ)の力を晒すおそれがある。
それに、相手の底が知れぬまま動くのは、あまりにも危険だ。
今は情勢を見極めるべき時だと判断した。
鑑定の結果を見るかぎり、あの男は蚩尤をも凌ぐ強者──
その彼が何を隠し持っているか、油断はできない。
「いや……相手の切り札が分からぬうちは、無闇に手を出すのは危険だ。」
緹雅は私の言葉を聞いても気に留めず、相変わらず興奮を帯びた表情を浮かべていた。
「じゃあ、私のスキルを使ってみるのはどう? この距離なら、制御も簡単だし。」
緹雅の幻象スキルは非常に強力で、彼女の真の実力を晒す心配はまったくなかった。
そのため、彼女は出撃つことに何の躊躇も抱いていなかった。
「だが……」
私はまだ迷いを拭えずにいた。
「大丈夫だって! 本気は出さないから。」
緹雅は軽く手を振り、まるで私が考えすぎだと言わんばかりに笑ってみせた。
「いや……私が心配しているのは、そこではない。」
私は緹雅を見つめながら言った。
「私が気にしているのは、相手がどんな切り札を持っているか分からないという点だ。
情報が不十分なままでは、もし前回のような事が起これば──
たとえ幻象であっても、私の心臓はもたない。
だから今は様子を見よう。相手の実力を確かめてからでも遅くはない。
それに、神明たちの力も観察できるしな。」
私は自分の懸念を正直に伝えた。
それは緹雅への心配だけでなく、戦局全体への慎重な警戒でもあった。
相手の底が知れぬうちは、軽率な行動は、むしろ我々(われわれ)をさらなる危機へと追い込むだけだった。
私の言葉を聞いた緹雅は、静かに身を翻し、顔を背けた。
その頬はこれまで以上に赤く染まり、どうやら彼女は私の言葉を自分なりに別の意味で解釈してしまったようだった。
彼女は何も言わなかったが、すでに私の胸の内にある懸念を理解していた。
それ以上強いて言い返すこともなく、静かに腰を下ろして座った。
しかし、私が気づかなかったのは、妲己と三姉妹たちが背後でそっと笑っていたことだった。
彼女たちの笑声は小さく空気の中に響き、明らかにこの光景を察してのものだった。
彼女たちは私たちが気づいていないと思っていたが、緹雅はすでに気づいていた。
緹雅は目を見開き、顔を真紅に染めると、勢いよく振り返った。
次の瞬間、彼女は照れ隠しのように三人の肩を思い切り叩いた。
その動作は怒りというより、恥ずかしさを紛らわせるような、どこか愛らしいものだった。
発狂した四体の神獸は、「聖光の制裁」が消えた後も暴走を止めることはなかった。
亞拉斯は神明たちの指示を受け、すぐさま騎士団長たちを率いて全力の鎮圧に乗り出し、王都への脅威を防いだ。
かつて王国を護っていたこれらの神獸は、今や制御を失った怪物と化し、無情に周囲すべてを襲っていた。
光が消え去った後も、聖王国の兵士たちは警戒を緩めることはなかった。
むしろ彼らは一層の緊張感をもって臨み、兵士としての本分を見事に示していた。
先程扶桑に大きな打撃を受けたばかりの亞拉斯だったが、目前の状況を前にしても、その眼差しには確固たる自信が宿っていた。
両手で弓の身をしっかりと握りしめ、四体の神獸を鋭く見渡す。
彼は知っていた──
この守護獸たちを早く鎮圧しなければ、王都はすぐに壊滅してしまうだろうと。
「神明さまがこの戦場を我々(われわれ)に託された以上、決して神明さまを失望させるわけにはいかない!」
亞拉斯は高らかに声を張り上げ、その言葉は炎のように兵士たちの心を燃え上がらせた。
その一語一語が、騎士団長たち一人ひとりの胸に強烈な鼓舞を与える。
亞拉斯の背後に並ぶ騎士団長たちは、その声を聞いて士気が大きく高まった。
彼らは力強く構え直し、手にした武器を打ち鳴らせ、鋭い金属音が戦場に響き渡った。
亞拉斯はこれまで、どこか尊大で、常に軽んじたような表情を浮かべることが多かったため、私たちには少し傲慢な印象を与えていた。
だが、今この場面で見せた彼の指導力と判断力は、誰もが認めざるを得なかった。
何よりも、亞拉斯は決断に迷いがなく、常に最も重要な瞬間において的確な指示を下す。
その姿勢こそが、騎士団長たちすべてが彼を深く敬う理由の一つであった。
扶桑が放った精神魔法「聖光の制裁」は、精神を支配する力を持っていたが、個体を完全に操ることはできなかった。
そのため、四体の神獸たちの攻撃パターンは実のところ単調であった。
青龍は東方の空を絶え間なく旋回し、鋭い爪を振るいながら周囲すべてを引き裂こうとしていた。
白虎は王城の街路を暴れ回り、その猛き体当たりで建物までも次々(つぎつぎ)と崩していく。
朱雀と玄武もまた抑え難い狂気に呑まれ、理性を失っていた。
彼らの暴走は戦場全体をさらなる混沌へと陥れ、聖王国の地を修羅のごとき光景へ変えていった。
それでも亞拉斯は少しも慌ててはいなかった。
暴走した守護獸たちは、見かけほど対処が難しい相手ではなかったからだ。
四体の神獸の攻撃は確かに強力だが、攻撃の型を読み取ることができれば、十分に反撃の糸口を掴むことができる。
亞拉斯は即座に決断を下し、戦場の状況を素早く分析して、周囲の団長たちへ指示を飛ばした。
「準備を整えろ、すぐに行動を開始する!」
亞拉斯の鋭い号令が、戦場全体に響き渡った。
亞拉斯はすぐさま七階戦技――「漩渦箭」を発動した。
それは強力な風の元素を帯びた矢であり、目標の移動能力を封じる特性を持っていた。
この戦技の特徴は、矢が放たれた瞬間に目標の周囲へ強大な気流の渦を生み出し、その移動速度を徹底的に奪う点にあった。
その風渦は時に嵐の中心へと敵を閉じ込めるほどの力を持つ。
亞拉斯の矢は、暴走する玄武を狙って放たれた。
その時、玄武は重厚な甲羅で大地を何度も叩きつけ、凄まじい衝撃で周囲の建物を次々(つぎつぎ)と粉砕していた。
矢が玄武へと迫った瞬間、周囲の空気が歪み、玄武の四肢は急速に重くなった。
元より鈍重なその動きは、いっそう緩慢なものとなる。
矢が命中すると同時に、強大な風の元素が玄武を包み込み、その動作を大幅に鈍らせた。
激しい風渦は玄武をその場に縛りつけ、いかに暴れようとも、その風暴の束縛から逃れることはできなかった。
玄武の咆哮には怒りが滲んでいたが、その嘆きも風にかき消されていった。
漩渦箭が玄武の動きを見事に封じたのを確認すると、亞拉斯はすぐに部隊へ指示を下した。
それに応えて、派克、索拉、そして艾瑞達の三名の騎士団長が連携して組合わせ魔法――「泥牢」を発動した。
無数の泥土が地面から湧き上がり、玄武を包み込むようにしてその巨体を縛り上げる。
あっという間に玄武の足元はぬかるみと化し、その行動は完全に封じられた。
玄武の巨大な身体は泥に飲み込まれ、いかに身を震わせても、もはや一歩たりとも前進できなかった。
「やったぞ!」
派克の声には喜びが滲んでいた。
「まだ終わっていない! 急げ、支援を続けろ!」
艾瑞達は即座に騎士団の他の者たちへ命令を飛ばし、玄武が再び逃げ出さぬよう万全の態勢を取らせた。
玄武の制御に成功すると、亞拉斯は再び弓を引き絞り、狙いを定めた。
今度の標的は白虎である。
白虎は俊敏に動き回っていたが、王都の地下に張り巡らされた建築構造が行動の自由を奪い、その巨大な身体を十分に生かせずにいた。
亞拉斯はその一瞬の隙を逃さなかった。
彼は矢を放ち、再び七階戦技――「漩渦箭」を発動した。
矢から放たれた風暴は白虎の巨体を直撃し、その全身を渦のような風が包み込んだ。
白虎は激しく咆哮し、束縛を振り払おうとしたが、亞拉斯の攻撃によってその機動性は大幅に削がれていた。
亞拉斯は後羿弓の加護のもと、正確にその軌道を見切り、再度の一撃を命中させた。
白虎の動きは完全に封じられ、反撃する力を失った。
二体の神獸の制圧に成功したのを受け、騎士団長たちはすぐさま連携し、両者を確実に拘束して地上の脅威を抑え込んだ。
だが、青龍と朱雀はいまだ天空を自由に舞い、依然として制御不能の脅威として残っていた。
上空を旋回する青龍と朱雀は、亞拉斯の放つ矢を容易くかわしていた。
それは亞拉斯にとっても予想の範囲内のことだった。
青龍と朱雀は、聖王国の四方を護る神獸の中でも特に強大な存在であり、常人の想像をはるかに超える速度と敏捷さを備えていた。
その動きはまるで稲妻のごとく、一たび舞えば空気さえ震わせる威圧感を放っていた。
彼らを射抜くことは、容易なことではなかった。
亞拉斯の矢は空を切り裂いて飛んだが、朱雀はそれを軽々(かるがる)と回避した。
全身を炎に包まれた朱雀は、飛翔するたびに流星のような光跡を残し、瞬時に進路を変えて亞拉斯の攻撃をすり抜けた。
「気をつけろ! 朱雀が攻撃に移る!」
亞拉斯の目が鋭く見開かれた。
朱雀は突如旋回を止め、勢いよく上空へと飛翔したのだ。
高みを取り、そこから一撃で全てを焼き尽くそうとしているかのようだった。
その瞬間、朱雀の体躯は空の中でさらに膨張し、羽の一本一本が燃え上がるように光り輝いた。
それはまるで天を焦がす炎の化身であり、灼熱の流光となって天空を駆け上っていった。
「霏亞、艾洛斯洛! 援護を頼む!」
亞拉斯は大声で叫んだ。
彼はよく分かっていた――自分ひとりの力では、朱雀のこの強力な一撃を防ぎ切れないことを。
「了解!」
霏亞と艾洛斯洛の声がほぼ同時に響き渡った。
二人の騎士団長は即座に連携し、協同魔法を発動した。
この時、朱雀の速度はすでに極限に達していた。
一瞬のうちに上空の雲層を突き抜け、真っ直ぐに天を貫き、ついに全力の攻撃を放つための高度へ到達した。
その瞬間、亞拉斯もまた、異様な気配を敏感に感じ取った。
朱雀の咆哮が天際に轟き、炎と雷鳴を伴って響き渡る。
その全身から放たれるエネルギーは、まるで今にも噴火しそうな火山のようであった。
そして朱雀は翼を大きく震わせ、次の瞬間――その身体から炎のような光波が爆発的に放出された。
その炎はあらゆるものを呑み込み、まるで王国そのものを焼き尽くそうとしているかのようだった。
それは朱雀の七階魔法――「炎鳥天墜」であった。
その炎は万鈞の雷のごとく空を裂き、上空から地上へと叩きつけられた。
放たれるエネルギーの波動はあまりにも巨大で、ただその気迫だけでも場にいるすべての者の息を奪うほどだった。
騎士団の誰もが、その朱雀から放たれる圧力を肌で感じていた。
その威圧感はまるで天から押し寄せる災厄のようで、胸を締めつけるような息苦しさを伴っていた。
初めてこの技を目にする者にとっては、その圧倒的な迫力だけで膝が震え、恐怖に心を支配されるには十分だった。
しかし、この圧倒的な力でさえ、聖王国の騎士団の誰一人として恐怖を覚えることはなかった。
それは、彼らがつい先程、この攻撃をも凌ぐほどの威圧をすでに体験していたからである。
彼らの脳裏に浮かんだのは、ただ一つの存在――金色の死神と呼ばれる緹雅の姿であった。
つい先日の緹雅との対決を思い返すだけで、この程度の力ではもはや動揺することはない。
今この瞬間、彼らの胸中にあるのは、ただ一つ――
自分たちの国を護り抜くという、揺るぎなき決意であった。
「俺たちは負けない!」
亞拉斯は力強く叫び、揺るぎない眼差しで戦術を即座に組み直した。
朱雀の攻撃が戦場を焦土に変えようとも、彼は冷静さを失わず、ただ最適な瞬間を待ち続けていた。
そして、朱雀の炎が地上へ降り注ごうとしたその刹那、亞拉斯は機を見て、自身の八階魔法――「海噬」を発動した。
それは神明との修行によって得た成果であり、津波のごとき膨大な水の力を召喚し、すべてを呑み込む奔流で圧し潰す魔法であった。
亞拉斯の詠唱と共に、天空の雲層が激しく渦を巻き、滾々(こんこん)と湧き上がる大水流が姿を現した。
やがて、その洪流は天から奔り落ち、まっすぐに降下してくる朱雀めがけて激突した。
亞拉斯は全神経を集中させ、手に握る弓弦を再び引き絞った。
高く響く弦音が空を裂き、その音と同時に海洋の力が爆発的に解き放たれた。
同じ頃、艾洛斯洛もまた五階魔法――「岩碎連撃」を発動し、朱雀に対して絶え間ない損傷を与えた。
弓矢の放つエネルギーに導かれた水流は、滝のように怒濤となって朱雀へと襲いかかる。
その奔流は朱雀の速度を抑え、燃え盛る炎をも打ち消そうとした。
朱雀は瞬時に洪流へと呑み込まれ、全身を水の奔流に打たれながらも、なお激しくもがき、必死にその束縛から逃れようとした。
霏亞も同時に五階魔法――「召雷」を発動した。
雷霆の力が天より降り注ぎ、海水の奔流と交錯して、耳を劈く轟音を響かせた。
雷撃は水流に捕らわれた朱雀を直撃し、瞬時にその身を麻痺させる。
強烈な電流が朱雀の全身を駆け抜け、翼は制御を失い、均衡を崩した朱雀は空から急落した。
「今だ、押さえ込め!」
亞拉斯が即座に号令を発した。
騎士団の団員たちは一斉に行動を開始する。
朱雀は激しくもがき抵抗したが、その体力はすでに限界に達しており、全身は麻痺によって動きを失っていた。
やがて、朱雀は地上へと墜落し、その巨体が叩きつけられた衝撃で、王都の大地に亀裂が走った。
朱雀が無力に倒れると同時に、騎士団の団員たちは素早く包囲を完成させ、ついにその身を完全に制圧した。
しかし、その時まだ一つの脅威が空中を旋回していた。
天空にいる青龍は落ち着かず、荒れ狂うように蠢いていた。
先程、亞拉斯の攻撃は同時に青龍をも狙っていたが、青龍はそれを容易に回避していた。
「この程度の攻撃は、青龍の前では意味がない。」
亞拉斯は冷静に言った。
「なぜです?」
若い騎士団長の一人が問い返す。
「青龍は四神獣の中で、唯一“権能”を持つ神獣だ。
その権能の名は『龍識破律』――あらゆる技の隙を見抜き、即座に回避できる。」
若手の騎士団長や団員たちは、青龍の能力を実際に見たことがなかった。
だが、艾瑞達、康妮、傑洛艾德といった歴戦の団長たちは、かつて亞拉斯と共に青龍の力を目撃した経験があった。
「では、どうすれば……?」
最も動揺していたのは、新任の騎士団長である迪亞だった。
初陣ゆえに、この状況には不安を隠せなかった。
「心配するな。対策はすでに考えてある。
桃花晏矢と逍遙は、俺を援護してくれ。」
「了解!」
亞拉斯は依然として落ち着き払った態度を崩さなかった。
彼は青龍がいかに強大な存在であるかを理解していた。
神獣の力は、どれほどの人間であっても容易に抗えるものではない。
だが――彼は“ただの人間”ではなかった。
亞拉斯は、聖王国において最強の男であった。
彼の記憶には、かつて青龍が一度だけ暴走した時の光景が鮮明に残っている。
その時彼らは暗の元素の力を用い、一時的に青龍の視界を奪い、行動を封じることに成功したのだ。
だから今回も、亞拉斯の計画は同じ手順で進むはずだった。
この程度のことなら、亞拉斯にとってはさほど困難ではない。
しかし、亞拉斯は突如、空気に微妙な違和感を覚えた。
それはまるで、一本の細い弦が極限まで張り詰められ、今にも切れそうな緊張感であった。
彼はすぐに異変に気づく。
青龍の動きが明らかに変わり、口をわずかに開いて光の元素を凝縮し始めていた。
亞拉斯の眉が鋭く寄る――彼はその魔力の性質が尋常ではないことを即座に悟ったのだ。
「違う! 今回はまったく状況が違う!」
亞拉斯は心中で警鐘を鳴らし、同時に大声で命令を下した。
「全員! 遮蔽物を探せ! すぐに掩護態勢を取れ!」
――九階魔法・「光之流星」。
青龍は空中に向かって光球を発射した。
その光球は瞬間に爆裂し、無数の小さな光流へと分裂していく。
それらは夜空の星のように輝きながら、地上にいるすべての目標へと一斉に降り注いだ。
亞拉斯は目を見開き、光の流星が降り注ぐ光景を凝視した。
その胸の鼓動は微かに震えている。
「なぜだ……? なぜあいつが、この魔法を使える……?」
亞拉斯の心は衝撃に満ちていた。
彼は自分の目を疑いたくなるほどに信じられなかった。
彼の記憶の中で、青龍はこのような能力を持ってはいなかった。
この魔法は、明らかに青龍の常規を遥かに超えた力であった。
混乱の最中、亞拉斯の視線は、思いがけない発見に引き寄せられた。
青龍の首元に、かすかに輝く一本の首飾りが見えたのだ。
その首飾りには紫色の水晶が吊り下げられており、妖しく光りながら、不穏な輝きを放っていた。
それはただの魔法エネルギーではなかった。
むしろ何か禁忌の力のようであり、周囲の空気と共鳴しながら、青龍の魔力と絡み合うように光りを増していく。
亞拉斯の心臓は激しく鼓動し、直感で悟った。
――この紫色の水晶こそが鍵だ。
青龍の力が異変を起こした原因であり、さらに言えば、これは誰かが意図的に仕掛けた罠なのだ。
彼が思考を巡らせる間にも、再び強大な魔力の波動が襲い来た。
空間そのものが圧縮されるかのような重圧が走り、亞拉斯は一瞬にして息を詰まらせた。
水晶から放たれる光はさらに強さを増し、その光波が広がるにつれて、青龍の身体に驚異的な変化が起こり始めた。
もともと純白であった龍鱗は、水晶の魔力によって徐々(じょじょ)に黒く染まり、やがて深淵の闇のように光を呑み込んでいった。
それだけではない。
青龍の鬣毛もまた変貌した。
金色に輝き、穏やかで柔らかだった長い鬃毛は、一瞬にして淡紫色へと変わり、まるで暮光の中に咲く紫羅蘭のように、神秘的な光彩を放った。
その色の変化は、単なる外見の変化に留まらず、青龍の内に宿る力そのものへと影響を及ぼしていた。
言葉では言い表せない気配が立ち昇り、まるで青龍の体内から別の強大な存在が目覚めつつあるかのようだった。
そして、水晶の力が爆発的に解放されるとともに、青龍の気配は一層濃くなり、まるで滔天の大波のごとく、周囲の空間すべてを引き裂いた。
その力は、もはやかつての純粋な「龍の威厳」ではなかった。
それは――神秘でありながら、同時に恐怖そのものを孕む存在へと変貌していた。
「最初の鑑定結果では、四神獣たちは九階魔法を使う能力を持っていなかったはずでは?」
妲己が首を傾げながら疑問を投げかけた。
三姉妹たちも同様に顔を見合わせ、困惑の色を浮かべる。
「もう一度、よく見てみて。」
「……あれは、あの首飾りのせい、なの?」
「その通り。」
緹雅の言葉に、私は説明を加えた。
「おそらく、あれは神器『越位水晶』だ。
この神器は、本来の能力範囲を超えた上位階級の魔法を使用できるようにする効果を持っている。
ただし、最大で二つ上の階位までしか使えず、その分魔力の消耗は通常の二倍になる。」
「効果そのものだけ見れば、神器の中でもかなり強力な部類だと思う。
十級の私たちには無用だけど、低い階級のプレイヤーにとっては、まさに勝敗を分ける切札になり得る。」
「……ふふ、持って帰らないのは、ちょっともったいないかもね。」
緹雅はそう言って、意味深な笑みを浮かべた。