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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第一巻 第二章 出発前の準備-1

わたし人生じんせいは、もともと困難こんなんちていた。

「DARKNESSFLOWダークネスフロー」というゲームをあそんでいた数年間すうねんかんで、私は大切たいせつ仲間なかま出会であい、かれらを家族かぞくのようにおもうまでになった。

そのわたしたちは 瑞丹(ズイダン)耶夢加得イェモンガドたおしたが、原因げんいん不明ふめいのまま、公会基地こうかいきち転送てんそうされる途中とちゅうべつ世界せかいへとばされてしまった。

さらにわるいことに、転送てんそうされたのはわたし緹雅(ティア)芙莉夏フリシャ三人さんにんだけで、公会内部こうかいないぶもどれたものの、ほか仲間なかまたちとは連絡れんらくれなくなってしまった。

そして、この場所ばしょのすべてがおおきく変化へんかしているのを、はっきりとかんれたのだった。


いま状況じょうきょうわたしあたま混乱こんらんさせていた。とく転送てんそう瞬間しゅんかんなに混乱こんらんした情報じょうほう強制的きょうせいてきわたし意識いしきながんできたのをはっきりとかんじたのだ。

視覚しかく聴覚ちょうかくへの衝撃しょうげきだけではなく、耳元みみもとには曖昧あいまいひくこえひびわたっていた。それはまるではなしかけているようでもあり、呪文じゅもんのようなささやきでもあった。そしてたしかにこえこえた。

そうだ、こえ! あのさけごえ一体いったいなんだったのか?

まったからない……あたまいたい!

私はひたいさえ、くずちそうな思考しこう必死ひっしささえようとした。

ただひとたしかなのは、わたし身体からだがすでにゲームないのキャラクターの姿すがたになっているということだった。動作どうさ感覚かんかくきわめて現実的げんじつてきで、まるで元々(もともと)これが自分じぶん身体からだであったかのように、本能的ほんのうてきあやつることができた。

あまりにも奇妙きみょうだ! 変換へんかんはやすぎて、まるで準備じゅんびするひまもなかった。

一緒いっしょ転送てんそうされた 緹雅(ティア)芙莉夏フリシャ はどうなっているのだろう?

二人ふたり転送後てんそうご異常いじょうせず、あわてることもなかった。とく芙莉夏フリシャおどろくほど冷静れいせいで、その反応はんのうはむしろおそろしいほどだった。やはり 芙莉夏フリシャ というべきか。


いまわたしたちがまずおこなうべきことは、周囲しゅうい状況じょうきょう内部環境ないぶかんきょうがどれほど変化へんかしているのかを確認かくにんすることだった。

わたしたちの公会基地こうかいきちはこんなにひろいけど、どう分担ぶんたんすればいいだろう?」

私は 緹雅(ティア)芙莉夏フリシャ に問いかけた。こえにはすこあきらめのいろじっていた。

これほど大規模だいきぼ基地きちが、いままで一度いちど経験けいけんしたことのない徹底的てっていてき調整ちょうせいけたのだから、わたしこころにも不安ふあんがあった。

たしかに、それは難題なんだいね。」

緹雅(ティア)まゆがわずかにった。彼女かのじょまえ地図ちずつめながら、各区域かくくいきをどう区切くぎるべきかをかんがえているようだった。

普段ふだんつね気楽きらく自由じゆう態度たいどくずさない彼女かのじょだが、いま状況じょうきょうではさすがに不安気ふあんげえた。


「では、老身ろうしんめようぞ!」

最初さいしょ沈黙ちんもくやぶったのは 芙莉夏フリシャ であり、彼女かのじょまようことなく自分じぶんあんしめした。

そのいつも柔和にゅうわ態度たいどとはちがい、この瞬間しゅんかん彼女かのじょ特別とくべつ果断かだんであった。異世界いせかい転移てんいしても冷静沈着れいせいちんちゃく頭脳ずのうたもち、わたし緹雅ティア不知不覚ふちちふかくのうちに彼女かのじょたよってしまった。

簡単かんたんえば、みっつの部分ぶぶんけるのだ。緹雅ティアなんじ海特姆塔(ヘトムタワー)状況じょうきょうくわしいゆえ、そちはそれをまかされよ! ついでに外周がいしゅう環境かんきょう異常いじょうがないかも調査ちょうさせよ。」

芙莉夏フリシャ一瞬いっしゅん言葉ことばり、わたし視線しせんうつし、つづけてった。

老身ろうしん艾爾薩瑞エルサライ十大神殿じゅうだいしんでん内部環境ないぶかんきょう確認かくにんになおう。なにしろ老身ろうしん当初とうしょ製作せいさくたずさわったとく老身ろうしん担当たんとうであった第九神殿だいきゅうしんでんは、きわめて厄介やっかい複雑ふくざつ領域りょういきゆえな。」

彼女かのじょ口調くちょうにはわずかに自信じしんにじんでいた。彼女かのじょにとっては、かんがえるまでもないほどしたんだ事柄ことがらなのだ。

「そして 凝里ぎょうりなんじ王家神殿おうけしんでん巻軸製造所けんじくせいぞうしょ、それに宝蔵金庫ほうぞうきんこまかされよ。」


「これではあねうえ巡視範囲じゅんしはんいひろすぎませんか?」

緹雅ティアおもわず疑念ぎねんくちにした。まえ芙莉夏フリシャ分担ぶんたん負担ふたん過大かだいえ、心中しんちゅうではどうしても気掛きがかりだった。

問題もんだいない。大体だいたい様子ようするだけでよい。各神殿かくしんでん状況じょうきょう老身ろうしんだれよりも把握はあくしておる。」

芙莉夏フリシャ返答へんとう簡潔かんけつかつ力強ちからづよかった。

「では、芙莉夏フリシャとおりにしよう! 最後さいごに我々(われわれ)で会議室かいぎしつあつまり、はなしえばよい。」

ここまでて、わたしにもほか方法ほうほうおもいつかず、結局けっきょく芙莉夏フリシャ意見いけんしたがうことにした。

緹雅ティアのちほどはなすべきことがある。」

芙莉夏フリシャ は、まだ確認かくにんすべき事柄ことがらのこっているようだった。


このようにして、緹雅ティア はハイテムとう外周環境がいしゅうかんきょう巡視じゅんしまかされ、芙莉夏フリシャ はエルサライ十大神殿じゅうだいしんでん巡視じゅんし担当たんとうし、そしてわたし王家おうけ神殿しんでん巻軸製造所けんじくせいぞうしょ宝蔵金庫ほうぞうきんこ巡視じゅんしうことになった。

我々(われわれ)は一時間後いちじかんごふたた会議室かいぎしつあつまり、それぞれの情報じょうほう統合とうごうすることを約束やくそくした。


私はまず、つい先ほどたおした 耶夢加得イェモンガド のすべての戦利品せんりひん慎重しんちょう金庫きんこおさめ、そののち金庫きんこないのすべての宝物たからもの清点せいてんはじめた。

これらの宝物たからものわたしにとって、一つ一つがえることのできない意義いぎっている。

私はそのなかのいくつかの物品ぶっぴんをそっとでながら、こころなかにかつてともたたかった日々(ひび)の記憶きおくかんできた。

金庫きんこ内部ないぶ設置せっち物品ぶっぴんは、基本的きほんてき普段ふだんゲームのなかていた姿すがた大差たいさなく、さらにはそのなかの一つ一つの装置そうち機能きのうさえも依然いぜんとしてゲームのときおなじであり、まるでなにわっていないかのようであった。


しかし、わたしにとって、この金庫きんこおさめられているのは、たんなる物質的ぶっしつてき宝物たからものだけではない。

一つ一つの物品ぶっぴん背後はいごには、わたし仲間なかまたちとのふかおもかくされている。

とも古代こだい神殿しんでん探索たんさくした秘宝ひほう世界級せかいきゅうBOSSボス挑戦ちょうせんし、あせ笑顔えがおまじった限定道具げんていどうぐ、さらには無数むすう公会こうかい活動かつどうちからを合わせて獲得かくとくした勲功くんこう

これらの道具どうぐは、一見いっけんするとつめたい物品ぶっぴんぎないが、わたしがそれらを一つ一つならなおすたびに、こころなかかずれないあたたかさと感動かんどうあふれていく。

金庫きんこおさめられたこれらの宝物たからものつめながら、わたし内心ないしんにはおさえきれないつよ感情かんじょうが込みこみあがってきた。


それらは仲間なかまたちとともつくげたおもであり、ときっても色褪いろあせることはない。かたは、みなかたならべてたたかった日々(ひび)をおもす。時折ときおり衝突しょうとつ摩擦まさつがあったとしても、ひとひとつの不愉快ふゆかい瞬間しゅんかんは、あのたのしかったおもによってすべて上回うわまわられているのだ。

この仮想かそう世界せかいで、かれらは現実げんじつよりもふかきずなきずげた。その感情かんじょうは、かたにとっていまはなすことのできないものだ。

そのときつよ決意けついかたむねがった。

かたっている。前方ぜんぽうみちがどれほど困難こんなんであろうとも、かれはすべての仲間なかまを、かれらがどこにいようとつけさなければならない。きずなとこれらのおもは、いかなる仲間なかま危険きけんわせることをかたゆるすことができない。

かれ決意けついかたくした。どんな代償だいしょうはらおうとも、すべてのものつけし、たしかに届けるつもりだ。


道具どうぐえたのちかたかんがはじめた。元々(もともと)ゲームないのNPCは自我意識じがいしきっていたが、いまかれらもたしておなじなのだろうか。おそらく、かれらの設定せってい最初さいしょかれらをつくったものふかかかわっているのだろう。どうやら、公会こうかい資料しりょう保管ほかんされているものして必要ひつようがありそうだ。

かた金庫きんこ最奥さいおうちいさな部屋へやへとあるみをすすめた。そこは一見いっけん雑然ざつぜんとしており、平凡へいぼん道具どうぐしかかれていなかった。だが、らかった道具どうぐただしい位置いちもどすと、かくされた通路つうろひら仕組しくみになっている。しかし、配置はいちあやまれば自動的じどうてきわな作動さどうし、海特姆塔ハイトムとう入口いりぐち転送てんそうされてしまうのだ。

その通路つうろさきにはちいさな密室みっしつつながっており、そこには公会こうかい最上級さいじょうきゅう道具どうぐ安置あんちされていた。かたなかでしばらくさがまわり、もっと重要じゅうよう資料袋しりょうぶくろつけそうとした。だが、いくらさがしても見当みあたらなかった。

「おかしいな……たしかにここにいたはずなのに。」

かたおもかえした。ながあいだおとずれていなかったため、ほかだれかに不要品ふようひん勘違かんちがいされ、てられてしまったのかもしれない、と。

いつまでもかんがえても仕方しかたがない。かたはなかるさわりながら、宝物庫ほうもつこあとにした。


宝物庫ほうもつこあとにしたかたは、そのあし巻軸製造所けんじくせいぞうしょへとかった。

この場所ばしょは、公会こうかい拠点きょてん獲得かくとくしたさい特別とくべつにシステムから付与ふよされた専用施設せんようしせつだとつたえられている。

ほか場所ばしょとはことなり、ここには特別とくべつ規則きそくがあった。異次元結界帽いじげんけっかいぼう着用ちゃくようしなければ出入でいりはできず、さもなければ巻軸製造所けんじくせいぞうしょ正確せいかく位置いち永遠えいえん探知たんちすることは不可能ふかのうなのだ。その帽子ぼうしは、まるで巻軸製造所けんじくせいぞうしょいたるためのかぎのような存在そんざいだった。

結界帽けっかいぼうかた責任せきにんって保管ほかんしている。すべてが順調じゅんちょうであれば、なに問題もんだいこらないはずだった……。


「ドンッ!」

――うん……正直しょうじきおどろきはしないな。


とびらひらいた途端とたんおおきな衝撃音しょうげきおんひびき、つづいて爆発音ばくはつおんとどろいた。けむり瞬時しゅんじとびら内側うちがわからあふしてくる。かたまゆをひそめ、こころなかでつぶやいた。

「こういう状況じょうきょうほうが、むしろ一番いちばん普通ふつう”なのかもしれないな。」

やがてけむりれると、そこには緑色みどりいろ長髪ちょうはつち、しろ実験衣じっけんいまとった小悪魔こあくまゆかたおれていた。

そのものこそが、巻軸製造所けんじくせいぞうしょ最高管制官さいこうかんせいかん――可可姆ココムであった。


可可姆ココムはここで、すべての巻軸まきじく製作過程せいさくかてい監視かんしする役割やくわりになっていた。このような状況じょうきょう多少たしょうおどろくべきことではあるが、けっして予想外よそうがいというわけではなかった。

「DARKNESSFLOWダークネスフロー」というゲームでは、かく公会こうかい特別とくべつなポイントをもちいて、自分じぶんたち専属せんぞくのNPCを創出そうしゅつすることができた。これらのNPCの外観がいかんモジュールは本来ほんらい固定こていされていたが、衣装券いしょうけん特注券とくちゅうけん購入こうにゅうすることで、その容姿ようし変更へんこうすることが可能かのうだった。そして、これらのキャラクターの能力のうりょくもまた、特別とくべつなポイントを消費しょうひしてはじめて強化きょうかできたのである。

当初とうしょわたしたちは製作過程せいさくかていにおいてあやまっておなじような外見がいけん機能きのうつキャラクターをつくってしまわないように、それぞれがえらぶべきキャラクターモデルを相談そうだんし、さらにおのおののキャラクターがそなえるべき能力のうりょくについてはなった。

このような綿密めんみつ計画けいかくによって、余計よけい混乱こんらんけ、すべてのNPCが確実かくじつ役立やくだつようにすることができたのだ。

まえ可可姆ココムつめながら、かたはふと微笑ほほえんだ。こころなかおもう――これもまた、自分じぶんたちが当初とうしょ丹念たんねん設計せっけいした成果せいかなのだと。たとえ時折ときおりすこしばかり「予想外よそうがい」な出来事できごとこすことがあったとしても。


可可姆ココムかた設計せっけい担当たんとうしたNPCであった。このしゅのNPCは、最初さいしょ種族しゅぞくえらさい五大種族ごだいしゅぞく以外いがい種族しゅぞく選択せんたくすることができた。抽籤ちゅうせんによって決定けっていしたにもかかわらず、かたてたのは、なんと「魅魔サキュバス」という種族しゅぞくだったのだ。

可可姆ココム等級とうきゅうは10であり、すべての元素属性げんそぞくせいあつかうことができる。

そして職業特性しょくぎょうとくせい――「治癒ちゆおう」をゆうしていた。

彼女かのじょ戦士値せんしちは0、魔導士値まどうしちは1000であり、治療ちりょう薬物応用やくぶつおうよう、さらには巻軸まきじく使用しよう製作せいさくにおいて、みぎものはいなかった。

わたしたちがつくげたすべてのキャラクターのなかで、唯一ゆいいつ戦闘技能せんとうぎのう一切いっさいたない完全かんぜん支援しえん専門せんもん存在そんざいであり、その特化とっか徹底的てっていてき支援しえん治癒ちゆ集約しゅうやくされていた。


支援系技能しえんけいぎのうくわえ、かたはさらに可可姆ココム多言語たげんご習熟しゅうじゅくする能力のうりょくあたえた。そのおかげで彼女かのじょ世界各地せかいかくち生物せいぶつ文明ぶんめい容易ようい理解りかいできるのだ。

さらにかたたくわえてきた研究知識けんきゅうちしきのすべてを可可姆ココムたくした。ゲーム内外ないがいわず、薬物やくぶつ製作せいさくから研究理論けんきゅうりろんいたるまで、彼女かのじょ幅広はばひろ理解りかいしている。

その知識ちしきがゲームないにおいて直接ちょくせつてき影響えいきょうあたえることはなかった。だが、この世界せかいでは、それがおもいがけないかたち役立やくだつかもしれない。何故なぜなら、この世界せかい規則きそく元来がんらいのゲームと完全かんぜんには一致いっちしていないからだ。


普段ふだん可可姆ココムはこの巻軸製造所けんじくせいぞうしょこもりきりであり、わたしたちが巻軸まきじく製作せいさくしようとするときは、すべて彼女かのじょまかせていた。

たしかに可可姆ココム巻軸製造所けんじくせいぞうしょ管制官かんせいかんではあるが、実際じっさいのところ彼女かのじょ以外いがいひと存在そんざいしていない。

緹雅ティア特別とくべつ忠告ちゅうこくしていた――「だれかが王家神殿おうけしんでんへの侵入しんにゅう成功せいこうしないかぎり、絶対ぜったい可可姆ココム表舞台おもてぶたいしてはならない」と。これはわたしたちの規定きていひとつだった。

だが、これまでだれひとりとしてわたしたちの防衛線ぼうえいせん突破とっぱし、この場所ばしょへの進攻しんこう成功せいこうしたものはいない。ゆえに可可姆ココム存在そんざいは、あるものたちにとっては伝説でんせつのようにかたられているのかもしれない。


とびらけた瞬間しゅんかんあわてたようなひくこえこえ、その直後ちょくご可可姆ココム一瞬いっしゅんまよいもなく両膝りょうひざにつき、あたまを深々(ふかぶか)とげた。まるでれいくそうとしているかのようだった。

かたおもわずくした。おどろきと戸惑とまどいがむねをよぎったのだ。というのも、可可姆ココム不慣ふなれな所作しょさはどこかぎこちなく、むしろ滑稽こっけいえておもわずわらいそうになったからだ。

だが、その直後ちょくごひびいた彼女かのじょこえが、かた完全かんぜんこおりつかせた。

「おとう……凝里ギョウリさま、やっとおもどりになられたのですね! あっ……ち、ちがいます、ようこそおしくださいました! こ、このようにみっともない姿すがたをおせしてしまい、本当ほんとうもうわけありません……!」

彼女かのじょあわてふためき、言葉ことばをつかえながら必死ひっしくちにした。その声音こわねには不安ふあん緊張きんちょうにじており、自分じぶんなにっているのかすらづいていない様子ようすだった。

言葉ことば支離滅裂しりめつれつで、かたはしばしのあいだ彼女かのじょなにつたえたいのか理解りかいできずにいた。


「いや、て……」

かたいきととのえ、こえとその一言ひとことみみませた。

――このこえも、この言葉ことばも、日本語にほんごであるはずがない。

普段ふだんであれば、可可姆ココム悪魔族あくまぞく言語げんご使つかっているはずだ。しかしいま彼女かのじょはっした言葉ことばは、かたにとってなに障害しょうがいもなくみみはいり、非常ひじょう鮮明せんめい理解りかいできた。おかしい、これは一体いったいどういうことなのか。なぜ、彼女かのじょもちいる言語げんごを、かた自身じしんがこれほど流暢りゅうちょう理解りかいできるのだろうか。

かたまゆつよくひそめ、疑念ぎねんむねがるのを感じた。もしかして、自分じぶんのうはこの世界せかいてからなにわってしまったのだろうか。思考しこうえぬちからかれているかのようにみだれ、理性りせいはそれがありないとげるが、現実げんじつれざるをない状況じょうきょうしめしていた。

いまかたは、この状況じょうきょう完全かんぜん適応てきおうできているわけではなく、こころ混迷こんめいちていた。


まえ可可姆ココムつめながら、かた一瞬いっしゅん、どう反応はんのうすべきかからなくなった。

自分じぶん冷静れいせいもどすようかせ、なにとか普段ふだん表情ひょうじょうよそおいながらくちひらく。

「そ、そうか……可可姆ココムか! 大丈夫だいじょうぶ大丈夫だいじょうぶ、ちょっと巻軸まきじく製作せいさく様子ようすただけだよ。」

しかし、その声色こわいろはどこかぎこちなく、空気くうき馴染なじんでいないようにこえた。

巻軸まきじく?」可可姆ココムおもわずこえげ、困惑こんわくしたようにあわてたひびきをふくませた。

「あ、あぁ……ちがった! きみいまなにをしているのかをきたかったんだよ。」

かたあわててなおし、心中しんちゅうはしあせりをかくせなかった。自分じぶん言動げんどうがあまりに唐突とうとつだったとづいたのだ。

可可姆ココムはゆっくりとあたまげ、じっとかたつめたのち慎重しんちょうくちひらいた。

只今ただいま寒冬草かんとうそう岩漿虫がんしょうちゅう混合こんごうし、あたらしい薬液やくえきつく方法ほうほう研究けんきゅうしておりました。この薬液やくえき耐寒たいかん耐熱たいねつ両方りょうほう効能こうのうち、理論上りろんじょう極端きょくたん気候きこうにも対処たいしょできるはずです。しかし、融合過程ゆうごうかてい発生はっせいする爆発現象ばくはつげんしょうを、いま解決かいけつできておりません……」

そのこえ非常ひじょう慎重しんちょうで、まるで叱責しっせきけることをおそれているかのようだった。


にしなくていい。ただきみ様子ようすただけで、ほか意図いとはないんだ。ゆっくりすすめてくれてかまわない。そ、それじゃあ……お邪魔じゃましないことにするよ!」

かたかるり、何事なにごともなかったかのようによそおおうとした。しかし胸中きょうちゅうでは、依然いぜんとしてれない感覚かんかく渦巻うずまいていた。可可姆ココム性格せいかく緹雅ティアによる調整ちょうせいで、ときおくゆかしく、また拘束的こうそくてき一面いちめんっている。それがこの微妙びみょう局面きょくめんでは、かたにとって対応たいおうむずかしく感じられた。

「おちください、凝里ギョウリさま。」

可可姆ココム突然とつぜんこえはっし、その口調くちょう異様いようなほど真剣しんけんだった。

「な、なんだい……?」

かたおもわずあしめ、かえって彼女かのじょた。その視線しせんつよ疑念ぎねんびていた。

ほか大人おとなさまたちは……ご一緒いっしょではないのですか?」

可可姆ココムこえには、かすかなあせりがにじていた。にはふか気遣きづかいが宿やどり、まるでかた内面ないめん変化へんか察知さっちしているかのようだった。

かたはしばし言葉ことばうしない、こころおく葛藤かっとうしていた。まさか可可姆ココム直感ちょっかんがこれほどするどいとは……。

げるべきか、それともせるべきか――。苦悩くのうすえかた覚悟かくごめた。自分じぶん自身じしんですら完全かんぜん把握はあくしていない状況じょうきょうではあったが、いま現実げんじつ彼女かのじょ率直そっちょくつたえることにしたのだ。


「と、ということは……ほか大人おとなさまたちは、いまどこにいるのかからないのですか?」

可可姆ココムなにかをおもいつめるような様子ようすせながらも、言葉ことばげずにいた。

いま状況じょうきょうは、わたしにも把握はあくできていない。だが心配しんぱいはいらない。かなら仲間なかますくしてみせる。きみはここで、自分じぶんつとめをたしてくれればいい!」

かたこころさだめ、こえをよりつよく、るぎないものにしようとつとめた。しかしむねおくくうまよいまでは完全かんぜんかくせなかった。

かたけ、ろうとしたそのときふたた可可姆ココムこえひびいた。

「は、はい……凝里ギョウリさま! わたしはこれからも全力ぜんりょくくします。本当ほんとうに、ご心配しんぱいいただきありがとうございます!」

緊張きんちょうかかえながらも、その声音こわねにはたしかな信頼しんらいにじんでいた。

かたとびらしずかにじ、背中せなかいたあずけると、どっと疲労ひろうせてきた。

ふかいきんでみて、ようやく自分じぶんがまだ戸惑とまどいのなかにいることをおもる。すべてがあまりに突然とつぜんで、そしてあまりに異質いしつだったのだ。

「ふう……やっぱり、れるには時間じかんがかかりそうだな。」

かたちいさくつぶやき、なんとかこころけようとした。


王家神殿おうけしんでん会議庁かいぎちょうにて)

数人すうにん仲間なかまたちは、今後こんご状況じょうきょうについてはないをはじめた。

海特姆塔ハイトムとう内部環境ないぶかんきょうは、すべてあらためて確認かくにんしました。運営うんえいなに問題もんだいなく正常せいじょうです。ただ……海特姆塔ハイトムとういた入口いりぐち以前いぜん砂漠さばく設置せっちしていましたよね?」

緹雅ティア自分じぶん観察結果かんさつけっかかたはじめる。

かた芙莉夏フリシャは、それにうなずいて同意どういしめした。


緹雅ティアつづけてった。

「でもいま、ここをかこそとはもう雪山せつざんになっているの。大雪おおゆきっていて、一部いちぶ区域くいきには濃霧のうむまでかかってる。でも、以前いぜん亞米アミもうけてくれた結界けっかいは、ちゃんとのこっているわ。」

「ちょ、ちょっとって、緹雅ティアきみ自分じぶん能力のうりょくがちゃんと使つかえるか確認かくにんしたのか? まだおれなにもテストしてないけど。」

あねさんと一緒いっしょそと調査ちょうさまえに、もう確認かくにんしておいたわ。能力のうりょく以前いぜんおなじ。テストせずにそとるなんて、だれがそんな危険きけんおかすのよ?」

「そ、そうだよな……おれ神経しんけいふとすぎたな。」

「ふん~、あねさんの手配てはいでよかったわね。もしあなたが派遣はけんされてたら、小命しょうみょうあぶなかったかもよ。」

緹雅ティアのこの一言ひとことは、かたにとってじつ致命ちめいてきだった。

「そ、そんなことうなって! おれ、スキルのかずおおすぎて、いちひとためしてられないんだよ~。」

かたこころなかで、緹雅ティア外部がいぶ調査ちょうさまかせた芙莉夏フリシャ判断はんだんむねをなでろしていた。もし自分じぶんおな役目やくめになっていたなら、この大雑把おおざっぱさのせいでいのちとしていたかもしれない、と。


「つまり、この情報じょうほうからかんがえると、ほかものたちもたしかに一緒いっしょ転移てんいしてきたとていいのではないか? ただ、この世界せかいべつ場所ばしょばされた可能性かのうせいたかい、ということか?」

かたあわてて話題わだいえた。

間違まちがいないでしょう。神器じんぎ効果こうかのこっているということは、神器じんぎ自体じたい現存げんぞんしている証拠しょうこです。」

「ならば、吾等われら一刻いっこくはや仲間なかまつけさねばなりませんな。」

「そうだな! まずはどうやってほか仲間なかまさがすかをかんがえよう!」

かた芙莉夏フリシャ意見いけん同意どういした。いま最優先さいゆうせんは、りになった仲間なかまたちをつけし、帰還きかんへのみち模索もさくすることだ。

かえる……わたしたちは本当ほんとうかえれるのだろうか? どうやってかえる? いまわたしに、かえ必要ひつようはあるのか?」

その問い(とい)ははりのようにしずかにかたこころさった。

転移てんいして以来いらいかた思考しこう混乱こんらんつづけていた。この世界せかい一瞬一瞬いっしゅんいっしゅんがあまりに新鮮しんせん未知みちちており、過去かこのあのつらけわしい日々(ひび)とくらべると、かたはふとうたがいをいだいた――たしてもと世界せかいかえることに、まだ意味いみのこっているのか、と。


もと世界せかいにいたころかたはいつも自分じぶん生活せいかつ困難こんなん退屈たいくつなものだとかんじていた。未来みらいたいしても、ほとんど期待きたいてずにいたのだ。

めてえば、かたには本当ほんとうもとめたい目標もくひょう存在そんざいしなかった。

それにくらべ、いまこの場所ばしょにあるすべては、かたつよ帰属感きぞくかんあたえていた。だからこそ、かた自問じもんはじめる――

かえることに、たして本当ほんとう意味いみのこっているのだろうか、と。


凝里ギョウリ……大丈夫だいじょうぶですか?」

緹雅ティアふか思索しさくしずかた様子ようすつめ、そのひとみにはあたたかい気遣きづかいが宿やどっていた。

彼女かのじょこえやわらかで、まるでかた胸中きょうちゅうおおあつきりすこしでもはらいのけようとしているかのようだった。

その気遣きづかいに、かたおもわずうごきをめた。はっとわれかえると、自分じぶん無意識むいしきのうちに思考しこううずしずんでいたことにづいた。

「い、いや……大丈夫だいじょうぶだよ。すまない、ちょっとべつのことをかんがえていて。……いまはなしはどこまですすんでた?」

かたあわてて話題わだいえ、感情かんじょうまれすぎぬよう必死ひっしつとめた。


凝里ギョウリなんじはどうして緹雅ティアはなしかずにいるのだ?」

芙莉夏フリシャこえにはわずかな叱責しっせきめられていたが、そのひびきのおくにはかくしきれぬ気遣きづかいもただよっていた。

そのときかた自分じぶん注意ちゅういいていたことにづき、あわてて謝罪しゃざいした。

「ごめん……」

声色こわいろにはしずんだひびきがじり、専心せんしんできなかった自分じぶんへの後悔こうかいがにじみていた。

「もう、あねさん。そんなにおどかさなくてもいいじゃない。だれだって転移てんいしてきたばかりなら動揺どうようするわよ? それにくらべて、あねさんは本当ほんとういてるんだから。」

緹雅ティアはいつもの微笑ほほえみをかべた。そのおだやかでるぎない様子ようすは、かた羨望せんぼうねんいだかせた。

当然とうぜんよ。冷静れいせいであってこそただしい選択せんたくができるの。動揺どうようばかりしていても、事実じじつなにわらない。」

芙莉夏フリシャこえしずかでんでおり、まるですでなに決断けつだんくだしたかのようにひびいた。

その言葉ことばれ、かたこころすこやわらいだ。だが同時どうじ理解りかいしていた――この冷静れいせいさは、彼女かのじょ数多かずおおくの困難こんなんえてきたからこそ、つちかわれたものなのだと。

かた自嘲じちょうするようにちいさくわらい、こころおくおもわず感慨かんがいらした。芙莉夏フリシャ成熟せいじゅく叡智えいちは、間違まちがいなく自分じぶんはるかに凌駕りょうがしている、と。


しかし、まさにそのときかた胸中きょうちゅうふたた疑問ぎもんかびがった。

ためすようにかたくちひらいた。

「でも……きみたちは、かえりたいとはおもわないのか?」

ずっとむねおくめてきた問い(とい)。勇気ゆうきしぼり、いまになってようやくくことができたのだ。

緹雅ティアはすぐにはこたえず、ただ視線しせんとし、自然しぜん芙莉夏フリシャほうた。あたかも彼女かのじょ返答へんとうっているかのように。

やがて緹雅ティアはそっとつくえせ、あたま両腕りょううでなかめた。その姿すがたはどこか無力むりょくで、まるでいたくない事実じじつからそむけているかのようだった。

その一瞬いっしゅんかた彼女かのじょむねおもなにかがよこたわっているのを感じかんじとった。緹雅ティアもまた、言葉ことばにできぬ葛藤かっとうかかえているのかもしれない。

芙莉夏フリシャはしばし沈黙ちんもくしたあと、やがてくちひらいた。そのこえしずかで、しかしるぎなかった。

かえるか……? もし緹雅ティアかえりたいとねがうなら、老身ろうしん当然とうぜん全力ぜんりょくくすつもりだ。」

その声音こわねには決然けつぜんとしたひびきが宿やどっていた。彼女かのじょはすでにこころなかひとつのこたえをしていたのだ。

「だが……吾等われら自身じしんには、かえることへのつよ未練みれんはない。いたくない過去かこもあるしな。このこそ、吾等われらにとって最上さいじょうどころなのだ。」

帰還きかん選択せんたくは、すこなくとも彼女かのじょたちにとって、けっして単純たんじゅんなものではなかった。


芙莉夏フリシャ表情ひょうじょうはあくまで平静へいせいよそおっていた。だが、その眼差まなざしのおくにはおさまれたいたみがほのかにかび、まるでこの問い(とい)が彼女かのじょむねなかながらくうずいていたことをしめしているかのようだった。

いまになってかたはようやく理解りかいする。なぜ先程さきほど緹雅ティア自分じぶん直視ちょくしできなかったのか。なぜあのとき視線しせんがあれほど複雑ふくざつだったのか。

二人ふたりはそれぞれ、言葉ことばにできぬきず背負せおっているのだろう。

これ以上いじょうむのは、きっと相応そうおうしくない。かたはそうかんじた。

「そうか……おも話題わだいしてしまって、すまなかった。」

かたひくこえあやまった。胸中きょうちゅうには、どうしようもない無力感むりょくかんひろがっていた。


凝里ギョウリは……? あなたはかえりたいとおもうの?」

今度こんど緹雅ティアためすようにかたへ問い(と)いかけた。彼女かのじょ眼差まなざしはふいにわたり、まるでこたえをのぞんでいるかのようだった。

かたふかいきい込み、ゆっくりとくちひらいた。

「いや……正直しょうじきうと、このままでもいいとさえおもっている。」

その言葉ことば自分じぶんくちからこぼれちた瞬間しゅんかんかた自分じぶんでも不思議ふしぎ感覚かんかくつつまれた。

自分じぶん本当ほんとう気持きもちを、かたはまだたしかめられずにいた。かつては、あの息苦いきぐるしい現実世界げんじつせかいからしたいとつよねがっていたのだ。

過去かこおもかえせば、そのたびに煩悩はんのう不安ふあんかげのように背後はいごに付きまとい、かたこころはなれなかった。

だが、転移てんいしてからというもの、かたむねにはあたらしい感覚かんかく芽生めばはじめていた。――もしかすると、この場所ばしょこそ、自分じぶんがもう一度いちどやりなおせる場所ばしょなのかもしれない、と。


「でも……ほかみながどうおもっているかはからない。もと世界せかいには、それぞれまもるべき大切たいせつひとがいたはずだから。みんなが自分じぶんおな気持きもちとはかぎらない……。あっ、ごめん。いまのはうべきじゃなかったな。とにかく――かえるかどうかは、仲間なかまつけてからかんがえるべきだとおもう!」

かたこえはわずかにふるえ、その言葉ことばはむしろ自分じぶんなぐさめるためのもののようにひびいた。

緹雅ティア芙莉夏フリシャは、その言葉ことばさえぎることはなかった。ただしずかに視線しせんかたけ、けそうになるこころめるかのようにもくして見守みまもっていた。

この話題わだいめぐ空気くうきは、会議庁かいぎちょうなか重苦おもくるしいものにえていった。だが、それも無理むりはない。すべてがあまりに突然とつぜんで、解決かいけつすべき問題もんだい山積やまづみなのだから。

かたは、なにとか冷静れいせいたもっているつもりでいた。しかし実際じっさいのところ、あたまなかしろで、どうすればよいのかからないままだった。


そのとき緹雅ティアひとみがふいに力強ちからづよかがやいた。

彼女かのじょやわらかなこえかたげる。

大丈夫だいじょうぶよ~。私は、あなたが無事ぶじでいてくれるならそれでいいの。」

その一言ひとことは、まるでえぬ抱擁ほうようのようにかたつつんだ。

その瞬間しゅんかんかたむねにのしかかっていたおもさがすこかるくなるのを感じた。たとえ困難こんなん只中ただなかにあったとしても、すくなくとも自分じぶんはもはや孤独こどくではないのだ。

芙莉夏フリシャもまたしずかにうなずき、あたたかみのあるこえつづけた。

老身ろうしんおなかんがえだ。みな無事ぶじでいてくれるならそれでよい。ひとりでなやむよりも、吾等われらすくなくとも三人さんにんとも問題もんだい解決かいけつできるのだからな。」


「では、もと話題わだいもどろう。緹雅ティアたのむぞ。」

まかせて。わたしたちのギルドがっている地形ちけいはとてもけわしく、普段ふだんならだれ近寄ちかよることはないはずよ。周囲しゅういには生物せいぶつもほとんど存在そんざいしないし、入口いりぐちもかなりかくされているから。」

「とはいえ、油断ゆだんはできない。この世界せかいにどんなものがいるのか、わたしたちはまだなにらないんだ。これからどう探索たんさくすべきか、慎重しんちょうすすんだほうがいい。いのちとしたらどうなるのかすらからないのだから。」

かたもっとあんじていたのは、いま自分じぶんたちがかれている本当ほんとう安全あんぜんなのかどうかというてんだった。なん情報じょうほうられていないのだから。

凝里ギョウリうとおりだ。この世界せかいいまどうなっているか、吾等われらにはもはやすべもない。」

「も~、かってるってば! 二人ふたりともそんなに堅苦かたくるしくならないでよ!」

緹雅ティアくちとがらせると、その仕草しぐさにより重苦おもくるしかった空気くうき一気いっきやわらいだ。

「まあ、ちょっとくぎしておきたかっただけだ。きみおれたちのなか一番いちばんつよいけど、もしきみなにかあったら、おれたちはえきれないかもしれない。かんがえてみろよ。あのときみなちからを合わせなければ、さきたおしたあのボスだって、とてもてなかったんだからな。」


芙莉夏フリシャ、そちらの探査たんさ状況じょうきょうはどうだ?」

第一層だいいっそうから第十層だいじっそうまではとく問題もんだいはなかった。装置そうち環境効果かんきょうこうかもすべて機能きのうしている。ただ、もっと注目ちゅうもくすべきは、すべてのNPCが自我じがっているというてんだ。老身ろうしん以前いぜん第九層だいきゅうそう守備しゅびだけをまかされていて、ほかのNPCとのかかわりはすくなかったから、詳細しょうさいまではからぬのだがな。」

「まさか……すべてのNPCが自律的じりつてき行動こうどうできるというのか? たしかにおれもさっきそれをかんじた。これは一体いったい……?」

「やっぱり、みなおなじようにおもっているのか?」

「やっぱり?」

「とにかく、NPCたちが本当ほんとう以前いぜんのゲームで設計せっけいしたとおりなのか、たしかめる必要ひつようがあるな。いつかんがえをえるかもからない以上いじょうつね注意ちゅういはらうべきだろう。……かれらとすこはなしてみるのも、わるくないかもしれない。」


「このけん老身ろうしんよりも汝等なんじらまかせたほうがよかろう。老身ろうしん第九神殿だいきゅうしんでん様子ようす見守みまもるだけで十分じゅうぶんだとかんがえておる。」

「え~、どうして一緒いっしょないの?」

緹雅ティア不満ふまんげにくちとがらせた。

「ただ面倒めんどうだとおもっただけだ。それに、第九神殿だいきゅうしんでん状況じょうきょう特別とくべつだからな。」

「まあ、そこまでうなら無理むりにはさそわないさ。第九神殿だいきゅうしんでんほかの我々(われわれ)がちからを合わせても到底とうてい攻略こうりゃくできる場所ばしょじゃないし、ぎゃくかんがえれば、たしかにいい戦略せんりゃくだとおもう。」

「そうだね! あねさんはわたしたちのかくだまふだってわけだ! ぴったりだとおもうな!」


「では、このあとほか守護者しゅごしゃたちを王家神殿おうけしんでんせよう!」

「いや、その必要ひつようはない。老身ろうしんはすでに指示しじしておいた。二時間後にじかんご謁見庁えっけんちょう待機たいきするようめいじてある。そろそろ到着とうちゃくするころだろう。」

「わあっ! さすが芙莉夏フリシャ! 本当ほんとう手際てぎわがいいんだから! ――それじゃあ緹雅ティアこう! 芙莉夏フリシャ、またあと連絡れんらくするね!」

三人さんにんはなしわると、芙莉夏フリシャ転移門てんいもん使つかって一瞬いっしゅんにして第九神殿だいきゅうしんでん姿すがたした。

一方いっぽうかた緹雅ティアとも謁見庁えっけんちょうかうのだった。


(このとき王家神殿おうけしんでん謁見庁えっけんちょうにて)

すでにすべての守護者しゅごしゃたちは整然せいぜん片膝かたひざをつき、両目りょうめじていた。まるで一呼吸ひとこきゅうごとに我々(われわれ)の到来とうらいのぞんでいるかのように。

かた緹雅ティアがゆっくりと庁内ちょうないあゆると、その気配けはい呼応こおうするかのように空気くうきしずかにわっていった。

ひざまずく一人一人ひとりひとり姿勢しせいからは、ふか畏敬いけいるぎない忠誠ちゅうせいがあふれており、それはかたむねおもくのしかかった。

二人ふたりはやがて、それぞれのせきへとあゆすすめる。今回は戦闘用せんとうよう装備そうびではなく、かたはあえて簡素かんそ気軽きがる衣服いふくえらんでいた。

緹雅ティアもまた、普段ふだん休息時きゅうそくじにつける軽快けいかい装備そうび着替きがえていた。外界がいかいには依然いぜんとして未知みち危険きけんちていたが、この神殿しんでんなかいまかた不思議ふしぎなほどこころしずまりかえるのをおぼえた。

幾度いくどとなくまよい、彷徨さまよってきたこころに、ここは意外いがい安堵あんどあたえてくれる場所ばしょだった。ほんのわずかでも胸中きょうちゅう不安ふあんろすことができるのだと、かた実感じっかんしていた。


艾爾薩瑞エルサライ十大神殿じゅうだいしんでんは、そもそも最初さいしょ十層じゅっそうから普通ふつう空間くうかんぎなかった。だが、自由じゆう改造かいぞうできる仕組しくみがそなわっていたため、当初とうしょ姆姆魯ムムル十層じゅっそう階層構造かいそうこうぞう基盤きばんとして設計せっけいし、そのうえほかものたちが各自かくじこのみにおうじてつくげていったのである。

かたのちくわわったため、当初とうしょ第三神殿だいさんしんでん第四神殿だいよんしんでん使つかあんていた。だが、それぞれの神殿しんでん環境かんきょうはすでに基本きほんかたちととのっており、安易あんいえてしまうのはこのましくないようにおもわれた。

そこでのち緹雅ティア提案ていあんしたのは、管理かんりしゃ不在ふざいのままのこされていた巻軸製造所けんじくせいぞうしょに、かた自身じしん専用せんよう空間くうかんきずくということだった。


第一神殿だいいちしんでん――古代競技場こだいきょうぎじょう

これは不破フハつくげた神殿しんでんであり、巨大きょだい円形えんけい闘技場とうぎじょうとして設計せっけいされている。その環境かんきょうでは、物理攻撃ぶつりこうげき効果こうか五割ごわりしとなる。

古代競技場こだいきょうぎじょう守護者しゅごしゃは、不破フハによってつくされた守護者しゅごしゃ――佛瑞克フレックである。

等級とうきゅう: 10

種族しゅぞく鬼人族きじんぞく

職業特性しょくぎょうとくせい絶対戦士ぜったいせんし

九級きゅうきゅう以下いかてきからの物理攻撃ぶつりこうげき一切いっさいとおじず、高位こうい物理耐性ぶつりたいせいたぬてきは、ける物理被害ぶつりひがい二倍にばいとなる。

佛瑞克フリック物理破壊力ぶつりはかいりょく圧倒的あっとうてきだが、その一方いっぽう魔法攻撃まほうこうげきたいしてはあきらかに脆弱ぜいじゃくであった。


佛瑞克フレック戦闘せんとうスタイルは近接戦きんせつせん主軸しゅじくとしているが、さまざまな武器ぶきつうじており、とく日本刀にほんとうあつかいにひいでていた。

その設計せっけい着想ちゃくそうは、伝説でんせつ刀神とうしん――建御雷タケミカヅチ由来ゆらいする。

鬼人族きじんぞく佛瑞克フレックは、あたまびる二本にほんつの口元くちもときばあいまって、一見いっけんすると近寄ちかよがた印象いんしょうあたえる。だが、それこそがかれ独自どくじ魅力みりょくでもあった。

その外見がいけん剛毅ごうき正義感せいぎかんち、さらに武士ぶし風格ふうかくただよわせている。挙措きょそいにしえさむらいごと端正たんせい優雅ゆうが野性味やせいみあらわにすることはほとんどなかった。

こそ威圧感いあつかんあたえるが、実際じっさいかれさくでしたしみやすい存在そんざいだった。戦闘せんとうなかではつね冷静沈着れいせいちんちゃく集中しゅうちゅうらさず、仲間なかまたいしては温和おんわ忍耐強にんたいづよせっする。その性格せいかくゆえに、かれはチームのみなからあつ信頼しんらいされ、したわれていた。

佛瑞克フレックこしには、つね数多あまた超重量級ちょうじゅうりょうきゅう武器ぶきかれている。それらは一振ひとふ一振ひとふりが丹念たんねんえらかれ、機能きのう外観がいかん両面りょうめん究極きゅうきょく完成度かんせいどほこっていた。

そしてなにより重要じゅうようなのが、不破フハからおくられた神器じんぎ――神御太刀しんみたちである。この太刀たち驚異的きょういてき威力いりょく宿やどし、佛瑞克フレック魔法攻撃まほうこうげきかうさいたてとなり、さらに神御八式しんみはっしきのうち六式ろくしきるうことを可能かのうにするのだった。


第二神殿だいにしんでん――吸血亡林きゅうけつぼうりん

これは狄莫娜ディモナつくげた神殿しんでんであり、全体ぜんたい空間くうかんはおぞましい雰囲気ふんいきつつまれていた。

狄莫娜ディモナ外見がいけんこそ小柄こがら可愛かわいらしい姿すがただが、恐怖きょうふてきなものにつよ魅了みりょうおぼえる性質せいしつっていた。そのため、この神殿しんでん設計せっけいには数多あまた恐怖要素きょうふようそまれている。

この神殿しんでんいたるには、まず危険きけん不気味ぶきみもり突破とっぱしなければならず、そのさきにようやく神殿しんでん末端まったんけているのだ。

たとえギルドの仲間なかまであっても、おおくのものがこの領域りょういき敬遠けいえんし、あしれることは滅多めったにない。

吸血亡林きゅうけつぼうりん守護者しゅごしゃ――それは狄莫娜ディモナつくした存在そんざい芙洛可フロッコ莉茲艾雅リズアイアである。

等級とうきゅう: 10

種族しゅぞく吸血鬼王きゅうけつきおう

職業特性しょくぎょうとくせい血魔転換けつまてんかん――けた傷害しょうがい魔力まりょくへと変換へんかんし、瞬時しゅんじ回復かいふくする。


一般的いっぱんてきられる吸血鬼族きゅうけつきぞくとはややことなり、芙洛可フロッコ莫大ばくだい魔力まりょく内包ないほうしている。そこに職業特性しょくぎょうとくせいくわわることで、タンク職業しょくぎょうとして圧倒的あっとうてきつよさをほこっていた。

また、芙洛可フロッコ視線しせんわせたてき魅惑みわくすることができる。ただし、その能力のうりょく有効ゆうこうなのは六級ろっきゅう未満みまん相手あいてかぎられていた。

普段ふだん芙洛可フロッコ戦闘外せんとうがいさいにはつねじている。それは、不意ふい魅惑みわくちから発動はつどうし、周囲しゅうい人間にんげん影響えいきょうおよぼすことをけるためだった。

武器ぶきがなくとも、芙洛可フロッコ強力きょうりょく戦闘力せんとうりょくゆうしている。狄莫娜ディモナはなしによれば、彼女かのじょ変身へんしん能力のうりょくつという。しかしかたいまだその姿すがたたことはなかった。

吸血鬼王きゅうけつきおうとして君臨くんりんする芙洛可フロッコ容姿ようしは、まさに驚嘆きょうたんあたいするものだった。白玉しらたまのようにとおはだ、そのひとみにはかすかな憂愁ゆうしゅう深淵しんえんかげただよう。

創造主そうぞうしゅである狄莫娜ディモナ小柄こがらいとらしい姿すがたとは対照的たいしょうてきに、芙洛可フロッコ生来せいらい高貴こうきさと優雅ゆうがさをはなっていた。

そのよそおいは豪奢ごうしゃであり、一着一着いっちゃくいっちゃく狄莫娜ディモナによる精緻せいち設計せっけい賜物たまものだった。まるで欧州おうしゅう貴婦人きふじんのために仕立したてられたかのように。

その居振舞いぶるまいはつね端正たんせい典雅てんが平時へいじであろうと戦闘中せんとうちゅうであろうと、芙洛可フロッコけっしてその冷静沈着れいせいちんちゃく気品きひんくずすことはなかった。


第三神殿だいさんしんでん――炙炎焦土しゃえんしょうど、そして第四神殿だいよんしんでん――幻象神殿げんしょうしんでん守護者しゅごしゃは、緹雅ティアつくした守護者しゅごしゃ、德斯 (デス)である。

等級とうきゅう: 10

種族しゅぞく不死者之王ふししゃのおう

職業特性しょくぎょうとくせい自体修復じたいしゅうふく不死ふし――無限むげん体力たいりょく超高ちょうこう生命力せいめいりょくほこり、負傷ふしょうすれば即座そくざ自己修復じこしゅうふくする。

炙炎焦土しゃえんしょうど灼熱しゃくねつ火山地形かざんちけいであり、その構造こうぞう複雑怪奇ふくざつかいき

環境かんきょうながれる溶岩ようがんれれば、防御力ぼうぎょりょく無視むしして強制的きょうせいてき体力たいりょくの五パーセントがけずられる。

さらに神殿しんでん内部ないぶには「炎熱値えんねつち」が設定せっていされており、長時間ちょうじかんとどまれば炎熱値えんねつち蓄積ちくせきし、一定いっていえた瞬間しゅんかん、やはり強制的きょうせいてき体力たいりょくうばわれてしまうのだ。


一方いっぽう幻象神殿げんしょうしんでん虚幻きょげん迷宮めいきゅうである。突破とっぱしてはじめておく神殿しんでんへと辿たどける仕組しくみになっている。

一見いっけん普通ふつう迷宮めいきゅうえるが、その構造こうぞう不規則ふきそく変化へんかかえし、容易ようい挑戦者ちょうせんしゃまよわせる。わな一度いちどでもあやまってけば、即座そくざ入口いりぐちへと強制転送きょうせいてんそうされ、いどものうんたよりにすすむしかなかった。


緹雅ティア徳斯デス非常ひじょう寵愛ちょうあいしており、製作せいさくさいにはしみなく資源しげんとうじたとわれている。その総合能力そうごうのうりょく守護者しゅごしゃなかでも第二位だいにい位置いちしていた。

緹雅ティアことによれば、完全武装かんぜんぶそうした徳斯デス莫特(モット)匹敵ひってきするほどの実力じつりょくち、そのためふたつの神殿しんでん同時どうじまかされたのだという。もっとも、これらふたつの神殿しんでん地形ちけいそのものが複雑ふくざつであり、おも弦月団げんげつだん守護しゅごにない、徳斯デス指揮官しきかんとして、また最後さいご防衛線ぼうえいせんとして待機たいきしていた。

その優秀ゆうしゅう頭脳ずのう赫德斯特ヘデストにもおとらず、卓越たくえつした魔法使まほうつかいとしても知られている。

我々(われわれ)は公会戦こうかいせんさいにのみ、各守護者かくしゅごしゃをそれぞれの神殿しんでん配置はいちしたが、それ以外いがいときには守護者しゅごしゃたちをギルドない自由じゆう行動こうどうさせていた。そのため、緹雅ティアとく徳斯デス公会こうかい専属せんぞく執事しつじとしたのである。

端正たんせい紳士的しんしてき姿すがたはまさしく執事しつじ風格ふうかくそなえており、その手際てぎわさは「第二だいにわれても異論いろんない」とひょうされるほどであった。全身ぜんしんからは芙莉夏フリシャおなじく、経験豊富けいけんほうふ長者ちょうじゃ気配けはいただよっていた。


第五神殿だいごしんでん――混沌空間こんとんくうかん

これは札爾迪克ザルディクつくげた神殿しんでんであり、その本質ほんしつ異空間いくうかんぞくしていた。

この空間くうかん突破とっぱすること自体じたい比較的ひかくてき容易よういであり、札爾迪克ザルディク複雑ふくざつ仕掛しかけをほとんどほどこしていなかった。そのわりに、この空間くうかんでは元素げんそ混合こんごう通常つうじょうよりもはるかに簡易かんいかつ迅速じんそくおこなえるようになっていた。

混沌空間こんとんくうかん守護者しゅごしゃ――それは札爾迪克ザルディクつくした守護者しゅごしゃ極光龍きょっこうりゅう伊斯希爾イスシールである。

等級とうきゅう: 10

種族しゅぞく龍人族りゅうじんぞく

職業特性しょくぎょうとくせい元素極抗げんそきょっこう――七階ななかい以下いか単一属性たんいつぞくせいによる元素攻撃げんそこうげきは、その被害ひがいが十分のじゅうぶんのいちにまで軽減けいげんされる。物理攻撃ぶつりこうげき混合元素攻撃こんごうげんそこうげきでなければ、実質的じっしつてき損傷そんしょうあたえることは不可能ふかのうだった。

伊斯希爾イスシール数少かずすくない、すべての元素属性げんそぞくせい習熟しゅうじゅくし、さらにそれらを混合こんごうして使つかいこなすことのできる守護者しゅごしゃであった。ただし、札爾迪克ザルディクことによれば、かれ混沌元素こんとんげんそ制御せいぎょ純熟じゅんじゅくにはいたっていないという。

龍人族りゅうじんぞくぞくする伊斯希爾イスシールは、外見がいけんこそ人間にんげんちかいが、そのはだには明確めいかく龍鱗りゅうりんきざまれている。

その容姿ようし札爾迪克ザルディクおなじく風雅ふうが端麗たんれい美男子びだんしであったが、かれ性格せいかく札爾迪克ザルディクのように沈黙寡言ちんもくかげんではなく、むしろ活発かっぱつしたしみやすい雰囲気ふんいきただよわせていた。


第六神殿だいろくしんでん――無知むち吊橋つりばし

これは亞米アミつくげた神殿しんでんであり、そのとおり、この区域くいき神殿しんでん辿たどくには、長大ちょうだい吊橋つりばしわたらなければならなかった。

吊橋つりばし一見いっけん単純たんじゅんえるが、すこしでもはずせば、落下感覚らっかかんかくともなって墜落ついらくし、強制的きょうせいてき公会基地こうかいきち入口いりぐちへと転送てんそうされてしまう。

無知むち吊橋つりばし守護者しゅごしゃ――それは亞米アミつくした守護者しゅごしゃ赫德斯特ヘデストである。

等級とうきゅう: 10

種族しゅぞく妖精族ようせいぞく天使族てんしぞく

職業特性しょくぎょうとくせい絶対感知ぜったいかんち――いかなる偽装ぎそう技能ぎのうによって看破かんぱし、自身じしんまどわされたり、支配しはいされたりすることをけっしてゆるさない。

さらに、かれ展開てんかいする一部いちぶ精神魔法せいしんまほうは、六級ろっきゅう未満みまんてき強制的きょうせいてき服従ふくじゅうさせることができた。これは芙洛可フロッコ魅惑みわくとはことなり、完全かんぜん制御せいぎょ可能かのうであり、かつ支配下しはいかける対象数たいしょうすう比較的ひかくてきおおかった。


精神魔法せいしんまほうはPvPの対戦たいせんではあまり効力こうりょく発揮はっきしないものの、PvEにおいてはきわめて顕著けんちょ効果こうかっていた。この世界せかいにおいても、たして同様どうようちからおよぼすことができるのだろうか。

数多あまた神殿しんでんなかでも、第六神殿だいろくしんでん第九神殿だいきゅうしんでんいで難攻不落なんこうふらくとされていた。なぜなら、この領域りょういきでは赫德斯特ヘデスト能力のうりょく数倍すうばいにまで増幅ぞうふくされ、防御力ぼうぎょりょくにおいては事実上じじつじょうかれ匹敵ひってきするもの存在そんざいしなかったからである。

設定せっていにおいても、赫德斯特ヘデストぐん知恵ちえゆうし、すべての神殿守護者しんでんしゅごしゃなかもっと聡明そうめい存在そんざいとされていた。

赫德斯特ヘデスト亞米アーミおなじく妖精族ようせいぞく天使族てんしぞく混血こんけつであり、その外見がいけん妖精ようせい特有とくゆうとがったみみと、天使てんし象徴しょうちょうたるつばさそなえていた。

かれしろ燕尾服えんびふくまとい、その姿すがたはまるで一国いっこく王子おうじのように気品きひん威厳いげんただよわせていた。


第七神殿だいななしんでん――風暴之丘ふうぼうのおか

これは奧斯蒙オスモン設計せっけいした神殿しんでんであり、この領域りょういきにはなく砂塵嵐さじんあらしれていた。そのため、たとえ強大きょうだい感知能力かんちのうりょくゆうしていても、正確せいかく方位ほうい見極みきわめることはできなかった。

神殿しんでんへとかう途上とじょう各所かくしょ砂穴すなあなには、ことなる種類しゅるいわな仕掛しかけられており、さらに神殿しんでんそのものも不定期ふていき位置いち転移てんいする仕組しくみになっていた。

風暴之丘ふうぼうのおか守護者しゅごしゃ――それは奧斯蒙オスモンつくした守護者しゅごしゃ迪路嘉(ディルジャ)である。

等級とうきゅう: 10

種族しゅぞく妖精族ようせいぞく

職業特性しょくぎょうとくせい帝王之眼エンペラーズアイ――精緻無比せいちむひ遠距離攻撃えんきょりこうげき可能かのうとし、たとえてき迅速じんそく移動いどうしても、その眼光がんこうからのがれることはできなかった。

迪路嘉ディルジャ外見がいけんこそおさな少女しょうじょ、いわゆるロリの姿すがたえるが、それは彼女かのじょ種族しゅぞく――妖精族ようせいぞく特有とくゆう性質せいしつによるものであった。妖精ようせい成長せいちょう極端きょくたんおそく、外見がいけん子供こどもえても、実年齢じつねんれいすで三百歳さんびゃくさいえている。そのため、彼女かのじょあいらしい容姿ようしまどわされてはならないのだ。

迪路嘉ディルジャすぐれた遠距離戦闘能力えんきょりせんとうのうりょくつだけでなく、「音魔おんま」とばれる特異とくい召喚体系しょうかんたいけいあやつることができた。

これは奧斯蒙オスモンからさずけられた十二至宝じゅうにしほうひとつ――神器じんぎ天琴神弓てんきんしんきゅう」に由来ゆらいする能力のうりょくである。

天琴神弓てんきんしんきゅう」は音楽おんがくかなでることでてき攻撃こうげきするほか、音魔おんま召喚しょうかんすることも可能かのうであった。さらに、その形態けいたいゆみへと変化へんかさせ、多彩たさいなスキルをはなつことすらできたのである。


第八神殿だいはちしんでん――機関草原きかんそうげん

この神殿しんでん内部ないぶには守護者しゅごしゃ存在そんざいしなかった。

一見いっけんするとなにもない広大こうだい草原そうげんひろがっているだけにおもえるが、そこには姆姆魯ムムル納迦貝爾ナガベル協力きょうりょくしてつくげた、極悪非道ごくあくひどう機関きかん仕掛しかけられていた。

複雑ふくざつめぐらされたわなは、ちからづくで突破とっぱすることは不可能ふかのうであり、草原そうげん中央ちゅうおうそびえる神殿しんでんへと辿たどくには、かならずこれらのわな攻略こうりゃくする知恵ちえ工夫くふうもとめられたのである。


第九神殿だいきゅうしんでん――絶死神祇ぜっししんぎ

これは芙莉夏フリシャつくげた神殿しんでんであり、その規則きそく設計せっけい脅威きょうい試練しれんちていた。

いかなる侵入者しんにゅうしゃにとっても、ここを突破とっぱすることはすなわち生死せいしけた試練しれんほかならなかった。

たとえ我々(われわれ)のギルドの仲間なかまであっても、芙莉夏フリシャ明確めいかく許可きょかかぎり、この神殿しんでん直接ちょくせつ通過つうかすることはできなかったのである。各人かくじんかなら特殊とくしゅ手段しゅだんもちいて迂回うかいせざるをなかったのだ。


芙莉夏フリシャはこの神殿しんでんにおいて絶対的ぜったいてき発言権はつげんけん主導権しゅどうけんにぎっており、だれひとりとして彼女かのじょ規則きそくえることはできなかった。

この設計せっけい着想ちゃくそう古代遺跡こだいいせき由来ゆらいしており、神殿しんでんの隅々(すみずみ)には神秘しんぴ古代的こだいてき気配けはいただよっていた。その全体環境ぜんたいかんきょうは、あたかも数多あまた未解明みかいめいなぞち、ひとをしてうしなわれた文明ぶんめいみしめているかのような錯覚さっかくいだかせた。

この神殿しんでん内部ないぶきわめて複雑ふくざつ解謎機関かいなぞきかんちており、それらを突破とっぱするには複数人ふくすうにん協力きょうりょく連携れんけい必須ひっすであった。ひとたびあやまちがしょうじれば、そのもの即座そくざ脱落だつらくさせられる運命うんめいにあったのである。


この設計せっけいは、侵入者しんにゅうしゃ実力じつりょくためすだけでなく、かれらの知恵ちえ協調性きょうちょうせいまでも試練しれんにかけるものであった。

ここは十大神殿じゅうだいしんでんなかでも最大規模さいだいきぼ空間くうかんほこり、同時どうじに我々(われわれ)のギルドが最強戦力さいきょうせんりょく配置はいちした場所ばしょでもあった。くわえて、この特有とくゆう地形特性ちけいとくせいかさなり、ほか神殿しんでんくらべれば、その攻略難度こうりゃくなんどはまさに児戯じぎひとしかった。

たとえ我々(われわれ)のギルドの仲間なかまであっても、正面しょうめんからこの防衛線ぼうえいせん突破とっぱすることは不可能ふかのうちかかった。通常つうじょう対戦たいせんであれば、我々(われわれ)が総力戦そうりょくせん全武装ぜんぶそうしていどんではじめて、芙莉夏フリシャたちに可能性かのうせいまれる程度ていどであった。

では、この第九神殿だいきゅうしんでん戦力せんりょく全容ぜんようなにか。たしかに、その戦力せんりょく桁外けたはずれにたかいことは我々(われわれ)全員ぜんいん理解りかいしていた。しかし、具体的ぐたいてきにどのような布陣ふじんかれているのか、かた自身じしんですら把握はあくしてはいなかった。

判明はんめいしているのは、芙莉夏フリシャ直率ちょくそつする自作じさく守護者しゅごしゃ――赫薩裘克(ヘサクオク)と、納迦貝爾ナガベルつくした守護者しゅごしゃ――菲歐布雷特フィオブレットともにこの神殿しんでん守護しゅごしている、という事実じじつのみであった。


第十神殿だいじゅうしんでん――楓葉峡谷ふうようきょうこく

これは姆姆魯ムムル設計せっけいした神殿しんでんである。

我々(われわれ)は芙莉夏フリシャかまえる第九神殿だいきゅうしんでん突破とっぱできるもの存在そんざいしないとかんがえていた。

しかし、万一まんいちにも特殊とくしゅ手段しゅだん第九神殿だいきゅうしんでん突破とっぱされる可能性かのうせい想定そうていし、最終さいしゅう王家神殿おうけしんでんいたまえにもうひとつ、追加ついか神殿しんでんもうけられたのである。

この神殿しんでんには特別とくべつ場地効果じょうちこうか存在そんざいしない。なぜなら、楓葉峡谷ふうようきょうこく守護者しゅごしゃこそが、姆姆魯ムムル創造そうぞうした最強さいきょう存在そんざい――莫特モット彼茲盧卡ピズルカ艾伊修徳エイシュドであったからだ。

等級とうきゅう: 10

種族しゅぞく妖精族ようせいぞく人族じんぞく混血こんけつ

職業特性しょくぎょうとくせい天魔てんま――強力きょうりょく効果耐性こうかたいせいゆうし、十階じゅっかい未満みまんのあらゆる魔法防御まほうぼうぎょ付加効果ふかこうか無効化むこうかする。


さらに、莫特モット特別とくべつ神器じんぎ――神槍しんそう耶露希德エルシードゆうしていた。この神器じんぎ最大さいだい能力のうりょくは、使用者しようしゃ意志いしおうじて形態けいたい変化へんかさせ、さまざまな術式じゅつしき発動はつどうできるてんにあった。

魔法攻撃まほうこうげき必要ひつよう魔力消費まりょくしょうひ半減はんげんするだけでなく、技能ぎのう発動速度はつどうそくど二倍にばいたかめる効果こうかすらそなえていたのである。

莫特モット姆姆魯ムムルのような緻密ちみつ戦略頭脳せんりゃくずのうこそたなかったが、それでも総合実力そうごうじつりょく守護者しゅごしゃなか最強さいきょうほこっていた。そのため、最終防衛さいしゅうぼうえい守護者しゅごしゃとしてにんじられていたのである。

ここを突破とっぱするには、莫特モットやぶり、かれ所持しょじするかぎうばわなければならなかった。さもなくば、だれひとりとして強行突破きょうこうとっぱすることは不可能ふかのうであった。

莫特モット外見がいけん伝統的でんとうてき欧州騎士おうしゅうきし姿すがたおもわせる。深藍色しんらんしょくよろいまとうその姿すがたは、一見いっけんすると戦士職業せんししょくぎょうえた。

しかし、実際じっさい莫特モット姆姆魯ムムルおなじく殲滅型せんめつがた魔導師職業まどうししょくぎょうであった。かれ普段ふだん戦士技能せんしぎのうもちいてさぐるように立ちまわるが、しん強敵きょうてきまえにしたときには、はじめてその真価しんか発揮はっきするのである。


晉見廳しんけんちょう雰囲気ふんいき非常ひじょう厳粛げんしゅく であり、

すべて の 守護者しゅごしゃ たち が われら に けて 正式せいしき かつ うやうや しい れいささ げた。

一人一人ひとりひとり守護者しゅごしゃ眼差まなざ し には 専注せんちゅう尊敬そんけいみなぎ り、

その 空気くうき自然しぜんかたおも責任感せきにんかん を のしかからせた。

諸位しょい神殿しんでん守護者しゅごしゃ たち、御臨席ごりんせき いただき まこと感謝かんしゃ 申しもうしあ げる。」

落着おちつ いた こえかた りかけた。

これは われら の 未来みらいかか わる 重大じゅうだい会議かいぎ であり、

この のち一言一言ひとことひとこと慎重しんちょうのぞ まねば ならぬ こと を 自覚じかく していた。

不肖ふしょう、その ような 大任たいにんにな う ほど の もの では ございません。」

最初さいしょあたま げた のは モト(モト) であった。

その 声色こわいろじつ謙遜けんそん で、

やわ らぎ と 礼節れいせつそな えており、

この しつ数多かずおお く の 守護者しゅごしゃなか でも 特筆とくひつ すべき もの であった。


此時このとき赫德斯特ヘデスト突然とつぜん たず ねた。

失礼しつれい いたします、凝里ギョウリ さま緹雅ティア さま、我々(われわれ) を 招喚しょうかん された 芙莉夏フリシャ さま は いらっしゃらない のですか? それに ほか の 方々(かたがた) も 見当みあ たりませんが?」

その 言葉ことば に、凝里ギョウリすこおどろ き、芙莉夏フリシャ守護者しゅごしゃ 全員ぜんいん に この けんつた えて いなかった 可能性かのうせい気付きづ いた。

「おお~あね うえ彼女かのじょ守護しゅご している 第九だいきゅう 神殿しんでん かいました。やはり あそこ の 管理かんりほかすここと なる もの ですから。」

緹雅ティア簡潔かんけつ説明せつめい した。

「それ で ほか の 方々(かたがた) は……どう えば よい のでしょう か?」

緹雅ティア表情ひょうじょう は やや 困惑こんわく びていた。

いま状況じょうきょうたし かに 明確めいかく言葉ことば に する の が むずか しい もの であった。


「では、わたし から 説明せつめい いたしましょう。」

凝里ギョウリ話題わだい ぎ、冷静れいせいよそお った。

もっとも それ は、内心ないしんあわ ただしさ を 見抜みぬ かれぬ ため の いつわ り に ぎなかった。

本日ほんじつ 諸位しょい招集しょうしゅう した のは、いくつか の 事柄ことがら報告ほうこく する ため です。

まず 第一だいいち に、我々(われわれ) フセレス(フセレス) は 不明ふめい理由りゆう により、いまべつ場所ばしょ転送てんそう されました。

そして その 過程かてい で、ほか仲間なかま たち も また、それぞれ べつ へ と ばされた よう です。」

言葉ことば ちた 瞬間しゅんかん空気くうき一層いっそう おも さ を し、

すべて の 守護者しゅごしゃ眼差まなざ し が きび しさ を びた。

数名すうめい守護者しゅごしゃ驚愕きょうがく表情ひょうじょう らし、

眉間みけんふかしわ せる もの

もく して うつむ き、唐突とうとつ変事へんじ背後はいごひそ危機きき思案しあん する もの も あった。

「なぜ その ような こと に……?」

佛瑞克フレック沈黙ちんもくやぶ り、こえ焦燥しょうそうにじ ませた。

その 面差おもざし は あまり にも 無力感むりょくかんつつ まれていた。

詳細しょうさい は 我々(われわれ) にも 判然はんぜん と しません。」

凝里ギョウリこた え、いま状況じょうきょう不透明ふとうめい さ を みと めた。

ひと呼吸ひとこきゅう き、場内じょうない守護者しゅごしゃ 一人一人ひとりひとり見渡みわた しながら った。

いま もっと重要じゅうよう な こと は、失踪しっそう した 仲間なかま 全員ぜんいん一刻いっこくはやさが す こと です。」


わたしが この 言葉ことばえる と、晉見廳しんけんちょう雰囲気ふんいきは いっそう 重苦おもくるしく なった。

守護者しゅごしゃ 一人一人ひとりひとり眼差まなざし には ふか焦慮しょうりょみなぎり、

わたしは これから の 行動こうどう危険きけんち、 そして 自分じぶん決断けつだん守護者しゅごしゃ たち に 強烈きょうれつ反応はんのうこす こと を だれ よりも 理解りかいしていた。

「我々(われわれ)が 事柄ことがら説明せつめいえた のちそとる つもり です。

この 行動こうどうきわめて 機密きみつであり、みなには 今後こんご、より おおく の 心力しんりょくを フセレス(フセレス)の 守護しゅごそそいでいただきたい。」

わたしふたた沈着ちんちゃく口調くちょう補足ほそくし、

この 決断けつだん軽率けいそつではなく、熟慮じゅくりょてに いたった 選択せんたくである こと を 明確めいかくつたえよう とした。


やはり、赫德斯特ヘデストは すぐさま わたし意図いと理解りかいし、

さき反対はんたいこえげた。

かれにとって、わたしの この 決断けつだん到底とうてい れがたい ものであった。

「この ような 危険きけん役目やくめを、なぜ 我々(われわれ)に まかせて くださらない のですか?

凝里ギョウリさま緹雅ティアさまそと危険きけん遭遇そうぐうされたら、

我々(われわれ)は どうやって お二人ふたり守護しゅごすれば よい のですか?」

その こえはげしく れ、晉見廳しんけんちょう空気くうきは さらに 緊張きんちょうした。

赫德斯特ヘデストふるえる こえには、守護者しゅごしゃとして 本来ほんらい職責しょくせきたせぬ こと への 苦痛くつうが はっきりと にじんでいた。


守護者しゅごしゃ職責しょくせきとは、本来ほんらい 主人しゅじん守護しゅごする こと を 最優先さいゆうせん とすべき では ありませんか?

いかなる 危険きけんおう とも、我々(われわれ)が さきたて として ふさがる のが すじ でしょう!」

赫德斯特ヘデスト言葉ことばは、ほか守護者しゅごしゃ たち の こころ にも 焦慮しょうりょこし、

おも不安ふあんいろひろげた。

みなおな問題もんだい胸中きょうちゅうかかえて いる か の よう であった。

かれら に とって、守護者しゅごしゃ職責しょくせき とは たん神殿しんでんまもる こと ではなく、

主人しゅじん――すなわち 我々(われわれ) という 「上級じょうきゅう」 を 保護ほご する こと も ふくまれていた。

だが、いまの ような 方針ほうしんかれら に とって あまりにも 不自然ふしぜん であり、 どう めれば よい か わからぬ 混乱こんらんんでいた。

その 忠誠心ちゅうせいしん責任感せきにんかん は、疑念ぎねん という かたちけがたく かびがって きた のである。


かれ次第しだいはげしさ を していく のを て、

わたし緹雅ティアたがい に わせた。

このまま では 局面きょくめん制御せいぎょ 不能ふのうおちいる こと を さっした からである。

その とき莫特モット赫德斯特ヘデスト感情かんじょうたかまり に 気付きづき、

あわてて かれせいした。

赫德斯特ヘデスト、その ような 口調くちょう大人たいじん がたもうげる とは――あまりに も 不敬ふけい だ!」

莫特モット気迫きはく瞬時しゅんじ赫德斯特ヘデストあっし、

その きびしい 叱責しっせき赫德斯特ヘデストる よう に あたまれた。

もうわけ ございません……属下ぞっか失態しったいえんじました。」

その こえ には、悔恨かいこん後悔こうかい色濃いろこにじんでいた。


緹雅ティアは そっと わたしうでき、

あまり 心配しんぱい しすぎる な と 合図あいずおくった。

彼女かのじょ微笑ほほえみ を かべる と、

在座ざいざ守護者しゅごしゃ たち へと なおり、

おだやかな 語調ごちょうくちひらいた。

「どうか まないで ください。

この ような 懸念けねんじる のは 当然とうぜん の こと です。

ただ、我々(われわれ) が なに かしら の 方策ほうさくこうじます ので、

みなさま は そこまで おもなや必要ひつよう は ありません。」

その 言葉ことばひびいた 瞬間しゅんかん

會議廳かいぎちょう空気くうきは ふっと やわらぎ を せた。

緹雅ティアおだやかな こえは、

守護者しゅごしゃ たち の 焦燥しょうそう不安ふあん を 徐々(じょじょ) に やわらげ、

わたし 自身じしん すら 先程さきほど までの 焦慮しょうりょうすらいでいく のを かんじた。


諸君しょくんは、これまで と おなじ よう に、我々(われわれ)が あたえる 任務にんむたして くれれば それで よい。

この ような 方針ほうしん容易よういれ がたい こと は 承知しょうち している。

だが、理解りかいしてほしい――この 決断けつだん は 我々(われわれ)の 長期ちょうきてき計画けいかく の ため なのだ。」

わたし彼女かのじょ言葉ことばぎ、さらに 補足ほそくした。

「しかし、それ だけ ではない。

どうか 思考しこうめず、意見いけんして ほしい。

いかなる 提案ていあん であれ、我々(われわれ) は 歓迎かんげい する。

我々(われわれ)は けっして 孤軍奮闘こぐんふんとう している のでは ない。」

わたし守護者しゅごしゃ たち 一人一人ひとりひとり見据みすえ、

誠実せいじつこえつづけた。

「なぜなら、きみ たち 一人一人ひとりひとり こそ、我々(われわれ) にとって かけがえ の ない 存在そんざい だからだ。」


緹雅ティアわたしそばなにか を さっした 様子ようす であったが、 あえて 言及げんきゅう は しなかった。

それよりも、守護者しゅごしゃ たち の 眼差まなざし は、我々(われわれ)の 言葉ことばこころうごかされた ように えた。

「そうです、我々(われわれ) は ほかだれ よりも 上位じょうい存在そんざい

そんなに 簡単かんたんことこる はず が ありません。」

緹雅ティア言葉ことばつづけた。

ぎゃくかんがえて みて ください。

もし みな が 我々(われわれ) を しっかり 守護しゅごし、安寧あんねい隠居いんきょあたえる こと が できた なら――

それ は なに よりも おおきな ほこり と なる の では ありませんか?」

赫德斯特ヘデストすこかおげ、 その 眼差まなざし に は すで納得なっとくいろ宿やどっていた。

ほか守護者しゅごしゃ たち も また しずか に うなずき、

我々(われわれ)の 言葉ことば理解りかいはじめて いる こと が あきらか であった。


全員ぜんいん感情かんじょう を なんとか なだめる こと に 成功せいこう した のち

わたしつぎ行動こうどう について 説明せつめいはじめた。

諸位しょい、これから は かく 神殿しんでん防御ぼうぎょ強化きょうか する だけでなく、

わたし緹雅ティア情報じょうほうあつえた のち

具体的ぐたいてき任務にんむ諸君しょくんしめす つもり です。

そして、ここの 一部いちぶ任務にんむ は、まず 迪路嘉ディルジャたのみたい。」

迪路嘉ディルジャは すぐさま かおげ、

その 眼差まなざし に つよ集中しゅうちゅうかべた。

「はい!」

彼女かのじょ声色こわいろ には 微塵みじんまよい も なく、

つね任務にんむける 準備じゅんびととのっている こと を 如実にょじつしめしていた。


かれちいさくうなずき、こうげた。

迪路嘉ディルジャこれから我々(われわれ)には其方そなた必要ひつようとなる。しばらく、其方そなた担当たんとうしている神殿しんでんいておけ。防衛ぼうえい風暴巨人ふうぼうきょじん沙丘巨人さきゅうきょじんまかせればい。」

かれわずかに言葉ことばり、つづけた。

のちは、弗瑟勒斯フセレス中心ちゅうしん監視かんし担当たんとうせよ。てき遭遇そうぐうしたさいは、一階いっかい二階にかい音魔おんまためすのだ。それでもやぶられるなら、五階ごかい音魔おんまもちいて確認かくにんし、それにものあらわれた場合ばあいは、ただちに莫特モット報告ほうこくせよ。

十階じゅっかい音魔おんますらたおせるものであれば、かならず我々(われわれ)に直接ちょくせつ連絡れんらくるのだ。」

迪路嘉ディルジャ言葉ことばえると、るぎこえこたえた。

承知しょうちいたしました。臣下しんか全力ぜんりょくくして職務しょくむたします。」


わたしつづけて德斯デス視線しせんけ、指示しじあたえた。

德斯デスきみ莫特モットとも全員ぜんいんへの情報じょうほう伝達でんたつにない、公会こうかい内部ないぶ運営うんえい円滑えんかつすすむよう確保かくほしてほしい。くわえて、德斯デスつね緹雅ティア連絡れんらくり、莫特モットつねわたし連絡れんらくたもってくれ。」

わたしすこ言葉ことばり、ほか重要じゅうようめをおもした。

「そうだ、第九だいきゅう神殿しんでん事務じむすで芙莉夏フリシャ一任いちにんしてある。だから、この部分ぶぶんについてはあらた手配てはいする必要ひつようはない。」

「はっ!」德斯デス莫特モット同時どうじこたえ、右手みぎて左胸ひだりむねてて、わたしたちへの敬意けいいしめした。

「それでは、暫時ざんじはここまでにしよう。我々(われわれ)は一旦いったん退出たいしゅつするぞ。」

そうげ、わたし緹雅ティアともがり、晋見廳しんけんちょうあとにした。


わたし緹雅ティアったあと

おもいもよらなかった……弗瑟勒斯フセレスきながら、まさかこんなことこるとは。」

最初さいしょくちひらいたのは佛瑞克フレックであった。

「そうだな!このけん尋常じんじょうではない。我々(われわれ)が現状げんじょうできることは、ただここでつしかないのか?」

じつは、わたし最初さいしょ赫德斯特ヘデスト意見いけん同意どういしていた。」

伊斯希爾イスシール芙洛可フロッコもまた、みずからのかんがえをくちにした。

駄目だめだ!やはり私はいてなどいられん。あの御方々(おんかたがた)が行方不明ゆくえふめいになるなど、わたしには到底とうてい想像そうぞうできん!」

赫德斯特ヘデストの朗々(ろうろう)たるこえが、ふたた周囲しゅういひびわたった。


け、赫德斯特ヘデストきみ懸念けねんわたしにもかる。だが、大人おとなたちはすで対処たいしょさくっているはずだ。大人たいじんたちの計画けいかく把握はあくするまえに、我々(われわれ)が勝手かってうごけば、大人たいじんたちの努力どりょく水泡すいほうしてしまうのではないか?」

莫特モットいそいで赫德斯特ヘデストなだめた。なにしろ、赫德斯特ヘデスト感情かんじょうゆたかな人物じんぶつだからだ。

かっている。だが、そうわれてもわたしは……」

芙莉夏フリシャさま指示しじによれば、計画けいかく変化へんかしょうじたため、今後こんご凝里ギョウリさま緹雅ティアさま指揮しきしたがわねばならない……」

佛瑞克フレックはそう注意ちゅういうながした。これは芙莉夏フリシャ守護者しゅごしゃ全員ぜんいん召集しょうしゅうしたさいすでつたえられていたことであった。

迪路嘉ディルジャ

「そのとおりだ。我々(われわれ)にできることは、ただ大人たいじんがた指揮しきしたがうのみ。……では、私はさきかせてもらおう!後続こうぞく任務にんむいそいで手配てはいせねばならんからな。」

そううと、迪路嘉ディルジャ転送魔法てんそうまほう使つかい、そのから姿すがたした。


迪路嘉ディルジャとおりだ。我々(われわれ)の情報じょうほうあまりにもすくなく、くわえて、我々(われわれ)の知恵ちえ結局けっきょく大人たいじんがたにはとおおよばない。だからこそ、大人たいじんがたしらせをつべきだ!」

德斯デス非常ひじょうおだやかな口調くちょうはなち、その瞬間しゅんかん周囲しゅうい空気くうき一気いっきしずまり、おおくのもの冷静れいせいさをもどした。

しがし、その本当ほんとう理由りゆうげるなら、それは德斯デス固有こゆうスキル──霸気はきによるものだった。周囲しゅうい気場きじょう強制的きょうせいてき威圧いあつするこのちからは、元来がんらいゲームちゅうでは雑魚敵ざこてき威嚇いかくする程度ていど効果こうかしかたなかった。

だが、まさかこののような状況じょうきょう役立やくだつとはおもわなかった。なにしろ、德斯デスおこらせようとするものだれ一人ひとりいなかったからだ。もし緹雅ティアがそれをったら、その結果けっかさらおそろしいものとなるにちがいなかった。


弦月團げんげつだん団長だんちょうであり、しかも緹雅ティアさま直轄ちょっかつ御用ごよう執事しつじでもあるとは……その手腕しゅわんはやはり格別かくべつだな!」

芙洛可フロッコじて微笑ほほえみながらった。

老夫ろうふはただおのれ職責しょくせきたしつづけているだけにすぎん。しかし、まこと手腕しゅわんというてんえば、それはやはり『櫻花盛典おうかせいてん』の大人おとながただろう。」

德斯デスかるり、おのれのうりょくにはまだまなぶべきことおおいとかんがえているのか、その態度たいどはきわめて謙虚けんきょであった。

「またまた御冗談ごじょうだんを德斯デス殿どの莫特モット大人おとなは、すで首席しゅせき互角ごかくわたえるのではありませんか?」

伊斯希爾イスシールわらみをかべてった。

德斯デスはそのときこたえなかった。

かれ莫特モットはかつて『櫻花盛典おうかせいてん』の首席しゅせき手合てあわせをおこなったことがあった。表面上ひょうめんじょう互角ごかく勝負しょうぶのようにえたが、実際じっさいにはそれはむしろ「指導しどう」とぶべきものだった。


実際じっさいみな理解りかいしていた。守護者しゅごしゃ職責しょくせきかれらにとって一種いっしゅ修練しゅれんであり、弗瑟勒斯フセレスうちには、さらに強大きょうだい存在そんざいおおあつまっていた。

いまの我々(われわれ)の実力じつりょくで、本当ほんとうにあの大人おとながたやくてるのか……?」

莫特モット天井てんじょうあおながら、どこか感慨深かんがいぶかげにった。

すくなくとも、大人おとながた期待きたいにはこたえられるようにせねば、そうだろう?」

德斯デス莫特モットつめながらった。

「そうだなぁ~。」



***第二部(だいにぶ)は第32(だいさんじゅうにわ)にあります。

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