第一卷 第五章 千年の追尋-7
「緹雅!」
その光景を目の当たりにした瞬間、私は言葉を失い、全身が凍りついた。
まさか緹雅が、あの一撃を受けてしまうとは思ってもいなかったのだ。
心臓は激しく脈打ち、瞳孔は広がり、頭の中は真白になった。
世界は音を失い、時さえも止まってしまったかのように感じられた。
攻撃が命中したのを確かめた蚩尤は、狂気じみた笑い声を上げた。
その声は戦場に響き渡り、歪んだ自信と嘲笑に満ちていた。
「ハハハハッ! これが俺を侮った報いだ!
普段は四つの腕と四つの武器しか持たぬよう見せかけていたのは、
まさにこの瞬間のためだったのだ!」
牠の目は狂気の光を宿し、その視線はすべてを支配するかのように傲慢だった。
発狂から始まり、隙を見せるまで――その一連の動きは、すべてが綿密に計算された罠だったのだ。
確かに、魔神蚩尤は狡猾で、同時に極めて頭脳明晰でもあった。
その行動の一手一手は、全てが事前に組み上げられた策略によるものだった。
――だが、それでもなお、牠は誤算していたのだ。
緹雅の身体は、突如として空気の中に溶けるように消え失せた。
それはまるで幻影が霧散するかのようで、蚩尤の笑顔は瞬時に凍りつき、
その代わりに浮かんだのは、言葉を失うほどの驚愕の表情だった。
「な……なにが起こった……?」
牠は呆然と立ち尽くし、目の前の光景を信じられぬまま震えていた。
その瞬間、私はようやく胸の奥から安堵の息を吐き出した。
緹雅の姿は空中に現れ、
柔らかな光を纏いながら、まるで神祇のごとく静かに浮かんでいた。
その声は軽やかで、どこか楽し(たの)しげに響いた。
「わたしの幻影を相手にして、ここまでやるとは……悪くないわね。」
「なっ……なに……いつの間に……?」
蚩尤はようやく理解し始めた。
自分が最初から緹雅の計略に絡め取られていたことを。
「いつの間に? ふふっ~最初からよ。」
緹雅は余裕の笑みを浮かべながら、ゆっくりと身を回転させ、
空に舞うように蚩尤の頭上を優雅に旋回した。
蚩尤の眼差しが一瞬にして暗く沈んだ。
牠は眉をひそめ、緹雅を睨みつけながら低く問いかけた。
「……いま、なんと言った?」
その声音には怒りと困惑が混じり合い、
牠はなおも状況を把握しきれぬまま、
自分がどのようにして誤った判断へと導かれたのかを理解できずにいた。
――そして、その答えはすでに戦いの最初から用意されていたのだ。
最初の一瞬にして、緹雅は自らの職業技能――「実体幻象」を発動していたのである。
緹雅は挑発的な口調で続けた。
「でも――わたしの防御を貫けるなんて、その武器、まさか神器じゃないの?」
「なっ……なぜそれを知っている!」
蚩尤の顔はさらに陰鬱に歪み、
牠は怒りに満ちた咆哮を上げた。
牠の手に握られたすべての武器は、いずれも超量級の名品であった。
だが――その中で唯一、防御を打ち破ることができる真の脅威は、
あの弩ただ一つであった。
その弩こそ、伝説に語られる神弩――「艾克斯」。
いかなる防壁をも引き裂く力を持つとされ、
かつて蚩尤が光の元素使を葬った時にも用いられた、
破滅と死をもたらす武器であった。
「もちろん、見てわかったのよ! だって、わたしの防御を貫いたんですもの!」
緹雅は相変わらず軽い調子で言い放ち、
細い瞳をわずかに細めて、蚩尤の手に握られた神弩を一瞥した。
「それに――以前に一度触れたことがあるのよ。
まさか、そこまで使いこなせるとは思わなかったけれど……光の元素使を倒せたのも、その武器のおかげでしょ?」
その声音は柔らかくも挑発的で、
蚩尤の策略をまるで子供の遊びのように受け流していた。
「なっ……!」
蚩尤の表情が歪み、怒りと屈辱の色が混じり合う。
すると緹雅は微笑みながら、
その金色の光を反射する髪をひるがえし、軽く肩をすくめた。
「でもね――切り札を隠してるのは、あなただけじゃないのよ?」
そう言うやいなや、緹雅は再び攻撃を仕掛けた。
先程の幻影とは比べものにならぬほど、その動きは鋭く、
まるで暴風が駆け抜けるかのように迅速で精確だった。
刹那のうちに、その風の刃は蚩尤の防御線を切り裂き、
重厚な金の防壁すら粉砕した。
蚩尤は反射的に神弩「艾克斯」を構え、
再び反撃に転じようとした。
しかし、牠が狙いを定めた瞬間――
緹雅の攻撃は、まるで光の矢のように走り、
神弩「艾克斯」の放った一撃を正面から打ち消した。
神弩の力は、緹雅の一太刀の前に、あまりにも無力であった。
「そ、そんなはずが……!」
蚩尤は怒号を上げたが、その声には驚愕と恐怖が入り混じっていた。
すでに牠の思考はまともに働かず、
緹雅の攻撃は嵐のごとく牠を圧倒していた。
無数の刀光が彼女の手の中で交錯し、
死神の舞踏のような閃光を描きながら、
蚩尤の身体に次々(つぎつぎ)と新たな傷痕を刻んでいった。
「へぇ? 思ったより防御は悪くないじゃない。」
緹雅は唇の端をわずかに上げ、
その声にかすかな賞賛を滲ませた。
彼女は蝶のように軽やかに身を翻し、
蚩尤の反撃をことごとく避けながら、
容赦なく連撃を叩き込んでいった。
その頃、蚩尤の全身はすでに完全なる黄金化状態へと変貌していた。
黄金の肌は滴すら弾くほど硬く、
光を反射して眩い輝きを放っていた。
さらにその上から、牠は超量級の装備――「黒鱗」を身にまとっていた。
それは物理攻撃に対して五割の耐性を持つ強靭な防具であったが、
その反面、魔法攻撃に対しては脆弱であった。
それでもなお、緹雅の攻撃は確かに蚩尤の肉体を削り取っていた。
一撃ごとに刀刃は鋭く閃き、
その斬撃は焼け付くような激痛を伴いながら、
蚩尤の全身を痛みの奔流へと叩き込んだ。
怒りの炎に燃える蚩尤は、咆哮と共にその力を再び高めようとした。
攻撃力も速度も限界まで引き上げ、
黄金化した筋肉が悲鳴を上げるほどまで力を込めた。
――だが、それでも牠は緹雅の影すら捕えることができなかった。
緹雅の動きは風のように速く、
その姿は目に映るか映らぬかの幻であった。
蚩尤が武器を振るうたび、
彼女はその瞬間に掻き消え、
次に現れる場所は、牠が想像もできぬ位置であった。
戦闘が続くにつれ、蚩尤の感情は次第に荒れ狂い、
怒りと屈辱が心を焼き尽くしていった。
理性はすでに霧散し、残ったのは破壊への衝動のみ。
牠は咆哮と共に神弩「艾克斯」を再び構え、
最後の反撃を放たんとした――。
だが、その瞬間、緹雅の瞳が鋭く閃いた。
彼女は一瞬の隙を逃さず、全身の魔力を刀に集中させた。
そして、音もなく踏み込み――閃光のごとき一太刀が蚩尤の胸を切り裂いた。
「その武器、確かに防御を貫くには優れてるけど……」
緹雅は冷たく微笑み、刃先を血に濡らしながら言い放った。
「神器ってね、防御力を持ってるわけじゃないの。
まさか、それでわたしの攻撃を防げるなんて思ってたわけじゃないでしょう?」
その声音は氷のように冷たく、
次いで彼女は腕にさらなる力を込めた。
瞬間、九階魔法――「漩絲斷界・裂水嵐」が発動する。
奔流のような魔力が刀身を駆け抜け、
水の嵐が具現化して蚩尤の四肢を襲った。
轟音と共に黄金化した腕が粉々(こなごな)に砕け散り、
蚩尤は絶叫を上げながら地面を転がり回った。
その痛みは、神すらも耐え難いほどであった。
緹雅は倒れ伏す蚩尤の胸の上に静かに立ち、
冷然とした殺気を放ちながら見下ろした。
「正直に言えば――わたしにこの魔法を使わせたんだから、たいしたものよ。」
その声音は落ち着いているのに、
刃よりも鋭い威圧感を帯びていた。
「どうやら、わたしが出る必要はなさそうだね!」
緹雅は肩をすくめ、薄く笑いながら答えた。
「もちろんよ! 混沌級のボスとしては、守護者たちの腕試めしにはちょうどいい相手だったけどね。」
彼女はゆっくりと腰を落とし、
目線を低くして蚩尤を冷たく見下ろした。
「殺すのは少し惜しいけれど――任務は任務だから、仕方ないわね。」
「待て……!」
蚩尤は狼狽した声で叫た。その声には慌てと焦燥が混じり、かすかに震えていた。
「おや? まだ何か言いたいことでもあるのか?」
私は冷たく蚩尤を注視した。
かつて無畏と傲慢に満ちていたその瞳は、今や恐慌に染まりきっていた。
蚩尤は地面にへたり込み、今の姿は極めて脆弱であった。
「もし私を――殺したら……あの大人達はすぐに気づく。
お前たちは……絶対に生き延びられない!
聖王国も……すぐに滅ぼされるのだ!」
彼は全身の力を振り絞り、断続的に話したが、語られるのは脅迫と警告ばかりであった。
その言を聞く限り、彼の背後に控える勢力は決して小さくはないらしい。
私はその言葉を受けて、内心で思案を巡らせ始めた。
「どうやらこの奴は何かを知っているようだな?」
私は低声で囁き、視線を緹雅に向けて言った。
「緹雅、まずはどんな情報があるか探ってみよう!」
私がそう告げると、緹雅は両手を背後に置き、手中の武器を軽く振り回しながら口笛を吹き、私に好き(すき)にしていいという合図を送った。
「おまえ…おまえたちは一体何者なんだ?」
蚩尤の眼差しが私達をじっと見据えた。
私はわずかに手を持げ、人差指を唇にそっと当てて、彼に静かにするよう合図した。
「しっ…今から私が君に質問をする。君の答え次第で、処置が変わるかもしれない。」
この所作によって空気はたちまち静まり、微風さえも緩やかに流れるように感じられた。
私の声は低く冷たく、情感の欠如したものだった。
その冷たさは、蚩尤に対して私がいつでも彼の命を奪いかねない存在であると感じさせるに足る威圧感を伴っていた。
「おまえたちは……いったい……何を……知りたい……?」
蚩尤は息も絶え絶えで、まともに話すこともできなかった。
蚩尤が重傷のせいでうまく言葉を発せないのを見て、
私は少し手を貸すことにした。
指を伸ばし、そっと魔法を発動させる。
治癒魔法の光が指先に集まり、
やがてその光は蚩尤の身体へと伝わっていった。
魔力の流れが彼の身体をめぐり、
痛みがやわらぎ、声も少しずつ落ち着いていった。
「もう……これで普通に話せるはずだ。さあ教えてくれ、
おまえはいったい誰なんだ? その背後の“大人たち”とは何者だ?」
私は蚩尤に簡単な治療を施したあと、正式に尋問を始めた。
「吾は黒棺神さまのもとに仕える十八の精鋭直属護衛の一人だ。」
蚩尤はようやく息を整え、
疲労の滲む声でありながらも、はっきりと私の問いに答えた。
「また黒棺神か……。この黒棺神とはいったい何なんだ?」
私は心が沈み、同じ名を聞いた瞬間、
強い警戒心と共に、深い苛立ちを覚えた。
「吾は詳しくは知らぬ。吾は虚無より生まれ、
誕生以来たった一つの命令だけを受けてきた。
――それは、黒棺神さまが復活されるまで、聖王国の者を殺し続けることだ。」
蚩尤の目には冷たい光が宿り、
そこには感情というものがまるで存在していなかった。
それはまるで――その使命こそが彼のすべてであり、存在意義そのものだと言わんばかりであった。
私は眉をひそめた。
その言葉をすべて信じることはできなかったが、どうやら追うに値する手掛かりも含まれているようだった。
しかし、この蚩尤と名乗る存在の言葉は本当なのか?
黒棺神とは何者なのか?
そして、十八の精鋭とやらも恐るべき力を秘めているのだろうか?
「だが――おまえの名は“蚩尤”というのだな? 偶然だとは思えない。」
私は眉を上げた。
その名は古代の伝説に語られる魔神と酷似している。
もしかして、この存在と何か関係があるのか?
「どういう意味だ? 吾の名は、吾が誕生した瞬間に決められたものだ。」
蚩尤の返答には、どこか困惑の色がにじんでいた。
「……」
私はしばし沈黙し、心の中でこれらの言葉の裏にある意味を何度も考えた。
彼の言を完全に信じることはできないが、少なくとも追う価値のある情報ではある。
「では、その“十八の精鋭”とやらには、ほかにどんな者たちがいる?」
私はさらに詳しく聞き出そうとした。
もしかすれば、そこから新しい手掛かりが得られるかもしれない。
「吾は知らぬ。」
蚩尤の答えは短く、私を少し落胆させた。
「ちっ……この奴、何も知らないじゃない。」
緹雅は小さく呟き、明らかに不満げな表情を浮かべた。
「あるいは、嘘をついているのかもしれない。――一つ魔法を試してみようか。」
緹雅の言葉を聞いて、私はこの機会に少し試してみることにした。
「な、なにをする気だ!」
蚩尤の声には動揺が滲み、
私の次の行動に対する恐怖がはっきりと感じ取れた。
蚩尤が言葉を言い終える前に、
私はすでに手を軽く振り、十階魔法――「記憶章魚」を発動させていた。
魔法が発動すると同時に、
虚空から巨大な青い章魚が姿を現した。
その身体は奇妙な光を放ちながら脈動し、
触手は弓のようにしなやかに伸び、空気の中をうねるように動いた。
その章魚の体長はおよそ五メートルにも達し、
浮かび上がるたびに淡い光の波紋が周囲を包んでいった。
やがて章魚は素早く蚩尤の頭上へと這い上がり、
数本の触手がゆっくりと彼の額へ伸びていく。
吸盤が肌にぴたりと貼り付き、奇妙な刺激が始まった。
触手が蚩尤に触れた瞬間、
彼の瞳はぼんやりと濁り、意識が少しずつ曇っていくように見えた。
その様子は、まるで自我が支配を失いつつあるかのようだった。
「便利な魔法なのはわかるけど……見てるとなんだか落ち着かないわね。」
緹雅は少し顔をしかめて、低い声でぼそりと呟いた。
どうやらこの魔法が気に入らないらしい。
私は肩をすくめて答えた。
「仕方ないだろう、これしか方法がないんだから。」
ゲームの中では、この魔法は魔力の消耗も少なく、
通常のモンスターに使えば行動を単調にできた。
移動しないBOSS相手なら、攻撃パターンを事前に把握することもできたが、
一般のプレイヤーにはまったく効果がなかった。
だが、この世界に来てからは、情報収集において非常に有用な魔法となった。
とはいえ、その効果の見た目は慣れがたく、
緹雅や芙莉夏からは「ギルドの仲間に使うのは禁止」と明言されている。
それも当然だった。
この魔法がもたらす心理的な圧迫感や不快感は、常人には到底耐えられるものではないのだ。
章魚の触手が蚩尤の脳内へとさらに深く入り込むにつれ、
彼の記憶は少しずつ読み取られていった。
だがその時、蚩尤の身体が突如激しく震え出し、
黒い気流が洪水のように体内から爆発し、
瞬く間に全身を包み込んだ。
空間は一瞬で冷え込み、重く沈んだ気配が満ちる。
その黒い気は蚩尤自身から発せられたものではなく、
まるで外から何かに操られているかのようだった。
この力の源は――どう見ても尋常ではない。
「なっ……何が起きている!?」
私は目の前の変化に驚き、胸の奥に不安を覚えた。
その瞬間、蚩尤はもはや無力な囚人ではなかった。
彼の瞳は何者かに支配されたように狂気に染まり、
断ち切られていた四本の腕が瞬時に再生した。
そして――
凄まじい咆哮と共に、蚩尤は私へ向かって突進してきた。
「気をつけて!」
緹雅が鋭い声で叫び、
素早く武器を抜き放つと、防御の構えを取った。
彼女の身体はわずかに沈み、
その瞳は、突進してくる蚩尤を鋭く捉えて離さなかった。
「待て!」
私は瞬間的に自分の結界を展開し、
蚩尤の攻撃は一瞬で防がれた。
だが、それでも彼は狂ったように結界を叩き続け、
何度も破ろうと試みていた。
私は結界が攻撃を受け止めているわずかな隙をついて、
蚩尤の魔力の波動を急いで感知した。
観察の結果、蚩尤の魔力はすでに枯渇しており、
もはや自力で攻撃を放つことはできないと分かった。
つまり――今目の前で繰り出されている攻撃は、
蚩尤自身の力によるものではない。
私は一歩後ろへ下がり、
視線を蚩尤の首筋へと向けた。
そこには、漆黒の宝珠が鋭い光を放ちながら輝いていた。
その球体からは不気味なエネルギーが漂い出ており、
明らかに――この黒い宝珠こそが、
蚩尤に常軌を逸した力を与えている原因だった。
「緹雅!」
私は大声で叫び、急いで情報を彼女に伝えた。
緹雅はそれを聞くや否や、
一瞬の迷いも見せず蚩尤へと突進した。
刀刃は冷たい光を放ち、剣先はまっすぐ蚩尤の首筋を狙う。
その動きはあまりにも速く、
剣が振り下ろされるまでの一連の流れは、ほとんど一瞬の出来事だった。
「カシャン!」という音と共に、蚩尤の頭部は斬り落とされ、
同時に黒い宝珠も爆ぜ、黒煙となって空に散っていった。
空気はたちまち重苦しい死の気配に満たされ、
支えを失った蚩尤の身体は、
鈍い音を立てて地面に崩れ落ちた。
「まずい! あいつ、言ってただろ――もし死んだら、もっと強い敵が現れるって!」
私は慌てて声を上げた。
「今のはあまりにも急だったのよ、仕方ないじゃない!」
緹雅は肩をすくめ、困ったように答えた。
すべての出来事はあまりにも急速に進み、
細部まで対処する暇などなかった。
「大丈夫、責めてるわけじゃないよ、緹雅。」
私は彼女を見つめ、穏やかな声でそう慰めた。
これは彼女の過失ではない。
ただ、この戦いがあまりにも突然すぎただけなのだ。
「じゃあ、褒美として――わたしの頭を撫でてよ!」
緹雅はいたずらっぽい笑顔を浮かべ、
場の空気を和ませるように言った。
「はいはい……。」
私は苦笑して首を振り、
手を伸ばして彼女の頭を軽く撫でた。
この瞬間、彼女の様子はどこか軽すぎるほど落ち着いて見えた。
だが、私は知っていた。
この気楽さこそ、彼女なりの重圧に対する処しかたなのだと。
「どうせまた敵が出てくるんでしょ? そのとき倒せばいいじゃない。」
彼女は撫でられながら、小さく笑って言った。
「まったく……君は本当に緊張感がないな。」
「ふんっ!」
緹雅は唇を尖らせ、そっぽを向いた。
ここまで来て、十分な情報を得られなかったのは残念だったが、
蚩尤の武器と遺体を回収できたのは、少なくとも収穫と呼べるものだった。




