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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第一卷 第五章 千年の追尋-6

毒沼之窟どくしょうのくつ内部ないぶは、異常いじょうなほど温度おんどたかく、空気くうきには濃密のうみつ毒気どくきめ、呼吸こきゅうすら困難こんなんであった。

 いたところ毒煙どくえんげる沼池しょうち点在てんざいし、地面じめん壁面へきめんには奇妙きみょう黒色こくしょく岩石がんせきめられており、はなすような刺激臭しげきしゅうはなっていた。

 この隔絶かくぜつされた禁忌きんき奥深おくふかく――

 魔神ましん蚩尤シユウは、毒気どくきちたぬまなかしずかにしずめ、治癒ちゆ専念せんねんしていた。

 ぬま水面すいめんあつ紫色むらさきいろ毒霧どくむおおわれ、きりえずうずき、視界しかい完全かんぜんさえぎっていた。

 蚩尤シユウ巨体きょたいはほとん(殆)どぬまなかぼっし、わずかにえるのは血紅けっこうまった双眼そうがんのみ。その眼差まなざしはまるで地獄じごく狩人かりゅうどのようにするどく、いつでもすべてをらいくす覚悟かくごめていた。

 そのったきずふかかったが、このちる毒気どくき蚩尤シユウにとってごくめて有利ゆうりであり、傷口きずぐち癒合ゆごう加速かそくさせていた。

 この毒気どくき常人じょうじんにとっては致命的ちめいてき猛毒もうどくであり、いのちうばおそれすらある。だが、魔神ましんたる蚩尤シユウにとっては、それこそが最良さいりょう治癒薬ちゆやくであった。


蚩尤シユウかたわらには、聖王國せいおうこく兵士へいしたちの死体したい無惨むざん散乱さんらんしていた。

 血肉けつにくやつするどつめによって一片いっぺんずつかれ、その断片だんぺん満足まんぞくげにのどおくへとまれていく。

 これらの兵士へいしたちの血液けつえき肉体にくたいは、蚩尤シユウにとってたんなる食糧しょくりょうではなかった。それはうしなわれたちからもどすための養分ようぶんそのものだった。

 しかし――

 この深淵しんえん洞窟どうくつなかっても、蚩尤シユウけっして完全かんぜん安堵あんどすることができなかった。

 やつ胸中きょうちゅうには沈鬱ちんうつかげし、いかりの感情かんじょうは、まるでこの毒気どくきでられるようにしずまりながらも、同時どうじ内側うちがわからしずかに膨張ぼうちょうしていった。


突如とつじょ蚩尤シユウ腹部ふくぶて、傷口きずぐちさえた。

 対手あいて魔法まほうによってったそのきずは、いまだ完治かんちしておらず、体内たいないのこ異質いしつちから皮膚ひふがしつづけていた。

 蚩尤シユウひくうなるような咆哮ほうこうらし、やが(徐)にくちひらいた。

「忌々(いまいま)しい……次々(つぎつぎ)と奇怪きかい出来事できごとこりおって。――このわれという至高無上しこうむじょう存在そんざい匹敵ひってきしようとは、おろかにもほどがある。」

 蚩尤シユウじ、不意ふいおもす。

 つい先程さきほど戦闘せんとう記憶きおく――それは、聖王國せいおうこく軍勢ぐんぜいとの遭遇そうぐうであった。

 本来ほんらいまえちはだかる兵士へいしどもなど、蚩尤シユウにとってるにらぬ存在そんざいであり、わずらわせる価値かちすらなかった。

 指先ゆびさきひとつうごかすだけで容易ようい殲滅せんめつできる程度ていどのもの――それは二十五年前にじゅうごねんまえなにひとつわらず、聖王國せいおうこくつわものどもは微塵みじん成長せいちょうしてはいなかった。


しかし――あの戦闘せんとうは、蚩尤シユウにとって意外いがい苦戦くせんとなった。

 聖王國せいおうこく兵士へいしたちを虐殺ぎゃくさつくそうとしたその刹那せつな一人ひとり老人ろうじん蚩尤シユウまえ姿すがたあらわしたのだ。

「……あの怪物かいぶつは、いったい何者なにものだったのだ?」

 蚩尤シユウ胸中きょうちゅうには、得体えたいれぬ疑念ぎねんがった。

 あの光景こうけい脳裏のうりよみがえる。

 瀕死ひんし老人ろうじん最後さいご瞬間しゅんかん水晶球すいしょうきゅうくだくと、そのなかからまばゆ光輝こうきはな一人ひとり元素使げんそしあらわれた。

 光元素使こうげんそし出現しゅつげんは、蚩尤シユウ戦慄せんりつさせるにるものであった。

 そのちから蚩尤シユウ予想よそうはるかにえ、瞬間しゅんかんのうちにやつ絶望ぜつぼうふちへとめたのである。


「もしあのときめられた武器ぶき即座そくざ使つかっていなければ、私はとうにあのんでいたであろう。」

 蚩尤シユウはその瞬間しゅんかんおもしながら、わず(僅)かにふるわせた。

 その言葉ことばの端々(はしばし)から、蚩尤シユウ内心ないしんのこ不満ふまんと、かすかな恐怖きょうふが感じ(かん)られた。

 あの元素使げんそしちから圧倒的あっとうてきで、蚩尤シユウですら即座そくざ反応はんのうすることができなかった。

 もし自分じぶん特別とくべつ手段しゅだんがなかったならば、確実かくじつにあの戦闘せんとういのちとしていたにちがいない。

みとめねばなるまい……あのもの本当ほんとうつよかった。」

 蚩尤シユウこえには、もはや以前いぜんのような自信じしん傲慢ごうまんはなく、わりにふか沈思ちんしにじんでいた。


蚩尤シユウふたた血肉けつにく一片いっぺんみ込み、そののどおくいかりと屈辱くつじょくくだくようにころした。

 その胸中きょうちゅうさか怨念おんねんは、つぎおとずれる報復ほうふくへのちかいへとわっていく。

 ――かならむくいてやる。

 聖王國せいおうこくであろうと、そのそのたおろかな存在そんざいであろうと、われ刃向はむかうすべてのちからは、完全かんぜんなる滅絶めつぜつむかえることになる。

 みずからのきずえ、ちからととのいしとき――

 この屈辱くつじょくも、いたみも、すべては過眼雲煙かがんうんえんとなる。

 最終的さいしゅうてきに、この世界せかいにおいてつづける資格しかくつのは、われのような魔神ましんただひとつのみ。


 蚩尤シユウがなおも沈思ちんししずんでいたそのとき――

 突如とつじょ洞窟どうくつ濃密のうみつ静寂せいじゃくくように、一条いちじょうつめたいこえひびいた。

「ほう? そのきず、やはり光元素使こうげんそしによってきざまれたものか。」

 蚩尤シユウ瞬間しゅんかん驚愕きょうがく見開みひらいた。

 はげしい圧迫感あっぱくかん全身ぜんしんにのしかかり、おもわずふるわせる。反射的はんしゃてきばし、かたわらにあった戦斧せんぷつかると、全方位ぜんほうい視線しせんはしらせ、警戒けいかいつよめた。

 心臓しんぞうはげしく鼓動こどうし、脳内のうないでは無数むすう警報音けいほうおんひびいていた。

 ありありえない――。

 どうしてだれかが、自分じぶんった結界けっかい完全かんぜんやぶり、しかも気配けはいすらかんじさせずにここまで侵入しんにゅうできるというのか?

 それだけではない。

 このもの結界けっかい突破とっぱしただけでなく、そとはいした守衛しゅえいたちをたおし、そのうえ一切いっさいおとてずに自分じぶんそばあらわれたのだ。

だれだ! どこにる!」

 蚩尤シユウこえいかりとおそれの入りじったうなごえわり、洞窟どうくつじゅう反響はんきょうした。

 しかし、かえってくるのはむなしい反響音はんきょうおんのみ。

 蚩尤シユウ血走ちばしった四方しほう見渡みわたし、わず(僅)かな気配けはいすらものがすまいと集中しゅうちゅうした。


「ふん、たかがこの程度ていどのことも見抜みぬけぬとはな。――どうやら貴様きさまうほどたいした存在そんざいではないようだな。」

 そのこえふたた洞窟どうくつやみなかからひびわたり、嘲笑ちょうしょう軽蔑けいべついろびていた。

 まるで蚩尤シユウ無知むち無力むりょく愉快ゆかいげにあざわらうかのように、そのこえ静寂せいじゃく何度なんどした。

 蚩尤シユウむね一瞬いっしゅんつよ脈打みゃくうち、思考しこうするどめぐはじめた。

 ――まさか、おのれちからがまだ完全かんぜんにはもどっていないというのか?

 いな、そんなはずはない。たしかにいまなおわず(僅)かな疲労ひろうのこっているが、感覚かんかくまされている。

 まこと脅威きょういちかづけば、かならずそれを察知さっちできるはず――そう、蚩尤シユウ確信かくしんしていた。

 だが、いまこの瞬間しゅんかん出来事できごとは、その確信かくしん根底こんていからくつがえす。

 なにこっているのか、まるでわぬ現象げんしょうが、眼前がんぜんしずかにひろがっていた。


その瞬間しゅんかん――

 突如とつじょ蚩尤シユウ背後はいごから一条いちじょう斬撃ざんげき閃光せんこうのごとくはしけた。

 それは雷鳴らいめいごとするどく、同時どうじすさまじい衝撃しょうげきともなっていた。

 蚩尤シユウ反射的はんしゃてきひるがえし、戦斧せんぷよこいてその一撃いちげきめた。

 だが、斬撃ざんげき宿やど圧力あつりょく凄絶せいぜつきわめ、その巨体きょたい容赦ようしゃなくばした。

 蚩尤シユウ身体からだ洞窟どうくつ壁面へきめん激突げきとつし、岩石がんせきおくにまでふかたたまれた。

 つづいて、重力じゅうりょくかれるようにくずち、かた地面じめんたたきつけられる。

 くちからは鮮血せんけつほとばしり、あかしずく毒霧どくむじってらめいた。

「まあ? この一撃いちげきふせぐなんて、やるじゃない。」

 洞窟どうくつひびいたのは、緹雅ティアやわらかな笑声えごえだった。

 その声音こわねには嬉々(きき)とした興奮こうふんにじみ、まるでまえ強敵きょうてきが、彼女かのじょにとってはあらしい玩具がんぐででもあるかのようだった。

「ふふっ……けっこう面白おもしろいじゃない。」

 緹雅ティア微笑ほほえみながら、まとったひかり残滓ざんしはらとす。

 そのひとみ好奇心こうきしん狩人かりゅうど残酷ざんこくかがやきを宿やどしていた。



蚩尤シユウ鼓動こどうはさらにはやまり、脳内のうない混乱こんらん警戒けいかい信号しんごうたされていた。

 しかし、すぐにやつおのれいて冷静れいせいもどす。いしばり、いかりの奔流ほんりゅうむねおくばくぜる寸前すんぜんまでたかまっていた。

 全身ぜんしんはしいたみを必死ひっしこらえ、蚩尤シユウいわきながらゆっくりとがる。

 その双眼そうがんには、先程さきほどよりもさらに強烈きょうれつ怒火どかがっていた。

貴様きさまたちは何者なにものだ? こので、どうして無傷むきずでいられる?」

 蚩尤シユウ表情ひょうじょう無理むりかせ、両手りょうて戦斧せんぷおおきくいた。

 その一閃いっせん空気くうきき、洞窟どうくつ毒霧どくむはげしくらした。


蚩尤シユウ質問しつもんたいして、わたし語気ごきはむしろ一層いっそう軽蔑けいべつちていた。

「我々(われわれ)? 我々(われわれ)は――おまえ討伐とうばつしにものだ。」

 その言葉ことばあきらかに挑発ちょうはつふくみ、嘲笑ちょうしょうめいたひびきをびていた。

「この瘴気しょうきなど、我々(われわれ)にはなん影響えいきょうもない。」

 蚩尤シユウするどほそまる。

「……まさか、盤古バンコウのあのいぼれが、おまえたちをけたというのか?」

 だが、すぐにやつくびり、ひくこえつぶやいた。

「いや……それはありありえぬ。この盤古バンコウでさええられぬはず……。

 おまえたち――いったい、どうやってここにひそった?」


わたしはその言葉ことばくと、はなわらうようにちいさくいきらし、やが(徐)て不遜ふそん笑声えごえげた。

「どうやってひそんだ……だと? ――はははっ!」

 そのわらごえ洞窟どうくつ反響はんきょうし、蚩尤シユウ困惑こんわくをさらにふかめた。

 蚩尤シユウ眉間みけんしわせ、おさえきれぬ苛立いらだちをにじませながらかえした。

なに可笑おかしい?」

 ――みずからが聖王國せいおうこくすらほろぼす偉大いだいなる存在そんざいであるというのに、まえ人間にんげんどもは、なぜこうも軽蔑けいべつてきわらみをかべられるのか。蚩尤シユウ理解りかいできずにいた。

 わたしはその嘲笑ちょうしょうをわず(僅)かにき、くちびるうすみをのこしたままった。

「……まだめてないのかしら?」

 かるかたすくめ、まるで他愛たあいない雑談ざつだんのようにつづける。

「それとも――身体からだよわりすぎて、結界けっかいすら維持いじできてないんじゃない? ねえ、ってる? この地面じめんした結界防御けっかいぼうぎょなんてまった存在そんざいしてないのよ?」


蚩尤シユウはその言葉ことばいてはじめておもいたった。

 自分じぶんはこれまで洞窟どうくつ上層じょうそうばかりに注意ちゅういはらい、下層かそう毒気どくき濃厚のうこうすぎて、いかなる生命体せいめいたいちかづけぬとたかくくっていた。

 そのため、結界けっかい範囲はんいをわざわざ下層かそうまでおお必要ひつようはないと判断はんだんし、ちから節約せつやくしていたのだ。

 むねおくがわず(僅)かにしずみ、みずからの油断ゆだんさとる。

 だが同時どうじに、まえ二人ふたり本当ほんとう自分じぶん結界けっかいやぶれる存在そんざいとは到底とうていおもえなかった。

「ふん! つまり――貴様きさまらは、毒気どくきたいする耐性たいせいっているだけで、結界けっかいえたわけではないということか?」

 蚩尤シユウはわず(僅)かに口角こうかくげ、先程さきほど狼狽ろうばいじるようにはなわらった。

 その胸中きょうちゅうには、おろかな動揺どうよう見抜みぬかれた屈辱くつじょくと、それをそうとする傲慢ごうまんうずいていた。

「ははっ――ならば貴様きさまら、じつおろかだな!」

 蚩尤シユウ冷笑れいしょうし、まるですべての脅威きょうい霧散むさんしたかのようにかたちからいた。

 緊張きんちょういとれたように、洞窟どうくつ空気くうきふたたあざけりのひびきがひろがる。


だが、その言葉ことばいた瞬間しゅんかん緹雅ティアおもわずすようにわらってしまった。

「おや? 随分ずいぶんおおきなくちたたくじゃない。」

 その不遜ふそんあざけるような声音こわねは、蚩尤シユウほこたか自尊心じそんしん正面しょうめんからなぐりつけるようだった。

 緹雅ティア一言ひとことは、するど匕首あいくちのように蚩尤シユウ胸奥きょうおうさり、その内側うちがわいかりを一気いっきてた。

「この結界けっかいは、われゆるさぬかぎり、だれとおることなどできぬ。」

 蚩尤シユウ自信じしんちたこえはなつ。

「すなわち――貴様きさまらは、もうげられぬということだ。」

 そのひとみにははげしい怒火どかえ、洞窟どうくつ空気くうきさえふるわせるような殺気さっきにじていた。

 蚩尤シユウは、まるでみずからにかせるように――このこそがわれ支配しはいする領域りょういきだと、ふたた確信かくしんしようとしていた。


「ははは――げるだと? 我々(われわれ)はそんなこと一片いっぺんかんがえてなどいない。」

 わたし突然とつぜん冷笑れいしょうらし、語調ごちょう陰沈いんちんじた。

「それよりも――わたしにはおまえ清算せいさんしてもらうべきちょうがあるのだ!」

 わたし言葉ことばからは、蚩尤シユウにまでとどくほどのはげしい憤怒ふんぬほとばしった。

 蚩尤シユウわずかに眉間みけんしわせ、おもわずふたたうた。

「……ん? なにっているのだ?」

先日せんじつのことだ――おまえ利波リポ草原そうげんで、聖王國せいおうこく兵士へいしどもをみじんにころしたのだろう?」

 わたし視線しせん一層いっそうするどくなり、うちにはおさがた怒火どかさかっていた。はっする一語いちご一語いちごはまるでほのおあぶられたかのようにけ付き、ふか怨念おんねんともなっていた。

 蚩尤シユウはそのときになってようやさっしを不耐ふたいふくんだ表情ひょうじょうかべた。やつあざけるようにはなわらい、かるんじたこえった。

「ほう? それがどうした? そのなかにおまえたちのものがいたのか? ははは! 残念ざんねんだが、おれすでみならってしまったぞ。さあ、復讐ふくしゅうしたければしてみるがいい。」


蚩尤シユウ返答へんとうて、わたし冷笑れいしょうらしつつこたえた。

いいえいいえいいえ。」

 その言葉ことばに、蚩尤シユウさらいぶかしげな表情ひょうじょうかべ、かえした。

「では一体いったいなにためなんだ?」

 私は一拍いっぱくいてから、胸中きょうちゅうよどんでいた不満ふまん一気いっきした。

「あのものたち本来ほんらいわたしおおくの重要じゅうよう事象じしょう調査ちょうさするために用意よういされたのだ。だというのに、結果けっかとしておまえというやつ妨害ぼうがいされるとは――度胸どきょうだけは立派りっぱだな。たとえ無知むちであったとしても、それはゆるされぬことだ!」

 私はえばうほど興奮こうふんし、語調ごちょう次第しだいたかまり、そのこえは知ら(し)ぬおそるべき威圧感いあつかんはなはじめていた。


そのとき蚩尤シユウ見開みひらき、ひたいかすかにあせにじた。

 わたしからはなたれる圧倒的あっとうてき気配けはいにより、さきほどまでようやくしずまっていたこころが、ふたた不安ふあんらぎはじめたのだ。

 ――このもの只者ただものではない。

 まえ存在そんざいは、なに底知そこしれぬちからうちめている。

 蚩尤シユウはその瞬間しゅんかんみずからがまえてきかるんじていたことをさとり、無意識むいしきのうちにのどらせた。

 ――どうやら、私はこの相手あいてあますぎていた。


「まあまあ!あなた、そんなにおこらないで!」と、緹雅(ティア)微笑ほほえみながらわたしそばあるり、そっとかたいた。やわらかな仕草しぐさは、まるでおだやかなかぜのようにこころで、しずかにかせてくれる。

わるい、みだした。」

ふかいきみ、感情かんじょうさえむ。

緹雅(ティア)言葉ことばいて、ようやく自分じぶん先程さきほどどれほど感情かんじょうあらげていたかにづく。こうして感情かんじょうおもうままにすなど、普段ふだんわたしらしくはなかった。


蚩尤シユウ は、わたしたちがまるで自分じぶん眼中がんちゅうかぬ様子ようすに、いかりを極限きょくげんまでつのらせていた。

みみつんざくような咆哮ほうこうともに、そいつの身体からだ突如とつじょとして爆発的ばくはつてきちからはなつ。それは、八階はっかい強化きょうか魔法まほう――「魔力爆発まりょくばくはつ」であった。

魔法まほう発動はつどう同時どうじに、蚩尤シユウ全身ぜんしんから猛烈もうれつ気流きりゅうれ、周囲しゅうい空気くうきうずきながらせられていく。周囲しゅうい岩石がんせきは次々(つぎつぎ)とけ、くずちた。

やがて、その筋肉きんにく異常いじょう速度そくど膨張ぼうちょうし、姿すがたは見る見るうちに巨大化きょだいかしていく。身長しんちょうはほとんど天井てんじょうとどくほどにまでたっした。

はだもと青藍色せいらんしょくから徐々(じょじょ)に深紅しんくへとわり、まるで煉獄れんごくほのお体内たいないさかるかのようだった。その身体からだ全体ぜんたいからは、圧倒的あっとうてき威圧感いあつかんはなたれている。

するどつめ異様いようなほど肥大ひだいし、きば巨大きょだいやいばのようにするどひかる。薄暗うすぐら洞窟どうくつなかで、それらはつめたいかがやきをはなっていた。

一歩いっぽすたびに、大地だいちはげしくふるえ、周囲しゅういのすべてがその圧倒的あっとうてき威圧いあつまれそうになるのだった。


このときわたしは「鑑定かんてい」をもちい、蚩尤シユウ能力値のうりょくち変化へんか注視ちゅうししていた。

もともと、私はこれをただの「夢魘級むえんきゅう」のBOSSボス程度ていどだとかんがえていた。だが、表示ひょうじされた数値すうち瞬間しゅんかんおもわずいきむ。

蚩尤シユウ各項かくこう能力値のうりょくち突如とつじょとしてぼうはつてき上昇じょうしょうし、夢魘級むえんきゅうから一瞬いっしゅんで「混沌級こんとんきゅう」へとがった。その異常いじょう増幅ぞうふくに、私はただ驚嘆きょうたんするしかなかった。

いま自分じぶん状態じょうたいに、蚩尤シユウ はかつてない自信じしんいだいているようだった。双眼そうがんには邪悪じゃあくひかり宿やどり、そのわらごえ洞窟どうくつひびわたる。

「この形態けいたいは、千年せんねん修練しゅうれんてようやく到達とうたつした至高しこう境地きょうち――この世界せかいうことでさとわざだ!」

そのこえには、ほこりと圧倒的あっとうてき優越感ゆうえつかんにじんでいた。

かんじるぞ……おまえたちはつよい。わたしにこの形態けいたいをすぐに使つかわせるとはな……ふふ、幸運こううんだとおもえ。」

蚩尤シユウこえ洞窟どうくつおく反響はんきょうし、その音調おんちょう次第しだいたかくなっていく。まるで世界せかいおそれるものなどなにもないとしんじているかのように。

「さあ――遺言ゆいごんはあるか?」

蚩尤シユウ冷酷れいこく眼差まなざしでわたしたちを見下みおろし、この状態じょうたい自分じぶんあらがえるものなどいないと確信かくしんしているようだった。


蚩尤シユウ挑発ちょうはつたいして、わたしはまったくどうじなかった。

むしろ、そのかおゆがんで変形へんけいした様子ようすに、わずかにくほどのおどろきをおぼえた。

「まったく……くじゃないか。」

そうかるつぶやいたあと、私はゆっくりとひるがえし、うしろの 緹雅(ティア)こえをかける。

緹雅(ティア)手伝てつだおうか?」

その瞬間しゅんかん緹雅(ティア)表情ひょうじょう一変いっぺんした。

かげしたようにくらくなり、そのひとみやいばのようにするどひかる。

「……わたしを、からかってるの?」

つめたくはなすようなこえ

その言葉ことばはしに、かすかにいかりがにじんでいた。

私はおもわず苦笑くしょうしてかたすくめる。

「はいはい、わかったよ。じゃあ、まかせた。」


わたしたちのあいだわされたかる冗談じょうだんて、蚩尤シユウいかりはふたた爆発ばくはつした。

その双眼そうがんさかほのおのようにあかかがやき、怒声どせい洞窟どうくつ空気くうきふるわせる。

「このわたしあなどるな! 世界せかい化身けしんたるわれに、さからおうなどおろかだ!」

その咆哮ほうこうはまるで雷鳴らいめいはしごととどろき、圧倒的あっとうてき威圧いあつともなってせた。

せてやる――八階はっかい戦技せんぎ原斧斬げんふざん》!」

さけびながら 蚩尤シユウ戦斧せんぷるう。

その一撃いちげきごとに天地てんちきしむようで、常人じょうじんには到底とうていえぬ速度そくどだった。血紅色けっこうしょく戦斧せんぷそらき、閃光せんこう軌跡きせきえがきながら、圧倒的あっとうてき威圧いあつともなって暴風ぼうふうのごとき衝撃波しょうげきはす。

その気流きりゅうは、まるですべてを瞬時しゅんじくかのようだった。

巨大きょだい斧頭ふとうりかざした 蚩尤シユウ は、すさまじいいきおいで 緹雅(ティア)かって突進とっしんする。

おのろされる瞬間しゅんかん空気くうきけ、無比むひちから速度そくどともなって、一直線いっちょくせん緹雅(ティア) へとせまった。


だが、わたしおどろかせたのは、そのつぎ瞬間しゅんかんだった。

緹雅(ティア) は、たった片手かたてかるげただけで、蚩尤シユウ一撃いちげき真正面ましょうめんからめたのだ。

そのうで微動びどうだにせず、まるで岩石がんせきのようにかたるがない。

圧倒的あっとうてき衝撃しょうげき空気くうきふるわせるなか緹雅(ティア)一歩いっぽ退しりぞかなかった。

どれほど 蚩尤シユウちからめても、彼女かのじょ身体からだ微塵みじんうごかない。

その双眼そうがんつめたくひかり、まるでこおりやいばのようにするど蚩尤シユウ射抜いぬく。

そして、つぎ瞬間しゅんかん――緹雅(ティア)しずかにちからめ、するどかえした。

「――ごうッ!」

にぶ衝撃音しょうげきおんともに、蚩尤シユウ巨体きょたいはじばされ、後方こうほうへとぶ。

そのまま岩盤がんばんたたきつけられ、地面じめんはげしくれ、周囲しゅうい岩石がんせきくずちた。

蚩尤シユウ表情ひょうじょう驚愕きょうがくまる。

この圧倒的あっとうてき形態けいたいで、まさか人間にんげんごときにたおされるとは、ゆめにもおもっていなかったのだ。

だが、緹雅(ティア)追撃ついげきしなかった。

ただしずかにそのち、つめたい視線しせん見下みおろす。

「それだけ?」

彼女かのじょこえは淡々(たんたん)として、挑発ちょうはつでもいかりでもない。

まるで、蚩尤シユウちからなど、るにらぬものだとわんばかりに。


先程さきほど一撃いちげきにより、蚩尤シユウあきらかに動揺どうようしていた。

だが、そのおどろきはすぐに闘志とうしへとわり、かれ姿勢しせいただしながら、体内たいない渦巻うずまちからをさらにたかめていく。

数千年すうせんねんおよ修練しゅうれん魔神ましんとして、かれ理解りかいしていた。

――いま、この瞬間しゅんかんこそが全力ぜんりょくくすときだ。

さもなくば、この眼前がんぜん人間にんげんたおすことなどけっしてできぬ、と。

蚩尤シユウにしていたおのを荒々(あらあら)しくて、両側りょうがわえた四本よんほんうでおおきくりかざした。

瞬間しゅんかん、その肉体にくたい四肢しし異様いよう変化へんかげていく。

筋肉きんにく隆起りゅうきし、骨格こっかくきしみ、そしてそれぞれのうでてのひらにはことなる武器ぶきあらわれた。

一本いっぽん鋭利えいり長槍ちょうそう

一本いっぽんほのおまとけん

もう一本いっぽんやいばのようにとがったほこ

そして最後さいご一本いっぽんには、狭長きょうちょうげきにぎられていた。

それらの武器ぶきはまるでかれいかりと魔力まりょく具現化ぐげんかしたかのように、禍々(まがまが)しいひかりはなっていた。


四種よんしゅことなる武器ぶきは、蚩尤シユウ掌握しょうあくのもと、まるでもののように同時どうじうごした。

長槍ちょうそうき、炎剣えんけんき、ほこつらぬき、げきはらう。

それぞれがことなる角度かくどから、完璧かんぺき連携れんけいをもって 緹雅(ティア) へとおそいかかった。

「これこそが――われしんちからだッ!」

怒号どごうとも蚩尤シユウ表情ひょうじょう狂気きょうきまり、には凶光きょうこう宿やどる。

四方しほうからはなたれるやりけんほこげきやいば閃光せんこうのように交錯こうさくし、

空気くうきそのものをいて轟音ごうおんひびかせた。

この一撃いちげきは、もはや先程さきほどまでの攻撃こうげきとはくらべものにならぬ。

蚩尤シユウ はその全力ぜんりょく、いや、存在そんざいそのものをめ、

みずからのほこりと本能ほんのうけて、緹雅(ティア)おそいかかった。


最初さいしょうごいたのは、やりにぎうでだった。

蚩尤シユウ猛然もうぜん一閃いっせんし、長槍ちょうそう螺旋らせんえがきながら急速きゅうそく回転かいてんし、

圧倒的あっとうてき破壊力はかいりょくともなって 緹雅(ティア) へとされた。

その速度そくどうことすら困難こんなんで、

槍尖そうせん一直線いっちょくせん彼女かのじょ胸元むなもとつらぬかんとせまる。

だが、それはたんなる物理的ぶつりてききではなかった。

やりにはつよれつ風属性かぜぞくせい宿やどり、

えぬ風刃ふうじん空気くうききながら螺旋らせんともはなたれていく。

その風刃ふうじんは、まるで無数むすうやいば空間くうかんうかのように、

あらゆるものをするどさをびていた。

――それこそ、蚩尤シユウ八階はっかい戦技せんぎ影風突えいふうとつ》である。

緹雅(ティア)素早すばやひるがえした。

そのうごきはまるでかぜけるようななめらかさで、

ほとんど瞬間的しゅんかんてき槍尖そうせん回避かいひしていた。

だが、それでも完全かんぜんにはのがれきれなかった。

彼女かのじょうで衣端ころもはしが、

えぬ一条いちじょう風刃ふうじんかすられ、

わずかにった。


そのとき蚩尤シユウ緹雅(ティア)一瞬いっしゅんすきすらあたえなかった。

彼女かのじょ槍撃そうげきをかわした刹那せつな

ほのおまとけん上方じょうほうから閃光せんこうともろされる。

そのやいば灼熱しゃくねつほのおげながら空気くうきき、

とどろ熱風ねっぷうとも緹雅(ティア)くさんとせまった。

だが、緹雅(ティア)反応はんのう一瞬いっしゅんたりともおくれなかった。

彼女かのじょげ、ながれるような動作どうさ魔力まりょく解放かいほうする。

瞬間しゅんかん、その周囲しゅうい空間くうかん波紋はもんえがき、

うず巨大きょだい水盾すいじゅん出現しゅつげんした。

――八階はっかい魔法まほう水螺潮環すいらちょうかん

その水盾すいじゅん螺旋らせんごと回転かいてんしながら、

つよじんかべして 緹雅(ティア)つつむ。

そしてつぎ瞬間しゅんかん炎剣えんけんやいばがその水盾すいじゅんたたきつけられた。

「――ガァンッ!」

火焔かえん水流すいりゅう激突げきとつし、まばゆひかり轟音ごうおん洞窟どうくつじゅうひびわたる。

水盾すいじゅんれながらもくずれず、

さか炎剣えんけんたけりをめていた。


だが――両者りょうしゃちからったその瞬間しゅんかん

蚩尤シユウ口元くちもとに、つめたいみがかんだ。

みずわれほのおしずめようなど――おろかだな。」

まるですべてを見通みとおしていたかのような声音こわね

その言葉ことばともに、炎剣えんけんやいば水盾すいじゅんれた瞬間しゅんかん

緹雅(ティア)異変いへんづいた。

水盾すいじゅん表面ひょうめんに、うすしもおともなくはしり、

それはまたた全体ぜんたいへとひろがっていく。

透明とうめい水流すいりゅうこおりつき、

螺旋らせんうごきをめ、

まるで巨大きょだい氷塊ひょうかいたてとなって沈黙ちんもくした。

「……これは、こおり?」

緹雅(ティア)ひとみおどろきにれる。

たしかに、それはほのおけんだったはず。

だが、いまそのやいば冷気れいきはなち、

氷結ひょうけつ魔力まりょく周囲しゅうい空気くうきさえこおらせていた。

それこそが、このけんしん性質せいしつ――幻象属性げんしょうぞくせい

ものまどわせ、

おおわれた魔力まりょく真実しんじつかくす。

表面上ひょうめんじょう魔法まほうでありながら、

そのじつこおりのろいをめたやいばだった。

――蚩尤シユウ がこのけん幻象げんしょうあやつはなつ、

八階はっかい戦技せんぎ幻息斬げんそくざん

こおりいき洞窟どうくつたし、

空気くうきこおくような静寂せいじゃくなか

蚩尤シユウ冷笑れいしょうだけがひびわたった。


わるくないわね。」

緹雅(ティア)あわみをかべ、まるで些細ささい技巧ぎこう賞賛しょうさんするかのようにしずかにった。

その声音こわねにはあせりのいろなど微塵みじんもなく、むしろ冷静れいせい余裕よゆうにじんでいた。

蚩尤シユウけんこおいた水盾すいじゅんつらぬこうとしたその瞬間しゅんかん――

突如とつじょたて内側うちがわからぎゃく方向ほうこうちからはたらき、

そのやいばつよめた。

「……なに?」

蚩尤シユウ眉間みけんわずかにゆがむ。

つぎ瞬間しゅんかんかれづいた。

水盾すいじゅん内部ないぶに、つち魔力まりょくうずいていることに。

そして、その中心ちゅうしんからどろかたちづくられた二本にほん触手しょくしゅて、

まるでもののようにけんやいばからめ取り(と)っていた。

その触手しょくしゅはどこまでもねばづよく、

けんふか泥中でいちゅうしずめるかのようにうごきをふうじていた。

――八階はっかい魔法まほう泥纏でいたん

てき武器ぶき拘束こうそくし、ちからながれを拘束術こうそくじゅつ

それはみずつち属性ぞくせいたくみに融合ゆうごうさせた、緹雅(ティア)得意とくいとする防御魔法ぼうぎょまほうだった。

「ありえぬッ!」

蚩尤シユウひくうなごえげ、

渾身こんしんちからけんこうとする。

だが、どれほどうでりきめても、

どろ触手しょくしゅはなれるどころか、さらにつよけていった。


蚩尤シユウは、この短暫たんざん束縛そくばくおどろきをおぼえたものの、けっしてあわてふためくことはなかった。

かれ緹雅(ティア)かなら対処たいしょしてくることを理解りかいしていたため、たとえ即座そくざ身動みうごきがれなくとも、瞬時しゅんじ態勢たいせいととのえた。

かれのもう一方いっぽうには長矛ちょうぼうにぎられ、そのするど穂先ほさき水盾すいじゅん反対側はんたいがわへとたけしくされた。

矛頭ほこう稲妻いなずまのようにひらめき、絶対ぜったいてき破壊力はかいりょく宿やどして、防御壁ぼうぎょへきつらぬこうとした。

蚩尤シユウ行動こうどう一見いっけん衝動的しょうどうてきえたが、実際じっさいには非常ひじょう冷静れいせいで、瞬間的しゅんかんてき困難こんなん直面ちょくめんしても、けっして動揺どうようすることはなかった。

同時どうじに、かれげき緹雅(ティア)へとるわれ、ふたつの武器ぶきことなる攻撃こうげきほうって彼女かのじょ同時どうじめた。

八階はっかい戦技せんぎ――「雷突らいとつ」、八階はっかい戦技せんぎ――「光崩こうほう」、ふたつのわざ同時どうじ発動はつどうされた。


ふたつの武器ぶき同時どうじ攻撃こうげきする瞬間しゅんかん蚩尤シユウ自分じぶん権能けんのう――「絶気ぜっき」を発動はつどうした。

この権能けんのうは、相手あいてがすでに発動はつどうした魔法まほう弱体化じゃくたいかさせ、その効果こうか五割ごわりげんにするちからつ。

そのちから爆発ばくはつした瞬間しゅんかん緹雅(ティア)魔法まほう次第しだいよわまっていった。

蚩尤シユウげきほこたくみにあやつり、ふたつの武器ぶきちから一点いってんあつめ、緹雅(ティア)束縛そくばくやぶって、ついにけんくことに成功せいこうした。


蚩尤シユウ一連いちれん攻撃こうげきは、まるで行雲流水こううんりゅうすいのごとくなめらかで、寸毫すんごう無駄むだもなかった。

かれつのうではそれぞれことなる武器ぶきつよにぎりしめ、その一挙手一投足いっきょしゅいっとうそく圧倒的あっとうてきちから宿やどっていた。

ふたた武器ぶきかまえた蚩尤シユウ表情ひょうじょうきびしくまり、そのこころ奥底おくそこでは、先程さきほど戦闘せんとう警戒けいかいふかろしていた。

かれまえてきなみ存在そんざいではないことを痛感つうかんしていた。

ゆえに、かれはすべての武器ぶき一点いってん集中しゅうちゅうさせ、両手りょうてかたにぎりしめた。

瞬間しゅんかん空気くうきめ、重苦おもくるしい気配けはい戦場せんじょう全体ぜんたいひろがっていった。

蚩尤シユウひとみ烈火れっかのようにがり、その身体からだ全体ぜんたいからは強烈きょうれつ元素げんそ波動はどうあふした。

かれすこしずつ元素げんそちから武器ぶきへとそそみ、やがて圧倒的あっとうてきなエネルギーを形成けいせいしていった。

エネルギーがすにつれ、蚩尤シユウ武器ぶき表面ひょうめんにはまばゆ閃光せんこうはしり、それはまるで夜空よぞら流星りゅうせいのようであった。

「よい! ひさしく全力ぜんりょくせる相手あいてなどあらわれなかったからな!」

蚩尤シユウ豪快ごうかいわらい、そのこえには昂揚こうよう興奮こうふんにじんでいた。

「このわざ本来ほんらい王国おうこくであのいぼれどもをたたくためにっておいたが――」

かれ口角こうかくげ、えるような眼光がんこう前方ぜんぽうにらえた。

「どうやら、いまこそおまえたちにこの一撃いちげきせるときらしいな!」


言葉ことばわるよりはやく、蚩尤シユウ身体からだ突如とつじょとしてふるがった。

瞬間しゅんかん空間くうかん全体ぜんたいけるかのようにはげしくうごき、世界せかいそのものが悲鳴ひめいげるかのごとき振動しんどうはしった。

蚩尤シユウ怒号どごうとも咆哮ほうこうはなつやいなや、そのてのひらからまばゆひかり砲撃ほうげきほとばして、一直線いっちょくせん緹雅(ティア)へとおそいかかった。

このわざは「煌域炮こういきほう」――

それは蚩尤シユウ長年ながねんにわたる修練しゅうれんてにた、元素げんそちから具現化ぐげんかした究極きゅうきょく一撃いちげきである。

光炮こうほう爆発ばくはつした瞬間しゅんかん空気くうきみみつんざくような高周波こうしゅうは震動しんどうち、世界せかいそのものが同調どうちょうするかのようにはげしく脈動みゃくどうはじめた。


しかし、蚩尤シユウにとってまった予想よそうがいだったのは、緹雅(ティア)がこの圧倒的あっとうてきちからたいして、まるでなにごともないかのように淡然たんぜんとしていたことであった。

彼女かのじょはただしずかににした武器ぶきげ、かる一振ひとふりしただけで、その攻撃こうげきめた。

刀刃とうじん元素げんそ衝突音しょうとつおん雷鳴らいめいのごとくとどろき、その衝撃波しょうげきは周囲しゅうい空気くうきくほどであった。

それでも、緹雅(ティア)姿すがた微動びどうだにせず、かみ一本いっぽんすらみだれなかった。

蚩尤シユウ見開みひらき、しんじられぬ表情ひょうじょうかべた。

「お…おまえ、いったいなにをしたんだ!」

かれ怒号どごうとも咆哮ほうこうし、眼前がんぜん現実げんじつれられぬまま、こぶしふるわせた。

緹雅(ティア)表情ひょうじょう終始しゅうしとして冷静れいせいで、そのくちびるはしがわずかにがった。

彼女かのじょこえは、まるで春風しゅんぷうほおでるようにおだやかであった。

べつに……ただ、すこしだけあなたの攻撃こうげきふせいだだけよ。」


幾度いくど攻撃こうげき容易よういふせがれたことで、蚩尤シユウ胸中きょうちゅうには屈辱くつじょくにもはげしい感情かんじょう渦巻うずまいた。

その双眼そうがん次第しだいあかまり、理性りせいかせ一枚いちまいずつはずれていくようであった。

やがてかれにした武器ぶきみだまわし、暴走ぼうそうするけもののごとく緹雅(ティア)突進とっしんした。

その姿すがたはまさに狂気きょうきそのもので、肉薄にくはくしてびる覚悟かくごすら感じさせた。

蚩尤シユウ攻勢こうせい刻一刻こくいっこく苛烈かれつさをし、ろす一撃いちげきごとに暴風雨ぼうふううのような圧力あつりょく周囲しゅういつつんだ。

だが、その圧倒的あっとうてきちから同時どうじかれ自身じしんから冷静れいせいさをうばい、戦場せんじょう主導権しゅどうけんすこしずつうしなわせていった。


蚩尤シユウ動作どうさ次第しだい混乱こんらんきわめ、攻撃こうげきかたうしない、ただいかりをらすかのように無秩序むちつじょまわされていった。

戦場せんじょうはもはや、かれ憤怒ふんぬそのものが具現化ぐげんかしたあらし渦中かちゅうであった。

いかに蚩尤シユウこぶしあしるおうとも、緹雅(ティア)姿すがたはまるで幻影げんえいのようにかるやかで、かれ攻撃こうげきせま刹那せつなには、いつもそのからえるように姿すがたしていた。

蚩尤シユウけんするどろされる――だが、緹雅(ティア)身軽みがるにそれをけた。

長槍ちょうそうされる――だが、彼女かのじょ元素盾げんそじゅんがそれを完全かんぜんめた。

毒気どくきびた刺撃しげきすら、彼女かのじょれることはかなわなかった。

そのたびに蚩尤シユウ怒火どかさかり、理性りせいほのお次第しだいいかりのほのおまれていった。

やがて、過度かどちから奔出ほんしゅつによって蚩尤シユウうごきに一瞬いっしゅんすきまれた。

緹雅(ティア)はその微細びさいみだれをのがさず察知さっちし、即座そくざ身構みがまえて攻撃こうげき体勢たいせいった。

そのひとみ静寂せいじゃくなか鋭光えいこう宿やどし、ついに蚩尤シユウ防壁ぼうへきやぶらんとする決意けつい宿やどっていた。


緹雅(ティア)蚩尤シユウくびとさんとやいばろそうとしたその刹那せつな

蚩尤シユウ突如とつじょ予想よそうもしなかった防御ぼうぎょ魔法まほう発動はつどうした――八階はっかい魔法まほう黄金化おうごんか」。

瞬間しゅんかん蚩尤シユウ四肢しし急速きゅうそく変化へんかし、金剛石こんごうせきのごとき硬度こうど黄金おうごんへとわりてた。

いで全身ぜんしん燦然さんぜんたるかがやきをはなち、戦場せんじょう一瞬いっしゅんにしてまばゆひかりつつまれた。

この防御ぼうぎょ魔法まほうきわめて強力きょうりょくである一方いっぽう莫大ばくだい魔力まりょく消耗しょうもうする。

しかし、黄金化おうごんかした肉体にくたいは、あらゆる物理攻撃ぶつりこうげき遮断しゃだんする絶対防壁ぜったいぼうへきとなるのだ。

緹雅(ティア)攻撃こうげきは、その黄金おうごんよろいはじかれ、轟音ごうおんともはげしい火花ひばならした。

みみつんざ衝撃音しょうげきおん大気たいきふるわせた刹那せつな

蚩尤シユウ黄金化おうごんかしたばし、緹雅(ティア)武器ぶきをがっちりとつかんだ。

二人ふたりちからまじわりうその瞬間しゅんかん空気くうきこおりつくようにめ、

戦場せんじょう全体ぜんたい彼女かのじょかれ拮抗きっこううつ静寂せいじゃくおりへとわった。


しかし、蚩尤シユウはこの膠着こうちゃくながつづけるつもりはなかった。

かれ表情ひょうじょうには狡猾こうかつみがかび、

いの瞬間しゅんかん背後はいごからびたひとつのうでが、渾身こんしんちからめてろされた。

そのねらいは、緹雅(ティア)不意ふい奇襲きしゅう一撃いちげきであった。

緹雅(ティア)即座そくざにその側面そくめんからせま危機きき察知さっちし、

もう一方いっぽうかかげ、九階きゅうかい魔法まほう――「白耀壁壘はくようへきるい」を発動はつどうした。

瞬時しゅんじに、まばゆいひかりかべ展開てんかいし、

そのかがやきが戦場せんじょうらすなか蚩尤シユウ側面そくめんからの攻撃こうげき完全かんぜんさえぎった。


だが、その刹那せつな蚩尤シユウ口元くちもと不敵ふてきみがかんだ。

かれくちびるはしつめたくがり、

いの瞬間しゅんかん、その背後はいごからあらたなうでた。

そのには、いつのにか黒光くろびかりするにぎられていた。

至近距離しきんきょり――のがれることさえゆるされぬ距離きょりで、蚩尤シユウはためらいなくつるいた。

瞬間しゅんかん閃光せんこうのように空気くうきき、

おともなく緹雅(ティア)心臓しんぞうめがけて一直線いっちょくせんんだ。

そのはやさは尋常じんじょうではなく、

緹雅(ティア)でさえも防御ぼうぎょ術式じゅつしき展開てんかいするいとますらなかった。

驚愕きょうがく表情ひょうじょうかべたいの瞬間しゅんかん――

するど彼女かのじょむねつらぬき。



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