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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第一卷 第五章 千年の追尋-4

わたしたちは冒険者ぼうけんしゃになったばかりだったので、万全ばんぜん準備じゅんびととのえるため、ここ数日すうじつ冒険者ぼうけんしゃギルドで任務にんむけることはしなかった。

わたし緹雅(ティア)一度いちど弗瑟勒斯(フセレス)もどり、事前じぜん準備じゅんびすすめることにした。

そうしておけば、これからの冒険ぼうけん最良さいりょう状態じょうたいはじめられるはずだ。

――一週間後いっしゅうかんご

朝食ちょうしょくっていたとき、不意ふいそとから妲己(ダッキ)こえこえてきた。

凝里(ギョウリ)さま、来客らいきゃくがあります。おとおししてもよろしいでしょうか?」

「いや、わたし応対おうたいする。――きみ警戒けいかいつづけてくれ。」

承知しょうちしました。」

妲己(ダッキ)返答へんとう簡潔かんけつ力強ちからづよく、すぐに周囲しゅういへの警戒けいかい態勢たいせいった。


私はとびらけ、来訪者らいほうしゃむかえにた。

そして、その姿すがた瞬間しゅんかんおもわず見開みひらいた。

――まさかの、亞拉斯(アラース)

「おやおや! あなたがじきるとはおもわなかったな。なにきゅうぎのようか?」

私はつとめてかる口調くちょうよそおったが、こえはしにはどうしても皮肉ひにくにじんでしまう。

――あのたたかいを、私はまだわすれてはいない。

亞拉斯(アラース)微笑ほほえみながらかたをすくめた。

「いやいや、これはこれは。おひさしぶりですねぇ。まさかまだわたしのことをおぼえていてくださるとは!」

そのしたしげな口調くちょうに、私はおもわずまゆをひそめる。

「もちろんおぼえているさ。あなたには“見事みごと舞台ぶたい”を用意よういしてもらったからね。」

――まったく、このおとこ、こんな場所ばしょでさえ人形魔法にんぎょうまほう使つかってくるとは。

礼儀れいぎという言葉ことばらないのか。


「ははは! あなたのには、あれがただの“芝居しばい”にえるのですか?

 もし狄蓮娜(ディリエナ)じょうがいなかったら、結果けっかはどうなっていたかかりませんよ?

 ――それにしても、正直しょうじきうとね、わたし今日きょうむかえにてくれるのが狄蓮娜(ディリエナ)じょうだとばかりおもっていましたよ。」

その一言ひとこといた瞬間しゅんかんむねおくいかりが一気いっきがった。

だが、私は必死ひっしにそれをおさえ込み、平静へいせいよそおった。

ドンッ!!!

屋内おくないからおもおとひびいた。

そとからではかすかにしかこえないが、わたし感知魔法かんちまほうにははっきりとつたわってくる。

私は亞拉斯(アラース)するどにらみつけ、むねおく不快ふかい感情かんじょうが込みこみあがる。

「――わるいが、なに要件ようけんがあるのか?

 なければ、かえってもらおう。」

こえつめたく、態度たいど遠慮えんりょという言葉ことばを知らないほどだった。


亞拉斯(アラース)は、わたし不満ふまんづいている様子ようすだったが、それでもなお、傲慢ごうまん自信じしんちた態度たいどくずさなかった。

かれ口元くちもとうすみをかべ、ふところからいっつの巻物まきものしてわたしした。

「たいしたことではありません。ただ――こちらは冒険者協会ぼうけんしゃきょうかいからの正式せいしき委託書いたくしょです。

 神明かみさまが直々(じきじき)に冒険者ぼうけんしゃあたえた依頼いらいでしてね。

 あなたたちこそがもっともふさわしいとおもいまして。」

その声音こわねには、どこか挑発ちょうはつめいたひびきがあった。

「ほう? つまり――おまえでもえないということか?」

私は巻物まきものけ取りながら、皮肉ひにくめてかえした。

亞拉斯(アラース)表情ひょうじょうこそえなかったが、そのひとみおくにかすかな苛立いらだちがはしる。

「いやいや、そんなつもりはありませんよ。ただ――後輩こうはいすこしくらいつくってあげようかと。

 わたしにとっては、どれもるにらない小事しょうじですから。」

その笑顔えがおはどこかきつっており、つよがりであることは言葉ことばくだけでわかる。

「もし本気ほんきでこの依頼いらいけるがあるなら、冒険者協会ぼうけんしゃきょうかいまでてください。

 ――わたしはそこでおちしていますよ。」

「そうか。……こちらで検討けんとうしておく。」

私はひくこえこたえ、つづけてつめたくはなった。

「それと――つぎに軽々(かるがる)しく狄蓮娜(ディリエナ)くちにしたら、容赦ようしゃはしない。

 それから――人形魔法にんぎょうまほう小細工こざいくも、いい加減かげんにしておけ。」

言葉ことば同時どうじに、わたしからはなたれた冷気れいき周囲しゅうい空気くうき一瞬いっしゅんこおらせた。

視線しせんもどし、最後さいご一言ひとことだけつめたくてて、私はきびすかえし、そのまま屋内おくないへともどった。

「……ふふ、どうやら面白おもしろくなってきた。」

亞拉斯(アラース)はそのったまま、ちいさくわらみをらした。


とびらめたあと、私はまっすぐ地下室ちかしつかった。

そこでは、緹雅(ティア)琪蕾雅(キレア)朵莉(ドリ)米奧娜(ミオナ)、そして妲己(ダッキ)四人よにんをしっかりとさえんでいた。

彼女かのじょたちはなにかのスキルによって束縛そくばくされているようだった。

わたし姿すがたると、緹雅(ティア)はようやくはなし、拘束こうそくいた。

妲己(ダッキ)いかりをおさえきれず、こえあらげた。

凝里(ギョウリ)さま、先程さきほどのあの無礼ぶれいおとこ、この妲己(ダッキ)いますぐらしめてまいります!」

彼女かのじょいきおいはあまりにつよく、あせりがかくれしていた。

だが、そのいかりは妲己(ダッキ)だけのものではなかった。

琪蕾雅(キレア)朵莉(ドリ)米奧娜(ミオナ)三人さんにんもまた我慢がまんできない様子ようすで、次々(つぎつぎ)にこえげた。

「そうよ! わたしたちもきます!」

その口調くちょうにはあきらかな怒気どきふくまれており、

いまにもして亞拉斯(アラース)なぐりかかりそうないきおいだった。

「――もう、いい加減かげんにしなさい、あなたたち!」

緹雅(ティア)すこしだけおこったようにこえげた。

だが、その叱責しっせきにはするどさよりも、どこかやわらかさがあった。

しかも、なぜか彼女かのじょほおはうっすらとあかまっていた。


緹雅(ティア)さまは……おこっておられないのですか?」

米奧娜(ミオナ)緹雅(ティア)に問いといかえした。

「もちろんおこってるわよ。

 でも、ああいう無知むち人間にんげん本気ほんき相手あいてするだけ無駄むだよ。

 どうせ自分じぶんをつけて、自滅じめつするのがオチなんだから。」

緹雅(ティア)言葉ことばにはたしかにいかりがふくまれていたが、

それ以上いじょう冷静れいせいさがあった。

まるですべてを俯瞰ふかんしているかのようなきで、

その心境しんきょうほかものたちよりもはるかにしずかだった。

緹雅(ティア)うとおりだ。

 あんな連中れんちゅう相手あいてにする価値かちはない。

 ああいうタイプはこの世界せかいにいくらでもいる。

 ――私は、ただ牽制けんせいしておいただけだ。

 本当にわたし一線いっせんえるようなら、そのときはわたし自身じしんくだす。

 だから、きみたちも感情かんじょうながされるな。

 まえにもったことをわすれていないだろう?」

わたしがそううと、四人よにん表情ひょうじょうすこやわらいだ。

だが、そのおくにはまだくやしさがのこっているのがかる。

私はその様子ようすて、ちいさくいきをついた。

しかにはなれなかった――彼女かのじょたちの気持きもちはいたいほどかる。

ただ、わたしおそれていたのは、いかりにまかせてなにか取りとりかえしのつかないことをしてしまうことだけだった。

「……申しもうしわけありません、凝里(ギョウリ)さま。」

妲己(ダッキ)ちいさくあたまげ、くやしそうにこえしぼした。


私はかるくびり、彼女かのじょたちに自分じぶんめる必要ひつようはないと合図あいずした。

「もういいよ。――緹雅(ティア)わたしすこはなさなきゃならないことがある。

 きみたちはそれぞれの仕事しごともどってくれ。」

「はい!」

四人よにんはまだ名残なごりしそうなかおをしていたが、素直すなおうなずいて部屋へやていった。

その背中せなか見送みおくりながら、私はちいさくいきいた。

そして、つくえうえかれた亞拉斯(アラース)委託書いたくしょへと視線しせんけた。

「――まったく、さっき亞拉斯(アラース)わたしたこの冒険者ぼうけんしゃギルドの任務にんむ

 ってしまえば、結局けっきょくあいつらが直接ちょくせつわたしたちにけたようなもんだろ。

 まるで傭兵ようへいあつかいじゃないか。」

私はにしていた任務にんむ巻物まきものつくえうえした。

その仕草しぐさには、あきらかに不満ふまんがにじんでいた。

緹雅(ティア)わたし愚痴ぐちだまってき、

すこまゆをひそめながらも、冷静れいせいこえった。

「……とりあえず、中身なかみてみましょう。」

彼女かのじょこえおだやかで、感情かんじょうながされる様子ようすはなかった。


わたしたちは巻物まきものひらいた。

そこにしるされていたのは――「特別委託とくべついたく」という種類しゅるい依頼いらいだった。

この「特別委託とくべついたく」とは、冒険者協会ぼうけんしゃきょうかいもうけた特別とくべつ制度せいどである。

公開こうかいするには不向ふむきだが、特定とくてい人物じんぶつにだけまかせたい――

そうした案件あんけん処理しょりするための仕組しくみだ。

通常つうじょう公開こうかい依頼いらいとはことなり、

特別委託とくべついたく」では依頼人いらいにん冒険者ぼうけんしゃ指名しめいできる。

そして、協会きょうかい立会たちあいのもと、報酬ほうしゅう条件じょうけんについて私的してき交渉こうしょうおこなうことがみとめられている。

とはいえ、その報酬ほうしゅうかなら対象たいしょうとなる冒険者ぼうけんしゃ位階いかい見合みあった

中位ちゅうい以上いじょう金額きんがくでなければならない。

これは不当ふとう待遇たいぐうふせぐための規定きていである。

さらに、報酬ほうしゅうかたち金銭きんせんかぎらない。

高位こうい装備品そうびひん貴重きちょう情報じょうほう特殊とくしゅ権限けんげん

あるいは一定期間いっていきかんにおける法令ほうれい免除めんじょといったかたち支払しはらわれることもある。

高位こうい冒険者ぼうけんしゃにとって、それらはとき金銭きんせん以上いじょう価値かちつことさえあった。


このような方式ほうしきられている理由りゆうは、依頼人いらいにん冒険者ぼうけんしゃ――

双方そうほう権益けんえき保護ほごするためにほかならない。

近年きんねん冒険者ぼうけんしゃ個人こじんからの依頼いらいけた結果けっか

報酬ほうしゅう未払みはらい減額げんがく任務にんむ内容ないよう突然とつぜん変更へんこう

さらにはわなにはめられるといった事件じけん相次あいついで発生はっせいしている。

本来ほんらい冒険者協会ぼうけんしゃきょうかいは「協会きょうかい監督かんとくけない私的してき依頼いらい受諾じゅだく」を明確めいかくきんじている。

だが、現実げんじつにはそうした非公式ひこうしき取引とりひきいまなおあとたない。

そのためにもうけられたのが――この「特別委託とくべついたく制度せいどである。

この制度せいど存在そんざいによって、

公開こうかいにはてきさない特殊とくしゅ依頼いらいであっても、

法的ほうてきかつ安全あんぜん進行しんこうすることが可能かのうとなった。

協会きょうかい公正こうせい第三者だいさんしゃとして立会たちあい、

冒険者ぼうけんしゃ基本的きほんてき権利けんり保護ほごするだけでなく、

依頼人いらいにんにとっても任務にんむ結果けっかたいする信頼しんらい追跡性ついせきせい保証ほしょうするのだ。


この「特別委託とくべついたく」の内容ないようは、利波草原リポそうげんきた惨劇さんげき調査ちょうさかんするものだった。

これまで数多かずおおくの騎士団きしだん調査ちょうさおもむいたものの、だれひとりとしてちようがなく、解決かいけつ糸口いとぐちさえつけられなかったという。

巻物まきものしるされた文字もじからも、その事件じけん異常いじょうさがつたわってくる。

草原そうげん一帯いったいおおわれ、被害ひがい規模きぼ想像そうぞうぜっしていた。

調査隊ちょうさたい全員ぜんいんがほぼ全滅ぜんめつし、

のこされたのは、無数むすう屍骸しがい地面じめんめる血痕けっこんだけ――。

「……どうやら、凡米勒(ファンミラー)けんわたしたちに調しらべさせたいらしいな。」

私は巻物まきもの文字もじつめながら、しずかにった。

むねおくがわずかにおもくなる。

だが、それでも私はけっめた。

「ちょうどいい。このけんから片付かたづけよう。」

――この調査ちょうさは、停滞ていたいしている状況じょうきょうやぶるだけでなく、

さらにふか陰謀いんぼうとびらひらかぎになるかもしれない。


「でも、このけんはまったくがかりがないわ。どうするつもりなの?」

緹雅(ティア)くびをかしげ、不安ふあんそうにたずねてきた。

どこからければいいのか、まったく見当けんとうがつかない様子ようすだ。

私はかるり、余裕よゆうせながらこたえた。

心配しんぱいするな。――もう準備じゅんびはできている。」


わたしたちはすぐに利波草原リポそうげんへとかった。

現地げんちあしれた瞬間しゅんかん

まえひろがる光景こうけいに、おもわずむねけられた。

犠牲ぎせいになった兵士へいしたちの遺骸いがいはすでに回収かいしゅうされ、

表面上ひょうめんじょう整理せいりされているようにえた。

だが、それでもこの大地だいちのこかげまではせなかった。

空気くうきにはまだおも死臭ししゅうただよっており、

おもわずもよおすほどだった。

現地げんち警備けいびする騎士団きしだん隊員たいいんたちも、

もはやこの場所ばしょまも気力きりょくうしなっているようで、

ただ周囲しゅうい封鎖線ふうさせんり、

一般人いっぱんじんあやまってあしれないようにしているだけだった。

警備兵けいびへいたちは現場げんばからおよそ百メートルはなれた場所ばしょ

ちいさな野営地やえいちもうけており、

現在げんざい玉牛騎士団ぎょくぎゅうきしだん岩猴騎士団ガンコウきしだん

そして黒狗騎士団こっくきしだん交代こうたい警備けいび外部がいぶへの警告けいこくになっていた。

だが――

かれ自身じしんもまた、このながとどまることをのぞんではいなかった。


わたしたちは、依頼いらい同封どうふうされていた通行許可証つうこうきょかしょう

駐屯ちゅうとんしている衛兵えいへい手渡てわたした。

だが、かれらはそれをろくたしかめもしなかった。

わたしたちの胸元むなもとかがやく「混沌級こんとんきゅう冒険者ぼうけんしゃ」の勲章くんしょう瞬間しゅんかん

かれらは一言ひとことはつせず、そのまま通行つうこう許可きょかした。

それ以上いじょう詮索せんさくしようというものは、だれひとりいなかった。


わたしたちは、かつてはおだやかですがすがしかったはずの草原そうげんを、

ゆっくりとあるすすんでいった。

しかし、いまそこにひろがっているのはすさてた光景こうけいだった。

かぜけるたび、みみおくにかすかに悲鳴ひめい木霊こだまするようで、

まるであの惨劇さんげきがまだわっていないかのようだった。

緹雅(ティア)、もし気分きぶんわるくなったら、さきもどっていてもいい。」

私は彼女かのじょがこの死臭ししゅうえられないのではと心配しんぱいになり、おもわずこえけた。

だが、緹雅(ティア)しずかにくびった。

そのかおにはわずかな動揺どうようすらえず、には冷静れいせいひかり宿やどっていた。

大丈夫だいじょうぶ。この程度ていど現場げんばなら平気へいきよ。

 それより――あなたのっていた“方法ほうほう”って、いったいなになの?」

恐怖きょうふ微塵みじんせない彼女かのじょ姿すがたに、

私はようやくむねろした。

まさか、これほどの惨状さんじょうまえにしても平然へいぜんとしていられるとは――

緹雅(ティア)つよさに、あらためて感嘆かんたんせずにはいられなかった。


私はふかいきい込み、

異空間いくうかんから一枚いちまい龍皮りゅうひ巻物まきものした。

その巻物まきものあわむらさき光沢こうたくび、

まるで宝石ほうせきのように繊細せんさいかがやきをはなっていた。

見るものにそれがどれほど貴重きちょう素材そざいからつくられたものかを一目ひとめさとらせる。

緹雅(ティア)はその姿すがたを見るなり、おどろいたように見開みひらいた。

彼女かのじょはすぐにそれがなん巻物まきものかを理解りかいしたようだが、

同時どうじわたしがいつのにこれを用意よういしたのかからず、

ちいさくくびかしげた。

「へぇ……まさか、それを使つかうつもりなの?

 でも、それってちょっと贅沢ぜいたくじゃない?

 この種類しゅるい巻物まきものつくるのって、相当そうとう手間てまかるんでしょう?」

緹雅(ティア)こえに、私は得意とくいげにくちはしげた。

「ふふん、やっぱりづいていなかったか。」

「え? なにづいていなかったって?」

緹雅(ティア)まゆせ、すこ困惑こんわくした表情ひょうじょうかえす。

「これはね、この世界せかい素材そざいだけで

 可可姆(ココム)つくってもらった特製とくせい巻物まきものなんだ。」

私はむねり、まるで自分じぶん見事みごと作品さくひん仕上しあげたかのようなほこらしさでかたった。

「まだ実験じっけんしてないけど、ちょうどいい機会きかいだ。

 もし成功せいこうすれば、かなりの収穫しゅうかくになるはずだ。」

その言葉ことばいた緹雅(ティア)期待きたいかがやいた。

「なるほど……面白おもしろ実験じっけんね。

 じゃあ、さっそくためしてみましょう!」


この巻物まきものは――「沈黙ちんもくうた」。

その能力のうりょくは、わたしがかつてにした超量級ちょうりょうきゅう道具どうぐ隠書いんしょの綴りつづりて」にも匹敵ひってきする。

この巻物まきものは、過去かこきた出来事できごと一部いちぶ再現さいげんし、

現場げんば真実しんじつうつすことができる。

ただし――使用しようできるのは一度いちどきり。

一度いちど発動はつどうすれば、巻物まきものそのものは消滅しょうめつし、

ふたたつくなおすには莫大ばくだい手間てま時間じかんがかかる。

だからこそ、私はよほどのことがないかぎり、これを使つかうつもりはなかった。

この巻物まきものつくるために、私は以前いぜんれた龍皮りゅうひ可可姆(ココム)たくし、

さらに冒険者ぼうけんしゃギルドから必要ひつよう素材そざい入手経路にゅうしゅけいろおしえてもらった。

そして――可可姆(ココム)助力じょりょくによって、ついにこの特別とくべつ巻物まきもの完成かんせいさせることができたのだ。


わたし利波草原リポそうげん中央ちゅうおう巻物まきものひろげた瞬間しゅんかん

その表面ひょうめんきざまれた符文ふもんあわひかりはなはじめた。

いで、巻物まきものはまるできているかのようにふるえ、

周囲しゅうい魔力まりょくげながら、現場げんば情報じょうほう記録きろくし、解析かいせきしていく。

わたし緹雅(ティア)まえで、

巻物まきものひかりまくひろげるようにして、

過去かこ光景こうけい投影とうえいはじめた。

まった草原そうげん

くずちた騎士きしたちの亡骸なきがら

散乱さんらんする武器ぶき甲冑かっちゅう

それらがひとつずつ、しずかにかたちし、

まるでこのそのものが記憶きおくかたすかのように――

かつての惨劇さんげき情景じょうけいが、徐々(じょじょ)に再現さいげんされていった。


「これが当時とうじ場面ばめんなの? あのもの、いったいなになのよ?」

緹雅(ティア)は、わずかにおどろいた表情ひょうじょうせた。

からない。……でも“アレ”にているがする。

 それに――あいつ、負傷ふしょうしてる?」

私はちいさくつぶやき、怪物かいぶつうごきをこまかく観察かんさつした。

やつ身体からだには、あきらかになにかのちからきざまれた裂傷れっしょうはしっている。

自己治癒じこちゆしようともがいているのに、傷口きずぐちふさがらない。

にじるのは、ねばつくくろ液体えきたい――それでも咆哮ほうこうよわまるどころか、いっそうはげしさをしていた。

「やっぱり、こう元素げんそ使あたえたきずだわ。

 しかも負傷ふしょうした状態じょうたいで、この威力いりょく……?」


怪物かいぶつ呼吸こきゅう雷鳴らいめいのようにとどろき、

そのくちからされるのは、背筋せすじこおらせるようなけむり腐臭ふしゅうだった。

つめるうたびに空気くうきけ、

そのはやさにおもわず心臓しんぞうねる。

するど爪先つまさき地面じめんかすめるたび、

甲高かんだか金属音きんぞくおんひびわたり、

頭皮とうひ粟立あわだたせるような不快ふかいおとのこった。

そのとき、私はふと違和感いわかんおぼえた。

――まえひろがるこの光景こうけい

 そしてこのおそろしい怪物かいぶつ

 普通ふつうなら、こんなものをればだれだって正気しょうきうしない、

 恐慌きょうこうおちいるはずだ。

それなのにいまの私は、ただ冷静れいせいにそれをつめている。

暴力ぼうりょく交錯こうさくするこの映像えいぞうまえにしても、

こころ微動びどうだにしない。

まるで、こんな惨状さんじょうなど見慣みなれたもの――そう錯覚さっかくしているかのように。


この異常いじょうなまでの冷静れいせいさに、私はおもわず疑問ぎもんいだいた。

――なにかがおかしい。

緹雅(ティア)、……気分きぶんわるくなったりしてないか?」

私はさぐるように問いといかけた。

自分じぶんだけが異常いじょうなのではないか――そのたしかめのために。

緹雅(ティア)はゆっくりとかおをこちらにけた。

だが、その表情ひょうじょうには一片いっぺんどうじもなく、

ひとみしずかで、まえ惨劇さんげきにもなにひとつこころみだされていないようだった。

「……いいえ。

 私はなにも――不快ふかいには感じていないわ。」

そのこえおどろくほどおだやかで、

一切いっさい恐怖きょうふじっていなかった。

その瞬間しゅんかん、私は言葉ことばうしない、

ただ彼女かのじょつめたいひとみつめるしかなかった。


私はだまって緹雅(ティア)つめ、

そしてゆっくりと自分じぶんむねてた。

「……なんだろう、この感覚かんかく

 みょうなんだ。説明せつめいできないけれど――

 この世界せかいてから、こころからだも、

 それにたましいまでも、どこかわってしまったがする。」

むねおく渦巻うずま違和感いわかんを、

私は言葉ことばにしながらすこしずつそとすようにかたった。

もし以前いぜんわたしなら、

いままえにあるような光景こうけいただけで、

恐怖きょうふつぶされていたはずだ。

――けれどいまちがう。

も、さけびも、も、

ただしずかにながめていられる。

こころのどこもれない。

……これは、れなのか?

 それとも、わたし緹雅(ティア)こころが、

 すこしずつ麻痺まひしていってるのか……?


緹雅(ティア)わたし言葉ことばくと、

ちいさくくびり、これ以上いじょうその話題わだいげるはないようだった。

「もういいわ、そんなことかんがえても仕方しかたないでしょ。

 いまわたしたちがやるべきことは――あの不愉快ふゆかいやつつかまえることよ。」

彼女かのじょこえはいつもの冷静れいせいさをもどしていた。

もっとも、今回こんかい使つかった巻物まきもの

隠書いんしょの綴りつづりて」のように過去かこ映像えいぞう完全かんぜん再現さいげんできるものではない。

そのため、わたしたちがることができたのは、ほんの断片だんぺんてき記録きろくにすぎなかった。

あの怪物かいぶつはどこからあらわれたのか?

どうやってひかり元素使げんそしたおしたのか?

――それは、依然いぜんとしてなぞのままだった。

私はちいさくうなずき、視線しせん緹雅(ティア)もどした。

「……そうだな。いったんもどって計画けいかくなおそう。

 ただ――もし可能かのうなら、このおさめている神明かみにもいてみたい。

 どうやら、やつかんするなにかをかくしているがする。」

まえうつ怪物かいぶつ惨状さんじょうは、たしかに無視むしできない。

だが――わたし直感ちょっかんしていた。

この出来事できごと背後はいごには、

まだぬ、よりおおきな陰謀いんぼうひそんでいるのだと。


冒険者ぼうけんしゃギルド)

わたし緹雅(ティア)冒険者ぼうけんしゃギルドをおとずれ、

受付うけつけ女性じょせい目的もくてきつたえた。

彼女かのじょしずかにうなずき、

まるでわたしたちの来訪らいほうをすでにっていたかのように、

なにわずきびすかえした。

そして、わたしたちをれて、

人々(ひとびと)の喧騒けんそうつつまれた応接おうせつエリアをけ、

ギルドのおくへとすすんでいった。

ほそなが廊下ろうかとおけると、

わたしたちは一枚いちまいの、にはなん変哲へんてつもないとびらまえ辿たどいた。

だが――このとびらこうの空間くうかんには、

なんと五重ごじゅうもの防御ぼうぎょ結界けっかいられていた。

しかも、それぞれが第五階位だいごかいいきゅう魔法まほうによって構築こうちくされている。

受付嬢うけつけじょうわたしたちになおり、

いた丁寧ていねい口調くちょうった。

「こちらはギルドの特別とくべつ応接室おうせつしつでございます。

 使用しようできるのは、特定とくてい身分みぶんをおちのかたのみです。」

そうげながら、彼女かのじょれたつきでいんむすび、

五重ごじゅう防御結界ぼうぎょけっかいじゅん解除かいじょしていった。

結界けっかい一枚いちまいずつしずかにけていくたびに、

空気くうきすこしずつかるく、そしてとおっていくようだった。


私はこころなかひそかにおどろきをおぼえた。

――冒険者ぼうけんしゃギルド。

そのそこれなさは、わたし想像そうぞうをはるかにえていた。

私はそっと「鑑定かんてい」を起動きどうし、

まえ受付嬢うけつけじょう実力じつりょくたしかめてみる。

……そして、鑑定かんてい結果けっか瞬間しゅんかん

いきまるほどの衝撃しょうげきけた。

――レベル6。

その数値すうちは、けっしてひくくない。

むしろ、ギルドの内部ないぶでも上位じょうい位置いちするほどの実力じつりょくだ。

まさか、ただの受付うけつけ職員しょくいんがここまでのちからっているとは……。

私はあらためて、この組織そしき奥深おくぶかさ、

そしてひそちからおおきさに興味きょうみおぼえずにはいられなかった。


結界けっかいがすべて解除かいじょされたあと、

受付嬢うけつけじょう部屋へやとびらかるたたき、

うやうやしくこえけた。

亞拉斯(アラース)さま、お客様きゃくさまがおえになりました。」

なかからはつめたくんだこえかえってきた。

らせろ。」

受付嬢うけつけじょうしずかにとびらひらき、

わたしたちに入室にゅうしつうながした。

わたし緹雅(ティア)なかあしれると、

彼女かのじょ丁寧ていねい一礼いちれいし、

そのままとびらしずかにじてっていった。

部屋へやなかは、

そと喧騒けんそうがまるでうそのように静寂せいじゃくつつまれていた。

ながいテーブルのおくに、亞拉斯(アラース)すわっていた。

かれ姿勢しせいただしく、清潔せいけつ衣装いしょうつつみ、

表情ひょうじょうには余裕よゆうただよっていた。


「いやはや、まさかきみたちがこの依頼いらいけるとはね。――感服かんぷくしたよ。」

亞拉斯(アラース)こえかるやかで、まるでわたしたちの来訪らいほう予期よきしていたかのようだった。

その口元くちもとには、どこかためすようなみがかんでいる。

わたしもそれにならい、かたちからいた調子ちょうしかえした。

たいしたことじゃないさ。――ちょっと保養ほようになればとおもってね。」

言葉ことばかるく、だがそこにはたしかな自信じしんするどさがにじんでいた。

亞拉斯(アラース)はそのひびきに一瞬いっしゅんだけまゆげ、すぐにのどおくみじかわらった。

「ハハハ……自信じしんがあるのはいいことだ。」

だがつぎ瞬間しゅんかん

そのみはゆっくりとうすれ、こえ調子ちょうしにはつめたいかげじった。

「――だが忠告ちゅうこくしておこう。

 この依頼いらいはな、混沌級こんとんきゅう冒険者ぼうけんしゃでも、いのちとすかもしれん。」

それはおどしではなく、

淡々(たんたん)とした口調くちょう宿やどる、たしかな現実げんじつおもみだった。

亞拉斯(アラース)おそれをかくそうとつとめていたが、

そのこえはし目元めもとかすかにのこふるえが、

かれこころそこにある不安ふあんかくれずにいた。


わたしどうじなかった。

緹雅ティアかれほうやり、かるった。「ふん!あなたをわたしたちと一緒いっしょにしないで。」彼女かのじょまっためていないようだった。亞拉斯アラースへのことたいしておそれのいろられなかった。

「あらあら、でも私は冗談じょうだんっているわけではないのよ。なにしろ私はきみたちの実力じつりょくをよくっているから、もし不注意ふちゅういをすれば、本当ほんとうぬことになるわよ!」


わたし亞拉斯アラースつめ、平淡へいたん口調くちょういかけた。

「でも、そのまえひときたいことがある。」

亞拉斯アラースはわずかに見開みひらき、すぐになにごともなかったように微笑ほほえんだ。

「どんな質問しつもんかな?」

聖王国せいおうこくちかくに、なに怪物かいぶつがいるのか?」

わたしさぐるようにいかけた。

その瞬間しゅんかん亞拉斯アラースはもはや内心ないしんかくすことができなかった。「怪物かいぶつ」という言葉ことばいた瞬間しゅんかんかれかおおどろきがはしり、先程さきほどまでの落着おちついた様子ようすえた。

一瞬いっしゅんのち冷静れいせいもどしたものの、そのこえあきらかに緊張きんちょうびていた。

「き…きみたちは、一体いったいどこまでっている?」

「あら? 本当ほんとうにいるのかしら。あのあおかおきばをむき、四本よんほんうで怪物かいぶつが。」

わたしかる挑発ちょうはつするようにつづけた。


わたし言葉ことばくと、亞拉斯アラースしずかにいきき、かお表情ひょうじょうが徐々(じょじょ)にゆるんでいった。まるですでに観念かんねんしたかのように──事態じたいかれ予想よそうえていたのだろう。

「まさか、きみたちがここまで調しらべているとはおもわなかったよ。」

「どういうこと? 本当ほんとうなにかやましいことでもあるの?」

緹雅ティア唐突とうとつくちはさみ、亞拉斯アラースななめにながら挑発ちょうはつてきいかけた。彼女かのじょは、その反応はんのうからさらなる情報じょうほうそうとしているようだった。

亞拉斯アラースかおには、もはや先程さきほど余裕よゆうあるみはなかった。わりに、おもいろ宿やどる。

べつにやましいことではない。ただ、民衆みんしゅうにはけっしてげていない。っているのはごく一部いちぶものだけだ。──おも理由りゆうは、無用むよう混乱こんらん恐慌きょうこうけるためだよ。なにしろ、神明かみさまはつねわたしたちをまもってくださっているからね。」

「へえ? それなら、その神明かみさまとやらにわせてもらえるのかしら?」

わたしはふと一計いっけいあんじ、さぐるようにたずねた。

仕方しかたないな。きみたちがそこまでめたのなら、もうかくすこともないだろう。ただ、くわしいはなし神明かみさまから直接ちょくせつくといい。」

亞拉斯アラースちいさくくびり、どこかあきらめたようなみをかべた。そしてわたしたちをみちびき、王城おうじょう中心ちゅうしんへとかう決意けついかためた。





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