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そのゲームは、切り離すことのできない序曲に過ぎない  作者: 珂珂


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第一卷 第五章 千年の追尋-1

聖王国せいおうこく神殿しんでん

各位かくい神明かみさま今回こんかい冒険者ぼうけんしゃ募集ぼしゅう報告ほうこく以上いじょうです。」と亞拉斯(アラース)片膝かたひざをついて神々(かみがみ)に今回こんかい募集結果ぼしゅうけっか報告ほうこくした。

亞拉斯(アラース)前方ぜんぽうすわっていたのは、神明かみ称号しょうごう四柱よんちゅうの方々(かたがた)であった――伏羲フクキ女媧ジョカ神農氏しんのうし、そして最高神さいこうしん盤古バンコウである。

今回こんかい募集ぼしゅうでは、混沌級こんとんきゅう冒険者ぼうけんしゃ一組ひとくみと、黑鑽級こくさんきゅう冒険者ぼうけんしゃ三組さんくみ採用さいようされた。


「まさか混沌級(こんとんきゅう)冒険者(ぼうけんしゃ)がまた(あらわ)れるとはな、それに亞拉斯(アラース)(かた)(なら)べうるほどの(ちから)とは。」と伏羲(フクキ)(ひく)(こえ)()ぶやいた。

「しかし……感じ(かん)るに、(かれ)らの実力(じつりょく)はそれだけに(とど)まらない。ひょっとすると我等(われら)(かた)(なら)()るかもしれぬ。」と女媧(ジョカ)非常(ひじょう)慎重(しんちょう)()った。

(たし)かに。十二大(じゅうにだい)騎士団(きしだん)団長(だんちょう)()(やぶ)るだけの(ちから)(ゆう)するばかりか、亞拉斯(アラース)との対決(たいけつ)互角(ごかく)(わた)()えたという事実(じじつ)は、(かれ)らの力量(りきりょう)十分(じゅうぶん)物語(ものがた)っているのではないか」と神農氏(しんのうし)賛同(さんどう)した。

神明かみさま(がた)(かた)(なら)べる実力(じつりょく)だと?」とその神々(かみがみ)の(はなし)()いた亞拉斯(アラース)()(こご)えるような寒気(さむけ)(おぼ)え、(こえ)まで(ふる)えた。

「それは別段(べつだん)(めずら)しいことではない。六大国(ろくだいこく)(なか)には、元来(もとより)我等(われら)(かた)(なら)()(もの)多数(たすう)存在(そんざい)しておるのだ」と女媧(ジョカ)(かる)(こた)えた。

「ただし、それは(しん)神力(しんりょく)(あらわ)さぬ場合(ばあい)(かぎ)る。もしその(ちから)行使(こうし)したならば、対抗(たいこう)()るのは(おそ)らく他国(たこく)において同様(どうよう)神力(しんりょく)(ゆう)する神明かみのみであろう」と女媧(ジョカ)(つづ)けて付言(ふげん)した。


「しかし、(はなし)(もど)すと、あの巨大(きょだい)(ひかり)(かま)要塞(ようさい)一体(いったい)(なん)なのだ?我々(われわれ)は(いま)までその()()いたことがないではないか?」

神明かみさま(がた)ですら()いたことがないのか?」と亞拉斯(アラース)はやや驚愕(きょうがく)(いろ)(ふく)んで()った。

まさか神明かみさま(なか)にも知らぬ魔法(まほう)があるとは。

その(とき)最高神(さいこうしん)盤古(バンコウ)(くち)(ひら)いた。

「その(ひかり)(かま)はおそらく超量武器(ちょうりょうぶき)――光輝之牙(こうきのきば)だろう。第六階位(だいろっかいい)魔法(まほう)()み合わせて使(つか)われているはずだし、あの要塞(ようさい)第七階位(だいななかいい)第八階位(だいはっかいい)魔法(まほう)である可能性(かのうせい)(たか)い。」

第八階位(だいはっかいい)だって?盤古(バンコウ) さま本当(ほんとう)ですか?」と伏羲(フクキ)驚愕(きょうがく)(かく)せず()った。

第八階位(だいはっかいい)(あやつ)るというのか……」と女媧(ジョカ)小声(こごえ)(つぶや)いた。

「どうした、(なに)(おも)()たることでもあるのか?王国(おうこく)(もの)数多(あまた)いるから、たまにはこういう(さい)ある(もの)(あらわ)れるのも(めずら)しくはないだろう。むしろ我々(われわれ)は幸運(こううん)()えるかもしれぬ」と神農氏(しんのうし)女媧(ジョカ)()けて問いかけた。(かれ)女媧(ジョカ)表情(ひょうじょう)(なに)(かんが)()んでいる様子(ようす)見取(みと)った。

(たし)かにそうだ。しかし(かれ)らは所詮(しょせん)新人(しんじん)()ぎない。これから(かれ)らがどのような成果(せいか)()げるかを()てから判断(はんだん)すべきだろう」と盤古(バンコウ)(つづ)けた。


「では、利波(リポ)草原(そうげん)(けん)について、(ほか)手掛(てが)かりは()つかりましたか、亞拉斯(アラース)?」と伏羲(フクキ)が、()解決(かいけつ)していない問題(もんだい)を問い(つづ)けた。

「申し(もうしわけ)ありません。相手(あいて)処理(しょり)非常(ひじょう)徹底(てってい)しており、追跡(ついせき)手掛(てが)かりを()ることが(まった)くできませんでした。」と亞拉斯(アラース)(あたま)()れて落胆(らくたん)した様子(ようす)(こた)えた。

「まさか、あの魔物(まもの)がさらに進化(しんか)していたとは。こうなれば、いずれ我々(われわれ)でさえ対処(たいしょ)しきれなくなるだろう。」と盤古(バンコウ)危惧(きぐ)(いろ)(にじ)ませた。

「そうだな。ただ――(わたし)()になるのは、どうして王國(おうこく)にこれほど(ちか)場所(ばしょ)()(くだ)度胸(どきょう)があるのに、直接(ちょくせつ)()()んでこないのか、という(てん)だ」と女媧(ジョカ)()いかけると、(みな)(くび)(かし)げて(こた)えに(きゅう)した。


「その(てん)(わたし)(くび)(かし)げる。大地(だいち)(こえ)から(さっ)するに、あの(やつ)重傷(じゅうしょう)()っているようだ。(わたし)推測(すいそく)では、(かれ)は『毒沼之窟(どくしょうのくつ)』か『天殞坑(てんいんこう)』へ()げたのだろう。もし『龍霧山(りゅうむさん)』へ()かったのなら、事態(じたい)はさらに厄介(やっかい)になるかもしれんね」と神農氏(しんのうし)魔法(まほう)(さぐ)った結果(けっか)他方(たほう)報告(ほうこく)した。

女媧(ジョカ):「おや? だが五階兵團(ごかいへいだん)があいつを(きず)つけられる(ちから)()っているとは(おも)えぬが?」

伏羲(フクキ):「(かんが)えにくいだろうな?」

盤古(バンコウ):「いずれにせよ、あの(もの)(ふたた)王國(おうこく)(おか)(まえ)に、万全(ばんぜん)(そな)えをしておかねばならぬ。」

そのとき、亞拉斯(アラース)突然(とつぜん)(くち)(ひら)いた。

神明かみ さま(がた)(わたし)(ひと)提案(ていあん)がございます。」

女媧(ジョカ):「ほう?」

「『特別委託(とくべついたく)』で、その二人(そのふたり)にこの(けん)調査(ちょうさ)させてはどうでしょうか?」


聖王国(せいおうこく)拠点(きょてん)にある小屋(こや)(なか)

緹雅(ティア)(すで)入浴(にゅうよく)()え、だらりとソファーに(よこ)たわっていた。彼女(かのじょ)時折(ときおり)()れた(かみ)をそっと()で、その入浴後(にゅうよくご)のさっぱりした感覚(かんかく)(あじ)わっている。

彼女(かのじょ)はシンプルな(しろ)いタンクトップに(くろ)のカジュアルなショートパンツを合わせ、両脚(りょうきゃく)無造作(むぞうさ)にソファーの(うえ)()()していて、非常(ひじょう)魅力的(みりょくてき)()えた。

正直(しょうじき)()えば、(おれ)はどこに()()ければいいのか()からなくなっていた。(かた)のラインがかすかに(のぞ)くタンクトップと、すらりと()びた太腿(ふともも)があると、(ひと)はつい視線(しせん)()めてしまうものだ。

だが、そんなことをすれば緹雅(ティア)(たい)して失礼(しつれい)だ。

(おれ)(あわ)てて視線(しせん)をそらした。


たとえ わたしたちが 傳送門ポータルとおして 自由じゆう弗瑟勒斯フセレスできるとしても、いまこのしずかな部屋へやなかにいるこの瞬間しゅんかんこそが、心身しんしんを 完全かんぜんはなてるときなのかもれない。

「はぁ~、今日きょうなんだかやるないなぁ。」

 緹雅ティアこえすこだるげで、彼女かのじょは じたまま、この一瞬いっしゅんやすらぎに 満足まんぞくしているようだった。

「そうだね~。」

 かれかるうなずきながら同意どういした。

「でも、ちょっとおどろいたよ。まさかかれらが混沌こんとん元素げんそあやつちからっているとはね。これは重要じゅうよう情報じょうほうだ。」

話題わだいはすぐに、今日きょう戦闘せんとうた 情報じょうほうへとうつっていった。

騎士団きしだん実力じつりょく自体じたいけっしてたかくは ない。だが、混沌こんとん元素げんそあやつることができるというのは容易よういなことではない。

もしかれらが将来しょうらいてきさらなるちからを ることができれば、きっと 聖王国せいおうこく強固きょうこな ささえとなるにちがいない。

それはあなどりではなく、純粋じゅんすい相手あいて能力のうりょく客観的きゃっかんてき分析ぶんせきした結論けつろんだった。

こちらは一方的いっぽうてき騎士団きしだん圧倒あっとうしたが、その たたかいのなかでも、かれらがけっしてくっしようとしない不屈ふくつ意志いししめしていたのはあきらかだった。

その精神せいしんは、たしかに敬意けいいいだかせるものだった。


ちょうどこのとき朵莉ドリがいれたての紅茶こうちゃに はこんできた。

彼女かのじょあるみはかるやかで、姿勢しせいただしく、かおには あわ微笑ほほえみがかび、その 所作しょさ非常ひじょう専門的せんもんてきで あった。

「おつかれさま、朵莉ドリ。」

 かれ彼女かのじょかる微笑ほほえみをけた。

大人たいじんのお言葉ことばおそります。これも 部下ぶかとしてのつとめにすぎません。」

朵莉ドリうやうやしくこたえ、あたまげながら 丁寧ていねい茶杯ちゃはいした。

その口調くちょうは 淡々(たんたん)としていたが、つねわたしたちにたいして敬意けいいわすれぬ態度たいどたもっていた。

かれは 茶杯ちゃはいり、一口ひとくちあじわう。

すがすがしいかおりがはなをくすぐり、こころすこかるくなるのをかんじた。

紅茶こうちゃ温度おんどは ちょうどく、ほのかににがみを ふくみながらも、後味あとあじやさしいあまさがのこる――まるでいまかれ心情しんじょううつしているかのようであった。


朵莉ドリったあと

「それにしても、いまのところ仲間なかまたちの 行方ゆくえは まったく つかめていないね。まさか だれ聖王国せいおうこくにいないのかしら?」

緹雅ティアまゆを ひそめ、しずかに嘆息たんそくした。

 彼女かのじょは にしていた ペンギンの抱枕だきまくらよこき、あきらかに苛立いらだちとあせりをにじませていた。

弗瑟勒斯フセレスはなれてからもう何日なんにちつのに、手掛てがかりひとつからないなんて……本当ほんとうに 無力むりょくに かんじるわ。」

かれむねにも おな焦燥しょうそうひろがっていた。

うしなわれた仲間なかまたちを さがすこの旅路たびじしてからというもの、毎日まいにちが てしないかんのように かんじられていた。

無駄むだうごきをけるため、かれ白櫻しろおうに めいじ、よるあいだ彼女かのじょ白蛇はくじゃを 使つかって聖王国せいおうこくないさがらせる一方いっぽう自分じぶんたちは 昼間ひるま情報じょうほうあつめて まわっていた。

時間じかん無駄むだにしないよう、わずかな手掛てがかりでも のがさぬよう つとめてきたが、いまのところなにひとつ つかっていない。

からえたひかりうかのように、希望きぼうは とおかすんでいた。


「そうだね!冒険者ぼうけんしゃとしての職業しょくぎょうとおして、わたしたちが もとめている情報じょうほうあつめられるかどうか……。」

かれは ふかいきんだ。

あたまなかしろで、いまは どうすればよいのか まったくからなかった。

緹雅ティアばしてクッキーを一枚いちまいり、そっとかじった。

そしてかれほうへとかおを け、すことおくをつめるような眼差まなざしでなにかをかんがえている様子ようすだった。


「そうだね!冒険者ぼうけんしゃとしての職業しょくぎょうとおして、わたしたちがもとめている 情報じょうほうあつめられるかどうか……。」

わたしふかいきんだ。

あたまなかしろで、どうすればいいのかまったくからなかった。

緹雅ティアばしてクッキーを一枚いちまいり、そっとかじった。

そしてわたしほうて、すことおを しながらなにかをかんがえているようだった。

「そうだと いいけど……あの冒険者ぼうけんしゃたち、どうも実力じつりょくは なさそうね。

 とくにあの亞拉斯アラースっておとこ!あんなにえらそうにして……!」

緹雅ティアは またまゆをひそめ、話題わだい今日きょうたたかいへとうつった。

そのこえには、いまでも亞拉斯アラースへの不満ふまんがにじんでいた。

「しかも あいつ、きみ自分じぶんたいれようとしてたみたいじゃないか。

ふん、そんなこと かんがえるなってっておけ!」

私は緹雅ティア言葉ことばに合わせるようにい、つい自分じぶん不満ふまんくちにした。

その一言ひとことに、緹雅ティアほおはわずかにあかまった。

わたし態度たいどに、彼女かのじょすこうれしそうにえた。

この ところずっと一緒いっしょごしてきたせいか、彼女かのじょの 気持きもちは もう言葉ことばにしなくてもつたわってくる。

もしあの亞拉斯アラースがこれ以上いじょう出過でしゃばるような真似まねをするなら――

私はもうくつもりはなかった。


「そうそう!だってわたし会長かいちょうさまのおんななんだからね!」

緹雅ティアはそういながら得意とくいげにわらい、ついでに 指先ゆびさきかみ一房ひとふさをくるりとかきげた。

その仕草しぐさに、わたしかおおもわずあかまってしまった。

緹雅ティアきみはなしておきたい大事だいじなことが あるんだ。」

私は突然とつぜんこえ調子ちょうしえ、表情ひょうじょうめた。

むねおくではなに不安ふあん予感よかんちいさくざわめいていた。

緹雅ティアはその変化へんかをすぐにさっし、だらりと ソファによこたわっていた からだこしてただしい姿勢しせいすわなおした。

視線しせん真剣しんけんになり、いていたペンギンの抱枕だきまくらをそっと ひざうえいた。

 どうやらわたしなに普段ふだんちがはなしを しようとしているのを感じかんじとったらしい。

「なに?」

彼女かのじょちいさなこえたずねた。

わたし緊張きんちょうした表情ひょうじょうて、彼女かのじょ自然しぜんいきめる。

私はふかいきい込み、鼓動こどうはやまるのを かんじながら、言葉ことばさがした。

勇気ゆうきしてくちひらこうとしたが、こえは のどおくでつかえてしまう。

「わ、わたし……」

「もう、なによ~!またそんなにもじもじして!」

 緹雅ティアはその様子ようすおもわずわらい、すこしでも空気くうきやわらげようとする。

 けれど、そのひとみおくには、どこか期待きたいびた ひかり宿やどっていた。


「わ、わたし…… いや、って! 妲己ダッキ!」

私は突然とつぜんひたいかるたたき、重大じゅうだいなことをおもすと、すぐにかえってさけんだ。

御命令ごめいれいを!」

 妲己ダッキこえ瞬時しゅんじみみもとへひびき、その 姿すがたもまるで 空気くうきを くように一瞬いっしゅんわたしそばあらわれた。

そのうごきのするどさに、私はおもわず心臓しんぞうがるほどおどろいた。

きみみっつの姉妹しまいたちをれて、さきしに ってくれ。」

私は真剣しんけん眼差まなざしでめいじた。

「ですが、それではほか大人たいじんさまをまもものが いなくなってしまいます。」

 妲己ダッキまゆをひそめ、心配しんぱいそうにった。

わたし緹雅ティア大事だいじはなしがあるんだ。ほかだれにもかれたくない。」

私はきっぱりとこたえた。

このはなしだれにも知られてはならない。

いまこの瞬間しゅんかん対話たいわわたしにとってなによりもおもい。

「それなら、大人たいじんさまが防音ぼうおん魔法まほう展開てんかいなされば……」

妲己ダッキ状況じょうきょう特別とくべつさにづかぬまま、そう提案ていあんした。

け!」

「はっ!」

その一言ひとこと妲己ダッキ即座そくざみっつの姉妹しまいれ、まようことなく部屋へやあとにした。

とびらじるおとしずかにひびくと、部屋へやの 空気くうき一気いっき沈黙ちんもくつつまれた。


彼女かのじょたちがすべてったのをたしかめたあと、私は緹雅ティアれて三階さんがい陽台ようだいへとかった。

ここからの景色けしきじつ見事みごとだった。

陽台ようだいから見渡みわたまち輪郭りんかくは、黄昏たそがれひかりかげつつまれ、どこかやわらかくおだやかにうつっていた。

太陽たいようはゆっくりとしずみ、えるようなひかりが そらだいだいいろめていく。

とおくの山々(やまやま)の稜線りょうせんは、次第しだいにその余暉よきけ込み、まるで一枚いちまい絵巻えまきしずかにひらかれていくかのようだった。


私は陽台ようだいはしち、とおくの景色けしきを ながめながら、ほおでる すずしい夕風ゆうかぜを かんじていた。

周囲しゅういにはだれもいないはずなのに、このしずけさが かえってかない。

まるで なにかが はじまる まえ前奏ぜんそうのようで、こころおくかすかに 緊張きんちょうしていた。

緹雅ティアすこって。」

私はそっとこえをかけ、両手りょうてひろげてちいさな 防音ぼうおん結界けっかい展開てんかいした。

それは そととのおとを さえぎ程度ていどの、うす繊細せんさいそうだった。

そとではやわらかなかぜとおぎ、石畳いしだたみとおりを数台すうだい馬車ばしゃがゆっくりとはしけていく。

 その一方いっぽうで、いまのこの瞬間しゅんかんわたしたちはだれにも邪魔じゃまされない、二人ふたりだけの空間くうかんに つつまれていた。


緹雅ティアわたし一連いちれん動作どうさつめながら、最初さいしょ不思議ふしぎそうにくびをかしげていた。

だがすぐにかたちからを き、両手りょうて陽台ようだい欄干らんかんかるくと、いたずらっぽい みをかべてった。

「なにそれ?そんなに神秘的しんぴてきにしちゃって……。いたいことでも あるの?」

そのこえかるく、わたし真剣しんけん表情ひょうじょう面白おもしろがるようでもあった。

彼女かのじょのそんな反応はんのうに、私はすこ苦笑くしょうを もらし、どうせば いいのか からずに いた。

自分じぶんでも よく からないんだ。

 だから たしかめたくて……。

 でも、どう えば いいのかも からない。」

私はにがわらいながら視線しせんげ、指先ゆびさきで 陽台ようだい欄干らんかんを 無意識むいしきにとん、とたたいた。

むねおくにつかえた 言葉ことばは、かたちにならないまま のどおくでもがいていた。

「……?」

緹雅ティア小首こくびかしげ、すこ困惑こんわくした わたしつめる。

だが彼女かのじょかすことなく、しずかにわたしつぎ言葉ことばっていた。


わたしたち二人ふたりはしばらく言葉ことばわさず、視線しせん無意識むいしきのうちにまどそとへとけていた。

まどそとにはちょうどひとつの公園こうえんえている。

はる夕風ゆうかぜ大地だいちやさしくで、まるで この土地とちのこ雑踏ざっとう喧騒けんそうをそっとっていくかのようだった。

その公園こうえんはまるでまちなかかくされたしずかな 聖域せいいきのようで、おだやかでこころしずめる 空気くうきに つつまれていた。

公園こうえんの 中央ちゅうおうには ひろんだ みずうみが あり、夕陽ゆうひの ひかりを けて湖面こめんは ほのかに金色きんいろかがやいていた。

そよかぜが とおけるたびにちいさな波紋はもんが 幾重いくえにもひろがり、そのゆるやかならぎは、まるで自然しぜんしずかにいきをしているかのようであった。


「ここの景色けしき本当ほんとうにきれいだね。」

わたしちいさなこえでつぶやき、視線しせん湖面こめんとした。

むねなかのこ緊張きんちょうが、そのおだやかな みずらぎとともすこしずつけていくような が した。

緹雅ティアわたしとなりち、わたし視線しせんうようにおなじく湖面こめんへとけた。

彼女かのじょはすぐに返事へんじをせず、ただしずかにんだ水面みなもつめていた。

まるでこの一瞬いっしゅん静寂せいじゃくこころあじわっているかの ようだった。

湖畔こはんにはめずらしいしろはなえられていて、そのはなかぜかれながらそっとれていた。

花弁はなびらうえにはこまやかなつゆひかり、夜空よぞらほしのようにきらめいている。

そのしろはなは「垂柳花すいりゅうか」とばれ、一年中いちねんじゅうつづける。

れることをらず、季節きせつごとにいろえて 人々(ひとびと)をおどろかせる不思議ふしぎな はなだった。

つたくところによれば、そのはな独特どくとくかおりをはなち、すがすがしい 息吹いぶきただよわせるという。

その香気こうきは こころしずめ、やわらかな安堵あんどと 幸福こうふくをもたらすといわれている。

いま満開まんかいむかえた垂柳花すいりゅうかたちは、かぜをまかせるようにそっと れていた。

そのかおりは かすかに空気くうきへとけ、まるでわたしたち二人ふたりやさしくつつ無音むおんなぐさめのようであった。


「このはなたちをていると、不思議ふしぎこころくな。」

 わたしこえには、どこか感慨かんがいいろがにじんでいた。

緹雅ティアしずかにうなずき、そのひとみはとてもやわらかかった。

まるでこのうつくしい光景こうけいこころかされたかのように。

「わたしも この 場所ばしょ、好き。

 本当ほんとう気持きもちがくね。」

彼女かのじょおだやかにいながら、その風景ふうけいに ゆだねるように 微笑ほほえんだ。

その 表情ひょうじょうには、どこかなつかしい記憶きおくおもすようなかげしていた。

わたしたちはそのままならんで陽台ようだいち、みずうみつめつづけた。

湖畔こはん垂柳花すいりゅうかかぜに、そよぎ、まるで 時間じかんが この瞬間しゅんかんだけまっているかのようだった。

この静寂せいじゃくが 永遠えいえんつづけばいいとおもいながらも、むねおくではつよ焦燥しょうそうしずかにつづけていた。


自分じぶん緹雅ティアつたえたい言葉ことばがあるとおもうだけで、心臓しんぞう鼓動こどう異様いようなほどはやくなっていった。

むねの おくはまるで えないでそっとにぎりしめられたようにくるしく、いきが まる。

この緊張きんちょういままでかんじたことのないもので、まるで 世界せかいそのものがわたしかたに のしかかっているかのようだった。

からだ自然しぜんふるえ、のひらにはうすい あせがにじんでいた。

私は無理むりやり深呼吸しんこきゅうかえしたが、むね高鳴たかなりは おさまらない。

夕陽ゆうひ余輝よきは おだやかに緹雅ティアらし、その姿すがた金色こんじきひかりなかでひときわかがやいていた。

緹雅ティアはすでになにかをかんづいていたのかもしれない。

だが彼女かのじょは わたし歩調ほちょうわせ、あせらずにわたしこころととのえるのを ってくれていた。

彼女かのじょ両手りょうて陽台ようだい欄干らんかんき、しずかにかえってわたし微笑ほほえんだ。

その笑顔えがお相変あいかわらずあたたかく、やわらかなひかりのようにわたしこころらした。

ひかりけた彼女かのじょひとみは、青玉せいぎょくのようにとおり、どこまでも んでいた。

そしてその微笑ほほえみは、この世界せかいわたし一番いちばん見慣みなれ、そして一番いちばんやすらぎをかんじる表情ひょうじょうだった。





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