6話「カレーで言うところの福神漬け」
「……ってな感じで取り敢えず、来てみたは良いけどさぁ……!」
ボロボロな服装、ボサボサな髪型。
ほとんどの人間がネガティブな心を顔に出している。悪意や嫌悪、悪巧みに欲望……それらが顔に、表れている。居心地が悪い。気味も悪い。できるならば、この場から去りたい。
「出会う人に、睨まれるだけで、何か得るものある?このスラム街散策……!」
紅鈴の言い分は良ぉく理解できる。
だが、仕事だ。それに、何より本当に名前持ちのアカシャの仔が居るなら、対処しなくては大変な事が起きるなんて分かりきっている。最悪、スラム街……いや、クズレの国そのものが消え失せる可能性すら孕んでいる。
それ程の力があるからこそ彼らは名前持ちとなったのだ。
「地道にやってたら何か見つかるもんだよ」
「いやいや……そんな都合よく事が起きたりさぁ──」
基本静寂なこのスラム街。子供の跳ねる様な声やボソボソとした大人の話し声が聞こえてくる中に、突如として、ソレは聞こえた。
「アカシャの仔だっ!名前持ちのアカシャの仔だぁぁぁ!!!誰かぁ!助けてぇぇぇ!!!」
路地裏、骨組みの露見した家と家に挟まれた小道、その先から声が聞こえた。疑問はある。分かりやすいほどに。不自然だから。分かってる。危険だ。あからさまに誘われている。
「──あるもんだねぇ!?嘘でしょ!?」
タイミング良く聞こえてきた悲鳴。
名前持ちだと分かっているにも関わらず、名前持ち名を叫ぶのではなく、名前持ちと言う総称で叫ぶ。
だからって……行かないわけ無いよね。
さぁ……!
「行くよっ!紅鈴っ!」
「はいよぉっ……!」
私達は路地裏へと入っていった。
◆ ◇ ◆
見えてきた光景は、それ程危険性を感じない。
子供がただ1人ポツリとそこに立つ。
「少年っ!大丈夫かい!?アカシャの仔はどこ!?」
少年はドギマギとしていた。狼狽えていた。予期せぬ事が起きた姿だ。私たちが来るとは思ってなかった……のか……?
「あっ!?え?えっと……。ほ……ほんとにきた。どうしようえっと……。その……」
……嘘か。
私達はゆっくりと足を……止めた。
「……少年。」
「……ご!……ごめんなさいっ!!!」
「あっ……!」
「おい、そっちはスラム街の外だぞ!?崩壊街だ!あぶないぞっ!!!」
紅鈴の静止の声は少年には届かなかった。昼にしては建物の陰で、暗いその道を少年は駆けて行く。
「追いかけよう。話を聞きたいのもあるけど、何より危ない。名前持ちがいる線もまだ、完全には消えてない……!」
「あぁ、早く行……けないみたいだぞ?どうやら」
少年の来た道から歩いてくる男たち。5人。見た目はボロボロ……スラム街に住んで居る人達……か。凄い目をしてるな。殺意が伝わってくる。
「ふふっ……来てくれたみたいだな……特務隊……!」
「悪いけど、私たちは特務隊じゃない!……一応は」
「あぁ……?魅神 命!絡繰良 紅鈴!じゃねぇか!顔見りゃ分かるんだよ!このクソ特務隊がっ!」
「いや……一応、本当に特務隊では……ないんですよ……本当に……」
「え?あ……そうなの?」
「はい。あの……私達は……便利屋をしていて……特務隊のお手伝い……的な?」
「じゃあ特務隊だろ!騙しやがって!このクソ野郎がぁ!」
「いや……特務隊の……外枠にある組織って……言うか?子会社……的な……存在って……言うか?……助っ人的な?あのー……カレーライスで言うところの福神漬けみたいな……感じですかね?はい……」
「あぁ……ん……じゃあ……特務隊じゃないか……?」
「……」
「……」
「あっ……あっ!でも、特務隊の手伝いはしてるから……うん。手に負えない溢れた仕事してるから。うん。あの……あのー……ごめんね?なんか……」
「僕行ってくるわ……。悪いね……ちょっと横通るよ……」
紅鈴が5人の間を掻き分けて奥へ進む。取り敢えずは、少年のことは任せよう。紅鈴なら、本当に名前持ちのアカシャの仔が居たとて、死にはしないかな。……多分。
それよりも私は目前の5人かな……?
「えっとぉ……戦います?もしあれでしたら、私も先に行きたいんですけど……」
「どうする?お前ら……」
「馬鹿野郎!ここに来たやつと戦えって言われてんだ!それが特務隊の奴じゃないからってなんだよ!やるんだよっ!」
「そうだ!……手伝いもしてるって言っていたから実質特務隊だ!」
「……やるのぉ……?」
「やるんだよ!」
「んんっ!失礼した。……戦うぞ!!」
「やりづらい……。ねぇ、やめませんか?」
「うるさい!やると決めたもんはやる!貴様を殺すんだよ!このクソ特務隊サポーター!お前ら!いけぇ!!!」
「「「「おうっ!!!」」」」
こうして、イマイチ締まりのないふわふわとした戦闘が幕を開けた。
◆ ◇ ◆
「おぉ〜〜い!どこいったんだぁ?ここらはスラム街よりよっぽど危険だから帰るよぉ〜?アカシャの仔が出てからじゃ遅いからぁ〜!言っとくけど!僕はそんなに強くないぞぉ〜!強くない事に自信を持ってるぞ〜?良いのかい?お兄さん余裕で死んじゃうぞ〜?……。はぁ、どこ行ったかなぁ、まじで」
紅鈴が見つめる先、昼間なのに薄暗がりの路地裏。その小道に置かれたゴミバケツからはみ出る小さな足。
音を立てずに、忍び足で近付く紅鈴。
「見〜つ〜け〜た〜ぞぉ〜!ばぁっ……!」
「うわぁぉぉぁあぉあ!!!」
驚く少年は、体を跳ねさせる。壁に寄りかかって隠れていたものだから、ドンッ!と壁に頭を打ち付け……「いぃ゙っ……!?」と頭を抱えてしまう。
紅鈴はケラケラと笑った。
「帰るよ〜?僕と一緒においで?」
手を差し出した紅鈴に少年は問う。
「怒らないの?」
「怒られることって分かってしてたのかい?」
「え……っと……それは……その……」
「あはははっ!……安心しなよ。あの白い人優しいからさ。だから、ほら、取り敢えずは、僕と一緒にここから出ようっ!」
「……うん!」
紅鈴の手をぎゅっと掴む少年。離してしまわないようにと優しくされど強く握り返す紅鈴。その紅鈴が、行くか!と振り向いたその時だった。
ベタリ……!
ベチョリ……!
「あぁ〜〜……終わったわぁ。終わったよこれ。せぇっかく楽に帰れると思ったのにさ!タイミング計ったよなぁ!?まじでさぁ……なぁ……アカシャの仔ぉぉぉ!」
ベチョ……!
グチャ……!
「お……お兄さんっ!」
「良いかい?ちゃんと手ぇ握ってるんだよ?」
目前に立つ巨大な不定形のゴリラを睨む。そして、放つ──。
「よし……」
一息。
体をリラックスさせる。
心を正す。
「逃げるよぉッッッ!!!」
強く一歩を踏み出した。
──逃亡宣言。
路地裏の先。薄暗がりの小道。崩壊街の奥へと2人は手を繋いで駆けて行く。
◆ ◇ ◆
「……はぁ。なら受けて立つ!」
命は腰に差していた野球のバットよりも長い十手を抜く。その目には、穏やかな戦意があった。
5体の敵に意識を集中させる命。敵の得物は全員鉄パイプ。それだけである。これがもし、普通のニンゲンに向けられた状況だとするならば、そこそこ危険であっただろう。
だが、彼等の前に立つ、この白髪の青年は便利屋の社長・魅神 命である。
彼等は残念ながらに知らないのだ。
何故、魅神 命が守都 四方画に特務隊としてではなく、便利屋として協力関係を持つ勧誘を受けたのかを。
「この便利屋!魅神 命がっ!……なぁッッッ!!!」
命の顔付きが変わる。目は今尚変わらずに目の前の5体を真っ直ぐと見ている。しかし、その口はまるで三日月になった。笑みだ。邪悪とすら感じてしまう笑み。嬉々として戦いを楽しむような笑み。人が見れば、思わず口からこの言葉が溢れるだろう。
「お……鬼……」
魅神 命は決して、国としての勢力である特務隊とは別の駒を求めて協力関係にされたのではない。
一度受けた依頼はどんな依頼でもこなす。
例え、それが、名前持ちのアカシャの仔を倒すことになったとしても。
例え、それが、どれだけ親しい間柄の人物と相まみえる事になったとしても。
自分が、助けたいと思った人を何が何でも助ける。
自分が、正しいと思った道を全力で走りきる。
自分が、やるべき事を諦めることなく貫き通す。
ある種、子供の駄々のような無茶苦茶。
ある種、大人の魂に渦巻く膨大な欲望。
その無茶苦茶な欲望を、止まる事を知らない正義感と決して諦めない心と体と魂で押し通す実力。
そして、彼自身すらも危険だと自覚する程の、戦いに楽しさを覚えてしまう狂気的な性。
故に!
守都 四方画は「国の駒として持つ事があまりにも危険である。けれど野放しにして、このまま民間の自由な存在にして置くのは更に危険である」と判断し、彼を、命を、便利屋として、協力関係を結ぶことにした事を!
5体の獲物は知る由もなかった。