4話「紹介しますよ」
「さて、入りましょう。ここが──」
この部屋の造りは異様だ。
部屋は1対5ぐらいの場所で、ガラスによって、仕切られている。手前……入ってすぐの1対5の1の方は、ジムだろう。様々なトレーニングをする為の設備が2台ずつぐらいゴロゴロと配置されている。
部屋の隅には自動販売機とベンチが置かれていて、ゆっくりと休憩できるようにもなっている。復興街に入ったときも思ったが、ここはまるで、本でしか見たことのない、過去の時代へタイムスリップしたかのように整っている。凄いなんて言葉では片付けられない。何があったらここまでの発展……いや、再興ができるのだろうか?
いやはや、想像すらもできないな。
奥側……1対5の5の方は、壁一面にガラスが張られていて、広いスペースを一望できる。……が、見えるその景色は異様だ。倒れた電柱、無数に転がる廃車、崩れたビルの残骸、まるで、崩壊した街を切り取った様な空間だった。そう、およそビルの中で見るような景色ではない。外から見て確かに周りのビルよりも一回り、二回り巨大であるとは思っていたが、まさか、中に外が存在するなんて。
そして、そのガラスの向こうに1人。青年がいた。
青年。黒いチクチク髪、黒革のジャンバー、ゆるりとした黒のフレアパンツ、黒いブーツが力強く地を踏んでいる。今時、見ることの少ない格好だが、そこまでならば、まだ、普通だ。
問題は肩に掛けて、片手で持ち上げているソレだ。長い持ち手に、長い楕円系。楕円を囲うようにびっしりと並ぶ、光りをギラギラと反射する一連なりの刃。後から自分でつけたのだろうか? 肩に掛ける用の雑なアタッチメントが取り付けられていた。
多少改造こそされているが、紛れもない、あれはチェンソーだ。
それを荒々しい目付きで持ち、目前の空間を睨み、鋭い犬歯をギリギリと見せつける。間違いなくヤバい奴の部類に入る人間であった。
「ここが──訓練室。正確にはトレーニングルームと戦闘訓練室。ちょうど、クズレの国国家特務隊で、一番荒々しい戦い方をする人が、戦闘訓練を始める所ですね。もっと近くで見てみましょうか!」
そう言ってガラスに近づく魅神氏の後を、私は追って、ガラスの目の前まで辿り着く。
同時に、「戦闘訓練開始。戦闘訓練開始。モード・ファイト。レベル・ハード。対象者・灯代 我路。繰り返します……」と鳴り始めた。
ガラスの向こう、灯代 我路と呼ばれた目付きの悪い青年は、ダン……!と床にチェンソーを降ろして、構えた。
ん?ていうか待てよ……戦闘訓練室?え?てことは、あの青年の武器って……チェーンソーってことか……?
えぇ……。
えぇ……?
対して彼が睨む空間には天井にある穴からボトリ……と黒いベタベタとした塊が、落ちてきた。それは、グチャリ……ベタリ……と体を膨張させる。刹那、ふわりと宙に浮いたかと思えば、体の下方から無数の触手を創り出した。
黒い粘性で、不規則に脈を打つ液体は青年の3倍は巨大だ。無数の触手と不定形の巨大なドーム状が現れた。
あれは……!まさか……!?魅神氏の顔を見れば、コクリ……と頷く。なんと危険な……。
それでも、青年は一切怯むこと無く、水母型アカシャの仔を睨む。
「レディ……──」
戦闘開始の合図が鳴るその時。
今日2回目の顔を見た。
ギラギラと光る犬歯を覗かせるその口が不意にニヤリ……!と釣り上がる。
「──ファイトッッッ!!!」
灯代 我路は飛び出した。
◆ ◇ ◆
……水母か。
初めて見るアカシャの仔だな。
不愉快に伸びてくる触手。
なるほど……?
1、2、3……6本か……。
……邪魔だな。
しっ……斬るか。
「【焔添火】ッッッ!!!」
グゥゥゥゥゥゥゥ……!!!
鳴り響く回転音。
狼の威嚇にも似たソレは、炎を纏い、刃を回す。
良い音だ。
良い熱さだ。
なんでも、どんなモノでも、ぶった斬れる気がしてくる……。……いくか!
「うぉぉぉぉぉ……!!!」
ビチィチュゥッ!
黒い液体を汚く跳ね飛ばして、吹き飛ぶ六本の触手。飛び散った触手の残骸が、炎で燃える。アカシャの仔は、平然と切れた触手をウニョウニョと動かし元通りにした。
「あ゙あ゙……?再生すんのかよ……!……っどくせぇなぁぁぁ!!!」
◆ ◇ ◆
「あ……荒々しいな」
言観さんは私の横で、灯代さんに、やや引きなからも、楽しそうに目の前の景色を眺めている。
幾度となく触手が近づく度に、その手に握るチェーンソーで乱雑に斬り伏せる灯代さん。そのド派手な戦闘訓練は本当に見ていて飽きない。
チェーンソーだって、闇雲に当てればモノを切れる訳じゃない。一見、ただ暴れてるだけに見える気もするが、冷静に考えながら戦っているんだろう。
……凄いな。本当に。
「そ〜だよねぇ〜〜〜!ほ〜〜〜んとさぁ!観てて爽快だよ!でもね〜〜!一緒に戦ってると服汚されるんだよねぇ〜……いちいち洗うのだるいしやめてよねぇ〜っ感じ!」
「……全くだ」
「あぁ……それは大変だな。……ん?……って、誰だぁ!?」
相変わらずフレンドリーと言うか距離近いなこの人。で、こっちは相変わらず無口だし。
「んんっ!紹介します、言観さん。この気さくな人は茶畑 香呑葉さん。で、こっちの無口な人は刃山 堅剛さん。二人ともクズレの国国家特務隊のメンバーです。頭がはっちゃけてるところ以外は良い人たちです。仲良くして上げてください」
並び立つ2人。
カラッとした笑顔の赤毛ストレートヘアの茶畑さんの横で、フッと微笑む黒髪ベリーショートの刃山さんがサムズアップした。……仲良いなこの人たち。
「君が〜〜〜!四方画さんが言ってた新人ちゃんだね〜!はじめまして!アタシが香呑葉っ!特務隊のお姉さんポジやってま〜す!よろしくね〜!お姉ちゃんって呼んで良いよ〜!はい、堅剛……」
「……刃山 堅剛だ」
「……」
「……」
「……ん?」
「……」
「……ちょっ、堅剛?」
「……なんだ?」
「……もう少し!……もう少しなんかあるでしょ?好きな食べ物とか、趣味とかで良いから……!ほら、見て、新人ちゃんお口空いちゃってるから!あんなにお口あんぐりって言葉が似合うお口の開け方私見たこと無いからっ……!」
「あぁ……好きなタイプは巨にゅ……ぅ゙ぅ゙……!?……いきなり、みぞおちに、エルボーは、よ、く、ない……かはっ……!」
バタンっ!
冷たいであろう床に横たわる筋肉質な巨躯。
そうつまり……。
……刃山さんが倒れた。
……。
あっ!刃山さん倒れたぁっ!!!
「大丈夫ですか!?刃山さんっ!?ちょ……!刃山さんっ!刃山さぁぁぁんっ!?」
「お前まじで○○○○○!ほんっとさぁ……無口なだけでも関わりづらいんだからさぁ!その上○○○○○とか○○○○○なんだわ!○○○○○を○○○○○して○○○○○だからなてめぇ!はぁ……!はぁ……!あっ!んんっ!ごめんね〜〜〜!その……今のはそのちがくてぇ……別に普段はあんな事言わないからねぇ。と……とにかく気にしないで!……ええっと、言観ちゃん!……だっけ?」
「あ……あぁ……。言観 霊架だ。仲良くしてくれると嬉しい。よろしく!茶畑姉!君は凄く強いなんだな!」
「うぐっ……う、うん。アリガトウ、コトミチャン」
「特に攻撃力高めだ。覚えておくと良い」
ドンッ!
「寝てろ……」
倒れた刃山さんの背中に突き刺さる踏みつけ。あぁ……余計なこと言うから……!
「ミ……魅神氏。特務隊は随分と個性的な人物が多いんだ……な?」
「強い人達って大体そんなもんですよ……」
激しい戦闘を繰り広げる灯代さんを背に、そんなハチャメチャをしながら、我らが王を待つのだった。
部屋の隅のベンチで、本に目を通していたのに、こちらを見つめククッ……クフフ……と真紅の髪を揺らして、笑いを堪える相棒が居た。